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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 ―記憶とは本来、極めて不安定な代物である。
  とある文献によると、人は一日の内に起こった出来事の90%以上は
忘れて生きているとされる。
 そう、情報というのはただ生きているだけでも視覚と聴覚が生きているだけでも
常に相当量、流れ込んできているからだ。
 人はどうでも良いことと、忘れてはならぬ記憶を取捨選択して生きている。
 昨日の事すらも、印象深い出来事以外や意識して留めようとしない限りは
大半は覚えていないものだ。

 記憶を砂時計に例えるならば…生きている限り自分の周りには無数の
砂は落ち続ける。死ぬまでそれは続いていく。
 けれど人は掌に本当に一握りの時間や記憶しか、留めておけない。
 それは宿命であり、人の生来持っている業でもある。

 だが…掌に留めた砂しか意識して引き出せなくても、自分の周りには
無数の記憶の砂は常に在り続ける。
 海馬という記憶を留める器官の損傷が起こらない限りは、人はその
零れ落ちた砂から大切なものを探り当てる可能性はあるのだ。
  記憶喪失とは…掌に留めておいた砂を一旦、零れているだけの
状態に過ぎない。

 必ず、自意識の周りに記憶のカケラは存在する。
 けれどそれはキッカケがなければ見つけ出せない。
 逆を言えば、引き出せる糸口さえ掴めば必ず思い出せるものなのだ。
 そう、意識して引き出せなくなっていたとしても…体験したことは全て
克哉の中に今も存在しているのだから―

―ねえ、克哉さん。この曲を好きだと言ってくれてありがとう…。
 今思い返すと、ヘタっぴで人真似しているな~っていうのが
凄い出ている奴で恥ずかしいけど、俺にとっては…思い出深い作品だからさ。

 そうやって、彼ははにかむように笑っていった。
 それは目覚める直前に見た、儚い過去の残像。
 明るい髪をした青年の、そんな朗らかな笑顔を最後に見た日から
一体どれくらいの時間が流れてしまったのだろうか…?

 それを思い出して、克哉はハっと…ベッドから身を起こしていった。

(今の、夢…?)

 目覚めた瞬間…瞬く間に詳細を思い出せなくなっていく。
 けれど…久しぶりに彼に関しての記憶を思いだして、心臓がバクンバクンと
忙しく脈打っていった。

「…何か、今の夢…凄いリアルだった。久しぶりだな…太一に関しての
事をこんなに鮮明に思い出すのって…」

 そういって、克哉は知らぬ間に掻いていた冷や汗をそっと手の甲で
拭っていった。
 鼓動は今も、荒く乱れたままであった。
 ふと気を鎮めようと窓の向こうに視線を向けていくと、今朝も…其処には
雄大な自然の光景が広がっていた。

 克哉が目覚めてから一ヶ月程度が経過して…季節はすでに6月の中旬に
差しかかろうとしていた。
 この地方では、連日…肌寒い日が続いていた。
 避暑地であるという事もあるのだろうが…日中は過ごしやすい日が多く
おかげでエアコンを殆ど使用しなくても窓を開けて風通しを良くするだけで
快適に過ごせていた。

 日々のリハビリが功を成したのか、今では克哉の身体は以前と変わらない
程度に動かせるようにまで回復していた。
 ベッドから身体を起こすと、もう一人の自分の姿はどこにもなかった。
 結ばれてからは毎日当たり前のように感じる肌の温もりが、今朝に限って
なかった事に克哉は若干の寂しさを覚えていく。
 今のような不安を感じさせる夢を見た直後だからこそ…いて欲しいと
無意識の内に感じてしまったのだろう。
 すでに眼鏡に関して強く依存してしまっている自分に、苦笑したくなった。

「…いない。そっか…今日は、一日…色んな物を買い出して準備
してくるって、最初から言っていたっけ…」

 その事実を思い出して、克哉はシュンと項垂れていった。
 心を通わせてからは…毎日、午前中くらいは一緒にいれる時間が存在して
いたから、ちょっとだけ心が贅沢になってしまったようだ。
 今日は一緒にいられない。
 ただ…相手を待つだけしか出来なかった。

(何かあれば…この携帯に連絡する、って言っていたな…そういえば、昨日…
ベッドに入る前に…)

 ベッドサイドの棚の上に置いてある携帯電話を何気なく眺めていって…
つい顔が赤くなっていった。
 昨晩も、彼に濃厚に愛された記憶が蘇ったからだ。

「…ったく、何を顔赤くしているんだよ…。あいつがいない時でさえも…」

 そう言いながら、ふと携帯に手を伸ばして…何気なくそれに指先を這わせていく。
 シンプルで無駄のないデザインとフォルム。
 それは紛れもなくかつて彼が愛用していた携帯電話であった。
 二週間前に、心から結ばれた直後に手渡された其れは…事実上、まだ一度も
通話やメールの目的で使用された事はなかった。
  履歴や、過去のメールフォルダもあまり見ていなかった。
  この携帯電話の履歴は…一年以上も前の時点で止まっている。
  どうやら太一にこれを手放された直後に一度解約をされていたらしく、
この携帯には克哉が太一に監禁された日以後には、通話もメールは一件も
来ていなかった。

 時が止まったままになっている携帯。
 けれど今は回線も復活し、連絡を取ろうと思えば茨城に住んでいる自分の
家族や八課の仲間達と取ることは出来る環境だった。
 だが、克哉はただの一度も…連絡しないままだった。

(こんな状況じゃあ…とても、連絡出来ないよな…)

 監禁され、陵辱されて…身体の自由さえ奪われてしまって。
 今ももう一人の自分が手助けしてくれているから辛うじて生きているような
状態だった。
 そんな有様で、今も普通の生活を営んでいる彼らにどのような顔をしながら
接すれば良いのか克哉には判らなかった。
 それに今は…もう一人の自分がいてくれる。
 彼さえ、いてくれれば…今の克哉にはそれで充分だったからだ。

「…何か、変な感じだ。ずっと…あいつが傍にいてくれたから、携帯で
他の人と連絡したいって気持ちも湧かなかったし…。電話を待ちわびるような
そんな事、随分と久しぶりな気がする…」

 食料品の類はMr.Rから定期的に差し入れがあるので…実際に自分達が
街に出る必要はない。
 だが、眼鏡が本日、危険を犯してでも外に赴いたのは、これから先の
事を見越して、必要になると判断した防衛道具の数々を調達する為だった。
 この避暑地に人目を避けて潜伏していられる限界の期日は、もうじき訪れようと
していた。

 だから彼はここを出ていく事を考慮して、それ以後に必要になりそうな
物資を購入する為に出ていたのであった。
 有能な彼の事だ。一日という時間があればほぼ完璧にこなしてきて
くれるだろう。
 けれど…あんな夢を見た直後だからこそ、一言で良いから彼の声を
聞きたい心境だった。
 だから克哉は掌の中で携帯の本体を弄びながら…フウ、と溜息を
突いていった。

(一言で良いから…連絡欲しいな。せめて何時くらいまでには帰るとか、
そんな短い一言でも良いから…)

 何時くらいに帰って来るかだけでも判れば、この一人の時間もそんなに
苦もなく待てるような気がした。
 けれど…その見通しが利かない状態ではどこか不安で、こちらから
彼に掛けて確認すべきかどうか少し迷ってしまった。

(どうしよう…?)

 そうして迷っている内に、いきなり手の中の携帯が震えていった。

「わっ…!」

 それと同時に携帯から一つのメロディが流れ出した。
 最初はもう一人の自分だと思った。
 けれど…その着信音を聞いた瞬間、それに聞き覚えがあって懐かしいと
感じた途端に、克哉は硬直していった。

「な、んだよ…この、メロディ…。どうして、聞いているだけで…胸が…」

 胸がこんなに痛くなるのか、自分でも判らなかった。
 ザワザワザワ…と胸の中がざわめいて落ち着かなくなる。
 もう一人の自分からの電話なら、取らなければ…そう思って必死に
手を伸ばしていくが…途中で、彼の手は止まらざるを得なくなる。

「嘘、だろ…? どう、して…?」

 呆然となりながら、画面に表示された名前を眺めて呟いていく。
 信じられなかった。
 こんな事をありえる訳がないと思った。
 
 だがそれをキッカケに、一気に今までせき止められていた何かが
克哉の中で弾けて、奔流となって流れ出していく。

―うわぁ…!

 この携帯は、彼と世界を繋ぐために渡した鍵だった。
 しかし皮肉にも…其れは太一と克哉を繋ぐ、記憶を思いだすキッカケと
なっていく。
 
 いきなり思い出した記憶の波の中に、そのまま克哉は浚われて飲み込まれて
いくしかなくなっていく。
 そして、そのメロディに纏わる思い出のカケラを…彼は拾っていくことに
なったのだった―


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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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