鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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陽はかなり傾いて、周囲が夕暮れに染め上げられる頃。
沈黙し続ける二人の間に、優しい風がそっと吹きぬけていく。
まるで花が綻ぶように…柔らかい笑みを浮かべながら秋紀が言葉を続けていった。
「…あは、克哉さんってば…本当に驚いていますね。けど…それくらいの事ぐらい
判りますよ。だって…僕、この二日間…沢山、あの人に大好きって言ったんですよ。
けど…その度に、あの人は曖昧に微笑むだけで…同じ言葉は、一度も返して
くれなかったから…嫌でも、判っちゃいました…」
「そう、なんだ…」
「…僕の事を好きなら、絶対に同じ言葉を返してくれる筈だし…それ以前に
九ヶ月も僕は待つ事なかったと思う。曖昧に微笑むあの人を見て…僕、やっと
その現実を受け入れられたんです…」
ショックを隠しきれない克哉を前に、出来るだけ明るい口調で秋紀は言葉を
続けていった。
それは想い続けていた秋紀にとっては、耐え難いぐらいに切ない現実だった。
ただそれも…最初に告げた、このまま会えないままだったら…という視点で考えれば
まだマシな事だった。
自分を抱いていた眼鏡はどこか悲しげで、苦しそうな顔をしていたから。
胸の中にある憤りや、やり場のない感情を…自分の身体の奥に注ぎ込んで、その
苦痛に耐えている。そんな気がしたから…。
―ほんの少しでもこの人の痛みを癒せるならそれで良い…
少年はそんな極地に至って、相手の曖昧さを結局…赦したのだ。
その事を思い出しながらも。顔を苦しげに歪ませることなく…瞳から透明な涙を
溢れさせながら自分自身の感情を整理していく為に、秋紀は言葉を紡ぎ続ける。
「…良く考えれば、最初からあの人は僕に対してそっけなかったし。
あの後に二回…クラブに顔出してくれた時もどちらも冷たくて、突き放すような
態度と言葉しかしてくれなかったし…!」
その時の事を思い出して、悔しくて一瞬だけ眉根を寄せていく。
一度は抱いた癖に、あんなに冷たい態度ばかりを取る克哉が信じられなかった。
自分の容姿は男女構わずに、沢山の人間がチヤホヤしてくれていた。
それに慣れていた秋紀に取って、自分が最後まで許したにも関わらずにあんな酷い
物言いと態度を取る眼鏡は理解出来なかったし、信じられなかった。
『勘違いするな。俺とお前は、ただ行きずりで…セックスを楽しんだだけの関係だ。
それ以上でも、それ以下でもない。俺が何をしようとお前には関係ない筈だ』
そんな冷たい事を言う男だった。
一度抱かれた夜から、自分の胸の中はこの人のことでいっぱいだったのに…その
相手に突き放されるような事を言われて、秋紀は絶望に追いやられていた。
直後に、蕩けるようなあんなに甘いキスを道端でされて…腰が抜けそうになって
二度と忘れる事が出来なかった。
もう一度…会えた時には、あの人の言うそれ相応の態度という奴をしよう。
あんな当てつけみたいな態度や、拗ねたりしないで…もうちょっとだけ可愛い態度を
取るようにしよう。
そんな殊勝な事を考えながら…秋紀はあのクラブで二ヶ月以上も、一人で飲んで
克哉を待ち続けていた。
だがその日以来、ぷっつりとあの人は来なくなった。影も見かけなくなった。
会えない日々が気づけば…秋紀の中で幻想を育んでいたのだ。
―克哉と両思いになる幻想を
本気で自分はあの人の事を好きなのだから、見つけ出せばきっとあの人はこの
気持ちに応えてくれる筈だと。
眼鏡を探して追い求めている間、その気持ちは膨れ続けていった。
どうしてあの人が自分の下に来なくなったのか。その理由を考えたり想像したりせずに
自分にとって都合の良い幻想だけを抱いて酔っていた。
秋紀は…この二日間で、その事実に薄々と…気づき始めていたのだ。
「けど、だから…僕はあの人に優しくされたかった。僕だけを見て…僕だけを
愛してくれて、ずっと一緒にいる日を…夢見て、いました…」
秋紀の言葉に、ズキンと克哉は胸が痛くなった。
それは自分が、御堂に抱いていた感情と極めて酷似していたからだ。
自分と御堂の関係も、随分と酷い処からスタートしていた。
こんな冷たい男だったと、どれくらい絶望して最初は傷つけられた事だろう。
だからこそ…ほんの少し見せてくれた優しさが嬉しくて、どんな人間よりも
自分の心の中に入っていった。
気づけば…自分の中で存在が大きくなって、たった十日会えないだけで苦しくて
気が狂いそうになっていた。
秋紀は、自分よりもうんと長い時間…あの苦しい気持ちを抱き続けていたのだ。
そこまで思いを馳せた瞬間…克哉はただ、泣くだけの事しか…出来なくなっていた。
(本当に、御免…秋紀、君…!)
もう、何も言えなかった。
御免なさいと言う資格すら…自分にはないような気がして、克哉はただ…涙で
頬を濡らし続けた。
それを肩口に感じて…秋紀は切なそうに瞼を閉じる。
どれくらいお互い言葉もなく…相手を抱きしめ続けていたのだろうか。
先に口を開いたのは、少年の方からだった。
「…僕の為に、貴方はこんなに…泣いてくれるんですね。参ったな…これじゃあ
貴方を恨みたいのに、僕…恨めなくなっちゃいます、ね…」
どこまでも力なく、秋紀が呟いていく。
やっとお互い…相手の肩口から顔を離して、向き合っていった。
両者とも泣きはらして…目も赤くて、グチャグチャの顔だった。
克哉のその顔を見て…秋紀は思いがけず、フワリと笑った。
「克哉さん…一つだけ、僕の最後のお願い…聞いてくれますか?」
「…オレに出来る事だったら、何でもするよ。オレにはそれくらいしか君に
報いる事が出来ないから…」
「…ありがとう、ございます。…本当は貴方にこんな事を頼むのは凄く残酷だって
いう事くらい判っているんですけどね。…最後にもう一度だけで良いんです。
眼鏡を掛けた克哉さんの方に…会わせて、お別れを言わせて下さい。
それで…僕は、この恋を…諦め、ます…」
その一言は、秋紀にとって断腸の思いで告げた言葉だった。
これだけ愛しく、強く想っている男を諦める一言を諦めることは秋紀にとっても
身が引き裂かれるような思いだった。
本音を言えば、何を犠牲にしたって一緒にいたかった。
離れたくなど、なかった。
けれど…目の前の克哉は確かに言ったのだ。
自分の方には、大切な人間がいると。だから自分の気持ちには応えられないと
はっきり最初に言い切っていた。
本心を言えばその言葉に反発しなかった…と言ったら嘘になるだろう。
責めたい気持ちも、文句をぶつけたい気持ちも溢れんばかりにあった。
だが…秋紀はそれをぐっと飲み込んで、妥協案を口にしていった。
…自分をこんな風に抱きしめて、ボロボロと泣く克哉の顔を見ていたら…妙に毒気が
抜かれて、自然と許せる心境になってしまっていたから。
「…本当に、それで良いの? オレにもっと文句を言ったり…責めたりしても
良いんだよ? 君には…その資格があるし…」
「…僕にだって意地がありますから。最後にあの人に会うのなら…せめて終わりくらい
笑顔で終わらせたい。自分の想いが叶わなかったからって相手を恨んだり
責めたりする姿って…凄くみっともないと思うし…そんな無様な姿を…あの人の前で
これ以上晒したくないから…」
そう、秋紀は容姿に恵まれてきた分だけ…沢山言い寄られてきたし、告白も受けてきた。
興味のない相手に言い寄られても困るだけなので全てそれは断ってきたのだが…中には
それで秋紀を逆恨みをしたり、嫌がらせをするような輩もいた。
表面は良い顔していても、裏で秋紀の悪口を広めるような真似をした人間もいた。
…好きだと言われた事自体は悪い気はしなかったが、こちらが振った後でそういう態度を
取る相手を秋紀は何度も冷めた目で眺めていた。
だから自分も最後に最悪の態度を取って…本当に好きになった人にそんな冷たい目で
見られることになるのは嫌だった。
判りますよ。だって…僕、この二日間…沢山、あの人に大好きって言ったんですよ。
けど…その度に、あの人は曖昧に微笑むだけで…同じ言葉は、一度も返して
くれなかったから…嫌でも、判っちゃいました…」
「そう、なんだ…」
「…僕の事を好きなら、絶対に同じ言葉を返してくれる筈だし…それ以前に
九ヶ月も僕は待つ事なかったと思う。曖昧に微笑むあの人を見て…僕、やっと
その現実を受け入れられたんです…」
ショックを隠しきれない克哉を前に、出来るだけ明るい口調で秋紀は言葉を
続けていった。
それは想い続けていた秋紀にとっては、耐え難いぐらいに切ない現実だった。
ただそれも…最初に告げた、このまま会えないままだったら…という視点で考えれば
まだマシな事だった。
自分を抱いていた眼鏡はどこか悲しげで、苦しそうな顔をしていたから。
胸の中にある憤りや、やり場のない感情を…自分の身体の奥に注ぎ込んで、その
苦痛に耐えている。そんな気がしたから…。
―ほんの少しでもこの人の痛みを癒せるならそれで良い…
少年はそんな極地に至って、相手の曖昧さを結局…赦したのだ。
その事を思い出しながらも。顔を苦しげに歪ませることなく…瞳から透明な涙を
溢れさせながら自分自身の感情を整理していく為に、秋紀は言葉を紡ぎ続ける。
「…良く考えれば、最初からあの人は僕に対してそっけなかったし。
あの後に二回…クラブに顔出してくれた時もどちらも冷たくて、突き放すような
態度と言葉しかしてくれなかったし…!」
その時の事を思い出して、悔しくて一瞬だけ眉根を寄せていく。
一度は抱いた癖に、あんなに冷たい態度ばかりを取る克哉が信じられなかった。
自分の容姿は男女構わずに、沢山の人間がチヤホヤしてくれていた。
それに慣れていた秋紀に取って、自分が最後まで許したにも関わらずにあんな酷い
物言いと態度を取る眼鏡は理解出来なかったし、信じられなかった。
『勘違いするな。俺とお前は、ただ行きずりで…セックスを楽しんだだけの関係だ。
それ以上でも、それ以下でもない。俺が何をしようとお前には関係ない筈だ』
そんな冷たい事を言う男だった。
一度抱かれた夜から、自分の胸の中はこの人のことでいっぱいだったのに…その
相手に突き放されるような事を言われて、秋紀は絶望に追いやられていた。
直後に、蕩けるようなあんなに甘いキスを道端でされて…腰が抜けそうになって
二度と忘れる事が出来なかった。
もう一度…会えた時には、あの人の言うそれ相応の態度という奴をしよう。
あんな当てつけみたいな態度や、拗ねたりしないで…もうちょっとだけ可愛い態度を
取るようにしよう。
そんな殊勝な事を考えながら…秋紀はあのクラブで二ヶ月以上も、一人で飲んで
克哉を待ち続けていた。
だがその日以来、ぷっつりとあの人は来なくなった。影も見かけなくなった。
会えない日々が気づけば…秋紀の中で幻想を育んでいたのだ。
―克哉と両思いになる幻想を
本気で自分はあの人の事を好きなのだから、見つけ出せばきっとあの人はこの
気持ちに応えてくれる筈だと。
眼鏡を探して追い求めている間、その気持ちは膨れ続けていった。
どうしてあの人が自分の下に来なくなったのか。その理由を考えたり想像したりせずに
自分にとって都合の良い幻想だけを抱いて酔っていた。
秋紀は…この二日間で、その事実に薄々と…気づき始めていたのだ。
「けど、だから…僕はあの人に優しくされたかった。僕だけを見て…僕だけを
愛してくれて、ずっと一緒にいる日を…夢見て、いました…」
秋紀の言葉に、ズキンと克哉は胸が痛くなった。
それは自分が、御堂に抱いていた感情と極めて酷似していたからだ。
自分と御堂の関係も、随分と酷い処からスタートしていた。
こんな冷たい男だったと、どれくらい絶望して最初は傷つけられた事だろう。
だからこそ…ほんの少し見せてくれた優しさが嬉しくて、どんな人間よりも
自分の心の中に入っていった。
気づけば…自分の中で存在が大きくなって、たった十日会えないだけで苦しくて
気が狂いそうになっていた。
秋紀は、自分よりもうんと長い時間…あの苦しい気持ちを抱き続けていたのだ。
そこまで思いを馳せた瞬間…克哉はただ、泣くだけの事しか…出来なくなっていた。
(本当に、御免…秋紀、君…!)
もう、何も言えなかった。
御免なさいと言う資格すら…自分にはないような気がして、克哉はただ…涙で
頬を濡らし続けた。
それを肩口に感じて…秋紀は切なそうに瞼を閉じる。
どれくらいお互い言葉もなく…相手を抱きしめ続けていたのだろうか。
先に口を開いたのは、少年の方からだった。
「…僕の為に、貴方はこんなに…泣いてくれるんですね。参ったな…これじゃあ
貴方を恨みたいのに、僕…恨めなくなっちゃいます、ね…」
どこまでも力なく、秋紀が呟いていく。
やっとお互い…相手の肩口から顔を離して、向き合っていった。
両者とも泣きはらして…目も赤くて、グチャグチャの顔だった。
克哉のその顔を見て…秋紀は思いがけず、フワリと笑った。
「克哉さん…一つだけ、僕の最後のお願い…聞いてくれますか?」
「…オレに出来る事だったら、何でもするよ。オレにはそれくらいしか君に
報いる事が出来ないから…」
「…ありがとう、ございます。…本当は貴方にこんな事を頼むのは凄く残酷だって
いう事くらい判っているんですけどね。…最後にもう一度だけで良いんです。
眼鏡を掛けた克哉さんの方に…会わせて、お別れを言わせて下さい。
それで…僕は、この恋を…諦め、ます…」
その一言は、秋紀にとって断腸の思いで告げた言葉だった。
これだけ愛しく、強く想っている男を諦める一言を諦めることは秋紀にとっても
身が引き裂かれるような思いだった。
本音を言えば、何を犠牲にしたって一緒にいたかった。
離れたくなど、なかった。
けれど…目の前の克哉は確かに言ったのだ。
自分の方には、大切な人間がいると。だから自分の気持ちには応えられないと
はっきり最初に言い切っていた。
本心を言えばその言葉に反発しなかった…と言ったら嘘になるだろう。
責めたい気持ちも、文句をぶつけたい気持ちも溢れんばかりにあった。
だが…秋紀はそれをぐっと飲み込んで、妥協案を口にしていった。
…自分をこんな風に抱きしめて、ボロボロと泣く克哉の顔を見ていたら…妙に毒気が
抜かれて、自然と許せる心境になってしまっていたから。
「…本当に、それで良いの? オレにもっと文句を言ったり…責めたりしても
良いんだよ? 君には…その資格があるし…」
「…僕にだって意地がありますから。最後にあの人に会うのなら…せめて終わりくらい
笑顔で終わらせたい。自分の想いが叶わなかったからって相手を恨んだり
責めたりする姿って…凄くみっともないと思うし…そんな無様な姿を…あの人の前で
これ以上晒したくないから…」
そう、秋紀は容姿に恵まれてきた分だけ…沢山言い寄られてきたし、告白も受けてきた。
興味のない相手に言い寄られても困るだけなので全てそれは断ってきたのだが…中には
それで秋紀を逆恨みをしたり、嫌がらせをするような輩もいた。
表面は良い顔していても、裏で秋紀の悪口を広めるような真似をした人間もいた。
…好きだと言われた事自体は悪い気はしなかったが、こちらが振った後でそういう態度を
取る相手を秋紀は何度も冷めた目で眺めていた。
だから自分も最後に最悪の態度を取って…本当に好きになった人にそんな冷たい目で
見られることになるのは嫌だった。
特に秋紀にとって、八ヶ月前に…最後に眼鏡を顔を合わせた時の態度は後悔しかなかった。
そんな思いはもう、二度としたくなかったから。
だから少年は胸を張る。文句を全て飲み込んで…笑顔でいる為に。
「僕…今までに何度も、振ってきた相手にそういう事をされ続けてきました。その度に
ばっかみたいとか…勝手な奴としかその相手に印象を抱けなかったから。
そんな奴らと同列になる事も、あの人にそんな姿を最後に晒すのは御免なんです。
最後ぐらい…僕にその意地を、通させてよ…!」
「判った。オレが君に出来る事といえば…きっとそれくらいだろうから。
今から君に、もう一人の<俺>に会わせてあげるよ…」
正直、もう一度眼鏡を掛けて自分を見失ってしまう事は最初は恐かった。
だが自分にはそんな事を言う資格はないと思い直し…克哉は胸ポケットから銀縁眼鏡を
取り出して再び自分の顔に掛けていく。
その瞬間、馴染みの感覚が全身に走っていった。
だが克哉はしっかりと足を踏み締めてその感覚に負けるまいと踏ん張っていく。
すると…奇跡は初めて起こった。
頭が冴え渡るような感覚はするのに、克哉は自我を保ったままで秋紀に応対していった。
(…前回はフイを突かれた形だったけど、今回まで飲み込まれたり…乗っ取られる訳には
いかないから…!)
この後に、必ず御堂の元に行くと自分は約束した。
これ以上、もう一人の自分にあの人を傷つけさせる訳にはいかない。
その強い気持ちが初めて、克哉に勝利を齎していく。
だから克哉は全身全霊で演技をする。
今…彼が応対しているのは「愛しい方の克哉」であるように振舞う為に…。
これ以上、あいつを野放しにして…秋紀を弄んで必要以上に傷つけたりしない為に
けじめをつける為に…真っ直ぐ克哉は対峙、した。
「秋紀…」
出来るだけ、低い声を出して…伏し目がちの表情を作っていく。
鏡の中で何度か見た事があるもう一人の自分の表情と仕草をそのままトレースして
そうであるかのように克哉は振舞った。
「…克哉、さん…」
ぎゅう! と秋紀は克哉の首元に両腕を回して抱きついていく。
少しでも愛しい男の事を自分の心に刻み込むように強く、強く。
それに応えるように…克哉もまた、無言で抱きしめ続けていた。
「僕…貴方が、本当に好きでした…」
「知っている…」
「けど…僕、あちらの克哉さんも嫌いじゃないんです。だから…さよなら。克哉さん…。
どうか、お元気…で…」
身体を目一杯震わせながら、そんないじらしい事を言う秋紀を…克哉は初めて、愛しい
と思った。
それは恋愛感情を伴うものではなかったけれど…もう一人の自分がどうして、この
二日間…秋紀を傍に置き続けたのか、その理由を少し理解出来た気がした。
孤独に凍えていた彼にとっては、心から想ってくれる秋紀の存在は手放しがたい
ものだったのだろう…。
「…この二日間、俺の傍にいてくれた事を…感謝する。どうかお前も…幸せ、にな…」
その一言が秋紀にとって、どれだけ残酷なのか判っていたにも関わらず…
心の底から願って、克哉はそう告げていく。
顔がお互い、自然に寄せられていく。
相手が瞼を閉じると同時に…克哉もまた躊躇う事無く瞳を伏せて…そっと
唇を寄せていった。
これは気持ちを確かめ合ってする口付けでなく、秋紀の気持ちに踏ん切りを
つけさせる為に必要な儀式だと、克哉は受け入れていた。
一瞬だけ、脳裏に御堂の顔が浮かんでいく。
それにどうしようもない胸の痛みを覚えながら…それでも、その痛みと罪を
受け入れて…少年と唇を重ねていく。
―すまなかった。
その瞬間、一瞬だけ自分の唇からそんな言葉が零れていく。
克哉は自分が紡いだ自覚はなかった。
まるでその瞬間だけもう一人の自分に操られるようにその言葉を
呟いていた。
だから少年は胸を張る。文句を全て飲み込んで…笑顔でいる為に。
「僕…今までに何度も、振ってきた相手にそういう事をされ続けてきました。その度に
ばっかみたいとか…勝手な奴としかその相手に印象を抱けなかったから。
そんな奴らと同列になる事も、あの人にそんな姿を最後に晒すのは御免なんです。
最後ぐらい…僕にその意地を、通させてよ…!」
「判った。オレが君に出来る事といえば…きっとそれくらいだろうから。
今から君に、もう一人の<俺>に会わせてあげるよ…」
正直、もう一度眼鏡を掛けて自分を見失ってしまう事は最初は恐かった。
だが自分にはそんな事を言う資格はないと思い直し…克哉は胸ポケットから銀縁眼鏡を
取り出して再び自分の顔に掛けていく。
その瞬間、馴染みの感覚が全身に走っていった。
だが克哉はしっかりと足を踏み締めてその感覚に負けるまいと踏ん張っていく。
すると…奇跡は初めて起こった。
頭が冴え渡るような感覚はするのに、克哉は自我を保ったままで秋紀に応対していった。
(…前回はフイを突かれた形だったけど、今回まで飲み込まれたり…乗っ取られる訳には
いかないから…!)
この後に、必ず御堂の元に行くと自分は約束した。
これ以上、もう一人の自分にあの人を傷つけさせる訳にはいかない。
その強い気持ちが初めて、克哉に勝利を齎していく。
だから克哉は全身全霊で演技をする。
今…彼が応対しているのは「愛しい方の克哉」であるように振舞う為に…。
これ以上、あいつを野放しにして…秋紀を弄んで必要以上に傷つけたりしない為に
けじめをつける為に…真っ直ぐ克哉は対峙、した。
「秋紀…」
出来るだけ、低い声を出して…伏し目がちの表情を作っていく。
鏡の中で何度か見た事があるもう一人の自分の表情と仕草をそのままトレースして
そうであるかのように克哉は振舞った。
「…克哉、さん…」
ぎゅう! と秋紀は克哉の首元に両腕を回して抱きついていく。
少しでも愛しい男の事を自分の心に刻み込むように強く、強く。
それに応えるように…克哉もまた、無言で抱きしめ続けていた。
「僕…貴方が、本当に好きでした…」
「知っている…」
「けど…僕、あちらの克哉さんも嫌いじゃないんです。だから…さよなら。克哉さん…。
どうか、お元気…で…」
身体を目一杯震わせながら、そんないじらしい事を言う秋紀を…克哉は初めて、愛しい
と思った。
それは恋愛感情を伴うものではなかったけれど…もう一人の自分がどうして、この
二日間…秋紀を傍に置き続けたのか、その理由を少し理解出来た気がした。
孤独に凍えていた彼にとっては、心から想ってくれる秋紀の存在は手放しがたい
ものだったのだろう…。
「…この二日間、俺の傍にいてくれた事を…感謝する。どうかお前も…幸せ、にな…」
その一言が秋紀にとって、どれだけ残酷なのか判っていたにも関わらず…
心の底から願って、克哉はそう告げていく。
顔がお互い、自然に寄せられていく。
相手が瞼を閉じると同時に…克哉もまた躊躇う事無く瞳を伏せて…そっと
唇を寄せていった。
これは気持ちを確かめ合ってする口付けでなく、秋紀の気持ちに踏ん切りを
つけさせる為に必要な儀式だと、克哉は受け入れていた。
一瞬だけ、脳裏に御堂の顔が浮かんでいく。
それにどうしようもない胸の痛みを覚えながら…それでも、その痛みと罪を
受け入れて…少年と唇を重ねていく。
―すまなかった。
その瞬間、一瞬だけ自分の唇からそんな言葉が零れていく。
克哉は自分が紡いだ自覚はなかった。
まるでその瞬間だけもう一人の自分に操られるようにその言葉を
呟いていた。
その瞬間…もう一人の自分と一瞬だけシンクロ出来たような…そんな奇妙な錯覚を
覚えていった。
―僕の方こそ…この二日間、幸せだったから…良いよ。克哉さん…
秋紀もまた、綺麗な笑みを浮かべて…愛しい男の残酷な罪を赦していく。
気づけば日はすっかりと傾いて…どこまでも鮮やかに世界を染め上げていく。
黄昏の光に照らし出されながら二つの影は静かに重なり…コンクリートの
床の上に二人の影が浮かび上がっていく。
触れるだけの口付けは、秋紀から求められて…息が詰まるぐらいの激しいキス
へと変わっていく。
克哉はその瞬間、もう一人の自分の…やり場のない悲しみと痛みを感じていく。
触れるだけの優しいキスは克哉の意思。
この情熱的な抱擁と…深いキスはもう一人の彼が望んだものであった。
苦しくて、眩暈がした。
胸が引き連れて、出血しているような錯覚さえ覚える。
それでも克哉は手綱をしっかりと握り締めて…自分のコントロール権を決して
失うまいと抗い続けていた。
そして、気が遠くなるくらいに長い口付けが終わりを告げていく。
夕焼けに秋紀の金髪が…黄昏時の様々な色合いを帯びている光に映し出されて…
凄く綺麗に映っていた。
泣き腫らした目に、クシャクシャの顔。
それでも秋紀の心には相手を憎む気持ちはこれっぽちもなかったせいで…精一杯、
少年が浮かべていた顔を、克哉は本当に美しいと感じていた―
―克哉さん、大好きでした…バイバイ
そういって、自分の想いを過去形にして・・・クルリと踵を返して…克哉の身体から
―僕の方こそ…この二日間、幸せだったから…良いよ。克哉さん…
秋紀もまた、綺麗な笑みを浮かべて…愛しい男の残酷な罪を赦していく。
気づけば日はすっかりと傾いて…どこまでも鮮やかに世界を染め上げていく。
黄昏の光に照らし出されながら二つの影は静かに重なり…コンクリートの
床の上に二人の影が浮かび上がっていく。
触れるだけの口付けは、秋紀から求められて…息が詰まるぐらいの激しいキス
へと変わっていく。
克哉はその瞬間、もう一人の自分の…やり場のない悲しみと痛みを感じていく。
触れるだけの優しいキスは克哉の意思。
この情熱的な抱擁と…深いキスはもう一人の彼が望んだものであった。
苦しくて、眩暈がした。
胸が引き連れて、出血しているような錯覚さえ覚える。
それでも克哉は手綱をしっかりと握り締めて…自分のコントロール権を決して
失うまいと抗い続けていた。
そして、気が遠くなるくらいに長い口付けが終わりを告げていく。
夕焼けに秋紀の金髪が…黄昏時の様々な色合いを帯びている光に映し出されて…
凄く綺麗に映っていた。
泣き腫らした目に、クシャクシャの顔。
それでも秋紀の心には相手を憎む気持ちはこれっぽちもなかったせいで…精一杯、
少年が浮かべていた顔を、克哉は本当に美しいと感じていた―
―克哉さん、大好きでした…バイバイ
そういって、自分の想いを過去形にして・・・クルリと踵を返して…克哉の身体から
全力で離れていく。
踊るような軽やかで優雅なステップを刻み、たった今まで自分の腕の中にいた少年は
瞬く間にこの腕の中をすり抜けて遠ざかっていった。
一瞬、それを名残惜しく思って追いかけたい衝動に駆られた。
同時に慌ててそんな感傷を克哉は押し止めて…その場に立ち尽くしていく。
この頬に伝う涙は、自分か…それとももう一人の自分が流しているものなのか。
今の克哉にはそれすら、判らなかった。
『ありがとう』
それでも消えていく少年の背中に向かって、克哉は叫ぶようにその言葉を
投げかけていく。
そしてその姿が完全に消えた後…克哉はその場にヘタリ込んで、眼鏡がカラリと
床に転がっていた。
(…あれだけ長い時間、眼鏡を掛けたままでも…オレのままで…いられた…)
それに安堵しながら、大きく肩で息を突いていく。
一仕事を終えた…彼の顔には、とめどなく流れ続けた涙の痕と…微かな笑みだけが
静かに讃えられていたのだった―
踊るような軽やかで優雅なステップを刻み、たった今まで自分の腕の中にいた少年は
瞬く間にこの腕の中をすり抜けて遠ざかっていった。
一瞬、それを名残惜しく思って追いかけたい衝動に駆られた。
同時に慌ててそんな感傷を克哉は押し止めて…その場に立ち尽くしていく。
この頬に伝う涙は、自分か…それとももう一人の自分が流しているものなのか。
今の克哉にはそれすら、判らなかった。
『ありがとう』
それでも消えていく少年の背中に向かって、克哉は叫ぶようにその言葉を
投げかけていく。
そしてその姿が完全に消えた後…克哉はその場にヘタリ込んで、眼鏡がカラリと
床に転がっていた。
(…あれだけ長い時間、眼鏡を掛けたままでも…オレのままで…いられた…)
それに安堵しながら、大きく肩で息を突いていく。
一仕事を終えた…彼の顔には、とめどなく流れ続けた涙の痕と…微かな笑みだけが
静かに讃えられていたのだった―
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
鬼畜眼鏡にハマり込みました。
当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
当ブログサイトへのリンク方法
URL=http://yukio0201.blog.shinobi.jp/
リンクは同ジャンルの方はフリーです。気軽に切り貼りどうぞ。
…一言報告して貰えると凄く嬉しいです。
当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
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