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―眼鏡が帰って来た時には、克哉の姿はどこにもなかった。
彼らが寝起きしている別荘のどの部屋にも明かりはついておらず、必死に
探索したが…どこにも、いなかった。
最初は、こちらを待ちくたびれて寝ているのかと思った。
だが…自分とあいつが、就寝に使っている部屋のどちらにもその姿は
見えなかった。
むしろ、今朝…克哉が寝ていた部屋は、窓もドアも開けっぱなしの状態で
放置されているのを見て、ゾクリ…と悪寒めいたものが走った。
「あいつは一体…どこに行ったんだ…?」
窓から風が吹き込んで、薄い水色のカーテンが風によって微かに
靡いている。
今夜は風があるせいか、どこか肌寒く…だからこそ、明かりの灯っていない
別荘の一室一室が、とても閑散として感じられた。
(…まさか、俺を尾行していた奴らに先回りをされて…連れていかれて
しまったのか…?)
さっき、街からこの別荘へと戻ってくる道の途中で…彼はずっと一台の
車につけられていたのだ。
たまたま行き先が同じなだけかも知れないが、こちらがスピードを
頻繁に変化させて走行ペースをランダムな状態にしてもずっとくっついて
いたので…途中の視界があまり効かずに道が入り組んでいる地点で
カーチェイスに近い立ち振る舞いをして、どうにか眼鏡は撒いて来たのだ。
それで大幅な迂回をせざる得なかったのでこうやって、夕方までには
帰る予定だったのに…こんなに遅い時間になってしまったのだ。
スウっと青ざめるような思いをしながら、眼鏡は…次第に荒っぽい
動作になりながら次々と空き室のドアを開け放って、もう一人の自分の
姿を追い求めていく。
「どこに、いるんだ…! オレ…!」
けれど、そのまま全室…彼には存在を隠している射撃場まで探したというのに
やはり克哉の姿はなかった。
その事実に焦りを覚えていく。
どうして…もう一人の自分の姿がないのか。
「いるんなら、答えろっ…!」
だが、そうやって大声で呼びかけ続けてもその後に静寂が広がるばかりだ。
窓の向こうには壮大なまでの星空が広がっている。
この辺りの別荘地にはまだ、殆ど人はやってきていない。
そのおかげなのか…人家の明かりは最小限で…都会では拝めないくらいの
鮮やかな星空を場所によっては眺められた。
漆黒の闇の中、自分一人だけがこのやたらと広い別荘の中にいる現実に…
恐怖すら覚えていく。
早く、あいつがどこにいるかだけでも確認したかった。
よりにもよって自分がいない日に…どうして、と責める気持ちが湧いてくるのと
同時に…眼鏡が持っている携帯が鳴り響いていった。
「っ…!」
突然、上着のポケットに収めておいた携帯の着信音が周囲に響き渡ったので
つい驚いてしまったが…その発信源を見て、瞠目半分…安堵半分の、深い
溜息を漏らしていく。
それは…もう一人の自分からの、着信だった。
(あいつからだ…!)
そう思って、通話ボタンを押して応対していくと…。
―こんばんは。帰って来ていたんだね…。別荘の窓に明かりが灯っているのに
今、気づいたから…慌てて電話掛けたんだ。
御免…心配、させちゃったね…。
「それは良い! だが…黙ってどうして出ていった? あれだけ昨日…
ここを動くな、と言ったのに…」
紛れもなく電話の主が克哉である事を確信して、眼鏡はやっと少しだけ
落ち着いていく。
だが、それと同時に…かなり憤っていた。
押し殺した怒りが、知らず語調の端々に滲んでしまっていた。
それを感じ取って、克哉は怯えたように…だんだんと声を小さくしていった。
―…御免。今日…お前がいない間に、さ…ちょっとした事がキッカケで
色んな事を急激に思い出してしまったから。だから…ちょっと混乱しちゃって。
気を沈めたかったから…ちょっと海岸の方まで出て、波の音を聞いていたんだ…。
前にどこかの本で、波の音を聞くと心をリラックス出来るって…そんな話を
聞いたことがあったから…
「なっ…思い出したって、どこまでをだ…?」
―オレと太一が出会った頃の記憶までを、殆ど。抜け落ちていた部分の殆どは
今日…思い出したよ。だからね、一人になりたかった。
…心配掛けて、御免。後5分か10分くらいで…別荘の方には戻れると思う。
それまで、待ってて…
「判った。待っていてやる…。この辺りは街灯もないから、足元に気をつけて
慎重に戻って来い。…気長に待っていてやるから…」
―ありがとう
最後にそう告げて、克哉からの通話は切れていった。
だが…眼鏡の方の心中は穏やかではない。
眼鏡と克哉は、大部分の記憶と体験を共有している存在だ。
だから…一番間近で、克哉がどれだけ太一の事を想っていたかを知っている
立場でもある。
ザワザワザワ…と胸がざわめいて、荒ぶっていくのが判る。
気長に待っていてやる、と強がりを吐いたが…少しでも早く相手の顔を
見たい気持ちでいっぱいになっていった。
『早く、戻って来い…!』
心から、彼がそう祈った瞬間…玄関の方で、大きくドアが開け放たれる
音が響き渡っていった。
それを聞きつけて、眼鏡は慌てて…そちらの方角へと走り出していく。
「克哉っ…!」
名を呼びながら自分の半身の元に駆け寄っていくと、その有様に
ぎょっとなっていった。
泣き腫らした目に、青ざめた顔。
一目見ただけで何かあったと判るぐらいに…酷い有様だった。
けれどその瞳だけは、強く輝いていた。
「…御免、心配掛けちゃって。けど…大丈夫、だから…」
「お前、何を言って…」
「大丈夫、なんだよ! これは…オレの問題、なんだから…」
そういって、克哉ははっきりと言っていく。
「…オレは、お前にただ守ってもらったり、縋るだけの足手まといに
なりたくない…。だから、思い出してからの心の整理を、一人でつけて来た。
それだけ…だから…。だからこれ以上、心配しないで…良い」
そういった克哉の表情は、しっかりとしたものだった。
そう…太一と会話を交わした直後、彼の心はまさに大嵐が吹き荒れている
ような酷い乱れっぷりだった。
必死になって、もう一人の自分が帰って来ることだけを祈った。
夕暮れになれば、彼に会えると。
そして泣きつくことだけを考え続けていた。
けれど予想に反して、彼が21時を過ぎても帰って来なかった時。
ふと克哉は気づいたのだ。
…このまま、眼鏡に縋りついて自分の心を宥めることだけを考え続けていて
良いのだろうか、と。
彼は言った。命を自分は狙われていたと。
そして、太一は関西方面を束ねるヤクザの大親分を祖父に持ち、今はその
跡取りとして扱われている。
こちらに激しく執着しているそんな太一の手から逃れたら…今、傍にいるもう
一人の自分はどうなるだろうか。
そこまで考え至った時、彼は…しっかりとしなければ、と思った。
今でも胸は痛かった。
苦しくて、張り裂けそうになって気を緩ませれば葛藤によって、涙が零れそうに
なる。けれどどうにか…彼は押さえ込んで、儚いながらも微笑を浮かべていった。
「オレは、お前を好きだから。だから…ただ、お前に守られているだけの
存在には、なりたくないんだ…。せめて、自分のことは自分で整理つけて
しっかり立てるような…それくらいは、したいんだよ。
好きな奴の重荷になるなんて…冗談じゃない、からな…」
そうやって、微笑む克哉は…強がっていた。
けれど、それもまた彼が選んだ道だった。
彼が帰ってこない間、沢山泣いた。
泣いて、泣いて…そのまま体中の水分が無くなってしまうんじゃないかって
ぐらいの量の涙を流し続けた。
だが、そうやって感情を発露した事でやっと心の整理はついたのだ。
そして、本心が見えてくる。
自分の心の奥底に眠っていた、宝石のような思いもドロドロと目を背けたくなる
ような醜い思いとも、やっと向き合えた気がしたのだ。
「そう、か…」
自分のいない間、何かがあったことは眼鏡は察した。
けれど…それ以上は深く聞かなかった。
眼鏡とて、同じなのだ。
自分だって本当に悩んでいたり苦しんでいる事は簡単に人前に晒せない。
だから、それ以上探るようなことは言わないで無理に微笑んでいる
もう一人の自分の身体をそっと抱き締めていってやった。
その時、克哉は弱々しく…こう呟いていった。
「ありがとう…傍に、いてくれて…」
その一言に…眼鏡は微笑していきながら無言で、静かに…ただ腕に
力を込めていく。
克哉もまた、待ち望んでいたその胸の中に…目を伏せて、顔を
埋めていった。
その後は、ごく自然に…唇を重ねて、相手をただ貪るように
激しく身体を重ねる流れとなっていった―
言えない想いと決意。
言葉に出来ない、苦しみと悲しみ。
それらがグルグルグルと心の中で渦巻いていて、嵐のように吹き荒ぶ。
言い尽くせない代わりに、二人はただ…今はただ相手にお互いのむき出しの
感情をぶつけていくしか出来ない。
―夜更けまで、彼らはただ…玄関で激しく相手を貪り続ける。
それでも、どれだけ深い快楽を感じても身体を重ねても…今は決して
自分達は一つには戻れない。
その事実が、彼らには切なかった―
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当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
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…一言報告して貰えると凄く嬉しいです。