鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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※鬼畜眼鏡R 御克ルート前提のお話です。
ハッピーエンド後の、克哉が自宅を整理する時の
一幕の話です。
ネタバレ有なので未プレイの方は要注意。
それを前提の上の克克…というか、眼鏡と克哉の
お話なのでご了承の上でお読み下さい。
興味ある方は「つづきはこちら」をクリックして
詳細をどうぞ~。
ハッピーエンド後の、克哉が自宅を整理する時の
一幕の話です。
ネタバレ有なので未プレイの方は要注意。
それを前提の上の克克…というか、眼鏡と克哉の
お話なのでご了承の上でお読み下さい。
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『紫煙の匂い』
―御堂と克哉は…一度、不幸な事故に巻き込まれたからこそ
お互いの大切さを実感した
交際するようになってから、ほぼ半同棲に近い状態で暮らしていたが…
最後の逃げ道として確保していた克哉の部屋。
本城に怪我を負わされた一件を機に…ずっと大好きな人と一緒に暮らす為に、
これから先も添い遂げていきたいという想いを確固たるものにしたくて
克哉は一つ、大きな決断をしていった。
―今まで住んでいたアパートを整理する事。
そして本日、丸一日を使って…克哉は自分の部屋の片付けを
終えていった。
元々、御堂と過ごす時間が多くなってから必要な物の大半はすでに
彼のマンションに少しずつ移動させていた。
だから朝から…どっぷりと日が暮れるまでの時間は掛かったがこの部屋の
整理は丸一日あればどうにか終わった。
辺りはすっかりと暗くなり、窓の向こうでは星が瞬いている。
片付けをやっている間はしっかりと照明を点けていたが…今夜は満月だと
気づいたので、克哉はふと…電気を落として月を眺めていく。
月明かりに照らされた部屋は静寂を湛えていて…静謐と呼べるぐらいの
厳かな雰囲気を讃えている。
(懐かしいな…御堂さんと結ばれる以前は、こんな風に明かりが
灯っていない…月光だけが差し込んでいる部屋に一人でいつも
帰っていたからな…)
その事を思い出して、克哉はそっと瞳を細めて懐かしんでいった。
まだ着る可能性のある衣類や、使う道具は段ボールへ。
すでにいらないと判断したり、ゴミの類はビニール袋に詰め終わった為に
部屋の中にはすでに生活の匂いは感じられない。
大きな家具の類も、明日…ダンボールを運び出す際に…引っ越し業者に
頼んで分解して貰い、そのまま引き取ってもらう予定になっている。
(嗚呼…この部屋と、明日でお別れなんだな…)
大学時代に一人暮らしを始めてから、克哉の家は…実家ではなく
長年…この部屋の方を指していた。
だが、今は…御堂と一緒に暮らしているあの高級なマンションが彼にとっての
『自宅』に変わっている。
古巣から新しい巣に移る為に、整理や片付けは欠かせない。
発つ鳥、後を濁さずというコトワザがあるように…御堂の家に正式に同居
するならば…この家をこれ以上残しておく意味はない。
「それは…判っているんだけどね。…感傷かな。やっぱり…明日でこの部屋と
お別れだと思うと…それなりに、寂しいな…」
寂しい、と感じた瞬間…ジワリ、と御堂の顔が浮かんでいった。
本当ならこの部屋の整理を、御堂も手伝ってくれようとしていた。
だが…最近、ビオレードの件で多忙を極めている恋人に少しでも休んで
欲しいと思ったので、克哉は結局一人で整理をする事に決めた。
昨晩、あれだけ抱き合った。だが今日はこの部屋の整理があった為に
いつもの週末に比べれば随分とあっさりと切り上げて来たのだ。
そのせいか、何かが欠けている気がする。
朝から夜…丸一日に足りない時間、相手の顔を見れないでいるだけでも
切なくて、胸が痛くなるようだった。
「孝典、さん…今日はどうしているんだろう…」
週末の夜は、恋人同士としていつも一緒にいられる限り…同じ時間を
共有するようにしている。
離れている週末の夜を過ごすのは随分と久しぶりだ。
月を見て…ふと、愛しい人を思い浮かべる。
あの人はどうしているのだろうか、今日はゆっくりと休めたのだろうか…と
そんな他愛ないことを考えていると、ふと…机の上に置かれた物が
目に止まっていった。
「…これ、どうしようかな…」
其れは捨てるか、捨てないか判断が付かなくて保留にした品だった。
未開封の新品の状態だったから、もったいないという意識が先に
来てしまったのかも知れない。
だが、克哉にとっても御堂にとっても…どちらにも無用の長物だ。
しかしそれでも…克哉は、あっさりと其れを捨てる事を躊躇ってしまったのだ。
―其れは、もう一人の自分が良く吸っていた煙草の箱だった
眼鏡を掛けたことをきっかけに解放されたもう一人の自分。
…その銀縁眼鏡は、すでにMr.Rに返してしまった。
そしてもう一人の自分が存在した痕跡は、すでにこの煙草の箱しか
残されていない状態になっていた。
克哉は煙草を吸う習慣はない。
だが…もう一人の自分が表に出て、記憶の欠落が激しかった時期…
克哉は怖くなって、この煙草を未開封の状態のまま…自分の目の
届かない場所に隠していたのだ。
それが引っ越しを機に表に出て…今、こうして目の前に存在している。
「…これも、感傷だな。…何ていうのかな、この箱をあっさりと捨てたら…
オレは、お前という存在すら…切り捨ててしまうような気がする…」
そう、克哉は煙草を捨てるだけで…彼がいた痕跡を完全に握りつぶせる。
他の持ち物も、すでに御堂の部屋に移してある物も全てが克哉の私物だ。
その中でただ一つ異彩を放っているのが…この煙草の箱だった。
(きっと…御堂さんが此処にいたら、そんな物は捨ててしまえ…ときっぱりと
言ってくれるんだろうな…。あの人はとても強くてはっきりとした人だから…)
苦笑をしながら…それでも、克哉は箱を手に取って両手で包みこんでいく。
その瞬間…漆黒の窓ガラスに、鏡のように…もう一人の自分の面影が
浮かび上がっていく。
「…『俺』…?」
ガラスに浮かび上がる克哉は、眼鏡は掛けていなかった。
だが…僅かに釣り上がったように細められる瞳だけが…日頃の克哉とは
大きく異なっていた。
どこまでも冷たく怜悧な双眸。
…其れを自覚した時、克哉は確信した。
ここに映っているのは…紛れもない、自分自身だと。
―いつまで迷っている。其れがいらない物なら…さっさと握りつぶせ…
そして、ぶっきらぼうな彼の声が脳裏に響いていった。
それを聞いた瞬間…克哉は少しさびしくなった。
「…お前は、まるで…自分をいらない物のように言うんだな…」
―いらないだろう。俺の人生は…お前に、乗っ取られてしまった。俺はお前の中で
静かに朽ち果てる…傍観者にすぎないからな…
「そんな、事は…」
―何を綺麗事を言っている。…俺は事実を口にしたまでだ…
そうして、もう一人の自分はどこまでも冷たい態度と眼差しを纏っていた。
頑なな心を感じて、克哉は心が痛む想いがした。
―だから、早く其れを握り潰せ。変な情けをお前に掛けられる方がイライラする…
そうして、吐き捨てるように男は呟いた。
それを聞いて…克哉は、一つの決心をしていく。
「断るよ、『俺』…」
はっきりした口調で答えて、克哉は…意を決して煙草の箱を開封して
ワンセットに置いてあった100円ライターで先端に火を灯していった。
そして…窓に向かって、自分の煙草を吸っている姿を相手に見せていく。
(確か…あいつは、こんな風に吸っていた筈だ…)
朧げに覚えている記憶を頼りに、もう一人の自分が煙草を吸っている時に
していた仕草や動作を忠実に再現していく。
その瞬間…克哉は、そっくり…鏡に映っているもう一人の自分と同じ表情を
浮かべていた。
厭世的で傲慢で、自信に充ち溢れた男。
彼と同じ表情を浮かべることで…初めて、親近感のようなものを強く
覚えていった。
―何のつもりだ…?
「…何となく。お前に捨てろと言われて…逆らいたくなったから…」
―吸えもしないものを口に咥えていても身体に毒だぞ…副煙流だけでも…
害を及ぼすという知識を知らないのか…
「…何を今さら。これは…お前が吸っていたものだろう…?」
そういって、克哉は今度は肺の奥まで煙で満たすように…深く息を
吸いこんでいった。
もう一人の自分が吸っていた銘柄はニコチンが強く殆ど喫煙の習慣がない
人間にとってはキツイ代物だった。
案の定、克哉は咳き込んで噎せていく。
―ほら見ろ。何を馬鹿な事をやっている…
「…うるさいな。お前の存在を切り捨てるのが…嫌だったからだよ」
そう、はっきりと答えた瞬間…もう一人の自分は瞠目していった。
今の克哉の一言が信じられない、そんな表情だった。
―お前は一体…何を考えている? 正気か…?
「悪かったね。至って正気だよ。けど…これはオレの本心だよ。…お前を
否定したって何にもならない。…むしろ、お前の存在が現われて…オレを
変えてくれたからこそ…今の幸せがあるんだって、そう思ったから。
だからこの煙草は絶対に捨ててやらない。あの眼鏡はMr.Rに
返したけど…これだけは、オレの手元に残すから…」
きっぱりした態度と口調で、克哉は言い切った。
その態度がますます信じられなくて…ついに、もう一人の自分は困惑した
表情を浮かべていった。
何故、と言いたげな顔をしていた。
だから克哉は…彼に向ってしっかりと伝えていった。
「…お前は、オレだから。最初は否定したし…認めたくなかったけれど…
お前がプロトファイバーの営業を勝ち取ってくれなかったら。オレは仕事が
出来る人間だって教えてくれなかったら…今、俺の周りに存在している全てを
否定する事になるから…。お前がいなかったら、今のオレが得ているものの大半は
なかっただろうって…今日、整理してつくづく感じたから。
だからオレは…お前の痕跡を、消したく…ないんだ…」
最初は、怖かったし嫌いだった。
彼の存在を恐れて不安な夜を幾度か過ごした。
自分が自分でなくなるような気がして…いつか乗っ取られてしまうんじゃないか。
そんな妄想がかつて、浮かんで消えなかった時期もあった。
だが…こうして、彼が吸っていた煙草を自ら吸ってみて…平静な気持ちで
対峙をしてみると…それすらも、今の自分を構成するパーツになっているのだ。
(あの時は認めたくなかった。弱かった自分を…情けなくて、臆病で…。
人を傷つけたくないという理由で何もかも消極的だった頃のオレを…
自分自身で、否定し続けていた…)
だから、有能なもう一人の自分が生きていた方が周囲の人間の為に
なるんじゃないかという想いが…一度は浸食を進ませて、克哉は激しい記憶の
欠落に悩まされるようになった。
もう一人の自分が出る時間が増え…克哉自身が眠っている方が多くなっている
時期すらもあった。
特に御堂との接待と、異常な関係に悩み…苦しんで葛藤していた頃は
その症状が顕著で、克哉は…夢うつつに、もう一人の自分が表に出て…
この煙草を吸っているのを何度も感じていた。
その度にまずくて、煙ったくて…嫌なものだと思った。
だからこそ…克哉はこの煙草を隠して、厳重に封印を施して一度は反抗したのだ。
―だが、克哉はそれを乗り越えるように…自らその煙草を吸う事を選択した
挑発的に、漆黒のガラスに浮かび上がるもう一人の自分を見つめていく。
信じられない、という想いでこちらを見ている相手に向かって…念を押すように
克哉ははっきりと告げていった。
『お前は…オレの一部なんだから…。オレは、これ以上…どんな自分でも、
自分を…否定したく、ないんだ…!』
今の克哉は、全てが御堂のものだ。
だからこそ…彼が愛してくれる自分を、これ以上否定して卑下したくなかった。
そして…部屋の整理をするついでに、克哉は過去との心の整理も知らず…
果たしていたのだ。
引き絞るように、本心から…その言葉を投げつけていく。
―酔狂な奴だな…。お前は自分が何を言っているのか…理解しているのか…?
「あぁ、理解しているよ。これが…今のオレが出した答えだから。…だから
この煙草は処分しない。お前の事を忘れない為に…大事に保管させて貰うよ…」
―好きにしろ…
ぶっきらぼうな口調で、ガラスに浮かび上がるもう一人の自分が
言い捨てていく。
だが…克哉は確かに見たのだ。
一瞬だけ…彼の口元に、嬉しそうな笑みが浮かんでいたのを…。
―お前が持っていたいなら、好きにすれば良い…。じゃあ…俺はもう行くぞ…
そういって、あっさりともう一人の自分の気配は消えていった。
そうして…部屋の中には克哉一人だけが残されていった。
手の中には、最後の彼の名残ともいえる銘柄の煙草の箱。
そして…口元に咥えて、指の間に挟んでいた煙草は…もう半分以上が
灰になって燃え尽きようとしていた。
「うわっ…! いつの間にか無くなり掛けてる! しかも熱い!」
煙草の火先がかなり迫って来ていた事に気づいて…克哉は慌てていく。
大急ぎで台所に向かい、水を流して其処に落としていった。
「あ、危なかった…こんなので火傷したら、マヌケ過ぎるよな…」
そうして、ホッとなりながら…溜息を吐いていく。
その瞬間…台所に残っていた生活臭と、水の匂いを感じたからだろうか。
鮮烈に…煙草の、紫煙の匂いが鼻に突いていった。
「あっ…」
その瞬間、克哉はつい…泣きたくなった。
自分と同じ身体を共有して生きているもう一人の自分。
克哉にはそれが…今は幻のようにさえ感じられる『彼』が確かに…
一時は生きていたのだと、その紛れもない証のように思えたから…。
自分が二重人格だと言った処で、信じて貰える訳ではない。
恋人である御堂だって…その事は認めてくれていない
なら、せめて自分だけは覚えていよう。
彼が自分の中にいることを…こうして息づいて生きていることを…。
「…多分、これから…この煙草の箱を見る度に…この匂いを嗅ぐ度に
オレは…お前を思い出すと思う。けど…それで良いんだ…」
あの人に愛された自分だからこそ、自分の全てを否定したくない。
愛されたことで、克哉はそう考えるようになった。
もう一人の自分がしたことで、眩暈を覚えるような事は一杯ある。
それでも…受け入れがたいことも踏まえた上で、彼を受け入れよう。
―君は私が認めた男だ。胸を張りたまえ
そう、迷った時に御堂が言ってくれた言葉。
今思えば…その一言が、克哉を変えた。
いつも人の顔色ばかりを伺ってばかりいたあの頃よりは確かに自分は
強くなった筈なのだ。
なら…過ちも、認めたくない部分も…全てを受け入れよう。
どんな自分であろうと…紛れもなく自分という人間を構成している
掛け替えのない要素なのだから…
そして克哉は、煙草の箱をしっかりと握りしめながら…自分がかつて
生活していた場所を後にしていく。
自分が生きてきた軌跡、痕跡。
其れは明日、この部屋から消え去るだろう。
けれど自分が生きている限り…想いと記憶は消えない。
―なら、オレは…お前のこともしっかりと刻みこむから…『俺』…
最後に一瞬だけ見せた、もう一人の自分の嬉しそうな顔を
想い浮かべて…克哉は微笑んでいく。
そう、どんな人間だって…否定はされたくないのだ。
自分が生きている限り、彼を影の立場に強いるのならば…
せめて、自分は彼の存在を認めよう。
―愛されていると実感して強くなった克哉は、ごく自然にそう
想うようになっていた
そうして彼は…最後にもう一度だけ月を見た。
鏡のような真円の月。
其処に手をそっと仰ぎながら、再び煙草に火を点けて…静かに
吹かしていった。
克哉の中にいる、もう一人の自分に好きだった煙草を…
味あわせるように…。
紫煙が微かに、目に染みたが…それでも、克哉は穏やかな顔をしながら…
最後に窓の外に広がる夜の空を眺めていった。
―今日という夜を己の中に刻み込んで、この煙草の箱を見るたびに
思い出せるように…
―御堂と克哉は…一度、不幸な事故に巻き込まれたからこそ
お互いの大切さを実感した
交際するようになってから、ほぼ半同棲に近い状態で暮らしていたが…
最後の逃げ道として確保していた克哉の部屋。
本城に怪我を負わされた一件を機に…ずっと大好きな人と一緒に暮らす為に、
これから先も添い遂げていきたいという想いを確固たるものにしたくて
克哉は一つ、大きな決断をしていった。
―今まで住んでいたアパートを整理する事。
そして本日、丸一日を使って…克哉は自分の部屋の片付けを
終えていった。
元々、御堂と過ごす時間が多くなってから必要な物の大半はすでに
彼のマンションに少しずつ移動させていた。
だから朝から…どっぷりと日が暮れるまでの時間は掛かったがこの部屋の
整理は丸一日あればどうにか終わった。
辺りはすっかりと暗くなり、窓の向こうでは星が瞬いている。
片付けをやっている間はしっかりと照明を点けていたが…今夜は満月だと
気づいたので、克哉はふと…電気を落として月を眺めていく。
月明かりに照らされた部屋は静寂を湛えていて…静謐と呼べるぐらいの
厳かな雰囲気を讃えている。
(懐かしいな…御堂さんと結ばれる以前は、こんな風に明かりが
灯っていない…月光だけが差し込んでいる部屋に一人でいつも
帰っていたからな…)
その事を思い出して、克哉はそっと瞳を細めて懐かしんでいった。
まだ着る可能性のある衣類や、使う道具は段ボールへ。
すでにいらないと判断したり、ゴミの類はビニール袋に詰め終わった為に
部屋の中にはすでに生活の匂いは感じられない。
大きな家具の類も、明日…ダンボールを運び出す際に…引っ越し業者に
頼んで分解して貰い、そのまま引き取ってもらう予定になっている。
(嗚呼…この部屋と、明日でお別れなんだな…)
大学時代に一人暮らしを始めてから、克哉の家は…実家ではなく
長年…この部屋の方を指していた。
だが、今は…御堂と一緒に暮らしているあの高級なマンションが彼にとっての
『自宅』に変わっている。
古巣から新しい巣に移る為に、整理や片付けは欠かせない。
発つ鳥、後を濁さずというコトワザがあるように…御堂の家に正式に同居
するならば…この家をこれ以上残しておく意味はない。
「それは…判っているんだけどね。…感傷かな。やっぱり…明日でこの部屋と
お別れだと思うと…それなりに、寂しいな…」
寂しい、と感じた瞬間…ジワリ、と御堂の顔が浮かんでいった。
本当ならこの部屋の整理を、御堂も手伝ってくれようとしていた。
だが…最近、ビオレードの件で多忙を極めている恋人に少しでも休んで
欲しいと思ったので、克哉は結局一人で整理をする事に決めた。
昨晩、あれだけ抱き合った。だが今日はこの部屋の整理があった為に
いつもの週末に比べれば随分とあっさりと切り上げて来たのだ。
そのせいか、何かが欠けている気がする。
朝から夜…丸一日に足りない時間、相手の顔を見れないでいるだけでも
切なくて、胸が痛くなるようだった。
「孝典、さん…今日はどうしているんだろう…」
週末の夜は、恋人同士としていつも一緒にいられる限り…同じ時間を
共有するようにしている。
離れている週末の夜を過ごすのは随分と久しぶりだ。
月を見て…ふと、愛しい人を思い浮かべる。
あの人はどうしているのだろうか、今日はゆっくりと休めたのだろうか…と
そんな他愛ないことを考えていると、ふと…机の上に置かれた物が
目に止まっていった。
「…これ、どうしようかな…」
其れは捨てるか、捨てないか判断が付かなくて保留にした品だった。
未開封の新品の状態だったから、もったいないという意識が先に
来てしまったのかも知れない。
だが、克哉にとっても御堂にとっても…どちらにも無用の長物だ。
しかしそれでも…克哉は、あっさりと其れを捨てる事を躊躇ってしまったのだ。
―其れは、もう一人の自分が良く吸っていた煙草の箱だった
眼鏡を掛けたことをきっかけに解放されたもう一人の自分。
…その銀縁眼鏡は、すでにMr.Rに返してしまった。
そしてもう一人の自分が存在した痕跡は、すでにこの煙草の箱しか
残されていない状態になっていた。
克哉は煙草を吸う習慣はない。
だが…もう一人の自分が表に出て、記憶の欠落が激しかった時期…
克哉は怖くなって、この煙草を未開封の状態のまま…自分の目の
届かない場所に隠していたのだ。
それが引っ越しを機に表に出て…今、こうして目の前に存在している。
「…これも、感傷だな。…何ていうのかな、この箱をあっさりと捨てたら…
オレは、お前という存在すら…切り捨ててしまうような気がする…」
そう、克哉は煙草を捨てるだけで…彼がいた痕跡を完全に握りつぶせる。
他の持ち物も、すでに御堂の部屋に移してある物も全てが克哉の私物だ。
その中でただ一つ異彩を放っているのが…この煙草の箱だった。
(きっと…御堂さんが此処にいたら、そんな物は捨ててしまえ…ときっぱりと
言ってくれるんだろうな…。あの人はとても強くてはっきりとした人だから…)
苦笑をしながら…それでも、克哉は箱を手に取って両手で包みこんでいく。
その瞬間…漆黒の窓ガラスに、鏡のように…もう一人の自分の面影が
浮かび上がっていく。
「…『俺』…?」
ガラスに浮かび上がる克哉は、眼鏡は掛けていなかった。
だが…僅かに釣り上がったように細められる瞳だけが…日頃の克哉とは
大きく異なっていた。
どこまでも冷たく怜悧な双眸。
…其れを自覚した時、克哉は確信した。
ここに映っているのは…紛れもない、自分自身だと。
―いつまで迷っている。其れがいらない物なら…さっさと握りつぶせ…
そして、ぶっきらぼうな彼の声が脳裏に響いていった。
それを聞いた瞬間…克哉は少しさびしくなった。
「…お前は、まるで…自分をいらない物のように言うんだな…」
―いらないだろう。俺の人生は…お前に、乗っ取られてしまった。俺はお前の中で
静かに朽ち果てる…傍観者にすぎないからな…
「そんな、事は…」
―何を綺麗事を言っている。…俺は事実を口にしたまでだ…
そうして、もう一人の自分はどこまでも冷たい態度と眼差しを纏っていた。
頑なな心を感じて、克哉は心が痛む想いがした。
―だから、早く其れを握り潰せ。変な情けをお前に掛けられる方がイライラする…
そうして、吐き捨てるように男は呟いた。
それを聞いて…克哉は、一つの決心をしていく。
「断るよ、『俺』…」
はっきりした口調で答えて、克哉は…意を決して煙草の箱を開封して
ワンセットに置いてあった100円ライターで先端に火を灯していった。
そして…窓に向かって、自分の煙草を吸っている姿を相手に見せていく。
(確か…あいつは、こんな風に吸っていた筈だ…)
朧げに覚えている記憶を頼りに、もう一人の自分が煙草を吸っている時に
していた仕草や動作を忠実に再現していく。
その瞬間…克哉は、そっくり…鏡に映っているもう一人の自分と同じ表情を
浮かべていた。
厭世的で傲慢で、自信に充ち溢れた男。
彼と同じ表情を浮かべることで…初めて、親近感のようなものを強く
覚えていった。
―何のつもりだ…?
「…何となく。お前に捨てろと言われて…逆らいたくなったから…」
―吸えもしないものを口に咥えていても身体に毒だぞ…副煙流だけでも…
害を及ぼすという知識を知らないのか…
「…何を今さら。これは…お前が吸っていたものだろう…?」
そういって、克哉は今度は肺の奥まで煙で満たすように…深く息を
吸いこんでいった。
もう一人の自分が吸っていた銘柄はニコチンが強く殆ど喫煙の習慣がない
人間にとってはキツイ代物だった。
案の定、克哉は咳き込んで噎せていく。
―ほら見ろ。何を馬鹿な事をやっている…
「…うるさいな。お前の存在を切り捨てるのが…嫌だったからだよ」
そう、はっきりと答えた瞬間…もう一人の自分は瞠目していった。
今の克哉の一言が信じられない、そんな表情だった。
―お前は一体…何を考えている? 正気か…?
「悪かったね。至って正気だよ。けど…これはオレの本心だよ。…お前を
否定したって何にもならない。…むしろ、お前の存在が現われて…オレを
変えてくれたからこそ…今の幸せがあるんだって、そう思ったから。
だからこの煙草は絶対に捨ててやらない。あの眼鏡はMr.Rに
返したけど…これだけは、オレの手元に残すから…」
きっぱりした態度と口調で、克哉は言い切った。
その態度がますます信じられなくて…ついに、もう一人の自分は困惑した
表情を浮かべていった。
何故、と言いたげな顔をしていた。
だから克哉は…彼に向ってしっかりと伝えていった。
「…お前は、オレだから。最初は否定したし…認めたくなかったけれど…
お前がプロトファイバーの営業を勝ち取ってくれなかったら。オレは仕事が
出来る人間だって教えてくれなかったら…今、俺の周りに存在している全てを
否定する事になるから…。お前がいなかったら、今のオレが得ているものの大半は
なかっただろうって…今日、整理してつくづく感じたから。
だからオレは…お前の痕跡を、消したく…ないんだ…」
最初は、怖かったし嫌いだった。
彼の存在を恐れて不安な夜を幾度か過ごした。
自分が自分でなくなるような気がして…いつか乗っ取られてしまうんじゃないか。
そんな妄想がかつて、浮かんで消えなかった時期もあった。
だが…こうして、彼が吸っていた煙草を自ら吸ってみて…平静な気持ちで
対峙をしてみると…それすらも、今の自分を構成するパーツになっているのだ。
(あの時は認めたくなかった。弱かった自分を…情けなくて、臆病で…。
人を傷つけたくないという理由で何もかも消極的だった頃のオレを…
自分自身で、否定し続けていた…)
だから、有能なもう一人の自分が生きていた方が周囲の人間の為に
なるんじゃないかという想いが…一度は浸食を進ませて、克哉は激しい記憶の
欠落に悩まされるようになった。
もう一人の自分が出る時間が増え…克哉自身が眠っている方が多くなっている
時期すらもあった。
特に御堂との接待と、異常な関係に悩み…苦しんで葛藤していた頃は
その症状が顕著で、克哉は…夢うつつに、もう一人の自分が表に出て…
この煙草を吸っているのを何度も感じていた。
その度にまずくて、煙ったくて…嫌なものだと思った。
だからこそ…克哉はこの煙草を隠して、厳重に封印を施して一度は反抗したのだ。
―だが、克哉はそれを乗り越えるように…自らその煙草を吸う事を選択した
挑発的に、漆黒のガラスに浮かび上がるもう一人の自分を見つめていく。
信じられない、という想いでこちらを見ている相手に向かって…念を押すように
克哉ははっきりと告げていった。
『お前は…オレの一部なんだから…。オレは、これ以上…どんな自分でも、
自分を…否定したく、ないんだ…!』
今の克哉は、全てが御堂のものだ。
だからこそ…彼が愛してくれる自分を、これ以上否定して卑下したくなかった。
そして…部屋の整理をするついでに、克哉は過去との心の整理も知らず…
果たしていたのだ。
引き絞るように、本心から…その言葉を投げつけていく。
―酔狂な奴だな…。お前は自分が何を言っているのか…理解しているのか…?
「あぁ、理解しているよ。これが…今のオレが出した答えだから。…だから
この煙草は処分しない。お前の事を忘れない為に…大事に保管させて貰うよ…」
―好きにしろ…
ぶっきらぼうな口調で、ガラスに浮かび上がるもう一人の自分が
言い捨てていく。
だが…克哉は確かに見たのだ。
一瞬だけ…彼の口元に、嬉しそうな笑みが浮かんでいたのを…。
―お前が持っていたいなら、好きにすれば良い…。じゃあ…俺はもう行くぞ…
そういって、あっさりともう一人の自分の気配は消えていった。
そうして…部屋の中には克哉一人だけが残されていった。
手の中には、最後の彼の名残ともいえる銘柄の煙草の箱。
そして…口元に咥えて、指の間に挟んでいた煙草は…もう半分以上が
灰になって燃え尽きようとしていた。
「うわっ…! いつの間にか無くなり掛けてる! しかも熱い!」
煙草の火先がかなり迫って来ていた事に気づいて…克哉は慌てていく。
大急ぎで台所に向かい、水を流して其処に落としていった。
「あ、危なかった…こんなので火傷したら、マヌケ過ぎるよな…」
そうして、ホッとなりながら…溜息を吐いていく。
その瞬間…台所に残っていた生活臭と、水の匂いを感じたからだろうか。
鮮烈に…煙草の、紫煙の匂いが鼻に突いていった。
「あっ…」
その瞬間、克哉はつい…泣きたくなった。
自分と同じ身体を共有して生きているもう一人の自分。
克哉にはそれが…今は幻のようにさえ感じられる『彼』が確かに…
一時は生きていたのだと、その紛れもない証のように思えたから…。
自分が二重人格だと言った処で、信じて貰える訳ではない。
恋人である御堂だって…その事は認めてくれていない
なら、せめて自分だけは覚えていよう。
彼が自分の中にいることを…こうして息づいて生きていることを…。
「…多分、これから…この煙草の箱を見る度に…この匂いを嗅ぐ度に
オレは…お前を思い出すと思う。けど…それで良いんだ…」
あの人に愛された自分だからこそ、自分の全てを否定したくない。
愛されたことで、克哉はそう考えるようになった。
もう一人の自分がしたことで、眩暈を覚えるような事は一杯ある。
それでも…受け入れがたいことも踏まえた上で、彼を受け入れよう。
―君は私が認めた男だ。胸を張りたまえ
そう、迷った時に御堂が言ってくれた言葉。
今思えば…その一言が、克哉を変えた。
いつも人の顔色ばかりを伺ってばかりいたあの頃よりは確かに自分は
強くなった筈なのだ。
なら…過ちも、認めたくない部分も…全てを受け入れよう。
どんな自分であろうと…紛れもなく自分という人間を構成している
掛け替えのない要素なのだから…
そして克哉は、煙草の箱をしっかりと握りしめながら…自分がかつて
生活していた場所を後にしていく。
自分が生きてきた軌跡、痕跡。
其れは明日、この部屋から消え去るだろう。
けれど自分が生きている限り…想いと記憶は消えない。
―なら、オレは…お前のこともしっかりと刻みこむから…『俺』…
最後に一瞬だけ見せた、もう一人の自分の嬉しそうな顔を
想い浮かべて…克哉は微笑んでいく。
そう、どんな人間だって…否定はされたくないのだ。
自分が生きている限り、彼を影の立場に強いるのならば…
せめて、自分は彼の存在を認めよう。
―愛されていると実感して強くなった克哉は、ごく自然にそう
想うようになっていた
そうして彼は…最後にもう一度だけ月を見た。
鏡のような真円の月。
其処に手をそっと仰ぎながら、再び煙草に火を点けて…静かに
吹かしていった。
克哉の中にいる、もう一人の自分に好きだった煙草を…
味あわせるように…。
紫煙が微かに、目に染みたが…それでも、克哉は穏やかな顔をしながら…
最後に窓の外に広がる夜の空を眺めていった。
―今日という夜を己の中に刻み込んで、この煙草の箱を見るたびに
思い出せるように…
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小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
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当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
当ブログサイトへのリンク方法
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リンクは同ジャンルの方はフリーです。気軽に切り貼りどうぞ。
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