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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 ―音楽には作り手の魂や想いが込められている
 長く長く語り継がれて、人の心に残る歌は
 紡ぎ手が多くの感情を其処に織り込んでいるから
 だから聴く者の心を震わせて揺さぶる
 作り手にとって、それは自分の日記帳にも等しい
 その時の喜びも興奮も、その中にぎっしりと詰まっているのだから―
  
 克哉と決別した日から、三ヶ月が経過していた。
 その間の太一は、五十嵐の本家で半ば抜け殻のようになっていた。
 最初は克哉を諦めて、部下達の言葉に従って戻ってくれたことに
喜んだ者達も…それ以後の太一の覇気の無さぶりを見れば、
あれだけ疎ましく思っていた克哉の存在すら懐かしくなる程だった

 日長一日、魂が抜けたようにボーとしている事が多くなり。
 感情的に不安定になって、部屋に閉じこもりがちになった。
 その状態が一週間続いた時には、周りの人間は心配したが…
どれだけ浮かない顔をしていても、声を掛けてもイマイチ反応がない
状態でも…部屋の中から昔のようにギター音が聞こえるように
なってからは、ほんの少しだけ安心し始めていた。

 愛する人間との決別。
 発信機をつけていると言っても、ヤクザと深いつながりがあると
言っても太一が持っていたタイプのでは有効範囲は直径1キロ前後までしか
なかった。
 海に落ちた克哉は、どれだけ捜索を繰り返しても見つからず
 結局、生死すら判らないままでいた事が、太一には辛かった。

 ギターピックで何度も何度も、愛用のギターの弦を弾いていく。
 指を動かす度に、感情が音という形になって溢れ出しているかのようだ。
 最近になって、ようやく…自らの内側にある音楽を紡げるぐらいまでに
回復していた。

 高音域で紡がれるメロディは、とても澄んでいた。
 この音を出せるぐらいに戻るまで、どれくらい苦しんだか…それを
思い出すとつい自嘲的な笑みが浮かんでいった。
 
「…やっと、ここまで手も、心も回復したか…」

 一通り調弦を済ませて、最近作った新曲を練習し終えた後…
うっすらと汗を滲ませながらしみじみと呟いていった。
 季節はすでに初秋を迎えようとしていた。
 手元に引いたコード表に目を落としていきながら…ようやく彼は
満足げな笑みを刻んでいく。

(絶頂期に比べれば全然劣っているけど…最近になってようやく、
少し音楽やっていた頃の楽しさを思い出せて来たかもな…)

 克哉にもう一度、音楽をやって欲しいと。
 そう最後に言われた事を機に…太一は再び、ギターを握る
ようになった。
 だが…最初の頃は本当に少し触るだけで、指が鈍ってしまった事や
ムカムカと湧き上がる不快感に耐えられず何度も中断した。
 だが、それを繰り返している内に…自らの心に沈んでいた澱が
ゆっくりと浮かび上がり、浄化されていくような想いがした。
 そして、楽しさを思い出した今だからこそ…思い知る。
 何故、自分が克哉を監禁していた時に…こうやって音楽を
楽しむ事が出来なくなったかを…。

―俺、本心に気づきたくなかったんだな。音楽をやっていると
嫌でも…自分の心に向き合わないといけなくなるから。
 克哉さんを失うのが怖くて、いつも不安で…そんな心を直視
したくなかったから…俺は、音楽が出来なくなったんだな…

 やっと、その事実を認められた。
 あの日、眼鏡に指摘された時には激昂した。
 馬鹿にするな、と思っていた事が事実であった事に気づいて…
太一は苦笑していく。

 今の自分は、憑き物が落ちたかのような気分がした。
 克哉の全てが欲しくて、支配できていなかった頃は…ただ、不安や
焦燥ばかりを感じていた。
 心の中にぽっかりと大きな空洞が出来てしまったいたけれど…
同時に、どこかで平穏を取り戻せたのも本当だった。
 克哉はもしかしたら、死んでしまったのかも知れない。
 その事実が胸を鋭く刺すのと同時に、どこかで楽なったと
安堵している部分があるのは否めなかった。
 愛する人が死んでしまうのは辛い。身が切られる程に…。

―だが、永遠にいっそ手が届かないと思えば諦めがつくのも事実だった。

 太一の手元から、奏でられるのは鎮魂歌(レクイエム)
 まず、最初に彼が着手したのは…それだった。
 実際の処、克哉の生死は未だに判らない。
 敢えて、あの周辺以外を部下達に探らせなかったというのもあるが…
あの日、克哉は飛び降りる寸前…「自分の事は死んだと思って欲しい」
みたいな事を言っていた。
 だから彼は…まず、この曲を作ったのだ。
 自分の中で克哉を死んだと納得させる為に。
 …あの人への強い執着を、自らの手で断ち切る為に…。

(ある意味、これ以上ない形で振られたからな…二度と俺の元に
戻るつもりがない、と言われて目の前で…飛び降りる真似なんて
されたら、もう…追いかけられる訳ない、じゃん…)

 自分が追いかけて、追いかけて求め続けた結果…克哉が出した
結論がそれならば、もう太一は求められなかった。
 今でも自分の中で、狂おしいまでに克哉を求めている部分が
存在している。
 だが、それを断ち切る為の鎮魂歌だ。
 そう、これは…克哉に捧げるのではない。
 自分の荒ぶる魂を宥める為の歌だ。
 あの人が言った、「自分は死んだものにしろ」と訴えた言葉を
己の中に染み込ませる為に作った一曲。

 切ないメロディが…太一の内側から溢れてくる。
 苦しみも切なさも、あの人への強い想いも…全てを昇華する為に
紡ぎだす旋律。
 それを弾いている内に、次第に夢中になっていった。
 全て…自分の中から吐き出すつもりで、全力を込めて奏でていると…!

「何だこの辛気臭い曲は! 俺の気持ちを落ち込ませるつもりかっ!?」

 いきなり部屋の扉が盛大に開け放たれて、バァンと音を立てながら
自分の実父が中に入って来た。

「げえぇ! 親父…! 人がノッて曲弾いている最中に…いきなり乱入
してくるような無神経な真似すんなよ! せっかくの俺の力作だったのに…!」

「うるさい。あんなに聴いていてこっちがヘコむような悲しい曲を延々と聴かされ
続けて堪るか! どうせなら聴いていて楽しくなるようなの作れ!」

「うっさいなっ! 俺がどんな曲作ろうと親父の知ったこっちゃないだろ!
で…どうしたんだよ! 親父が五十嵐の実家に顔出すなんて…。
裏家業から足を洗って以来、じいさんに顔合わせ辛い立場なんじゃ…
なかったの」

「ったく…久しぶりに顔合わせれば、相変わらず減らず口ばかり叩き
おってからに…だからお前は可愛くないんだ…」

 憎々しげにそう呟く壮年の男は、太一の実父で…都内で喫茶店ロイドの
店長をやっていた。
 娘婿らしく、五十嵐家の中では発言権も立場も弱いのだが…太一と
この父親との関係は比較的良好であった。
 太一が五十嵐家の跡継ぎではなく、ミージュシャンになりたいと熱く
胸を燃やしていた時に…都内での職と寝起きする場所を手配して与えて
くれたのは他ならぬこの父親だったのだ。
 だが、真剣に太一を憂いて克哉を暗殺しようと企てた一件後は…
かなり疎遠になっていたのも事実だった。
 実際に顔を見るのは四ヶ月ぶりくらいだろうか。
 元々苦みばしっていた顔が、更に苦悩や苦労によって渋くなって
いるように思えた。

「用がなければ、わざわざ高知の奥深くにあるこの家まで足を向けたりは
せんよ…。お前に届け物があるから、来てやったんだろうが…」

「俺に届け物…? 嗚呼、もしかして…親父の処にまた、この家の
住所とか知らない大学時代のダチとか、バンド仲間からの手紙でも
届いたの…?」

「そんな物だったら、素直にここにこっちから送り返してそれで
終わらせるわ」

「だよな…じゃあ、俺に珍しく誕生日プレゼントでもくれるつもり?
嗚呼、でも二ヶ月はあるか…」

「減らず口を叩くのもいい加減にしておけ。これを渡しに来た…」

 そうして、ズイっと思いっきり太一に向かって一通の手紙を突きつけた。
 表の面には丁寧な字で「五十嵐太一様へ」 と記されている。
 見覚えがある字だと思って良く目を凝らし…そして次の瞬間、あっと
声を漏らす羽目になった。

「この字…もしかして…!」

「そうだ。裏の宛名には『佐伯克哉より』と書かれておる。ついでに…
リターンアドレスも無ければ、投函した形跡もない。直接…うちの喫茶店の
ポストに放り込まれたらしい手紙だ。これを…お前の元に届けに来た」

 それを聞いて、太一はいてもたってもいられなくなった。
 だが、次の瞬間…一つの事実に気づいていく。

「って…何でこれ、すでに開封済みなんだよ! 人の手紙を勝手に
先に読んでいるってどういう事だよ…!」

「…それを真っ直ぐ、お前の元に届けてやっただけでも感謝して
貰おうか…。克哉さんとお前との間に、何があったか覚えていないのか?
俺がそれで警戒したとしても…そんな責められる事じゃあないだろうが」

 それを言われるとグっと…言葉に詰まるしかなかった。

「…とりあえず読んでみろ。…それは正直、宛名を見た時は…俺は
黙って握りつぶそうかと考えた。だが…中身を読んで、これはちゃんと
お前が読まなければならない物だと…そう判断したから、こうして
ちゃんと届けに来たんだ。とりあえずそれから文句は幾らでも聞いてやる…」

「…判った。確かに、親父に文句ばっか言ってもしょうがないからな…」

 急に父親の態度が神妙なものになったので怪訝に思いながらも…太一は
そっと封筒から中身の便箋を取り出していく。
 5~6枚の便箋が其処に収まっていた。それを丁寧に手に取りながら…
畳の上に腰を下ろして太一はその手紙を読み始めていった。

『―太一へ

 この手紙は、無事に届くかどうか判らない。
 けれど高知のお前の実家の正式な住所が判らないので…ロイドの
ポストに投函させて貰うことにした。
 あのマスターが太一の父親である事は、太一の配下の人間の噂話で
知っていたから…可能性は高いと思ったから。
 オレは、元気にやっているよ。
 その事だけでも伝えたくて…こうして筆を取らせて貰った。

 恐らく、オレは太一にとって残酷なことをし通しだったと思う。
 酷い奴だと罵られても仕方ない選択をしてしまった。
 けれど…こうして一ヶ月以上時間が過ぎて冷静になった時に…
ある程度、考えも纏まった。
 それをここに記させて貰う。

 一つ誤解しないで欲しいのは…オレが太一の元に二度と戻らないと
決断したのは、太一が嫌いだからじゃない。
 むしろ…その逆で、今でも…幸せになって欲しいという思いはある。
 けれどね、太一…オレ達は間違えすぎてしまったんだ。

 太一は不安で仕方なくて、オレを監禁して従えたりしたんだろうけど…
それをする事で、五十嵐組の配下たちの太一の評判は地に落ちてしまって
いた事は…オレはとっくに気づいていたし、心を痛めていた。
 オレが…太一の元にこれ以上いられない、と思った最大の理由はそれだよ。
 お前がいない時、他の人間がこれ見よがしに…その話を聞かせてきたり、
オレに冷たい視線を浴びせて来た。
 それは、当然の事だと思う。だって…五十嵐組の人間は皆、太一を愛しているから
そんな風にお前を歪めてしまったオレを認める訳にいかなかったんだと思う。
 太一のお父さんがオレを暗殺しようとしたのも、それが原因だ。
 …その事実一つ、考えても…オレは太一の傍にいちゃいけないと思ったんだ。

 一緒にいて、お前の為になっているのなら…オレは何をしても
離れたくなんてなかった。
 記憶を失う前のオレはずっと…そう思っていた。
 だから…耐えられなくなって食を断つまでオレは…太一の傍から
逃げ出そうとは考えなかった。
 傍にいたい、近くにいたいと願っていたのは…オレも一緒だったから。

 オレはずっと、太一が以前のように…音楽を愛して、無邪気なまでに
それを追い続けている姿に戻ってくれるように祈っていた。
 オレが太一の在り方を大きく歪めてしまったのなら…太一が気が済むまで
この身体を好きにすれば良いと思っていた。
 それで…お前が戻ってくれるなら、そういう気持ちで…無茶な要求にも
従ったし、オレは持っていた全てを一旦…捨て去った。
 けれどそれは間違いであった事を…離れた今になって思い知ったよ。

 …償いとか、罪悪感に縛られてとかそういうのじゃなくて…オレ達は、
ただ好きだからって理由で寄り添えば良かったんだ…。
 そんな単純な事を、記憶を失くして…あいつと、過ごしている内に
ようやく気づいたんだ…。
 ねえ、太一。オレは…ひたむきに音楽を追いかけているお前が好きだった。
 何も本気で熱中した事がないオレにとっては…その姿は眩しすぎて、
まるで太陽みたいだった。
 
 覚えているかな? たまたま仕事帰りに喫茶店に立ち寄った日に…
お前の原点となった一曲を聴かせてもらった時の事。
 あの日にね、照れ臭そうに音楽の事を語る太一の姿が羨ましかった。
 同時に深く尊敬したんだよ。
 あんな風に楽しそうに音楽を語っている太一を見るのが好きで…
もしかしたら、その想いは今思えばすでに恋だったのかも知れない。
 あの一曲は、今でもオレの携帯の中で大切に取ってあります。

 …だから、あの日語ってくれたような熱い想いを思い出して欲しくて
この手紙と一緒にオルゴールを同封します。
 …もっと早くに送りたかったけれど、俺の方も最初の一ヶ月は…収入の
確保とかするのに精一杯で遅れてしまった。
 少しでも…あの日語ってくれた、音楽に対しての熱い想いを…どうか
思い出して下さい。
 
 すでに恋人ではないけれど…太一の音楽を好きな、一人のファンとして…
願いを込めてこれを贈ります。
 オレも…精一杯生きていきます。どうか元気で。

                                  佐伯 克哉拝  』

 
 一文字、一文字…しっかりと肉筆に書かれた克哉の想いを捉えていくと
同時に…一枚、便箋を捲るごとに…太一の指の動きは鈍いものに
なっていった。
 最後の一枚を読み終えたその時、涙が出た。
 何て…この人は、残酷な人なんだろうと心の中で責めたその時…。

 ―部屋の中に澄んだミリオンレイのメロディが響き渡った

「これは…!」

「その手紙に同封されていたオルゴールだ。…この曲は、俺も良く覚えている。
確か…お前が拙いながらに、耳コピして最初に作った曲だろ…?
微妙に音がズレている処まで、忠実に再現してあるからすぐに判った…」

 そう苦笑しながら父親が太一の方に振り向くと、その手には…掌にすっぽりと
収まるぐらいの大きさのオルゴールが乗せられていた。
  30秒ぐらいの長さのその曲を聴いていると…涙が、出た。
  携帯などのデーターに比べると、オルゴールは古典的な手段での音楽再生
装置な為に…サビの部分だけが奏でられていた。
 だが、機械媒体で保存していた頃に比べて…オルゴールという形になった事で
メロディに透明感が遥かに増し…とても、綺麗に聞こえた。
 それはまるで、魔法のようだった。
 自分が紛れもなく作った出来損ないの耳コピ曲が…とても素敵なものに
聞こえたからだ。

 ―それを聴いた途端、また…溢れんばかりに涙が目元から溢れていった。

(こんなの…本気で、俺を思ってくれていなかったら…贈ってくれる訳が、ない…)

 そのオルゴールこそ…克哉が言っていた「嫌いで離れる訳じゃない」という…
言葉を何よりも裏付けることだった。
 あの時、例えもう一人の克哉自身であったとはいえ…他の男と楽しそうに
している姿を見ただけで許しがたかった。
 けれど…克哉が自分を選ばなかったその原因を作ったのは、
太一自身だったのだ。
 監禁という手段で無理矢理、全てを奪おうとしてから歪が出た。
 自分でも知らない間に周囲の人間の反感を買って、克哉を追い詰めて
しまっていたのだ。
 今なら…それが判る。判るからこそ、自分の不甲斐なさが情けなかった。

 辛かった。苦しかった。
 本気で死にたくなるくらいに…自分の弱さに悔しくなった。
 けれど、澄んだそのメロディが…そんな心の淀みを洗い流してくれる。
 それで思い出す。…かつての自分達の姿を…。

「あっ…」

 短く呻きながら、脳裏に…鮮明な一つの映像が浮かび上がる。
 あの日の、このメロディの事で熱く克哉に語っている自分。
 そして…それをとても優しい瞳で見つめている克哉の姿を。

『其れは自分達の在るべき姿だったもの。永遠に失われてしまった残像』

 ―全ては、其処にあったんだ。
  俺の想いも、克哉さんの想いも全て。
  恋は終わってしまっても…その一瞬が無くなってしまった訳じゃない。
  振り返れば其処に…幸せはあった。
  確かなものは存在していたのだ。
  それを忘れて、疑心暗鬼に陥って…あの人を縛り付けてその全てを
  奪うという間違った方向に進んだのは…自分の責任だったのだから…。

「克哉、さん…!」
 
 奪うのではなく、あの日のように柔らかい気持ちを思い出して。
 罪悪感で縛り付けるのではなく…ただ好きという想いを抱いて共にいる
時間を積み重ねていたのならば…。
 もしかしたら、別離ではなく…お互いの間に『絆』と呼ばれるものが
生まれていたのかも知れなかった。
 ただ…太一は、透明な涙を零してその手紙を…握り締めていく。

「克哉さん、御免…」

 何度も、届かぬ人に向かって…謝り続ける。
 そんな息子を、父親はクシャリ…と髪を撫ぜていってやった。

「…お前は、本当に…あの人の事が、好きだったんだな…」

 コクリ、と迷いなく太一が頷いていく。
 そんな息子を…父はただ、頭を撫ぜて傍にいてやった。
 
 とめどなく、彼は後悔の涙を流していく。
 けれど涙は…心を洗い流す為に欠かせないものだ。
 長年、凍り付いていた心が…克哉からの想いによってゆっくりと
溶かされていく。
 暖かい気持ちを、取り戻していく。
 音楽を愛して、ただがむしゃらに追いかけていたあの頃の情熱が
ゆっくりと蘇っていった。

―だから克哉は、離れる事を選んだのだ

 傍にいる限り傷つけあって…相手の夢を奪い続けるよりも
離れる事で、言葉を伝えて…太一に夢を思い出してくれる事を
願った。
 それがようやく判ったからこそ…太一は、ただ泣くしかなかった。

 手に入れて支配することだけが愛じゃない
 相手の為に断腸の想いで決断し、離れる事も愛なのだ。
 太一が犯した罪をも許し、こんな手紙を送ってくる克哉は…
お人好しの極みだ。

 だが、そんな彼だったこそ…本気で愛したし、欲しかったのもまた事実。
 けれど太一はようやく…受け入れた。
 自分の接し方では、克哉の心は手に入れられなかった事を。
 
―俺も、貴方を愛していたよ…

 泣きながら、心の中に…克哉の顔を思い浮かべていく。
 すでに手の中に握りこんだ手紙は、力の込めすぎと涙の痕で
クシャクシャのグチャグチャになっていた。
 けれど…便箋も顔も酷い有様になっても、その瞳の奥に…
かつてのように、熱く優しい光が戻って来ている事に…父親は
確かに気づいていた。
 
―けど、これ以上…困らせたくないから、さようなら…克哉さん。
 俺は…もし、次に会えたなら…貴方に顔向け出来るような俺になりたい…

 克哉への妄執を捨てて…かつての情熱や希望を思い出して、そう誓った時…
そっと思い浮かべた克哉の面影が、優しく笑ってくれたような気がした―


 

 
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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 …一言報告して貰えると凄く嬉しいです。
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