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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 ―それは、太一のバンドのライブに初めて顔を出して間もない頃の
記憶だった。
 太一の奏でる音楽を生で聴けたことが嬉しくて。
 自分の事をいつも肯定してくれる太一と親しくなれたことが嬉しくて。
 だからだろう、ふと顔を見たいと思って平日の仕事帰りに…フラリと
喫茶店ロイドに顔を出したのだ。

(太一、いるかな…)

 何となく、先日聞いたばかりのライブの興奮が残っていたせいも
あるだろう。
 その感想をもう一度、ちゃんと伝えたい。そんなささやかな動機で
克哉はその扉を潜っていった。
 その途端に耳に入った、哀愁の漂うメロディライン。

「あれ…これは…?」

 それはどこか聞き覚えがある曲のような気がした。
 店内をざっと見回していくと、太一が壁にそっと背中を凭れさせていきながら
携帯か何かを弄っていたようだった。

「えっ…克哉さん! どうしたんすか…? 今日は平日だっていうのに…
ここに顔出すなんて珍しいよね?」

 こちらに気づくと、太一は満面の笑みを浮かべながら克哉を出迎えてくれた。
 こういう他愛ない仕草の一つ一つが、本当に彼は自分に好感を抱いて
くれているんだんって感じられて、嬉しく思えるのだ。

「あ、うん。ちょっとここのコーヒーとかサンドイッチを食べたくなってね。
後…太一にも会いたかったから」

「うわっ! 克哉さんってば本当に俺を喜ばすの上手いよね。そんな事を
言われたら腕によりを掛けて作るしかないじゃん! さ、早く席に座ってよ!
今から克哉さんに注文された分、作るからさっ!
 いつものAセットで良いんだよね?」

「うん、俺…ここの玉子サンド、好きだからね。けど…今日はマスターは
いないみたいだけど…大丈夫なのか?」

「あ、うん。一応大丈夫。いつもマスターが作っている手順は見てちゃんと
俺、覚えているから」

 ニッコリと笑いながら自信たっぷりにそういう太一を見て、一抹の不安を
覚えていく。

(本当に大丈夫なのか…? それは…)

 克哉がこの店を訪ねる時、マスターがいない時はなかった。
 だからこっそりとお気に入りであるAセットにいつも安心して在りつけていた訳
なのだが…流石に不安があった。
 だが、一応大丈夫と返答しただけあって…克哉の目の前で実に鮮やかに
サンドイッチを作り上げていく。

「ほい、お待ちっと…」

「うわぁ…美味しそう。太一、こういうの出来たんだ…。ウェイターメインばかり
だと思ってた」

「あ、うん。基本は俺はウェイター中心。けど…まあ、これくらいは出来るようにならなきゃね。
一応マスターがこうやっていない時も店を閉めなくて済むようにしないと…と思ったし」

「なるほど…何か太一に作って貰ったものを食べるって初めての経験かも…。
それじゃ、頂くね」

 そういって、手を丁寧に合わせていって「いただきます」と言ってから克哉は
玉子サンドに齧りついていった。

「ん、これ…ちょっとマスターの味付けと違う気がするけど、充分に美味しいよ」

「えっ…? やっぱり味違う? ほぼ一緒になるように作ったつもりなんだけど…」

「う~ん…味付けって、その人の好みっていうのがそのまま出ちゃうからね…。
何と言うか太一が作った味だと、普段のよりもちょっとピクルスと胡椒が効いている
って感じがするよ」

「…言われてみればそうかも。俺、ピクルス好きだからな。確かに…ピクルスが結構
強く効いているかもね」

「ん、けど…俺はこの味付け好きだよ。これ、とっても美味しいから…」

 ニッコリと微笑みながら克哉がそう告げていくと…太一は、照れ臭そうに頬を
染めていった。

「…何か、克哉さんにそう言って貰えると…すっげぇ嬉しいかも。認められたって
感じがすごいするっていうか…」

「もう、大げさすぎだよ。太一は…そういえば、さっき…携帯から流れていた
着メロ、あれ…もしかしてミリオンレイの曲かな? 何となく聞き覚えがあった
ような気がしたんだけど…?」

 カウンター席に座ってモグモグと食べ進めている合間に、ふとさっきから
気になっていた事柄を改めて聞いていった。
 それを指摘された瞬間、太一の顔は一気に気まずそうになっていった。

「…あっちゃ~。克哉さん…あれ、聞いちゃったんだ…?」

「えっ…? 聞いちゃいけなかったの? ミリオンレイの曲じゃ…もしかして、なかった
のかな…?」

 太一の表情を見て、もしかして聞いちゃいけない事だったのだろうか…と急に
不安になっていく。
 だが、克哉の態度を見て彼もまたそれを察したのだろう。
 苦笑しながら口を開いていった。

「いや…あれは確かにミリオンレイの定番ナンバーだよ。結構ヒットして、話題にも
登った哀愁漂うあの曲ね…。ライブに行ったことすらある克哉さんなら絶対に
判る代物だよ。けど…あれ、着メロじゃないよ。俺が過去に耳コピした奴を
色々弄くって携帯に収めてある奴だから…」

「えっ…あれ、耳コピだったの…?」

「ん、そう。でね…克哉さんが聴いたのって、俺が一番最初に作曲を手がけた
奴なんだよ。当時は見よう見まねで…何かゲームについていた作曲機能を使って
作った奴でね。最初は楽譜とかGコードとかまったく判らないから、地道な作業でさ。
例えて言うなら、一音一音を…鍵盤叩いて音を確認しながら作っていったような物だよ。
 だから単音で単調なメロディだし、確かに着メロレベルの代物でしかないよ。
特に自分で作曲した物じゃなくて、好きなバンドの曲の耳コピだしね」

「そう、だったんだ。けれど…耳コピで曲を作れちゃうなんて凄いと思うよ。
オレには…絶対ニ無理だと思うから」

「ん、俺も正直言うとね…途中で何度も投げ出してやる! って思った事は何度も
あったよ。けれど…すごい大変だったし時間掛かったけれど、音楽が自分の手で
組みあがって形になっていくのがそれ以上に面白くて堪らなかった。
 俺がバンド活動始めた理由ってさ、ミリオンレイに憧れたからっていうのも
あったけれど…歌うだけじゃなくて、曲も作るようになったキッカケってさ。
確実にこの曲を作った時の喜びが忘れられなかったからなんだよ。
 だから、うん…これは俺にとっては原点の一曲なんだ。ヘタッピで…
今の俺が聴いたら人に聞かせられるようなレベルの物じゃないけれど…
これ聞く度に…初心に帰れるんだよね。
 初めて、これが完成した時の嬉しさとか…音楽やっている喜びを、
思い出せるっていうかさ…」

 そう、瞳を細めて呟く太一の姿が…克哉には眩しく見えた。
 彼を正直、羨ましいと思った瞬間だった。

(あぁ…本当に太一って、音楽が好きなんだな…)

 自分が偶然に聞いたあのメロディに、そんないきさつがあったなんて…
少しびっくりしたけれど、また一つ太一を知る事が出来て嬉しかった。
 純粋に応援したい、という気持ちが克哉の中に生じていく。
 こちらも知らない内に…自然と柔らかく微笑みながら言葉を紡いでいった。

「そっか…太一にとっての、原点の一曲か。けれど…初めて作った物なのに
こんなにレベルが高いなんて、本当に凄いと思うよ。きっとオレが…どれだけ
ミリオンレイの曲を好きになったからっていって、こんな風に耳コピして
何か作るって事は出来ないと思うから…」

 何かを好きになって、ただ享受する者と…それを取り入れて、自らの血肉に
して活かす者とは大きな隔たりがある。
 克哉は確かに太一よりも古い時期からこのバンドの事を知っている。
 けれどそれを元に、自分で活動して音楽を作り出してみようという情熱を抱いた
ことなど一度もなかった。
 だから素直に…克哉は尊敬していく。
 自分にない才能と情熱を持つ、年下のこの友人へと…。

「レベルなんか、高くないっすよ。こんなの…本格的に曲に作れるようになったら
所詮人真似っていうか…そんな感じの作品、だし…」

「太一…過去の自分の努力を、そんな風に言ったらダメだよ。だってこれは…
太一がミリオンレイに感銘して、それで自分から音楽を作りたいと思って
苦労して作り上げたものなんだろ? 確かに原曲は他の人が作ったものだから
自分の名前で発表出来るものじゃないのかも知れない。
 けれど…この中には、太一の情熱も想いも凄く込められている気がする。
 だから、ちょっとしか聴いていないけどオレは好きだよ。
 太一が初めて作った、あの曲をさ…」

「かつ、や、さん…」

 優しく微笑まれながら、そんな事を言われて…凄い嬉しくて、不覚にも
涙が滲みそうになってしまった。
 この処女作は、人前で殆ど発表することなく…ずっと彼にとってはひっそりと
しまっていた代物だった。
 そう、本格的に創作に打ち込み…自らの手で曲を紡ぎだせるようになってからは
コピーをしただけの代物を表に出せる筈がない。
 それに、技術がない頃に作ったものだから拙い物であるのも確かなのだ。
 思い入れと、作品としての出来栄えはまったく違う。
 この作品はあくまで、太一にとっては記念すべき処女作で大切に思っていても、
他の人間にこのレベルの作品を認められることはないと客観的に判断して思い込んで
いたのだ。
 だからこそ、克哉にそう言って貰えて…彼は嬉しかったのだ。 
 まだ駆け出しだった頃の、昔の自分の努力を認めてもらえたような…そんな
気がしたから。

「…ねえ、良かったら…あの曲、オレにも貰えないかな? 太一さえ良ければ、
オレ…欲しいな」

「えっ…うん! こんなので良かったら幾らでもあげるよ!」

 そうして彼は慌ててメール操作をして、克哉宛のメールに今の音楽ファイルを
添え付けして素早くこちらに送信してきた。
 彼の素早い行動にびっくりしたけれど…すぐに了承してくれて、こちらにこれを
くれたのはやはり嬉しかった。
 だからはにかむように微笑みながら、克哉はそっと自分の携帯を握り込んで
いきながら頷いていった。

「うん…オレも、大切にするよ。ありがとう、こっちの我侭を聞いてくれて…」

「いや、それは俺の言う台詞だってば。だって…克哉さんに過去の俺の頑張りを
認めて貰えたんだから、メッチャクチャ嬉しかったし…」

 そういって、微笑んだ太一の顔は輝いていた。
 そして克哉はそのメロディのデーターをEメール添付で貰い受けると…
こっそりと太一から着信が来た時の専用の曲に設定したのだ。

 そう…好きだった。
 あの時から、自分にない才能と夢を持っていて、真っ直ぐに夢に突き進んでいく
努力を続ける彼が。
 自分には、そんな風に夢中になって熱くなったものなどただの一つもなかったから。
 無難な大学に入って、卒業して…安定の道を疑いなく歩み続けてきた自分にとって
収入が不安定でもなんでも、迷いなく夢を追いかけていける彼が羨ましかった。
 その心の強さに、純粋さに克哉は紛れもなく惹かれていたのだ。
 この時点では、大切な友人の一人としか認識していなかったけれど…。

 ―そこまでの記憶が一気に脳裏に再生されて、頭が割れそうなくらいに
痛みを訴えていく。
 其処で記憶が見せる過去の情景は一旦途切れていった。

―うわぁぁぁ!

 そこまで思い出したその瞬間、克哉は床の上で七転八倒していく。
 部屋中に、彼の記憶を強引に引きずり出した…思い出のメロディが奏でられて
響き渡っていった。

(もう…止めろ! これ以上…思い出したく、ない…!)

 ギュっと瞳を閉じて、抗っても…一度強烈に太一に関することが脳内で喚起された
事によって連鎖のように…太一と初めて出会ってから、彼が歪んでしまうまでの
期間に起こった殆どの事柄を思い出してしまった。
 胸が、痛かった。
 こんなにも、自分は太一を大切に思っていた事を。
 当時は、それが恋だという自覚などなかった。
 けれどあの時…真っ直ぐに夢を追いかけるあの姿勢に、自分は憧れて…気づいたら
その想いは知らない間に変質して『恋心』へと静かに変化していたのだ。

―夢を追いかける、お前が大好きだったんだ…!

 それはとうに失われてしまった、最初に恋をした彼の姿。
 自分が歪めてしまった。
 彼から笑顔を奪ってしまった。
 あれだけアーティストになりたいと願って努力をしていた彼が…その夢を捨ててまで
嫌がっていたヤクザの跡継ぎの道を選んで、こちらを監禁して閉じ込めることを選択
した事が…克哉には辛すぎたのだ。

―太一が歌っている姿を見るのが好きだった。お前が、楽しそうにバンドの事を
語るのが好きだった。そして…そんなお前を、オレは心から支えたかったし…何か
出来る事があるのなら、協力したかったんだぁ…!!

 けれど、自分の存在が彼の本来あるべき姿を歪めてしまった。
 嗚呼…彼の家族が、自分を消そうと思う事など当然だ。
 自分が壊れる前の太一と接した期間は今思えば…三ヶ月に満たなかった。
 けれどたったそれだけの時間でも特別になるくらいに…克哉の中で太一は
輝いていた存在だったのだ。
 それを全て奪い去った克哉の存在を、彼の血縁が疎ましく思って当然だ。
 そしてその相手は…太一が抱いていた夢をきっと、応援していた人なのだろう。

―はあ、はあ…!

 それでも、着信音は鳴り続ける。
 克哉は今、強烈に目覚めていった過去の自分の想いを持て余して、荒い吐息を
吐き続ける以外に何も出来なかった。

 けれど、何十回も…その着信音は響き続けていく。
 それは太一の望みのような気がした。
 彼は、一度は解約した筈の電話にこうやって掛けてくるぐらい…それが通じているのを
知って辛抱強く待ち続けるぐらいに…強く、克哉を求めているような気がしたのだ。

(取らなきゃ…せめて、太一本人かどうかだけでも…確認、しないと…)

 頭の中はしっちゃかめっちゃかで…もう考えを纏めることすら出来やしない。
 だが、それでもはっきりと認識している事が一つだけあった。
 今の克哉は、もう一人の自分を愛している。
 けれど…太一への想いもなくなった訳ではなかったという残酷な事実だ。
 この電話を取って、自分に何が出来るのか。
 何を彼に伝えれば良いのかなんて、克哉は考えられる状態じゃなかった。

 ただその執拗なコール音こそが、彼がこちらを今も求めて手を伸ばしている証のように
感じられたのだ。
 だからそれに応えるように…崩れそうな身体を支えて、必死に携帯に手を伸ばして
それを収めていく。
 無言のまま、通話ボタンを押して・・・そっと携帯を構えていく。

 その瞬間、長い沈黙が落ちていく。
 二人共何も…言葉を紡げない状態が続いていった。
 けれど、ようやくそれが太一から放った一言で破られていった。

―もしもし、もしかして…克哉、さん…ですか…?

 そうたどたどしく問いかけてくる太一の声に、胸が潰れそうになった。

 そうだ、よ…と殆ど声にならない音量で、呟いていくと。

―良かった! 貴方と連絡がついて…駄目元でも、貴方の携帯に掛けて
みて…本当に良かった!!

 と、心から太一の嬉しそうな声が、受話器から響き渡って…克哉の鼓膜まで
届いていったのだった―


 


 
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香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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