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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 目を開いた瞬間、眩い光が瞼を焼いていった。

 それはゆっくりと、ぬるま湯から浮かび上がっていくようなフワフワして
落ち着かないような、心地良いような不思議な感覚だった。
 窓の隙間から、鮮烈な一筋の光が差し込んでくる。
 ベッドの上に仰向けになった状態でその光景を確認していると
そっと手が、握られていた事に気づく。
 その手の力はかなり強く、痛みを感じる程だった。
 相手から注がれる眼差しも、それに負けない感じだ。
 それがゆっくりと佐伯克哉の意識を覚醒させ、あの夢の中から
現実へと連れ戻していく。

御堂」

 見なくても、その気配だけですでに判っている。
 けれど確認するように、静かに克哉は呟いていった。

「佐伯やっと、目覚めたのか?」

 御堂は、安堵するような息を吐きながらそっと身を乗り出して
克哉の頬を愛おしげに撫ぜていく。
 それに応えるように薄目を開きながら、克哉もまた相手の頬へと
手を伸ばして優しい手つきで触れていった。
 御堂は、髪型もほつれていて服装も若干乱れたままだった。
 いつもの御堂なら、きっと一分の隙も見せずにきっと整えているだろうに
若干、崩れている事実がこちらをそれだけ案じているのだろうと、実感
する事が出来てむしろ少し嬉しかった。

「あぁやっと、な。随分と長い事眠っていたような気がする
今は何時だ?」

「朝、六時だ。昨日の夜、私を抱いてからすぐに意識を失ってから
九時間くらいは経過している。その間、幾ら呼びかけようとも身体を
揺さぶろうとも一切君が目覚める気配がなかったから、本気で心配
していたんだぞ!」

「あぁ、悪かったな。心配、掛けさせてすまない

 普段の克哉の睡眠時間は、四時間から五時間に掛けてくらいだ。
 その事実に照らし合わせるといつもの倍近くの時間、自分は昏睡
していたようだった。
 確かに、随分と長い夢を見ていたようなそんな気分だ。
 けれどあの小さな子供のことも、そしてもう一人の自分のことも
全てが夢幻ではなかった事を、今の彼は理解していた。
 夢の中での記憶が、一気に溢れて流れてくる。
 その瞬間、彼は酷く晴れやかな気持ちになった。

世界が、自分のことを受け入れて祝福しているようなそんな
暖かなものを、まぶしい太陽の光から感じ取っていく。

 自分の中で欠けていた何かが埋まるような感覚。
 失われていた自分という人間を構成するピースがカチカチっと
嵌まっていくような、そんな感じがしていた。
 それはかつて、もう一人の自分が体験した感覚に似ていたが
似て否なるものでもあった。
 自分の中で、何かが満ちる。
 冷たかった心に、暖かいものが満ちていった。

オレは、ここにいるよ

 一瞬だけ、優しい声音でもう一人の自分が語りかけてくる。
 それを聞いた瞬間、涙ぐみそうになった。
 
佐伯、どうしたんだ?」

 克哉の目が、僅かに涙を湛え始めていた事に気づいて案じるように
御堂が声を掛けてくる。
 それが、嬉しくて今、自分の傍に心から愛しいと思った存在がいてくれる
事実に一筋の、涙が零れて頬を伝っていった。

「佐伯どうした、んだ?」

 かつて、自分を監禁して陵辱して非道の限りの行為を繰り返されていた時、
御堂はこの男には血も涙もないのだろうと思っていた。
 その男がどこか、切ない表情を浮かべながら涙を流しているのを見て
心底、驚いていく。
 
あんたが、傍にいてくれるのが本当に、嬉しくてな

 二度と、手に入らないと思っていた。
 自分にはこの人を想う資格などないと、そう思い込んでしまっていた。
 ただこの人から逃げ続けたのは、そんならしくもない弱気な感情に負けて
しまったからで。
 ただ、黙って想う資格すら自分にはないだろう。
 そう心の奥底では罪悪に駆られ続けていた。
 この想いは、受け入れられる事はなくただ、自分の胸を突き刺すだけの
痛みを伴うものでしかなかった。
 けれど、捨てる事も消し去ることも出来ず息づき続けていたその感情が、
報われた。
 その事実が
冷たかった筈の男に、暖かなを芽吹かせていく。

佐伯。それは私も、一緒だ

 あのもう一人の彼に、切り替わって彼と接せられなかった時御堂は
どれだけ絶望しただろうか。
 もう一人の彼が、嫌いな訳じゃない。
 最初の時点では驚いたが、今はそれもまた、彼の一面であるのだと
御堂は受け入れている。
 あのどこか儚く笑っていた方の彼を愛しいと想う気持ちもまた、御堂の中に
同時に存在している。
 けれど誰よりも焦がれ、欲しいと想ったのは今、目の前にいる
彼の方だったのだから

 そう伝えるように御堂は口角を上げて微笑んでみせる。
 お互いに、胸が満たされるような気持ちを感じられた。

その時、一瞬だけ克哉の脳裏に浮かぶ面影があった。
 
 それはかつて、自分にとって大事だった人間の面影。
 誰よりも信じていた、大切だった。
 けれど知らない間に彼に劣等感を植え付けて傷つけていて。
 その事実を卒業式の日に突きつけられて、そして自分は

澤村

 黒髪の、少年の悲しそうな泣き顔が嘲りながら、苦しそうな
そんな顔がそっと浮かんで儚く消えていった。
 封じていた、記憶が押し寄せてくる。
 あぁ、そうかと妙に納得した。
 自分は、同じ過ちを犯そうとしていたのだと。
 その事実をやっと、理解した。
 そしてどうして、もう一人の自分が必死になってこちらの背中を
押したのかも、全て見えて来た。

 自分の罪から幾ら逃れようと逃げ続けても、結局はいつかは
追いつかれて飲み込まれる

 なら、自分が犯してしまった過ちも痛みも、受け入れて生きて
いくしかないのだ。
 自分の存在をあの日、否定した。
 そして心が真っ二つに割れてしまった。
 傷つけたくないという想いとあいつに復讐してズタズタに裂きたいと
思った自分。
 そして後者の自分を押さえつける為に、克哉は弱い方の自分を
あの眼鏡の力を借りて、表に出した。
 けれどそのせいで、澤村の事が絡んでいるそれ以前の記憶が曖昧となり
もう一人の自分は、自信が持てずあやふやな存在となった。
 
(お前が言いたかった事を、やっと理解出来た

 今の克哉は、自分を確かなものに感じられる。
 この人と真っ直ぐに向き合って、まったく怯む事はなかった。
 互いに強い視線で相手の目を覗き込み、強く強くその手を握り締め
続けていく。
 
どんな苦痛が伴う記憶も、みっともなく否定したい要素も全てが
自分自身を構成するのに欠かせないピースなのだ。

 一人の人間の中には、良い部分も悪い部分もひっくるめて内包されて
存在している。
 それらの全てが、自分という一人の人間を作り上げている。
 だが人の心は脆弱で、全てを受け入れるには沢山の経験を積んで
己を見つめなければ到底出来ない。
 自分は、かつての親友であった澤村を自分が自分であった為に深く
傷つけてしまっていた。
 それが苦しくて、辛くてそして、記憶を封じて逃げた。
 けれどその為に自分達はバラバラになりそして、弱くなったのだろう。
 だが、今は違う。

お前は、確かに俺の中にいる

 弱い部分を補うように、そっと内側から支えてくれているのが判る。
 例え声が聞こえなくても、以前のようにはっきりと存在を感じられなくても
静かに己の心で息づいて、自然と自分の中に溶け込んでいるのが判る。
 だから世界を、真っ直ぐ見据える事が出来た。
 そうなって初めて、克哉は御堂への想いも、そして御堂から伝えられる
その愛も確かに、感じる事が出来たのだ。

御堂、あんたに触れて良いか?」

 優しく、微笑みながら克哉は問いかけていく。

そんな事、イチイチ聞かなくても良い。当然、だろう?」

「あぁ、そうだな
 
 そうして、柔らかく笑いながら御堂の背中に腕を回していく。
 その瞬間、瞬くほどの間御堂には、もう一人の彼の微笑みが
重なって見えた気がした。
  ただ、相手を抱きしめて体温を感じあうだけでこんなに幸福な
気持ちになれるだなんて知らなかった。

 記憶を封じて、自分を切り離すことで押されたリセットボタン。
 それが静かに一連の騒ぎを経て、もう一度押されたのだ。
 そのおかげで彼は否定していた自分の中の要素も、記憶も
全てを受け入れた。
 だからこの幸福を得る事が出来たのだ。

己の中にあるものを否定している限り、他者を完全に人は
受容する事など出来ないのだ

 受容していない内は、相手の中に自分の否定したい感情を
時に投射して見出してしまう。
 それは知らない内に起こり、それが悲しいすれ違いを時に生み出す。
 人を愛すにはまず、自分を受け入れなければならないのだ。
 その為に向き合い、目を逸らしたい過去にメスを入れて何に傷ついて
いたのか、苦しんでいたのか心の傷と向き合わなければならない。
 その中に、答えは必ず潜んでいる。
 愛という輝けるものも、きっと

「あんたは、暖かいな…」

 人の身体の温もりを、この瞬間ほど愛おしいと感じられたことはなかった。
 再会した当初、御堂に抱いていた罪悪感や後悔の念は…なかった。
 それよりも遥かに強く、愛しいという想いだけが溢れて…克哉の心を
満たしていく。

「君の身体だって温かいぞ…。ふふっ、まったくおかしなものだな。あれだけ
私に酷いことをし続けた男なのに、こんな風に君を想える日が来るなんてな…」

 自分達は、最悪のスタートを切った。
 己の中に潜む本当の想いに気づかなかったばかりに、御堂から全てのものを
奪って廃人寸前にすら追い詰めてしまった。
 だが、今…御堂も克哉を許している。
 克哉も、ようやく…もう一人の自分の手助けを借りて、自分を許せるようになった。
 だから、罪悪感という重苦しい枷が切れて…素直な気持ちでこの人に接して
その言葉を受け取ることが出来た。

「…あぁ、本当にな。…御堂、本当にすまなかった。…あんたを傷つけて、
その挙句に俺はずっと逃げ続けて、いたのに…それでも…」

「もう、良い…。再会してから見ていて、君がその件に関してどれだけ胸を
痛めて…苦しんでいたのか、迷っていたのか…充分に判ったから。
一時は本気で君を殺してやりたいぐらいに憎んだ。けれど…それ以上に
君を欲しいと、愛しいという想いが生まれてしまった。だから…」

 そこで一旦、言葉を区切って…御堂ははっきりとした口調で告げていく。

「二度と、それを理由に私の元を離れるな。…君が私に飽きるなり愛想を尽かして
しまったのなら仕方ないと諦めてやるが、罪悪感を理由に君が再び私の元から
逃げるのなら…絶対に、許さないからな…!」

 気迫すら感じられる、凄みの効いた告白だった。
 だが、逆に…御堂の本気が感じられて、克哉は嬉しかった。
 あぁ、自分はこの人のこの硬質な強さに、輝きに惹かれたのだ。
 それが欲しくて、過ちを犯してしまった。
 けれど…この人は真っ直ぐにこちらを見据えて、求めてくれている。 

「あぁ、それを理由に…あんたの元から立ち去ったり、逃げるような無様な
真似は二度としない。それを…この瞬間に、誓わせて貰おう…」

 そうして克哉は…もう一度しっかりと御堂の身体を強く抱きしめて…
口付けを落としていった。
 世界が、光り輝いて希望に満ちているように感じられた。
 その瞬間、幸せだった。満ち足りた気持ちだった。
 そして…はっきりと、頭の中にもう一人の自分の声が聞こえた。

―おめでとう…『俺』…どうか、幸せにね…

 あいつもまた、心から…自分の内側で見守って、祝福してくれている。
 それを感じられた瞬間…克哉は、微かに涙を浮かべていく。
 親友に裏切られた時、御堂を追い詰めながら想っている事実に気づいた時、
自分の存在を否定した。

『大切な人間を追い詰めるだけの自分なら存在しない方が良い…!』

 その想いが彼を弱くして、幾つもの心に分かれてしまっていた。
 だが、己の罪を真っ直ぐに見据えて、人に愛されること…肯定される事で
人は勇気を得られる。
 そして…それには自分自身を味方に得る事が不可欠なのだ。
 それを得た今、克哉は…自分を確かに、しっかりと強く感じる事が出来た。

 だから、全ての境界線が曖昧になり…緩やかに一つに近づいていくのを
再び感じた。
 柔らかく微笑むもう一人の自分が緩やかに溶けて、とても優しい気持ちが
ゆっくりと生まれてくる。
 こんなに…穏やかな気持ちになったのは、果たして何年ぶりなのだろうか。
 そう幸せを噛み締めていると…御堂が、そっと瞳を細めながら…克哉の
頬を撫ぜていった。
 その仕草に促されるように、もう一度…意識が落ちる寸前に曖昧に伝えた
自分の真実を、口に上らせていく。

「…御堂、孝典。あんたを…心から、俺は愛している…」

 やっと、真っ直ぐにこの人を見つめながら…言いたくて、言いたくて堪らなかった
一言を、告げていく。

「…あぁ、やっと言ってくれたな。私も…君を、愛している。…今の君も、少し
雰囲気の違う君の方も…どちらの、佐伯克哉でも…私も愛しているぞ…」

 御堂もまた、全てを受け入れた上で…噛み締めるように告げていく。
 その瞬間、自分の中でもう一人の自分が涙ぐんで喜んでいるような気がした。
 たった一言、それで全てが報われたと…泣いている。
 それに苦笑しながら、軽い嫉妬を覚えながら…それでもグイっと強く克哉は
御堂を改めて抱きすくめていった。

(まったく…お前は、本当に泣き虫だな…)

 しみじみと心から呟いていくと、克哉は御堂への口付けを更に深くして…
その想いを伝えていく。
 朝日が降り注ぐ光が満ちた室内で、二人は…身体も心も重ねて、想いを
確かめ合っていく。
 どちらの、佐伯克哉でも関係ない。今の克哉も、今…心の中で生きている
克哉も結局は同じ人間なのだから。
 そして、一人は現実で生きて。
 もう一人はひっそりと…胸の中で生きて暖かく、愛する人ともう一人の自分を
見守っていくと決意した。
 
 それぞれの役割を、納得した上で…『一人の人間』として彼らは生きていく。
 傍には、心から愛してくれる存在がいてくれる。
 克哉が自分の全てを受け入れた今だからこそ、御堂もまた克哉を許して…
リセットボタンを押す事を許してくれたのだ。
 かつて自分の全てを奪って追い詰めた罪を、許し…再び、この日から
スタートを切る事を認めていった。
 そう告げるように、御堂は…はっきりと告げていった。

―ここからが私と君の、新しいスタートだな…

 と、静かに告げていった。

―あぁ、そうだな。記念すべき日になるな…あんたと、俺にとってな…

 克哉もまた、優しく微笑みながらその言葉を肯定していく。
 その瞬間、柔らかく…もう一人の彼が溶けているのを御堂は感じた。
 違和感なく、ごく自然に…バラバラだった何かが静かに溶け合い…一つに
重なり合っているのを静かに感じた。
 じんわりと広がるような幸福感と、優しい一時が二人に訪れていく。
 その幸福を噛み締めながら…克哉はただ、愛しい人間の体温を深く、深く
感じ取り続けていった―
 
 

 
 
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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 …一言報告して貰えると凄く嬉しいです。
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