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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 結局、あれから何度も意識が落ちて…目覚めると克哉に求められて。
 朝方まで喉がカラカラに枯れて、全身ぐったりとなるぐらいに貪られて
御堂がようやく…ベッドから離れる事が出来たのは昼近くになってからの
事だった。

「…まったく、こいつは…手加減というものを知らないのか…」

 ぐったりとなりながら…開口一番に突いた言葉はそれだった。
 色んな体位で抱かれたせいで、体中の筋肉と骨がミシミシと軋んでいたし
肌も汗と体液でベタベタだった。

「…コイツのせいで、ベッドメイキングもキチンとやり直さないといけないな…」

 ここまでグシャグシャになった上に汚れてしまっていては、そのままでは
到底寝れたものじゃない。
 一瞬…仕事を増やしてくれた相手が恨めしくて…つい睨んでしまったが。

「ふん…無防備な顔をして、眠って…まったく…」

 ―穏やかな顔をして、自分のベッドの上で気持ち良さそうに眠っている
克哉の顔を見ていたら…そんな憤りもどうでも良くなってしまって。
 溜息交じりに…そっと唇に―キスを落としていた。
 
                          *

 克哉が目覚めた時には、隣のスペースはもぬけの殻だった。
 一瞬不安になってしまったが…窓の外がすっかり明るくなっている事に
気付いて、仕方ないかと割り切っていく。
 昨晩は結局、御堂が可愛くて…朝方近くまで何度も求めてしまった。
 …それを考えたら、相手がシャワーの一つも浴びに行っていても何にも
おかしくはない。

(正直…流石にベタベタして、気持ち悪いしな…)

 昨晩の相手の乱れっぷりを思い出して、思わず…反応しそうになって
しまった事に苦笑していく。

「…やれやれ、俺も…若いな…」

 それでも朝っぱらから相手が隣にいないのに盛ってもどうしようもない。
 どうにか疼きを沈めて…ベッドから身体を起こして―自分もシャワーを
浴びに向かっていった。
 シャワー室には使用された形跡はあったが、御堂の姿は見られない。
 ある程度の時間が経過しているのか…浴室はすでに冷え切っていた。
 一瞬、先に御堂の姿を確認しておきたい…という気持ちに駆られたが
全身がベタベタしている状態をどうにかするのが先だろう。
 そう判断して、暖かいシャワーを頭から浴びていった。
 
 それだけで…生き返るような想いがした。

(気持ち良い…)

 熱いシャワーを浴びるだけで気だるかった頭がすっきりしていく。
 全身をさっぱりさせてから…バスローブ一枚を羽織って浴室を後にすると
台所の方で人の気配を感じていった。
 其処には…チョコレートを子鍋の中で掻き回して…芳醇な香りの洋酒を
そっと落としている御堂の姿があった。
 白いYシャツにスーツズボン、そして緑のエプロンというラフな格好だが
普段キチっとスーツを着ている時に比べて柔らかい印象を受けた。

 昨日も一回、練習として作っていたが…今、彼が作っているのは本番用に
用意しておいた高級なチョコレートを原料としたバージョンである。
 昨日に比べて、チョコ自体の香りも強く…こうしているだけで、胸が蕩けそうに
なるくらいに香ばしい香りがこちらに漂ってくるくらいだ。
 
「…っ!」

 御堂が自分の為に、昨日チョコレートを作ろうとしていたから…
誘いを断った事ぐらいはすでに知っている。
 だがその現場を実際に目の当たりにすると…あの御堂が自分の為に
手作りチョコを作ってくれているという事実に胸が熱くなっていった。

(以前からは信じられない光景だな…)

 まさか…御堂が自分の為にチョコレートを作ってくれている日が
こようとは予想もしていなかっただけに感慨も大きかった。

「ん、良い味だ…。洋酒の加減も上手くいったようだし…これなら、佐伯の
奴も満足してくれるかな…。甘さはちゃんと抑えてあるし…」

 それは、克哉の好みを考慮して作ってくれた…世界でたった一つの
愛しい人の手で作られたチョコレートだった。
 その現場に立ち会って…信じられないくらいに強い幸福感に満たされていく。
 もう、我慢は出来なかった。
 そっと足音を立てないように…静かに相手の背後に忍び寄り。

 ―相手を逃がすまいと、強い力で抱きしめて閉じ込めていった

 「うわっ! 佐伯っ?」

 突然、背後から抱擁されて御堂がぎょっとしていく。
 振り向いた彼の唇を、強引に克哉は塞いでいった。
 たった今、御堂が味見をしたばかりのせいか…昨日最初にキスした時よりも
濃厚に、ほんのりと苦いビターチョコレートの味と香りが感じられた。

「…あんたの唇、昨日よりも強く…チョコレートの味がするな…」

「…お前、が…突然、こんな時にキス…してくるから、だろうっ! 昨日から
お前の行動は強引で…身勝手過ぎるぞ! もう少し…私の都合とかを
考えたら、どうなんだ…?」

「…ちゃんと以前に比べれば、考えていると思うがな。…あんたが嫌だって
言うことは…無理強いはしていないだろ…?」

 強気の表情を浮かべながら、克哉がこちらの髪に頬ずりして…そっと
瞳を覗き込んでくる。
 昨日、弱気な態度を見せたのが嘘みたいな…自信満々の、自分が良く
知っている克哉の表情。
 それを見て…ふいに癪な気分になったので…つい照れ隠しに相手の頬を
引っ張って御堂は応戦していった。

「…君と言う男はっ! 本当に可愛げがなさ過ぎるぞっ!」

「こひゃ! 御堂…痛いから本気で引っ張るのは止めろっ!」

「えぇい…うるさい! 恥ずかしいから君が寝ている間に作り終えるつもり
だったのに…どうしてもうちょい寝ていなかったんだ~!」

 顔を真っ赤にしながら、克哉に筋違いな文句を言ってくる御堂は…問答無用で
非常に可愛らしくて。
 引っ張られる頬はかなり痛かったが、こんなやりとりも…克哉の心を幸福で
満たしてくれていた。

「それは…無理だな。あんたとこうして一緒にいられるのに…ただ寝て過ごす
なんて勿体無い時間の使い方、出来る訳がないだろう…?」

 そういって、今…自分の為に物を作り上げてくれていた…男にしては
綺麗な造りをした指先に口付けていく。
 たったそれだけの動作で…耳まで赤く染める御堂が本当に愛らしく
感じられた。

「…君は、どこまで私を…恥ずかしがらせれば、気が済むんだ…」

 本気で殴りつけてやろうかと思ったが、寸での処で踏み止まる。
 そうやって自分の指に口付けを落とす克哉の表情が…憎らしくなるくらいに
決まっていて、格好が良かったからだ。
 体温と脈拍が上昇して、ドクドクドクと鼓動が荒くなっていく。
 それを相手に悟られまいと…キっと強く睨んでいくが…克哉にはすでに
お見通しのようだった。
 クスクスクスと笑いながら…顔を寄せられ、結局…腕の中に再び
閉じ込められていく。

「さあな…あんたのそんな可愛い顔を見れるなら、一生…かな…?」

「君、という男は…んっ…」

 優しく髪を梳かれながら、どこまでも優しいキスを落とされて…
次第に腰から下の力が抜けて、その場に崩れ落ちそうになってしまう。
 悔しいけれど…克哉とする口付けは酷く気持ちよくて…たったそれだけでも
蕩けそうな心持ちになってしまう。

 サラサラサラサラ…。

 克哉の骨ばった指先が、御堂の髪をどこまでも穏やかな手つきで
梳き上げていく。
 キスして、抱き合って…こうして相手に触れられて。
 それがここまでの幸福に結びつく関係になれる日が来るなんて…
昔からはとても考え付かなかった。

「孝典…有難う。あんたが…俺の為に、こうしてチョコを作ってくれるなんて
予想もしていなかったから…本当に、嬉しかった…」

 そうして、もう一度…キスされる。
 幸福な接吻。
 愛されていると実感されている触れ合い。
 それを享受して…御堂はそっと、抵抗を止めて…ただ彼から
与えられる感覚に身を委ねていく。

「…ふん」

 口では、気に入らなそうに呟いてそっぽ向くけれど…赤い耳元が
今の彼の心情を何よりも如実に示していた。

「…私は、君の恋人なんだ。だから…チョコレートを贈る事など
当然の事だろう? バレンタインっていうのは…日本では女性から男性にが
基本だが…外国では、恋人同士がお互いにプレゼントを贈りあって愛情を
確認しあう日だと聞いた事があるからな…」

 そう、バレンタインは日本ではお菓子メーカーの最初の宣伝文句によって…
いつの間にか女性から男性にが定着しているが…海外では、恋人同士が想いを
確認しあう日というのが常識になっているのである。
 元々、戦地に向かう若者が結婚しても…相手がすぐに未亡人になる恐れがあるので
結婚してはならない。
 そういう条例が出された時、それでも結ばれることを願った恋人達の為に…処刑を
覚悟で式を挙げた神父の名前が…バレンタインデーの由来なのである。
 だから、本来は…男が男に贈るから恥ずかしいという事はない。
 異性同士でも、同性同士でも…恋人を大事に思う気持ちは基本的に一緒であるし。
 贈り物をして、時に想いを確認しあう事は…とても大切な事なのだから―

 口では、当然と言いながら…御堂の顔は凄く赤かった。
 そのギャップが酷く可愛く思えて…ギュウ、と克哉は愛しい相手を
抱きしめていく。
 
「…本当に、あんたという人は…最高、だな…!」

「こらっ! 克哉…! 今、私は…火を使っている、んだ…! そろそろ…いい加減に
離して…あぁ!!」

 ふと、二人が睦み合っている間に…ブスブスブスと香ばしいを通り越して
焦げた匂いが充満していく。
 そう―本来チョコレートとは焦げやすくデリケートな代物なのである。
 完成間際だった時に、イチャついて余計な時間を費やしてしまえば…こうなる事は
自明の理であった。

「…もしかして、焦げた…か?」

「もしかしなくても焦げているんだっ! どうしてくれるんだ…! せっかく手配した
高級チョコが台無しになったじゃないかっ!」

「…すまない。だが…それは結局は俺に贈られるべき物だったのだろう?」

「そういう問題じゃない! …せっかく、君に喜んで貰おうとこっちは頑張ったのに…」

 明らかに落ち込んでいる御堂を前にして、流石にこちらも申し訳ない気分に
なっていく。
 克哉なりに…必死に考えて、それで一つ思い当たっていく。
 フっと自信満々に微笑み…強引に相手を引き寄せて…そして。
 どこまでも甘い声音で囁いていった―

『チョコなんか無くても…あんたが傍にさえいてくれれば、それで俺は
充分に満たされるんだがな…』

「っ!」

 それを言った瞬間、殺し文句だったせいだろうか…。
 かなり憤っていた御堂が、瞬く間に大人しくなって…腰を抜かしていく。
 ヘタリ、と克哉の方に身を預けて…フルフルと震えながら…どこまでも深い
溜息を突いて睨んでいく。

「…君は、本当に…酷い男、だな…」

「それは褒め言葉なのかな…?」

「…悔しい、事にな…。まったく…私は本当に難儀な男に惚れてしまったんだなと
恨みたく…なる…」

 そうして、目線が交差しあって。
 深々と溜息を突いていく御堂の唇を塞いでいってやる。
 両者の舌が絡み合い、気持ちを確かめ合うような濃厚なキスが終わった後…
まるでタイミングを測ったように、二人の唇から同時に一つの言葉が漏れていく。

『…好きだ』

 それは相手に幸せを与える、魔法の言葉。
 基本的に世の中のものは与えれば減っていくのが基本だ。
 だが…気持ちと、好意だけは人に与えれば与えるだけ増えていく不思議な
法則が成り立っている代物なのである。
 かつては相手から奪うだけしか、頭になかった。
 だが克哉が「好き」という気持ちを与えた時から…自分達の関係は
うんとシンプルになったのかも知れない。
 気持ちを伝えて、想いを確かめて。

 今はまだ…過去に対してのわだかまりが全て消えたと言ったら嘘になる。
 だが、それも…プラスの感情を積み重ねていけばいつしか自覚する事もなく
流されて…遠いものへと変わる日が訪れるだろう。

 幸せで眩暈すら覚えるような週末の昼下がり。
 何度も何度もすれ違いを続けてきた恋人達は―
 甘いチョコレートの焦げた香りが漂う室内でお互いの想いを確かめ合い
その幸福感を噛み締めていったのだった―
 
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  全身を優しく隅々まで愛撫されて…こちらが火照って来た頃を見計らって…克哉の指先が
御堂の奥まった場所を解しに掛かる。
 その手つきは慎重で穏やかで…かつて見せた乱暴さは一欠けらも見出せない。
 ふと、昔の自分達のあり方が脳裏を過ぎって…一瞬だけ、身体が強張っていく。

「…御堂、辛いのか…?」

「いや…大丈夫だ。続けて、くれ…佐伯…」

 荒い吐息交じりに、そう告げて…相手の背中にすがり付いていく。
 伺うような目線、優しい瞳の色。
 そんなものは…以前の克哉にはまったく存在しなかったものだ。
 恋人関係になる以前の記憶が…ふと、再生されていく。

 ―どうして、私なんだ どうして…?

 あの頃は何度自問自答したか、判らない。
 どうして克哉は自分を陵辱して監禁をしたのか。
 何故毎晩のように抱き続けて…堕ちて来いなどという発言を繰り返すのか。
 今までの自分が築き上げたもの、培って来たもの、沢山の部下や…繋がりの深い
取引先。
 彼に出会うまで、自分が持っていたものや周りに存在していたものは多かった
筈だった。多忙過ぎてまともに睡眠時間が取れない程、充実していた日々。
 克哉は、MGNに入社してから作り上げた実績の全てを…自分から剥奪した
上で、こちらを監禁した。

―やめろぉ!! やめてくれぇ!! もう嫌だ…! これ以上は…いやだぁぁ!!

 あの時期の自分の叫びが、ふと蘇る。
 その瞬間…身体全体が強張る感覚がしたが、どうにか深呼吸をして…その
忌まわしい記憶を散らしていく。

(落ち着け…今の克哉は、あの頃の彼じゃない…! ちゃんと私に気持ちを伝えて…
慈しんでくれている、じゃないか…。落ち着く、んだ…!)

 それでも無意識の内に…身体が強張り、瞳にうっすらと涙が浮かんでくる。
 幸せだった筈なのに…今日は激しさがなく、どこまでも甘ったるい時間が流れて
いるせいだろうか。
 激しいセックスをしている時は…何も考える余地がなかった。
 だから、再会してから…抱かれている間にこんな考えが過ぎる事もなかった。

―助け、助けて…くれ、もう…許し…

 あまりに長い期間、監禁され続けて酷い行為をされた。
 何故、自分はこの男にこんな真似をされ続けなければならないのか…あの頃は
克哉の気持ちがまったく見えなくて、恐ろしかった。
 克哉は「あんたは俺の処に堕ちてくるしかないんだよ」と言っていた。
 だが…気持ちを伝える前の彼は、御堂にとっては…自分が努力して築き上げて
きた実績も名誉もプライドも全てを奪いつくして破壊した『悪魔』のような存在と
しか映っていなかった。
 悪魔に魂を売り渡すような真似をするくらいなら…心を壊した方がよっぽど
マシだと思った。
 だから…この言葉が口から漏れた時は…全てを閉ざして、せめて心だけでも
この男に渡しはしないと。
 最後の抵抗のつもりで…全てを閉ざす、筈だった。

『悪かった。…もうあんたを解放するよ』

 その一言と共に告げられた…初めての克哉からの好き、という言葉。
 あの頃の御堂は…克哉がどうして、こんな行為を自分にするのか、その動機は
何なのか…まったく、判らなかった。
 どうしてこんな仕打ちをされなければならないのか。
 ここまでの事をされるくらい、自分は彼に憎まれたり恨まれたりするような真似を
果たしてしたのだろうか?
 確かに最初から良く思っていなかった。嫌がらせめいた事をしていた事も認める。
 だがそれはここまでの報復をされる程の事だったのか?
 あの陵辱の日々の間、答えの決して出ない難問を突きつけられた感じがしていた。

『そうだな。…もっと早くあんたの事を好きだって、気付けば良かった…』

 それ御堂にとって…求めていた答えそのものだった。
 彼のその言葉を聞いた時、御堂は…正気に戻れたようなものだ。
 心を閉ざすことを願うくらいに難しすぎた謎。
 佐伯克哉がどうして自分にここまでの事をしたのか。その理由、解答。
 それは…「自分を好きだったから無理やりでも手に入れようとしていたから」だった。

 御堂は…今から自分を抱こうとしている男の頬をそっと撫ぜていく。
 くすぐったそうに…切なげに目を伏せる克哉は、今では悪魔ではなく…自分にとって
「最愛の男」に変化していた。

 自分の狭くてきつい隘路を、克哉の指が丹念に解していく。
 その度にビクビクビクと全身が震えて、堪らなくなっていった。
 荒い呼吸が漏れる、身体の奥が疼いて…熱くなって、想いが溢れそうになった。

「御堂…怖い、のか…?」

「…大丈夫、だ。…今日は、君らしくないぞ…? いつもなら…もっと強引に最後まで
私を、抱く癖に…」

「…すまない。けど…今日は、幸せすぎて…逆に俺も…慎重に、なっているのかもな…」

 ベッドの上で御堂は足を開き、自分の上に覆い被さっている男の顔を真っ直ぐに
見据えて…涙を浮かべていく。
 そんな不安そうな顔をしている御堂の涙を、克哉はそっと…唇で拭っていく。
 幸せだから、怖い…お互いが同じように思っているのが、少し滑稽だった。

「…今の、君は怖くなんかない…だから、もっと…私を、好きだと…言って欲しい…」

 今、過ぎった過去の闇を全て追い払いたいから。
 この胸の不安を追い出して…優しくなった彼の方を自分の胸の中にしっかりと
刻み込んでおきたいから。
 あの頃のように奪いつくしたり、壊したりしないで…自分に与える言葉を、もっと
こちらに投げかけて…確かめさせて欲しい。
 瞳でそう訴えていくと…克哉はふっと、笑っていった。

「…あぁ、それであんたの不安が無くなるのなら…幾らでも、言ってやるよ…」

 それは、恋人らしい睦言の交し合い。
 その瞬間…御堂の中に克哉の昂ぶりが入り込んできた。

「ひゃあっ…!!」

 いきなりの挿入に、一瞬全身が強張りかけたが…次に与えられる暖かい言葉に
すぐに力を抜いていく。

「あんたを…本当に、好きだ…」

「あっ…あぁっ!!」

 その瞬間に、身体中が灼けるように熱くなって…克哉を受け入れている箇所から
蕩けていくような感覚が走っていった。

「克哉、もっと…」

 自分から、こんな甘ったるい声が漏れて…相手に強請る日が来るとは、エリート
コースを突き進んでいた頃は想像もしていなかった。

「あぁ…今夜は、幾らでもやる…御堂、好きだ…」

 好きだ、好きだ…好きだ…っ!

 言葉に出した数は結局、そんなに多くなかった。
 だが…今夜の克哉と抱き合って触れ合っている場所から…その気持ちが滲み
出て、嫌でも伝わってくる。
 繋がっている箇所からは…お互いの体液で、グショグショに濡れあい…深く
絡み合っている。
 自分のペニスからも大量の先走りが溢れて、堪らなく彼が欲しくなっているのだと
いうのを全身で訴えかけていた。
 自分の内部が小刻みに収縮して、彼を搾りつくさんばかりにキツくキツく締め付けて
離そうとしなかった。

「はっ…いいっ!! もう…克哉、ダメだ…っ! ダメっ…いっ、あッっ…!」

「あぁ…俺も、凄い…気持ち、良い…! あんた、本当に…悦すぎる、から…!」

「バ、バカぁ! そん、な…事は、言う…ひぃ…あぁ!!」
 
 快楽の涙を流していきながら…御堂はぎゅうっと強い力で…愛しい男を
必死に抱きしめていく。
 満たされる熱い気持ちに、幸せすぎて…それだけでイケそうなくらいだ。

「克哉っ…!」

「クッ…! た、かのり…!」

 涙を流しながら、相手の名を呼んで先に御堂が達していく。
 それと同時に…熱い精が最奥に注ぎ込まれる感覚が走り抜けていった。 

(…苦しい、けど…凄い…今、満たされているな…)

 荒い吐息交じり呼吸を整えて、ふと考えがよぎっていく。

 この幸福を得る為に必要なものは極めて単純だった。
 …たった一言、お互いに好きだと伝え合っていれば…あんな陵辱の日々も
空白の一年も辿る必要はなかった。

 『好き+好き=幸福』

 こんな単純な答えで良かったのだと思うと…回り道をしまくった自分達が
ひどくバカらしく思えてしまった。
 もっと早くにこの幸せを得て…一緒にいられる時間を自分達は得られたのかも
知れなかった。
 そう思うと…ちょっとだけもっと早くにそう言ってくれなかったこの男が小憎らしく
感じられてしまい…。

「御堂、大丈夫か…?」

 優しく、克哉が問いかけてきてくれたのに…御堂は、瞳を軽く笑ませながら…
つい小突くような真似をして、返答してしまった。

「…聞くな、バカ…」

 照れくさくそう言い返しながら…御堂はそのまま…快楽の余韻に浸り。
 ごく短い時間だが、スウッと意識を手放していった―
 啄ばむようにお互いの唇を重ね合う。
 くすぐったいようような、こそばゆいようなそんな感覚がおかしかったのか…
そんな動作を繰り返している内につい微笑ましい気持ちになってしまった。

「…そんなにおかしいか、御堂…?」

 声の振動が伝わるくらいの間近で、克哉が囁いていく。

「…あぁ、少しな。…今日はこんなに慌てている君を見る事が出来たから…な…」

「……格好悪くて、すまなかったな」

 バツが悪そうに答えると、珍しく拗ねたような顔になっている彼がまた可愛くて…
つい口元が緩んでしまう。
 初めて、克哉を年下の男らしく…可愛いと思えた瞬間だった。

(お前があんなに…私の事で、必死になってくれるとはな…)

 いつも傲慢でマイペースで、こちらを振り回すだけの男だと思っていた。
 けれどあんなに夢中にこちらのインターフォンを鳴らし捲くるなんてバカな真似を
するくらいに…必死に捜し求めてくれるなんて予想もしてなかった。
 他の人間にそうされたなら…極めて不快だっただろう。
 だが…こんな、不安そうな顔を浮かべてこちらを求めてくる彼を見たら…その
行為を咎めようという気も起こらなくなってしまった。
 逆にそれだけ真剣にこちらを探してくれていたのかと思うと…逆に愛しいとすら
思えるのが不思議だった。

「…いや、私は…そういうお前も好きだな。私の方が7歳は上なのに…いつも君に
良いように振り回されていたし。今回は私の方が…君を翻弄したのだと思えば…
気分が良い」

 ニッコリと笑いながら、意地の悪い事を切り返していってやると…それにムっと
したのか…ふいに克哉の両手が臀部に回って…揉みしだくようにこちらの尻を
愛撫してくる。
 その感覚にぎょっとなって、御堂は慌てて叫んでいく。

「こらっ…! こんな処で何を…むぐっ!」

「少し黙っていろ…あんたをじっくり…味わえない…」

「…っ!」

 瞳に強い光を宿されながら、吐息を感じる距離でそう呟かれて…一瞬こちらも言葉に
詰まっていく。
 その隙に克哉の熱い舌先が強引に口腔に侵入してきて…クチュリ、といやらしい水音が
脳裏に響き渡っていった。

「はっ…ぅ…」

 御堂の口から、悩ましい声が漏れるが…まったく容赦する気配はない。
 上顎から歯の裏まで…ねっとりと丁寧に舌先で辿られて…こちらの舌と濃密に絡まりあい
息苦しいくらいに舌の根を吸われていく。

 バクバクバクバク…!

 克哉と密着しながら深いキスをかわしているだけで…御堂の心臓は忙しなく脈動して
そのまま壊れてしまいそうなくらいだ。
 熱い抱擁とキスを施されながら…尻を執拗に捏ねられている内に…腰からズクリと
疼きが走って…下肢も反応を始めていた。

「…あんたの唇、さっき軽く触れ合っていただけの時は気づかなかったが…僅かに
チョコレートの味がして…甘い、な…」

 銀糸をお互いの口元から伝らせながら、そんな事を囁かれて…御堂は耳まで赤く
なっていく。

「…さっき、味見をしていたから、な…んんっ…!」

 解放されたのも束の間、すぐにまた深く唇を塞がれて…言葉を閉じ込められていく。
 その間に…克哉に抱きしめられながら、玄関先から立たされていく。

「…御堂、寝室はどこだ…?」

「…リビングの奥の、扉の部屋だ…。あっちの方だな…」

 御堂が寝室のある方角を、何気なく見つめながら指し示していく。
 気持ちはお互い、一緒だ。
 克哉の手がそっと…こちらの頬を静かに撫ぜて…真っ直ぐに見据えてくる。
 その青い瞳の奥に、情欲の光を感じて…背筋がゾクゾクしてくる。

(佐伯の瞳が…静かに燃えているように見える…)

 その双眸の奥に…炎のように揺らめいている情熱を感じ取って…つい目が
離せなくなっていく。
 克哉は玄関先で乱暴に革靴を脱いでいくと…御堂の腰をしっかりと抱きながら
ドカドカと部屋の中に上がりこんで寝室を目指していく。
 初めて訪れる、御堂の新しい部屋をじっくり見る余裕すらない。
 そのまま扉をバンッ! と勢い良く開いていって…広がるキングサイズのベッドの
上に…相手の身体を強引に組み敷いていった。

「っ…待て、佐伯っ! 少し乱暴…すぎ、だ…っ!」

「すまない。今は…余裕がないかも、知れないな…」

「そういう問題、じゃない…っ!」

 こちらが腕の下で軽く反論している間に…首筋に強く吸い突かれていって…
つい身体がビックンと反応してしまった。
 克哉の手が…問答無用にこちらのスーツズボンのベルトに伸びてカチャカチャと
金属音を立てていくと…あまりの性急さにぎょっとなった。

「こらっ…! いきなり情緒がなさ過ぎないか…! せめてもう少し…っ!」

「あんたが欲しいんだ…。今すぐに、でも…な…」

「だからって…あっ…や、め…!」

 押し問答をしている内に…いつの間にかズボンは下着ごと下ろされていた。
ふいにペニスをやんわりと握り込まれて、御堂の身体から力が抜けていく。
 弛緩した身体をしっかりと押さえ込んでいきながら…男の手は的確にこちらの情欲を刺激して
欲望を育て上げていった。
 瞬く間に相手の手の中で…性器が張り詰めていくのを見て…羞恥で思わず死にそうに
なってしまった。

 どうして自分の身体はこの男に少し触れられるだけで…こんなにもすぐに、反応して
しまうようになったのだろうか?
 克哉の手がこちらの先端の割れ目を抉るように指を這わせて…すぐに溢れてきた
先走りを塗りこめるようにして扱き始めていく。
 
 ヌチャ…ニチャ…

 粘着性の音が部屋中に響き渡って、聴覚から克哉に犯され始めているみたいだった。
 ぎゅっと瞼を閉じてその感覚に耐えていくが…克哉の手が蠢く度に…こちらの息が上がって
次第に身体全体が昂ぶっていくのを感じていた。

「ん、んぁ…! も、ダメ…だっ! 佐伯…! そんなに、忙しく…しないで、くれっ…!」

 唇を塞がれながら、胸の突起を押し潰されるように愛撫されていく。
 そんな刺激と一緒に…性器をこんなに的確に扱かれたら、もうダメだった。
 御堂に抗う術など、最早ない。

「…ダメだ。俺の腕の中で感じまくって…乱れる、あんたが…見たいんだ。御堂…」

 キスを解かれて、掠れた声で…そんな殺し文句を囁かれて―その言葉だけでも
身体の奥が熱くなって…ビクンと震えていく。
 もう、ダメだ。この強烈過ぎる感覚に、抗えない…! 
 そう観念して…克哉が与えてくる強烈な快感に…御堂は身を委ねて、登り詰めていった。

「はっ…ぁ…か、つ…やぁ…!」

「っ…!」

 夢中になって、つい…相手の背中に縋り付いていきながら…下の名の方で無意識の
内に名を呼んでいた。
 それに今度は克哉の方が驚かされていた。
 御堂自身が手の中で果てる瞬間…目を見開いて、こちらの顔を見つめてくる。
 それに居たたまれない気持ちになって…照れ隠しに、相手の唇を今度は…御堂の方から
塞いでいく。

(…そんなに、君が驚くとは…思っていなかったな…)

 今日は一体、何て日だろうと思う。
 弱かったり不安定だったり、驚いたり…今まで滅多に見る事がなかった克哉の色んな
表情を沢山見れていた。
 けれどそれは決して不快ではなく…むしろ様々な顔を目の当たりにする事で、逆に
愛しいという感情がジワリ…とこちらの胸の中に広がっていく。

 それは…以前に強引に肉体関係を結ばれていた頃からは想像もつかないくらいに
穏やかで…暖かな気持ちだった。

(あぁ…そうか。私は…こんなに、君の事…を…)

 恥ずかしい思いをしながらチョコレートを作ろうなどと空回りをするくらいに…
自分はこの男の事が好きなのだ、という気持ちを再認識していく。
 こちらの方なら何度も何度も、克哉の唇に吸い付いて…その身体をギュっと抱きしめて
縋り付いていく。
 チュッ…チュッ…と交接音を響かせながらのキスは、何度も角度を変えて繰り返された。
 そして唇が離れる瞬間…自然と、溜息と一緒に…御堂の口から。

「好き、だ…」

 そんな甘い一言が零れて…克哉の心を熱く満たしていく。
 御堂から齎されるその言葉だけで、麻薬にも似た強い多幸感が全身を走り抜けるようだった。

「俺もだ…孝典…」

 そして、相手が克哉と無意識の内に言ってくれたように…。
 ごく自然に彼の方も、御堂を下の名の方で呼んで…。
 強い力でこちらの身体を、腕の中に閉じ込めていったのだった―

  大急ぎで洗い物を終えてタオルで食器の類を拭って片付け終えると仕上げに
自分の腕の周辺を拭い、早足で玄関の方へと駆けて向かっていった。
 その間、インターフォンは鳴り続ける。
 延々と繰り返し、呼び鈴の音を聞かされ続けて…半ばキレ気味に勢い良く
御堂は扉を開け放った!

「あぁもう! そんなに沢山鳴らさずとも聞こえている!」

「ぐあっ!」

「あぁ! スマン! 佐伯…! 大丈夫かっ!」

 御堂が扉を開け放ったのと同時に、マンションの扉が思いっきり克哉に
クリーンヒットする形となった。
 バシンッ! と衝突音が聞こえると同時に克哉の身体は軽く跳ね飛ばされる
形になってしまっていた。

「…大丈夫だ。骨が折れたりとかはしてない。せいぜいぶつかった場所に
軽い青あざや打ち身が出来ている程度だ…」

 それでも、恋している人間にみっともない姿を見せるのは癪なのだろう。
 克哉は精一杯何でもない振りをして…微笑んで見せる。

「何っ! それならほら…中に早く入れっ! 早く冷やすなり何らかの処置を
しないとっ…!」

 御堂が克哉の腕を掴んで、自分の部屋の中へと連れ込んでいく。
 半ば引きずり込むような形で玄関の中に招いて、扉を閉めると同時に…克哉は
切なげな顔をして、御堂に抱きついていった。

「…処置なんて、どうでも良い…。それより…やっとあんたに逢えた…」

「なっ…こらっ! 佐伯…! そんなに強く抱きしめられたら…痛い、だろ…っ!」

 ふいに強い力で克哉に抱きしめられて、一気に御堂の顔は耳まで
真っ赤に染まっていく。
 バタバタとその腕の中で暴れて抵抗を試みていくが、克哉の方も相手を手放す
気などまったくないのだろう。
 どれだけ御堂がもがこうが…克哉の腕の力が緩む気配は一切なかった。

「…すまない。けど…本気であんたが何も言ってくれないで…今日、こちらの誘いを
断ったのがショックでな…。柄にもなく、慌ててしまった…」

「…君が、そんな事くらいで…動揺すると、いうのか…?」

 自分の知っている佐伯克哉という男は、いつも自信満々で傲慢なくらいで…
こちらを翻弄するような発言ばかりを繰り返していた。
 だが…今、自分を抱きしめている相手の顔をふと見遣ると…酷く切なくて
儚い表情を浮かべていた。
 この男がこんな顔を浮かべているのを見るのは…御堂にとって初めての
経験なので…一瞬、どうして良いのか判らなくなった。

「あぁ…自分でもガラではない、って自覚あるけどな。…まだ、あんたとは
再会してばかりだし…過去に自分がやった事が…アレ、だしな。到底…自信なんか
持てる筈がないだろ…」

「…再会したばかりの日に、あんなキスをして…早速私をホテルに誘って抱いて、
一ヶ月で会社を辞めろとか言った男の台詞とは思えないな…それ、は…」

「…強気に出れるのは、あんたが俺を好きだと確信している時ぐらいだ。
…今日は、絶対断られる筈がないと思っていた。あんたも…俺と一緒に過ごしたいと
思っていると…そう信じて疑わなかったから。
 だから…あんたが、理由を詳しく言ってくれないで…俺と過ごすよりも優先したい
事があると言って逃げた時は…本気で動揺、してしまった…」

 それは、御堂が初めて見る…克哉の弱気な表情。
 こんなに切なげな瞳を浮かべながら…御堂に本心を吐露するような行為を
彼がするなんて…信じられなかった。

「…君ほどの男でも、動揺するなんて…事があるんだな…」

「…どうでも良い奴の為に、ここまで心を乱したりはしないさ。…あんただから、
一手一足が気になってしょうがなくなる…。
 まだ一緒にいられるようになって…俺のパートナーになってから、たった二週間しか
経過していないんだ。…自信なんて、あんたの事に関しては…まだ、持てないさ…」

 そうして、顔が寄せられてくる。
 玄関で強く抱きしめられながら…そっと相手の唇が、こちらのそれを塞いで来た。
 柔らかいその感触に…ふっと体の力が抜ける感じがして…その場にへたり込んで
いってしまった。

「…私も、それに関しては…お互い、様だな…。君に関する事には…こっちも、
正直…まだ、自信なんて…持てない、から…」

 克哉の弱い一面を見たからだろうか。
 御堂もまた…普段なら決して意地を張って見せない本心を少しだけ覗かせる。
 さっきまでは…彼にチョコレートを作っている事実を知られるなど、当日を迎えるまでは
恥ずかしくて明かす気などまったくなかった。
 だが…自分がこっそりと隠れて、手作りチョコを作ろうと考えたせいで…克哉に
これだけ不安を与えてしまったのなら…正直に打ち明けた方が良いだろう。
 そう考えて…顔を真っ赤にしながら、静かに打ち明けていった。

「…佐伯、すまない。今日…私がお前の誘いを断ったのは…お前に、チョコレートを
作りたくて…。その時間が欲しかっただけ、なんだ…」

「…チョコレート…だと?」

「…お前が、今週の初めに…私に言ったんだろ? 来週を楽しみにしているって…。
だから…私は、期待されているのならって…そう、思って…」

 プイ、とつい克哉から顔を背けながら…言葉を続けていく。

「…まさか、あんた…手作りチョコを…?」

「あぁ! そうだ…お前が期待しているっていうから…仕方なく、作ってやる事にしたんだ。
少しでも、喜んで欲しかったから…!」

 もう…こんな発言しているだけでも火を噴きそうになるくらいに恥ずかしかった。
 いっそ憤死出来たらどれだけ楽だろう、と思った。
 あまりの予想外の発言に、克哉の方は呆然として…次の瞬間、笑い出していく。
 事実を知った瞬間…自分の先程までの慌てっぷりが滑稽で仕方なかった。
 同時に凄く嬉しくて嬉しくて…仕方なかった。
 御堂が、自分の誘いを断った本当の理由もまた…自分に関しての事だったと知って
やっと安心したのだろう。
 克哉の顔に…いつもの自信満々の表情が、ゆっくりと戻りつつあった。

「…いや、まさか。あんたが俺に手作りのチョコレートを贈ってくれるまでは…
予想出来なかった。あんたなら、最高級の…俺が気に入りそうなチョコレートをきっと
選んでくれるだろう。そういう意図でこちらは言ったつもりだったから…本当にこの
事態は想定してなかったんだ…」

「何だとっ! 人が一体…どれだけ恥ずかしい思いをして…道具一式や、ラッピング
用品まで購入したと…思っているんだっ!」

「…悪かった、御堂。…けど、こんなに嬉しい誤算があるとは…思ってもみなかった。
だが、な…一言、伝えておく…」

「…何だ、言ってみろ…」

 ふいに克哉が真剣な顔をしながら…こちらを見つめてきたので、つい身構える形に
なってしまった。

「…あんたが俺の為に、全力でチョコレートを作ろうとしてくれていた。それは本当に…
嬉しい。だけど…今は、一分一秒でも長く…俺はあんたと一緒に「恋人」として過ごしたい
時期なんだ。だから…俺の為にチョコレートを作ってくれるよりも、出来合いの物を贈られ
ても良いから…。御堂、俺はあんたが傍にいて欲しかった。それが…こちらの本心、だ…」

「っ…!」

 そう言われながら、しっかりと抱きすくめられて…御堂は言葉を失うしかなかった。
 同時に、その瞬間…どれだけ自分が空回りをしていたのか思い知らされた感じがした。

(…まさか、こんなに…シンプルな答えだったとはな…)

 チョコレートを作る、と昨日決意してから…御堂は克哉に関しての事は…酷く難解な
数式を前にしているような気分になっていた。
 自分からこんなに誰かを求めた事も、好きになった事はなかったから。
 再会してからも、克哉の本心はどこにあるのか…まったく判らなかった。
 だから…それは難しくて、解き方の判らない方程式を前にしているようだった。
 
 自分がどうすれば良いのか、どうやれば喜んでくれるのかがまったく読めない
相手を前に…力みすぎたり、慌てたり。
 ささいな事で動揺したり…そんな事ばかりを再会してからは繰り返していた。
 だが…今の言葉で、ようやく解かった。 
 少なくとも克哉は…ただ純粋にこちらに傍にいて欲しいと、強く願ってくれているのだと
言うことを―。

 その解答が導き出された時、やっと…自分を翻弄し続けた男の一見不可解とも見れる
行動や言動の数々が…繋がりあっていた事に気づいた。
 克哉の行動は、全て…御堂と少しでも長く一緒にいたい為のものであった。
 …それはあまりに、シンプルで単純すぎる答えで、逆になかなか気づけなかった。

(…あぁ、やっと…君という男が、少し…解れた、気がする…)

 自分が少し滑稽に思えて、苦笑しながらも…御堂は必死に目の前の男に
縋り付いていく。
 こんなにも、自分を率直に求めてくれている克哉が…愛しくて、仕方なかった。
 だからいつしか…御堂の方からも、強く抱きしめていく。
 玄関の冷たいコンクリートの部分にお互い座り込んでいる形なので…足先は酷く
冷えてしまったが…。
 抱き合っている部分は酷く熱くて、暖かくて…それを実感出来て…御堂は満たされた
気持ちになっていく。

「御堂…」

 真摯な眼差しを向けられながら、呼びかけられる。

「佐伯…」

 相手の名を優しい声音で、お互いに呼びかけながら―
 二人の唇は、静かに…再び重なり合っていた―

 御堂孝典が自分のマンションに丁度戻った頃に、昨晩注文した
チョコレート作りの為の必要な材料一式が届いていた。
 それを受け取ってから…緑のシンプルなデザインのエプロンを身に纏い
荷物を解いて中の道具を確認していくと…。

「これは一体…何なんだ…?」

 御堂が注文したのは、『初めてのチョコレート作りセット』なる代物だったが
その中には製菓用のクーベルチュールチョコレート(ビター)と大小のボウルが
各一個ずつ、木ヘラ、絞り袋、ハートや星などを象った型や四角いバッド。
チョコレートを用した多彩なレシピが掲載された料理本などが一通り入っていた。
 それと一緒にサービスなのか、随分と可愛らしい柄が印刷された弁当の
おかずを入れるのに使えそうな紙製の型や、アルミホイル…ピンク色の
ハートや花柄が印刷された透明なフィルムなどが同封されていた。

「…完全に女性向けなおまけだな。…私が使うには可愛らしすぎるな…」

 その事実に、再び御堂の気持ちはヘコみそうになっていた。
 だが…時間を無駄にするのは勿体無い。
 帰宅途中に大手のスーパーに立ち寄って、動物性の生クリームやラム酒など
昨日御堂が…ネットで検索して調べたレシピで使用する追加材料などを購入して
おいた。

 考え抜いた末に…御堂が選択したチョコレートのレシピは、ラム酒を使った
ややほろ苦い生チョコレートだった。
 未経験の自分でもどうにか理解して作れそうな内容だった事と…克哉が
蒸留酒を好む辛党である事は…この二週間の他愛無いやり取りの中で
知っていた情報なので、これに決めたのだ。

 上質のスーツの上着を脱ぎ去り、Yシャツの袖を捲りながら…システムキッチンの
前に立って調理を始めていく。
 まず最初の難関は…チョコを刻む作業だった。

「え~…何々、まずチョコレートを予め刻んでおいてから…動物性の生クリームを
鍋で加熱して、その中に刻んだチョコを入れて…溶かす、か…」

 チョコレートを均一に滑らかに溶かすには…細かく刻んでおく作業は
不可欠だ。
 御堂は白いプラスチック製のまな板とステンレス製の包丁を用意しておくと
製菓用のチョコレートを其処に置いて…隅の方から丁寧に刻み始めていく。

「…なかなか、指先が痛くなりそうな作業だな…わっ!」

 最初の内は丁寧にやっていたが、ふと力加減を間違えて隅の方がパキっと
割れていって動揺してしまった。
 細かく削れたチョコレートの中に、ゴロンと大きな塊が転がってしまうが…それを
掬い取って、慎重に細かく削り続けていく。
 こういう作業は地味で単調だ。
 だが…こういう下準備を疎かにしては、良い物は作れない。
 真剣な顔をしながら…御堂は丁寧にチョコレートを刻む作業に没頭していく。

(手作りというのは…案外、手間が掛かって大変な物だったんだな…)

 15分くらい掛けて、半分くらい終えた辺りで…しみじみと溜息を突きながら
毎年手作りチョコなどを手がける人間を…凄いな、と素直に思った。
 今までに何度も手作りチョコを受け取った経験があったが…以前の御堂なら
その事を伝える女性の押し付けがましさに辟易していただけだった。

 あまり甘い物を好まない御堂にとっては、手作りだろうが…高級店のチョコだろうが
毎年どうやって処分するか悩ませる程度の物で…本命でもない女から貰う代物など
有難いと思った事は一度もなかった。
 だが…こうして、本気で好きな男が出来て…自分で作ってみる態度に立ってみると…
こうやってチョコ一つを丁寧に刻むだけでもかなりの手間が掛かっている事に
気づいてしまった。

「…感傷だな。今更…悪いと思っても、最早どうにもならないからな…」

 フッと溜息を突きながら、瞳を細めていく。
 今の自分には好きな人間がいる。
 だからどれだけ渡されるチョコレートに想いを込められていようとも…もう
応える事は無理なのだ。
 過去の自分の態度に多少反省こそしたが…やってしまったことは仕方ない。
 …ただ、もし…手作りチョコを今後貰う事があったら、その手間に関しては
労う気持ちを持つ事にしよう。
 こうやって作る側に立つ事によって…慮る気持ちが少しだけ芽生えていた。

 4分3程度刻み終わった頃を目安に、生クリームを加熱に掛かる。
 それが軽く沸騰するのとほぼ同時に…刻んだチョコレートを入れて…ラム酒を
適量入れて丁寧に掻き混ぜていく。
 ラム酒の芳醇な香りがキッチン全体に仄かに漂い…ドロリと液状になった
チョコを少し掻き混ぜて荒熱を取っていってから…ラップを敷いたバットの中に
丁寧に流し込んでいった。

「良し、これで冷めたら冷蔵庫に入れれば…完成だな…」

 ほうっと一息を突いていきながら…綺麗にバットの中に流し込まれたチョコを
眺めて…御堂は満足げな笑みを浮かべていく。
 鍋に残っているものを指で梳くって味見をしてみたが、味の方も上々だった。
 これなら…アイツが驚く顔を見る事が期待できる、出来栄えだ。
 そう確信して…御堂が満足げな表情を浮かべると同時に…マンションの
インターフォンが鳴り響いていった。

 ピンポーン~!

「来客…か?」

 今の御堂には突然、この自宅に訪ねてくるような知り合いは殆どいない筈だった。
 一年前…克哉と一度決別してから前のマンションは引き払っていたし、克哉に
監禁されていた間に…MGNに勤めていた頃の知り合いはほぼ全員疎遠に
なっていた。
 学生時代の友人達とも、そのおかげで顔を合わせる機会が激減していたので…
ここを知っている人間すらかなり少数な筈なのだ。

(また…訪問販売とか、何かの勧誘の類か…?)

 一応、オートロック完備マンションで…24時間体制で入り口の処に警備員も
待機しているのだが…それでも、隙を突いて中に入って来てしまう輩も時には
存在してしまう。
 御堂自身もそれで何度か捕まって、5~10分程度で切り上げて貰っていたが
過去に捕まった経験があるのだ。
 いっそ無視してやり過ごそうとした次の瞬間…インターフォンのマイクを通して
予想もしていなかった人物の声が部屋中に響き渡っていく。

『御堂っ! いるのか…!』

「っ…佐伯っ! …どうしてあいつがこのマンションに…! まだ…ここを
教えた事は一回もないのに…っ!」

 思ってもみなかった闖入者の登場に、御堂は慌てて玄関の方まで
駆けて向かおうとしたが…次の瞬間、部屋中に漂う強烈なチョコレートの
香りと自分の格好に、ハッとなって立ち尽くしてしまう。

「うぅ…今の状況ですぐに開けたら、絶対に何をしていたか…佐伯に
気づかれてしまうじゃないか…!」

 思いっきり顔を赤くしながら、大慌てで緑のエプロンを脱ぎ去って…
チョコレートを一旦、冷蔵庫に隠していく…が…洗い場の処には
思いっきり作成に使用した器材の数々が山積みになっていて…
恐らくここを見られれば何をしていたかは一目瞭然だろう。

 ピンポーン ピンポン! ピンポンピンポンっ…!

 だんだんとインターフォンの音の間隔が忙しないものとなり
それを聞かされている御堂も少し焦りを覚えてきた。

「あぁぁ! もう…そんなに鳴らすなっ! 片付け終わったらすぐにでも
開けるから…! 本当、少しぐらい…私にこっそりとチョコレートを作る
時間の余裕ぐらいは与えてくれっ!」
 
 本気でそう思いながら猛スピードで御堂は器材の類を洗い始めて
証拠隠滅作業を図っていく。
 …その間、彼は恥ずかしさの余りに…自分の事しか今は考えられなく
なっていた。

 扉の向こうで…今、克哉がどんな顔をしてインターフォンを何度も鳴らして
自分を呼び続けているのか。
 今の切羽詰った御堂の方にも…其処まで相手の事情を汲み取る余裕は
なかったのだった―
  御堂がデパートでラッピングを選んでいるのと同時刻―
  恋人に完全に撒かれてしまって…都会の雑踏の中で佐伯克哉は一人、
途方に暮れていた。

(…あんたは一体、どこにいるんだ…)

 新しい会社を立ち上げて、公私共に一緒の時間を過ごせるようになってから
たったの二週間しか経過していない。
 御堂を解放してから、再会するまでの空白の一年間を埋めるには…まだまだ
気持ち的に足りない時期。
 …克哉は、週末は御堂とどうしても過ごしたかった。
 仕事上のパートナーとして…一緒にいられる時間が増えただけでも、会えなかった
時期を思えば幸福だった。
 だが…そんなモノじゃ、まだ足りない。
 『恋人』としての御堂を求める心はとんでもなく貪欲で…いつか相手を喰らい尽くして
しまうのではないか。
 それくらい、強くて…凶暴な気持ちが自分の中に渦巻いていた。

(御堂…俺は、ただ…あんたと少しでも長く一緒にいたいだけなのに・・・!)

 同じ気持ちだと確信して、誘いを掛けたのに…あっさりと御堂に断られて
理由も話してもらえずに置き去りにされた事で…柄にもなく、克哉は焦燥していた。
 せめて自分と一緒にいる時間よりも優先すべき事をキチンと話してもらった上なら…
ここまで克哉も不安定にならなかった事だろう。
 沢山の人波が蠢く中、御堂の姿を必死になって眼を凝らして探していく。
 だが…それらしい髪型や、スーツの人物を見つける度に…違う、と落胆を
繰り返していた。

「御堂…」

 無意識の内に、彼の名を呟いていく。
 そして再び、携帯電話のコールを鳴らしていった。
 だが…最初の一回目は延々と呼び出し音が聞こえるだけだったが、二度目からは
すぐに「電波の届かない処におられるか、電源が入っていない為に掛かりません」という
アナウンスが流れるようになっていた。
 それが余計に…克哉の心を焦らせていく。
 …まるで自分が、御堂に拒絶されているように感じられてしまったから―

「…何で、電話にも出てくれないんだ…」

 …御堂からしたら、克哉にチョコレート作りの為の道具や…ラッピング用品を買い求めて
いる姿など恥ずかしくて見せたくないだけの話なのだが、そんな事は予想もしていない
克哉は…ただただ、不安な気持ちを持て余していく。
 夜の帳が静かに下りて、ネオンが輝き始める街の中で…克哉は途方に暮れていく。
 今夜は、恐らく朝まで離すつもりはなかったのに―
 現実にはただ一人…こうして取り残されていく。

「…あいつが向かいそうな場所は、一体どこだ…?」

 ふと、心当たりの場所でも赴いてみようと考えて…御堂が行きそうな店を
思い出していったが…知っているのは以前に連れていかれた事がある
ワインバーくらいな物だ。

 …後は彼が今住んでいるマンションのどちらか、と言った処だろう。
 空白の期間が長すぎた上に、御堂がMGNに在籍していた頃は…一緒に
出かけたり、食事を楽しむような間柄ではお世辞にもなかった。
 …弱みを握って、無理やり肉体関係を結んで追い詰めていくような…関わり方しか
していなかったせいで…未だに克哉は御堂がどんな行き着けの店を持っているのか、
どこに良く出かけるのか。
 そんな事すらも知らなかったことに気づいて…余計に歯噛みしたくなった。

「…良く考えたら、あいつが今…住んでいる場所すら、俺は良く知らないんだな…」

 御堂を捕まえるとしたら、彼の現在の住居が一番可能性が高い。
 だが…新会社を興してから二週間。
 基本的に週末は自分の方の部屋で過ごしていたので…克哉はまだ
御堂の現住所に行った事がなかった。

(ワインバーに先に向かうか? …だが、この近くの最寄駅からは結構乗り継ぎが
面倒だった筈だ。…御堂の今住んでいる場所に向かった方が可能性が高いが…
住所が書いてある物が…何かあっただろうか…?)

 必死に頭の中を検索して、情報を整理していく。
 一刻も早く、御堂を確実に捕まえる為にシュミレーションを繰り返し…自分が
現在の時点で所有している情報を纏め上げていく。
 それで、一つの考えに思い至った。

「…そうだ、二週間前。今の会社をあいつに初めて見せた二日後に…便宜上、
履歴書を提出して貰った筈だ。そこになら…今のあいつの住所もキチンと書いて
ある筈だな…」

 自分は最初から、あの会社を興す際に…御堂を片腕に登用するつもりでいた。
 だから…履歴書など、本来なら大した意味は持たない。
 だが…住所を知る為には有効な手段である事に気づいて…克哉は一旦、
自分の会社の方へと戻る決意をした。

「住所さえ判れば…タクシーでその付近まで連れてって貰えるからな。まずは…
俺の会社まで戻ろう…」

 必死に考え抜いて、どう動くべきかを見出していくと…克哉は迷いない足取りで
一番近くにある駅のタクシー乗り場まで向かい…まずは自社ビルを指定して
向かい始めていった。
 御堂を素早く捕まえる為には、多少の出費などにかまけている暇はなかった。
 
(…絶対に、お前からキチンと理由を聞かせて貰うまでは…諦めるつもりはないぞ…!)

 険しい顔をしながら、克哉はタクシーに乗り込んでいく。
 …ただ、今の彼の頭の中には…愛しい人間の事だけで占められて、それ以外の
事が入る余地は一切なかった―


 
 御堂孝典は、途方に暮れていた。
 本日がバレンタイン前の、最後の週末だという事は判っていたつもりだった。
 だから…自分が目的としている店に、女性客がいるのは致し方ない。
 それくらいの覚悟はして…今、ここに訪れた筈なのに…店全体に立ち込める
オーラの濃密さに、こちらは怯むしかなかった。

(な、何なんだ…この気迫は…!)

 御堂がネットで検索した店は、大手デパートの中のテナントの一つだった。
 この近隣の地名と、ラッピングという二つのキーワードを打ち込んだ中で見つけ出した
店だった。
 店内には可愛らしいぬいぐるみや小物、バッグ。文房具の類から美容に関係する日用品
まで幅広く置かれている。
 その中でバレンタイン特集! と大きなポップを設置されている一角に…チョコを作る為に
使えそうな小道具や、ラッピング用品が大量に並んでいた。
 どうやらセールを打ち出して集客を計っているらしく…ラッピングコーナーには
かなりの女性客がたむろして、凄い熱気を放っている。
 その気迫に…思わず御堂はたじろいでしまっていた。

(こ、この中に私は飛び込んでいかなければならないのか…!)

 ホックに吊り下げられている商品はどれも可愛らしいデザインの物や、シンプルながら
趣味が良く纏められているもの。ややシックな物から…豪奢な物まで種類は多種多様に
及んでいる。
 その前で、本命用のラッピングを吟味している女性客の顔は真剣だった。
 …33歳の、美丈夫な男が飛び込むのが思わず躊躇われるくらいに―

「…くっ…時間を無駄にするのは、正直…気が進まないが…。私は一体、どうすれば
良いんだ…」

 そもそも、店全体の雰囲気からして…とても男性客が容易に飛び込める感じ
ではない。
 特に御堂ほどの美形の男が中に入れば、嫌でも目立つ事請け合いだ。
 背筋に冷や汗を流しながら、その場で逡巡していく。
 すでにチョコ作成に必要な道具の類はネットで手配してある。
 ラッピング用品にまで拘ったのは…御堂が完璧主義者だからだ。
 本命に渡す為のチョコを全力で作成するというのなら、ちゃんと包装の類にも
気を配った方が良いだろう。
 そう判断して…ここに足を向けた訳だが、まさに女の園という雰囲気を漂わせた店内に
早くもその気持ちが怯んでしまいそうになっていた。
 
 だが御堂が立ち尽くしている間に…女性客はどんどん、セールが開かれている
コーナーへと訪れて、人波が引く気配はない。
 むしろウカウカしていたら…売り切れの商品が出てしまいそうだ。
 次々に商品を手に取って、レジへと運んでいく女性の姿を何人も見送っている内に
御堂の腹もようやく決まっていく。

(あいつに喜んでもらう為には、これも必要な過程だ…腹を括るしかない!)

 飛び込むのは死ぬ程、恥ずかしかった。
 だが…ここまで来て、敵前逃亡に近い真似をするのは余計に悔しかった。
 御堂は覚悟を決めていくと…女性客が密集しているその場所へと飛び込んでいく。
 すると一斉に…指すような視線が、彼に注がれていった。

『ねえ…何で、男の人がここにいるのかしら…』

『随分と格好良い人だけど…おかしい、よね…』

『この人もバレンタインに…何か贈るのかしら。もしかして…ホモ、かしら…きゃ~!』

『格好良い人なのに…残念かも~』

 ぐおぉぉぉぉぉぉ!!

 内心で叫びそうになりそうなのを必死に抑えて、顔を真っ赤にしながら
若い女性客の憶測の声に耐えていった。
 こちらが商品を眺めている間も、ヒソヒソ話は延々と続いていく。
 もう頭から火が吹いて、そのままいっそ卒倒したいくらいの気分だった。
 それでもどうにか気力を振り絞って、商品を眺めて…どれが克哉に贈るのに
相応しいが吟味していった。

(この商品は…綺麗だが、男の私が使うには…可愛らしすぎるな。で…これは
クローバーをあしらったシンプルな物か。デザインは悪くないが…どうやって
ラッピングすれば良いのか文字説明だけで…図が描いてないから、正直…
判りづらい…)

 痛い位の好奇の視線に晒されながら、御堂は印象深いと思った商品を
次々と手に取っていく。
 最初に眼に飛び込んだのは…ピンクの不織布を使用した、花のオーナメントを
あしらった商品だ。
 折り目や皺が出来にくい袋の口をクルクル~と纏めて、花のオーナメントの
飾りがついたヒモで軽く縛っていけば簡単で綺麗なラッピングが出来るという物だ。

 二つ目に気になった商品は…緑のクローバーのイラストが点在した透明な
フィルムと、8つに折りたたまれたクラフト紙。それと…緑と白の二色のヒモが
ついているセットだった。
 デザイン的には後者の方がシンプルで御堂好みだが、どうやって作れば
良いのか判りづらいので見送っていく。
 幾つかの商品を手に取ってみたが…並んでいる商品の大部分が可愛らしい
雰囲気の品ばかりだったので、溜息を突くしかなかった。

(どれもこれも…私が使うにも、佐伯に贈るにも…可愛らしすぎて躊躇って
しまうような物ばかりだな…)

 次に気になったのは…透明なペーパーに青文字の英文がプリントされたのと
茶色の線が印刷された大きめのクラフト紙。それと紺のヒモと…緑の葉っぱを
象った紙があしらわれている物だ。
 裏面を見てみると…しっかりとラッピングの仕方を図解で描いてある。
 …やった事がないので不安があるが、図が描いてあるのなら大丈夫だろう。
 御堂はそう判断して、それに決めてレジの方へと走っていった。
 その間、ずっと…痛いぐらいの眼差しが彼の背中に注がれていた。

(…一刻も早く、ここから立ち去ろう…!)

 今、御堂は自分が場違いな存在になってしまっている事をヒシヒシと実感
させられていた。
 女性客の視線がともかく痛くて、胸に刺し込んでくるようだ。
 
「これを下さい」

 それでも意地でも、その焦燥を顔に出す事なく…いつもと変わらない態度で
店員に会計を頼んでいく。
 …レジの店員にさえも、怪訝そうな顔をされたのが正直…少し切なかった。

「はい、税込みで420円です」

「千円からでお願いする」

 素早く財布を取り出して、千円札を相手に手渡していく。

「はい…それでは580円のおつりです。ご確認お願いします…」

 と、言って女性店員は自分の掌の上におつりを広げていって…こちらに確認を
取っていく。
 御堂がざっと見て、頷いていくと…店員は商品を店名が印刷されているオレンジの
袋に入れて、こちらに手渡していった。

「はい…では、ありがとうございました」

 店員が頭を下げて、商品が入った袋を手渡すと同時に…御堂は素早くその場から
立ち去っていった。
 
(…ううっ! ここまでこの時期にラッピング商品を購入するのが…辛いとは
予想していなかった…! あの男の為に…こんな羞恥を味わう羽目になるとは…)

 心の中で、あの男に恋をして…チョコを作ろう! となど決意してしまった事を
少し後悔しかけたら…次の瞬間、驚いた顔をした克哉の姿が浮かぶと同時に…
フン、と溜息を突いていった。

「…恋愛とは、本気で厄介なものだな…」

 その現実に、苦いものすら感じながら…御堂は、数分後にはデパートから出て
自分のマンションへと真っ直ぐ向かい始めていった―
 



 
 御堂が週末にバレンタインチョコを作ることを決意した翌日、御堂は
早起きをして…インターネットで、チョコを作成に必要そうな道具一式や
材料の類を吟味して、本日の夕方には届くように手配していた。
 流石この辺りは有能なビジネスマンである。
 心に決めれば行動が迅速であった。
 
 本日のスケジュールは…午前中は社内で二人で…これから取引を
していく会社の資料集めや、持ちかける企画内容を明確に伝える為の
書類作成。
 そして午後からは…二人で一緒に、これからの仕事上、欠かす事が
出来ない企業を二件…立て続けに挨拶に回っていた。
 克哉が設立した新会社はまだ正式な運営を始めてから二週間程度しか
経過していない新興のものだ。

 前職での付き合いがあった処も数多いが、新しく繋がった場所もそれなりに
ある。
 二人が出向した二社も、これから克哉が打ち立てるプロジェクトに必要不可欠と
判断された…新しく付き合い始める処である。
 繋がりを強化した方が良いと…二人で一緒に訪ねて、たっぷりと時間を掛けて
打ち合わせをしたおかげで…二社共、良い手応えを得る事が出来た。

 二件目の会社を後にした頃には…すっかりと、日が暮れてしまっていた。
 終業時間を迎えて、閑散としていたオフィス街に…帰宅途中のサラリーマンや
OLの姿が現れる時間帯。
 二人はそんな雑踏の中を颯爽と歩いて、最寄駅の方まで向かっていた。

(…この後、どうしようか…。行きたい店があるんだが…)

 御堂は、前を進む克哉の後を着いていきながら…考えあぐねいていた。
 二人で取引先に出向く前に…本日、やるべき仕事は全て終えてある。
 いつもの流れなら…このまま会社の方に戻って、同じビル内にある彼のマンションで
週末の夜を過ごすのだが…今日ばかりは気が進まなかった。
 …この二週間、やっと一緒に仕事に出来るようになったばかりのせいか…
週末は克哉は決して、御堂を離してくれなくなる。
 
 彼から告白されて、去られてから一年。
 再会してからは…一ヵ月半。
 殆ど一緒に過ごす事もなく、共に過ごす時間も大半は…恋人としてではなく
仕事上のパートナーとしてという現状は、一緒にいられる時間を濃密なものに変えて…
先週に至っては、金曜日から土曜日の夜に掛けては…殆どベッドから出ることも
叶わなかったくらいだ。

「どうしたものかな…」

 軽い溜息を突きながら、どうやって克哉に…誘いを断ろうかと考え始めていく。
 御堂とて、自分の恋人と一緒に甘い週末の時間を過ごしたい気持ちがある。
 だが…本日は夕方にチョコレート作成に必要な材料一式が届くし…明日は
実際に上手く作れるように練習に費やしたい。
 …克哉のマンションの方に行ってしまったら、どちらも出来なくなってしまうのは
明白だった。
 ついでに言うと…一度誘いに乗ったら最後、日曜日の夜まで離してくれなく
なってしまうかも知れない。
 そうしたら…こっそりと隠れて練習をする事など不可能になってしまう。
 …初めての季節イベント、どうせなら喜んで貰えるレベルのものを作って
コイツに贈ってあげたい。
 それを考えたら…今回は断るしかないのが、少し…辛かった。
 
 駅に辿り着く間際、やっと前を歩く克哉がこちらの方を振り返り…柔らかい笑みを
浮かべながらこちらに問いかけてくる。

「…御堂、今日は…俺の部屋に、来るか…?」

 問いかける言葉は、一応こちらの意思を尋ねてはいるけれど…声に自信が満ち溢れて
いて…こちらが承諾するのを疑わない響きが込められていた。

「いや…佐伯、すまないが…本日は少し用事がある。自宅に…必要な荷物が届くので
今日は遠慮させて貰おう…」

「そうか。なら…俺の方があんたのマンションに出向こう。それなら構わないだろう…?」

 その切り替えしに、一瞬…グっと言葉に詰まった。
 予想はしていたが…それをやられてしまうと、結局何も変わらない。
 舞台が克哉のマンションではなく、こちらのマンションになってしまっただけの事だ。
 これだけ…逢いたい、と言う気持ちを前面に出している克哉を前に…断りの言葉を
ぶつけるのは少し胸が痛んだ。
 だが…時に、一人になる事が必要な事もあるのだ。
 そう自分に言い聞かせて、更なる言葉を続けていった。

「…いや、すまない。今日の夕方から…明日に掛けては少しやりたいことがあるんだ。
 それが終わったら明日の午後には私の方から…君の部屋に出向いて、一緒の
時間を過ごさせてもらう。だから…本日の夜の誘いは申し訳ないが…遠慮させて
貰おう。悪いな…佐伯」

 苦笑しながら、彼にそう告げていくと…見る見る内に目を見開いていった。
 まさか、御堂が断ることなど予想もしていなかった顔だった。
 この男にそんな顔をさせられた事に少しだけ…優越感のようなものを覚えたが
気を取り直して、そのまま踵を返そうとした時―

 しっかりと克哉に、肩を掴まれてしまっていた。

「…俺よりも優先する事って、一体何だ…? 御堂…?」

「えっ…その、それは…っ!」

 克哉瞳の奥に、ふと…焦燥のようなものを感じて、一瞬背筋がヒヤリとした。
 チラリと見せた鋭い眼差しに…こちらの視線も囚われていってしまう。

「…俺に言えない、やましい事なのか…?」

「そんな訳がないだろう! だが…少し、君から離れて一人になりたいという事も
あるだけだ…。それくらいは良い大人なんだから、理解出来るだろう…?」

(…お前がいる前で、チョコレート作りの練習なんて出来る訳がないだろう…!)

 心の中で半ば叫んでいきながら、それでも諭すような言葉を紡いでいく。

「…判った、と言ってやりたいが…俺は本気で今夜、あんたと一緒に過ごしたいんだ。
ちゃんと理由を言ってもらわない限りは…納得出来そうもない。
 だから言ってくれないか…? 御堂…」

「…言えない。だが少しすればすぐに判る事だ。だから今は…黙って私を見送って
くれないか…佐伯」

「嫌だ」

 きっぱりと言い切られながら、瞳を覗きこまれていく。
 まるで駄々っ子のような彼の聞き分けのなさに…御堂は苛立っていった。

(…お前の為に、今夜は一旦…一人の時間を貰うだけなのに、何故…そんなに
寂しそうな顔をするんだ…?)

 それにかなり…後ろ髪を引かれる思いがしたが…それでも御堂は強い意志を持って
克哉の前から、駆け出して雑踏の方へと向かっていく。
 人波の中に紛れて…それを掻き分けて、御堂は…一旦、克哉を巻く作戦に
出たのだ。

「御堂、待てっ!」

 慌てて克哉が…御堂を追いかけていく。
 だが、彼は決して足を止める事も振り返る事もなく…雑踏の中に紛れ込んで…
すぐに姿が見えなくなった。

(すまない…佐伯。お前にはどうしても…これから向かう店も、マンションにも
一緒に向かわせる訳にはいかないんだ…!)

 そんなの、あまりに恥ずかしすぎるからだ。
 顔を赤く染めながら、相手に心の中で詫びて…御堂は全力で彼から離れていく。
 克哉は、必死に追いかけて…結局、御堂の姿を見失ってしまった時に…
道の真ん中で、懸命に大事な人を追い求めて辛そうな顔を浮かべていた―
 
 ※この話は現時点ではタイトル未定です。
 今日明日中に正式につけますので少々お待ち下さい。
 後、キチメガの年代設定がはっきり判らんのでこの話の日付設定は
2008年のもので合わせます。予めご了承下さい(ペコリ)

 佐伯克哉と晴れて結ばれて、一緒に新会社を設立してから二週間。
 御堂孝典は自分のマンションの中で、目の前に立ち塞がった最大の試練に関して
…カレンダーと睨めっこしながら思いっきり唸る羽目になった。
 男の視点は真っ直ぐに2月14日の処に釘付けとなっていた。

「…バレンタイン、か…」

 グムム、と唸りながら…自分の部屋の壁に飾られていた日本の美麗な四季折々の
写真が印刷されているカレンダーの日取りを眺めていく。
 2月7日、週末を前にして…彼は思いっきり焦るしかなかった。
 御堂孝典、33歳。
 …MGNでも、知り合いが興した会社でも早々と部長クラスの役職を得てエリート
街道をまっしぐらに生きて来た。
 だから恋人の佐伯克哉に、新しい会社の共同経営者として求められた時だって…
自分の実力なら、それくらいの事は出来ると思っていた。
 だが…これはあまりに未知すぎる世界だったので、困惑するしか―なかった。

「あの一言は…やはり、求められていると判断した方が良いんだろうな…」

 溜息を突きながら、夕方の事を思い出していく。
 本日の業務が完了し、一段落が着いてそろそろ帰宅準備をしようとした時…
いきなり克哉が勢い良く扉を開けて入って来て…いきなり、部屋の中で
キスをされたのだ。
 まだ会社を興したばかりで、自分と彼しかこのフロアにはいない事は
判り切っていたが…突然の事過ぎて、御堂の頭は真っ白になった。

(…幾ら終業時間間際だったとは言え、会社の中で…あんなキスをするのは
反則過ぎるぞ…まったく、あの男は…)

 …克哉のキスは情熱的で、酷く甘くて。
 熱い舌先で口腔全体を、優しく撫ぜ擦っていくかのように…ねっとりとして
深いものだった。
 チュパ、と大きな交接音を立てながら…こちらの瞳を覗き込んで、あの男は
一言…耳元で低い声音で囁いていったのだ。

『…御堂、来週…お前がどんな物を俺に贈ってくれるかを楽しみにしているぞ…?』

 ―それだけ囁いて、さっさと上にある…自分の部屋へと引き上げた残酷な
恋人の事を思い出し…御堂はカ~と赤くなった。
 あんな…腰砕けになるような、甘いキスだけして…それ以上の事を何もせずに
引き上げるなんて…生殺し以外の何物でもない。
 その時の事を思い出して、腰の奥がズクン…と疼く感じがした。
 顔を赤く染めながら…ベッドの上に横たわり…はあ、と溜息を突いていく。

(あの言葉が指しているのは…バレンタイン以外には、ないな…)

 自分の誕生日が九月二十九日。
 そして克哉の誕生日は…未だに知らない。
 
 そもそも自分達の関係は、あんな形から始まっているので…普通の恋人達のように
お互いの誕生日を祝う事も、季節イベントを一緒に過ごした事はまだ、皆無だ。
 クリスマスだって、新年だって…克哉は新しい会社を興す為の準備で忙しくて
自分に連絡を殆ど寄越さずに、途中で一回逢いに来たかと思えば…ミーティングルームで
ヤル事だけさっさとヤッて…会話もせずに立ち去ったりしたぐらいだ。
 そんな自分達が、初めて迎える季節イベントは…ようするに、今年のバレンタインが
最初になる訳だ。

(節分の時は…アイツ、元の会社の人間の飲み会に誘われたっていうので…
逢えなかったしな…)

 毛布を引き寄せて、自分の身体の上に掛けていきながら…天井を何気なく見遣っていく。
 ぼんやりと室内を照らす蛍光灯の明かりを眺めながら…脳裏に、あの…意地悪で傲慢で
身勝手で…こちらを振り回すだけ振り回す、自分の恋人の顔を思い描いていく。

「…男にチョコを贈るなんて経験、初めてだぞ…私にとっては…」

 そう、毎年…学生時代でも、MGNに勤めていた頃も…前の会社でも、御堂はその容貌と
実力の為に沢山のチョコレートを贈られる立場にいた。
 近寄りがたい雰囲気があった為に、対面しながら贈ってくる女性こそあまりいなかったが…
当日ともなれば、自分の私室や…自宅に直接、チョコレートが届けられていた事も
かなりの回数あった。

 あんまり甘い物を食べる習慣がない御堂にとっては、どうやって処理するかが毎年の
頭痛の種になっていて…良い印象がなかった日。
 それなのに…今年は、初めて自分がチョコレートを相手に贈る立場になってしまって…
どんな準備をしていけば良いのか判らなかった。

「…豪華なチョコレートをどっかから取り寄せるか…? それとも…自分で作れば
良いのか。…こんな事、今までやった事がないから…どうすれば良いのか本気で
判らない。私にどうしろって言うんだ…アイツは…まったくっ!」

 ベッドの上でゴロンゴロンと転がりながら…思いっきり恋人に向かって悪態を突いていく。
 
「…だが、楽しみにしていると言うのなら…やはり、私が自らの手で作るべきなのか…?」

 自分がキッチンに立って、チョコレートを作っている姿を想像して…寒い気持ちになった。
 …エプロンをして、佐伯の為にチョコを作ってラッピングして―
 この年になって、そんな恥ずかしい真似をしろと…そう言いたかったのだろうか…アイツは。
 そう考えると…自然と額に青筋が浮かび上がっていた。

『御堂、楽しみにしているぞ…?』

 無理だ、と思って否定しようとした瞬間…鮮明に昼間の彼の声音が…自分の頭の中に
再生されてしまう。
 その瞬間…顔がカァっと熱くなって…押し黙るしかなかった。

「うぅ…ううっ! 本当に…あの男は…目の前にいない時さえも、どうして…こんなに
私を惑わせるんだ…!」

 再会するまでの間だってそうだった。
 こっちが忘れようと必死になっていたのに…何かの拍子に、最後の…自分に対しての
労わりながら告白した時の記憶が思い出されて…結局、出来なかったのだ。
 期待されているのに、出来合いのチョコレートを渡して…がっかりしたような顔を
浮かべる克哉の姿を想像してしまい…ズキン、と胸が痛んでいった。
 そこら辺で御堂は…思いっきり開き直るしかなかった。

「…くっ…! 仕方がない! …私が自ら、今年は…作るしか、ないか…」

 瞳をギュっと瞑り…目元に掌を宛がいながら…ようやく観念していく。
 特に…まだ自分達の関係は極めて不安定で、危うい。
 せっかく想いを確かめ合って…新しい会社まで設立して、公私ともに大切な
パートナーになったばかりの時期なのだ。
 …相手との関係を固める為の努力はした方が良い。
 自分に何度もそう言い聞かせて…これから、目標に向かって…どんな行動を
取れば良いのか…自分の中で何度もシュミレーションしていく。

 ―あの男はどれくらい、自分に変革を齎せば気が済むのだろう

 そんな事を考えながら…暖かい布団の中に包まれて…御堂の意識はゆっくりと
…眠りの淵へと落ちていった―
 
 
 ※本日は管理人がイベント遠征の為に連載は一日、お休みです。
 その代わりに以前に某企画サイトに参加した際に執筆したSSを一本置き土産に
掲載しておきます。メガミドものです。
 『乳首責め』というお題に添って書いたものなのでそれを了承の上でお読みくださいv

 最初は仕事上がりの週末に、いつものように克哉の部屋で貪るようなキスを
繰り返し続けていた。
 抱き合って、熱い肌を重ねて。
 荒い心臓の鼓動がどちらのものか判らないぐらいに密着しあって…
ベッドに組み敷かれる。
 
 いつものように手早い手つきで、あっという間にこちらの衣服は剥ぎ取られていく。
 ここら辺の手際の良さは、毎度の事ながら感心したくなった。一体どこでこの熟練の技を
身につけれるくらいに経験を積んだのか、思わず聞きたくなるくらいだ…。
 
(いつもいつも…こいつは放っておくと私ばかりを脱がして…)
 
 しかも今夜も、明かりを点けたままでこちらを抱くつもりらしい。
 最近の克哉はかなり意地悪だ。明かりを消して欲しいと強請っても、まったく消してくれる
気配すら見せなくなった。
 本人曰く、「あんたの感じる顔は絶品なんだから見れないのは勿体無いだろ?」と
いう事らしい。
 
 今夜はまだ…上半身の衣類を脱がされただけだが、キスだけでプクリと膨れ上がった
突起を…熱い眼差しで見つめられるだけで…言いようのない痺れが全身を走り抜けていく。
 
「…相変わらずあんたの胸の尖りは…良い色をしているな。まるで…何かの果実のように、
甘く熟れているように見える…」
 
「馬鹿…そんな、恥ずかしい事を…言う、な…!」
 
 顔を真っ赤にしながら、反論するが…しっかりと肩を掴まれて押さえ込まれているので…
暴れようとも相手の腕からは簡単に逃れられない。
 そのまま…顔を寄せる事もせず、ただ…真摯な表情で胸の突起を見つめていく。
 
(な、んで…今夜は触りもせずに…見るだけ…何だ…?)
 
 さっきのキスで、自分の身体の芯には欲望が灯ってしまっている。
 それをどうにかして欲しくて…克哉の瞳を睨むように見つめ返していくが…男は不敵に
微笑むのみだ。いきなり、少しだけ顔を寄せられて…熱い吐息を吹きかけられていく。
 
「ひぃ…ぅ…!」
 
 焦らされて、昂ぶった身体は…普段なら気にしない些細な刺激にさえも派手に
反応していってしまう。
 それでも触れられない事に…いい加減、御堂も訝しげになっていく。
 
「佐伯…その、何で…これ以上、私に触れない…ん、だ…?」
 
「…判らないのか? あんたに俺をメチャクチャに欲しがって貰いたいからだ…。
いつも俺ばかりがあんたを欲しがって、がっついてばかりいるからな…だから、
今夜はあんたから俺を欲しがって貰いたい。それだけの話だ…」
 
「…っ! そん、な…確かに、私は…その、口に出してはあまり…言わないかも、
知れない…けど…。見れば…判る、だろ…!」
 
 顔を真っ赤にしながら反論していくが…克哉の方はどこ吹く風、という感じだった。
 しかし…その瞳の奥だけは酷く熱くて…欲情で蒼い双眸がうっすらと濡れて
輝いているのが判った。
 
「そ、んな目で…私を、見るなぁ…!」
 
 その眼差しに見つめられて、スーツズボンの下の性器も…胸の尖りも、どうしようもなく
充血して堅く張り詰めていった。
 次第にもう触れて欲しくて仕方なくて…どんどん呼吸と、鼓動が荒く早いものになっていく。
 思わず…じれったくて、自らの手で弄って慰めようと無意識の内に手が伸びていたが…
それを意地悪下な笑顔を浮かべながら、阻まれていく。
 
「…駄目ですよ、御堂さん。まだ俺におねだりをちゃんとしていないのに…自分一人で
気持ちよくなろうとするなんて…ルール違反じゃないんですか? 俺に思う存分、
弄って欲しいなら…どう言えば良いのか…判るだろう?」
 
 こんなに獣のように瞳をギラギラとさせている癖に、その表情は酷くストイックで…
冷淡さすら感じられて。
 相手の顔と、瞳の色のあまりの落差に…眩暈すらしてくる。
 
「き、みは…本当に、意地悪…過ぎる、ぞ…!」
 
 うっすらと涙すら浮かべながら反論し…相手の唇に噛みつくように口付けていく。
 それでも…熱い舌を唇に這わせるだけで、今度は貪ったりもせずに顔をさりげなく外していく。
 
「…たった一言…俺に正直になっておねだりすれば…お前をとてつもなく悦くしてやるぞ?
 孝典…?」
 
 耳元で、悪魔のように甘美な誘惑の言葉が囁かれていく。
 その低く掠れた声音だけで…ゾクゾクして、背中に悪寒に似た感覚が走り抜けていった。
 その声を聞いて、ぎゅっと瞼を閉じていく。
 まだ身体を弄られていない…正気が残っている状態で、相手に対して触れて欲しいと
おねだりするなんて…屈辱以外の何物でもない。
 けれどあまりに甘すぎる誘惑に…もう抗う気力すら残されていなかった。
 
「…っ! お前に…いっぱい、胸を…触って貰いたい…ん、だ…!」
 
 憤死するんじゃないかってぐらいに顔を真紅に染め上げながら、半ばヤケクソ気味に
御堂は克哉に訴えていく。
 その反応と言葉を聞いて、克哉は満足げな笑みを浮かべていった。
 
「やっと…自分の欲望に正直になったな…それじゃあ、良い子の孝典に…
ご褒美を上げないとな…?」
 
 クスクスクスと笑いながら、ようやく克哉が胸の突起に触れてくる。
 まだ自分はスーツも眼鏡もきっちりと身につけた状態で…右の突起に唇を寄せ、
熱い舌先と唇で丹念に刺激を始めていく。
 その動きに連動させていくように…左の突起も指先で摘んだり捏ねたりして、左右で
異なる刺激を同時に与えていった。
 
「ひぃ…ぁ…!」
 
 同時に弄られるだけで、散々…焦らされた身体には強烈なのに、ふいにその突起を
強めに歯で噛まれたのだから堪らない。
 全身に電流が走り抜けていったかのような衝撃を覚えていきながら…ふいに股間の
モノも、克哉の膝でゆっくりと擦り上げられていった。
 
「ぃ…ぁ…っ!」
 
 もう御堂は、声にならない悲鳴を上げながら身体を必死に悶えさせる事しか
出来なくなっていた。
 
「だ、め…だっ! 克哉…それ、駄目…!」
 
 焦らされて欲望を限界まで高められた身体は…胸の刺激だけで
おかしくなりそうだった。
 その上で間接的にとは言え…もっとも敏感なペニスも刺激されているのだから、
堪ったものではない。
 
 克哉の舌が、突起を舐り…唾液でたっぷりとテラテラに濡らしていきながら…
丹念に愛撫を施していく。
 
ピチャ…チュパ…クチュ…チュク…
 
 わざと大きな水音が立つように吸い上げて、唇の中で転がして、甘く食んで…
軽く歯を立てていく。
 片方の刺激だけで充分なくらいなのに、それで左の突起まで指先で微妙な強弱を
つけられながら…延々と弄られ続けているのだ。
 最早、正気でなどいられる訳がなかった。
 
「んっ! ふぁ…あ!! や、やだ…! 止めて…くれって、ば…! かつ、やぁ…!」
 
 焦らされた身体が灼けて、理性も何もかもを破壊していく。
 克哉の愛撫が施される度に身体はもっと強い刺激を求めて震えているのに…いつもよりも
遥かに強い快楽に、恐ろしくなっていく。
 引き離そうという手も弱々しくなり、御堂に出来る事などか細げな声で、否定の声を
漏らしながら喘ぐ事ぐらいだった。
 
「駄目だ…今夜のあんたの此処は、酷く甘くて美味しいからな…もっと堪能
させて貰う、ぞ…?」
 
「やっ…其処だけ、は…もうっ! 嫌だ…! もっと…他の場所、も…
弄って…く、れ…!」
 
「良い反応だな…今夜のこの様子だったら、胸だけでもイケるんじゃないのか…?
 試してみるのも一興かもな…」
 
「なっ! 佐伯…! 馬鹿な、事を…言うなっ! 胸だけで…なんて、イケる、
訳が…っっっ!!!」
 
 克哉の身体の下で必死になりながら御堂が暴れていくが…克哉の様子は
まったく動じる気配すらなかった。
 淫蕩な笑みを口元に讃え、充血しきった突起を指先でグニグニ、と強く摘んだり
押し潰したりしていきながら…痛いぐらいに強く、強く唇で吸い上げて…舌で先端の
くぼんでいる部分を執拗に舐め上げられていく。
 痛みと、快楽が織り交ぜられた強烈な感覚が胸を発信地に全身へと
さざ波のように広がっていく。
 
「ふっ…ぁ!! も、ダメ…だぁ! い、や…だ…さ、えき…! も、う…おかしくなる、
から…やめ、ろ…やめ…!」
 
 全身を綺麗な桜色に染めていきながら、必死の様子で御堂は克哉に哀願していく。
 相手の膝の下にあるペニスを弄ったり、奥まった場所で相手の熱を感じ取って、
おかしくなるぐらいに擦り上げて欲しいのに…その欲求はまったく満たされずに胸だけを
弄られ続けるので…本気で御堂は涙を浮かべ始めていった。
 
「…どうせ、なら…今夜は、胸だけで…イク処を俺に見せて、みろ…孝典…」
 
 掠れた熱っぽい声で、克哉が上目遣いに…御堂の顔を見つめながら…囁いて。
 それに連動させるように、血が滲むぐらいに胸の突起を強く噛み、爪の先を突起に
深く突き刺していった。
 相手の瞳の熱さと…滾るような欲情の色と…あまりに鋭い痛みを伴った快楽に
こちらも最早、逆らう事など出来ない。
 ゾクゾクゾクと…嗜虐めいた快楽が全身を走り抜けて、そのまま…御堂は
首を大きく仰け反らせて…胸だけで達してしまっていた。
 
「あぁ―っ!」
 
 部屋中に大きな啼き声を響かせていきながら…御堂の身体から一気に
力が抜けていった。
 
「…本当に胸だけでイケるとはな…あんたの感度、日増しに開発されて…
良くなって来ているんじゃないのか…?」
 
「はっ…ぁ…! だれ、が…私を、こんな…身体にした、と…思っている、んだっ! 
バカ佐伯!」
 
 本気で恥ずかしくて、そのまま死にたいぐらいの気持ちに陥っている時に
追い討ちを掛けられるような発言を言われてしまったので…御堂は渾身の力を
込めて、克哉に鉄拳をかましていった。
 
「ぐはっ!」
 
 流石にこれは克哉にとっても効いたらしい。
 頬に思いっきり、クリーンヒットして…グラリとその身体が揺らめいていった。
 
「…思いがけず、良いパンチだったぞ…孝典…」
 
「…き、君があんまりにも…意地悪だから、じゃないか…! 胸だけ何て、
恥ずかしすぎるだろ! バカが…!」
 
「…あんたが反則級に可愛すぎるから、だろ…。あんな風によがられたら、
俺が止められる訳が…!がはっ!」
 
「ほんっきで…殴るぞ!」
 
 あまりに恥ずかしすぎて、もう一度渾身の力を込めて御堂の右手が唸りを上げていく!
 しかし…克哉はしっかりと…それを受け止めて、逆に御堂を押さえ込みに掛かっていく。
 
「…ったく、本当にあんたはイキが良いな。そういうじゃじゃ馬な処に…俺も
惚れたんだがな…」
 
「誰がじゃじゃ馬だっ!」
 
「…あんた以外にいる訳ないだろ? …俺は今はあんた一筋なんだからな…?」
 
「っ…!!」
 
 いきなり、耳元でそんな事を囁かれながら…ベッドの上に改めて組み敷かれて
いったら…反論などこれ以上言える筈がない。
 こちらが口を開く前に…むしろ、強引に唇を塞がれて…言葉を封じられていく。
 身体の力が抜けるぐらいに激しく口腔を貪られて…犯され尽くして。
 やっと解放された頃には…御堂の身体はぐったりとした状態になっていた…。
 
「…機嫌直ったか? これからは…あんたをトコトン、満足させるから…
許して貰えると、嬉しいんだがな…」
 
「…その言葉に、嘘があったら…承知しない。せいぜい身体で…君の誠意と
やらを…見せてもらおうじゃないか…?」
 
 妖艶な笑みを刻みながら、克哉の頬をそっと撫ぜて…その瞳を覗き込んでいく。
 御堂のその表情に…支配欲が湧き上がっていくのを感じていた。
 
「あぁ…精一杯、頑張らせて貰おう。あんたのイイ顔を…沢山今夜は見せて
もらったからな…?」
 
「…それくらいして貰わなければ、割りに合わないがな…克哉…早く…」
 
 そう強請りながら、御堂がぎゅっと克哉の身体に縋り付いていく。
 彼もまた、愛しい恋人の身体を抱く腕に力を込めて…意思を伝えていった。
 
(こうなれば…今夜はとことん、御堂を悦くしてやるしかないな…)
 
 楽しげに微笑みながら、もう一度深く口付けて…自分の気持ちをたっぷりと
伝えていってやる。
 その後、夜明け近くまで…御堂の機嫌を直す為に克哉は激しく、愛しい恋人を
掻き抱いていったのだった―
 
 
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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