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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 ―目の前で起こった出来事が、眼鏡には信じられなかった。

 克哉は、彼の目の前で赤黒い刃に腹部を突き刺されていた。
 だが、それが深々と体内に刺さっているのは…眼鏡を突き飛ばした後に
克哉の方からこの子供を抱きしめようとしたからだ。
 そうでなければ…正面を向き合う形で、刺される事はなかった。

「…大丈夫、だよ…」

 そして、今にも消えてしまいそうな儚い声で克哉が呟いていく。
 口元には…血が、零れている。
 一気に顔が青ざめ、腹部からはゆっくりと…血が溢れ出して…樹海の
地面に静かに滴り落ちていく。
 それでも、克哉は自ら手を伸ばして…一層深くその刃が自分の中に
収まるのを承知の上で…小さい自分に、手を伸ばして抱きしめていく。

「うっ…あっ…」

 子供の自分が怯えたような声を漏らした。
 だが、克哉は迷わない。
 ギュウっと強く…その小さな身体を抱きしめていく。

「大丈夫だから…もう、怖がらなくても良いんだよ…小さな、『俺』…」

 あやすように、慈しむように…克哉は、少年を抱きしめていく。
 触れるたびに少年の肌を蝕んでいた黒い腫瘍が、彼の肌にも移って…
少年に触れている部位から、蝕まれ始めていく。
 それでも決して、手を離したりはしなかった。
 あまりの光景に…眼鏡はただ、言葉を失うしかない。

(何故、お前はそんな状態でそのガキを抱きしめている…っ! 早く
離さないと、お前までその不気味な奴に侵されるぞ…!)

 眼鏡は、ついとっさに克哉の方を心配してしまっていた。
 ようやく硬直が解けて、動けるようになると…その子供を引き剥がそうと
歩み寄ろうとしたが…。

「何をしている、早くそのガキを離せっ!」

「来ないで! ここでこの子を拒んだら…誰が受け入れるんだよ!」

 克哉が、全力を込めて一喝していった。
 その剣幕に、克哉の方が押されていく。

―苦しい、よぉ…

 その瞬間、黒いのっぺらぼうのような異様な仮面をつけた…少年の自分の
声質が変わっていった。
 泣きじゃくって、縋っているような…そんな感じで、自ら刃から手を離して
克哉の背中に腕を回していく。

「…良いんだよ、もう…その記憶を一人で抱えなくても。辛いなら…オレも
一緒に背負ってあげるから…ね」

―本当、に…? オレはもう…これを一人で抱えなくて、良いの…? 一人ぼっちの
記憶を…こんなに、辛くて苦しいものを…俺は一人で持っていなくて…良い、の…?

「うん、良いんだよ…。今まで、一人で本当に辛かったね…。だから、もう…
一人で背負わなくて…良いよ。今まで、大変、だったね…」

 そうして、激痛が伴う中で辛うじて克哉は微笑んで…子供の自分をぎゅうっと
強く抱きしめていった。
 その瞬間、少年の身体は光輝いていく。
 淡い光を放ちながら…徐々に細かい粒子となって…そのまま、克哉の中に
取り込まれていった。
 
―ありがとう。俺、ずっと寂しかった。こんなに辛くて痛いものを背負わされた挙句に
こんな森の奥で一人で過ごしていたのが、悲しくて苦しくて仕方なかったから…。
だから、だから…

 最後に、少年の泣き声が聞こえた。
 自らの内側に取り込んだ、小さな自分に向かって克哉は語りかけていく。

「…判っているよ。今まで…お疲れ様だったね…小さな『俺』…」

 そう、両手で胸を押さえるような格好になって…どこまでも優しい声音で
告げていく。
 その瞬間、少年が幸せそうに笑った気配がして…そして、完全に跡形もなく
小さな子供の自分は消えていく。
 全てが終わった途端、克哉の身体は…その場に崩れ落ちて、地面へと
倒れていった。

「危ない!」

 とっさに駆け寄って、眼鏡は克哉の身体を支えていく。
 それでどうにか、頭をぶつけるのだけは回避出来た。
 克哉の息は荒く、見るからに瀕死の状態だった。
 だが…眼鏡は、たった今…目の前で起こった事が理解出来なかった。
 どうして、もう一人の自分はあんなガキを必死になって受け入れようとしたのか。
 何故、自分にとってはあれだけ憎たらしく仕方なかったガキが、たったそれだけの
事であっさりと消えて…こいつの中に取り込まれたのか。
 全てが眼鏡にとっては信じられないことばかりで、混乱しきっていた。

「…これで、全ての憂いは絶ったよ…」

「…何でお前は、こんな真似をした…?」

 自分の腕の中にいる、瀕死の克哉に向かって静かに問いかけていく。

「…あの子が、ずっとこうされる事を心の奥底で望んでいるのを、感じて判って
いたから…。まったく、そういう所は本当にお前にそっくり、だよな…」

 それでも…ここは現実ではない世界。
 確かに弱ってはいたが…克哉は気持ちを強く持っていた。
 まだ…もう一人の自分に対して伝えなければいけない事は、沢山あった。
 だから荒い息を吐きながらも、その言葉が淀むことはなかった。

「…ずっと重いものを一人で背負って来たら、辛くて…当然だよな。だから…
あの子は、ううん…小学校の卒業式の日から…お前は、ずっと…孤立していた
事を…親友に裏切られた事で泣き続けて、いたんだよ…」

「お前、何を言っている…?」

 何故、こんな状況で…そんな話が飛び出るのかが…眼鏡には全然
判らなかった。
 だが、克哉は…必死に、片方の掌を…握り締めていく事で伝えていく。

「…憎しみを、晴らすには…あの子の存在を救うには…あの子が背負っている
痛みや苦しみを、オレ達のどちらかが受け入れてやるしか…なかったんだよ…。
 受容して…あの子を拒まないでいてやる事で…あの子は、切り離されている
事実から解放される。そうしたから…消えた、んだ…だって…」

 血まみれの手が、そっと眼鏡の頬に伸ばされる。
 その掌は…とても、温かくて…。

「…お前はあの日からずっと、その痛みを苦しみを…誰かに聞いて貰いたかった。
受け入れて貰いたかった。けれど…プライドが邪魔をして、家族にも誰にも
吐き出す事は出来なかった。けれど…心の奥底では、そうずっと思っていた
んだからね…」

 それは、誰にも悟られたくなかった少年時代の佐伯克哉の本当の願い。
 孤立したくなんて、なかった。
 親友に裏切られたくなかった。
 一人ぼっちで…誰にも理解されないまま、遠くの中学校になんて行きたく
なんてなかった。
 そんな本心を、口に出せずいえないまま…彼は眠り、抱え続けて…ずっと
ズクズクと胸が痛み続けていたなんて、そんな事は…。

「そんな、訳が…ない! お前は何をでたらめを…!」

「でたらめ、何かじゃないだろ…。認めろよ、自分の本心を…。自分の弱さも
罪を何もかもを…そうやってお前がみっともないから…と自分の中の認めたく
ない部分を否定し続けたら、その切り離された部分はどうすれば、良い…。
『自分』と大事な人間に否定される事ぐらい、辛くて悲しい事は…ないんだぜ…?」

―人の心の中には、色んなものが眠っている。
 綺麗なものも、汚いものも混然となって一人の人間の心の中に
潜んで…同時に存在している。
 これは即ち、彼が自分の中の認めたくない要素を切り離してしまったから
起こってしまった悲劇。
 あの少年の克哉は、彼の見たくない本心そのものだった。
 そして…孤独で変質して、あんな有様になってしまったのも全て…その
痛みを長い間、理解される事なく吐き出す事もなく抱え続けていたから…。

―誰かに受け入れられたい、理解されたい。

 その願いが叶ったから、だから少年は…克哉の中に溶け込んでいった。
 
「…お願いだから、どうか…その事実を受け入れて欲しい。だって…そうだろ?
自分の中の弱さも、罪も受け入れられないそんな人間がどうして…人を愛して、
一緒に生きて、いくんだ…? 子供の自分すら…受け入れられない、そんな
奴が…本当の意味で、他人を受け入れられるの、かな…?」

「っ!」

 それは彼にとっては耐え難いぐらいに、苦痛に満ちた一言。
 けれどそれでも…克哉は、眼鏡の腕の中に納まって間近で顔を見据えて
いきながら告げていく。

―克哉に残された時間は後、僅かだった。
 もうじき…この世界で、自分は形を保って存在出来なくなる。
 少しずつ、自分の中から力とかそういったものがゆっくりと流れ落ちて
いくような感覚を覚えていた。

 だからその前に、彼にはしなくてはいけない事があった。
 もう一人の自分に全ての事実を認めさせて、その背中を押すと
いう最後の仕上げを…。

―それまで、どうにか持ってくれ…!

 心の中で強く願いながら、克哉はもう一人の自分と最後の対峙の時を
迎えようとしていた―

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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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