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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 本日はバレンタインです。
 そして現在連載中のが眼鏡×太一と、眼鏡×片桐なんで
正直に言います。

 克克に飢えた!!!!

 あたいはやっぱり、他のカップリングを書きたいって欲求あっても
克克を定期的に書かないといられない子なんだよ!
 という訳でバレンタインにちなんだ克克ネタをひょこっと。
 今回は連載、というより突発的な2~3話程度に纏めたテーマ性が
うっすい、緩い感じのお話です。
 あくまでシーズン物なので、フレッシュな感じだけを楽しんで
下さいませ~(ペコリ)
 
 ちなみに元ネタは兄貴が「ゴディバに最近行ったんだけどこの時期は
男はチョコレート専門店に入りづらくて、結局中に入れなかった」という
一言から生まれました。
 それと私の妄想が絡んだ内容です。了承の上でお読み下され~!

 ※この話はCDドラマ 眼鏡非装着版の「特別な日」を経た設定で
書いているので予めご了承下さい~。

『チョコレート・キッス』

 本日はセントバレンタイン。
 その始まりとなった一件を皆様は果たしてご存知ですか?
 嗚呼、その様子では知らないようですね。
 それならば僭越ながら、私からお話して差し上げましょう…。
 昔々、ある国でこれから戦争に向かう者は未亡人を作らない為に
結婚するなというお触れが出されたことが始まりでした。
 戦争は激しさを増し、若い命が沢山失われてしまっていたから
でしょうね。それによって未亡人や子供への保証だの、そんなものを
考えたくない…人の気持ちや想いなどまったく考えない統治者が
出した、身勝手な命令でもありました。

 だが、ある若者がどうしても愛している女性と挙式をしてから戦場に
向かいたいと願い…ある司教がその情熱に打たれて、国の通達を
破って結婚式を挙げたことが由来となったのです。
 その司教―バレンタイン氏はその事によって処刑されて残念ながら
命を落とされてしまいましたが…多くの人間がその勇気ある行動を称えて、
その司教を称える意味でバレンタインデーは生まれたと言われています。

 この日は女性から男性にチョコレートを贈る日ではなく、想う人間に
気持ちを伝える日だというのをご存知ですか?
 外国では恋人同士がお互いにプレゼントを贈る日として定着
しているんですよ。何とも幸せそうな様子が想像出来ますね。
 しかしその風習は…起源となったバレンタイン司教が亡くなった後に
後世の人間が勝手に作り出したものでもあります。
 
―命を賭しても、本気で愛し合っている二人に祝福を与えた

 その行為の尊さが…今でもその名を残して語り継がれている
最大の理由かも知れませんがね。
 嗚呼、でも…人というのは長い年月が過ぎればそのように崇高な想いで
殉死した人の意思や存在を忘れて、ただチョコが貰える、貰えないと
騒ぐだけになっているような気がします。
 まあ、私はそんな人間の愚かしさが愛おしく思えますけどね…。

 さて、ここに…チョコレートを抱えて頭を悩ませている一人の男性がいます。
 …なら、ほんの気まぐれに私からちょっとしたサプライズを用意させて
頂くとしましょうか…。

―私なら、その方が望むものを与えて差し上げるのはたやすい事
なのですから…

                       *

 その夜、自分の住んでいるマンションに戻ると同時に佐伯克哉は真剣に
頭を抱えることになった。

(オ、オレってば…一体何を考えているんだろう…)

 自室に戻り、机の上に綺麗にラッピングされた箱を眺めていきながら
つくづくとツッコミたくなる。
 ついに当日の…しかも夜遅くを迎えてしまっていたのに、結局どうしようも
なかった事に本気で溜息を突きたくなる。
 
(幾ら先月の時点だったとはいえ…何でオレ、チョコレートなんて
この時期に購入してしまったんだろう…はあ…)

 一月の終わりからずっと克哉のベッドの傍にある透明な机の上に置かれ
続けていた箱を眺める度に、つくづく自分はバカな真似をしてしまった
ものだと自己嫌悪に陥っていく。
 
(誕生日に一応…オレの処に来てくれたお礼のつもりだったけど…
冷静に考えてみたら、あいつへの連絡手段とか一切オレは持って
いない訳だし…。嗚呼、このままじゃバレンタインが終わってしまうよな…)

 先月末、あの除夜の夜から一ヶ月が過ぎようとした頃。
 克哉は街の至る処でバレンタインのキャンペーンや特集をやって
いるのを見かけて、つい…もう一人の自分用にチョコレートを購入を
してしまったのだ。
 動機としては至極単純に、大晦日の夜に何だかんだ言いつつも
自分を祝いに来てくれた彼にお礼をしたいだけだったのだが…買った後に
一切彼に対しての連絡手段を何も持っていないことに気づいて
結局この二週間を悶々と過ごすことになってしまったのだ。

「はあ…このチョコレート。本当にどうしよう…。オレ、甘いものとか
そんなに好きじゃ…あああ、良く考えたらあいつもオレと同じ好みかも。
なら、贈っても迷惑がられるだけだったかも…」

 自分の心情を口に出せば出すだけ、次第に何でそんな基本的な
ことにさえ気づかなかったのか余計にヘコんで来ていた。
 ブランデーやウイスキーなどの辛口や、アルコール度数の高い酒を
自分が好むように…どれだけ性格が違って見えても、自分達はあくまで
同一人物な訳だから…好みだけ見れば、相手にチョコレートを贈った
処で喜んで貰える訳がない。
 そんな当然の事に気づかなかった自分のマヌケさ具合に本気で
克哉は項垂れていった。

(…本当、何か空回りばっかしている気がする…。男なのに、バレンタイン
チョコをあいつに買おうなんてつい考えてしまったり…。一体オレ、何を
やっているんだろ…バカみたいだ…)

 そうして、克哉は再び机の上へと視線を向けていく。
 会いたい、と思ったから購入した。
 そうすれば渡す時ぐらいまた会えると思ったから。
 最後に会ってから一ヶ月以上が経過しているからこそ…次第に克哉の
中の寂しさもピークを迎えて、そんな馬鹿なことを考えてしまったのだろう。
 
「会いたい…」

 自嘲するついでに、その行動の奥に隠された自分の本心に気づいて…
克哉はつい、呟いてしまっていた。

―なら、会わせて差し上げましょうか…?

「っ…!」

 いきなり鮮明にMr.Rの声が響き渡って、克哉は言葉を失いかける。
 周囲を慌てて見渡していくが…やはり誰もいる気配がない。
 何故、それなのにこんなにも鮮明にあの謎の男性の声が頭の
中に響いたのか判らなくて…克哉が首をかしげていると。

―貴方が望むなら、私からのささやかな贈り物として…あの方に
会わせて差し上げても構いませんよ…?

 それはまさに、克哉が望んでいる内容をピタリと言い当てていた。
 だが、とっさに頷くことが出来ずにその場に固まっている。
 まるでこちらをずっと影から監視でもしていたのかというぐらいに…
タイミング良く声が聞こえて、こちらの望みを叶えようとするものだから
嬉しさよりも先に警戒心の方が強く現れてしまう。
 だから克哉が無言のままでいると…。

―ふふ、素直に答えられませんか。ですが…私は貴方の望みを良く
知っています。だから…叶えてあげますよ。この二週間、貴方が望み
続けていた方を…ここにね…!

「わぁっ…!」

 相手の声が大音量で頭の中で響き渡ったものだから克哉が
驚いて声を挙げていくと同時に、いきなり勢い良く玄関の方から
扉が開く音が聞こえて、克哉は大声を挙げていったのだった―
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以前に書いた残雪を、改めて構成し直して再アップ
したお話。太一×克哉の悲恋です。
 1話と2話は以前にアップしたものの焼き直しですが…
3話目以降からは一からの書き直しになります。
(それでも流れ上使えると思った部分は再構成した上で
使用することもあります。了承下さい)
 書き掛けで止まっている話の方は(不定期連載)の方に
あります。

 残雪(改) 
    

 太一は夢を見ていた。
 そして傍観者である男の意識もまた、今は太一の方の意識と
同調し、ゆっくりと意識の深遠へと共に堕ちていき…同じ幻想と
感情を共有していく。
 現実が彼にとって目を背けたいぐらいに辛いものであればあるだけ、
かつての佐伯克哉との思い出がキラキラと結晶のように輝き続ける。
 一緒にいた時間がどれだけかけがえのないものだったのか。
 他愛無い日常の一幕を自分がどれだけ愛おしいと思っていたのか…
あの人を失ってしまったからこそ、嫌という程思い知らされる。

―克哉さん。せめて…夢の中だけでも良いから、俺は会いたいよ…

 何故、自分を感情もなく抱く男と一緒に暮らしているのか。
 それは…太一が、奇跡を信じているからだ。
 あの男に、「すでにあの弱い方の佐伯克哉はもういない」と言われた日から
太一はそれでも祈り続けた。
 せめてもう一度だけでも良い。

―あの人に会いたい、話したい。そして少しでも触れたい…!

 そう希望を捨てない事が…彼の正気を辛うじて留めていた。
 傍にいた時は克哉はとても綺麗で。
 堅気の世界にいた人を…巻き込むのが怖いという想いが
先立って、なかなか気持ちを伝える事が出来ないでいた。
 あの人に抱いていた感情が恋であったと気づいたのは…
皮肉にも、二度と会えないと宣言されてからの事だった。
 
―克哉さん、克哉さん…もう一度で良いから、会いたいよ…!
貴方の笑顔が、見たいよ…!

 そう願うからこそ、太一は必死に自分の中から…克哉と
過ごしていた三ヶ月間の思い出を必死になって意識の底から
掘り起こしていく。
 佐伯克哉に会えないと突き付けられようとも…自分の中の
思い出までは記憶喪失にでもならない限りは消える訳ではない。
 だから何度も何度も、太一は反芻していく。
 克哉を決して忘れない為に。
 
―この想いを決して見失わない為に…!

(お前なんかに、決して屈してなんかやらない…! お前みたいな奴を
押しのけて、必ず…克哉さんは戻って来てくれる…! だから、
負ける…もの、か…)

 心の中で強く思いながら、太一は克哉の夢へと意識を向けていく。
 それはかつて当たり前のようにあった日常。
 再びそれを取り戻す日を強く望んでいきながら…太一は、ゆっくりと
克哉との思い出へと浸り始めていったのだった―

                      *
―過ぎ去ってしまえば、他愛無い思い出の一つ一つさえ、とても
大切なものであったことに気づいた。

 あの人がまだ自分の傍にいて微笑んでくれた時、こんなにも早く
会えなくなる日が来るなんてまったく考えていなかったから。
 過去を振り返り、太一はつくづく思う。
 その時間がどれだけ掛け替えのないものであったかを思い知った
今の自分が…過去に戻れたなら。

―きっと、もっと克哉に気持ちを沢山伝えていただろう

 伝えきれない言葉が結晶となり…己の中に積み重なっていく。
 それは雪のように純粋で、冷たい透明な想い。
 
―ねえ、克哉さん。俺は本当に貴方が…好きだったんだ。恋だって
自覚する前から…貴方と、知り合った時から…ずっと…

 何度も、心の中で問いかける。
 けれどもう想いは伝わらない。
 克哉の存在は、今となっては太一の心の中にしか存在しない。
 それでも、何回も何回も問いかける。
 第三者から見たら、きっと過去に囚われてウジウジしているようにしか
見えないのかも知れない。
 けれど引きずるという事は…それだけ、その存在が自分の中に食い込んで
重要な存在だった証だ。
 大切でも何でもない相手の為に、人は傷ついたりはしないのだ。
 だからどれだけ痛みが伴っても、太一は…克哉に纏わる思い出の一つ一つを
丁寧に心の中に浮かべていく。

―己の心に潜む、透明でキラキラした想いを…見出す為に

 太一の脳裏に浮かんだのは、克哉に対しての欲望を自覚した日と…
あの事件の間に起こった、他愛無い日常の一コマだった。
 プロトファイバーの営業の件に関して、目標値に達するか達しないかの
瀬戸際に立たされていた頃。
 克哉は、息抜きの為に仕事が終わった後…喫茶店ロイドの方に足を
向けてくれた日のことだった。
 太一もまた、その日は三時には大体のカリキュラムをこなしていたので
夕方の早い時間帯に店の方に入っていた。

 17時になった直後ぐらいの時間帯は、あまり客がいない事が多かった。
 この店のマスターである太一の実父は、これぐらいの頃にフラリと外に
出てしまうことが多かったからだ。
 18時頃の、客が足を向け始めるまでにはほぼ戻ってくるのだが…常連の
方も店主がいない事が判っているのか、太一だけしかいない事が多い
時間帯には、あまり来なかった。
 そのおかげで暇を持て余し、仕方なくスプーンやフォークの類を
ピカピカに磨く作業をする事で時間を潰していた。
 単調な仕事ながら、くすんでしまった銀製の食器を磨くのは…一度始めると
綺麗に輝き始めるので意外に楽しいものだ。
 そうして暫く夢中になっていると…軽く軋み音を立てて、喫茶店の扉が開かれていった。
 その向こうからは、会いたいな~と念を送り続けていた存在が少し申し訳なさそうな
表情をしながら、立っていた。

「…こんにちは。太一、今日はいるかな…?」
 
 どこか浮かない顔をして、克哉が扉の向こうからそっと声を掛けてきた。

「克哉さん!」

 相手の表情に少し翳りがあるのは少し気に掛かったけれど、克哉の顔を見れて
太一は嬉しそうに微笑んでいった。
 そうしてさながら、大好きな飼い主と遭遇出来たワンコさながらに克哉の方に
駆け寄って、ニコニコと笑ってみせる。

「さぁさぁ、早く中に入ってよ! 今の時間帯って客が本当に来ないからさ、
俺…暇を持て余してしょうがなかったんだよね~! だから克哉さんが来てくれて
すっごい嬉しい! 貴方と話していると本当に楽しくて仕方ないからね!」

「た、太一…大げさだよ。オレなんかと話したって、そこまで楽しくはないと
思うんだけどね…」

「ううん、俺はすっごく楽しい。克哉さんは俺がどんな話題を振っても知っている
範囲で丁寧に応えてくれるし、耳を傾けてくれるから。俺…克哉さんのそういう
所、すっごく好きだよ」

「…っ! ありがとう…」

 太一の大歓迎モードに、克哉は逆に腰が引けてしまっているようだった。
 だが一切構わず、克哉の手を引いて強引にカウンター席に座らせていく。
 今の言葉に照れてしまったのか、克哉は軽く頬を赤く染めていた。
 それをこちらに見られたくなくて、顔を俯かせている仕草は本当に…自分よりも
4歳も年上の人なのに、可愛すぎると思ってしまった。

(あぁ…今日も、克哉さんってば本当に可愛いよなぁ…)

 ポワーンとなりながら、手早くテーブルを拭いて…冷たい水をそっと差し出していく。

「克哉さん、今日の注文は…? また、いつもの奴で良い」

「うん、それで…。確か、卵のサンドイッチだけだったらマスターがいなくても太一が
作れるようになったって言っていたから、その腕前を確かめる意味でもお願いするね」

「うわ! 克哉さん酷い! 前回に来た時に…その腕前をちゃんと披露して、キチンと
実証したじゃんか! 俺の言葉と実力を疑うつもり?」

「はは、疑っていないよ。信用しているって。そうじゃなければマスターがいないって
判っている時間帯にわざわざ来たりしないし。午後五時から六時の間に来れば
太一の特製のサンドイッチが食べられるんだろ? だからわざわざ時間調整して
直帰にして…そのまま此処に来たんだしね…」

 今の克哉の一言に、太一はジ~ンと幸せな気持ちを覚えていった。
 自分が以前に伝えたことを、きちんと克哉が記憶してくれていたことが判って
半端じゃなく嬉しくなる。
 この頃の太一はすでに、克哉への想いを自覚し始めていた。
 だからこんな日常の他愛無いやり取りや、一言から…とても幸せな気持ちに
なっていたのだ。

「…マジ? うん! それなら…腕に寄りを掛けて、とびっきり美味しいサンドイッチを
克哉さんに食べさせてあげるよ! だから少し待っていて!」

 そういって瞳を輝かせながら、太一は克哉の為に精一杯美味しいものを
作ろうと気合を入れていった。
 エッグサンドの下ごしらえをしている時間すら、今思えば嬉しくて仕方なくて…
幸せな一時だった。
 そうして太一が意気揚々と、仕上げたばかりの自信作を克哉の前に出していくと
翳っていた克哉の顔が、嬉しそうに輝いた。

「はい! 克哉さん…俺の自信作出来たよ! 早速食べてみてよ!」

「ん、ありがとう太一。それじゃあ早速食べさせてもらうね」

 そういって会話をしている間は、克哉は柔らかい笑みを浮かべている。
 だがこっちが熱中して作業をして口を閉ざしている間、やはり克哉の方の
表情はどこかぎこちなくて硬いものだった。
 そこから…太一は、克哉の気持ちが今日は重いものになっていることを
読み取っていった。

(克哉さん、きっと今日…何かあったんだろうな。何か表情が浮かないみたいだし…
俺と話していない時は表情も硬い。…前にも、今やっている営業は結構大変
みたいな事を言っていたしな…)

 克哉はあまり、自分の事を語らない。
 そして愚痴めいたこともあまり言おうとしない。
 けれど…最近は親しくなってきたので、断片的にだが会社でのことも少し
話してくれるようにはなっていた。
 太一が知っている範囲で判ることは、克哉が今…営業を担当しているプロトファイバーは、
御堂とか言う上役のおかげで、結構大変な想いをしているらしいというぐらいだ。
 そんな克哉を励ましたい、笑わせて少しでも気持ちを軽くしてあげたかった。  

―克哉の為に何かをしたい、と純粋に太一は思った

「ねえ、克哉さん…良かったらサンライズオレンジでも飲む? 今たまたま…在庫に
あるんだ~。この間、特売で安かったから勢いでつい買っちゃったんだけど…」

ぶはっ!

 サンドイッチを摘む前、軽く喉を潤そうとグラスに口をつけて、冷たい水を喉に
流し込んでいた最中の克哉が盛大に吹いていく。
 「サンライズオレンジ」は克哉が取引しているMGNの、現在メインとなっている
「プロトファイバー」の前に大々的に売り出していた商品だ。
 美容と健康を歌っていたが、身体にどれだけ良い成分を配合しても味があまりに
微妙すぎた為に…一般層には受け入れられず、大量の在庫を抱える羽目になった
いわくつきの商品である。
 克哉からしたらこの状況でその単語が出たのは、予想外も良い所だった。
 意表を突かれる形になった為に、盛大に水を吹いてむせる羽目に陥った。

「うわっ! 克哉さん大丈夫!」

「うっ…ケホ、ケホ…だ、大丈夫…ちょっとあまりに懐かしすぎる単語を耳に
して驚いただけだから…。けど、遠慮しておく。あれは一応…うちの部署も
営業扱っていた商品だけど、味は本当に微妙というかマズイっていうのは
よ~く判っているから…」

「ゴメン、克哉さんを和ませようと思って軽口を叩いていたんだけど…苦しい
思いをさせちゃったね…」

「いや、良いよ。オレ…正直言うとちょっと本当にこのままで目標値を達成出来るか
凄く不安になっちゃってさ…。だから、つい此処に足を向けてしまっていたから。
太一の傍にいると、安心出来るっていうか…自信が少し持てるようになるから。
だから気にしなくて良いよ。太一が気遣ってくれているだけで…オレは充分、
気持ちが暖かくなっているからさ…」

「えっ…」

 真正面から、予想外のことを言われて…太一の頬が一気に赤く染まっていく。
 何というか、あまりに嬉しいことを言われて顔が火照り始めていった。

(うわうわっ! 克哉さんってばもしかして無自覚…? 今の言葉、すっげ~俺…
嬉しかったんだけど…!)

 太一がつい、無言で口元を覆って顔を赤くすると…どうやら克哉の方も自分が
恥ずかしいことを言ってしまった自覚が出たらしい。
 二人して…何か居たたまれない気持ちになって、お互いからソッポを向いてしまう。
 何というか、微妙な空気が流れていく。
 甘酸っぱいような、恥ずかしいような…そんな雰囲気だった。

(な、何か話した方が良いよな…この流れを変えないと。俺の部屋とかでこういう
空気になるなら大歓迎だけど…もうじき親父が帰ってくる頃だし、他の客もこれから
押し寄せてくる時間帯だしな~)

 心底残念に思いながらも、太一はどうにか…この流れを変える為の口実を
どうにか探していった。
 本音言うと、克哉を引き寄せて抱きしめたりキスしたりしたい衝動に駆られていた。
 だが…いつ、第三者が踏み込んでくるか判らない状況で、実行に移すわけには
いかなかった。
 万が一それで常連客が来店して来て、ただでさえ少ない客が離れていくような
事態になったらそれこそ自分が父に殴られかねない。
 辛うじてそう理性を働かせていきながら、その衝動を堪えていった。
 だからポケットをゴソゴソと探していくと…先日、気まぐれに購入した品の包みが
指に当たって…太一は反射的にそれを克哉に向かって差し出していった。

「か、克哉さんこれ…良かったら貰って! 大したものじゃないけど…!」

「えぇ?」

 唐突な展開に、克哉もまた…素っ頓狂な声を漏らしていた。
 どうやら頭と場面の切り替えが上手く行っていないようだった。
 それでも太一は現在の流れを変える為に半ば強引に、紙製の包装をされていた
その品を押し付けていく。

「それ、パワーストーンだから。俺の今の髪の色に近いからつい気になって買っちゃった。
確かサンストーンって言って…人の眠っている才能を目覚めさせたり…生命力や
活力を与えてくれる力があるんだってさ。俺もそんなに詳しくはないけど…今の克哉さん
落ち込んでいるみたいだしさ。俺は元気一杯だし、きっと力になると思う。
…お守り代わりと思って、受け取ってよ。それで少しでも克哉さんを励ましたり
力づけられるなら…俺、すっげ~嬉しいからさ…」

「えっ…でも、これ…太一が買ったものなんだろ? 貰って…良いのかな…?」

「うん、克哉さんに持ってて欲しい。俺の髪の色に近い石って言ったでしょ? だから
俺が傍にいて貴方を見守っているんだって…そう思って大切にしてくれたら…俺も
すっごく嬉しいからさ…」

「あ、うん…! ありがとう太一…嬉しい…」

 この日の克哉は、本当に落ち込んでいた。
 だからこそ…この太一の気遣いを、本当に心から感謝していた。
 嬉し涙をうっすらと浮かべて、微笑んでいる克哉の表情はとても可愛くて…自分よりも年上で
身長も高い人だっていうのに、男の保護欲を酷く掻き立てられた。
 太一が渡した、サンストーンは…古来より、「太陽」を意味する名称をつけられてきた石だ。
 オレンジ色にキラキラ輝く姿は、太陽を連想させるからだろう。

「本当…この石、とても綺麗だね。太一の髪の色と良く似ているし…。
うん、太一が傍にいてくれていると思えば、すっごく心強いよ…」

「か、克哉さん…そんな風に真っ直ぐ見つめられながら言われると…その、
俺、すっげー照れるんだけど…!」

 あまりに克哉が可愛らしい顔を浮かべていきながら、感謝の言葉を口に
していくのが柄にもなく太一は照れて、頬を赤く染めていた。
 ふと見せた年相応の表情に、克哉は優しく瞳を細めて笑っていく。
 その顔がまた青年には魅力的に映ってしまって…心臓がバクバク
言い始めているのが判った。

―今思えば、この日に…二人は密かに両想いになっていたのかも知れない

 まだ告白をしていなかった。
 それぞれの気持ちを口にしなかったし、出来なかった。
 太一はすでに己の気持ちを自覚していたけれど…同性同士である、という壁がどうしても
高く感じられてしまって、率直に特別な存在として克哉を「好き」だとは言えなかった。

(あぁ…本当に、克哉さんは可愛いなぁ…。本当に、俺…この人の事が好きなんだな…)

 その事をしみじみと実感した瞬間、店の入り口の扉が開いて…マスターが帰って来た。
 瞬間、さっきまで流れていた甘い空気は霧散していく。
 二人は平静時の表情を浮かべて、変に気取られないように…普通の態度へと
戻っていった。
 だが克哉は、自分のポケットに今貰ったばかりのパワーストーンを収めていくと…
時折、それを確認するように愛おしげに握り締める仕草を繰り返していったのだった―

 この予定調和を崩す、この日の克哉の来訪。
 そして太一が贈ったサンストーン。
 その二つの要素が、本来彼らが辿るべきだった道筋から、皮肉にも新たな道筋を
生み出す原因になってしまっていた。
 この日の二人は、幸せだった。

 けれど不幸にも…大きな事件が起こる前に、克哉が太一への自らの想いを自覚したことが、
彼らにとって、最大の不幸へと結びついてしまった。
 どれだけ想いあっていても、ほんの僅かな歯車の狂いや…すれ違いで、人は思いも寄らない
運命を引き寄せてしまうことがある。
 この日は、いわば…振り返ってみれば最大のトリガーだったのだ。

―そして、この日より二週間後。

 太一は、もう一人の克哉に屈辱的な目に遭わされ…永遠に克哉を喪ったのだった―





 

 ある方に熱烈に薦められたので数日前にツイッターを
登録してみました。
 しかし、チキンっぷりを発揮しているのと何かイマイチ使い方とか
ルールとかを把握しきれていないのでだ~れもフォローしてないし、
誰からもフォローされていない状況続いています。

 しょうがないやんか。オイラは本来はチキンだよ!!

 えっ? その割には普段の態度がでかかったり偉そうだって?
 …ん~だって、そんなチキンだったり人見知り全開な本性を
晒したら誰とも付き合えないからねぇ。
 このまま続けるか、一人でとりあえず誰かフォローしてくれるような
ものを呟けるようになるまで精進するかちょっと考え中。

 ただ、丁度…今、俺屍熱が再燃焼している訳ですが、その時期に
合わせて俺屍2の企画等が動いているのはすっげー嬉しかった。
 十年前のゲームですが、今遊んでも楽しいし。
 2の開発が頓挫したと聞かされてかなりがっくり来ていたんですが
製作者の桝田さんが最近、ツイッターを開始したことによって
三日間で3000人ものフォローする人間が出たことで、大きな
動きになっているらしい。

 俺屍を作った桝田省治氏はここ数年…ゲームを作る人ではなく
ボツゲームのシナリオを焼き直して小説に書き直して刊行していた訳ですが。
 ハルカも、鬼斬り夜烏子もファンとして買っていたし読んでいるんですが…
香坂は育つ過程で結構、この人が監修したり…製作に関わっていた
ゲームをプレイして育って来たので俺屍2の開発が本決定してこの人が
ゲーム製作者に戻ってくれるのは凄く嬉しかったりします。

 3000人を動かすことが出来る氏の影響力は本当に凄いと思うし
 wikiに書いてあったこの人が関わったゲームで、実際に香坂の家に
あったものを書き連ねていくと…。

桃太郎伝説&電鉄&活劇、メタルマックス、ガリバーボーイ
天外魔境Ⅱ、忍者らホイ!空想科学世界ガリバーボーイ、
リンダキューブ、ネクストキング、俺の屍を越えてゆけ、暴れん坊プリンセス…
はうちにあります。流石に全部は持っていないけど大部分は家にあったし、
それらに触れて育ってきているので。

 香坂は物陰からこっそりと見守って応援致します。
 俺屍2、企画が通ってくれ~!
 今、1をプレイして本当に良いゲームであると再認識をしたからこそ
真剣に祈ります。むむ~ん!

 ※この話は以前に掲載して、一年ぐらい更新が止まり
続けていた『残雪』を一から構成し直して開始したものです。
 以前の話が時間軸が曖昧で判りづらい部分がありましたので
少々加筆をして、再掲載をしています。
 前回が太一の回想、という形で進めていたのに対して
新しい話はMr.Rがある人物に、夢という形で佐伯克哉と
太一のそれぞれの視点と思惑を垣間見せていくという形に
修正させて頂きました。
 太克悲恋、そして眼鏡×太一要素も含まれている話です。
 それでも構わないという方のみお読みになって下さい。

―おやおや、今の光景が…太一さんに大きな影響を与えていたことを
貴方は自覚していなかったんですか。そうですよ…その一件が
発端となって、太一さんは五十嵐組の跡継ぎになる事に猛烈な
拒否反応を示すようになったんですよ…

 一時、最初の夢が途切れてうっすらと瞳を開いていくと…
目の前には黒衣の男の愉快そうな笑みが浮かんでいた。
 今の夢は、彼にとっては不快でしかない事…苦いものである事など
こちらの表情を見れば明白なことだった。
 それなのにそれを見事にスルーして、愉しそうに言葉を掛けてくる
相手に本気の苛立ちを覚え始めていった。
 だが、文句を言いたくても…頭の中に酷く濃い霧が掛かった
ようになっていて、満足に物も言えない有様だった。

(ち、くしょう…言葉が、出ない…)

 彼が必死になって言葉を吐こうとしても、声は伴ってくれずパクパクと
金魚のように唇を上下させるだけしか出来なかった。

―さて、次はどこからお見せしましょうかね…。はて、どうしましょうか…?
佐伯克哉さんと太一さんの物語は、とても黒い憎悪と…キラキラと輝く
白い雪のような感情で彩られている。
 どちらも妙味があって私には楽しめますが…太一さんにとって辛い
出来事もありますから、貴方にとってはどうでしょうかね…?
 けれど黒い部分も見なくては、決して太一さんを理解することなど
不可能ですしね…。ああ、それならば…最初に汚い部分を
お見せすることに致しましょうかね…。
 どうせ見るなら、綺麗なものから汚いものを見るよりも…
最初に辛いものを見て、その後に…美しくてキラキラしたものを
見た方が真理的にも楽でしょう。
 そういう訳で、まずは…ドロドロした部分から貴方にお見せすると
致しましょう。…そんなに心配しなくて平気ですよ。
 今の立ち直った太一さんを貴方は知っているのでしょう…?
 それなら、耐えられますよ…。では再び夢を紡ぎましょう…

『佐伯克哉さんと五十嵐太一さんのお二人の…愛憎劇の一幕を…』

 そうして、高らかに男は宣言していきながら…彼の意識は再び
闇へと落ちていったのだった。
 まるで、深海へとゆっくりと堕ちていくかのように…。

 そして彼は…ある日の太一の記憶へと、同調していったのだった―

                         *

『あっ…あっ…はあ、うっ…!』

 あまり広くないアパートの一室に、青年の声が苦しげに響いていった。
 望まれない行為に、体中が拒んでいるのが判った。
 その癖、こちらの意思と裏腹に…相手が与える反応に勝手に反応している
己の肉体が恨めしく思った。
 お互いに全裸になることもなく、衣服を纏ったままの乾いた行為。
 愛しているや、好きと言った睦言を囁きあう訳でもなく…ただ太一を痛めつける
だけに過ぎないのに、どうして自分が応じてしまっているのか…彼自身にも
判らなかった。

(早く…終われよ…。いつまで、ヤってやがるんだ…!)

 ギシギシとベッドの軋み音が耳に届いて不快だった。
 胸がムカムカするような憤りを覚えながら、身体だけはそれでも
快感を覚えてしまっているのが悔しかった。
 キスをする訳でもない。ただ身体を繋げているだけだ。
 まるで排泄行為のようなセックスをどうして自分達は繰り返しているのか…
未だに、太一にも判らなかった。

「くっ…!」

 短く、相手が呻くのが聞こえる。
 己の身体の中で相手の熱が爆ぜていくのが判った。
 虚しいだけの行為がやっと終わって、太一は身体を弛緩させていきながら
自分のベッドの上にうつぶせに倒れこんでいった。

(どうして…俺、こんな男と一緒に暮らしているんだろう…)

 太一は、心の底から疑問に思う。
 今の行為で途中何回か達したが、猛烈な飢えは満たされる訳ではない。
 まるで…水を求めているのに、海水を与えられて飲んでいるような気分だった。
 海水でも、一時は喉の渇きを満たせる。
 けれど、それは一時しのぎに過ぎず…海水では決して本当の意味での
乾きを癒す事は叶わない。
 目の前の男とのセックスは、本当にそんな感じだった。

「克哉、さん…」

 太一の唇から力なくそう零れていく。
 背後の男は、答えなかった。己の名前を呟かれていると判っていても…
目の前の青年が呼んでいるのは『もう一人の自分の方』であると
嫌という程、判っていたから…。

「………………」

 そして眼鏡を掛けて赤いネクタイにダークスーツを纏った年上の男は
無言のまま後処理を済ませて、身支度を整えていた。
 太一はそれをつまらなそうな瞳で軽く見やると…相手から背を向けるように
シーツの上でゴロンと転がっていった。
 決して広いとは言えない安普請の自分のアパートの部屋。
 太一が知っている気が弱くて守ってあげないといけないという庇護欲を
掻き立てられる克哉が消えてしまってから…どれくらいの時間が
過ぎたのだろうか…?

(そろそろ、もう一年以上になるのか…。何かこの一年間、俺…何を
やって生きてきたのか…何かはっきりと思い出せない…)

 あの人が消えて、世界は灰色に染まった。
 もしかしたら絶望によって真っ黒になってしまっているのかも知れない。
 自分にとっては日の当たる場所の象徴だった人だった。
 克哉がいたから、どれだけ生活に張りが出ていたのか…毎日が楽しくて
仕方なかったのか、失ってしまったからこそ…思い知らされた。

「克哉、さん…」

 もう一度、消えてしまった存在に向かって呼びかける。
 けれど…同じ顔をした男は、反応することすらもうしなくなった。
 太一の『克哉さん』が自分を決して指していないのだという事を彼も
熟知しているのだろう。
 まるで空気のように…太一の存在などどうでも良いと言いたげに
どんな反応すら示さない。
 さっきまで身体を繋げていたことすら嘘のようだった。
 どこまでも冷え切っていて、冷たい関係。
 それがこの男と一年以上同居していて、出来上がったものだった。

(…こいつと一緒に暮らしたって、克哉さんは…俺の会いたくて仕方ない
克哉さんが戻ってくる訳じゃないって思い知っているのに…。一体何を
やっているんだろう…)

 身体が、鉛のように重かった。
 考える事の全てが、取り巻く環境や状況の全てが何もかもが
どうでも良かった。
 現在の太一は学校を休学している。
 克哉を失ってから、無気力になり…何となく生きているだけになった。
 あくまで休学だから、復学しようと思えば今年度の間ならば可能だ。
 季節は本格的に冬を迎えて…これからの身の振り方を考えなければ
ならない事は判っていた。
 けれど、たった一つの愛おしい光を失ってからは…太一にとっては
ただ生きていることが、呼吸して其処に存在することすらも辛いことに
変わりつつあった。

「…克哉、さん…会いたいよ…もう一度、だけでも良いから…」

 泣きそうな声でそう呟いた瞬間…眼鏡を掛けた佐伯克哉は一瞬だけ
こちらを仰ぎ見ていた。
 だが背を背けている太一はその事実に決して気づくことはなかった。
 涙が溢れた瞬間、先程の虚しいセックスの疲れが猛烈に広がって…
瞼がくっつきそうになった。

―いいや、今は寝よう…。バイトもないし、起きていたって…何をしなきゃ
いけないってものがある訳でもないからな…

 そうして、太一は眠っていく。
 今は冬を迎えているから外気が身を切るように寒いけれど…こうして
布団に包まっていると心地良さに思わず笑みを浮かべたくなる。
 寒いからこそ、暖かい布団が与えてくれる束の間の癒しがありがたくて…。
 そうして、太一はただ一人の人物の事を想いながら眠りに落ちていった。

―今は失ってしまった、儚く綺麗に笑う…佐伯克哉の面影を…
 

 ※この話は以前に掲載して、一年ぐらい更新が止まり
続けていた『残雪』を一から構成し直して開始したものです。
 以前の話が時間軸が曖昧で判りづらい部分がありましたので
少々加筆をして、再掲載をしています。
 前回が太一の回想、という形で進めていたのに対して
新しい話はMr.Rがある人物に、夢という形で佐伯克哉と
太一のそれぞれの視点と思惑を垣間見せていくという形に
修正させて頂きました。
  太克悲恋、そして眼鏡×太一要素も含まれている話です。
 それでも構わないという方のみお読みになって下さい。



―五十嵐太一が過去を振り切り、新しい一歩を踏み出したのと
同じ夜、一人の男が赤い天幕で覆われた部屋へと迷い込んだ。
 その店の名はクラブR。
 主である男に見込まれた人間以外は決して足を踏み入れる
事が出来ない場所だった。

―おやおや、鳩が豆鉄砲を食らったような顔を
浮かべていますね。そんなに…当店に招いたことが
お気に召しませんか…?

「…………」

 男は、何も答えなかった。
 瞳には強い警戒心が宿っている。
 ここが何処なのか、目の前にいる男が何者なのかを
判らない限りは迂闊に口を開かない算段のようだ。
 何も言わなくても、目は口程に物を言う。
 その強い眼光だけで…男の気持ちは現れていた。
 だから相手から何の反応がなくても、Mr.Rは瞳から感情を
読み取り、自分のペースで進行することにしていった。

―嗚呼、何も話す気がないならそれで構いませんよ…。私も貴方と
楽しくおしゃべりをする目的で当店に招いた訳ではありませんから…。
ですがちょっとした気まぐれをしましてね。一年ぐらい前に起こった出来事の
一連を貴方に語っても良いと思ったから…お連れしたんですよ。
 …ずっと、太一さんに何があったのか知りたかったんでしょう…?
 私は貴方が追い求めていた答えを知っています。それを教えて差し上げる為に
招待したんですよ…

 そう、親切そうに語っても相手の瞳からは警戒心が消えることはなかった。
 だがそれぐらいで怯むRではなかったので、相手が沈黙を保ったままでも
気にせず自分の好きなように言葉を紡いでいた。

―嗚呼、私を信用出来ない。疑わしいと思うのでしたら…何もしゃべらなくて
結構ですし、何なら…そのままお帰りになって構いませんよ。けど、
今夜…私が貴方をお招きしたのは本当に気まぐれの事。今宵を逃したら
貴方が追い求める答えは決して…判らないままでしょう。
 それで構わないのならば…どうぞ、お引取り下さい。
 ああ、それは困るようですね…。聞く気があるようでしたら…どうぞ
その赤いソファの上へと掛けて下さい。机の上には…カミュを用意して
あります。…お酒は飲めない訳ではないでしょう? それなら…
その芳醇な味わいのブランデーを堪能して下さい…

 相手の様子は今もなお硬いままだが、店を出て行く様子はなかった。
 赤い豪奢なソファに腰を掛けていきながら…観念して、酒を手に持って
それを勢い良く煽っていく。
 こんな胡散臭い相手が出した酒なぞ、通常の彼ならば決して…手を伸ばす
ことはなかっただろう。
 だが、その場の流れ的に…この男の招待を受けなければ…彼がずっと
知りたかったものは判らないままだと悟った瞬間、腹を括ることにした。

―太一に一体、何があったのか

 彼は、激変した時から何もこちらに話してくれなくなった。
 荒んでしまった太一、そしてある日復活して…元の彼に、否…ある意味
別人のように考え方が変わってしまったことに男はずっと疑問を
覚えていた。
 どんな話が果たして飛び交うか判らないが…腹を括って、怪しい男が
差し出した一杯を飲み干していくと…不意に意識が遠くなった。

―ふふ、薬が効いてきたみたいですね…。嗚呼、心配ありませんよ…。
それは貴方に、太一さんに起こった出来事を夢という形でお伝えする為の
触媒を混ぜておいただけですから…。
 私が口で全部語って差し上げても宜しいですが、その方が…より臨場感を
感じられるでしょう…?
 そうそう、どうせなら…詳しく理解出来るように、何故太一さんが白の世界に…
日の当たる場所で生きることを望むようになったのか、その発端をお見せする
ことにしましょうか…?
 ごゆっくりと堪能して下さいね…

 その言葉に、男は強く睨むことで応えていったが…薬が一気に
効いてた為にもう何もする事が出来ない。
 そうして意識が急速に遠ざかり、何も考えられなくなっていく。

―おやすみなさいませ。どうぞ良い夢を…

 そして最後に、ムカっと怒りを覚えていきながら…男の唄うような
声を聞いて、彼は意識を手放して太一の過去の記憶へと
リンクしていったのだった―

                      *
  ―昔のことを思い出すと、真っ先に浮かぶのは高校時代のあの出来事だった。
 
  それは太一が克哉と出会う、何年も前の話。
  今から七年以上前のことだった。

―生まれて初めて、人を刺した日の記憶

 あれは、親父を守る為には仕方なかったと思っている。
 けれど…まだ未成年だった自分には重過ぎた。
 自分の就職した会社へと走って向かっている最中、まるで走馬灯の
ように太一の脳裏に苦痛の記憶が蘇っていく。
 今思えば…自分が克哉に執着したのも、原点はここなのかも知れなかった。
 そうして…太一は、七年前の実家で起こった大事件をゆっくりと意識の上に
浮かべていった―

 それは五十嵐組の本邸、父に宛がわれた部屋でのことだった。
 その場に居合わせたのは、偶然だった。
 久しぶりに実家に顔を出した父親と、少し話したいなと思ってフラリと
立ち寄っている最中に、太一はとんでもない光景に出くわしてしまった。

―父親が二人の男に襲撃されて、片方の男を撃退している最中に…もう一方に
銃を向けられている現場だった。

 それを見た瞬間頭が真っ白になった。
 同時に、自分が助けなければ…親父が危ないと、心底思った。
 今までの人生に、ケンカや暴力沙汰の方はそれなりの経験を積んで来ている。
 だが、命のやりとりの現場に遭遇したのは…その時が初めてだった。
 太一は、知らぬ間に叫びながら…護身用にいつも肌身離さずに持ち歩いていた
ドスを懐から取り出していた。
 幼い頃から、この家に身を置くのなら絶対に身体から武器を離すな…と言われて
育ってきた。
 五十嵐の本邸は、大きなグループの総帥である母と…五十嵐組の頭目である
祖父がいるせいで、いつその恨みを持つ者が襲撃してもおかしくない環境だったから。
 だから物心をついた時には、幾つも護身術を学ばされた。ドスや、ナイフの類を持ち歩く
習慣も、小さい頃からのものだった。
 けれどその習慣を、その時ほど感謝したことはなかった。そしてその教えの意味を
この瞬間ほど、理解した瞬間は今までなかった。

『親父から、離れろぉ!!』

 父は、好きだった 
 だから考えるよりも早く…身体が動いていた。そして太一は…父の命を狙っていた男の
背面…右脇腹の部分に、ドスを突き刺していった。
 あの手ごたえは忘れない。そして…動脈に触れる部分を刺したおかげで…
見る見る内に、刺した部位から血が溢れて来て…自分の手が汚れていった。
 人を刺した時の、あの鈍くて重い感触、苦い感情。
 それが知らない誰かであっても…自分の中の良心が、酷く疼いた。

―その瞬間に、太一の中で…何か黒い自分が目覚めていった

 太一は、人を刺した瞬間…笑っていた。
 現場にいた誰もが、目の前の光景があまりに凄惨すぎて…太一のその表情の
変化に気づいたものはいなかった。
 けれど…生まれて初めて、血と殺戮を悦ぶ感情が己の中に存在しているのを
自覚してしまった。
 それが冷静な部分では怖くて仕方なくて…けど、そんな太一の内心の怯えと
裏腹に…自分の顔は、冷笑を浮かべてしまっていた。
 返り血を、血飛沫を浴びて…全身を汚した状態で、太一は冷たく言い放った。

『親父からさっさと離れろよ…あんたも、こうなりたくはないだろ…?』

 その瞬間の太一の様子を見た父親からは、「あの時のお前は別人みたいだった。
怖すぎてちびっちまうかと思ったぞ…」と称していたけど、内心で自分も
そう感じていた。
 自分がこんなに冷たい顔と声音が出来るなんて、今まで知らなかった。
 氷のように冷たい眼差し。そして…本気の殺意を向けながら、太一は
冷然と…微笑んでいた。
 その凄味は…とても十代の少年のものとは思えなかった。
 自分の肉親を守る為なら、全力を持って戦う…その時の太一には
その気概があった。
 そして父親もまた、裏の世界では凄腕の殺し屋として名を馳せている男だ。
 二対一の状態で、不意打ちを突ければ男たちにも勝算があっても…
今は逆の立場となってしまっている。
 男は、舌打ちをしながらその場から隙を突いて逃げ出していった。

―現場に残されたのは自分達親子と、たった今…この手で刺した男だけだった

 危機を脱したと自覚した瞬間、太一は…ドっと疲れを感じて呼吸を乱していった。
 その時点になってやっと正気が戻って、今…自分がした行為の恐ろしさを自覚
していった。

『良く、やった…お前のおかげで、命拾いしたぜ…ありがとうな…』

 そういって父親は労いの言葉を掛けてくれた。
 だが、太一は…平然と人を刺して殺そうとした自分が…怖かった。

『親父、無事で…良かった…』

 太一はその時、泣いていた。
 父親を助けられた安堵と、緊張が解けたせいで…その場に膝を突いてしまった。
 それだけなら、感動のシーンだっただろう。

 だが、太一は…この時に初めて、自分が育っていた環境の恐ろしさというものを
五十嵐組のトップになるという事がどういう事なのかを思い知った。
 この時点では、太一の中では…祖父の跡取りとなることと、音楽の道に進みたい
という夢は半々ぐらいだった。
 けれど…五十嵐組を継ぎたくない。そういう想いが生まれたのは…自分の
中にドロドロと黒い、狂気めいたものがあると初めて自覚したこの日からだった。
 泣きながら、歯の音が合わなくなっていた。
 生まれて初めて、人を刺して返り血を浴びた…その強烈な体験は、まだ
未成年の子供だった太一には強烈な体験過ぎたのだ。
 そんな自分を、父親は抱きしめてくれた。
 子供の頃以来の、父親からの抱擁だった。それが辛うじて…『白』い世界に
自分を繋ぎとめてくれた。

―親父、俺…怖いよ。生まれて初めて…人、を…

 泣きながらそう訴えると、父親は黙って太一を抱きしめ続けた。
 任侠の世界に身を置けば、裏の世界に生きるという事はこんな事が起きる
危険も承認しなければならない。
 それを思い知った瞬間、怖かった。
 
―自分の中に、血を見て興奮して喜んでいる自分がいる。どうしようもなく
黒くて…それを愉快に思う部分がある

 それは今までの人生で、気づくことはなかった己の闇。
 …自分は、堅気の世界に身を置きたかった。日の当たる場所で行きたいと
この瞬間に痛烈に思った。

 その事件の記憶が少し遠くなって、高校卒業後の進路を決めなくては
ならない時期に差し掛かった頃には、太一は己の進みたい道筋を
見出していた。
 その当時の太一は、己が『白』の世界で生きる為には…何を犠牲にしても
構わないと思った。
 上京して、都内の大学に通う際に祖父が出した交換条件。
 それは犠牲になる人間たちのことを思えば、本当なら許されるものでは
なかったけれど…音楽をやりたいという気持を持って、まっとうな世界に居続けたい
太一は、その条件を飲み込むしか…当時は道を見出せなかった。

―今、思えば自分があの人に執着したのは…『白』い自分のままで
いたいという…その想いから発したものかも、知れなかった―


 

 ※この話は以前にアップして連載が止まっていた
「残雪」を一から妬き直して改めて書き綴ることに
したものです。
 基本ベースは残雪で使っていた設定や時間軸ですが、
改めて1から書き直す事にしました。

 理由は、連載が止まっている「バーニングクリスマス」や
「残雪」をそろそろ再開して着手しようとした時に…残雪が
時間軸設定とかが非常に判り難くて…太一の
回想視点ばかりで語られていて判りづらい話に
なっていると自分自身で読み返した時に感じたからです。

 もう少し整理して、読みやすい形にした方が良い。
 そういう理由で多少…第一話と二話だけは以前にアップしたものを
加筆修正した上で掲載しますが…それ以後の展開を多少
変えていきます。
 それを了承の上でお読み下さい。

 この話は太一×克哉の悲恋であり、眼鏡×太一要素も含まれている
シリアスで悲しい話です。
 けど、太克版の「雪幻」に当たる話なので…自分にとっては愛着の
ある話なのでもう一度着手します。
 良ければ付き合ってやって下さいませ。

 ―オレ、太一の事が好きだったよ…

 眩い銀世界にヒラヒラと雪が舞い散っている中…克哉の姿が
儚く消えていく。
 何度も、何度もそれは太一の中で繰り返される悲しくて切ない夢。
 けれど…そう告げる克哉の顔はとても綺麗で、愛しくて…
だからその夢を見る度に彼は涙を流し…そして、改めて今も
自分はこの人を愛しているのだと思い知る。

―克哉さん、過去形になんてしないでよ…! 俺は今でも、貴方の事が
世界で一番好きなんだ…! 愛しているんだからね…!

 粉雪の降り注ぐ中、力いっぱい太一は叫んで訴えかける。
 それでも目の前の克哉が…消えていくのを今回も止めることは
出来ない。

―ありがとう。その一言だけで、オレは充分だから…

―たったそんな事で満足なんてしないでよ! 俺がもっと色んなことを
克哉さんに与えてあげるから! もっといっぱい幸せにして…暖かい言葉を
貴方に捧げるから…! だからどうか、消えないでよ克哉さん…!

 この夢を見ながら、どれくらい太一はそう願い続けていただろう。
 けど、夢で何をしようとも現実は変えられない。
 そして過去をどれだけ変えたいと願っても、時間は常に流れて可逆
する事はない。
 一度過ぎたものは決して戻らない。
 その度に太一は絶望を覚えていく。

―大好きだよ…太一…

 そしてまた、胸が熱くなるような…綺麗で儚い微笑を浮かべていきながら…
微かに目元を潤ませて、愛しい人の姿が雪の中に紛れて消えていく。

―もう、克哉さん…本当に酷いよ。そんな顔をしながら…言われたら、
絶対に忘れることなんて…出来ないのに…

 そう、力なく呟きながら太一は雪原に倒れていった。
 雪は冷たくて…うっかり目を瞑ったらそのまま意識が浚われて
しまいそうだった。
 けど、それで良い。克哉の姿がもう存在しないなら…この夢の中に
いつまでも留まっていたくはないから…。
 何度も何度も繰り返される幻想。
 けれど、どんな形でもあの人の姿を今も追い求める太一にとっては…
本当に束の間であったとしても、克哉と会えるなら其れで良い…。

―あ~あ…夢の中ぐらい、俺と克哉さんがハッピーエンドを
迎えてくれたって良いのになぁ…

 そんな悪態をつきながら、太一の意識はゆっくりと覚醒していく。
 目覚めると、眩いばかりの光が部屋に差し込んでいるのが
目に入ったのだった―


                     *

 あの一件から気づけばかなりの年月が過ぎ去っていて、太一にとって
東慶大学を卒業して最初の春が訪れようとしていた。

 大学在学中に、とある大企業の内定を得る事が出来てから半年…
ようやく本日が初出勤に当たる日だった。
 慣れないリクルートスーツに身を包み、五十嵐太一は緊張した面持ちで
必死に自分の髪を撫で付けていく。
 真っ黒な髪をしている自分に激しく違和感を覚えていく。
 観念して昨日、髪を染めた訳だが…見慣れない自分の姿を改めて
見たことで心底、苦い顔を浮かべていた。

「うっへえ…やっぱり、サラリーマン風の髪って俺には本気で似合わないよな。
髪も一応…初日だから黒に戻したけど、早く会社に慣れて…オレンジに
戻したいよなぁ…。何で日本のサラリーマンって、髪の色が黒とか薄い茶色とか
じゃないと認めないんだろ…本っ気でナンセンスだよな…」

 中学の頃から、大学を卒業してほんの数日前まで…太一の髪は明るい
オレンジ色に染め上げられていた。
 だが、流石に就職活動していた時期も流石に黒くしなければヤバイと
判断して染め直したのた訳だが。
 半年振りに見る自分の黒髪の姿に改めて、苦笑したくなる。
 しかも以前と違って、これからはこの黒髪の自分が…職場では
徐々に定着していくのだろう。
 このスーツの色と…ダークレッドのネクタイの色は、自分にとって今も
忘れがたい存在が良くしていた服装だった。

「…やっぱり俺に、サラリーマンって絶対に似合わないよなぁ…。薄々とは
判っていたけど、こうやってスーツとか着てみると…思い知らされるっていうか。
 …けど、何年かこういう経験をしてみるのも悪くないって…自分で決めた
道だし、仕方ないか。ライブとかの時は、スプレーか何かで以前の髪色に
染めるかカツラを使うかすればどうにかなりそうだしね…」

 そういって、シャツの襟を整えて…太一はネクタイをぎこちない動作で
絞めて整えていく。
 どうしてこんな苦しいものを首に絞めるのが、現代のサラリーマンの
正装なのか、堅苦しいものが大嫌いな太一には殺意すら覚えてしまう。

「はは…俺にはやっぱり、貴方と同じ服装は…似合わないね。けど…
俺…貴方のことを忘れたくないから。もう二度と会えなくても…それでも、
克哉さんのことを忘れたくないし、サラリーマンをやっていた頃の貴方の
気持ちを少しでも知りたいって、そう思ったからさ…」

 その色合いのスーツを着た自分を眺めている内に、今も鮮明に自分の
脳裏に刻まれている愛しい人の面影が蘇る。
 鏡に映っている自分の姿が霞み、代わりに…今も焦がれて止まない
優しい笑顔を、その向こうに思い浮かべていく。

「克哉、さん…」

 その瞬間、鏡の向こうで…その面影が優しく笑ってくれたような気がした。

―太一なら、大丈夫だよ…

 そう一言、幻聴かも知れないがあの人が言ってくれたような気がした。

―そうだね。貴方が今でも…傍にいてくれているからね…

 そうして、あの日からずっと…肌身離さずに持ち歩いているお守りを
上着のポケットから取り出していく。
 このお守りの中に入っているのは、ただ一つ…愛している人が残して
くれた物だった。
 今となっては、佐伯克哉はどこにもいない。
 本当にあの人が存在していたのか…どこに消えてしまったのか、
克哉と同じ会社に勤めていた友人、本多ですらも足取りを
掴めないままだと言っていた。
 克哉が最後に現れた時、太一は唯一の目撃者だった。
 そしてその時、目の前で彼が消えていくのを見たから…もう佐伯克哉が
…どちらの克哉であってもいない事を知っている。

 太一も、克哉との思い出の品など…携帯で2~3枚、ライブの時に
撮影した写真画像と、一枚の写真。そして…このお守りの中に
収められているものぐらいだ。
 自分にとって、憎んで止まない眼鏡を掛けた方の克哉も…完全に
消えてしまった。
 五十嵐組の力を持ってしても、生死は判らない。
 生きているのか死んでいるのか…どこで何をしているのかも
どうやってもこの数ヶ月、掴めないままだった。
―けれど、愛憎を抱いた存在が幻のように消えてしまった現状でも
それでも太一を支えてくれたのは、最後に残してくれたこの愛情の
結晶だった

 太一は強く、お守りごとそれを握り締めていく。
 その度に愛しいという気持ちと…力づけられるような気がした。
 人との繋がりは、想いは…例え目の前からその存在がいなくなって
しまっても―喪っても消えないのだと、あの人と知り合ったからこそ
太一は初めて知ることが出来た。

「克哉さん…俺、今でも貴方を愛しているよ…」

 ごく自然に、あの人に向かって声を掛けていく。
 己の中にある負、黒くてドロドロとした感情。
 どんな時も渦巻いて苦しくて仕方なかったその闇を払って
くれたのは…心から自分を愛してくれたあの人と出会えたからだった。
 だから、この先…別の人間と結ばれ、その人間と手を取り合って
生きていく日もあるかも知れない。
 だが、このお守りの中にある物だけは…太一が絶対に生涯手放すことは
ないだろう。

―これは彼を、『白』い世界に留めておく鍵のようなもの

 自分と同じ、光と闇を…黒と白の、二つの異なる魂を持つあの人が…
『今』の自分を留めさせる為に与えてくれた『光』そのもの。
 自分の弱さが、愚かしさが儚く脆い存在だったあの人を消してしまった。
 それでもただ一度だけ…あの日に出会えて、これを与えてくれた。
 そして…残してくれた。

「克哉さん…」

 あの日を思い出すと、涙がうっすらと浮かんでくる。
 けれどその痛みもまた…大切なものだから。
 どれだけの痛みが伴おうとも、決して忘れたくないあの雪の日。
 苦しくても辛くても、切なくても…自分は、貴方を…。

「…俺、一旦サラリーマンをやるよ。それで貴方の気持ちを少しは
理解したい。けど…夢は諦めるつもりもないから。いっそ国外逃亡して
どっかの国で音楽活動でもした方が…俺って天才だから、早くトップ
アーティストの仲間入り出来そうな気するけどね。
 けど、あの時の俺って弱くてガキで…一緒に過ごせたあの短い期間、
貴方のことを理解出来なかったし、否定ばっかしていた。
 だから…今からでも、俺は克哉さんのことを知りたい。どんな気持ちで
働いて来たのか…肌で感じたいんだ。それで少しでも解りたいんだ…。
俺にこんなの似合わないって判っているけどね、それでも…」

 鏡の中におぼろげに思い描いている、克哉の幻影に…沢山
語りかけていく。
 こんなの、第三者がいて見られたら危ない人間以外の何物でも
ないだろう。危険な独り言でしかない。
 けれど仕方ないだろう…自分が傍にいて欲しかった存在、色んな
想いを伝えたい存在はもうこの世にはいないのだから。
 それでも伝えたかったら、独りよがりでもなんでも…こうやって対話
する以外にないのだ。

「…だから、見守ってて。克哉さん…ここで…」

 そうして、お守り袋をそっと自分の胸ポケットの中に納めていく。
 それだけで…ホワっと心が温かくなった気がした。

「…貴方が俺を見守っていてくれているなら…『黒』い俺に、
負けないでこれからも生きていけると…そう、思うから…」

 そう祈るような真摯な声音で、告げていく。
 気づけば…もう家を出なければならない時刻が迫っていた。

「おっと! そろそろ家を出ないと…幾らなんでも初出勤の日に
遅れるなんて真似はしたくないよな~」

 そういって、明るい様子で太一は身支度の全てを整えてアパートを
飛び出していく。
 外は、清々しいくらいの快晴だった。
 桜が舞い散る風景を、風を切るように走り抜けていく。
 こんな暖かな日は気分が良い。
 去年の春はどれだけ陽気が良い日でも、こんな風に感じられる
ことはなかった。絶望の淵に、太一はいたからだ。
 けれど…今の太一は、その世界の暖かさをしっかりと感じられている。
 その世界の受け止め方の違いの全てが、お守り袋の中にある。

―克哉さん、貴方のおかげで…今、俺はこんなに暖かく世界を
感じられるようになったよ…

 そう感謝しながら、太一は…克哉を喪った日からの一年以上に渡る
切なく苦しかった記憶を、ゆっくりと蘇らせていく。
 今までは辛くて振り返れなかった。だが…今の自分なら少しは
客観的に見ることが出来るだろう。
 必死に走る最中、青年は…佐伯克哉という存在に纏わる記憶を
ゆっくりと意識に上らせていった。

―彼にとって、もっと絶望に満ちた時代と、救いの記憶を―

 
 

 2009年度 御堂誕生日祝い小説
(Mr.Rから渡された謎の鍵を使う空間に眼鏡と御堂の二人が
迷い込む話です。ちょっとファンタジーっぽい描写が出て来ます)

  魔法の鍵  
              7      10  11

 もう一人の自分にかつての罪を追及されて、それによって…御堂が
こちらを許してくれる発言をしてくれた時、克哉はようやく…長い間
自分の心の中で澱になっていたものを吐き出すことが出来た。

―御堂を愛しく思えば思うだけ、かつての己の振る舞いや考えが
重しとなって無意識の内に彼を苛んでいた。
 確かに再会した時、御堂はこちらを想ってくれていると
告げてくれた。
 だが、一緒に会社を設立するのを承諾して貰ってから…御堂の
誕生日を迎えるまでの八ヶ月、目まぐるしいぐらいに忙しくて
ずっと聞けないままだった。
 だからこそ、嬉しかった。
 そうしてその喜びを噛み締めていた時に…突然、魔法の鍵が
輝き始めて…二人は面食らっていた。

「…鍵が、脈動している…?」

「…本当にここは奇怪な処だな。この空間自体が在り得ないのに…
更にまた、こんな事が起こるなんてな…」

 御堂のかつて住んでいた部屋を思わせる部屋から、無数の扉が存在している
回廊に戻った瞬間…克哉が持っていた鍵が光を点滅させて、熱を
帯び始めたものだから…二人は心底驚いていた。
 映画や小説の世界ではクライマックスの場面では結構見られる
状況だが…現実に遭遇すると、どこまでここは在り得ないことが起こりまくる
場所なのだと心底ツッコミたかった。
 だが、鍵は…何かに呼応するように点滅を繰り返していて。
 その瞬間…御堂は小さく呟いていった。

「…そういえば、後一回…この鍵は使用出来た筈だよな。…克哉、
とりあえず試してみないか。使い切れば…もしかしたら、此処から
脱出出来るかも知れない…」

「…そういえば此処、出口になりそうな場所は何処にもありませんよね…」

「ああ、ずっと似たような光景が続くだけだ…。だが、私達がここに
訪れた以上…外部と繋がる場所、入り口や出口を担当する場所が…
必ずある筈だ。この現象は…それを示しているんじゃないのか?」

「…それなら、この鍵は一体何処で使えば良いんでしょうかね…?」

「…後一回分しか残されていないからな。私達が…ピンと来る
扉を選ぶしかないんじゃないか…? 二人で、これだ! と
思うものをな…」

「二人で、ですか…?」

「ああ、共同作業だ。私達は会社を興したにも関わらず普段の仕事内において…
それぞれの判断で動いていて、一緒に何かを決めたり…迷ったりした事は
思い返せば殆どなかった。なら…最後の一回を、二人でトコトン悩み抜いて
決めよう。それなら…出口を引き当てた時に、より喜びが湧く筈だ…」

 そう告げる御堂の表情は、凛として美しかった。
 もし出口に当たらなかったら、と悲観的な考えはせずに常に前を見据えた
発言をしていく。
 嗚呼、自分はこの姿に惹かれたのだ。
 本当に綺麗だと思った、手に入れたいと思った。
 そしてこの人に近づきたいと…あの時は無自覚だったが、きっと心の底では
強く想っていたのだろう。
 だからこそ一度は間違えた。
 だが…今、その人は自分の傍らに立ち、力強く導いてくれている。
 支えてくれている。
 その事実を改めて実感して、不覚にも泣きそうになってしまった。

「孝典…」

「わっ! 急に…何だ…!」

「…あんたが、俺を許してくれて…傍にいてくれて、本当に…良かった…」

「えっ…あっ…」

 強く抱きしめて、もう一度だけ口づけていく。
 脳内が蕩けてしまうぐらいに濃厚で甘いキスを暫く交わしていくと…
相手の身体にきつく絡めていた腕を解いていった。

「…行こう。あんたと一緒に早く…俺たちの会社に戻りたいからな…」

「…それなら、こんなキスをして無駄な時間をロスさせるな。また満足に
立てなくなったらどうするんだ…まったく…」

「…その時は幾らでも責任取りますよ。あんたを熱くさせた時は…
必ず、俺がね…」

「なっ…!」

 克哉の自信満々の一言に、御堂はとっさに頬を染めていく。
 その表情にうっかりとときめいてしまったのが恥ずかしくて…御堂は
憮然とした顔を浮かべていくが、耳まで珍しく赤くなっているのを見て
克哉は忍び笑いを漏らしていった。
 そして二人で必死に悩んで、検討して…選び抜いて、ようやく
お互いにこの扉が良いと決めていった。

「…克哉、この扉にしよう…」

「嗚呼、あんたと必死に決めた扉だ。必ず…繋がる筈だ…」

 お互いに目を見つめていきながら意思を確認していった。
 固唾を呑んで…鍵穴にキーを差し込んでいく。
 重い手ごたえを感じていきながら…暫くして、ギイと鈍い軋み音を
立てて扉が開かれていく。

―その瞬間、眩いばかりの光が満ち溢れていった

 一瞬にしてその光はあっという間に辺りを支配していき…二人は
光の洪水に巻き込まれていった。
 奇妙な浮遊感を覚えて…フワっと身体全体が水の中に浮かんで
いるような感覚がしていった。
 意識が遠くなり、猛烈な睡魔を覚えていく。
 だが、不安はなかった。
 これが出口である事を…二人は、何となく感じ取っていたから…!
 その瞬間、頭の中に…Mr.Rの声が鮮明に響いていった。

―よくここまで辿り着くことが出来ましたね…貴方と御堂孝典様との
絆は本物だったようで何よりです…お祝いの言葉を申し上げます…

 男の声は、いつものように胡散臭さを強烈に感じさせていた。
 だが、克哉は今は応えられない。
 一方的に相手の言葉を聞くのみだった。

―この空間は私からの贈り物です。貴方の心の中に秘められたいた過去の
罪を暴き出し、御堂様に判断を仰ぐ為にね…。いつまでも重いものを心に
抱えたまま生きるのは辛いでしょう…? どのような結果を招いても…
まずはその荷物を貴方に下ろして欲しかったから…。
 けど、御堂様から許されて…貴方はようやく楽になったでしょう…?
 人は時に、壊れることを覚悟しても向き合わなければ…真実を得ることは
出来ません。ぬるま湯に浸って安穏だけを追い求めている限り…人の
心は緩慢に腐り果てて、輝きを失ってしまう。
 …だからこそ痛みを伴っても、時に研磨してぶつかりあうことも…
必要なのですよ…。だからこそ、もう一人の貴方は自ら悪役を
買って出たのですから…

「っ…!」

 その一言だけは聞き捨て出来なくて、目を見開いていく。
 だが次第に男の声は遠くなり…そして、いつの間にか眩いばかりの
光と奇妙な浮遊感は消えていた。

―時に己と向き合う事も必要ですよ…佐伯克哉さん。さあ、ごきげんよう…

 いつものように唄うように男は告げて、そして…幕は開けていった。
 目覚めると、いつの間にかアクワイヤ・アソシエーションの床に自分達は
倒れていた。
 御堂もすぐ傍らに存在していたが、その寝顔に苦悶の色はなく…
ただ眠っているだけだと判って克哉は安堵していく。

「…全て夢、だったのか…?」

 克哉はそう呟いて、慌ててポケットに納めた鍵を確認していく。
 鍵は、辛うじて残っていた。
 だが目の前でまるで幻のように消えていき…。

―これからもどうか、御堂さんと幸せに…

 最後にもう一人の自分の声が聞こえて、幻のように消えていった。

「…ったく、余計な真似をしやがって…。だからお前はバカなんだ…」

 そう、もう一人の自分に悪態をつきながら…御堂をそっと見つめていく。
 それは魔法の鍵が齎した、自分達の心を試す試練だったのかも
知れない。
 その瞬間、克哉はようやく憑き物が取れたような穏やかな顔を
浮かべていった。
 そして…同時に御堂の目が見開いていく。

「…あ…」

 目が覚めた時に克哉のその顔を見ることが出来たことが…きっと
彼自身は知らないだろうが、御堂にとっては何よりの贈り物である事に
間違いなかったのだった―

 ※この記事は先月、執事喫茶に友人と行った時に
ミクシィの方で書いた日記の転載です。
 本日、魔法の鍵の完結をアップしたかったけど
もう一日ぐらい掛かりそうなので掲載します。

 暇つぶし程度にお読み下さい。
 興味ない方は適当にスルーでお願いします。
 読んでやって良い方だけ「つづきはこちら」を
クリックしてやって下され~。

 ※この記事は香坂が10年ほど前にハマって
最近、PSPのアーカイブスでダウンロードして再プレイを
している「俺の屍を越えてゆけ」の事をツラツラと
語っています。
 創作だけしか興味ないよ! という方は適当にスルーして
やって下さい。
 読んでやっても良いという方だけ、「つづきはこちら」を
クリックして読んでやって下さいませ。

 一部、毒があったり…腐女子的な発言が存在していますので
適当に見逃してやって下さい。
 私は基本的にゲームオタク&脳みそ腐っている奴なので。
 それで構わないという方だけお付き合い下さい。
 

 優しい人3、30日にアップする予定が…ちょっと
詰まってしまって一日以上遅れました(汗)
 いや、直前になって…片桐さんの奥さんの事をどこまで
語って良いものか…と悩んでしまったので。
 ある程度、最終的には開き直って書きました。
 あまり曖昧にしても語りたい内容が語れないので。
 
 その部分では一部、捏造がありますがご了承の上で
お読みください。
 けど、片桐さんの実子ではない可能性がある以上の事は
奥さんの事は踏み込んで書かない事にしました。
 ちょっとそのバランスに悩んでいたので遅れました。

 そして…本日、関係ないですが香坂は誕生日でございます。
 これで20代から30代へと切り替わりました。
 祝ってくれる人がいるからありがたいと思う反面、ちょっと複雑な
心境になっております。
 …とりあえずコソっとここに書いておきます。

 二年前にこの日に沢山拍手を貰ったことが、それでも今でも
まったりペースになっても更新を続けていこうという気持ちの根っこに
なっているのは確かなので語らせていただきました。
 書くの遅れる日も出ますが、これからも書いていきます。宜しくです!

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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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 …一言報告して貰えると凄く嬉しいです。
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