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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 其処に存在していたのは一本の醜悪な外見をした大樹だった。
 
 その大きな木はまるで酸性雨や有害なスモッグに晒されて、枝も葉も無残な
有様になってしまった状態に良く似ていた。
 樹皮は全てが逆立って向けていて、ボロボロだ。
 何より木の筈なのに、どす黒く変色している部分はまるで生きているようで
不気味に脈動を繰り返している。
 所々に樹皮が捲れている部位から、重症のアトピー性皮膚炎の人間の
肌のようなカサブタだらけのガサガサの部分が覗いて、見ているだけで
ゾっとするような木だった。

間違いない。この木の周辺に、あの子がいる

「何だとっ!」

 克哉が険しい表情を浮かべながら、そっと木に触れていった瞬間
周辺の激震は一旦、止まっていった。
 ようやく立ち上がる事が出来る状況になって二人は土埃を
払いながらその場から起き上がっていく。

本当に、こんな不気味な木がある周辺にあのガキがいるのか?」

「うん。だってこの歪んだ木が何よりの証だよ。あの子の中にある
猛毒がこの森の木の生態を大きく歪めてしまっているからこうなって
いるんだからね

猛毒、だと?」

そうだよ。オレ達の心の中に巣食う『ガン』そのものと言っても良いかも
知れない。お前がかつて抱いた、自分を裏切った人間への憎しみとその
記憶と御堂さんを陵辱して監禁していた今のお前にとっては苦い
思い出である二つの生々しい記憶があの子の中に息づいてしまって
いるからね。それを一人で背負い込んで、あの子は冒されてしまっている」

おい、お前は一体何を言っているんだ?」

 眼鏡には、克哉の言っている事がイマイチ良く判らない。
 いや無意識の内に、理解する事を拒んでしまっていた。

判らない? お前からあの子が分裂した理由、それはお前が無意識の
内にその記憶を抱くのを拒んでしまったからだよ。だからあの子は一人で
それを背負う事になった。あの子の性格も言動も歪んでしまったのは
だからだよ。苦しくて辛い、一番後悔している記憶があの子の中で
息づいて、何度も繰り返し繰り返し再生されている。
 その影響を受けてこの近隣の樹木も、こんなに変質して
しまっているそういう事、だよ

 ここは、佐伯克哉という人間が生み出した世界。
 この森も空も彼らが生み出した、一つの象徴的な姿なのだ。
 深い森はその苦い記憶を他者に決して悟られる為の城塞そのものなのだ

この森も、お前とあの子が生み出したものだよ。誰にも話さないで
オレ達は、後悔に満ちた過去を背負って生きてきた。誰にも弱みを
見せたくなかった。そういう心が、この深い森を生み出している。
ここに覆い隠している物を、決して誰にも悟られない為にね

「この森があのガキと、俺の心の象徴だと言うのか?」

 言われて愕然となりながら、眼鏡は周囲を見渡していく。
 こんな黒くて、暗い森が自分の心の象徴と言われてかなりの
ショックを受けているようだった。
 だが克哉は、その続きの言葉を言いよどむ事はしなかった。
 自分が突きつけている事実が、彼にとってショックを与えるものである事は
充分に判っている。
 
 「そうだよ…吐き出せない負の感情は心の中で長い年月を経て…猛毒へと
変化していく。…そして、その毒は心を緩やかに蝕んで、人の正気を
奪っていくんだよ…」

 静かに目を伏せながら…克哉は答えていく。
 残酷な事実を突きつけているという自覚はあった。
 だが、彼がこの現状を認識しない限り…状況は決して、解決しない。
 それが判っている克哉は…だから、相手にとっては辛くなると
判っても真実を告げていった。

 精神病と言われる病気の大半は、無自覚の内に溜め込んだ怒りや
嘆きの感情が吹き出す形で現れる。
 長い年月の内に積み重なれたその人間の叫びは、創作や他者に打ち明けずに
心の中に溜め込む事で…いつしか、その人間を歪めて変質させてしまうのだ。
 それでも、年月を経る事で幾分か薄れる事もある。
 その毒が自然と消えて…心が回復する事もあったが、吐き出さなければ
整理されないぐらいに深い傷は…こうやって心象世界すらも大きく歪めて
ここまでおどろおどろしいものへと変えていくのだ―

「…嘘、だ…」

「嘘、じゃない!」

 信じられないと唇を震わせる眼鏡に向かって、克哉が一喝していく。

「…だから、言っているんだ…。あの子を、自分の中で悲鳴を上げたく
なるぐらいに辛い記憶を…お前自身が忌避して、遠ざけることによって…
あの子は痛みを背負わされたままで孤独に晒されるんだ。
 その苦痛が…この世界に全てを侵したら…多分、お前もオレも…きっと
今のように冷静を保ってはいられない。それに影響を受けて…呑み込まれる
可能性がある。だから…まだ、手遅れにならない内に…あの子を
どうにかしなきゃ…いけないんだよ…」

 そう、克哉が眼鏡に説明している間にも…おぞましい黒いものが
周辺の森を緩やかに変質させていく。
 黒い毒が、森に静かに広がり続けていく。
 この樹海が自分の心の現われだとしたら…それが、時間の経過と共に
こんな風に徐々に黒い毒が広がり続けている…それを実際に目の当たりに
して眼鏡は大きなショックを受けて、呆然としていた。

「…こんな話を、信じろというのか…?」

「…信じて貰わなきゃ、先には進めないよ。そして…放置していたら
何年後か十何年先の事になるか判らないけど…きっと、傍にいる人間すらも
傷つける事になる。…お前が御堂さんを愛して、ずっとこの先の未来も
共に歩んで行きたいと願うなら…この問題を解決しなきゃ、きっと…
お前が出ていても、オレが生きる事になっても…どちらが出ていても
佐伯克哉という存在は、あの人を傷つける存在に成り果ててしまうよ…」

 それは、確信に満ちた口調だった。
 …眼鏡に主導権を奪われたその日から、克哉はこの世界で
ひっそりと生き続けていた。
 少しずつ蝕まれる世界で、徐々に広がって増殖していく黒い影を
見据えながら生きてきた。
 それでも…御堂を偶然に駅の構内で見つけるまでは緩やかだった。
 爆発的に増えたのは、再会してその想いを自覚してから。
 そして、愛している事を思い知った時に…過去の自分が御堂に対して
犯してしまった幾つかの出来事を心底悔やんだ日からだった。
 
―そしてその苦痛を逃れる為に、自分の心の中に存在する残酷な
子供の部分を、無意識の内に彼は拒否をしてしまったのだ…

「………」

 克哉の口から放たれた真実は、眼鏡から言葉を奪い沈黙させていく。
 そんなもう一人の自分に向かって、克哉はゆっくりと歩み寄っていった。
 知らぬ間に、身体も大きく震えていた。
 青ざめて、険しい顔を浮かべている眼鏡に向かって…今度は、そっと
克哉の方から顔を向き合う形で抱きついていった。

「…今、オレが告げた事は…お前にとってショックな内容ばかりだったと
言うのは良く判るよ…。けれど、これ以上あの子を拒否したままでいちゃ…
誰も幸せになんて、なれないんだ…。今なら、まだ…どうにか出来る。
だからどうか…自分の闇と、向き合ってくれ…」

 静かな穏やかな声で、あやすように…克哉は告げていく。
 優しい手つきで、こちらの背中を何度も何度も…ポンポン、と軽く
叩いていった。

「…俺が向き合えば、本当に幸せに…なれるのか…?」

「なれるよ。だって…あの子が荒んでしまったのは辛い記憶を
背負わされた上に、お前に拒否されて…この深い森の中でずっと
一人ぼっちだったから…。
 あの子は…お前がお前自身を拒否してしまった部分の象徴。
 お前が認めたくない、みっともなくて辛くて後悔に満ちた過去の
結晶だよ…けれど、それを切り離している限り…お前の心もまた、
弱くなり続けるんだよ…」

 克哉も、あの子供の自分も…どちらも、眼鏡の心の認めたくない
部分の象徴のような存在だ。
 けれど、否定しようと何をしようと…元は一つのものを、無理に切り離して
分裂して存在させている限り、人の心は弱くなる。
 色んな要素が混じって、それを承認する事で人の心は強くたくましく…
何事にも揺るがない強靭な心を持ちうるのだ。
 自分の中に在る認めたくない部分、それを自らが拒否し続ける限り…
いつかは、その拒否している自分自身に裏切られ追い詰められる事に
なっていくのだ…。

「俺が弱いと、お前はそう言いたいのか…?」

「そうだよ。自分の認めたくない部分を拒否していたら弱くなって
当然だろ? 例えば数字に置き換えれば判りやすいだろうけど
全てひっくるめてお前が十の存在だとしたら、オレとあの子の部分を
拒否して4:3:3と比率してみろよ。
…本来10の存在である筈なのに、拒否をすることによって…お前は
4の存在となる。ようするに…氷に閉じこもってあの子を押さえつけようなんて
お前らしくない弱気な行動を取るのも、それで納得だろ?
 お前があの子を受け入れれば7になるし…その上でオレの部分も統合
すれば10になる。だから…勇気を持って受け入れて欲しいんだ。
 御堂さんが愛して、求めているのは…お前なんだからな…」

 しっかりと抱きとめながら、克哉はもう一人の自分を励まし…
諭していく。
 それがどういう事になるのか、彼自身とて判っているのだろう。
 統合した先には、自分がどうなる事も判った上で…それでも、彼は
眼鏡を励まし続けた。
 自分もまた、御堂を愛した。
 選ばれたのは自分でなかった事を辛いと思う気持ちはある。
 けれど克哉は…もう一人の自分も、内側から見て…御堂を守るために
己の身すら省みずに氷付けになる事を選んだことで好きになったのだ。
 だから、それは自分と同じ姿かたちをした兄弟が出来たようなそんな気持ち
だったのかも知れない。
 言われた言葉の重さに、眼鏡は…知らず全身を震わせていた。
 そんなもう一人の自分に向かって、克哉は勇気付けるように告げていく。

―オレの事は気にしなくて良いよ。全てを納得ずくで…すでに受け入れる
覚悟は出来ているから…大丈夫、だよ

 とても優しい声で、しっかりと告げてくる。
 聞いているこちらの胸が引き絞られそうになったその時…大樹の
影から黒い仮面をつけた、子供の自分が…静かに姿を現したのだった―
 
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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