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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 朝の一件があった後、一日中…二人の間には気まずい空気が流れていた。
 克哉が壊れた機械のように謝罪を繰り返し続けて、少し経って冷静になってから…
大急ぎで午前11時の会議に向けての準備をしなければ間に合わない現実に
二人とも気づいたからだ。

 それからは、二人とも…一旦、思考を切り替えて仕事の方に没頭した。
 そうしなければ到底、間に合わなかった。
 だから御堂は頭の中に渦巻く、『何故』という問いを…仕事の間だけは
頭の隅に追いやり、自分の部長としての責務を全うした。

 克哉は密かに…この人が真の意味での大人であり、エリートであった事に
心から感謝していた。
 あの人にあんな目に遭わせた上に…大事な会議にまで支障を出させては
申し訳なかったからだ。
 だから克哉も、仕事モードに切り替わってからは…一日、「ごめんなさい」と
いう言葉を言い訳をグっと飲み込んでいった。
 そして…ギリギリの処で間に合い、会議が終わってからは…各部署への
連絡作業や、取引先への必要事項の伝達など…山積みになっていた事を
全力で片付けていったら、あっという間に就業時間を迎えていた。

(今日が…心底、忙しい日で本当に良かった…)

 多分、これだけ多忙でなければ…御堂ともっと二人きりになる時間が増えて
気まずい思いをする羽目になっていた筈だ。
 普段ならこんなに忙しければ、愚痴の一つの零したくなっていただろうが…今日に
関しては心底、克哉は感謝したい気持ちになっていた。
 改めて必要な書類を整理して纏めたファイルケースを…御堂のディスクの付近にある
棚に収めていきながら…ほう、と克哉は溜息を突いていた。

「そろそろ…御堂さんも戻ってくる頃だな…」

 時計の針を見れば、時刻はすでに十六時五十分を指していた。
 MGNの就業時間は…朝の九時から夕方の五時までだった。
 今日はグルグルした思考回路を抑え込んで作業に没頭したおかげで…克哉が
担当するべき仕事は殆ど片付いて、定刻を迎えたのならすぐに帰宅しても
問題はなかった。
 家に帰る…という事に思い至った時、克哉は苦い気持ちに浸っていった。

(あの子にはどう言えば良いんだろう…)

 家に帰れば、恐らく…秋紀がもう一人の自分の事を待っているだろう。
 しかし…すでに克哉は眼鏡を放り出し、もう二度とこれを掛けるつもりはない。
 自分の背広の胸ポケットの処にこっそりと納めてあるが…もし、家の前で自分の
顔に眼鏡がないのを秋紀が見たのなら…あの少年を落胆させる事になるだろう。
 それを考えると…克哉は家に帰るのが憂鬱な気持ちになっていた。

(御堂さんにだって…言わないといけない事が一杯あるし…オレは一体、
これからどうすれば…良いんだ…?)

 心底、こんな事態を巻き起こしてくれた眼鏡の方を恨みたい気分になった。
 けれど同時に…酷く心がモヤモヤしていた。
 恨みたいのに、彼を恨みきれない。
 そんなすっきりしない感情が克哉の心を満たして、余計に気持ちが重くなっていた。

(…ダメだ、恨みたいけれど…あいつの気持ちを知ってしまった今じゃ…もう…)

 眼鏡を掛けてから、今朝に主導権を取り戻すまでの3日間…克哉は閉じ込められながら
もう一人の自分の感情を…僅かながらに覗き見る事が出来ていた。
 自分が御堂との時間を心から幸福に思いながら紡いでいる傍らで、眼鏡はどれだけの
孤独を噛み締めながらこの半年を過ごしていたのか。
 それでどれだけ…あいつの心が冷え切っていたか、今は知ってしまっている。
  …自分がもし、あちらの方の意識が御堂と結ばれて…同じ立場に追いやられていたら
どんな気持ちになっていたか。
 そこまで想像を張り巡らせた時…克哉の中にはもう一人の自分を恨めないし、
憎めなかった。

(待てよ…もしかして、オレが…秋紀っていう子の件も…あいつの気持ちを汲み取る事も
ずっとしないで…逃げ続けていた。だから…こんな事態になったんじゃないのか…?)

 考え続けている内に、ふと…そんな事を気づいた。
 秋紀は自分が眼鏡を掛けなくなった日から…ずっともう一人の自分を探していた。
 しかしそれは…自分が秋紀の事を清算しようとして、彼がいるクラブにでも足を向けて
今付き合っている人がいる事や気持ちに応えられない事を伝えていれば…こんな事には
ならなかった筈なのだ。

 もう一人の自分だって、そうだ。
 自分は正直、彼の存在に怯え続けていた。
 御堂と付き合う傍らで…もし、彼がやっていた事を知られてしまったら…嫌われて
しまうんじゃないか。
  そればかり怯えていて…もう一人の自分の事を思い遣る事など考えられなかった。
 一緒の身体を共有していながら…克哉は眼鏡を恐れるばかりで、あそこまで彼の心が
冷え冷えとして…トゲトゲしくなっていた事に気づこうともしなかった。

(あいつは…秋紀って子に対しては、凄く優しかった。それは…あの子が強い気持ちで
あいつだけを求めていたからだ…)

 けれど、自分と御堂はあいつの存在を必要としなかった。
 御堂は無い者として…克哉だけを必要として、克哉は銀縁眼鏡を放棄する事で彼を
決して表に出さないように封印し続けた。
 だから彼は…あんな真似をしたのだと。克哉は…それに気づいた時、呆然となった。

「…全ての原因は、オレにあるんじゃないか…」

 認めたくなかった。
 最初はあいつが悪いのだと…いっそ責任転嫁したい気分だった。
 しかし克哉は…他人の気持ちを汲み取ったり、共感する能力に長けていた。
 だから全ての発端に…気づいてしまった。
 秋紀や眼鏡の行動の動機がどこから発生していたのか…その根源を発見した時、
克哉は一つの決意をした。
 
「オレがしなければならないのは…全力で御堂さんに謝る事じゃない。まず…
あの二人と向き合う事の方が…先じゃないか…!」

 痛いぐらいに拳を握り締めながら、克哉は呟いていく。
 あの二人の事を片付けてからじゃなければ…今の自分は御堂に向き合う資格すら
ないだろう。
 もうじき、17時を告げるチャイムが社内に鳴り響くであろう直前に…御堂が仕事を
終えて執務室へと戻ってくる。
 室内に入って来た御堂の顔は険しかった。
 すぐにでも事情を聞きたい。その表情と眼差しは紛れも無く…そう訴えていたので
チクリ、と胸が痛くなった。

「克哉…」

 チャイムが鳴る直前、仕事中は「佐伯」と呼ぶことを崩さない御堂が…下の名前の
方で克哉を呼んでいく。
 それは御堂が、今は私人となって克哉と向き合っている何よりの証でもあった。

「…御堂さん。すみません…貴方に事情を話したいのは山々ですけれど…オレは
貴方に謝るよりも先に、行かないと行けない処があります。…本日の八時か九時まで
にはその用事を終えて…必ず、貴方のマンションの方に向かいます。
 ですから今は…オレを行かせて下さい。それからじゃなければ…貴方に謝ったり、
言い訳する資格も…ないですから…」

「何、だと…?」

 一瞬、何を言われたのだが…判らないといった怪訝そうな顔を御堂が浮かべていく。
 しかし克哉は…そんな彼からまったく瞳を逸らさずに、彼に想いを告げた時のように
まったく怯む事なく、真正面から御堂を見据えていく。
 その瞳のあまりの真摯さに、御堂は虚を突かれた形になった。

「ですから…今は失礼します! 必ず、後で貴方の処に向かいますからっ…!」

 必死の想いで気持ちを伝えて、克哉は素早い動作で…御堂の脇をすり抜けていく。
 それと同時に、社内中に…17時のチャイムの音が盛大に響き渡っていった。

 その音に一瞬、足を止めている隙に…瞬く間に克哉の姿は扉の奥に
消えていく。
 バタンという音がすると同時に金縛りが解けて、御堂はワナワナとその場で
震え続けていた。

「…後で必ず、だと…? これだけ私を振り回して…事情を説明する事も、言い訳する
事もせずに…これ以上、私が待てる筈がないだろ…! どうして…君は私の元から
すり抜けていこうとばかりするんだ…!」

 本気の怒りの言葉を、その場で呟いてから…御堂もまた、彼の姿を必死に
追いかけていく。
 もう克哉の姿を見失いたくなかった。
 この手を離したくなかった。
 その一念で、御堂は全力疾走をして…遠ざかっていく克哉の姿を…追い求めていった―
 
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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