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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 先日の夏コミにて、無料配布を手に取って下さった方…
どうもありがとうございました。
 別ジャンルの友人の処に置いて貰っていましたが
当日になってキチメガジャンルの方に頼んで置かせて
貰ったのであれ? と思われた方も多いでしょうが…。

 ただ単に二箇所に置かせて貰って配布しただけです。
 それでもお手に取って下さった方がいて良かったです。
 一応、ブログにて掲載済みの話ですが…(受かったら)スプレー
オンリーの方にも配布しますねv

 ブログの方は本日分はこれから書きます。
 今日の分は短いけれど、書いておかんとつじつま合わなくなるって
場面を書かせて貰います。

 明日の早朝にもうちょい気合入れて書きます。
 んじゃとりあえず…執筆に入らせて貰いますねv
 では…。
 
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夏祭り
 
                           BY 香坂 幸緒
 
克哉と御堂は、二人で会社を興してから最初の夏を迎えようとしていた。
佐伯克哉が一人で驚異的なスピードで設立に持っていったアクワイヤ・
アソシエーションはその後も順調に業績を延ばし続けて、半年前後で
従業員数が十人前後の会社にまで成長していた。
最初は二人で全ての事をこなしていた事を思えば格段の成長ぶりだった。
しかしどんな大企業であったとしてもお盆休みと年末年始の長期休暇の
問題は立ち塞がっていた。
この会社も例に漏れず、克哉、御堂、藤田といった独身の働き手以外の
従業員はすでにお盆休みに入っている。
本日はこの近隣で大規模な花火大会が開催される予定があり、藤田がそれで
午後からの半休を希望したので…この大きなオフィス内には、克哉と御堂の
二人だけしか存在していなかった。
 御堂とこうして二人きりで仕事をするのは克哉にとって久しぶりの事だった。
 
(熱心に仕事をしている孝典の姿はかなりそそるからな…)
 
克哉が担当していた仕事の方は午後三時を回る頃には一段落ついていた。
…あんなアクシデントさえなければ今頃は御堂の方も仕事を終えていて、
二人でゆったりと終業時間まで息抜きしていても良かったのだが…。
 
(今の孝典に下手にチョッカイ掛けたら、恐らく流血沙汰だろうな…)
 
現在、オフィス内は諸事情によってエアコンの電源が切られている。
だが、部屋の中が妙に熱く感じられるのはそれだけが原因ではなかった。
普段より人口密度が低くなっていたせいで…冷房をいつもと同じ
温度設定にしていたらエアコンで部屋が冷えすぎてしまい天井から大量の雫が
滴り落ちるという水害が起こってしまったのだ。
…その穴を埋めるべく、御堂が彼の背後で奮闘していた。
 
 カタカタカタカタ…
 
小気味良くキーボードを連打する音が部屋中に響き渡っていく。
克哉の公私ともにかけがえのないパートナーである御堂が一心不乱に
打ち込み作業を続けていた。
その様子にはどこか危機迫るものがある。
迂濶に邪魔したり性的な悪戯の類など仕掛けられる雰囲気ではなく、
克哉にはそれが面白くなかった。
 
(…せっかく今夜はこの近所で花火大会があるんだ…。二人で出掛ける事も
考えに入れてあったんだがな…)
 
本日、彼等を突然襲った悲劇。
それは不運にも取引先側から用意された必要な資料と契約書類が
入った封筒が水滴によって壊滅的な被害を受けた事だった。
その書類が自社で作成した物なら新たに打ち出せば良いだけだったのだが…
取引先側が作成したものであり、不運にも一足先にその会社はお盆の長期
休暇に入ってしまっていた。
 
しかもこの書類一式は明日の午後には必要になるのに対して、相手会社の
休暇が明けるのは三日後だ。
これではFAXでもデーターを添付してもらうのでは間に合わない。
結果、こうして御堂が奮起し…水を含んでシワシワになった書類と睨めっこ
しながらの打ち込み作業をする事となった訳である。
しかし彼一人でやれば恐らく後、3~4時間は確実に掛かる量だ。
花火大会が開催される時間帯は本日の19時半から。
会場まで出掛ける場合は移動時間も考慮しなければならないだろう。
 
(あいつが終わる時間帯によっては…かなりギリギリになりそうだな…)
 
その事実に気付いて深い溜め息が洩れてしまう。克哉は最近、多忙を
極めていたせいで御堂と全然恋人同士としては一緒に過ごせていなかった。
明日の契約が終われば少しぐらいは余裕が出来るように仕事量もセーブしていた。
そもそも当初の予定では例のアクシデントがなければ自分も御堂も今頃は
手が空いて、会場の周辺を二人で見て回るのも悪くないと思っていた。
御堂に確実に…君らしくないと言われそうなプランだという自覚はあるが、
浴衣も用意して…その格好をした御堂と濃厚な一時を過ごす準備を何日も
前から立てていたのに…。
 
(例のアクシデントで全てが無駄になりそうだな…)
 
その事実に克哉は心底苦い息をはいていった この状況をどうやって
改善するか…克哉はありとあらゆるシュミレーションを想定して考え始めていった。
 
(…さて、どうやってあの堅物の気持ちを変えるか…だな)
 
一通り自分の頭の中でも考えがまとまっていくと再度、仕事に熱中
している御堂を眺めていった。
例の事件は御堂がたまたま封筒を置いた場所で起こってしまった。
そのせいで今の彼は異常なまでに失敗を補填しようという情熱に駆られていた。
 
―まずは正攻法で行くか
 
相手の出方を伺う意味でも克哉はストレートに提案していった。
 
「御堂、今は俺も手が空いてる。二人で作業した方が早く終わるぞ…」
 
「佐伯、これは不可抗力とは言え…私が犯した過失だ。その為にすでに
自分の分の仕事を片付けている君の手を煩わせるのは非常に申し訳ない。
だから気にしなくて良い。幸い今からなら…七時くらいまでには片付くだろうからな」
 
(…だから、七時待て掛かっていてはその後の花火大会に間に合わないだろうが…)
 
予想通りの返答が来て、克哉はつい苦笑をしてしまう。
そう、この生真面目さと責任感の強さこそ…御堂の美徳でもあるのだ。
だが克哉は追撃の手を緩めない。
本来なら黙っていて直前で打ち明けて驚かす算段だったがそれでは
御堂は決してこちらの協力を受け入れようとしないだろう。
 
「…本当なら黙っていて直前で驚かそうとしていたが仕方ない。今夜は
二人で花火大会にでも出掛けようと思って浴衣も用意してある。
…あんたがギリギリまで仕事をしていたら、浴衣に着替えて会場まで
移動する頃には花火も始まってしまうし…良い場所も確保出来ないだろう。
だから手伝わせて貰いたいんだが…良いか?」
 
真摯な表情を浮かべながら克哉の方から頼んでいった。
…御堂と自分には正直、まだ良い思い出と呼べるものは少なかった。
一度決別してから再会までの期間は一年は空いているし…一緒に
過ごすようになってからも大半の時間は仕事絡みのものだ。
普通の恋人同士のような甘い時間は殆んど過ごした記憶はない。
だからお盆休みの間くらいは何日も休暇を取るまで行かなくても、せめて
一緒に出掛けるくらいの事はしたかったのだ。
 
―楽しい思い出を少しでもこの人と積み重ねる為に…
 
だが当の御堂はそんな事を言う克哉を、信じられないものを見る
眼差しで見つめていった。
 
「…佐伯。熱さで少し頭がやられたか?」
 
「…随分と酷い言い草だな…」
 
「…事実だろう。正直言うと君がそんな殊勝な言葉を口にしていると
凄く違和感がある」
 
このような言葉のやりとりをしている間でも御堂の眼差しは真っ直ぐ
パソコンの画面に向けられていた。
 
「俺はあんたと良い思い出の一つも作りたかっただけだ…」
 
「そうか…」
 
克哉に背を向けたまま、御堂は静かにそう相槌を打っていく。
心なしか…その響きはどこか優しいものが感じられた。
 
「…だがそれでも、私はこの仕事を一人でやらせてもらいたい」
 
「…御堂?」
 
克哉のその咎めるような口調にようやく御堂は手を止めて、彼の方へ
向き直っていく。
 瞬間、僅かな間だけ御堂は穏やかに微笑みを浮かべていった。
 
「…そんな顔をするな、佐伯。私は君の気持ちを無下にしたくてそう
結論を出した訳ではないのだからな…」
 
「なら、何故…俺の申し出を断るんだ?」
 
「佐伯、単純な事だ。その時間になってもすぐ間近に絶好の花火観覧
スポットがある。其処での準備を君にやって貰いたいからだ…」
 
「絶好の花火観覧スポット…」
 
この時点での克哉が思い描いていた場所はまったく別の場所であった。
御堂が言っているその場所は彼にとっては『盲点』過ぎて気付きにくかったのだ。
「…判らないのか? 其処なら変な話、花火大会が開催されてからでも
充分間に合う。しかも確実に二人きりで過ごせるからな…。何せ、この
オフィスから二分もすれば辿り着けるからな」
 
克哉は短い間だけ、該当する地点を考えた。
そして、あっ…と呟きながら気付いた。
御堂が言わんとしているのがどこであるかを…。
確かに其処ならば慌てる事はない。
しかも自分達以外は絶対に立ち入れない場所だった。
そこを御堂から指摘されて参った…と言わんばかりの微笑を
克哉は浮かべていく。
 
「…参ったな。確にそこならあんたの言う通り俺たちなら慌てる必要がない…」
 
「ああ…君もやっと判ったみたいだな…」
 
そう口にした御堂の表情は心底楽しそうなものであった―
 
                  *
 
―その後、克哉は自分のマンション内にて…一人で準備をしていた。
会社を興してからは寝る間も惜しんで働き続けていたので、キッチンに
長時間立つなど本当に久しぶりの事だった。
 
「…まったく、手料理を作るなんてどれくらいぶりだろうな…」
 
微かに微笑みをながら克哉は唐揚げを揚げていた。机の上には他に
水菜とササミのゴマ風味サラダと、薄いピザ生地にうっすらとケチャップと
マヨネーズを塗り、とろけるチーズを散らしてパリパリに焼いたピッツァ。
それに鮭とタマネギをイタリアンドレッシングに浸けたマリネが綺麗に
盛り付けられて並べられていた。
そして七時に合わせて丁度良い温度に冷やされた赤ワインを用意して、
克哉は静かに御堂を待っていた。
 
「…そろそろ孝典が来てもおかしくない頃だな…」
 
壁時計をチラリと眺めていきながら、相手が訪れるのを待っていく。
だが、十九時を少し越えた時刻になっても…御堂が訪れる気配はなかった。
 
(あいつが時間に遅れるなんてな…)
 
自分が思っていたよりも手間取る量だったのだろうか?
やはり御堂が堅くなに拒んだとしても、こちらが手伝うべきだったか…と
後悔した瞬間、寝室の方から人の気配を感じた。
 
「御堂っ?」
 
玄関から来ると予想していたので、虚を突かれる形となった。
 
「…驚いたか?」
 
そこには悪戯が成功して楽しそうに微笑んでいる浴衣姿の
御堂の姿があった。
正直に認めるのは少々癪であったが、予想外の行動を取られて
驚いてしまったのは事実であった。
 
「…ああ、驚いたな。七時丁度にあんたは玄関から来ると思っていたから…」
 
「六時半を少し過ぎたくらいにはこちらの作業も無事に終了したからな。
少し早めに赴いたら君がキッチンで熱心に料理を作っていたからその隙を
付いて奥に入らせてもらったんだが…気付いてなかったとは君らしくないな…?」
 
心底愉快そうに御堂はクスクスと笑っていた。
 
「…あんたに少しでも旨い物を食べさせてやりたいと思っていたからな。
料理に集中してて確かに気が回ってなかったかもな…」
 
苦笑を浮かべながら克哉はゆっくりと御堂の元へ歩み寄っていく。
本当にこの年上の恋人はこちらがリードしようとすると、時々だが
こうやってこちらの思惑を良い意味でも悪い意味でも裏切ってくれる。
それは決して不快なものではなく…逆にこちらに新鮮な驚きを齎してくれた。
 
「…ふふ、君をこうやって出し抜ける事など滅多にないから…正直、気分は
良いな。そういう顔を見れるとは…予想していなかった」
 
御堂の良く知っている佐伯克哉という男は傲慢で自分勝手で大抵の
場合はこちらの都合など考えずに、強引にこちらを自分のペースに巻き込んでいく。
通常の彼に比べると今日の彼は随分と人間臭いというか、柔らかい雰囲気がした。
だがそれも…普段見れない一面を見る事が出来たような気がして悪い気はしなかったのだが。
 
(今日の君は優しすぎて怖いくらいだな…)
 
本当に今、目の前にいるのは本物の克哉なのか。そんな馬鹿げた事を
確かめるようにそっと相手の頬に指先を伸ばしていく。
…彼の頬は意外に滑らかで触り心地は良く、暖かかった。
 
「…こら、くすぐったいぞ。御堂…」
 
そう言いながら克哉も御堂の頬を慈しむように触れていく。
 
―そしてごく自然にお互いの唇は重なっていった。
 
「…君の唇、唐揚げの味がするな。少し新鮮だぞ…」
 
いつもの克哉の唇は味や風味が残っている場合は煙草か蒸留酒の
類が殆んどだったから、これは珍しかった。
それが少しおかしくてクスクス笑ってしまうと…克哉は少し憮然とした
表情で呟いていった。
 
「…本当にらしくない事は考えるものじゃないな。…今日はあんたに
笑われてばかりのような気がする…」
 
「…たまにはそういう君を見れるのもいいものだ。色んな顔を見れる
方が飽きが来ないしな…」
 
そう呟いて、珍しく年下の男らしい様子の克哉の頬にそっと
口付けていく。
そのままスルリと克哉の腕の中から抜けていくと、御堂は悪戯っぽく
微笑みながら告げていった。
 
「…さあ、そろそろ君が用意してくれた料理を頂くとしようか。君の愛情が
たっぷりこもっている物ならば、是非温かい内に食べたいからな…」
 
そういって作り立ての料理が並べられている食卓の方へと真っ直ぐに向かっていく。
 
「…全く、今夜はあんたには敵わないな…」
 
そう言いながらも、本日の克哉の表情はどこか優しくて。
それを見て御堂は満足そうに笑ってみせたのだった―
 
                  *
 
―ベランダの大きな窓ガラスの向こうには、断続的に鮮やかな
大輪の華が輝いていた。
藍色の夜空に色とりどりの街の灯火と、花火が瞬いている様子は
とても綺麗であった。
 
「なかなかの贅沢な一時だな…」
 
「…あぁ、そうだな。こういう時は此処の高い家賃を払っていて
良かったと思える。これは予想外の楽しみだったな…」
 
二人共、浴衣に着替えて部屋の中で花火眺めながら…克哉が作った
夕食を口に運んでいた。
確かに部屋からこうやって花火を楽しみながら二人で過ごすのは
かなりの贅沢だ。
都内の一等地というのはこんなサプライズも含まれていたのは
克哉にとっても嬉しい誤算であった。
 
「…また君はそういう事を…。あぁ、君が用意してくれた料理はどれも
大変美味だった。料理の腕前がこれほどのものだったとはな…。正直、感心した」
 
「…まあな、たっぷりと愛情を込めて作ったからな。旨かっただろう?」
 
「…よくそういう事を臆面もなく言えるものだな。その図太さにも感服する…」
 
「…まあ、こういう男だっていうのはあんたは良く判っているだろう? この年に
なって今更性格の矯正は効かないさ…」
 
克哉は強気に笑みながら真っ直ぐに御堂を見つめていく。
その視線の熱さに気付き、微かに笑いながら御堂は問いかけていった。
 
「…私ばかりを見ていたら、せっかくの花火を見損ねるぞ…」
 
「あぁ、判っている。だが華やかに花火が連発して打ち出されている時なら
ともかく、時間繋ぎの為に一発ずつになっているような時ならあんたを
見ている方がずっと良い。…俺が選んだその浴衣、あんたに良く似合っているぜ…」
 
「…まったく、君という男は…。そんな物言いをされたら、見るなとも言い辛くなるな…」
 
そうしている間に克哉の蒼い双眸がこちらを真摯に見据えている。
その眼差しに晒されて、御堂の背筋に甘い痺れが走り抜けていった。
 
(…その目に見つめられているだけで落ち着かなくなるな…)
 
克哉が椅子から立ち上がりそうな気配を感じて御堂は一足先に腰を上げていく。
一度だけ振り返っていくと意味深に口角を上げて笑みを刻み、そのまま
窓際に置かれているソファへと腰掛けていく。
 
―その瞬間、夜空に咲く華を背にして愛しい人が艶やかに笑う
 
「…佐伯」
 
呼び掛ける声のトーンもどことなく甘やかだった。
紫紺の瞳は妖艶に輝き、蟲惑的にこちらを誘いかけてくる。
 
(堪らないな…)
 
一瞬にして艶やかな雰囲気を纏った自分の恋人の姿にゾクゾクする。
それは克哉にとって抵いがたい誘惑の仕草だった。
無言のまま克哉も静かに御堂の元へ歩み寄り、その隣のスペース
へと身を滑らせた。
間近で見れば見るだけ克哉が選んだ浴衣を身に纏った御堂の姿は
煽情的だった。
その身体を強い力で抱きすくめて、己の腕の中に抱きこんでいく。
 
「…孝典」
 
克哉もまた、どこか柔らかい声音で恋人の名を呼んでいく。
職場では、仕事上のパートナーとして接している時には敢えて
封印している彼の名前を…克哉もまた、どこか柔らかい声音で
呼んでいった。
 
ようやく克哉がそう呼んでくれた事にどこか満足そうな表情を
浮かべていくと御堂の方からもそっと克哉を抱き締めていった。
浴衣の薄い布地越しに相手の体温を確かに感じとれた。
 
「…暖かいな」
 
空調がしっかりと効いた部屋だからこそ、夏でもこうやって
寄り添っていても相手の体温が心地好く感じられた。
 
窓の向こうでは、沢山打ち上げられた花火が大輪の華を咲かせて、光輝いていく。
その様はまさに豪華絢爛。見る者の心を魅了して離さなかった。
 
「綺麗だな…」
 
瞬く間に消え行く儚い華が御堂を一層鮮やかで美しく輝やかせていく。
色素の薄い髪をそっとすきあげていきながら克哉は顔を寄せていった。
 
その瞬間、藍色の空に眩い閃光が走り抜けていった。
ほぼそれと同じタイミングで重なり合う唇。
それから一分ぐらいはキスを続けただろうか?
窓の外には花火大会の最後の絞め、大柳の余韻だけが微かに残っている。
だがその儚い花火の軌跡も消えていって、周囲に静寂が戻っていった。
 
「…ったく、私は最後の方の花火の連発を見損ねたみたいだな…」
 
「…それなら、また来年ここから見るのを楽しみにしていれば良い。
当面はこのビルに会社も住居も構えておく予定だからな…」
 
「…佐伯。来年の事を言うと鬼が笑う、という諺を君は知っているか?
来年も一緒にこうして…」
 
見れる保証はないだろう?
そう言葉を続けようとした。
 
―人の心は移ろいやすい
 
今は同じ気持を抱いていたとしても来年も自分達の関係が
続いている保証などぢどこにもないのだ。
それは余りにこの一時がかけがえのない時間だと感じているから
こそ生じた小さな不安だった。
だが克哉はそんな御堂の懸念など吹き飛ばすようにキッパリと言い切っていった。
 
「必ず見れるさ。あんたが俺の事を嫌いにならない限りは…俺からは
手を離すつもりは一切ないからな」
 
力強く、自信と確信に満ち溢れた顔ではっきりと言い切っていった。
御堂は一瞬、呆気に取られて…それからすぐに吹き出していった。
まったくもって、この男らしい言い回しだったからだ。
 
(…そうだ、こういう男だったな…)
 
あまりにも強引に、この男はこちらの小さな不安など吹き飛ばしてくれる。
克哉は時々、こちらからしたらとんでもない事をやらかしてくるが…
いい加減な嘘だけは決して口にしない男だ。
この半年、仕事上のパートナーとして傍で見て来たのだ。
 彼がそういうなら、御堂は信じられた。
 
「…ほう、そこまで言うのなら自分の言動にはキチンと責任を持って
いるんだろうな?
その言葉が嘘だったら…私は、容赦しないぞ…?」
 
 クスクスと微笑みながら、御堂は強かに微笑んでいく。
 啄ばむような口付けを彼の方から、克哉に施すと…その双眸を艶やかに
濡らしながら呟いていった。
 
「…もう二度と、私の手を離さないでくれ」
 
 それは、滅多に弱音や媚びた事を言わない御堂が珍しく告げた本心。
 今度は克哉が驚かされる番だった。
 だがすぐに…満たされたように微笑み、その背中を掻き抱いていく。 
 
「あぁ、離さない。やっと…あんたを手に入れられたんだ。勿体無くて…
そんな真似は出来ないさ…」
 
 お互いに真っ直ぐに、瞳を見つめあっていく。
 花火が終わってしまっても遠くにはまだ、夏祭りの余韻が残っている気がした。
 だが、外での祭りが終わっても…二人にとっては、本番はこれからだ。
 今度は、しっかりと唇を塞ぎあっていく。
 
―その熱さに、眩暈すらしそうだった。
 
「あっ…はっ…」
 
 御堂の唇から、艶かしい声が零れていく。
 それを聞いて、克哉の指先は更に情熱的になった。
 相手をソファの上にそっと横たえていくと…克哉は御堂の上に覆い被さって、
その身体を組み敷いていった。
 そして、掠れた声音で恋人の耳元に囁きを落としていった。
 
「孝典…あんたが、欲しい…」
 
 その一言にゾクン、と背筋が震えていった。
 身体の奥に火が灯っていくのが判る。
 だから御堂も…同じように、悩ましい声で応えていった。
 
「…私、もだ。君を、もっと…確かに、感じたい…」
 
 その一言が合図となって、二人の時間が始まっていく。
 
 窓の向こうには、祭りの喧騒がまだまだ広がっている。
 ネオンの明かりに混じって、屋台の灯火はまだまだ煌き、人の熱気は
まだ冷める気配を見せなかった。
 
 
 そして二人は、一つの思い出を重ねていく。
 お互いの存在を確かに、その身に刻み込みながら…再会してから、
最初の夏の一夜を熱く激しく過ごしていった。
 
 ―また来年も、共に過ごせる事を強く願いながら…二人の手と、
身体は
重なり合う。
 
 意識が堕ちる寸前、二人の顔には確かに満足そうな笑みが
浮かんでいたのだった―
 
 
     
  ―結局その後、片桐に強引に医務室のベッドに連れていかれた後、
暫く本多は起き上がれなくなっていた。
 片桐に強引にベッドに寝かされた時は「大丈夫ですから!」と強く反発
していたのだが…やはり、一晩まともに寝ていない状態では、清潔な
シーツの誘惑には勝てなかった。

(眠れないのは変わらないけどな…)

 ただ横になっているだけでも、確かに身体は少しだけ楽になっていた。
 しかし心の混乱は一層、広まっていくだけだった。

「どっちが本当なんだよ…」

 プロトファイバーの営業やっていた期間中の今にも倒れそうで
顔色が悪かった克哉。
 昨日の画面に映っていた、御堂に嬲られていた場面。
 屋上で詰問した時に、自分の前でポロポロ泣いていた姿。
 御堂からの便りを見て、ウキウキした様子をしていた彼。
 そして…今朝の、晴れやかで朗らかな笑顔。

 これらの場面には全て御堂が絡んでいる筈なのに、何かが
噛み合わない。
 あんな事をされたら、自分だったらその相手を大嫌いになる。
 そんな相手がいなくなったら二度と会いたくないだろう。
 けれど、それでは…説明がつかない。
 もし、今朝…克哉が泣いていたのならば、本多は会社を飛び出して
御堂の元に殴り込みにいかんばかりの勢いだった。

―だが、克哉本人にそれを否定されたようなものだった。

「…お前が、判らねぇよ。克哉…」

 半分、泣き言に近い感じで…本多は仰向けの状態のまま両手で
顔を覆い…苦しげに呟いていく。
 それでもベッドに横になっている内に何度かウツラウツラ、と浅い
眠りを繰り返している内にあっという間に昼休みを迎えてしまった。

キーンコーンカーンコーン

 昼休みを告げるチャイムが、医務室内にも響き渡っていく。
 キクチ・マーケーティングに入社してから早三年以上。
 本多がこんなに長い時間、この部屋のお世話になった事は
初めての事だった。

(…何か、こんな風にぶっ倒れるのなんて学生時代ぶりかもな…)
 
 そういえば学生時代、バレーボールに打ち込んでいた時は
猛練習のおかげで負傷したり、体調を崩してお世話になった事は
あったかも知れない。
 だが基本的に人並外れた体力の持ち主である本多は…風邪とか
悩みまくって倒れた経験は今までの人生では皆無だったのだ。

「ザマ、ねえな…。八課の仲間達に迷惑掛けちまうなんて…」

 心底悔しそうに呟いたその時。
 医務室の扉がガラっと開いていった。

「本多君…体調は如何ですか?」

 其処に立っていたのは片桐だった。
 いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべて…そのままベッドの方へと
向かって来た。

「あ、はい…大丈夫っす…」

「嘘はいけませんよ。顔色はまだ…そんなに悪いじゃないですか」

 あっさりと看破されて、本多は気まずそうな表情を浮かべた。
 やはり、パンダ状態になっているクマが今もくっきりと刻まれた
ままでは…大丈夫だと言っても説得力に欠けていた。

「…眠れなかったんですか?」

「…そうっす。ちょっとグルグルと考えちまうことがあって…」

「悩み事ですか?」

「…まあ、そんなようなものっすね…」

 それから、片桐はベッドサイドに置いてあった丸椅子の上に腰を掛けて
いくと…心配そうに本多の顔を覗き込んでいった。

「…何、見ているんスか…?」

「…僕で良ければ聞く事ぐらいは出来ますけど…どうしますか? 眠るのに
邪魔だというのなら大人しく退散しますけどね…」

 …そんな事をいきなり言われるとは予想していなかっただけに…本多は
一瞬、面食らっていった。
 
(いきなりそんな事を言われても…あんなの、簡単に話せるような
内容じゃないからな…)

 少なくとも、昨日謎の男に見せ付けられた内容を…同じ課の人間で
ある片桐には絶対に話すことなど出来なかった。
 だが…かいつまんで、詳細を話さないで一部だけだったら?
 ふと、そんな考えが浮かんでいった。
 正直、ここ数日に起こった事だけでも混乱している部分があって
本多の中では整理を仕切れてなくて。
 パンパンに膨れ上がっているのは、自分でも良く判った。

(…少しだけ、意見を聞いてみるのも良いかもな…)

 普段の本多だったら、恐らく片桐や他の人間にそう申し出されても
自分で処理することを良しとして相談しようとなど思わなかっただろう。
 それが彼の長所でもあり、短所でもある。
 他者の意見を求めないから自分の価値観や感覚に判断が偏りがち
になり…時に他者の痛みや考えを理解出来ないと言った弊害を
生んでしまう。

 良くも悪くも、彼は一人で抱え込む性質なのだ。
 誰かに頼ったり、迷惑を掛けることを良しとしない性分。
 それが皮肉にも大学最後の歳に…かつての仲間達と大きな
確執を生んだ原因にも繋がっていた。

「…片桐さん。ちょっとした例え話なんですけど…好きな相手がいて、
その相手が…今、付き合っている相手に過去に酷いことをされていた。
それを知ってこっちが怒っているのに、その相手は…今は、そいつと
一緒にいて幸せそうに笑っているんですよ。
 その仕打ちが…到底、許せるような代物じゃないにも関わらず…
それでも、その相手といて幸せだっていうのなら、それは何でしょうかね…?」

「…それは、本多君が気になる子の話ですか…?」

「そうっす。今まで、自分はその相手を好きだって自覚なくて…恋を
しているって気づいたのはつい最近なんすけどね。けど、ふとした事で
そいつが酷いことをされていたって事実を知っちまって…今も泣いて
いるんなら、俺の処に来いよ! って…そいつなんて忘ちまえ…とか
そんな風に言えるんですよ。けど、俺が好きだって気づいた時には…
その男と上手くいったみたいで…本当に幸せそうに笑っていて…
どっちが本当なのか、判断つかないスよ…」

 話している内に、段々と涙目になっていった。
 昨日の映像のショックを、思い出してしまったからだ。
 悩んで、悩んで…あんな事が裏であったのに気づいてやれなくて
心底悔やんでいた。
 過去は、変えられない。
 その事は本多も判っている。けれど…その気持ちを、今朝の
克哉の笑顔が裏切っていくのだ。

―御堂と逢うな! という事が本当に克哉の為なのか…?

 あの笑顔を見て、初めて本多の中にその想いが生まれた。
 それがまた…眠れなくなる要因の一つになっていて…彼は
たった一晩の間に随分と気持ちが弱ってしまっていた。

「…それは、難しい話ですね…」

 と言いながら、片桐は暫く唸っていった。
 それから暫くの間、沈黙が落ちていく。
 チクタクチクタク…と秒針を刻む音が妙に大きく聞こえるくらいに
静かな室内。
 けれど、片桐の表情は真剣そのもので…とても、聴かなかったことに
して下さいと言い出せる気配ではなかった。

(片桐さんに相談するべきじゃなかったのか…?)

 自分の上司をこんなに悩ませてしまうぐらいなら、抱えておく
べきだったと…本多は後悔し始めていた。
 だが、次の瞬間…片桐は穏やかに微笑みながら口を開いていった。

「…これは僕の考えですけどね。もし、それでも答えを出したいの
ならば…相手にとって、一番良いと思われる行動を取ってあげたら
どうですか…?」

「相手に、とって…一番良い行動…?」

「はい、それが人を愛するって事じゃないでしょうか…?」

 だが、その意味を本多は良く理解出来ない。
 それは今まで彼が考えたことがない視点であったから。
 訳が判らないという、困惑した表情を本多が浮かべていくと…。

「…まだ、判らなくてもしょうがないですよ。…本多君はまだ、
若いんですからね…」

 そういって片桐は儚く笑っていく。

―この瞬間、いつもは気弱で頼りないと思い込んでいた上司が…
その歳の差の分だけ、それなりに痛みを伴った人生を送って来た事を
初めて本多は自覚したのだった…。
 無料配布と、王レベの新刊の製本作業無事に終わりました。
 色々と手際悪くて余計に時間掛かっていたけど…どうにか
日付変わる前には終わってほっとしています。

 明日は置き土産(無料配布に掲載してある話)を置いて
いきますので宜しくです。
 日付変わった直後辺りに予約してあるので…その
時間になると閲覧可能になります。
 んじゃ連載の続き書いて来ます。

 予約の話とどっちが先になるのか微妙な感じですね。
 はい…。

  
 
 こんにちは、香坂です。
 …昨日はちょいとバタンキュ~してしまって、帰宅直後から
12時間程、眠りこけていました(汗)
 昨日の執筆分、おかげでちょっとガタガタでした。
 …全ての作業終わって時間取れましたらそちらもチョイと
手直しさせてもらいます。
 ま、たっぷり寝たおかげで本日は体調良いですけどね。

 本日分の連載は…とりあえず全ての発行物が印刷段階に
入った状態にならないと厳しいので、夕方から夜になります。
 ご了承下さい。

 明日の無料配布本の配置をお知らせします。
 キチメガとは別ジャンルですが、すぐ隣の畑なので少し足を
延ばせばOKの処でございます。
 20~30部前後、刷る予定なので良かったら手に取って
やって下さい。余った分はスプレーオンリーの方で引き続き
配布させて頂きます(時期ずれるけど…)

 スペース№ 東館 ツー19b です。
 
 ちなみに、本人はスペースにいません。
 本だけ、友人の処に置かせてもらうだけです。
 ですので今回は取り置きは出来ません。
 スペースにある本をご自由に持っていってやって下さい。

 タイトルは「夏祭り」 ちょっと和風な感じの紙を表紙に使ってある
ペラい本です。
 CPは、アンケートの一位に輝いた眼鏡×御堂です。
 克克とは一票差でした。
 という訳で眼鏡×御堂好きの方は手に取ってやって下さると
嬉しいですv

 当日は私自身は一般で、買いに走っていると思います。
 午後1~2時くらいの落ち着いた頃を見計らって、知り合いの方の
スペースを順次回らせて頂こうかな、と。
 顔知っている方いましたら、声掛けて下さると嬉しいです。

 …現在の製作状況

 鬼畜眼鏡 無料配布=本文完成
                 王レベ新刊=11P前後完成

 …頑張れば、出来る範囲まで来たのでラストスパート掛けますです。
 それでは、また夕方から夜に掛けて上がって来ます。ではでは…。
 
  ―克哉にとって、災難だったのは…御堂と再会したのが週末ではなく
週の半ばであった事だった。

 楽しい時間と、嬉しい一時というのは得てしてあっという間に
過ぎ去るものだ。
 会いたくて会いたくて堪らないとこの一ヶ月、願い続けていた人とようやく
顔を合わせて、触れ合う事が出来て…克哉は幸せだった。
 だが、御堂の方は強引に作り上げた時間だったらしく…奇しくも、
朝七時にはホテルをチェックアウトして、解散する流れとなってしまっていた。
 新しい会社でも、御堂の仕事量はきっと多いのだろうなとすぐに
推測がついてしまった。

―もう少しだけ一緒にいたかったな…。

 本音を言うとそんな想いはあったが、我侭を言って困らせるのは嫌だった
から克哉は素直に御堂を見送った。
 そして早朝に、誰よりも早く八課のオフィスに足を向けてしまっていた。
 昨晩は本多を撒く為に色々と画策していたせいで…中途半端になって
しまった作業が幾つかあったからだ。
 それをこなす為に…不本意ながら七時台には自分の机の前に辿り
ついていくと…何故か、自分と本多の机の上に不審な代物があった。

「っ…! 何でこんな物が?」

 本多の机の上には何故か、昨日彼が纏っていた例の銭形刑事の
コートと帽子がセットで、綺麗に折りたたまれた状態で並んでいた。
 それだけならまだ良い。
 問題なら自分の机の上だ。
 克哉のディスクの上には、未開封状態のルパンの変装セットが
置かれていた。
 銭形とルパン…やたら執拗に泥棒を追いかける刑事と、逃げまくる
泥棒…。もしくは追う者と追われる者。
  何となく今の自分達の関係を暗示している品が置かれている事に
怪訝そうな顔を浮かべていく。

「…というか、これ…昨晩、本多が身に着けていた物だよな。どうして
本多の姿が見えないのに…置いてあるんだ?」

 それが心底不思議で、う~んと考え込んでいくと…本多のディスクの
片隅に四つ折りで織り込まれた手紙が添えられているのに気づいた。

「…手紙?」

 本来なら、人の手紙を勝手に見るのは失礼な行為に当たるのは
判っている。
 だが、この不可解な現象の答えを知りたくて…克哉はつい、その手紙を
開いて見てしまった。
 其処には簡潔に、こう記されていた。

―昨晩、本多様が当店にてお忘れになった物をお届けさせて
頂きました。ご利用、ありがとうございます  Mr.Rより愛を込めて

 …一瞬、その内容を見て克哉はその場に凍りついた。

「って…! 何でMr.Rの署名があるんだっ!?」

 まさかこんな所でRの名前を見るなんて思ってもみなかったので
軽くパニクっていると…背後からいきなり、大声で名前を呼ばれていった。

「克哉っ!?」

 その妙に男らしい声で名を呼ばれてドキっと心臓が跳ねた。
 一瞬、振り向くのに躊躇いがあった。
 昨晩に本多が自分をつけて来ていたのは記憶に新しい。
 しかもたった今、彼の机の上に置いてあった手紙を勝手に盗み見るような
真似をした直後である。
 気分は急速冷凍である。
 克哉がその場にカチンコチンになって凍り付いていくと。

「…おい、こっちを見ろよ?」

 妙にドスの効いた凄みのある声で呼びかけられて、観念して相手の
方へと向き直っていくと…。

―次の瞬間、不覚にも爆笑してしまった。

「…わっ…はははははっ!」

 本当なら、ここは笑ってしまってはいけない場面だっていうのは
重々判っていた。
 だがあまりのインパクトに、つい吹き出してしまった。
 本多の目の周りには恐ろしいまでにくっきりと大クマが刻み込まれて
しまっていた。
 それが…縁取られて、アライグマとかパンダの目元のような有様に
なっていて、妙に愛嬌ある感じになってしまっていた。
 しかも目元が軽く充血しているからそれだけなら、怖い感じになっている
だろうが…やはりパンダ模様のインパクトは物凄かった。
 一言で形容すれば相当におかしい顔になっていたのだ。

「って…! 克哉、笑うなっ!」

 本多自身も、自分の顔が一晩過ぎて凄い事になっていたことには
すでに気づいていたが…やはりこうやって顔を合わせた瞬間に
笑われると相当に傷つくものだ。
 しかし克哉の笑いは、まだ留まる気配がなかった。
 そう叫んだ瞬間、自分の机の上に変装セットが置かれているのに
気づいて…ぎょっとなっていく。

(…って、何でこれがここにいるんだ~!)

「ご、御免…。その顔、正直…フイを突かれたものだったから。…笑っちゃ
いけないって判っているんだけど…」

「お、おう…それは良いんだが…何で俺の机の上にこんなんのが置いて
あるんだか…。わざわざこんな物、戻さなくて良いのによ…」

 本多が苦々しげに呟いていくが、目元がパンダみたく縁取られて
いる状態で呟いても笑うを誘うだけであった。
 それで克哉は、必死に笑いを噛み殺す羽目になっていた。
 …それは昨晩、衝撃内容を見せ付けられて一晩中徹夜で葛藤を
し続けた故の副産物だったのだが、克哉はそこまでの事情を知らない。
 ついでに言うと、この変装セットがお互いの机の上に置かれているだけで
雰囲気が妙な事になってしまっていたのも事実だった。

 今朝、本多と顔を合わせたらもっと怖い雰囲気になっているような
予感がして出社する前は身構えていたが…このセットと、本多の変な顔の
おかげで何だか解れてしまっていた。
 恐らく、こちらが吹き出しているのは本多にとっては不本意なものであるに
違いないのは判っているが…それでも、その顔のせいでシリアスな雰囲気とは
程遠い空気になってしまっていた。
 同時に、本多の方もどうすれば良いのか戸惑ってしまていた。
 昨日、見せ付けられた画像が画像だっただけに、御堂とあの後一緒に過ごして
いた克哉はもう少し悲壮な雰囲気を漂わせていると踏んでいたのだ。

(何か…今朝の克哉、少し空気が違わないか…?)

 そう、この一ヶ月引きずり続けていた重いものが、払拭されているような
明るい笑顔を克哉は浮かべていた。
 それで余計に訳が判らなくなった。
 昨晩の画像は確かにショックだった。
 けれど同時に…あれが本当に克哉であったのかと疑う気持ちもまた…彼の
心の中には生じていたのだ。
 克哉を信じるなら、あれは嘘と思った方が良い。
 怒りで荒れ狂う心と裏腹に、そんな考えも…彼の中に芽生えていた。

「…克哉ぁ、いつまで人のツラ見て笑っているんだよ…」

 さっきから友人に、チラチラと顔を伺われては…笑いを噛み殺され続けて
本多の心は微妙に傷つきまくっていく。
 同時に、昨晩のあれは…あの怪しい男に担がれただけではないのかと
言う思いも生まれていった。

(本当にあんな事をされた相手と…再会して、翌日こんな風に笑えるもん
なのかよ…?)

 幸せそうに笑う克哉の姿に、何が本当で…何が嘘か、本多の中で
余計に判らなくなっていく。
 目の前の克哉が、あまりに朗らかに笑うから。
 こちらのくっきりした大クマが浮かんでいる顔を見て…盛大に吹き出し
たりなんてするから。
 ついでに言うと、昨晩勢いで購入した変装セットなんて机の上に置かれて
しまっているから…空気が妙な事になって、シリアスには程遠い感じに
なってしまっていた。
 そんな頃、ようやく出社してきた片桐がオフィスに足を踏み入れていくと…
本多の形相を見て、心底心配そうに駆け寄って来た。

「お、おはよう…ほ、本多君…その顔、どうしたんですかっ…!」

「あ、いや…ちょっと寝れなくて…すみません。仕事はちゃんとやりますから…」

「いけません! そんな凄い顔をしているのに無理なんかしたら本当に倒れて
しまいますよ…! 仮眠室で少しで良いから休んできて下さい。
幸い、今日はそんなに忙しくないですし…代わりに仕事をしておきますから!」

 そういってグイグイと片桐は本多の身体を押して、仮眠室の方へと
押しやろうとしていく。

「って、本気で大丈夫っすから! 片桐さん…落ち着いて下さい!」
 
 と、本多が訴えていくが…片桐は聞く耳持たないようであった。
 そのまま片桐が強引に本多を凄い心配そうな剣幕で押し出して、克哉は
一人…オフィスに取り残されていく。
 あまりに予想外の展開が続いてしまって、呆然としながら…ポツリと
呟いてしまった。

「…何なんだろう…この、展開…」

 しかし皮肉にも、この今朝の何とも締まりが悪い一時が…本多の昨晩
上がりまくった頭の血を下げる結果となり…。
 少なくとも、二人の間に冷静に考える時間を齎してくれたのは疑いようの
ない事実であった―
  ―ベッドに組み敷かれていくと、御堂の手で容赦なく…克哉は
暴かれていった。
 
 本来なら同性相手に裸身を晒す事など他の人間相手なら何てこと
ない筈なのに…どうして、この人が相手だとこんなに恥ずかしいのだろうか?
 シャツを乱暴に剥かれ、下肢の衣類や靴下までもが脱がされていく。
 一足先に自分だけが裸にされる居たたまれなさに、克哉の心臓は
破裂寸前になっていた。

「…そ、んなに…見ないで、下さい…」

「…ダメだ。キチンと…私に、確認…させるんだ…」

「あっ…」

 まるで自分の痕跡を刻んでいくかのように…御堂は、克哉の首筋や
鎖骨の周辺に強めに吸い付いて赤い痕を刻み込んでいく。
 その度に肌に鋭い痛みが走って…克哉の身体が大きく跳ね上がる。
 アイボリーのシーツの上で、克哉の白い肢体が躍動する様は…思わず
目が奪われそうになるくらいに扇情的だった。
 白い肌の上に、御堂が刻んだ赤い華が鮮やかに色づいている。
 御堂はその様子を見て、酷く満足げに微笑んでいった。

「ん、ん…」

 そして深く唇を塞がれて、胸の突起を弄られる。
 硬く張り詰めた其処をこねくり回されたり、軽くつねられていくだけで
甘い痺れが背筋を走り抜けて、先程精を放ったばかりのペニスが…再び
もたげていくのが判った。

「…君のは、随分とまた…元気になっている、みたいだな…」

「…い、わないで…下、さい…」

 言われるまでもなく克哉の性器は、再び硬度を取り戻して…うっすらと
赤い鈴口の割れ目がヒクヒクと震えているのが自分でも判った。
 何故、御堂に触れられると自分はここまで強く感じてしまうのだろうか。
 こんなの…自分の身体じゃない。
 そう疑いたくなるくらい、どこもかしこも敏感になって…触れられる度に
強い快感が走り抜けていった。

「み、どう…さ…ん…」

 だが、克哉が触れられたいのは今、元気になっている其処ではない。
 もっと奥深い場所だった。
 其処は貪欲に御堂を求めて、蠢いているのを自覚する。
 つい…物欲しげな、潤んだ瞳で相手を見つめていくと…その意図を
読んだように、御堂の指先が蕾に宛がわれていった。

「あっ…ぅ…」

 御堂の指先は、潤滑剤のオイルで濡れていた。
 予め用意してあったのだろうか? 
 潤った指先が克哉の内部に容赦なく侵入してくる。
 それで的確に前立腺の部位を探り当てられて、其処を弄られていくと
克哉は嬌声を漏らしていった。

「やっ…御堂さん! 其処…っは…あぁ…!」

 もう、自分の感じる場所は御堂は熟知しているに違いない。
 彼の指先がこちらの内壁を縦横無尽に弄り倒している内に…克哉は
耐え切れないとばかりにその背中に縋り付いていく。
 御堂の方は、まだ…衣類を殆ど脱いでいない。
 これじゃあ、直接触れ合えない。
 衣類でこの人と隔てられているような気がして…少し寂しく思いながら
克哉はそのシャツを握り込んでいった。

「…いや、じゃないだろう。君は…此処が、凄く感じる癖に…」

「んっ…はぁ…」

 自分の内部が、この人を求めてどこまでも浅ましく貪婪に食い締めて
いるのが良く判る。
 次第にこんな刺激では物足りなくなって、克哉は淫蕩な表情を無意識の
内に浮かべていた。
 澄んだアイスブルーの瞳が、御堂を求めて強く煌いていく。
 恐らく克哉本人は、自分のその双眸が…彼を求める男にとっては
何よりも扇情的に映ることなど自覚していないに違いない。

(その眼だ…)

 こうしている時、御堂の心を強く揺さぶり続けたのは。
 ただ従順に…こちらに抱かれているだけの腑抜けの男だったら、
恐らく御堂は克哉に其処まで惹かれることはなかっただろう。
 時折、セックスの際に見せる…強い瞳の輝き。
 それは美しい一対の宝石のようにさえ思えて…何度も、御堂の心を
揺さぶり続けていた。
 
 その眼がもっと見たかった。
 自分に単純に屈服しない男に苛立つ気持ちが半々と。
 心から今、愛しいと思う気持ちをない交ぜになりながら…その瞳を
良く見ようと顔を近づけていく。
 深く口付けながら…内部で指先を蠢かしていくと…克哉が堪えきれ
ないとばかりに、激しく頭を振り続けていた。

「ふぁ…御堂、さん…もう、オレ…っ!」

 欲しくて、堪らなかった。
 早くこの人と繋がりたかった。
 そう瞳で訴えかけながら、涙目で克哉は御堂を見つめていった。
 それに煽られるように、御堂も…我慢の限界を迎えていく。

―この瞬間、二人の気持ちは確かに重なっていた。

 一旦身体を離して、手早く全ての衣類を脱ぎ去っていく。
 今まで…こんな風に二人共、全ての衣類を脱ぎ去ることは一度も
なかった。
 何もかもを脱ぎ捨てて、初めて…裸のままで向き合う。
 靴下も、何もかもを取り払って指を引き抜いていくと…無言のまま
克哉の内部に、己の性器を突き入れていった。

「あっ…あぁぁ…!」

 初めて、顔を向き合いながら…全てを脱ぎ捨てて抱かれた。
 言葉では、好きだとか愛しているとか…そんな甘い睦言は、言っては
くれなかった。
 けど、それで良い。
 今…御堂の瞳は熱く燃えて、こちらを求めてくれているのが良く
判ったから。

 熱い塊が克哉の内部を灼いていく。
 こんなにこの人のモノを熱く感じた事なんて今までなかった。
 それをもっと深く感じたくて、強烈に食い締めていく。
 もっともっと…激しく、この人が欲しかった。
 強く、御堂を感じ取りたかった。

「克哉…」

 初めて、御堂が…こちらの名を呼ぶ。
 たったそれだけの事でも、嬉しい。
 うっすらと…快楽と、喜びの感情が織り交じった涙が目元に
浮かんでいく。
 それを少しだけ優しい指先で拭われながら、激しく身体を
揺さぶられていった。

「んっ…み、どう…さん…」

 本当は、自分の下の名前で呼んでくれたのだからこっちも孝典さんと
返したかったけれど…まだ、躊躇いがあって…いつもと同じ呼び方を
してしまった。
 グチャグチャ、と淫らな接合音が部屋中に響き渡っていく。
 身体の全てで、御堂を感じている実感があった。
 あまりに気持ちよくて、何も考えられなくなる。
 熱に浮かされるように、克哉は…相手に己の思いを告げていった。

「はっ…あぁ…好き、です…御堂、さん…好き…」

 もう、この気持ちを隠したくなかった。
 この人が求めてくれているのは判ったから。
 自分だけがこの思いを抱いている訳ではないって…再会して、数時間
一緒にいただけでも充分に判ったから。
 だから、克哉はしっかりと思いを告げていく。

―その瞬間、御堂が優しく微笑んでくれたような気がした。

 そして、耳元に唇を寄せられて囁かれていく。

「私、もだ…」

 たった、一言。短い単語。
 けど…それだけで克哉は堪らなく幸福だった。
 強く強く、この人の身体に抱きついていく。
 幸せで、今だったらこのまま死んでも構わないと思えるくらいの
喜びと快楽に浸りながら。

―ほぼ、同じタイミングで二人は昇り詰めていったのだった―
  ―御堂と克哉が、ゆっくりとお互いの想いを確認し合っているのと
同じ頃…本多は画面に映るとんでもない光景を食い入るように
見つめていた。

―これは一体、何だ?

 克哉が誰かの下肢の前に跪いて…口で性器を愛している場面がやっと
終わると更にとんでもない場面がTVに映し出されていった。
  どこかのホテルの一室で、克哉が目隠しをされながら…椅子の上に拘束
されて、大股開きをさせられている。
  普段は隠されて決して晒されない奥まった秘所まで丸見えのその体制に
本多は息を呑んでいった。

―これは本当に…克哉なのかよ!

 信じられない思いでいっぱいだった。
 あの克哉に、本当にこんな過去があったなんて信じたくなかった。
 目隠しをされているせいで、目元が隠れている。
 本多は強く、それが克哉に良く似た別人である事を願った。
 だが無常にも、行為は続けられていく。
 ザーザーという音に混じって、克哉の嬌声が流れ込んでくる。
 その声が皮肉にも…それが紛れも無く克哉本人である事を裏付けて
しまっていた。

 ―止めて下さい…っ

 そう声を漏らしていたが、徐々に克哉の性器は硬く張り詰めていく。
 その様は酷く…卑猥だった。
 当然の事ながら、本多は克哉のこんな姿を今まで見た事などなかった。
 本多にとって彼はあくまで同性の友人であり…性的な対象としてみた事など
ただの一度もない筈…だった。
 だが、その艶っぽい姿につい目線が釘付けになっていく。
 
「…こ、んな…」

 相手の男の顔は見えない。誰だがまだ特定は出来なかった。
 それでも…克哉にこんな真似をしている『誰か』に嫉妬している自分がいた。
 上等そうなスーツを纏った男の手が、克哉の肌に氷を押し付けながら…
克哉の唇を強引に塞いでいた。

「…っ!」

 男の姿はシルエットになってぼやけていて…はっきりと見えるのは克哉の
姿のみだ。だが、二人が濃厚なキスをしているのだけは充分に判った。
 胸を満たすのは…強烈な嫉妬。
 克哉がその度に、艶かしい表情を浮かべていく。

―はぁ、はあ…

 憤りと同時に、本多は激しく興奮してしまっていた。
 息が次第に乱れて、忙しいものに変わっていく。
 見ていてムカつくのに…なのに、克哉の痴態から目を離す事が出来ない。
 
「っ…くぅっ…。う……んうっ!!」

 くぐもった声を漏らしながら…克哉がもがいていく。
 その声が酷く扇情的に聞こえた。
 男の手が氷を押し付けつつも、克哉の胸元や腹部の辺りを撫ぜ回していって…
その度にその肉体がビクビクと震えていく。
 ゆっくりと氷を持った手は下降していって、茂みの中へと落とされていく。

 ―克哉の身体が大きく跳ねて、震えている様が…淫らだった。

 この状況から逃れようと克哉が必死に身体をギシギシと動かしていく。
 それがかえって腰を揺らめかしているように見えて、誘い掛けているかの
ように本多には映った。

「か、つや…」

 目が、離せない。
 自分の友人の恐ろしいまでの媚態に。
 そしてペニスが握りこまれて…それから、氷を内部に埋め込まれていった。
 とんでもない光景だ。だがそれによって克哉の身体が妖しく色づいていくようにも
見えてしまった。
 そして暫く、氷を埋め込まれたまま耐えていたが…克哉は、必死に懇願して…
男の口にペニスを含まれて、そのまま達していった。

 そこで場面が暗転する。一瞬だけチカっと瞬いて真っ黒な画面が覗いていくと…
次は更に衝撃的な姿が映し出されていた。

「…これ以上、何があるっていうんだよ…!」

 怒号するように、本多が大声を挙げていく。
 これ以上、克哉のこんな姿を見ていたくないという憤りと…友人の乱れて、感じる様を
もっと見たいという相反した感情が彼の心の中に生じていた。
 そして、次に見た光景に愕然となる。思わず声も出せなくなったぐらいだった。

「…っ!!!」

 今度の克哉はシャツだけは着せられたまま…下半身は完全にむき出しの状態で
四つんばいにされて、両手を拘束させられていた。
 かなり屈辱的な体制だ。
 だが、克哉もそれを感じているらしく…今までとは違って、かなり挑戦的な眼差しを
浮かべて…相手を睨みつけているみたいだった。

(克哉…こんな顔も出来たのか…?)

 今まで本多は、克哉のこんな表情を見た事がない。
 どんな酷い言葉を投げつけられても、舐められているような扱いをされても
自分の知っている佐伯克哉はいつだって曖昧に微笑むだけだった。
 このテレビを通して、今まで知らなかった克哉の別の側面を知っていく。
 それは…腹立たしいと同時に、強く本多の興味を引いていた。
 
 ふいに画面がぼやけていく。
 そして…ここだけ、この二人のやり取りが鮮明に聞き取れてしまった。

―反抗的な目だ。君は、まだ自分の立場がわかっていないようだな

―そんなこと…っ! こうして、いう事を聞いているじゃないですか

―仕事が欲しくて尻尾を振る犬が偉そうな口を利く

―仕事が欲しいだけじゃありません

 その言葉に息を呑んでいく。
 嫌な予感がした。
 本多は、克哉の性格をある程度は熟知している。
 仕事という言葉を気にしながら更にその会話に耳を傾けていくととんでもない
一言が紡がれていった。

―ああ、失敬。君はこうやって嬲られるのが好きなのだったな

―なっ…! 違います! 八課の為じゃなければ、誰がこんな…!

―フッ、ご立派な犠牲精神だ。

「…何だとっ!」

 その言葉を聞いた瞬間、本多は吼えた。
 最初のフェラチオと言い、拘束されて氷を突きつけられて攻め立てられる姿と良い
傍から見て愛情がある行為にはどうしても見えなかった。
 何故、克哉がそんな相手とこんな行為をしていたのか…本多にはどうしても腑に
落ちない部分があった。
 だが、その一言で符号が合致していく。

 異常に一時、克哉の顔色が悪かったのも…今にも倒れそうになっていた時期が
確かにあった
 確かあれは…御堂がムチャクチャな目標数値を設定して、克哉がそれを
懇願しにいった直後くらいからではなかったか?
 確か自分はその前後に、あまりの体調の悪そうな態度が気になって…
克哉を引き止めて体調を伺ったりしていた。
 だが、その時は何でもない…という言葉を聞いて、引き下がっていった。
 しかし…本多はその時、あっさりと引き下がってしまったことを心から後悔して
しまっていた。

―だったら、この姿を君の仲間に見せてやったらどうだ? 涙を流して感謝するだろうよ

 見ていたら、絶対に本多は…御堂を許せなかっただろう。
 仕事が欲しくて、克哉を犠牲にするような真似を彼なら絶対にしなかった。
 それが判っていたから…きっと、克哉は口を噤んで一人、耐え続けていたのだ。

「…こんな、のが…これが、克哉が俺たちに隠し続けていたことだって…言う、のかよ…!
こんなのって、ねえよっ…!」

 本気で嘆きながら、本多は大声で叫んでいった。
 知らなかった。気づいていなかった。
 御堂がここまで、克哉に裏で酷い真似をしていたなんて。
 過去に疑念を抱いていた事の答えを知って、本気で本多は…御堂に殺意すら
抱いていた。
 結果的にプロトファイバーの売り上げはそこそこのレベルまで行って、八課の評価は
社内では格段に上がっていた。
 その現状に正直、自分は満足してしまっていた。
 けれど…その裏で、克哉がこうして…犠牲になって、自分達を守ってくれた事を
知ったことで男の心に強い決意が宿っていく。

 それが、真実を湾曲して受け止めさせてしまった。

 ここに映し出されたのは、確かに佐伯克哉が心の奥で秘め続けていた事。
 だが、彼はまだ気づいていなかった。
 本日の克哉は、こんな酷い扱いをされた相手にも関わらずどうして自分を必死に
撒いて御堂に会いに向かったのか…という事に対しての答えだ。
 フツフツと湧いてくる怒りをどう処理すれば良いのか惑っている本多に対して…
ようやく黒衣の男が語りかけていく。
 
―これは、あくまで…あの人にとって決して口に出すことが出来ない『過去』だけを
映し出しています。
 これは真実を知る上での判断材料の一つであり…全てではありません。
 今の克哉さんがどのような事を望み、振る舞われているのか…それを観察した
上で、ご判断をして下さい…。

 そう、語りかけられたが…強烈なショックのあまりに、本多はその言葉の意味を
正しく理解することは到底叶わなかった。
 彼はこの瞬間、克哉が心から幸せに想って御堂の腕の中に納まっている事実を
知らない。

―か、つや…。

 知らない内に…本多の目から涙が溢れていた。
 気づかなかった、今まで自覚をした事はなかった。
 こんな形で…自分の気持ちに気づかされるなんて…思ってもみなかった。

 胸を焦がす想いの正体は、克哉を好きなように扱った御堂への怒りと嫉妬。
 それを自覚して、彼は次の場面を眺めていく。
 最後の場面は…桜の下で、悲しそうな顔をしている少年の克哉の顔だった。

 今にも泣きそうな顔をしている克哉。

 本多はそれを…抱き締めてやりたいと思って、無意識の内に手を伸ばしていた。
 だがそれは所詮、過去の残像。
 決して、それに本多が触れることは叶わない。

―嗚呼、そうか…俺は、お前が…好き、だったんだ。助けになりたいとか、支えて
やりたいとか…ずっと、心の中じゃ思い続けていたんだ…

 こんな形で、自分の想いを自覚するなんて…皮肉だと思った。
 そして…画面は、何も映し出さない。
 ザーザーと砂嵐のような無機質な画面だけが流れ続けていた。

「…こんなのって、ねえよ…。どうして…俺は、お前が苦しんでいた時に…
もっとキチンと…聞き出さなかったんだよ…!」

 男は、泣きながら床に拳を打ち付けていく。
 痛いぐらいにその行為を繰り返して、男泣きを続けていた。
 その姿を見て、Mr.Rは密かにほくそ笑んでいた。

(それで良いのです…。佐伯様、貴方は己の欲望に忠実にならなかった。その上で
安易に幸運を手に入れられてもそれは…中庸な幸せしか齎さないでしょう。
なら、大嵐に巻き込まれてもそれでも自らの想いを貫ける強さをどうか…私の
前で示して下さい。貴方の思いが本物であるかどうか…このご友人がきっと
はっきりと強く照らし出して下さるでしょうからね…)

 それが、目の前の男が描いた『悪魔のようなシナリオ』の筋書きの
 一つであった事など気づかずに…男は翻弄されていく。

 ―そして、悲劇と喜劇の折り重なった彼らの物語は、新たに開幕していったのだった―

 
 
 


 8月11日から、新しい職場の初出勤でした。
 正直言うとこの一ヶ月間で微妙に夜型の生活に変わってて、
本日から完全に朝型の生活に切り替わったので身体の方がまだ
ついていっておりません(汗)
  仕事中は辛うじて持ったんですが、19時に帰宅して20時から
日付変わる間際まで思いっきり眠りこけておりました。

 …という訳で無理しないで11日分は休む形にして、これから
早朝までに仕上げる一本を12日分にさせて頂きます。

 とりあえず現在の夏コミ発行本の製作状況

 表紙=ほぼ完成
 新刊本文=5~6P前後分
 無料配布  2P前後分

 製本日は今週の金曜日だから、それまでには本文を仕上げないと…。
 という訳で早朝までには一本仕上げます。
 では、皆様また後で…。
 ―交わされた口付けはどこまでも甘美だった。
  今までに何度も御堂と、身体も唇も重ねて来たけれど…今夜ほど、
キスするだけでここまで気持ちよくなれた事はなかった。

「はっ…あっ…んんっ…」

 接吻の合間に、克哉の唇から絶え間なく熱い吐息と…切なげな
喘ぎ声が漏れていく。
 無意識の内に縋る場所を求めるように…御堂の手を強く握り締めていた。
 だが、それは振り解かれることなく…一層深く、指先までも絡めながら…
互いの舌先を情熱的に擦りつけあった。
 
 クチャ…ピチャ…ピチュ…ジュル…

 いやらしい水音が脳裏に響き渡っていく。
 その音にも激しく性感を煽られていきながら…もう一方の腕で御堂の
背中にすがり付いていった。
 御堂の舌は的確に、克哉の口腔内の脆弱な場所を探り当てて…刺激
し続けていく。

 気持ち良いような、ゾクゾクするような奇妙な感覚が深い口付けを施されて
いるだけで強烈に走り抜けていく。
 こんな状態で、御堂に最後まで抱かれたら自分は果たしてどうなって
しまうのだろうか…? 
 想像するだけで怖いものがあった。
 
「やっ…御堂、さん…そこ…」

 御堂もまた、克哉を壁際に追い込んで…自分の腕の中に閉じ込めていく。
 服越しに、相手の体温を感じ取っていく。
 熱くなった肌が、荒い鼓動が…相手の乱れた呼吸が、これだけ近いと嫌でも
感じられる。
 ふと、御堂の瞳を見て…ゾクリ、となった。
 まるで獰猛な獣のような、鋭い眼差し。
 それを見て、体中の肌が粟立つくらいに…克哉は感じてしまっていた。
 
(いつもこの人は…淡々と、オレを抱いているんだと思っていた…)

 こんな瞳を、この人が向けていてくれた事など…今まで知らなかった。
 自分は、ずっとこの熱さを…この瞳の輝きを知らないままで抱かれ続けて
いたのだろうか。

「克哉…」

 ドキン、と名を呼ばれるだけで鼓動が大きく跳ねていく。

「…はい」

「…ベッドへ。其処で君を抱く…良いな」

 そう宣言された瞬間、歓喜が快感へと変わって…背筋全体に走り抜けた。
 この人に、抱かれる。
 かつてのように、深く貫かれて…悦楽を強引なまでに引きずり出されて。
 苦しいぐらいに、御堂に突き上げられて…中を擦られていく。

「…はい。オレも、それを望んでいます…から…」

「良い子だ…」

 そうして、髪を掻き挙げられながらふいに、額にキスを落とされていく。
 突然の事に、克哉はびっくりして声にならない悲鳴を上げてしまった。

「…っ!」

「…どうしたんだ?」

「えっ…いや、何も…」

 惑うような顔を浮かべながらも、御堂からの問いには首を横に振って答えた。
 そのままさりげなく…ベッドの方に誘導され、腰を先に下ろすように促されていく。
 だが御堂は、その隣に座る気配はない。
 その前に静かに立っているだけだ。
 それを怪訝に思っていくと…。

「み、御堂さん…! 何を…!」

 いきなり、御堂が自分の前に跪いてチャックに手を掛け始めていったものだから
驚愕した。というかパニックに陥った。

「…君のを愛してやろうと思っただけだが…いけなかったか?」

「えっ…ええっ…?」

 突然、相手から言われたないように驚愕して慌てふためいていく。
 だが御堂は…相変わらず強気で余裕たっぷりな態度を崩そうとしなかった。

「…今更、バージンみたいな反応をするな? 私とは…これが初めてという
訳ではないだろうに…」

「そ、そうなんですけど…久しぶりですから、凄く…緊張して、しまって…」

 今思えば、御堂と関係を持っていた頃は週末が訪れる度に逢瀬を重ねて
抱かれ続けていたような気がする。
 最初の頃の強烈な苦痛と苦悩が薄れて、いつしか…御堂に抱かれる事が
嫌ではなくなり。
 ふと、十日ほど間が空いた時には強烈な思慕となっていた。
 それから更に一ヶ月が経過して…本日の再会という運びになった訳だが…
そのせいだろうか。
 いや、それまでよりも御堂がどこか優しくて…暖かい感じがするから、
ただ食事をして一緒の時間を過ごしただけでも凄く新鮮に感じられて。
 
―ドキドキがずっと、止まらないままだった。

「…随分と初々しい反応だな。此処には…この一ヶ月、誰にも触れさせて
いないのか…?」

「そんなの…! 最初から、いません…! 貴方しか…貴方以外の男と…こんな、
事…する訳がないじゃないですか…!」

 御堂に、誤解されるのは嫌だった。
 だからはっきりと、その事実を訴えていく。

「…本当に、私以外の男にこんな真似をさせた事はないのか…君は…?」

「…ありま、せん…。男に抱かれたのも、触れられたのも…全て、貴方が
最初…です…」

 そのようなやり取りをしている合間も、ゆっくりとだが御堂の手は動き続けて
チャックの隙間からみっしりと硬く張り詰めている克哉の性器を丁寧に取り出し
始めていく。
 御堂の掌の中で、自分の欲望が脈打っている光景はひどく卑猥だった。

「…まだキスぐらいしかしていない割には…君の此処は随分と元気みたいだな…?
 もうこんなに硬く張り詰めて…いやらしい汁を溢れさせ始めているぞ…?」

「やっ…言わないで、下さい…」

 いやいや、と懇願するように御堂に訴えていくが、その声が聞き遂げられる
事はなかった。
 御堂の優美な指先が…悪戯するように、克哉の竿や…袋を撫ぜたり、
揉みしだき始めていく。
 カチンカチンに張り詰めているモノに、そんなにじれったい愛撫を施されて
いくのは一種の拷問に近いものがあった。
 克哉の息は一層忙しく乱れ、早くも…もっと強い刺激を求めて、身体の奥が
燻り始めていった。

「やっ…御堂さん、焦らさないで…下さい…! 早く…オレは、貴方が…
欲しくて、堪らない…のにっ!」

 涙目で相手に訴えていくが、ゆったりした動作は変わることがない。
 それに対して、困惑した表情を浮かべていくと…いきなり、蜜がトロトロと
滴っているペニスの先端を唇で包み込まれた。

「あぁっ…!」

 ふいに舌先で的確に、鈴口の部分を抉られて克哉の喉から鋭い悲鳴が
零れ始めていく。
 だが御堂は容赦するつもりは一切なかった。

 ジュル…グチャ、ヌチャ…チュル…!

 自分の性器を含んでいる箇所から、あまりに淫らな水音が奏でられていって
余計に克哉は羞恥で死にそうになった。
 御堂の口の中に、己のあからさまな欲望が含まれている。
 しかも相手の目が熱心にこちらの性器を凝視しているのを間近で
見せ付けられて…本気で憤死しそうになった。
 以前にこういう事をされた時は意地悪されていたし、ただ快楽を一方的に
与えられて追い詰められた果てでの口淫だった。
 だから…ここまでの居たたまれなさを感じる事はなかったが、今夜は本気で
恥ずかしすぎる。

「だ、ダメ…御堂さん、ダメ…です…! そんな、事…されたら…オレ、は
もう…!」

 必死になって口を離すように懇願していくが、その願いが聞き遂げられる
気配は一切ない。

「…イケば、良い。ここで…君が達する様を…見させてもらおう…」

「そ、そんなっ…! あっ…ああっ…!」

 もうそれからは、克哉が言葉を挟む余裕すら与えられなかった。
 まるでこちらの弱い場所を知り尽くしているかのように…御堂は的確に
克哉の性器を刺激し続けていった。
 御堂の舌が、指先がこちらの性感を弄る度に走り抜ける強烈な快楽の
奔流は…抗っても、抗っても強烈に押し寄せて…克哉の理性など完全に
コナゴナに打ち砕いていく。

 部屋中に御堂に口で愛されている音が響き渡る。
 まるで聴覚でも犯されているみたいだった。
 そうしている間に…頭が真っ白になって、頂点が見えてくる。
 御堂の髪にそっと指先を絡めて…縋るようにギュっと握り締めていく。

「ひゃっ…はぁ…! み、どう…さ、んっ…! み、ど、う…さっ…あぁぁ!!」

 そして、ふいに訪れる強烈な衝撃に克哉は陥落する羽目となった。
 全身の筋肉が強張るような感覚を覚えながら…克哉はついに、御堂の
口腔に勢い良くこちらの精を放っていった。

「…悪くない味だったぞ。克哉…」

 ペロリ、と自らの口元を舐め上げながら…御堂が呟いていく。
 その表情一つをとっても、妙に扇情的で色気があって。
 克哉は本気で穴があったら入りたいような…そんな心境に陥りながら
ジっと相手の顔を見つめていった。

「…御堂さんは、本当に…意地悪、です…」

「…嗚呼、君はそれを良く知っている筈だろう…」

「そうです…けれど…」

 そうして、相手の頬にそっと手を添えながら…優しく撫ぜていく。
 相変わらず、こちらの事を…愛しているとも好きとも、言ってくれない
冷たい男。
 けれど…瞳の奥だけは、以前と明らかに違って暖かい色を宿していた。
 だから自分はほだされてしまったのだろうか…?

「それでも、オレは…貴方を好きなんです…」

 半分、泣きそうになりながら…想いを伝えていく。
 その瞬間、克哉の身体はやや乱暴な感じで…ベッドの上へと
横たえられていったのだった―


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香坂
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女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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