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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 どれだけ後悔しても、過去に戻ってやり直すことは出来ない。
 道を誤ったことに気づいて、何が原因だったかその原因がいつか
見えたとしても…それは過ぎてしまった後では『未来』にしか生かせない。
 未だに己の犯した最大の罪を自覚していない彼が、太一と言葉を
交わす事は果たしてどんな流れを生み出してしまうのだろうか―

 ―太一の嬉しそうな声を聞いて、克哉は固まるしかなかった。
  どんな反応をすれば良いのか、判らない。
  相手が嬉しそうであればあるだけ、胸の中に大きな棘が突き刺さって
いくような気がする。

 カタカタカタカタ…。

 自分から、電話を取った癖に…携帯を握り締めている指先が小刻みに
震えていた。
 一体、どの面を下げて彼と応対出来ると言うのだ?
 忘れていたからと言って他の男に抱かれて、心から…その相手を
好きになってしまった。
 その事実が…記憶を取り戻した今となっては…痛かった。
 けれど、もうなかった事になど出来なかった。

「………」

 相手の嬉しそうな声が聞こえてから、克哉が取れた態度は…沈黙のみだった。
 それ以外に何を自分が言えるというのだろうか?

(…今のオレには、太一に何て答えれば良いのか…判らないよ…)

―ねえ、克哉さん。どうしたの? 何で、返事をしてくれないの…?

 太一の切なげな声が聞こえてくる。
 それを聞いてようやくハっとなった。

「っ…!!」

 とっさに、当たり障りのない言葉を吐こうとした。
 けれど、声が震えてまともな単語を紡げない。
 だが途中で詰まって、心の中では激しい感情が吹き荒れて…
堪え切れずに涙だけは流れ続ける。
 言えない言葉、伝えたかった一言…それが確かにある筈なのに、それは
克哉の中でまともに形にならず…代わりにポタリ、ポタリと涙を零すことでしか
感情の発露が出来なかった。

(どうすれば…良い、んだ…!)

 困ったように視線を張り巡らせると…ふと、自分の腕に刻まれているもう一人の
自分の痕跡に気づいた。
 …抱かれるようになってから、毎晩毎晩…つけられている赤い痕。
 それが、今の自分の立ち位置を思い出していく。
 
―克哉

 いつの間にか、触れている時に…愛しげにこちらの名を呼ぶもう一人の
自分の姿が喚起されていく。
 思いを確かめ合ってから、飽く事なく上書きされる…独占欲の証。
 
(そうだ…オレは、選んだんだ…。もう、二週間前に…あいつの手を
取る事を…)

 かつての自分の、胸を焦がすような太一への想いを思い出して正直…惑った。
 けれど、それは過去に過ぎないのだ。
 幾ら最初はここ一年の記憶がなかったとしても、それでも…その日々の間に
眼鏡の存在が自分の中で大きくなって、気づけばこちらもまた…彼を想うように
なってしまった。
 どれだけ…苦しくても、それが現実なのだ。

―ねえ! 克哉さん…! 何でさっきから何も言ってくれないんだよ! もう…
俺の傷も癒えたし、親父が貴方の命を狙っていたこともこっちで手を打って
解決した。だから、もう…戻って来てよ。
 全てが片付いたら返してもらうって、あいつにも確かに言った筈だし!
 克哉さんがいない日々に、俺…もう耐えられそうにない、から…!

 その言葉を聞いた時、ズキンと胸の奥が軋む思いがした。
 …この二ヶ月の間に、太一にとっては克哉を一旦手放した理由の全ては
片付けたのだ。
 だから、こうやってもう一人の自分と共に暮らす必要はすでに存在しないのだ。
 ここで頷けば、終止符を打つことになる。
 けれど克哉は―頷かなかった。

『御免、太一…オレはもう、戻らないよ』

 ようやく、まともに…言葉が口に出せた。
 たった今、こちらを強く求めている言葉を吐いた彼に対して…それを拒む
事を言うのは辛かった。
 けれど、言わなければいけないのだ。
 もう…時間は戻せない。
 過去をなかった事にも出来ない。
 どんな道のりでも、自分が選んだことに変わりはないのだ。
 それなら、その選択に対して責任を持つしか…出来ないのだから。

―な、に言っているんだよ…! 克哉さん、それ…マジで言っているのかよ!

『ああ、マジだよ。オレは…太一の元に、戻らない…。オレは、太一を歪めてしまった
元凶だから。そんな奴が…お前の傍にはいられないよ…』

 夢に満ちたかつての彼の姿を思い出す。
 自分に将来の夢を語って嬉しそうにしていた太一。
 その夢を結果的に捨てさせたのは自分の存在なのだから。
 それに…今の克哉はもう一人の自分の事を愛してしまったのだから…。
 そんな状態で、どうして帰れると…言うのだろうか。

―ふざけるなよ! 俺はあんたを手放す気なんてない! 克哉さんは
俺のものなんだから…!

『オレはいつ、太一のものに…なったの?』

 静かな声で、克哉は告げた。
 その一言を発した瞬間…太一は電話の向こうで、凍りついた。
 今度は彼が、言葉を失う番だった。

―克哉、さん…?

 今、彼が発した発言が信じられないとばかりに…太一の声が震えている。

『…御免。傷つけたかも知れない。けれど…これはオレの本心だよ…』

 この心も身体も、どれだけ抱かれようとも…求められようとも、克哉自身の
ものなのだ。
 唯一例外があるとすれば、克哉がその相手に所有される事を認めた時だけだ。

『オレは、太一の所有物じゃない。オレにも心はあるし…意思もあるっていう事を…
忘れない、でよ…』

 それは抑揚のまったくない声で、呟いていた。
 知らない間に…また、目元から涙が零れ落ちる。
 まだ…太一に本当に言いたい気持ちが、纏まってくれない。
 下手に言葉を紡いでしまうと、責める言葉か…謝罪ばかりを口に出してしまいそうで。
 それくらいなら…と思って、通話ボタンにそっと指を這わせていった。

『…御免。今は太一に言いたい事を上手く言葉に出来そうにない。一旦…これで
切らせて貰うから。…元気、でね…』

―ちょっと! 待てよ! 克哉さん! あんたは一体…どこにいるんだよ!
 それすらも答えてくれないのかよ! 俺は今も克哉さんを愛しているんだ!
なのに…どうして、そんな冷たい事ばかり言うんだよ!!

 電話の向こうで、太一が必死になって訴えていく。 
 けれど…もう克哉は、迷わなかった。
 今…ここにいる事、毎晩のようにもう一人の自分に抱かれてその想いを受け入れた事。
 それはもう覆しようのない事実だ。
 太一への想いと、もう一人の自分への想い。
 それらは克哉の中で大きくせめぎあって、ぶつかりあっている。
 けれど…どちらかを取らなければならないとしたら、克哉は…もう一人の自分の手を
離したくないと、素直にそう思ったから― 

『…御免、ね』

 もう、それしか言えなかった。

―克哉さん!!

 最後に、太一は必死になってこちらに訴えかけるように…大声で克哉の
名前を呼んでいった。
 けれど…彼は、その通話を静かに…断ち切っていった。

 ツーツーツー…。

 そして、通話が切れていく。
 それと同時に克哉は電源を落としていった。
 ガクン、と四肢から力が抜けて…再びベッドの上に突っ伏していった。
 
 胸の中がぽっかりと空洞が空いたみたいだった。
 同時に苦しくて、鼓動が忙しいものに変わっていく。
 過呼吸の発作のように息は大幅に乱れていって…ゼイゼイゼイ、と…
胸を掻き毟るようにしながらその葛藤に耐えていった。

―もう、オレは…選んだ、んだ…! だから…迷っちゃ、ダメだ…!

 太一も、もう一人の自分も本気で自分を愛してくれているのは知っている。
 けれどだからこそ…いつまでもどちらも取れないなんていう半端な事を
していてはダメな気がした。

―逢いたい…!

 切実に、もう一人の自分の顔が見たかった。
 そうして…彼はただ、耐えていく。
 眼鏡が帰ってくるまでの間、ずっと一人で…狂おしいくらいの苦しみを抱えて。

 だから彼は自分の心にばかりに気を取られて、気づかなかった。
 克哉が電話を切った、その向こうで…再び、太一のその心を深い闇へと
落としていってしまった事実に―
 

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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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