鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
※4月24日からの新連載です。
無印の眼鏡×御堂ルートのED.NO2…「因果応報」を前提にした話です。
シリアスで、ちょっとサスペンス風味の強い話です。
眼鏡×御堂ルート前提ですが、眼鏡なしの克哉も色々と出張ります。
それでも良い、という方だけ付き合ってやって下さいませ。
【咎人の夢 過去ログ】 1 2 3 4
―その日の昼食は、色んな事があったせいか…あまり味が感じられなかった。
先程、駐車場で藤田と二人で会話した際…上手く取り繕うことは出来たが
やはり会話内容が気になってしまって、料理に集中することがその日は
出来なくなってしまった。
せっかくお気に入りのレストランに昼食を食べに行ったが…全然、今日は
その美味を楽しむことが出来なかった。
やはり…あれは現実だったのか、と思う気持ちが御堂の感覚を麻痺
させてしまっていた。
味覚がいつもよりも鈍くなってしまっているのも、その弊害のせいだ。
それでも食欲が完全に失せてしまっている訳ではないので、義務感で
どうにか出て来た食事を腹に収めて、二時の約束に間に合うように
店を出ていった。
運転に集中している間…彼は色んな事に考えを巡らせていた。
(…しかし、あの夢が現実であった場合…二つばかり、気にかかる部分がある。
どうして…目撃者がいたにも関わらず、今朝の時点で佐伯の死体が見つけて
事件となっていないのと…佐伯から、メールが来た事が…引っかかるな…)
今朝、目覚めた時から心の中に棘のように…何かが引っかかり続けている。
今までの人生の中で、ここまで煩悶した事などなかったかも知れない。
いっそ…あれが現実だったと、もっとはっきりした証拠を突きつけられた方が
遥かにマシだと思った。
何もかもがすっきりしない。はっきりしない。そんな曖昧な状態のままでは…こちらとて
どんな行動をすれば良いのか、指針すらはっきりしなかった。
一番、御堂を苛立たせているのは…記憶の空白部分の事だ。
(イライラする…一体、私の身に…何が起こっているんだ…?)
日常という歯車の全てが狂って、まるで自分一人だけが別世界に迷い込んで
しまっているようだ。
どうにか運転に集中して、渋滞になっている箇所を抜けて…都内の道路を
愛車に乗って走り抜けていく。
本日は非常に良い天気で、秋の中頃にしては過ごしやすく良い陽気だった。
なのに…御堂の心は、全然晴れやかではない。心の中が厚い雲で覆われて
しまっているかのようだった。
出発前の藤田や、例の女性社員達の態度が…何もかもが気が重かった。
午前中は自分の私室から一歩も出ずに執務室にこもっていたから…
気づかなかったが、あのような噂が一日で駆け抜け、あんな好奇や疑惑に
満ちた眼差しで…周りの人間に見られたら…と思うと、心が重かった。
「…しかし、佐伯が…生きているのなら、何故…あんな、目撃衝撃が存在
しているのだ…?」
最大の謎は、それだった。
あの夢が事実だった場合、やはり佐伯克哉が自分の目の前に現れる筈がないのだ。
出かける寸前、遠目だったが…御堂は彼の姿を確認している。
見間違えでは、絶対なかった。それは確信を持って言えた。
訳が判らない。今朝から得ている情報の全てが、片方を事実と据えると…他の
情報が、もう片方の事実を打ち消している。そんな感じだった。
結局、色々考えたが…結論は出ず、ようやくMGNの駐車場に戻ってくる。
約束の時間まで、後わずかだった。
―車を降りた途端に、足が鉛のように重く感じられる
さっきの悲しそうな藤田の表情が、怯えた女性社員の表情が脳裏から
離れてくれない。
こんなモヤモヤした気持を抱えながら、働かなくてはならないのか。
仕事上で大きな失敗を犯してしまった時だって、こんな気持ちになんて
一度もなった事がなかったのに。
(私はこれから…あんな目を多くの人間に向けられながら、働かなくては
ならないのか…?)
その事に、一瞬怯みそうになった。
だが…すぐに考え直して、ロビーまで足を進めていく。
「…何を弱気になっているんだ。そんな下らない噂ごときで怯えるなど…
私らしくない…」
そうして自嘲気味に、笑みを浮かべていった。
…性質の悪い噂を流されているのだと思えば良い。現時点では確証はないのだ。
それなら…流されてぐらついているだけ愚かだ。
そう考えなおして、目の前のことに取り掛かろうと思った。
少しぐらいの不安要素にイチイチ怯えたり、怯んだりして振り回されていたら…
多くの人間を率いるべき立場、要職に就く資格などないのだ。
「…くっ! こんな事に惑わされている暇などない! 私には部長としてやらなければ
いけない事や…果たさなくてはならない責任があるのだ! いつまでも噂ごときに
怯えていて何になるんだ!」
そして、負の感情全てを振り切るように駐車場で…己を鼓舞する為に
叫んでいく。
それから険しい表情を浮かべていきながら…風を切るように御堂は
玄関を潜っていった。
―その瞬間、御堂は自分が異世界に迷い込んでしまったような錯覚を覚えていく
一瞬、中に入った途端に社内が薄暗くになっていることに違和感を覚えていく。
今は昼間で、昼間にロビーの電灯が落とされるなど…地震か何かでライフラインが
断たれでもしない限りは有り得ないことだった。
(どうして…こんなにロビーが薄暗いんだ…?)
明るい場所から、いきなり藍色の闇に覆われた場所に切り替わったものだから
全然、中の様子が伺えなかった。
ロビーに何か、黒いものが大量に倒れている。それが何なのか…とっさに
御堂は認識するのを把握していった。
ただ、その黒い影は大量にひしめきあいながら…広大な空間を埋め尽くして
小高く積み上げられていた。
ソレが何か、御堂の心は正しく認識するのを拒否していた。
「…一体、何が起こって…いるんだ…?」
今日一日だけで、何度自分はこの言葉を口にしているのだろうか?
―お待ちしておりました…御堂孝典様…
ふいに、誰かに呼びかけられた。
その声が聞こえた瞬間…部屋の中心、その声の主らしき存在だけが
闇の中に浮かび上がり…静かな存在感を讃えていく。
空気は、まるで凍りついているかのように冷たく冴え渡り…その中心には
黒衣のコートを着た…長い金髪の男が佇んでいた。
それでやっと、御堂は積み上げられているものの正体を始めて知った。
空気の全てが凍り、MGNの多くの社員が其処に倒れ込んでいたのだ。
ロビー全体を埋め尽くすぐらいの、多くの人間で床が埋め尽くされている。
そして…其処には噎せ返るような蟲惑的な香りが充満していた。
悲鳴が咄嗟に喉の奥から迸りそうになった。
だが、あまりの事に驚きすぎてしまって…まともに言葉が紡げなくなった。
「こ、これは一体…何だのだ! どうして…こんな、事が…!」
照明が落とされているせいか…薄暗い空間の中では倒れている
人間の肌が、蝋のように血の気が感じられなくなっていた。
まるで死体の山が、自分の勤めている会社の玄関に積み重ねられて
いるような異常すぎる光景。
―落ち着いて下さいませ。御堂様。これらの余興は全て…貴方の為だけに
行われていることなのですから…。私がこうしてこの場にいるのも…ここに沢山の
貴方の罪を知る人間が倒れているのも…その為ですから…
御堂が動揺していると、男は悠然と微笑みながら…彼に向かって
恭しく会釈して、挨拶を述べていく。
「…どうして、私の名を…貴様のような者が知っているんだ!」
御堂は今までに一度だって、こんな奇妙な人物と面識を持った
記憶などなかった。
しかし男はこちらの事などすでに既知であるかのように…親しげな
笑みを口元に湛えていく。
―そんな瑣末なことなど、どうでも宜しいでしょう…? しかし貴方の御帰りが
こんなに早くなってしまうことは予想外でしたね…。ちょっとした事件を起こして
ギリギリになるようにしたつもりでしたが…。あれしきの事では、やはり予定を
変えることはなかった…という事なんでしょうね。
まあ…それでこそ、あの方が執着している程の逸材の証明…といった
処でしょうね…
「…貴様は、何を…言って…?」
男の発言は、固有名詞をはっきりと述べていないので…はっきりした
事はイチイチ判らなかった。
だが、ちょっとした事件…というのは、何となく…昼食を摂りに出かける前に
起こった一連の出来事ではないか…とそう思った。
それぐらいしか、思い至るものがなかったからだ。
―そんな事はどうでも宜しいでしょう? 肝心なのは…今、私がこうして…
貴方の為に骨を折って差し上げているという事ですよ。この場に倒れている
人間を見て下さい。あまりに沢山の人がここにいるでしょう…?
どうやら貴方が不用意に、「目撃者」などを作ってくれたおかげで…貴方の
記憶を奪い、ちょっとした小細工をする程度では…事は治まってくれそうに
なかった。ですから…この場に、関係者の全てを集めて…暗示を掛けさせて
頂いたのですよ…。これは、昨晩の貴方の罪を…断片でも噂という形で
知ってしまったものや、関係者の集まり。
さあ、見て下さい。貴方はこれだけの人間に影響を与えてしまうだけの
大きな事件を起こしてしまったんですよ…。
「…待て、貴様は何を言っているんだ…?」
黒衣の男はまるで芝居の台詞を口にするかのように…滑らかに、歌うように
言葉を紡ぎ続ける。
それは…まるで役者が大仰な演技をしているような、そんな風景だった。
だが共演者である御堂は、男のペースに…話についていく事が出来ない。
満足に働かない頭で、疑問を口上に上らせる程度だった。
多くの人間が累々と積み重なっている中心で…男は嗤う。
美しくも、妖しい顔だった。
それに恐怖と戦慄を覚えていきながら…目の前で男の独壇場は続いていった。
―ですが、これから…私は貴方の為に彼らの記憶の全てを奪いましょう。
そしてもう一度、新たな舞台を一から用意することに致しましょう。
目覚めれば、昨晩の貴方の罪は『なかった』事と扱われます。
その罪は二度と咎められることなく、裁かれることなく…貴方とあの方の
意識の深層にだけ、そのカケラが残される程度となる。
貴方の罪は誰にも裁かれず、罰を受けることもないでしょう。
だから…抱えていきなさい。普通の生活へと戻り、その日常を存分に
満喫なさって下さい…。それが、あの人の望みですからね…」
「待て! だから…貴様は一体、さっきから何を言い続けているんだ!
全然話が見えないし、何を指しているのか…あの方だのあの人が誰を
指しているのかもこっちには全然見えない! お前は、何を言いたい!
そして…何を、するつもりなんだ! 関係者全員の記憶を奪うなんて…
そんな非現実な事を、実際に出来る訳が…!」
―出来ますよ、私なら…それなりの代価を支払ってさえ下されば…
それぐらいの事なら、幾らでもね…。
それよりも遥かに凄いことだって…行えますよ。この世界にはいくつもの
可能性や未来が存在します。其処に干渉して…貴方が予想も出来ない
とんでもない仕掛けを施すことだってね…私には、出来ますよ…
「っ…!」
そう男が言い切った瞬間、御堂は背筋に悪寒が走った。
あまりに官能的で、美しい笑みだった。
けれど御堂はその顔に…悪魔の影を見た。そう…人ならざるものに感じる
本能的な恐怖そのものだった。
恐ろしさの余り、冷や汗が背中全体を伝っていったのだ。
その瞬間、誰かが廊下の方から現れていった。
「誰、だ…!」
しかし、現在…ロビーの電灯は落とされてしまっていて…それが誰なのか
御堂には判別がつかなかった。
だがそのシルエットから、自分と同じぐらいの体格の男性である事だけは
薄らと察していった。
その人物は離れた位置から、自分とこの謎の男の方を眺めているようだ。
御堂が、謎の人物の正体を見極めようとその方角に視線が釘付けになって
いる数十秒ほどの時間の間に、気づけば黒衣の男との間合いは一気に詰められて
しまっていた。
「っ…しまった!」
さっきまで恐怖のあまりに、御堂は警戒心がバリバリだった。
だが、そのおかげで…Mr.Rの前で、隙を晒さないで済んだのだ。
しかし突然の闖入者に意識を奪われてしまっている間に、隙を作ってしまった
せいで…男は御堂の頭を、横からガシっと握っていく。
ミシミシ、と音が立ちそうなぐらいに強く握られて痛みを感じていく。
「くっ…ぅ…!」
苦悶の声をとっさに漏らしていくが…Rの手は緩む気配を見せなかった。
―さて、少々無駄なおしゃべりが過ぎましたね…そろそろ、こちらの仕事も
全て完了させて頂きます…おやすみなさいませ、御堂孝典様…。
次に目覚める頃には、あの人が望んだ通り…貴方の周りには…罪を犯す前と
変わらぬ、平穏な日常が戻って来ている事でしょう…
「待、てっ…! やめろ…!」
その言葉で、この男が自分に記憶操作だの…暗示だのを掛けるつもりである
事を察して御堂は必死にもがいていく。
しかし…そんな抵抗すら、結局は無駄なことでしかなかった。
握られている箇所から、何かが広がっていく。
そうしている間に、頭の中が真っ白になって何かが奪われていくような…
そんな感覚を覚えていった。
「やめ、ろっ! やめろー!」
御堂は大声で叫んでいく。
だが、全ては無駄なことに過ぎなかった。
自分の中から、色んなものがこの男の手で奪われてしまう。
それを阻むことは、今の彼では出来なかった。
そしてようやくRの手が緩んだ頃には、御堂の身体はその場に崩れ落ちて
しまっていた。
御堂はそのまま夢現に…こんな声を聞いた。
―ねえ、そんなに怖い顔をされていないで…少しは手伝って下さいませんか…?
男は、誰かに語り掛けていた。
だが今の御堂にはそれが誰なのか…予想もつかない。
懸命に意識を留めようと足掻いたが、まるで波に攫われていくかのように…
意識が遠のき、深い眠りに落ちていってしまう…。
―無念、だ…
御堂は最後の足掻きとばかりに、自分の意識を繋ぎとめようとしたが…
全ては無駄なことだった。
そうして…彼は、自分と同じようにその場に倒れる沢山の人間の姿を眼の端で
眺めていきながら…ゆっくりと、その意識を手放していったのだった―
無印の眼鏡×御堂ルートのED.NO2…「因果応報」を前提にした話です。
シリアスで、ちょっとサスペンス風味の強い話です。
眼鏡×御堂ルート前提ですが、眼鏡なしの克哉も色々と出張ります。
それでも良い、という方だけ付き合ってやって下さいませ。
【咎人の夢 過去ログ】 1 2 3 4
―その日の昼食は、色んな事があったせいか…あまり味が感じられなかった。
先程、駐車場で藤田と二人で会話した際…上手く取り繕うことは出来たが
やはり会話内容が気になってしまって、料理に集中することがその日は
出来なくなってしまった。
せっかくお気に入りのレストランに昼食を食べに行ったが…全然、今日は
その美味を楽しむことが出来なかった。
やはり…あれは現実だったのか、と思う気持ちが御堂の感覚を麻痺
させてしまっていた。
味覚がいつもよりも鈍くなってしまっているのも、その弊害のせいだ。
それでも食欲が完全に失せてしまっている訳ではないので、義務感で
どうにか出て来た食事を腹に収めて、二時の約束に間に合うように
店を出ていった。
運転に集中している間…彼は色んな事に考えを巡らせていた。
(…しかし、あの夢が現実であった場合…二つばかり、気にかかる部分がある。
どうして…目撃者がいたにも関わらず、今朝の時点で佐伯の死体が見つけて
事件となっていないのと…佐伯から、メールが来た事が…引っかかるな…)
今朝、目覚めた時から心の中に棘のように…何かが引っかかり続けている。
今までの人生の中で、ここまで煩悶した事などなかったかも知れない。
いっそ…あれが現実だったと、もっとはっきりした証拠を突きつけられた方が
遥かにマシだと思った。
何もかもがすっきりしない。はっきりしない。そんな曖昧な状態のままでは…こちらとて
どんな行動をすれば良いのか、指針すらはっきりしなかった。
一番、御堂を苛立たせているのは…記憶の空白部分の事だ。
(イライラする…一体、私の身に…何が起こっているんだ…?)
日常という歯車の全てが狂って、まるで自分一人だけが別世界に迷い込んで
しまっているようだ。
どうにか運転に集中して、渋滞になっている箇所を抜けて…都内の道路を
愛車に乗って走り抜けていく。
本日は非常に良い天気で、秋の中頃にしては過ごしやすく良い陽気だった。
なのに…御堂の心は、全然晴れやかではない。心の中が厚い雲で覆われて
しまっているかのようだった。
出発前の藤田や、例の女性社員達の態度が…何もかもが気が重かった。
午前中は自分の私室から一歩も出ずに執務室にこもっていたから…
気づかなかったが、あのような噂が一日で駆け抜け、あんな好奇や疑惑に
満ちた眼差しで…周りの人間に見られたら…と思うと、心が重かった。
「…しかし、佐伯が…生きているのなら、何故…あんな、目撃衝撃が存在
しているのだ…?」
最大の謎は、それだった。
あの夢が事実だった場合、やはり佐伯克哉が自分の目の前に現れる筈がないのだ。
出かける寸前、遠目だったが…御堂は彼の姿を確認している。
見間違えでは、絶対なかった。それは確信を持って言えた。
訳が判らない。今朝から得ている情報の全てが、片方を事実と据えると…他の
情報が、もう片方の事実を打ち消している。そんな感じだった。
結局、色々考えたが…結論は出ず、ようやくMGNの駐車場に戻ってくる。
約束の時間まで、後わずかだった。
―車を降りた途端に、足が鉛のように重く感じられる
さっきの悲しそうな藤田の表情が、怯えた女性社員の表情が脳裏から
離れてくれない。
こんなモヤモヤした気持を抱えながら、働かなくてはならないのか。
仕事上で大きな失敗を犯してしまった時だって、こんな気持ちになんて
一度もなった事がなかったのに。
(私はこれから…あんな目を多くの人間に向けられながら、働かなくては
ならないのか…?)
その事に、一瞬怯みそうになった。
だが…すぐに考え直して、ロビーまで足を進めていく。
「…何を弱気になっているんだ。そんな下らない噂ごときで怯えるなど…
私らしくない…」
そうして自嘲気味に、笑みを浮かべていった。
…性質の悪い噂を流されているのだと思えば良い。現時点では確証はないのだ。
それなら…流されてぐらついているだけ愚かだ。
そう考えなおして、目の前のことに取り掛かろうと思った。
少しぐらいの不安要素にイチイチ怯えたり、怯んだりして振り回されていたら…
多くの人間を率いるべき立場、要職に就く資格などないのだ。
「…くっ! こんな事に惑わされている暇などない! 私には部長としてやらなければ
いけない事や…果たさなくてはならない責任があるのだ! いつまでも噂ごときに
怯えていて何になるんだ!」
そして、負の感情全てを振り切るように駐車場で…己を鼓舞する為に
叫んでいく。
それから険しい表情を浮かべていきながら…風を切るように御堂は
玄関を潜っていった。
―その瞬間、御堂は自分が異世界に迷い込んでしまったような錯覚を覚えていく
一瞬、中に入った途端に社内が薄暗くになっていることに違和感を覚えていく。
今は昼間で、昼間にロビーの電灯が落とされるなど…地震か何かでライフラインが
断たれでもしない限りは有り得ないことだった。
(どうして…こんなにロビーが薄暗いんだ…?)
明るい場所から、いきなり藍色の闇に覆われた場所に切り替わったものだから
全然、中の様子が伺えなかった。
ロビーに何か、黒いものが大量に倒れている。それが何なのか…とっさに
御堂は認識するのを把握していった。
ただ、その黒い影は大量にひしめきあいながら…広大な空間を埋め尽くして
小高く積み上げられていた。
ソレが何か、御堂の心は正しく認識するのを拒否していた。
「…一体、何が起こって…いるんだ…?」
今日一日だけで、何度自分はこの言葉を口にしているのだろうか?
―お待ちしておりました…御堂孝典様…
ふいに、誰かに呼びかけられた。
その声が聞こえた瞬間…部屋の中心、その声の主らしき存在だけが
闇の中に浮かび上がり…静かな存在感を讃えていく。
空気は、まるで凍りついているかのように冷たく冴え渡り…その中心には
黒衣のコートを着た…長い金髪の男が佇んでいた。
それでやっと、御堂は積み上げられているものの正体を始めて知った。
空気の全てが凍り、MGNの多くの社員が其処に倒れ込んでいたのだ。
ロビー全体を埋め尽くすぐらいの、多くの人間で床が埋め尽くされている。
そして…其処には噎せ返るような蟲惑的な香りが充満していた。
悲鳴が咄嗟に喉の奥から迸りそうになった。
だが、あまりの事に驚きすぎてしまって…まともに言葉が紡げなくなった。
「こ、これは一体…何だのだ! どうして…こんな、事が…!」
照明が落とされているせいか…薄暗い空間の中では倒れている
人間の肌が、蝋のように血の気が感じられなくなっていた。
まるで死体の山が、自分の勤めている会社の玄関に積み重ねられて
いるような異常すぎる光景。
―落ち着いて下さいませ。御堂様。これらの余興は全て…貴方の為だけに
行われていることなのですから…。私がこうしてこの場にいるのも…ここに沢山の
貴方の罪を知る人間が倒れているのも…その為ですから…
御堂が動揺していると、男は悠然と微笑みながら…彼に向かって
恭しく会釈して、挨拶を述べていく。
「…どうして、私の名を…貴様のような者が知っているんだ!」
御堂は今までに一度だって、こんな奇妙な人物と面識を持った
記憶などなかった。
しかし男はこちらの事などすでに既知であるかのように…親しげな
笑みを口元に湛えていく。
―そんな瑣末なことなど、どうでも宜しいでしょう…? しかし貴方の御帰りが
こんなに早くなってしまうことは予想外でしたね…。ちょっとした事件を起こして
ギリギリになるようにしたつもりでしたが…。あれしきの事では、やはり予定を
変えることはなかった…という事なんでしょうね。
まあ…それでこそ、あの方が執着している程の逸材の証明…といった
処でしょうね…
「…貴様は、何を…言って…?」
男の発言は、固有名詞をはっきりと述べていないので…はっきりした
事はイチイチ判らなかった。
だが、ちょっとした事件…というのは、何となく…昼食を摂りに出かける前に
起こった一連の出来事ではないか…とそう思った。
それぐらいしか、思い至るものがなかったからだ。
―そんな事はどうでも宜しいでしょう? 肝心なのは…今、私がこうして…
貴方の為に骨を折って差し上げているという事ですよ。この場に倒れている
人間を見て下さい。あまりに沢山の人がここにいるでしょう…?
どうやら貴方が不用意に、「目撃者」などを作ってくれたおかげで…貴方の
記憶を奪い、ちょっとした小細工をする程度では…事は治まってくれそうに
なかった。ですから…この場に、関係者の全てを集めて…暗示を掛けさせて
頂いたのですよ…。これは、昨晩の貴方の罪を…断片でも噂という形で
知ってしまったものや、関係者の集まり。
さあ、見て下さい。貴方はこれだけの人間に影響を与えてしまうだけの
大きな事件を起こしてしまったんですよ…。
「…待て、貴様は何を言っているんだ…?」
黒衣の男はまるで芝居の台詞を口にするかのように…滑らかに、歌うように
言葉を紡ぎ続ける。
それは…まるで役者が大仰な演技をしているような、そんな風景だった。
だが共演者である御堂は、男のペースに…話についていく事が出来ない。
満足に働かない頭で、疑問を口上に上らせる程度だった。
多くの人間が累々と積み重なっている中心で…男は嗤う。
美しくも、妖しい顔だった。
それに恐怖と戦慄を覚えていきながら…目の前で男の独壇場は続いていった。
―ですが、これから…私は貴方の為に彼らの記憶の全てを奪いましょう。
そしてもう一度、新たな舞台を一から用意することに致しましょう。
目覚めれば、昨晩の貴方の罪は『なかった』事と扱われます。
その罪は二度と咎められることなく、裁かれることなく…貴方とあの方の
意識の深層にだけ、そのカケラが残される程度となる。
貴方の罪は誰にも裁かれず、罰を受けることもないでしょう。
だから…抱えていきなさい。普通の生活へと戻り、その日常を存分に
満喫なさって下さい…。それが、あの人の望みですからね…」
「待て! だから…貴様は一体、さっきから何を言い続けているんだ!
全然話が見えないし、何を指しているのか…あの方だのあの人が誰を
指しているのかもこっちには全然見えない! お前は、何を言いたい!
そして…何を、するつもりなんだ! 関係者全員の記憶を奪うなんて…
そんな非現実な事を、実際に出来る訳が…!」
―出来ますよ、私なら…それなりの代価を支払ってさえ下されば…
それぐらいの事なら、幾らでもね…。
それよりも遥かに凄いことだって…行えますよ。この世界にはいくつもの
可能性や未来が存在します。其処に干渉して…貴方が予想も出来ない
とんでもない仕掛けを施すことだってね…私には、出来ますよ…
「っ…!」
そう男が言い切った瞬間、御堂は背筋に悪寒が走った。
あまりに官能的で、美しい笑みだった。
けれど御堂はその顔に…悪魔の影を見た。そう…人ならざるものに感じる
本能的な恐怖そのものだった。
恐ろしさの余り、冷や汗が背中全体を伝っていったのだ。
その瞬間、誰かが廊下の方から現れていった。
「誰、だ…!」
しかし、現在…ロビーの電灯は落とされてしまっていて…それが誰なのか
御堂には判別がつかなかった。
だがそのシルエットから、自分と同じぐらいの体格の男性である事だけは
薄らと察していった。
その人物は離れた位置から、自分とこの謎の男の方を眺めているようだ。
御堂が、謎の人物の正体を見極めようとその方角に視線が釘付けになって
いる数十秒ほどの時間の間に、気づけば黒衣の男との間合いは一気に詰められて
しまっていた。
「っ…しまった!」
さっきまで恐怖のあまりに、御堂は警戒心がバリバリだった。
だが、そのおかげで…Mr.Rの前で、隙を晒さないで済んだのだ。
しかし突然の闖入者に意識を奪われてしまっている間に、隙を作ってしまった
せいで…男は御堂の頭を、横からガシっと握っていく。
ミシミシ、と音が立ちそうなぐらいに強く握られて痛みを感じていく。
「くっ…ぅ…!」
苦悶の声をとっさに漏らしていくが…Rの手は緩む気配を見せなかった。
―さて、少々無駄なおしゃべりが過ぎましたね…そろそろ、こちらの仕事も
全て完了させて頂きます…おやすみなさいませ、御堂孝典様…。
次に目覚める頃には、あの人が望んだ通り…貴方の周りには…罪を犯す前と
変わらぬ、平穏な日常が戻って来ている事でしょう…
「待、てっ…! やめろ…!」
その言葉で、この男が自分に記憶操作だの…暗示だのを掛けるつもりである
事を察して御堂は必死にもがいていく。
しかし…そんな抵抗すら、結局は無駄なことでしかなかった。
握られている箇所から、何かが広がっていく。
そうしている間に、頭の中が真っ白になって何かが奪われていくような…
そんな感覚を覚えていった。
「やめ、ろっ! やめろー!」
御堂は大声で叫んでいく。
だが、全ては無駄なことに過ぎなかった。
自分の中から、色んなものがこの男の手で奪われてしまう。
それを阻むことは、今の彼では出来なかった。
そしてようやくRの手が緩んだ頃には、御堂の身体はその場に崩れ落ちて
しまっていた。
御堂はそのまま夢現に…こんな声を聞いた。
―ねえ、そんなに怖い顔をされていないで…少しは手伝って下さいませんか…?
男は、誰かに語り掛けていた。
だが今の御堂にはそれが誰なのか…予想もつかない。
懸命に意識を留めようと足掻いたが、まるで波に攫われていくかのように…
意識が遠のき、深い眠りに落ちていってしまう…。
―無念、だ…
御堂は最後の足掻きとばかりに、自分の意識を繋ぎとめようとしたが…
全ては無駄なことだった。
そうして…彼は、自分と同じようにその場に倒れる沢山の人間の姿を眼の端で
眺めていきながら…ゆっくりと、その意識を手放していったのだった―
PR
この記事にコメントする
カレンダー
10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
カテゴリー
フリーエリア
最新記事
(12/31)
(03/16)
(01/12)
(12/28)
(12/18)
(12/02)
(10/22)
(10/21)
(10/17)
(10/15)
(10/07)
(09/30)
(09/29)
(09/21)
(09/20)
最新トラックバック
プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
鬼畜眼鏡にハマり込みました。
当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
当ブログサイトへのリンク方法
URL=http://yukio0201.blog.shinobi.jp/
リンクは同ジャンルの方はフリーです。気軽に切り貼りどうぞ。
…一言報告して貰えると凄く嬉しいです。
当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
当ブログサイトへのリンク方法
URL=http://yukio0201.blog.shinobi.jp/
リンクは同ジャンルの方はフリーです。気軽に切り貼りどうぞ。
…一言報告して貰えると凄く嬉しいです。
ブログ内検索
最古記事
(10/28)
(10/29)
(10/30)
(10/30)
(10/31)
(11/01)
(11/01)
(11/02)
(11/03)
(11/03)
(11/04)
(11/05)
(11/06)
(11/06)
(11/07)
カウンター
アクセス解析