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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 ―あれから克哉は、ソワソワした様子で…昼休みを迎えていた。

(本多、大丈夫かな…?)

 朝に顔を見た時は、あのコスプレ衣装と…パンダみたいに縁取られた
クマの両方の要因でつい笑ってしまったけれど、あんな風にヨレヨレに
なっている本多というのを克哉は見た事、なかった。
 …まあ、昨日の銭形衣装と良い何とも予想外の事ばかりやらかして
くれている訳だが。

 キーンコーンカーンコーン

 昼休みを告げるチャイムが鳴り響いていくと…克哉は入力作業を中断して
パソコンを終了していった。
 窓の外では、本日もまた…灰色の雲が広がっていた。

(最近、雨が続いているな…)

 昨日も、雨だったように記憶している。
 今夜もまた、もうすぐ降るのだろうか?
 そういえば天気予報では、今日と明日は大雨が降る予定だから傘は
必ずお持ちくださいとか言っていたのを思い出す。

(こんな日は…どうしても、あの日を思い出すな…)

 昨晩、御堂と結ばれた。
 その喜びは今でもはっきりと克哉の脳裏に刻み込まれている。
 だが、それ以上に…御堂の家の前に立ってひたすら待ち続けていた
雨の日の記憶が、克哉の中では鮮明に刻み込まれていた。

―ずっと想っていた人と再会して、肌を重ねたっていうのに…何でこんなに
不安なんだろう。

 今朝までは、浮かれていた。
 けれど…その興奮が落ち着いた今となっては、あまりに儚い夢のようだった
気がしてくる。
 あまりに幸せだったからこそ、その反動のように漠然とした不安がジワジワ…と
溢れ出て来ていた。

「御堂、さん…」

 いつの間にか、本多の事は頭の中から弾き出されて、想うのはただ…あの人の
事だけになっていた。
 そういえば、昨日は食事を一緒にしたけれど…近況報告みたいなものは
殆どしなかったように思う。
 当たり障りなく、料理とワインの話ばかりしていたような…。

「…そういえば、あの人がどんな会社に移籍したのかもまだ聞いて
なかったよな…」

 一晩、一緒に過ごした筈なのに自分達が交わした言葉の数はひどく
少ないもののように思えた。
 会えなくてどこで何をしているのか判らなかった時の事を思えば、
抱き合えただけでも僥倖なのだ。
 それなのに克哉の心は欲深く、もっとあの人の事を知りたいと…会話を
したいと訴え始めている。

(欲張りだな…オレは…)

―認めろよ

 ふいに、幻聴が聞こえた気がした。

(えっ…?)

 考え事をしている内に気づかない内に…窓際の方に一人、歩み寄って
しまっていたようだった。
 窓の外がすでに薄暗くなっているせいか、窓ガラスは鏡のようにくっきりと
克哉の顔を映していた。

―その顔が一瞬だけ、眼鏡を掛けた自分の顔に見えた気がした。

「っ…!」

 つい、瞠目していくと…今度は、はっきりと聞こえた。

―…聞こえなかったのか? ならもう一度言ってやろう。お前は実際は…相当に
欲深くて我侭なんだよ。誰の気持ちを踏みにじる事になっても我を張るような…
そんな罪深い奴なのに、何を自分だけは綺麗な人間なつもりでいるんだ…?

 嘲るように、眼鏡は嗤(わら)う。
 一瞬にして、肝が冷えるような気がした。
 もう一人の自分の眼差しはどこか冷たくて、ゾっとした。
 何でこんなに硝子玉のような無機質な色を讃えているのだろうか?
 声はまだ、続いていく。
 …その言葉の端々に、悪意のようなものが感じられるのは気のせいだろうか?

―お前は、相変わらず自分に対して正直ではないな。
 遠慮していたら、永遠に御堂を失うぞ? 欲望に正直になれ…。
 じゃなければ、お前は…御堂を悪意から守れない。今のように
フラフラと揺れて自分の足場も覚束ない状態ではな…。

「…お前、何を言っているんだよ…?」

 何でもう一人の自分が突然現れて、こんな事を言い出したのか理解が
出来なかった。
 だが、眼鏡の顔は…相変わらず、強気で傲慢そうなものであった。
 浮かれている克哉の心を引き締めるように…不穏な事を告げていき。

―警戒しろ。雨が、全てを覆い隠すかも知れない。『何か』をするには…
視界が効かない日の方が好都合だからな…。

「だから、何言っているんだよっ!」

 オフィスの中には、皆…食堂や外に食事を求めて出払っているので
克哉一人しか存在しない。

―忠告だ。御堂に抱かれて浮かれているようなお前に対してな…。

「今のが、忠告…だって…?」

―意味は、自分で考えろ。俺はもうそろそろ行く…じゃあな

「待てよっ! せめて今…言った事の意味ぐらい教えていけよっ!」

 そういって、窓硝子に映ったもう一人の自分に訴えかけていくが…間もなく
あっという間にその姿は掻き消えていった。
 残った克哉は、青ざめた表情を浮かべながらポツリ、と呟いていく。

「…何であいつは、あんなに不吉な事を…?」

 呆然としながら呟いていくと…ふいに着信を受けて、克哉の携帯電話が
鳴り響いていく。
 その名前表示に、ドキリとなった。

―其処には御堂孝典と出ていたからだ。

 だから、反射的にその電話を取っていく。

「もしもしっ!」

『…あぁ、繋がったようで良かった。…今、大丈夫だろうか?』

 声の主は、間違いなく御堂だった。
 その落ち着いた声音を聞く事が出来て…克哉は安堵の息を
零し始める。
 同時にジィン、と暖かいお茶を飲んだ時のような心が解れるような
思いを感じていった。

「あっ…はい、大丈夫です。今はウチは昼休みですから…」

『そうか。だが、君が昼食を食べ損ねてしまわないように…用件は手短に
伝えるとしよう。…明日の週末、君は時間を取れるだろうか?』

「はい、大丈夫です」

 迷う事なく、克哉は即答していった。
 今の彼は…一分でも一秒でも長く御堂と一緒に過ごしたかった。
 だから、迷う事はなかった。
 急遽、残業を頼まれることがあっても今の彼ならば…きっぱりと跳ね付けるぐらい
今の克哉にとっては御堂と過ごす事を最優先としていた。

『そうか…私の方は、恐らく仕事が立て込んでいるので…それが一段落つくのは
明日の18時から、19時くらいまで掛かるだろう。手間を掛けさせてすまないが
君の方から…私の会社の方に赴いて貰えるか? その方が早く…君と合流
出来ると思ったからな。構わないか…?』

「えぇ、大丈夫です。…御堂さんの今の会社はどこにあるんですか?」

『詳細はメールにて送信する。キクチからはそんなにアクセスは大変では
ない筈だ。では…明日、君と会えるのを楽しみにしている…』

 では、より後の言葉が思いがけず優しい声音だったので、つい胸が
小さく跳ねていってしまう。

「…はい、オレも凄い楽しみにしています…。御堂さんもお仕事、頑張って
下さい…」

 克哉が臆面もなくそう告げると、電話の向こうで御堂が小さく咳払いをしている声が
聞こえて来た。恐らく照れ隠しだろう。
 それに気づくと、少し微笑ましい気持ちになってクスクスと笑っていく。

『では、また明日…』

 そう、最後の言葉を残して通話が切れていった。
 途端に…さっきまで感じていた多幸感ではなく…漠然とした不安が広がっていく。

―今日の午後から明日に掛けて、都内では大雨になるでしょう

 そんな予報を朝に聞いた。

―警戒しろ。雨が、全てを覆い隠すかも知れない。『何か』をするには…
視界が効かない日の方が好都合だからな…。

 そんな事を、もう一人の自分がたった今、告げていった。
 そのせいで…克哉は怖かった。
 虫の知らせ、という奴だろうか。
 嫌な予感が…ジワジワ、と広がり始めて彼を侵食していく。

「気のせい、だよな…」

 そう呟いて、チラリ…と窓ガラスを覗いていくと其処には何も映っては
いなかった。
 けれど、何故か…もう一人の自分が、舌打ちをしているようなそんな
気がしてしまった―

 
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  ―男は興信所に頼んだ調査結果を全て読み終わると、本気で
憤りながらその書類を壁に叩きつけていった。
 五十代後半のその男の頭髪にはかなり白いものが混じり始めている。
 若い頃はそれなりにモテただろうというのが偲ばれる顔立ちをしていて…
目元や口元には年齢に見合ったシワがくっきりと刻み込まれていた。
 以前はノリが効いてパリっとしていたワイシャツやズボンも…今では
アイロン掛けなんてしなくなったものだから、かなりヨレヨレした印象に
なっていた。
 

「くそっ…! 冗談じゃねえぞ!」

 築30年は軽く越える、全体的にどこか薄汚く古臭いカプセルホテルの一室。
 それが60の定年を間近に控えていた男の、現在の自分の城だった。
 その書類の中には、一人の美丈夫と言える年齢の男の写真が添えられていた。
 男は、その写真を憎々しげに睨みつけていくと…大きく舌打ちをしていった。

「…俺と同じように責任を取らされた癖に、自分は別の会社にさっさと就職先を
見つけただと…! しかもそこでも部長待遇でなんて…ふざけんじゃねえよ!
同じように責任を取らされた俺なんかはどうすれば良いんだよっ!」

 ほんの二ヶ月前なら、男は衣服や身だしなみの類には相当に気を使い…
清潔感を出すように務めていた。
 だが、一ヵ月半くらい前に…いきなり御堂が責任を取らされて、新商品であるプロト
ファイバーの担当を外されて辞職。
 それに伴って、生産工業の責任者を任されていた自分も強引に…増産を求められて
いた時期にそれに対応が出来なかった事。
 生産量が受注量に追いつかない対応の悪さや、その混乱に起こった幾つかのミスの
責任を負わされる形で、彼の他に営業や広報を担当していた者も首切りされていた。
 大隈専務は、社運を掛けて打ち出した新商品が起動に乗らなかったことを知ると
キクチ・マーケーティングに無理矢理過失を押し付けたと同じ理由で、何人かの
人間を強引に解雇することで対面を保ったのだ。

 そして定年を後数年に控えていた男は…不運にも白羽の矢を当てられて
後もう少し我慢すれば得られた多額の退職金の大半をフイにされる形で仕事すらも
失ってしまったのだ。
 密かに描いていた退職後のプランも全て白紙にされ。
 この歳で再就職先を探す羽目になり。
 妻とも気まずい感じになって、この一ヶ月程はこのカプセルホテルが彼の住居に
等しくなってしまっていた。
 それでも男は、なけなしのお金を払って…探偵を雇い、御堂のその後…どうしているかを
知る為に調べて貰っていたのだった。

 許せない! 許せない…! 許せない…!

 かつての彼は、御堂はいけ好かない上司ではあったが…その手腕は
認めていた。
 元工場長と御堂の付き合いは、10年程にもなる。
 人間的に合う合わないの問題は確かにあったが、それでも…表面的にはさほど
問題もなく彼らは連携して、一緒の仕事を何度も担当していたのだ。
 だが…人は、当たり前のように得られると信じ込んでいたものを唐突に奪われたら
本気で怒るものだ。
 実際に裏で糸を引いて、責任逃れを行ったのは大隈の方である。
 だが、長い付き合いがある…御堂には「仕事に関する事」だけは信頼を
置いていた事からこそ、恨みは深くなってしまっていた。

 人は窮地に立たれた時、自分のせいだと己を責めて反省して次回の失敗に生かすか
自分を守る為に他人に全てをおっ被せるか、この2パターンに陥るの場合が殆どだ。
 男は生真面目で朴訥な人柄だった。
 人に裏切られたり、そういう事に無縁な人生を送っていた。

 ―ここまでの挫折を味わった事がなかったからこそ、男の心は荒れに荒れ狂っていた。

 MGNという大手の会社の生産工場を任されていた男は、無断欠勤も遅刻もしない。
 誠実な仕事をする人間だった。
 なのに、あまりに理不尽な理由で…『御堂』とそれなりに親交があったというだけで
大隈に目をつけられて、解雇されてしまうというのは…あまりにショックで。
 定年後に妻と移住して、ゆったり暮らすプランも立てられていたのに…それを
直前で奪われた悔しさは、男の心根を大きく歪めてしまっていた。

「…あんただけが、あっさりと新しい職を得て…何もなかった事にして今までと同じ
エリートコースを歩み続けるだなんて…ふざけるんじゃねえよ…」

 唇から、押し殺した声が漏れていく。
 その瞳は、憎悪によって強く輝いていた。
 御堂が恨めしかった。
 本気で憎くて堪らなくなっていた。
 最初の頃は、そんな負の感情に負けたくなくて押さえ込んでいたが…男の胸の中に
宿るのは若くて有能な御堂に対しての強烈な嫉妬だった。

―俺には、就職先など…ロクな条件の場所しかないのに!

 嫉妬は時に、強烈なエネルギーになるが…人を間違った方向に進ませる
諸刃の剣のような一面もある。
 一ヶ月経たない内にMGNに負けずとも劣らない会社に就職してそこでも
高待遇を得ているのが許せなかった。妬ましくて死にそうなくらいだった。

「…あんたの巻き添えになる形で、こっちはあんな目に遭ったっていうのに…
あんただけが幸せになるなんて許せるかよっ!」

 グシャ、と書類を握りつぶしながら禍々しく男は笑っていく。
 この報告書のおかげで、やっと今の御堂の会社の所在地を知る事が出来た。
 それは男にとって、千載一遇のチャンスを生み出す貴重な情報内容であった。
 
―これで、目に物を見せてやれる…!

 男は、危うく笑っていく。
 人は真面目すぎると、視野が狭いと…すぐに極端な方向へと突き進むものだ。
 まさに…この男性はその典型であった。
 嫉妬という強烈な感情に突き動かされて、恐ろしい計画を練り上げていく。
 人は…孤立すると、感情を極端な方へと揺れ動かしていく。
 間違った考えを抱いても、それにブレーキを掛けることすら出来なくなる。
 
「…もし、務め始めの会社で入社そうそう…事故か何かで休んだりしたら、
困らせるだろうな…! はは、良い気味だっ!」

 自分の中の身勝手な妄想に身を焦がしながら、男は安いカップ酒を煽って
あっという間に飲み干していく。
 男の中で、凶悪なシナリオはチャクチャクと展開されていた。
 今まではそれが、御堂の所在が判らないという理由でブレーキが辛うじて利いて
いたが…今は知ってしまった以上、歯止めが聞かなかった。
 嫉妬が心を歪にし、間違った方向へと踏み外させていく。

 ―窓の向こうには本日も鈍色の空が広がり続けている。

 陰鬱で、重苦しい空を見つめていきながら…男は、凶悪な考えを
頭の中で考えて楽しんでいく。
 ゆっくりと…御堂も、克哉も、本多も誰もあずかり知らない処で…事態は
悪い方へと突き進み始めていったのだった―

  
 
  ―結局その後、片桐に強引に医務室のベッドに連れていかれた後、
暫く本多は起き上がれなくなっていた。
 片桐に強引にベッドに寝かされた時は「大丈夫ですから!」と強く反発
していたのだが…やはり、一晩まともに寝ていない状態では、清潔な
シーツの誘惑には勝てなかった。

(眠れないのは変わらないけどな…)

 ただ横になっているだけでも、確かに身体は少しだけ楽になっていた。
 しかし心の混乱は一層、広まっていくだけだった。

「どっちが本当なんだよ…」

 プロトファイバーの営業やっていた期間中の今にも倒れそうで
顔色が悪かった克哉。
 昨日の画面に映っていた、御堂に嬲られていた場面。
 屋上で詰問した時に、自分の前でポロポロ泣いていた姿。
 御堂からの便りを見て、ウキウキした様子をしていた彼。
 そして…今朝の、晴れやかで朗らかな笑顔。

 これらの場面には全て御堂が絡んでいる筈なのに、何かが
噛み合わない。
 あんな事をされたら、自分だったらその相手を大嫌いになる。
 そんな相手がいなくなったら二度と会いたくないだろう。
 けれど、それでは…説明がつかない。
 もし、今朝…克哉が泣いていたのならば、本多は会社を飛び出して
御堂の元に殴り込みにいかんばかりの勢いだった。

―だが、克哉本人にそれを否定されたようなものだった。

「…お前が、判らねぇよ。克哉…」

 半分、泣き言に近い感じで…本多は仰向けの状態のまま両手で
顔を覆い…苦しげに呟いていく。
 それでもベッドに横になっている内に何度かウツラウツラ、と浅い
眠りを繰り返している内にあっという間に昼休みを迎えてしまった。

キーンコーンカーンコーン

 昼休みを告げるチャイムが、医務室内にも響き渡っていく。
 キクチ・マーケーティングに入社してから早三年以上。
 本多がこんなに長い時間、この部屋のお世話になった事は
初めての事だった。

(…何か、こんな風にぶっ倒れるのなんて学生時代ぶりかもな…)
 
 そういえば学生時代、バレーボールに打ち込んでいた時は
猛練習のおかげで負傷したり、体調を崩してお世話になった事は
あったかも知れない。
 だが基本的に人並外れた体力の持ち主である本多は…風邪とか
悩みまくって倒れた経験は今までの人生では皆無だったのだ。

「ザマ、ねえな…。八課の仲間達に迷惑掛けちまうなんて…」

 心底悔しそうに呟いたその時。
 医務室の扉がガラっと開いていった。

「本多君…体調は如何ですか?」

 其処に立っていたのは片桐だった。
 いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべて…そのままベッドの方へと
向かって来た。

「あ、はい…大丈夫っす…」

「嘘はいけませんよ。顔色はまだ…そんなに悪いじゃないですか」

 あっさりと看破されて、本多は気まずそうな表情を浮かべた。
 やはり、パンダ状態になっているクマが今もくっきりと刻まれた
ままでは…大丈夫だと言っても説得力に欠けていた。

「…眠れなかったんですか?」

「…そうっす。ちょっとグルグルと考えちまうことがあって…」

「悩み事ですか?」

「…まあ、そんなようなものっすね…」

 それから、片桐はベッドサイドに置いてあった丸椅子の上に腰を掛けて
いくと…心配そうに本多の顔を覗き込んでいった。

「…何、見ているんスか…?」

「…僕で良ければ聞く事ぐらいは出来ますけど…どうしますか? 眠るのに
邪魔だというのなら大人しく退散しますけどね…」

 …そんな事をいきなり言われるとは予想していなかっただけに…本多は
一瞬、面食らっていった。
 
(いきなりそんな事を言われても…あんなの、簡単に話せるような
内容じゃないからな…)

 少なくとも、昨日謎の男に見せ付けられた内容を…同じ課の人間で
ある片桐には絶対に話すことなど出来なかった。
 だが…かいつまんで、詳細を話さないで一部だけだったら?
 ふと、そんな考えが浮かんでいった。
 正直、ここ数日に起こった事だけでも混乱している部分があって
本多の中では整理を仕切れてなくて。
 パンパンに膨れ上がっているのは、自分でも良く判った。

(…少しだけ、意見を聞いてみるのも良いかもな…)

 普段の本多だったら、恐らく片桐や他の人間にそう申し出されても
自分で処理することを良しとして相談しようとなど思わなかっただろう。
 それが彼の長所でもあり、短所でもある。
 他者の意見を求めないから自分の価値観や感覚に判断が偏りがち
になり…時に他者の痛みや考えを理解出来ないと言った弊害を
生んでしまう。

 良くも悪くも、彼は一人で抱え込む性質なのだ。
 誰かに頼ったり、迷惑を掛けることを良しとしない性分。
 それが皮肉にも大学最後の歳に…かつての仲間達と大きな
確執を生んだ原因にも繋がっていた。

「…片桐さん。ちょっとした例え話なんですけど…好きな相手がいて、
その相手が…今、付き合っている相手に過去に酷いことをされていた。
それを知ってこっちが怒っているのに、その相手は…今は、そいつと
一緒にいて幸せそうに笑っているんですよ。
 その仕打ちが…到底、許せるような代物じゃないにも関わらず…
それでも、その相手といて幸せだっていうのなら、それは何でしょうかね…?」

「…それは、本多君が気になる子の話ですか…?」

「そうっす。今まで、自分はその相手を好きだって自覚なくて…恋を
しているって気づいたのはつい最近なんすけどね。けど、ふとした事で
そいつが酷いことをされていたって事実を知っちまって…今も泣いて
いるんなら、俺の処に来いよ! って…そいつなんて忘ちまえ…とか
そんな風に言えるんですよ。けど、俺が好きだって気づいた時には…
その男と上手くいったみたいで…本当に幸せそうに笑っていて…
どっちが本当なのか、判断つかないスよ…」

 話している内に、段々と涙目になっていった。
 昨日の映像のショックを、思い出してしまったからだ。
 悩んで、悩んで…あんな事が裏であったのに気づいてやれなくて
心底悔やんでいた。
 過去は、変えられない。
 その事は本多も判っている。けれど…その気持ちを、今朝の
克哉の笑顔が裏切っていくのだ。

―御堂と逢うな! という事が本当に克哉の為なのか…?

 あの笑顔を見て、初めて本多の中にその想いが生まれた。
 それがまた…眠れなくなる要因の一つになっていて…彼は
たった一晩の間に随分と気持ちが弱ってしまっていた。

「…それは、難しい話ですね…」

 と言いながら、片桐は暫く唸っていった。
 それから暫くの間、沈黙が落ちていく。
 チクタクチクタク…と秒針を刻む音が妙に大きく聞こえるくらいに
静かな室内。
 けれど、片桐の表情は真剣そのもので…とても、聴かなかったことに
して下さいと言い出せる気配ではなかった。

(片桐さんに相談するべきじゃなかったのか…?)

 自分の上司をこんなに悩ませてしまうぐらいなら、抱えておく
べきだったと…本多は後悔し始めていた。
 だが、次の瞬間…片桐は穏やかに微笑みながら口を開いていった。

「…これは僕の考えですけどね。もし、それでも答えを出したいの
ならば…相手にとって、一番良いと思われる行動を取ってあげたら
どうですか…?」

「相手に、とって…一番良い行動…?」

「はい、それが人を愛するって事じゃないでしょうか…?」

 だが、その意味を本多は良く理解出来ない。
 それは今まで彼が考えたことがない視点であったから。
 訳が判らないという、困惑した表情を本多が浮かべていくと…。

「…まだ、判らなくてもしょうがないですよ。…本多君はまだ、
若いんですからね…」

 そういって片桐は儚く笑っていく。

―この瞬間、いつもは気弱で頼りないと思い込んでいた上司が…
その歳の差の分だけ、それなりに痛みを伴った人生を送って来た事を
初めて本多は自覚したのだった…。
  ―克哉にとって、災難だったのは…御堂と再会したのが週末ではなく
週の半ばであった事だった。

 楽しい時間と、嬉しい一時というのは得てしてあっという間に
過ぎ去るものだ。
 会いたくて会いたくて堪らないとこの一ヶ月、願い続けていた人とようやく
顔を合わせて、触れ合う事が出来て…克哉は幸せだった。
 だが、御堂の方は強引に作り上げた時間だったらしく…奇しくも、
朝七時にはホテルをチェックアウトして、解散する流れとなってしまっていた。
 新しい会社でも、御堂の仕事量はきっと多いのだろうなとすぐに
推測がついてしまった。

―もう少しだけ一緒にいたかったな…。

 本音を言うとそんな想いはあったが、我侭を言って困らせるのは嫌だった
から克哉は素直に御堂を見送った。
 そして早朝に、誰よりも早く八課のオフィスに足を向けてしまっていた。
 昨晩は本多を撒く為に色々と画策していたせいで…中途半端になって
しまった作業が幾つかあったからだ。
 それをこなす為に…不本意ながら七時台には自分の机の前に辿り
ついていくと…何故か、自分と本多の机の上に不審な代物があった。

「っ…! 何でこんな物が?」

 本多の机の上には何故か、昨日彼が纏っていた例の銭形刑事の
コートと帽子がセットで、綺麗に折りたたまれた状態で並んでいた。
 それだけならまだ良い。
 問題なら自分の机の上だ。
 克哉のディスクの上には、未開封状態のルパンの変装セットが
置かれていた。
 銭形とルパン…やたら執拗に泥棒を追いかける刑事と、逃げまくる
泥棒…。もしくは追う者と追われる者。
  何となく今の自分達の関係を暗示している品が置かれている事に
怪訝そうな顔を浮かべていく。

「…というか、これ…昨晩、本多が身に着けていた物だよな。どうして
本多の姿が見えないのに…置いてあるんだ?」

 それが心底不思議で、う~んと考え込んでいくと…本多のディスクの
片隅に四つ折りで織り込まれた手紙が添えられているのに気づいた。

「…手紙?」

 本来なら、人の手紙を勝手に見るのは失礼な行為に当たるのは
判っている。
 だが、この不可解な現象の答えを知りたくて…克哉はつい、その手紙を
開いて見てしまった。
 其処には簡潔に、こう記されていた。

―昨晩、本多様が当店にてお忘れになった物をお届けさせて
頂きました。ご利用、ありがとうございます  Mr.Rより愛を込めて

 …一瞬、その内容を見て克哉はその場に凍りついた。

「って…! 何でMr.Rの署名があるんだっ!?」

 まさかこんな所でRの名前を見るなんて思ってもみなかったので
軽くパニクっていると…背後からいきなり、大声で名前を呼ばれていった。

「克哉っ!?」

 その妙に男らしい声で名を呼ばれてドキっと心臓が跳ねた。
 一瞬、振り向くのに躊躇いがあった。
 昨晩に本多が自分をつけて来ていたのは記憶に新しい。
 しかもたった今、彼の机の上に置いてあった手紙を勝手に盗み見るような
真似をした直後である。
 気分は急速冷凍である。
 克哉がその場にカチンコチンになって凍り付いていくと。

「…おい、こっちを見ろよ?」

 妙にドスの効いた凄みのある声で呼びかけられて、観念して相手の
方へと向き直っていくと…。

―次の瞬間、不覚にも爆笑してしまった。

「…わっ…はははははっ!」

 本当なら、ここは笑ってしまってはいけない場面だっていうのは
重々判っていた。
 だがあまりのインパクトに、つい吹き出してしまった。
 本多の目の周りには恐ろしいまでにくっきりと大クマが刻み込まれて
しまっていた。
 それが…縁取られて、アライグマとかパンダの目元のような有様に
なっていて、妙に愛嬌ある感じになってしまっていた。
 しかも目元が軽く充血しているからそれだけなら、怖い感じになっている
だろうが…やはりパンダ模様のインパクトは物凄かった。
 一言で形容すれば相当におかしい顔になっていたのだ。

「って…! 克哉、笑うなっ!」

 本多自身も、自分の顔が一晩過ぎて凄い事になっていたことには
すでに気づいていたが…やはりこうやって顔を合わせた瞬間に
笑われると相当に傷つくものだ。
 しかし克哉の笑いは、まだ留まる気配がなかった。
 そう叫んだ瞬間、自分の机の上に変装セットが置かれているのに
気づいて…ぎょっとなっていく。

(…って、何でこれがここにいるんだ~!)

「ご、御免…。その顔、正直…フイを突かれたものだったから。…笑っちゃ
いけないって判っているんだけど…」

「お、おう…それは良いんだが…何で俺の机の上にこんなんのが置いて
あるんだか…。わざわざこんな物、戻さなくて良いのによ…」

 本多が苦々しげに呟いていくが、目元がパンダみたく縁取られて
いる状態で呟いても笑うを誘うだけであった。
 それで克哉は、必死に笑いを噛み殺す羽目になっていた。
 …それは昨晩、衝撃内容を見せ付けられて一晩中徹夜で葛藤を
し続けた故の副産物だったのだが、克哉はそこまでの事情を知らない。
 ついでに言うと、この変装セットがお互いの机の上に置かれているだけで
雰囲気が妙な事になってしまっていたのも事実だった。

 今朝、本多と顔を合わせたらもっと怖い雰囲気になっているような
予感がして出社する前は身構えていたが…このセットと、本多の変な顔の
おかげで何だか解れてしまっていた。
 恐らく、こちらが吹き出しているのは本多にとっては不本意なものであるに
違いないのは判っているが…それでも、その顔のせいでシリアスな雰囲気とは
程遠い空気になってしまっていた。
 同時に、本多の方もどうすれば良いのか戸惑ってしまていた。
 昨日、見せ付けられた画像が画像だっただけに、御堂とあの後一緒に過ごして
いた克哉はもう少し悲壮な雰囲気を漂わせていると踏んでいたのだ。

(何か…今朝の克哉、少し空気が違わないか…?)

 そう、この一ヶ月引きずり続けていた重いものが、払拭されているような
明るい笑顔を克哉は浮かべていた。
 それで余計に訳が判らなくなった。
 昨晩の画像は確かにショックだった。
 けれど同時に…あれが本当に克哉であったのかと疑う気持ちもまた…彼の
心の中には生じていたのだ。
 克哉を信じるなら、あれは嘘と思った方が良い。
 怒りで荒れ狂う心と裏腹に、そんな考えも…彼の中に芽生えていた。

「…克哉ぁ、いつまで人のツラ見て笑っているんだよ…」

 さっきから友人に、チラチラと顔を伺われては…笑いを噛み殺され続けて
本多の心は微妙に傷つきまくっていく。
 同時に、昨晩のあれは…あの怪しい男に担がれただけではないのかと
言う思いも生まれていった。

(本当にあんな事をされた相手と…再会して、翌日こんな風に笑えるもん
なのかよ…?)

 幸せそうに笑う克哉の姿に、何が本当で…何が嘘か、本多の中で
余計に判らなくなっていく。
 目の前の克哉が、あまりに朗らかに笑うから。
 こちらのくっきりした大クマが浮かんでいる顔を見て…盛大に吹き出し
たりなんてするから。
 ついでに言うと、昨晩勢いで購入した変装セットなんて机の上に置かれて
しまっているから…空気が妙な事になって、シリアスには程遠い感じに
なってしまっていた。
 そんな頃、ようやく出社してきた片桐がオフィスに足を踏み入れていくと…
本多の形相を見て、心底心配そうに駆け寄って来た。

「お、おはよう…ほ、本多君…その顔、どうしたんですかっ…!」

「あ、いや…ちょっと寝れなくて…すみません。仕事はちゃんとやりますから…」

「いけません! そんな凄い顔をしているのに無理なんかしたら本当に倒れて
しまいますよ…! 仮眠室で少しで良いから休んできて下さい。
幸い、今日はそんなに忙しくないですし…代わりに仕事をしておきますから!」

 そういってグイグイと片桐は本多の身体を押して、仮眠室の方へと
押しやろうとしていく。

「って、本気で大丈夫っすから! 片桐さん…落ち着いて下さい!」
 
 と、本多が訴えていくが…片桐は聞く耳持たないようであった。
 そのまま片桐が強引に本多を凄い心配そうな剣幕で押し出して、克哉は
一人…オフィスに取り残されていく。
 あまりに予想外の展開が続いてしまって、呆然としながら…ポツリと
呟いてしまった。

「…何なんだろう…この、展開…」

 しかし皮肉にも、この今朝の何とも締まりが悪い一時が…本多の昨晩
上がりまくった頭の血を下げる結果となり…。
 少なくとも、二人の間に冷静に考える時間を齎してくれたのは疑いようの
ない事実であった―
  ―ベッドに組み敷かれていくと、御堂の手で容赦なく…克哉は
暴かれていった。
 
 本来なら同性相手に裸身を晒す事など他の人間相手なら何てこと
ない筈なのに…どうして、この人が相手だとこんなに恥ずかしいのだろうか?
 シャツを乱暴に剥かれ、下肢の衣類や靴下までもが脱がされていく。
 一足先に自分だけが裸にされる居たたまれなさに、克哉の心臓は
破裂寸前になっていた。

「…そ、んなに…見ないで、下さい…」

「…ダメだ。キチンと…私に、確認…させるんだ…」

「あっ…」

 まるで自分の痕跡を刻んでいくかのように…御堂は、克哉の首筋や
鎖骨の周辺に強めに吸い付いて赤い痕を刻み込んでいく。
 その度に肌に鋭い痛みが走って…克哉の身体が大きく跳ね上がる。
 アイボリーのシーツの上で、克哉の白い肢体が躍動する様は…思わず
目が奪われそうになるくらいに扇情的だった。
 白い肌の上に、御堂が刻んだ赤い華が鮮やかに色づいている。
 御堂はその様子を見て、酷く満足げに微笑んでいった。

「ん、ん…」

 そして深く唇を塞がれて、胸の突起を弄られる。
 硬く張り詰めた其処をこねくり回されたり、軽くつねられていくだけで
甘い痺れが背筋を走り抜けて、先程精を放ったばかりのペニスが…再び
もたげていくのが判った。

「…君のは、随分とまた…元気になっている、みたいだな…」

「…い、わないで…下、さい…」

 言われるまでもなく克哉の性器は、再び硬度を取り戻して…うっすらと
赤い鈴口の割れ目がヒクヒクと震えているのが自分でも判った。
 何故、御堂に触れられると自分はここまで強く感じてしまうのだろうか。
 こんなの…自分の身体じゃない。
 そう疑いたくなるくらい、どこもかしこも敏感になって…触れられる度に
強い快感が走り抜けていった。

「み、どう…さ…ん…」

 だが、克哉が触れられたいのは今、元気になっている其処ではない。
 もっと奥深い場所だった。
 其処は貪欲に御堂を求めて、蠢いているのを自覚する。
 つい…物欲しげな、潤んだ瞳で相手を見つめていくと…その意図を
読んだように、御堂の指先が蕾に宛がわれていった。

「あっ…ぅ…」

 御堂の指先は、潤滑剤のオイルで濡れていた。
 予め用意してあったのだろうか? 
 潤った指先が克哉の内部に容赦なく侵入してくる。
 それで的確に前立腺の部位を探り当てられて、其処を弄られていくと
克哉は嬌声を漏らしていった。

「やっ…御堂さん! 其処…っは…あぁ…!」

 もう、自分の感じる場所は御堂は熟知しているに違いない。
 彼の指先がこちらの内壁を縦横無尽に弄り倒している内に…克哉は
耐え切れないとばかりにその背中に縋り付いていく。
 御堂の方は、まだ…衣類を殆ど脱いでいない。
 これじゃあ、直接触れ合えない。
 衣類でこの人と隔てられているような気がして…少し寂しく思いながら
克哉はそのシャツを握り込んでいった。

「…いや、じゃないだろう。君は…此処が、凄く感じる癖に…」

「んっ…はぁ…」

 自分の内部が、この人を求めてどこまでも浅ましく貪婪に食い締めて
いるのが良く判る。
 次第にこんな刺激では物足りなくなって、克哉は淫蕩な表情を無意識の
内に浮かべていた。
 澄んだアイスブルーの瞳が、御堂を求めて強く煌いていく。
 恐らく克哉本人は、自分のその双眸が…彼を求める男にとっては
何よりも扇情的に映ることなど自覚していないに違いない。

(その眼だ…)

 こうしている時、御堂の心を強く揺さぶり続けたのは。
 ただ従順に…こちらに抱かれているだけの腑抜けの男だったら、
恐らく御堂は克哉に其処まで惹かれることはなかっただろう。
 時折、セックスの際に見せる…強い瞳の輝き。
 それは美しい一対の宝石のようにさえ思えて…何度も、御堂の心を
揺さぶり続けていた。
 
 その眼がもっと見たかった。
 自分に単純に屈服しない男に苛立つ気持ちが半々と。
 心から今、愛しいと思う気持ちをない交ぜになりながら…その瞳を
良く見ようと顔を近づけていく。
 深く口付けながら…内部で指先を蠢かしていくと…克哉が堪えきれ
ないとばかりに、激しく頭を振り続けていた。

「ふぁ…御堂、さん…もう、オレ…っ!」

 欲しくて、堪らなかった。
 早くこの人と繋がりたかった。
 そう瞳で訴えかけながら、涙目で克哉は御堂を見つめていった。
 それに煽られるように、御堂も…我慢の限界を迎えていく。

―この瞬間、二人の気持ちは確かに重なっていた。

 一旦身体を離して、手早く全ての衣類を脱ぎ去っていく。
 今まで…こんな風に二人共、全ての衣類を脱ぎ去ることは一度も
なかった。
 何もかもを脱ぎ捨てて、初めて…裸のままで向き合う。
 靴下も、何もかもを取り払って指を引き抜いていくと…無言のまま
克哉の内部に、己の性器を突き入れていった。

「あっ…あぁぁ…!」

 初めて、顔を向き合いながら…全てを脱ぎ捨てて抱かれた。
 言葉では、好きだとか愛しているとか…そんな甘い睦言は、言っては
くれなかった。
 けど、それで良い。
 今…御堂の瞳は熱く燃えて、こちらを求めてくれているのが良く
判ったから。

 熱い塊が克哉の内部を灼いていく。
 こんなにこの人のモノを熱く感じた事なんて今までなかった。
 それをもっと深く感じたくて、強烈に食い締めていく。
 もっともっと…激しく、この人が欲しかった。
 強く、御堂を感じ取りたかった。

「克哉…」

 初めて、御堂が…こちらの名を呼ぶ。
 たったそれだけの事でも、嬉しい。
 うっすらと…快楽と、喜びの感情が織り交じった涙が目元に
浮かんでいく。
 それを少しだけ優しい指先で拭われながら、激しく身体を
揺さぶられていった。

「んっ…み、どう…さん…」

 本当は、自分の下の名前で呼んでくれたのだからこっちも孝典さんと
返したかったけれど…まだ、躊躇いがあって…いつもと同じ呼び方を
してしまった。
 グチャグチャ、と淫らな接合音が部屋中に響き渡っていく。
 身体の全てで、御堂を感じている実感があった。
 あまりに気持ちよくて、何も考えられなくなる。
 熱に浮かされるように、克哉は…相手に己の思いを告げていった。

「はっ…あぁ…好き、です…御堂、さん…好き…」

 もう、この気持ちを隠したくなかった。
 この人が求めてくれているのは判ったから。
 自分だけがこの思いを抱いている訳ではないって…再会して、数時間
一緒にいただけでも充分に判ったから。
 だから、克哉はしっかりと思いを告げていく。

―その瞬間、御堂が優しく微笑んでくれたような気がした。

 そして、耳元に唇を寄せられて囁かれていく。

「私、もだ…」

 たった、一言。短い単語。
 けど…それだけで克哉は堪らなく幸福だった。
 強く強く、この人の身体に抱きついていく。
 幸せで、今だったらこのまま死んでも構わないと思えるくらいの
喜びと快楽に浸りながら。

―ほぼ、同じタイミングで二人は昇り詰めていったのだった―
  ―御堂と克哉が、ゆっくりとお互いの想いを確認し合っているのと
同じ頃…本多は画面に映るとんでもない光景を食い入るように
見つめていた。

―これは一体、何だ?

 克哉が誰かの下肢の前に跪いて…口で性器を愛している場面がやっと
終わると更にとんでもない場面がTVに映し出されていった。
  どこかのホテルの一室で、克哉が目隠しをされながら…椅子の上に拘束
されて、大股開きをさせられている。
  普段は隠されて決して晒されない奥まった秘所まで丸見えのその体制に
本多は息を呑んでいった。

―これは本当に…克哉なのかよ!

 信じられない思いでいっぱいだった。
 あの克哉に、本当にこんな過去があったなんて信じたくなかった。
 目隠しをされているせいで、目元が隠れている。
 本多は強く、それが克哉に良く似た別人である事を願った。
 だが無常にも、行為は続けられていく。
 ザーザーという音に混じって、克哉の嬌声が流れ込んでくる。
 その声が皮肉にも…それが紛れも無く克哉本人である事を裏付けて
しまっていた。

 ―止めて下さい…っ

 そう声を漏らしていたが、徐々に克哉の性器は硬く張り詰めていく。
 その様は酷く…卑猥だった。
 当然の事ながら、本多は克哉のこんな姿を今まで見た事などなかった。
 本多にとって彼はあくまで同性の友人であり…性的な対象としてみた事など
ただの一度もない筈…だった。
 だが、その艶っぽい姿につい目線が釘付けになっていく。
 
「…こ、んな…」

 相手の男の顔は見えない。誰だがまだ特定は出来なかった。
 それでも…克哉にこんな真似をしている『誰か』に嫉妬している自分がいた。
 上等そうなスーツを纏った男の手が、克哉の肌に氷を押し付けながら…
克哉の唇を強引に塞いでいた。

「…っ!」

 男の姿はシルエットになってぼやけていて…はっきりと見えるのは克哉の
姿のみだ。だが、二人が濃厚なキスをしているのだけは充分に判った。
 胸を満たすのは…強烈な嫉妬。
 克哉がその度に、艶かしい表情を浮かべていく。

―はぁ、はあ…

 憤りと同時に、本多は激しく興奮してしまっていた。
 息が次第に乱れて、忙しいものに変わっていく。
 見ていてムカつくのに…なのに、克哉の痴態から目を離す事が出来ない。
 
「っ…くぅっ…。う……んうっ!!」

 くぐもった声を漏らしながら…克哉がもがいていく。
 その声が酷く扇情的に聞こえた。
 男の手が氷を押し付けつつも、克哉の胸元や腹部の辺りを撫ぜ回していって…
その度にその肉体がビクビクと震えていく。
 ゆっくりと氷を持った手は下降していって、茂みの中へと落とされていく。

 ―克哉の身体が大きく跳ねて、震えている様が…淫らだった。

 この状況から逃れようと克哉が必死に身体をギシギシと動かしていく。
 それがかえって腰を揺らめかしているように見えて、誘い掛けているかの
ように本多には映った。

「か、つや…」

 目が、離せない。
 自分の友人の恐ろしいまでの媚態に。
 そしてペニスが握りこまれて…それから、氷を内部に埋め込まれていった。
 とんでもない光景だ。だがそれによって克哉の身体が妖しく色づいていくようにも
見えてしまった。
 そして暫く、氷を埋め込まれたまま耐えていたが…克哉は、必死に懇願して…
男の口にペニスを含まれて、そのまま達していった。

 そこで場面が暗転する。一瞬だけチカっと瞬いて真っ黒な画面が覗いていくと…
次は更に衝撃的な姿が映し出されていた。

「…これ以上、何があるっていうんだよ…!」

 怒号するように、本多が大声を挙げていく。
 これ以上、克哉のこんな姿を見ていたくないという憤りと…友人の乱れて、感じる様を
もっと見たいという相反した感情が彼の心の中に生じていた。
 そして、次に見た光景に愕然となる。思わず声も出せなくなったぐらいだった。

「…っ!!!」

 今度の克哉はシャツだけは着せられたまま…下半身は完全にむき出しの状態で
四つんばいにされて、両手を拘束させられていた。
 かなり屈辱的な体制だ。
 だが、克哉もそれを感じているらしく…今までとは違って、かなり挑戦的な眼差しを
浮かべて…相手を睨みつけているみたいだった。

(克哉…こんな顔も出来たのか…?)

 今まで本多は、克哉のこんな表情を見た事がない。
 どんな酷い言葉を投げつけられても、舐められているような扱いをされても
自分の知っている佐伯克哉はいつだって曖昧に微笑むだけだった。
 このテレビを通して、今まで知らなかった克哉の別の側面を知っていく。
 それは…腹立たしいと同時に、強く本多の興味を引いていた。
 
 ふいに画面がぼやけていく。
 そして…ここだけ、この二人のやり取りが鮮明に聞き取れてしまった。

―反抗的な目だ。君は、まだ自分の立場がわかっていないようだな

―そんなこと…っ! こうして、いう事を聞いているじゃないですか

―仕事が欲しくて尻尾を振る犬が偉そうな口を利く

―仕事が欲しいだけじゃありません

 その言葉に息を呑んでいく。
 嫌な予感がした。
 本多は、克哉の性格をある程度は熟知している。
 仕事という言葉を気にしながら更にその会話に耳を傾けていくととんでもない
一言が紡がれていった。

―ああ、失敬。君はこうやって嬲られるのが好きなのだったな

―なっ…! 違います! 八課の為じゃなければ、誰がこんな…!

―フッ、ご立派な犠牲精神だ。

「…何だとっ!」

 その言葉を聞いた瞬間、本多は吼えた。
 最初のフェラチオと言い、拘束されて氷を突きつけられて攻め立てられる姿と良い
傍から見て愛情がある行為にはどうしても見えなかった。
 何故、克哉がそんな相手とこんな行為をしていたのか…本多にはどうしても腑に
落ちない部分があった。
 だが、その一言で符号が合致していく。

 異常に一時、克哉の顔色が悪かったのも…今にも倒れそうになっていた時期が
確かにあった
 確かあれは…御堂がムチャクチャな目標数値を設定して、克哉がそれを
懇願しにいった直後くらいからではなかったか?
 確か自分はその前後に、あまりの体調の悪そうな態度が気になって…
克哉を引き止めて体調を伺ったりしていた。
 だが、その時は何でもない…という言葉を聞いて、引き下がっていった。
 しかし…本多はその時、あっさりと引き下がってしまったことを心から後悔して
しまっていた。

―だったら、この姿を君の仲間に見せてやったらどうだ? 涙を流して感謝するだろうよ

 見ていたら、絶対に本多は…御堂を許せなかっただろう。
 仕事が欲しくて、克哉を犠牲にするような真似を彼なら絶対にしなかった。
 それが判っていたから…きっと、克哉は口を噤んで一人、耐え続けていたのだ。

「…こんな、のが…これが、克哉が俺たちに隠し続けていたことだって…言う、のかよ…!
こんなのって、ねえよっ…!」

 本気で嘆きながら、本多は大声で叫んでいった。
 知らなかった。気づいていなかった。
 御堂がここまで、克哉に裏で酷い真似をしていたなんて。
 過去に疑念を抱いていた事の答えを知って、本気で本多は…御堂に殺意すら
抱いていた。
 結果的にプロトファイバーの売り上げはそこそこのレベルまで行って、八課の評価は
社内では格段に上がっていた。
 その現状に正直、自分は満足してしまっていた。
 けれど…その裏で、克哉がこうして…犠牲になって、自分達を守ってくれた事を
知ったことで男の心に強い決意が宿っていく。

 それが、真実を湾曲して受け止めさせてしまった。

 ここに映し出されたのは、確かに佐伯克哉が心の奥で秘め続けていた事。
 だが、彼はまだ気づいていなかった。
 本日の克哉は、こんな酷い扱いをされた相手にも関わらずどうして自分を必死に
撒いて御堂に会いに向かったのか…という事に対しての答えだ。
 フツフツと湧いてくる怒りをどう処理すれば良いのか惑っている本多に対して…
ようやく黒衣の男が語りかけていく。
 
―これは、あくまで…あの人にとって決して口に出すことが出来ない『過去』だけを
映し出しています。
 これは真実を知る上での判断材料の一つであり…全てではありません。
 今の克哉さんがどのような事を望み、振る舞われているのか…それを観察した
上で、ご判断をして下さい…。

 そう、語りかけられたが…強烈なショックのあまりに、本多はその言葉の意味を
正しく理解することは到底叶わなかった。
 彼はこの瞬間、克哉が心から幸せに想って御堂の腕の中に納まっている事実を
知らない。

―か、つや…。

 知らない内に…本多の目から涙が溢れていた。
 気づかなかった、今まで自覚をした事はなかった。
 こんな形で…自分の気持ちに気づかされるなんて…思ってもみなかった。

 胸を焦がす想いの正体は、克哉を好きなように扱った御堂への怒りと嫉妬。
 それを自覚して、彼は次の場面を眺めていく。
 最後の場面は…桜の下で、悲しそうな顔をしている少年の克哉の顔だった。

 今にも泣きそうな顔をしている克哉。

 本多はそれを…抱き締めてやりたいと思って、無意識の内に手を伸ばしていた。
 だがそれは所詮、過去の残像。
 決して、それに本多が触れることは叶わない。

―嗚呼、そうか…俺は、お前が…好き、だったんだ。助けになりたいとか、支えて
やりたいとか…ずっと、心の中じゃ思い続けていたんだ…

 こんな形で、自分の想いを自覚するなんて…皮肉だと思った。
 そして…画面は、何も映し出さない。
 ザーザーと砂嵐のような無機質な画面だけが流れ続けていた。

「…こんなのって、ねえよ…。どうして…俺は、お前が苦しんでいた時に…
もっとキチンと…聞き出さなかったんだよ…!」

 男は、泣きながら床に拳を打ち付けていく。
 痛いぐらいにその行為を繰り返して、男泣きを続けていた。
 その姿を見て、Mr.Rは密かにほくそ笑んでいた。

(それで良いのです…。佐伯様、貴方は己の欲望に忠実にならなかった。その上で
安易に幸運を手に入れられてもそれは…中庸な幸せしか齎さないでしょう。
なら、大嵐に巻き込まれてもそれでも自らの想いを貫ける強さをどうか…私の
前で示して下さい。貴方の思いが本物であるかどうか…このご友人がきっと
はっきりと強く照らし出して下さるでしょうからね…)

 それが、目の前の男が描いた『悪魔のようなシナリオ』の筋書きの
 一つであった事など気づかずに…男は翻弄されていく。

 ―そして、悲劇と喜劇の折り重なった彼らの物語は、新たに開幕していったのだった―

 
 
 


 ―交わされた口付けはどこまでも甘美だった。
  今までに何度も御堂と、身体も唇も重ねて来たけれど…今夜ほど、
キスするだけでここまで気持ちよくなれた事はなかった。

「はっ…あっ…んんっ…」

 接吻の合間に、克哉の唇から絶え間なく熱い吐息と…切なげな
喘ぎ声が漏れていく。
 無意識の内に縋る場所を求めるように…御堂の手を強く握り締めていた。
 だが、それは振り解かれることなく…一層深く、指先までも絡めながら…
互いの舌先を情熱的に擦りつけあった。
 
 クチャ…ピチャ…ピチュ…ジュル…

 いやらしい水音が脳裏に響き渡っていく。
 その音にも激しく性感を煽られていきながら…もう一方の腕で御堂の
背中にすがり付いていった。
 御堂の舌は的確に、克哉の口腔内の脆弱な場所を探り当てて…刺激
し続けていく。

 気持ち良いような、ゾクゾクするような奇妙な感覚が深い口付けを施されて
いるだけで強烈に走り抜けていく。
 こんな状態で、御堂に最後まで抱かれたら自分は果たしてどうなって
しまうのだろうか…? 
 想像するだけで怖いものがあった。
 
「やっ…御堂、さん…そこ…」

 御堂もまた、克哉を壁際に追い込んで…自分の腕の中に閉じ込めていく。
 服越しに、相手の体温を感じ取っていく。
 熱くなった肌が、荒い鼓動が…相手の乱れた呼吸が、これだけ近いと嫌でも
感じられる。
 ふと、御堂の瞳を見て…ゾクリ、となった。
 まるで獰猛な獣のような、鋭い眼差し。
 それを見て、体中の肌が粟立つくらいに…克哉は感じてしまっていた。
 
(いつもこの人は…淡々と、オレを抱いているんだと思っていた…)

 こんな瞳を、この人が向けていてくれた事など…今まで知らなかった。
 自分は、ずっとこの熱さを…この瞳の輝きを知らないままで抱かれ続けて
いたのだろうか。

「克哉…」

 ドキン、と名を呼ばれるだけで鼓動が大きく跳ねていく。

「…はい」

「…ベッドへ。其処で君を抱く…良いな」

 そう宣言された瞬間、歓喜が快感へと変わって…背筋全体に走り抜けた。
 この人に、抱かれる。
 かつてのように、深く貫かれて…悦楽を強引なまでに引きずり出されて。
 苦しいぐらいに、御堂に突き上げられて…中を擦られていく。

「…はい。オレも、それを望んでいます…から…」

「良い子だ…」

 そうして、髪を掻き挙げられながらふいに、額にキスを落とされていく。
 突然の事に、克哉はびっくりして声にならない悲鳴を上げてしまった。

「…っ!」

「…どうしたんだ?」

「えっ…いや、何も…」

 惑うような顔を浮かべながらも、御堂からの問いには首を横に振って答えた。
 そのままさりげなく…ベッドの方に誘導され、腰を先に下ろすように促されていく。
 だが御堂は、その隣に座る気配はない。
 その前に静かに立っているだけだ。
 それを怪訝に思っていくと…。

「み、御堂さん…! 何を…!」

 いきなり、御堂が自分の前に跪いてチャックに手を掛け始めていったものだから
驚愕した。というかパニックに陥った。

「…君のを愛してやろうと思っただけだが…いけなかったか?」

「えっ…ええっ…?」

 突然、相手から言われたないように驚愕して慌てふためいていく。
 だが御堂は…相変わらず強気で余裕たっぷりな態度を崩そうとしなかった。

「…今更、バージンみたいな反応をするな? 私とは…これが初めてという
訳ではないだろうに…」

「そ、そうなんですけど…久しぶりですから、凄く…緊張して、しまって…」

 今思えば、御堂と関係を持っていた頃は週末が訪れる度に逢瀬を重ねて
抱かれ続けていたような気がする。
 最初の頃の強烈な苦痛と苦悩が薄れて、いつしか…御堂に抱かれる事が
嫌ではなくなり。
 ふと、十日ほど間が空いた時には強烈な思慕となっていた。
 それから更に一ヶ月が経過して…本日の再会という運びになった訳だが…
そのせいだろうか。
 いや、それまでよりも御堂がどこか優しくて…暖かい感じがするから、
ただ食事をして一緒の時間を過ごしただけでも凄く新鮮に感じられて。
 
―ドキドキがずっと、止まらないままだった。

「…随分と初々しい反応だな。此処には…この一ヶ月、誰にも触れさせて
いないのか…?」

「そんなの…! 最初から、いません…! 貴方しか…貴方以外の男と…こんな、
事…する訳がないじゃないですか…!」

 御堂に、誤解されるのは嫌だった。
 だからはっきりと、その事実を訴えていく。

「…本当に、私以外の男にこんな真似をさせた事はないのか…君は…?」

「…ありま、せん…。男に抱かれたのも、触れられたのも…全て、貴方が
最初…です…」

 そのようなやり取りをしている合間も、ゆっくりとだが御堂の手は動き続けて
チャックの隙間からみっしりと硬く張り詰めている克哉の性器を丁寧に取り出し
始めていく。
 御堂の掌の中で、自分の欲望が脈打っている光景はひどく卑猥だった。

「…まだキスぐらいしかしていない割には…君の此処は随分と元気みたいだな…?
 もうこんなに硬く張り詰めて…いやらしい汁を溢れさせ始めているぞ…?」

「やっ…言わないで、下さい…」

 いやいや、と懇願するように御堂に訴えていくが、その声が聞き遂げられる
事はなかった。
 御堂の優美な指先が…悪戯するように、克哉の竿や…袋を撫ぜたり、
揉みしだき始めていく。
 カチンカチンに張り詰めているモノに、そんなにじれったい愛撫を施されて
いくのは一種の拷問に近いものがあった。
 克哉の息は一層忙しく乱れ、早くも…もっと強い刺激を求めて、身体の奥が
燻り始めていった。

「やっ…御堂さん、焦らさないで…下さい…! 早く…オレは、貴方が…
欲しくて、堪らない…のにっ!」

 涙目で相手に訴えていくが、ゆったりした動作は変わることがない。
 それに対して、困惑した表情を浮かべていくと…いきなり、蜜がトロトロと
滴っているペニスの先端を唇で包み込まれた。

「あぁっ…!」

 ふいに舌先で的確に、鈴口の部分を抉られて克哉の喉から鋭い悲鳴が
零れ始めていく。
 だが御堂は容赦するつもりは一切なかった。

 ジュル…グチャ、ヌチャ…チュル…!

 自分の性器を含んでいる箇所から、あまりに淫らな水音が奏でられていって
余計に克哉は羞恥で死にそうになった。
 御堂の口の中に、己のあからさまな欲望が含まれている。
 しかも相手の目が熱心にこちらの性器を凝視しているのを間近で
見せ付けられて…本気で憤死しそうになった。
 以前にこういう事をされた時は意地悪されていたし、ただ快楽を一方的に
与えられて追い詰められた果てでの口淫だった。
 だから…ここまでの居たたまれなさを感じる事はなかったが、今夜は本気で
恥ずかしすぎる。

「だ、ダメ…御堂さん、ダメ…です…! そんな、事…されたら…オレ、は
もう…!」

 必死になって口を離すように懇願していくが、その願いが聞き遂げられる
気配は一切ない。

「…イケば、良い。ここで…君が達する様を…見させてもらおう…」

「そ、そんなっ…! あっ…ああっ…!」

 もうそれからは、克哉が言葉を挟む余裕すら与えられなかった。
 まるでこちらの弱い場所を知り尽くしているかのように…御堂は的確に
克哉の性器を刺激し続けていった。
 御堂の舌が、指先がこちらの性感を弄る度に走り抜ける強烈な快楽の
奔流は…抗っても、抗っても強烈に押し寄せて…克哉の理性など完全に
コナゴナに打ち砕いていく。

 部屋中に御堂に口で愛されている音が響き渡る。
 まるで聴覚でも犯されているみたいだった。
 そうしている間に…頭が真っ白になって、頂点が見えてくる。
 御堂の髪にそっと指先を絡めて…縋るようにギュっと握り締めていく。

「ひゃっ…はぁ…! み、どう…さ、んっ…! み、ど、う…さっ…あぁぁ!!」

 そして、ふいに訪れる強烈な衝撃に克哉は陥落する羽目となった。
 全身の筋肉が強張るような感覚を覚えながら…克哉はついに、御堂の
口腔に勢い良くこちらの精を放っていった。

「…悪くない味だったぞ。克哉…」

 ペロリ、と自らの口元を舐め上げながら…御堂が呟いていく。
 その表情一つをとっても、妙に扇情的で色気があって。
 克哉は本気で穴があったら入りたいような…そんな心境に陥りながら
ジっと相手の顔を見つめていった。

「…御堂さんは、本当に…意地悪、です…」

「…嗚呼、君はそれを良く知っている筈だろう…」

「そうです…けれど…」

 そうして、相手の頬にそっと手を添えながら…優しく撫ぜていく。
 相変わらず、こちらの事を…愛しているとも好きとも、言ってくれない
冷たい男。
 けれど…瞳の奥だけは、以前と明らかに違って暖かい色を宿していた。
 だから自分はほだされてしまったのだろうか…?

「それでも、オレは…貴方を好きなんです…」

 半分、泣きそうになりながら…想いを伝えていく。
 その瞬間、克哉の身体はやや乱暴な感じで…ベッドの上へと
横たえられていったのだった―


  本多がそのまま…謎の男に連れていかれたのは奥まった場所に
ひっそりと存在する一軒の店だった。
 店内に入った途端に、エスニック風の不思議な香りが鼻腔を突いて
いった。

 店内につくと同時に、自分の怪しい銭形のコスプレ衣装は問答無用で
店員に没収された。
 このような服装は…当店のお客様には相応しくないという理由でだ。
 …そのおかげでようやく、普通の格好に戻れた本多は…実に落ち着かない
様子で、店内全体を眺めていった。
 今までの彼の人生で、まったく縁がなかった雰囲気の店である事は
疑いなかった。 

「…この店は…?」

「…私が経営している店ですよ。ああ、そんなに警戒なさらなくても
良いですよ。私は貴方に危害を加える気など…まったくありませんから」

(良く言うぜ…)

 こちらの警戒心を解かせる為に微笑んでいるのだろうが、存在からして
胡散臭い男にそんな対応をされたって、こちらとて警戒心を解ける訳が
なかった。
 
―佐伯克哉さんの真実を知りたくはないですか?

 誘惑するような、歌うようなそんな口調でこの男に問いかけられた。
 本多は、ずっと知りたかった。
 ある日を境に少しずつ克哉が変わっていってしまったその理由を。
 御堂がそれに関わっているのか、否かを。
 それに正直言って…彼には判らなくなってしまったから。

 克哉を追い詰めたのは御堂だと思っていた。
 けれど今日の克哉の一挙一足や、態度はその予想を大きく裏切るもの
ばかりで。
 どう見ても、御堂に対して好感を抱いているとしか思えない
振る舞いに表情。
 どちらが本当で、何が思い違いだったのか…本多は今、迷ってしまって
いたのだ。
 だからこんな男の誘いに、あっさりと…乗ってしまったのだ。

(何が本当なんだよ…。 克哉、お前にとって御堂はどういう存在
だっていうんだよ…)

 心から心配しているからこそ、本多は…答えを欲していた。
 それが断片であったとしても、克哉の事を彼は知りたかったのだ。
 前を進むMr.Rの姿を疑わしそうに見つめていきながら…ゆっくりと店の奥へと
進んでいく男の背中を追っていく。
 そうしている内に…赤い天幕で覆われた、妖しく重厚な雰囲気を漂わせた
地下の一室へと辿り着いていった。
 不思議な香の香りが一層濃いものになっていって、そのまま噎せ返って
しまいそうなくらいだ。
 そうしている内に本多の疑念は更に深いものになって、怪訝そうに
問いかけていく。
 
「本当に…ここで、克哉についての事が、判るのか…?」

『えぇ、私はそういう事に関しては嘘を言いませんよ。ちゃんと本多様に
佐伯克哉さんの真実のカケラをお見せいたします。こちらを…どうぞ…」

 そして、部屋の中心には何故か大きなテレビが鎮座していた。
 今、流行の薄型の代物だ。
 恐らくこれだけで40~50万は軽くするだろう…大型のワイドサイズの
テレビ。何故、こんな物があるのか…一瞬、理解に苦しんでいくと…。

『今から、このTVに…貴方様の知らない佐伯克哉様のカケラが映し出されます。
 それをどのように受け止め、解釈されるかは…貴方様次第でございます…』

「TVに、克哉が…? どうして、そんな事が…?」

 唐突な展開に、本多は迷いまくっている。
 自分の知っている克哉の人物像からしても、積極的にテレビに映るような
真似をしたり、人に映るように請われても許可するようには思えなかった。
 当然、他人に撮影されて欲しいと言っても、断りそうな…大人しい性格の
男だ。どうして…こんな処に、克哉が映し出されるのか疑問に思っていくと…。

『当店のテレビは…少々、不思議な力がございまして。雨の日だけ…
覗き見たいと強く願うことによって、その人物の隠されて表に出ない部分を
ほんの少しだけ垣間見せるのです。
 …その方が隠し通しておきたい事。決して他者に漏らした事のない
秘め事…そういう物が、これから短い時間だけ…このディスプレイに
映る事でしょう…。さあ、佐伯様の事を知りたいと思うのなら…強くその面影を
脳裏に描いて、このテレビを覗き込んで下さい。
 そうされれば…数ヶ月前に、何故克哉さんがあれだけ憔悴しきっていたのか…
その事情を知る足がかりにはなると思われます…』

「隠されて表に出ない部分…?」

 そう言われて、ハっとなった。
 …自分は克哉の事、どれくらい知っていたのだろうかと。
 大学時代から七年以上、克哉とは付き合いがある。
 当然、大学三年の時に克哉が部活を辞めてから卒業までの期間は
たまにキャンバスで顔を合わす程度の間柄になっていたが、キクチに一緒に
勤めるようになった頃から、交流は復活して…それから、本多にとっては
一番身近な仕事仲間になった。
 年が一緒であり、部活も同じ処に所属していたという気安さから…八課の
仲間達の中でも一番、過ごしている時間が多い存在だ。
 だから知っていると思っていた。
 けれど、今…気づいた。いつだって、克哉は肝心な事は殆ど自分に話して
くれていなかった事に…。

(良く考えたら、あいつって判らない部分が多くないか…?)

 本当なら、こんな覗き見みたいなことは絶対にしてはいけない。
 普段の本多の価値観ならば、決してそんな不正行為を自分に許すような
真似はしなかっただろう。
 正義心が誰よりも強い彼ならば、他の日に遭遇したのならば…この誘惑に
負けてしまうことなどなかっただろう。
 だが、どんな人間にも弱る時はある。
 迷い、苦しんで…本来ならやってはいけない過ちを犯してしまう時は…
人の心には、脆弱で脆い一面も存在する以上、ありえてしまうのだ。

―本来なら、こんなの…見てはいけない。克哉が俺に隠していたことを
暴くような…そんな、卑怯な真似を本当にして良いのか…?

 本多は、テレビを前にして葛藤していた。
 そうしている間に…ザーザーと音を立てて、電源がつけられていく。

―見ちゃ、駄目だ…!

 心の中で良心が大合唱していく。
 負けるものか…と思って、目を逸らそうとしたが…。

「っ…!」

 一瞬だけ飛び込んできたとんでもない光景に、むしろ…視線は釘付けに
なってしまった。

(何だ今のは…!)

 映ったのは、赤い天幕の部屋で…さるぐつわをされた状態で、大股開きで
寝かされている克哉の姿だった。
 その上に誰かが覆い被さっている…その相手の顔までは判らない。
 だが、その顔は間違いなく…克哉、だった。

「…興味を、惹かれましたか…?」

 ねっとりとした妖しい声音で、黒衣の男が囁く。
 こちらは驚きの余り、声も出なくなっていた。

「………」

「…だんまりですか。嗚呼…また、次の断片が出て来ましたよ…?」

 そうして、今度は…誰かの傍で跪いている克哉の姿だった。
 その相手の顔は見えない。
 だが、克哉は裸で相手の足元に鎮座して…苦しそうな顔をして何かを
咥えている。

(何だよ…これ、マジかよ…!)

 最初は、何を咥えているのか認識出来なかった。
 だが、ネチャネチャといやらしい水音が同時に耳に飛び込んでくる。
 克哉の顔が苦しそうに歪められ、不自然な程に上気して…その顔は異様に
扇情的であった。
 自分の同僚が、男の性器を咥えて…それを口で愛している姿などを
見せられて、ショックを受けないでいられる訳がない。

「か、つや…?」

 とても、目の前の出来事が現実とは思えない。
 だが作り物と言い切るには…リアルティがありすぎた。
 ワイド画面にドアップで映っているその顔は、自分が長年傍にいて良く
知っている『佐伯克哉』そのもので。
 だからこそ、本多は驚愕に浸りながら…こんなのは嘘だ、と心の中では
叫んでいるのに…それから目を離せない。

―こんなのはまだ、序の口ですよ…。

 男がどこまでも愉しげに哂っていく。
 動揺し、驚愕している本多の姿が愉快で堪らないというように。

「…こんなの、俺は…見たくねえよ! 克哉は…俺の知っている、克哉は…!」

 混乱して、怒鳴り声を上げていく。
 だが…Mr.Rがそっと本多の肩に両手を置いて軽く押さえつけていくと、其処から
何か強い呪縛にかかってしまったかのように…身体が動かなくなる。

―本多様。ショータイムは、これからですよ…?

 そして、男は歌うように宣言すると同時に…一層、信じたくない場面が
その画面に映し出されていく。

「…っ!」

 そして本多は硬直していく。
 その画面に映された光景は余りに淫ら。
 目を逸らそうと思った。
 だが、食い入るように見てしまう。
 本多は克哉のそんな顔など、見た事なかったから。
 こんなに艶っぽくて男を誘うように頬を赤らめている…そんな表情を彼が
出来るだなんて、今までこれっぽっちも思っていなかったから。

 ―そして本多は罠に落ちていく。
  中庸な幸せに落ち着こうとしてる克哉の前に、大きな波紋を落とす為に

  そして彼は、驚くべき場面をこれから幾つも、テレビを通して見せられる事と
なったのだった―
 
 …一方その頃、本多はどうにかしてワインバーの会計を
終えると夜の街を走り続けていた。

(一体あの二人はどこにいるんだ…!?)

 幾ら12月の寒い時期だからといっても、これだけ分厚いコートと
帽子を被った状態で全力で走り続けていたせいで、本多は汗だくに
なっていた。
 もうじきクリスマスが近いせいか、彼が今走っている周辺は
綺麗で鮮やかなにイルミネーションが施されている歩道のせいで
大勢のカップルが歩き回っている。

 そんな中で、銭形刑事のコスプレをやっているような格好を
しているような自分がどれだけ浮き上がっている事か…。

(か、考えては駄目だな…!)

 と、出来るだけ前向きに考えるようにしているにも関わらず
この格好は必要以上に人目を引いてしまうらしい。
 痛いぐらいの視線が突き刺さっている。
 ついでに、多くのカップルにクスクスと笑われてしまっていて
非常に心が痛かった。

(俺だってこんな格好、好きでしているんじゃねえよ…!)

 心の中で盛大に叫んだが、その彼の雄叫びが周囲の人間に
伝わる事はなかった。

(これというのも…変装に最適ですよ、とかいう言葉に
躍らされて反射的に買ってしまったからだよな…)

 ついさっき、キクチ・マーケーティングからワインバーに行く
道のりの途中…克哉を尾行していた時の事だ。
 終業後の克哉は、こちらを警戒していたみたいだったので
本多もまた先手を打って…克哉の前から姿を隠し続けていたのだ。
 克哉が本多の行動パターンを読めるように、長い付き合いである
彼もまた…克哉のやりそうなことは予想がつくのである。
 そして彼にしては頑張りながら、目立たないように後を着けていた
最中…あのワインバーがあった駅に降り立った直後の事だった。
 
 通りかかった大きなデパートの前の、ワゴンの中で…クリスマス
パーティー用の様々な小道具が売っている場所があった。
 そして男が、道行く人に懸命に声を掛けていきながら
販促に勤しんでいたのだ。

「らっしゃいらっしゃい~! これなんかどうですか~! パーティーを
盛り上げるのに最適! ルパン三世と銭形刑事のコスプレセットだ~!
 大きめに作られているのでXLサイズは大柄な男性も平気だよ~!
普段と違う貴方になれる、変装用品としても最適! さあ買った買った~!」

 と大声で叫んでいる最中に…うっかり、本多は男と目が合ってしまった。
 その瞬間…変装に良いかも、とチラっと考えてしまっていたのが
良くなかったのだろう。
 非常にその店員は勢いがあって、こちらに迷いがある事を看破すると
押して押して押し捲った。
 そしてようやく購入の段階に入ると…結構な値段がして、財布の中身が
すっからかんに近くなってしまったぐらいだった。
 …そんな経緯で購入した変装道具、活用しなければ浮かばれないと思い
ヤケクソで着てみたいのだが…何か笑い者になっているだけで
到底有効に使われているとは言い難い気がした。

「これじゃあ俺…完全にピエロじゃねえか…!」

 御堂と克哉が、どうして二人きりで会っていたのか理由は
判らない。
 けれど本多は、御堂と関わってからの克哉の様子はずっと
おかしいものである事は気づいていた。
 その事情は彼には判らないままだ。
 一時は顔も青白く、今にも倒れそうな時期もあったぐらいだ。

 最初から御堂に対して良い感情を抱いていなかったというのも
あったが…本多にとってそれ以上に克哉が大事だった。
 特に、大学時代から会社まで一緒だった相手は彼一人だけで
あるというのも大きい。
 だが、それ以上に本多は克哉という存在に一目置いているし…
友人として好意を抱いているというのも大きな理由だった。

(何で、俺には何も話してくれないんだよ…。あんなに辛そうに
している時だって…!)

 彼らがタクシーに乗っていってしまった処は目撃している。
 すでに見失ってしまっている以上、後を追うのはかなり
厳しい状況だった。
 大きめの黒い折り畳み傘を片手に持ちながら、それでも手掛かりを
得られないかと本多は必死になって探していく。

(せめて理由だけでも聞かせてくれなきゃ…割り切れねえよ!
どれだけ俺がお前を心配し続けていたと…)

 フラフラと歩いている内に、イルミネーションがある地点をとっくに
通り過ぎて、暗い歩道に辿り着いていた。
 華やかなネオンに彩られている内は、12月の寒さも…暗闇のどこか
怖い部分も意識しないで済んでいた。
 だが人気がなくなり、車の存在もまばらになっていくと…そこいらの
暗がりの向こうから何かが飛び出して来そうな異様さはあった。

(人がいなきゃ…不気味な所も出てくるもんだよな…)

 この、鈍色の夜空と…雨が、そのおどろおどろしさを一層強調
しているかも知れなかった。
 …諦めて、戻ろうかと思ったその瞬間、本多はいきなり…黒衣の
男に声を掛けられた。

―真相を知りたくないですか?

 いきなり、そんな風に歌うように言われてびっくりした。
 そちらの方向に振り向いていくと…漆黒のコートと衣類に身を包んだ
金髪の男が立っていた。
 今の本多の格好の怪しさも何だが、この男もそれに負けていない
雰囲気を醸していた。

「…あんた、一体誰だよ…?」

 何となく、どこかで見た事があるような記憶があった。
 だが、はっきりとは思い出せない。
 本多が怪訝そうな顔をして問いかけていくと…・。

―ふふ、聞こえていなかったみたいですね。本多憲二様…貴方は
ご友人の佐伯克哉様の隠された部分を知りたくないですか…?

 いきなり、名指しで自分と克哉の名前を呼ばれて、心臓が
鷲づかみにされたかのように驚いていく。
 本多が驚きの余りに、その場に硬直していると…。

―真実を知りたいのならば、どうかお付き合い下さい。
貴方に知りたいことの断片ならば…見せて差し上げますよ?

 こちらが硬直して、何も言い返せずに見守っている中…
黒衣の男はどこまでも妖艶に微笑んで、その悪魔の囁きのような
甘美な誘惑の言葉を口にしていったのだった―
  タクシーの窓の外には鮮やかなネオンの輝きが広がっていた。
 それは宝石箱をひっくり返したかのような、様々な光が同時に
瞬いて、彩を成していた。
 御堂に手を繋がれたまま、息を詰めて…目的地に着くまでの
時間を過ごしていく。

 そしてようやくタクシーが目的地に辿り着くと、御堂は手早く会計を
済ませて克哉の手を引いていった。
 そしてホテルの玄関の前に辿り着くと…そっと克哉の方を向き直りながら
声を掛けて来た。

「今から鍵を取って来る。ここで待っていろ…」

「はい…」

 耳まで真っ赤に染めながら、克哉は頷いていく。
 だが正直、気が気ではなかった。
 あの剣幕からしたら、本多がこの後に追いかけてくるのではないか…と
いう懸念が消えなかったからだ。
  だが、男二人でフロント係の前で連れ立って宿泊すると言いに行くのも
正直、気まずいものがあった。
 これが同性でも、単なる友人同士であるならそんな風に克哉も意識を
する事はない。
 だが、御堂とは以前にこのホテルで何度も身体を重ねている。
 おかげでその間、フロントの人間に予約確認をして…御堂が鍵を
受け取りにいっている間、非常に気恥ずかしい思いをする羽目になった。

(…どうか、すぐに本多が追いかけて来ませんように…)

 御堂とホテルを利用した事は数あれど、今までここまで戦々恐々して
待っていた事などなかった。
 久しぶりにこの人と会えたのだ…せめて、この夜だけは邪魔を
されたくない。
 そんな事を強く願いながら、暫く黙って待っていく。
 雨は、まだ静かに降り注いでいた。

(最近…雨が多いな…)

 どうしても、雨が降る度にあの日の記憶が蘇っていく。 
 あの人の顔が見たくて、突き動かされるようにマンションの前に
行ってしまった日。
 そしてそれが…当面の御堂との決別の日になってしまった。
 …こうして、無事に再会出来たのに…まだどこかで現実感がなくて。
 これが夢でないか、疑いたくなる心が残っていた。

―お願いだから、これ以上…邪魔しないでくれ…!

 今、目の前にいるこの人をもっと確かなものに感じたい。
 これが…自分の都合の良い夢でないのだと、確認したい。
 実感したい。
 そして…この人と、触れ合いたい。

(浅ましいな…オレは…)

 自重しながら、冷たい雨をジっと見つめていく。
 雨を見る度、思い知らされる。
 …あの時、御堂を待っていた自分は心の中で泣いていた事を。
 あれだけ強い感情を、衝動を…今まで克哉は他人に対して抱いた経験など
なかった。
 御堂が、初めてなのだ。
 これ程までに強い感情を他者に抱いたのも…欲しいと、会いたいと
ただひたすらに願った相手は…!

 その瞬間、雨の向こうに大きな人影が見えた。
 一瞬…本多が懲りずに追いかけて来たのかと強張った瞬間…背後から
声を掛けられて更にぎょっとなっていった。

「ひゃっ…!」

「…何て声を出している。手続きは終わった。行くぞ…」

「あっ…はい…」

 一瞬、言葉に詰まった。
 振り返った御堂の瞳の奥に…かつてのような獰猛な光を見て、
ゴクン、と息を呑んでいった。
 この瞳には、見覚えがある。
 熱く…鋭く、こちらの全てを暴かんとばかりの鮮烈な眼差し。

(嗚呼…この目だ…)

 御堂の、こちらの全てを暴くような凶暴な眼差しに…気づいたら克哉の
心は灼かれてしまったのだろうか。
 ただ、見られている。
 それだけでゾクゾクと…期待しているような、興奮しているような気持ちが
ない交ぜになった悪寒が背筋に走り抜けていく。

「行くぞ…」

 そうして、やや乱暴に克哉の腕を掴んでいきながら…真っ直ぐに御堂は
エレベーターへと乗り込んでいく。
 以前もそうだったが、御堂が指定していた部屋はいつも高層階に位置
していた。
 そんな事をふと思い出すと同時に…強引に誘導されて、早足で…
彼がリザーブした部屋へと連れていかれた。
 手早い動作で、カードキーを通して開錠していくと…克哉を強い力で
引き寄せていって、一緒にその扉を潜っていく。

「っ…!」

 そして、扉が閉まると同時に…強く、強く引き寄せられていく。
 息が詰まってしまうぐらい、力の篭った抱擁。
 それは苦しくもあったけれど…同時に克哉の心の中に、強い
喜びを齎していって。

「御堂、さん…」

 熱っぽく、心からの愛しさを込めて御堂の名を呟いてその背中に
しがみついていく。
 久しぶりに触れる御堂の体温に、鼓動に…身体中が堪らなく熱く
なっていく。
 最早、条件反射になっているのではないか…と疑いたくなる
くらいに身体中のあちこちの血が沸騰していった。

(嗚呼…オレは、こんなに…貴方に触れたいと。抱かれたいと…
思い続けていたんだ…)

 ようやくその念願が叶って、克哉は今にも泣きそうな表情を浮かべた。
 切なく…苦しげな、その艶っぽい表情に気づくと…御堂もまた、強く
心を煽られていく。

 彼もまた、同じ心境だった。
 あの日、立ち尽くしていた彼の背中を見送ってしまった日から…
もう一度会いたいと願う心を押さえつける事は出来なかった。
 克哉に、会いたい。
 その想いは日々、御堂の中で強くなっていって…だから、こんな
らしくない事をしてでも、克哉とコンタクトを求めてしまった。

 その念願がようやく叶って、二人の心に激しい想いが宿っていく。
 それは…この瞬間、驚異的な速度で加速していって…いまだに
止まる気配はなかった。

「さ、えき…」

 御堂もまた、甘い声音でこちらの名を囁き…そして、こちらの
唇を強引に塞いでいったのだった―

 
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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