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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 この話は鬼畜眼鏡とセーラームーンをミックスさせたパロディものです。
 登場人物が女装するわ、必殺技をかまして怪しい奴らと戦い捲くります。
 無駄にお色気要素満載です。1話&2話目まではギャグ要素に溢れています。
 そういうのに不快になられる方はどうぞ回れ右をお願いしますです(ふかぶか~)

 克哉たちがMGNから、キクチ・マーケーティングに戻った頃にはすっかり日が暮れて

しまっていた。
 全員が戦いでヘロヘロになっている事もあったので本日は片桐が通常業務は
明日以降に回して、本多と片桐は帰って良いと命じてくれていた。
 本多と一緒に帰ろうかとも、チラリと考えたが変身を解いた途端、全身筋肉痛に
襲われた彼が身動きが取れるようになるには後、一晩は掛かるだろう。
 慣れないハイヒールを履いて戦う羽目になった上に、一人でビルを支えるような真似を
したのだから、ある意味当然の結果である。
 一旦、自分の家に帰りたい気持ちもあったので医務室で寝ている本多の全身に
ベタベタベタと湿布だけ貼り付けて克哉は一人、帰路についていた。

(本多にムーン・ヒーリング・エスカレーションをやってやるべきだったかな…)

 ふと、会社の外に出た瞬間…そんな考えが脳裏を過ぎっていく。
 しかしあの技を発動させるには、また変身しなくてはならない…と思うと少し
躊躇が生まれていく。
 すでに本多とて、自分の仲間の一人だ。
 あの例の恥ずかしいスカートヒラヒラの格好を見られるのもお互い様な部分が
あるが…どうしても、一旦…いつもの服に戻ってしまうと、あのコスチュームを
身に纏うのには抵抗があった。

「どうしようかな…」

 長年の付き合いの相手でもあるし、ここは一旦…恥ずかしさを堪えてでも
戻って回復させてやろうかな…と思った瞬間、声を掛けられた。

「克哉さん! お疲れ様…! ずっとここで待っていたんだけど…出て来るの
遅かったね」

 玄関付近に立って待っていたのは…太一だった。
 いつもの普段着に杏色のエプロンを身に纏って…人懐こく笑いながらこちらに
歩み寄ってくる。

「…太一。もしかして、ずっと待っていたのか…?」

「うんっ! 出来れば克哉さんと途中まででも一緒に帰りたいと思ったからね…。
駄目だった?」

「いや、そんな事ないよ…歓迎するよ。オレも…ちょっとまだ、事態についていけて
なくて混乱している部分あるし。太一なら…事情に通じているし、話しやすいからね。
…オレで良かったら、幾らでも一緒に帰るよ?」

「やりぃ! 良かった…ちょっと寒かったけど、ここで待っていた甲斐があって良かった!
という訳で決まったのなら…ささ、早く帰ろうって。行こ! 克哉さん!」

 そのまま無邪気な顔を浮かべていきながら…克哉の手をぎゅっと握り締めて
先導していった。
 秋の穏やかな夜に…二人はフラリと公園に立ち寄っていく。
 空には綺麗な円を描いた銀色の月が浮かんでいた。

「…ここは…」

「うん。昨日の公園…ここで俺、克哉さんと知り合ったんだな~と思ったら
ちょっと寄りたくなってね…?」

「…そういえばそうだよね。あれは…昨日の晩の話だったんだよね。
何か凄い…遠い日のような印象を感じる…」

 それは誇張でも何でもなく、克哉の本心からの言葉だった。
 この二日間があまりに密度が濃かったせいだろう。
 もっと長い時間が経過しているような錯覚すら感じていた。
 公園の噴水の前に足を踏み入れていくと、ふいに太一の指先が
離れて…軽やかな動作で噴水の周りを囲んでいる石の処に足を
乗せて、登り始めていく。

「太一っ! 危ないよっ?」

「もう、平気だってこれくらい…。怪我したりする程、鈍くないから…さ?」

 淡い月の光が、噴水の水を静かに照らし出し…酷く幻想的な雰囲気を
醸していく。
 そんな中で水か静かに落ちていく音だけが辺りに響き渡っていった。
 月を背にして…噴水の縁に立つ太一は、神々しさと…子供っぽさを両方
併せ持っていた。

「…克哉さんもおいでよ? 意外に視点が高くなってて気持ち良いよ…?」

 あんまりにもあっさりとした口調で無邪気に言うものだから…少し考えたが
突っぱねられず、もう…と呟きながら、克哉は差し伸べられた腕を取っていく。
 ほんの数十センチ程度、いつもよりも高い視点は…見慣れた公園をいつもよりも
違っているように感じさせてくれていた。

「…本当だ、夜風が…凄く、気持ち良い…」

 大人になれば、噴水の縁を歩く事もそんなになくなる。
 大抵、この公園に寄ってもお世話になるのは水のみ場か…ベンチ程度だったから
新鮮な気分だった。
 手を繋ぎながら大の男が、噴水の周りに乗り上げている姿を第三者が見たら
どんな風に思うのだろうか? 
 ふとそんな事を考えたが…繋がれている手の暖かさに、次第にどうでも良くなって…
二人で一緒に、暫く月を仰いでいった。

「ねえ…克哉さん。少しだけ…話聞いて貰って良い?」

「…何、かな…? オレ良ければ…聞くけど…?」

 まだ自分達は知り合って間もない間柄だ。
 それで一体…会社の前で待ち伏せしてまで…彼は自分に何を話したかったのだろうか?
 そんな事を考えながら…太一の次の言葉を待っていった。

「あのね…こんな事を言ったら、克哉さんを困らせてしまうかも知れないけど…
俺、貴方と一緒に戦う事になって良かったとおもっているよ? これは本心だから…」

「えっ…う、そ…だろ?」

 一瞬、太一の言った言葉が信じられなくて目を瞠っていく。
 しかし…相手の顔を凝視しても、その顔には穏やかな笑みだけしか見つけられず…
本心を読み取る事は困難だった。

「ううん、本当。だって…俺、初めて貴方を見かけた時から…こうやって話せたら
良いなってずっと思っていたから。確かにあの格好はちょっと…と思う部分もあるけどさ、
そのおかげでこうやって克哉さんと俺…知り合えた訳だし。
 だから…俺は逆に感謝していたりするんだ…」

「そう、なんだ…」

 太一の言葉は静かで、暖かくて嘘は感じられない。
 最初は信じられなかったけど、その顔と口調で…本心で言ってくれていると判って
少しして…克哉は柔らかく微笑んでいった。

「…ん、オレも…あんな格好するのは恥ずかしいけれど…太一と出会えて
良かったと思っている。昨日だって…今日だって、君がいなかったら…オレはどうなって
いたか判らないし…。今日、オレが敵に捕まっていた時に来てくれた時は、本当に
涙が出るくらいに嬉しかったから…」

 そう、自分一人だったら…昨日も今日も、恐らくどうにもならなかった。
 それを思えば…彼に幾ら感謝してもこちらは足りないくらいなのだ。
 克哉の言葉を聞いて、みるみる内に…太一の顔に喜びの色が満ちていった。

「そう、貴方の役に立てたなら…本当に、良かった。これからも宜しくっ!
克哉さんっ!」

 ぎゅっと手を握られながら、嬉しそうな顔をして…宜しくなどと言われたら
こちらも少し恥ずかしくて仕方なかったけれど…ジィンと何か、暖かいものが
胸の中に満ちていった。

(何か太一の傍にいると…励まされる気がするな。こんな事態に巻き込まれて
どうしよう…って思っていたのが、どうでも良くなってくる…)

「こちらこそ…宜しく、太一。…君がいてくれて、本当に…良かった…」

 はにかみながら、本心からそう気持ちを告げていくと…次の瞬間、太一の顔が
真っ赤に染まっていった。

「…っ! 克哉さん、それ…反則過ぎる! うっわっ…俺の方まで恥ずかしく
なってきたかもっ!」

「…っ! そんな事、言われても…! そんなに恥ずかしがられると…こっちまで
恥ずかしくなるじゃないかっ!」

 お互いに口を手で覆いながらも…繋いだ手の方は離す気配はなかった。
 どうして手を離す気になれないのか…自分でも不思議だったけれど、繋がれた手から
太一の温もりと手の感触が伝わってきて、酷く落ち着いていたにもまた事実だったからだ。

「…と、もかく…! うんっ! これだけ言っておくよっ! 貴方は絶対に…俺が
守るからっ! それは俺の中で決定事項だから…忘れないでっ!克哉さん…!」

「守るって…? えっ…!」

 顔を真っ赤にしながら、太一がふいに顔をこちらの方に急接近させていくと…
いきなり、頬に柔らかい感触を感じた。
 一瞬何か…と思ってその場に凍り付いていくが…少しして、頬にキスを落とされた
事に気づいていくと…克哉も耳まで火照っていく感じがした。

「えっ…! えっ…! 今の、何っ…!? 太一…?」

「…俺からの、気持ちだよっ! …それじゃ、今夜はそろそろ行くから! 
またねっ! 克哉さんっ!」

 お互いに顔を真っ赤にしながら…太一はパっと手を離して…その場から
物凄い勢いで立ち去っていく。
 突然の事態に、克哉は呆然とするしかない。
 一体今、何が起こったのか…と状況判断が出来ずに、つい頬を押さえて
立ち尽くす事しか出来ないでいた。

「い、今のって…一体、どういう…意味、だったんだ…?」

 何となく察してはいたが、まさか…という想いもあって、混乱するしかなかった。

「…まさか太一が…オレの事を…?」

 信じられない思いがいっぱいだった。
 自分達は昨日初めて知り合ったばかりで…男同士で。
 それなのに…太一からあんな事を言われて、頬にキスされていて。
 変身させられて戦う羽目になっただけでもとんでもないと思うのに…一日の終わりに
またこんな事が起こって、つい克哉は…その場にへたり込みそうになった。

「…どうしよう。展開速すぎて頭がついていかない…っていうか、次に会った時に
オレ…太一にどんな顔して会えば良いのか…判らない、かも…」

 噴水の縁に腰を掛けながら、深々と溜息を突いてうなだれていく。
 ふと…空に浮かぶ月を眺めていく。
 自分がこれだけグルグルしていても…月光だけは酷く澄み切っていて
清浄な空気が辺りを支配していく。
 白く煌々と光る月の姿は懐かしくて…同時に切なくて。
 全てのことをはっきりと思い出せる訳ではなかったけれど…ふと、一瞬の映像が
脳裏を過ぎっていく。

 月を見ると、今は何故か―涙が出るくらいに、懐かしい気持ちだけが溢れていた。

「えっ…何で、オレ…涙、が…?」

 自分でも、どうして泣いているのか…判らなかった。
 記憶は全て戻っている訳ではない。
 けれど…自分の心の奥深くで、紛れもなく…強い想いが湧き上がって来ていた。

―もう一度、君に会えて…本当に、良かった…!

「…オレ、太一とも…昔、何か…あったのか? だからこんなに…懐かしい
気持ちになっているの、かな…?」

 瞳からは透明な涙が溢れて、溢れて。
 水晶のような雫がポロポロと輝きながら地面に落ちていく。

「…前世で、オレ達に何があったの…? 誰か…教えて…」

 無意識の内に月に手を伸ばしながら、ただ…祈っていく。
 胸の中に溢れる感情は…喜び、だった。
 それを自覚して…ただ、白い月の元…克哉は一人、立ち尽くしていく。

(あぁ…オレにとって、太一は…遠い昔に…大切な人、だったのかも知れないな…)

 それがどういう類のものか、判らない。
 はっきりとした回答はまだ自分の中には存在していなかった。
 けれど…これだけは言える。
 自分は…太一にこうして会えて良かったと、心から思っている事を…。

 永劫とも言える長い時間が月と地上の間に流れていても
 降り注ぐ光だけはあの頃と何一つ変わらなかった。
 克哉がどれだけ心の中で問いかけても今は月は何の回答も齎さず
 どこまでも澄んだ光を讃えて、空に浮かび上がっているだけだ。

 ―俺、貴方に会えて本当に…感謝しているよ。カイヤさん…

 必死になって思い出そうとして、拾えたカケラはただ一つだけ。
 それは…遠い昔、花畑で…自分に向かって、笑顔でそう言ってくれた
かつての彼の…言葉だけ、だった―

(あぁ…そう、か…オレ、たちは…)

 以前に、うんと昔にも…一緒に、いたんだ。
 それを思い出して…克哉は静かに微笑んでいく。
 他の事はまだ思い出せないけれど…断片だけでも深遠から
拾う事が出来て、少しだけ克哉は嬉しい気持ちになっていった。
 
 そうして…彼らが再会して二日目の夜は更けていく。
 止まっていた彼らの運命の輪が緩やかに回っていた。
 その時計の針が指し示す未来に何が待ち望んでいるのか…
彼らは未だ、知らない。

 大切な記憶の断片を胸に抱き、克哉は月を仰ぐ。
 其処には何百年の月日を得ても変わる事がない…悠久の
月の姿だけが、紺碧の闇の中に静かに浮かんでいた―



  




 
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 この話は鬼畜眼鏡とセーラームーンをミックスさせたパロディものです。
 登場人物が女装するわ、必殺技をかまして怪しい奴らと戦い捲くります。
 無駄にお色気要素満載です。1話&2話目まではギャグ要素に溢れています。
 そういうのに不快になられる方はどうぞ回れ右をお願いしますです(ふかぶか~)

 その場にいた3人が、一時の勝利の余韻に浸っていると…下の階からやっと
本多と片桐の姿が見えていた。
 片桐がほんのりと照れくさそうに…変身した後のコスチュームのまま、眼鏡に
笑いかけて報告を口にしていった。

「セレニティ様。とりあえず…命じられていた通り、下の階の…ビルの柱の
舗装と修理、完了しましたよ。これで…この本社ビルが倒壊する事はなくなったと
思います」

『ご苦労だった…お前達も、初めて変身した割には案外良く頑張ってくれたな。
そこにいる一回目は役立たずだった奴とは大違いだな…』

(…それってオレの事、だよな…)

 眼鏡の言い分に、思いっきり克哉は心の中で泣いていた。

「おう! とりあえず…俺の方もどうにか片桐さんが修理を完了させるまで
言っていた通り、ビルを持ち上げて支え続けていたぞ。いや~この格好…最初
させられた時はふざけて過ぎているぞ! って思ったけど…とんでもない
力を出せるもんなんだな。まさかビルを支えるなんて芸当が出来るまでとは
思ってもみなかったぞ」

『『『えぇぇぇぇッ!』』』

 流石に本多の話には、克哉、太一、御堂の三人もびっくりしたようだった。
 皆、似たような叫び声を上げて反応していた。

『…まあ、今も昔も…お前は力だけが誇れる奴だったからな。その点に
関してもご苦労様だった。お前達のおかげで…敵は退けられたぞ…。
そこら辺に関しては胸を張って誇っても構わないがな…』

 相変わらずやる気はないのに、態度だけは物凄く偉そうだった。
 それでも勝利した、という結果の為か…その場にいた全員の顔に
安堵の表情が浮かんでいた。
 最初、眼鏡に強制的に変身させられた時には一体どうなってしまうのだろうと
思ったが、実際に黒い妙な影とかとワラワラ戦わせられて…全員がどうやら
戦う為にはこの妙な格好をしなきゃどうしようもないらしい、という現実を
受け入れ始めているようだった。
 相変わらず、太一を除いた全員が…どこか恥ずかしそうな顔をしていたが…
最初に変身した直後よりも少しは落ち着き始めていた。

「セレニティ様~」

 一時の安息が訪れたその時、可愛らしい声を挙げて白い猫が…眼鏡の元へと
トコトコトコ…と歩いてくる。
 それに付き従うように…Mr.Rも共にやってきて…自分達の主の前に
跪いて、報告を始めていった。

「セレニティ・眼鏡様。ご申しつけの通り…このビルの中にいた人達全員への
暗示、及び記憶操作作業…完了致しました。これでこの件の事が、必要以上に
騒がれたり問題になる事もないでしょう…」

「僕も言われた通り、この近隣にシールド貼って…外部の人が迷い込んだり
このビルを覗いたり出来ないようにしておきました。これで…この人達も
安心だよね?」

 白い猫が長い尻尾をフリフリさせながら、クルリと回って…5人の女装する
羽目になったいい年した男性を愛らしく見遣っていった。

「ね、猫がしゃべっている!」

「しゃべっていますねぇ…どうしてでしょうか…」

「嘘だろ…何で猫がしゃべっているんだよ…一体どんな仕掛けなんだ…?」

「うっわ…相変わらずアキちゃん、可愛いなぁ。抱っこしたい…」

「…情報操作とか、そういう事…出来たんだ…」

 御堂が驚き、片桐は純粋にのんびりと不思議がり、本多は現実かどうか疑い
太一は白い猫の愛らしさに瞳を細めて、克哉は冷静な一言を呟いていた。

『あぁ…一応、アキには…俺の力が及ぶ効果範囲を広めたり、戦っている現場に
外部の人間が不用意に迷い込んだりしない為のシールドを貼ったり…霧を使って
大気中の水分を上手く屈折させて…幻を見せる能力ぐらいは備わっている。
 これは元々…王家に代々仕える守護猫だからな。それくらいのことは朝飯前だ』

「…もう何が何だか、訳が判らないがな…。しかし今、この怪しそうな男が
情報操作と暗示を完了させた…と言っていたが現実にそんな真似が可能なもの
なのか…?」

 Mr.Rを指差しながら、御堂がその場にいた全員の疑問を代わりに口にしていく。

『…あぁ、それくらい簡単だ。一応…今、月に残っているホストコンピューター
でも…この狭い島国の中くらいだったら充分に情報を把握して…操作する事は
容易いしな。他人に暗示掛ける事はこいつにとっては十八番だからな。
だから安心しろ…一応、妙な格好をして外で戦う羽目になっても…その格好が
一般人の目に必要以上に触れたり、メディアに流されるような事はないように
しておいてやる。それくらいは保証しておいてやろう…』

 眼鏡のその言葉を聞いた時、その場にいた5人は心から安堵していた。
 限りなく胡散臭い話ではあるが、このスカートヒラヒラな格好が…メディアに
よってお茶の間に全国展開などされたら、全員の社会生活など抹殺される事
請け合いだったからだ。

『…お前達、ご苦労だった。お前たちが俺の指示を守って…それぞれの
役割を全うしてくれたおかげで予想外にスムーズに事が片付いてくれた。
それで…一応、いつまでも本名で呼び合うのもどうかと思うので…
戦いの最中のお前達の別の名、コードネームをつけておいてやろう…』

「…あの、コードネームって…何で…?」

 克哉が不思議そうに問いかけていくと、眼鏡は思いっきり呆れた表情を
見せていく。

『…あのなぁ、一応情報操作や暗示を掛けたからと言っても…お互いの
名前の呼びかけとか、ささいな事は…一般人の記憶に残る可能性がある。
だから正体を外部の人間に知られたくなかったら…変身中はそっちの名前で
呼び合った方が良いだろう…という俺の判断なんだが…いらないのか?』

「あっ…そういえば、そう…だよね…そこら辺、まったく失念してた…」

 そう、変身してからも…思いっきりお互いの名前で呼び合っていた。
 あれだけ大声で名前を連呼していたら…確かに誰かに名前を知られたり、
覚えられてしまってもおかしくはなかった。
 眼鏡に呆れられて…やっとそこら辺の事を自覚した。

「…で、お前は私達にどんなコードネームとやらをつけるつもりなんだ…?」

 険を含みながら御堂が問いかけていくと…不敵な笑みを浮かべながら、
眼鏡は答えていく。

『そうだな…こいつは最初から自分の事を『セーラーロイド』とか名乗っている
からな。それを踏んで…御堂、お前はさしずめ『セーラーワイン』だな。
片桐は…『セーラーインコ』本多は『セーラーカレー』…と言った感じだな。
一応、お前達が好きなものや愛してやまない物から取ってやったんだが…
それぞれの個性が出て悪くないだろ…』

「あの…オレのは?」

 自分だけつけられなかった事に…克哉は問いかけていくが、眼鏡は少し
考え込んで…はあ、と溜息を突いていく。

『…お前は『セーラーノーマル』とでも名乗っておけ。あまりに平凡過ぎて
お前だけどうつければ良いか思いつかなかったからな…』

「そ、そんな…」

 眼鏡のあまりの適当な名づけっぷりに克哉は少しだけ傷ついていく。

「さ、佐伯…いや、ノーマル君。大丈夫ですよ…それだって呼んでいれば
その内…愛着が湧いてくるでしょうから…」

 この異常な状況でも、片桐の柔らかい笑いは健在である事がほんの少しだけ
嬉しかった。
 けれど何の特徴もない、という理由で自分だけいい加減な名前をつけられた
ような気がしてならなかった。
 …まあ他の人間も納得しているかどうかは微妙だったが…本名を公に知られる
よりはマシ、みたいな感じで一応受け入れたようだった。

『さて…お前達。この度の戦いは本当にご苦労だった。今回は誰も大きな
負傷なく戦いを終えられた事は僥倖だった。
 四天王と言われる敵の配下も残り3体、それと黒幕となる…『ダーク・
エンディミオン』との戦いは残っているが…今日の処はこれで解散して
戦いの疲れを各自、取って貰いたい…」

「あの…『ダーク・エンディミオン』って…?」

「…人間の中の悪意と悲しみ、嘆き、憎悪から生まれたものだ。まだ…新たに
目覚めたばかりでモヤ状態になっているが…奴らが人の生命力…エナジーを採取
するのもその為だ。奴はまだ完全に復活しておらず、形を保つ事も出来ない。
…人の中の『憎悪』が形になったもの…と解釈しておけ。奴の仮の名が今は…
『ダーク・エンディミオン』…そういう訳だ」

「そう、なんだ…」

(これは偶然…なのか…?)

 眼鏡の返答を聞きながら、克哉は釈然としない気持ちになった。
 昔から…幼い頃から繰り返し見る夢。
 その夢の中でいつも自分は最後に、目の前で倒れた人を「エンディミオン」と
呟いていた。
 そして…これから自分達が戦う敵の名前が『ダーク・エンディミオン』
 これが意味する事は何だろうか…と克哉は本当に不思議に思った。
 この偶然の一致が何を指しているのだろうか…と。
 
「何? どうしたの…克哉さん? 何か浮かない顔しているみたいだけど…?
そのダークなんとか…っていうのが、そんなに気に掛かるの?」

 克哉の反応に、太一は本当に不思議そうになっていく。
 しかし…敵の名前を聞いて、御堂は本気で青ざめていた。

「…エンディミオン、だと…?」

 本気で肩と唇を震わせながら…呟いている様は鬼気迫る様子があった。

「…知っているんですか?」

「…いや、私もはっきりとは思い出せないが…な。嫌なものを感じた。
ただそれだけだ…」

 そうして御堂が押し黙っていったのを見て、
更に判らなくなっていく。
 あの夢の中で…目の前で散って行った人の顔がどうだったのか…
どんな人物だったのか、克哉の中には一切記憶が残っていない。
 ただ繰り返し繰り返し…悲劇とも見れる、悲しげなやり取りだけが
印象に残る。そんな夢だったから―

「しかし…本当に私は、これからもこんな格好を続けて…戦い
続けなければならないのか…」

 御堂がコメカミを抑えながら、深い溜息を突いていく。
 それに克哉も思いっきり同調してしまった。

(心中お察しします…御堂さん…)

「ん? 別に拒否しても構わないぞ? その場合は…今は保護して漏洩しないように
守ってやっているお前の変身シーンとか、戦っているシーンの映像をあちこちに
流れるかも知れないがな…?」

「えぇ、貴方様の雄姿は監視カメラの類とかに沢山残されておりましたからね。
一応データーのバックアップとかは取ってありますから…いつでも閲覧可能ですよ?」

「うわぁぁぁぁ!」

 ニッコリと心から楽しそうに笑いながら、眼鏡とMr.Rが恐ろしい発言を口の上に
載せたので…御堂は叫び声を上げるしかなかった。
 傍から聞いていても、これは二人からの遠まわしな脅迫だという事は丸判りだ。
 …断ればどういう事態になるのか、それは言わずとも予想がつきそうな事だった。

「…判ったから、それだけは止めてくれ。…こんな格好をしているのがアチコチに
ばら撒かれたら…私の社会生命はそれだけで終わりそうだからな。
 …その代わり、協力している限りは…漏洩する事はない。それは誓って貰える
のだろうな?」

『あぁ…当然だ。こちらに従って戦って貰う以上、俺達もそこら辺の事ぐらいは
配慮するさ。…で、今回はたまたま…敵の方が先走って、宝石に操られている奴が
直々に仕掛けて来たが…次からは向こうも警戒して長期戦になると思う。
その為に…これを至急しておく。各自一本ずつ持っておけ…』

「はい…皆様。どうぞこれを…」

 眼鏡が指示すると同時に…Mr.Rが全員に透明なキラキラ光るペンを渡していった。

「これは…何ですか?」

 克哉が聞くと、Mr.Rは悠然と微笑みながら答えていく。

「…このペンは幻の銀縁眼鏡の力を一部、受け継いで作られております。
現状では克哉さん、貴方が例の眼鏡を掛けて傍にいない限りは誰も変身が出来ません
でしたが…このペンを携帯して、手に握りながら変身の言葉を唱えればいつでも
戦いの装束を纏うことが可能になります。戻りたい場合は握った状態で『武装解除』と
唱えれば…ご自分の格好に戻られる事も出来ます。
 これから先は…いつ、変身する事態に陥るか判りませんから…どうぞこれを各自
一本ずつお持ち下さいませ…」

「へえ…随分と綺麗なペンだな。かっわいい!」

「う、む…しかし、このデザインは…」

「…うわっ…! これ少し、少女趣味過ぎないか…?」

「…これは、私が持つには…少し、可愛らしすぎますね…」

「……もうどうにでもして下さい」

 太一は意外とあっさり受け取っていったが…残りのメンバーは少しだけ難色を
示していく。克哉に至ってはやや自暴自棄気味になりつつあった。
 幼少の頃、男の子なら誰でも変身ヒーローには憧れるものだ。
 しかし…実際に変身して戦う事態に巻き込まれても…いい年した成年男子が
ヒーロー物ではなくセーラー服っぽい装いを着て戦う羽目になっているのだ。
 その現実をあっさりと受け入れろと言われても到底無理だろう。

「…どうした? 持たないのか? 恐らくこれから…この都内ではエナジーを
搾取しようと…奴らが暗躍し始めるだろう。
 もしお前達が戦う術も持たずに奴らに遭遇したら…そこに倒れている一般人と
同じような末路を辿るだけだぞ?」

 そうして…克哉に癒されはしたが…まだ部屋の隅で意識を失ったままぐったり
しているMGN社員達に目を向けていく。
 …自分達が駆けつけるまで、彼らはミイラのように干からびるまで生命力を
奴らに奪い取られていた。
 それを見て…一番最初に克哉が覚悟して、手に取っていく。

(あんな奴らを…許しておける筈がない…っ!)

 こんな格好をしながら戦うのは死ぬ程、恥ずかしい。
 しかしそれ以上に、あんな真似を平気でしでかす奴らを許すことが出来なかった。
 克哉が険しい顔をして手に取ったのを見て…残りのメンバーも何かを感じたらしい。
 太一、本多、御堂…片桐の順にペンを手に取って、しっかりと握り締めていった。

『…お前達、腹は決まったらしいな。最初の頃より…随分と良い顔になったぞ?
それじゃあ…言うべき事を終えたから、そろそろ消えるが…御堂…』

「何だ?」

『今晩、お前の夢枕に立たせて貰うから覚悟しておけよ?』

「っ…! 二度と来るなっ! この変態がっ!」

 眼鏡がその一言を放った瞬間、御堂は高速で相手に拳を繰り広げていく。
 しかし…あれだけの存在感があるのですっかり失念していたが、眼鏡は所詮…
思念体なのである。
 どれだけ痛烈な一撃であろうとも、実体のないものには当たる訳がない。
 盛大な空振りをして、御堂の身体はつんのめっていった。

「危ないっ!」

 咄嗟に転びそうな身体を本多と片桐は支えていったが…御堂は、顔を真っ赤に
しながら…眼鏡だけを思いっきり睨んでいた。
 しかし…殴れない相手に拳を握り続けてもしょうがないと悟ったのだろう。
 暫くすると…平静の顔と態度に戻っていった。

「すまない…取り乱した。支えてくれて感謝する…」

「いや、これくらい何てことないっすけどね…。大丈夫ですか?」

 本多が御堂に気遣う発言をするが、そんな態度も今の御堂を苛立たせるもので
しかない。短く「大丈夫だ」とだけ告げると…それきり、口を閉ざしていった。

『気は済んだか? それなら…俺はもう行くぞ。お前達の活躍…期待しているぞ…』

 そうして、強気に微笑んでいきながら…セレニティ・眼鏡の姿は消えていった。
 残ったメンバー全員が…まるで信じられないものを見たような、どこか呆けた
力のない表情を浮かべていた。
 一番最初に、元に戻ったのは御堂だった。
 どうやら眼鏡の顔が目の前からいなくなったので…通常の自分のペースを
取り戻せたらしい。
 そこにいるのは眼鏡に弄られて顔を真っ赤にしていた面影など微塵もない
出来るエリートそのものの…御堂孝典の姿だった。

「今のが夢だったらな…まあそんな事を考えても仕方がない。…とりあえず、君たち
には世話になった。釈然としないが…とりあえず例のプロトファイバーの営業権を
三ヶ月だけ、君たちに委任しよう…約束だからな…」

「本当っすかっ! 御堂さんっ!」

 その言葉に一番喜んだのは、本多だった。
 彼のその表情を見て、片桐と克哉もまた嬉しそうな顔を浮かべていく。
 こんな事態に巻き込まれたのは災難だったが、おかげで…この魅力的な商品を
扱う事が出来るようになったのは大きな僥倖だった。

「詳しい話はまた後日にさせて貰う。本日は…これで失礼させて貰おう。
まだ社内は混乱していると思われるし…誰か指揮を取らなければいつまで経っても
事態は収まらないからな…」

 そうして、踵を返して…御堂は最上階のフロアから立ち去っていく。

「おいっ! 克哉…良かったなっ! 俺達…営業権をもぎ取れたぞ!」

「まさか…本当に、取れるとは思ってもみませんでした…やりましたね、本多君、
佐伯君っ!」

「はいっ…! まさか…取れる、何て…」

 その喜びに、克哉は少しだけ瞳を潤ませていた。
 三年も所属している、愛着のある自分の課が…このまま黙ってリストラされる
結果にならなくて本当に良かった…と安堵したからだ。
 太一だけは途中で参入したから、話しの全てを把握出来ず…遠くから
見ているだけしか出来なかったけれど。
 …この人がこんな風に嬉しそうに笑ってくれている顔が見れて良かったと
考えて、穏やかな顔をして…他三人を見守っていく。

(…話、判らないけれど…克哉さんがあんな嬉しそうな顔しているのなら…
凄く良い話だったんだろうな。あの御堂って人がした話は…)

 その中に入れない事を少しだけ寂しく。
 けれど…同時に、今まで見る事が出来なかった色んな顔を見る事が
出来た喜びもまた、太一の中に同時に芽生えていって。

(…ヤバイ、な…。本当にあの人に…ハマり、そうだ…)

 自分の仲間達に小突かれて、嬉しそうに笑う克哉の顔は本当に愛らしくて。
 その顔を見て、余計に自分はあの人に惹かれていく。

(良かったね…克哉さん)

 自分の仲間達と肩を組んで喜び合う克哉の顔を見て、祝福の笑みを浮かべていく。
 太一にとってその顔は…とても、眩しいくらいに輝いて…綺麗に、映っていた―
太一が現場に駆けつけるのと同時に…ようやくセレニティ・眼鏡との交信が
出来るようになった。
 暫く音沙汰がなかった彼の姿が突然…目の前に現れて、その場にいた全員が
ぎょっとする羽目になった。

「うわっ! 貴様! やっとか…!」

「わわっ! えっと…やっと片付いたの?」

「うへぇ~また、あんたかよ…」

 御堂、克哉、太一がそれぞれ似たような反応をしつつも…セレニティ・眼鏡を
出迎えていった。相変わらず偉そうに胸の前で両腕を組んで、やる気なさそうに
全員を一瞥していく。

「…どうにか持ちこたえていたか。まあそれなりに及第点だな…。
とりあえずこちらの方は本多と片桐に頑張ってもらったおかげで…ビルの
倒壊の危険性は回避出来た。後はあの二人でもどうにかなると思うので
遅くなったが…こちらの指揮を取らせてもらうぞ」

「…あんたの指示なんて貰わなくても、俺は充分やれるけどな」

「あぁ、俺もお前に対しては細かい指示を出すつもりはない。太一、お前は
自分の判断で戦っていろ。残り二名は…これが初めての実戦経験だからな。
ちゃんとこちらの指示に従って戦って貰うぞ?」

 眼鏡が、残り二名をざっと見つめていくと…御堂の方は限りなく屈辱そうな
表情を浮かべていた。

「…お前の指示に従うなど、平素なら冗談じゃないんだがな…今は、仕方ない。
頼むから戦い方を教えて貰いたい…」

「…良く、良い子で待っていた。俺もお前に一つの必殺技も持たせないで
現場に向かわせたのはすまなかったと思っている。が…じっと良く耐えて
傷を広げないでくれたのは有難かった。
 今から全力でお前をサポートしてやるから…な?」

「なっ…誰が、良い子だっ! 私の方がお前より年上の筈だっ!」

 相手の言い草に顔を真っ赤にしながら反論していくが、眼鏡の方はどこ吹く
風といった感じだった。

「御堂…今からお前に奮発して三つ、戦う手段を与えてやろう。
一つはムーン・ティアラ・アクション。額にあるティアラを外して、円盤を投げるような
要領で飛ばせば…敵に攻撃が出来る。
ウィーター・スプラッシャー…は両手を交差させて
そう叫べば、水の刃が一斉に
敵に向かっていき…水圧で鋭くきりつけていくぞ。

三つ目がシャイン・アクア・イリュージョン…光と霧の技だ。これを使えば周辺に
眩い光が放たれ、敵の網膜を焼いて…光の霧が一斉に敵を切り裂いていく。
他二つに比べて、三つ目のは威力も高いが…同時に消耗するものも多い。
ついでに残り二名は、こいつがこれを唱えたら即座に目を瞑っておけ。
そうしなければ…目が瞑れるから気をつけるように! もう敵も体制を
立て直したようだっ! 全員、行け!」

 大隈の方も、突如現れた眼鏡を見て…暫く様子を見て、攻撃を仕掛けないで
おいたが…必殺技を伝授されている姿を見て…慌てて黒い影を数十体生み出し…
それをこちらに仕向けていく!

「ちっ! …余計な時間を与えすぎたかっ! お前たち! 掛かれっ!」

 大隈が命ずると同時に、ユラユラと暗い光を揺らめかせながら…黒い影が
一斉に彼らを襲い掛かった。

「へへっ! こんな雑魚に負ける気はしないねっ! エアロ・ハリケーン!」

 太一が弾んだ調子で、必殺技を唱えて…敵を撃退していく。
 その間、攻撃を仕掛けられても…まるで円舞を踊るかのような優雅さで
軽やかに敵の攻撃をかわし続けていた。

「私だって…もう足手まといでいるつもりはない! ウォータースプラッシャー!」

 大きく足を開いて、両手を交差させて…御堂が高らかに必殺技を唱えていく。
 鋭い水の刃が一斉に敵を切り裂き、黒い影を無に戻していく。
 …しかし太一に比べて、かなりその動作には羞恥と照れがあり…まさに茹でダコ
のように耳まで顔を赤く染めていた。

「ムーン・ティアラ・アクション!」

 克哉は派手な行動はせずに…再び捕まらないようにどうにか攻撃をかわし続けて
地道にティアラを使って、襲い掛かってくる敵を確実に倒していった。
 そこら辺の処は、堅実な彼の性格が良く現れていた。
 
「へえ…このティアラを使って、攻撃も出来るんだ…少し試してみよっかな?」

 今の御堂への説明を聞いたのと、克哉が何対もその必殺技を使用している姿を見て
太一は興味を覚えたらしい。
 自分の額のティアラを外していくと、克哉がやっていた動作を見よう見真似で
やっていく。

「とりゃ! これも食らえっ! ムーン・ティアラ・アクション!」

 どこか楽しそうに弾んだ声で、敵をフリスビーで薙ぎ払っていく。
 そこら辺の戦いのセンスに関しては、残り二名も目を瞠るしかなかった。
 そうやって三人で戦っている内に…その場にいた黒い影の殆どは蹴散らし終えた。
 …三人の前には、禍々しい色のジェダイトを額に抱いた…MGN社専務、
大隈だけが立ち塞がっていた。

『貴様ら…良くもわしの可愛いしもべ達を…!』

「大隈専務、まだ…目を覚まして下さらないんですね…」

『当然だ。額にあの石がある限りは、乗っ取られた人間は決して
正気に戻る事はない。ようするに…お前の上司を助け出したかったら
お前の手で、額の石を砕くか…その男の命を奪うかの二つの方法しか
ないという事だ。それ以外の解放の手段はない」

「…私を守り立ててくれた恩のある上司を、殺すなんて手段を取れると
思うか! ふざけるなっ! こうなれば…意地でも私の手で額の
石を砕いてみせる! 佐伯君と…太一君、と言ったかな? 正直
君たちの詳しい素性は良く知らないが…ここは君らの協力が必要なんだ。
すまないが…私に、手を貸して欲しい」

 御堂の顔には、激しい怒りと決意が生まれていた。
 そして…彼にしては珍しく、物言いこそはどこか偉そうな態度が残って
いたがどうにか二人に頭を下げて、協力を仰いでいく。
 正直、この事態そのものが冗談みたいにふざけていて…とんでもなかったが
やはりこれは現実なのである。
 それなら…この会社の責任者として、少しでも良い方に持って行くしかない。
 その為には…得体が知れなくても、今はこの二人の協力が不可欠だ、と。
 冷静な判断でその現実を受け入れて…御堂は頭を下げて頼み込んでいった。

「当然です。…誰かが死んだり、傷ついたりする場面はもうオレも
見たくないですから。オレでよかったら幾らでも協力しますよ…
御堂さん」

「…ちぇ…。あんた、すっごく偉そうだから…正直、気は進まないけどね。
けどそんな風に頭下げられたら…断れないなぁ。判った…仕方ないけど、
俺も全力で手助けさせて貰うよっ!」

 そうして、二人の同意を得て…御堂が満足げな笑みを浮かべていった。

「良しっ! 頼んだぞ…二人ともっ!」

 そして三人は…大隈に、対峙していった。

『…ぬぐぐっ! 貴様達ごときに…この私がここまで追い詰められるとは…!』

 その瞬間、大隈の容姿が別人のように変貌していく。
 瞳は真紅に禍々しく輝き、唇はそこから顔が裂けてしまうかも知れないくらいに
釣り上がり恐ろしい形相へと変化していく。
 手は異様に大きく腫れ上がり、爪はまるで野生の動物のように鋭さを帯びていく。

『掛かってくるが良いっ! 貴様達をこの手で引き裂いてくれるわぁ!!』

『御堂、とりあえず…あいつの目が光った瞬間に先程教えた三つ目の
呪文を唱えろっ!』

 大隈の変貌が終わると同時に、眼鏡の声が…御堂の脳裏にだけ
はっきりと聞こえていく。

(三つ目の呪文…例の大技、か? あいつの目が光った瞬間に…かっ!)

「佐伯っ! 太一君っ! 私はいつでも…技を発動出来るような状態に
しておく! 君たち二人で応戦して…活路を見出してくれっ!」

「はいっ! 判りました御堂さん!」

「うぉっしゃ、任せておいてっ! 俺の活躍ぶりを、よ~く眺めておいてよっ!」

 二人が快く承諾すれば、克哉はムーン・ティアラ・アクションで…
太一はエアロ=ハリケーンとムーン・ティアラ・アクションを交互に駆使して
敵の爪の間合いに入らない距離を保ちながら、遠隔で攻撃を繰り返していく。
 
 技を放つ度に二人のスカートがヒラヒラヒラと華麗に舞い上がり、
敵の攻撃をかわしながら、軽やかなステップを踏んで技を繰り出す様はまるで
ダンスを踊っているかのようだ。

 そう指示を出して、三つ目の技を発動出来るように意識を集中していく。
 シャイン・アクア・イリュージョンは…御堂が現在使える技の中では
もっとも派手で威力が高い必殺技である。
 タイミングさえ見極めれば戦況を逆転出来るが、同時に気力の
消耗も激しいので…2度、3度と連続して放てない欠点がある。
 御堂は残り二名が戦っている場面を目を凝らして見守っていく。

『ぐぉぉ!! 小癪なっ! 遠くの方からチマチマとした攻撃を繰り返しおってっ!
このままじゃ埒が明かぬ! 喰らえ…我が暗黒の炎を!! 
ダーク・エクスプローション!!!」

 大隈が技を放つ為に両手を大きく広げて、大声で吠えていった。
 その轟音が辺り一面に響き渡り、その赤い目が…まるで宝石のように
美しくも恐ろしい光を浮かべて輝いていく。
 その瞬間を、御堂は決して見逃さなかった。

「今だっ! シャイン・アクア・イリュージョンっ!!」

 敵の全身から爆音と共に燃え盛る黒い炎が湧き起こると同時に
その炎を全て飲み込んで相殺する力を持つ、七色に輝く霧が辺り一面に
立ち込めて物凄い音を立てながらぶつかりあっていく!!

 太一も克哉も、その瞬間には目を瞑って…どうにかやり過ごしていく。
 光が消え去ると同時に、真っ先に敵の懐に飛び込んでいたのは…
御堂、だった!

「大隈専務っ! 今…貴方を解放するっ!」

 絶対的な強い意志を宿しながら、御堂は敵の額に渾身の力を込めて
盛大な飛び蹴りを繰り広げていった。
 スカートが舞って、足を晒す羽目になっていたが…今はそんな事に
かまっている暇はない!
 御堂のつま先が額の石にめり込み、それを粉砕していくっ!

『ぐぅ…おおおぉぉぉっ!!!!!』

 その瞬間、大隈が吠えて…辺りに爆煙が湧き起こってた!
 御堂は空中に大気していたせいで、盛大に吹き飛ばされて…今にも
壁に叩きつけられそうになっていく。

「危ないっ!」

 大急ぎで太一は、風を巻き起こし…少しでも御堂が叩きつけられる
勢いを相殺しようとしていった。
 その風のおかげでかなり勢いは弱まり、壁にぶつかる形になっても…
軽い打ち身をあちこち作るくらいで済んでいた。

 克哉は倒れた大隈の元に駆け寄り、命に別状がないか…
ざっと確認していく。

「克哉さん! 何をしているんだよっ! さっきまで敵に操られていた
人の処に駆け寄ったりなんかして捕まったらどうするんだよっ!」

「大丈夫…この人からはさっきのような禍々しい気配を感じられない。
少し消耗をしているだけだ…。行くよ…! 
『ムーン・ヒーリング・エスカレーション!』」

 克哉がその技を発動させると同時に…室内に眩いばかりの
光が満ちていく。
 その光を受けて…倒れている大隈も、今…激しい戦闘を繰り広げて
消耗している御堂と太一の二人の体力と気力が一気に回復していく。
 それはまさに…癒しの光。
 神々しく光輝いて…その場にいる人間を労わる克哉の姿は…
慈愛に満ち溢れていた。

「克哉さん…」

 その姿を見て、太一は更に惚れ直していく。

(本当に…この人ってバカ、だよな…。けど、うん…俺、こういう
バカな人って好きだ。本気で、放っておけないよな…この人は…)

 そう思いながら、太一は荒い呼吸を整えて…微笑んでいった。
 御堂もまた…自力で起き上がる体力を取り戻して…パンパンと
アチコチを払って、その場から立ち上がっていく。

 そうして…彼らにとって二度目の大きな戦いは…誰の
犠牲も出る事もなく、完全勝利で終わったのだった―。

 
この話は鬼畜眼鏡とセーラームーンをミックスさせたパロディものです。
 登場人物が女装するわ、必殺技をかまして怪しい奴らと戦い捲くります。
 無駄にお色気要素満載です。1話&2話目まではギャグ要素に溢れています。
 そういうのに不快になられる方はどうぞ回れ右をお願いしますです(ふかぶか~)

 御堂と共にエレベーターに乗って、最上階のエントランスに辿り着いた頃には
そこは一種の地獄と化していた。
 黒い影で覆われたMGNの社員と、エナジーを吸い取られてミイラのように
干からびてしまった人間が大量にそのフロアに溢れていた。

「これ、は…本当に、現実の光景なのか…?」

 自分が女装して戦う羽目になるよりも、凄惨な現実が確かにここにあった。

「…オレも、本格的な敵と戦うのは今回が初めてですけど、酷い…ですね。
こんな奴らを見過ごしておけない…!」

 さっきまではこんな格好で戦う羽目になるなんて、という思いが強くあった。
 しかし…このミイラのようになった人間は、そのまま放置しておけば確実に
命を落としていくだろう。
 こんな真似をしでかす輩を、到底許す訳にはいかなかった。
 彼らを救う為に、克哉は…両手を掲げて…高らかに叫んでいった。

「ムーン・ヒーリング…エスカレーション!」

 先程、セレニティ・眼鏡に指示された通り…回復呪文を唱えていく。
 その瞬間…克哉の身体は光り輝き、その場で萎れた花のようになっていた
人たちの肌に生気が戻り始めていく。

「やった…! オレの力でも、人を助けられるんだ…!」

 前回、戦った時は自分は結局…殆ど何も出来ないままだった。
 だが…今回は初めて、何か出来たという手応えを感じる事が出来た。
 しかし目の前で起こった奇跡のような出来事に、御堂は思いっきり目を
瞠っていた。

「驚いたな…君には、そんな事が出来るのか…」

 先程までの御堂にとって、この男はただ気弱そうな…平凡な男という
歯牙にも掛けない存在に過ぎなかった。
 しかし今の能力は…正直、驚いたし凄いと思った。
 あの憎たらしい男はこいつには戦う力がない、と言い張っていたが…
ミイラのように干からびている人間を、瞬く間に元通りに戻せる能力というのは
戦闘できるよりも凄いのではないか。正直にそう思った。

『誰だっ! ワシの邪魔をする奴は―!』

 しかし次の瞬間、額に真っ黒に染まった宝石を嵌めた壮年の男が…
恐ろしい形相をしながら、こちらにゆっくりと近づいてきた。
 今は魔石に支配されている…MGN専務、大隈氏である。
 御堂が入社した時より、目に掛けてくれて…現在の部長という地位を得たのも
大隈に引き立てられたから、という部分が大きかった。
 だが今はその眼差しは真っ赤に染まり…一目で、尋常じゃない状況である事が
伝わってくる。
 それを見て…悔しい事だが、やっと眼鏡が言っていた発言がどれも事実を
告げていた事を実感した。
 黒い影を何体も引き連れながら、こちらに歩み寄ってくる大隈の姿はかなり
威圧感を伴っていて、二人は固唾を飲んで見守っていく。

『行け! わがしもべ達よ!』

 大隈が命じるのと同時に、黒い影がいきなり…ぐにゃりと歪んで、まるで巨大な
スライムのように形をウネウネと変えながら襲い掛かってくる。

「うわっ! 何だこれはっ…!」

 御堂がとっさに反応して、素早く遠くに飛んで逃れていく。
 克哉の方もそれに習って、彼と反対方向に転がっていったが…キチンと足で
着地している御堂に比べ、克哉は転がって逃れた分…時間的ロスや、次の移動までに
掛かる時間が余分に掛かってしまう状況だった。

『おおっ…! 貴様から、凄いエナジーが伝わってくるぞ…これは是非、
我が主…ダーク・エンディミオン様に捧げねば…!』

 その名を聞いた瞬間、克哉は…その場に固まった。

(ダーク…エンディミオン…だって…?)

 それは昔から見る、例の夢に出て来る存在の名前…。
 子供の頃から繰り返し繰り返し、何かの時に見る夢。
 切なくて、悲しくて…最後に自分が「エンディミオン…」と呟いて、覚める―。

「君っ! ぼうっとするなっ! 危ないっ!」

「えっ…!」

 その思考に一瞬、囚われた時…克哉には大きな隙が生じてしまっていた。
 こちらのエナジーを狙って襲い掛かって来ている敵が、そんな絶好の機会を
逃すはずがない。
 先程まではどうにか紙一重でかわせていた攻撃に、ついに捕まり…克哉は
黒い巨大なスライム状の物体に、四肢を拘束されていった。

「くっ…ぅ…!」

 ベタベタする不快な感触のものが両手足に絡み付いて…そこから克哉の
生命エネルギーを吸い上げ始めていく。

『おおっ! 思った通り…こやつ、何と極上のエナジーを持っているんだ…。
吸い上げれば吸い上げる程…こちらに力が漲ってくるわ…!』
 
 大隈が、邪悪な笑顔を浮かべて…己の拳を握り締めていた。
 事実…生気を吸い取られた人間を回復させる能力を持つ克哉の生体エネルギーは
常人の何十倍という膨大なものだった。

『しもべ達よっ! そやつを昂ぶらせて…もっと純粋なエネルギーを搾り出せ!』

 そう命じた瞬間、四肢に絡み付いていた黒い粘性のものが…ジワリジワリと胴体の
方に近づいて来て…ゆっくりと克哉の太股や、脇の辺りを撫ぜ擦っていく。
 その不気味な感覚に、克哉は悪寒にも似たものを感じて…逃れようと必死に
もがき始めていった。

「彼を放すんだっ! …くっ…どうやって戦え、ば…!」

 先程、眼鏡から指令が出た時…本多と克哉の二人は、その場で戦う為の
必殺技を授けられていたが…御堂には与えられていなかった。
 その為に…目の前で克哉が襲われて危険な目に遭おうとしているのに…御堂には
戦う術を持っていない。
 それで無闇に突っ込んでいっても、自分も囚われるだけだ。
 冷静な判断で、とりあえず…様子見しているが、御堂は正直…唇が切れるぐらいに
強く噛み締めて、悔しさに耐えていたのだ。
 ただ…黒い不気味な存在に、彼が弄られている様を眺めているしか出来なかった。

「や、だっ…! あぁ…やめ、ろ…! 気持ち、悪い…から…はっ…!」

 ついに黒い触手が…克哉のスカートの中や、胸元にまで及んで…全身を容赦なく
締め付けていきながら…不気味に性感帯を刺激していった。
 苦痛と、くすぐったさと…妙な疼きが入り混じった感覚に…克哉は嫌がりながら
耐えていく。
 それは無理やり、レイプされているような感覚に近かった。
 克哉の身体を無理やり押し開かせ、無理に昂ぶらせて…強引に生命力を搾り出そうと
試みる、暴力にも等しき行為だ。
 とりあえず…間接的に戦闘服が守ってくれているから、局部はギリギリ守られて
いたが…それもこのままでは時間の問題、だった。

(ちく、しょう…! この間も真っ先に捕まって…今回も、また…
足手まといにしか、ならないのか…っ! オレは…!)

 克哉は悔し涙を浮かべながら、前回の事を思い出していった。
 あの時は…迷わず変身する事を選んだ太一が自分を助けてくれた。
 けれど…アキが呼びに行ってくれているという彼の姿はまだここにない。
 目の前で、本気で悔しそうな顔をして…傍観を貫いている御堂の顔が
視界に飛び込んでくる。
 現在、指令を出すべきセレニティ・眼鏡が…本多と片桐への指令の方を優先していて
御堂の方まで手が回っていない状態だった。
 だから…たった一言「今は耐えろ」という言葉に従って、敵の攻撃から
逃げ続けている。

(太一…! お願いだから、早く…来て、くれっ…! オレと御堂さんだけじゃ、
とてもじゃないけど…まだっ…!)

 必死の想いで、ただ…もう一人の仲間の事だけを考えていく。
 助けて欲しい、と願うのはみっともないと思うけれど…それ以上に、今
太一の顔が見たいと思った。
 その必死の祈りが通じたのだろうか。
 次の瞬間、最上階の壁にいきなり…鋭い雷の一閃が振り下ろされた!

 ピカッ! ガラガラガラっ!

 轟音を立てながら、最上階の壁に大きな風穴が空いていく。
 爆煙と共に一人のシルエットが…其処に現れて、高らかに宣言していく。

「じゃじゃ~じゃ~ん! お待たせっ! 克哉さん! ピンチの時にささっと
登場! セーラーロイド、ここに見参したよ!」

 その場の暗い空気を全て吹き飛ばすくらいに、底抜けに明るい声が
フロア中に響き渡っていく。

「な、何だ…こいつは…?」

 いきなり現れて、あまりのテンションの高さに…御堂の方が思いっきり
引いていく。

「…あ~あ、克哉さんってば…また敵に捕まっちゃって…! これだから
貴方は放っておけないんだ…! エアロ=ハリケーン!!」

 克哉が黒い影に捕まって、良いようにされているのを目撃した時…
太一の目には明らかに強い怒りの感情が宿っていた。
 それを態度には御くびにも出さずに、華麗に風の刃を巻き起こして…
克哉の救出を試みていく。

「助かった! ありがとう…! 太一!」

 ようやく、あの厭らしい責め苦から解放されて…克哉は満面の笑みを
浮かべて、太一の方へと駆け寄っていく。

(本当に、来てくれた…! 凄く、嬉しい…!)

「克哉さん! 良かった…まだ、無事で。来るのが遅くなって
大変な目に遭っていたらどうしようって…本当に気が気じゃなかったけど…
無事で、良かった…」

「太一…」

 そうして、緑の襟とスカートの戦闘服に身を包みながら、太一は
ピシっと指を立てて…大隈へと向かい合っていった。

「…おい! どこのオッサンだか知らないけど…克哉さんをこんな
目に合わせた落とし前は絶対につけさせてもらうかんね!」

「…一応、我が社の専務なんだがな…」

 口ではそう反論するが、御堂の表情も先程よりはずっと明るく
なっていた。
 太一の登場は今の御堂と克哉にとって…まさに闇を払う一筋の光明
そのもののように…感じられていたからだ。

「克哉さん、下がっていてね! 俺が絶対に…貴方を守ってみせるから。
その為に今日、ここに駆けつけたんだからね!」

 そういって、明るく笑いながらこちらを励ましてくれる。
 その優しさに涙がうっすらと滲みそうだった。

「ありがとう…ありがとう、太一…!」

 心からの感謝を込めながら、この日…初めて、克哉は嬉しそうな
笑みを浮かべていったのだった― 
 

 
  ※ この話は鬼畜眼鏡とセーラームーンをミックスさせたパロディものです。
 登場人物が女装するわ、必殺技をかまして怪しい奴らと戦い捲くります。
 無駄にお色気要素満載です。1話&2話目まではギャグ要素に溢れています。
 そういうのに不快になられる方はどうぞ回れ右をお願いしますです(ふかぶか~)

 あまりの事態に、その場の空気は一斉に硬直していた。
 気分は瞬間冷凍されたのに近い。
 もしくは思考停止状態といえば良いのだろうか?
 本多は燃えるように赤い襟元とスカート、リボンの色は紫の上に何故か真っ赤な
ハイヒールを履いていた。こんなデカイ代物が良くあったな、と疑いたくなった。

(ほ、本多に真紅のハイヒールって…似合わな過ぎるっ!)

 そして一歩、踏み出した瞬間、バランスを崩して思いっきり地面に激突していた。
 片桐の方は襟元とスカートは明るいオレンジ色で、リボンの色は深い青。
 それに若干踵が高い雰囲気の黄色い靴を履いていた。
 43歳にも関わらず、モジモジと恥らっているような様は想いっきり乙女な
雰囲気満載である。それで見苦しく感じないのは一種の奇跡に近かった。

 御堂の衣装は、水色を基調にした物だ。襟元、スカート、リボン、ブーツの全てが
淡い水色に統率されていて清楚な印象がある。
 額を飾るティアラのデザインは、各人若干嵌められている宝石が違うだけで
ほぼ同じ形状をしていた。
 …一気に変身少女物のヒロインになってしまったかのような錯覚に陥るが、
この場にいるのが全員、いい年した男ばかりという現実に…本気で克哉は
卒倒したくなっていた。
 全員が、各人の衣装を穴が開く程眺めながら…重苦しい沈黙が落ちていく。
 …一番最初に正気を取り戻したのは御堂だった。

「一体これは何だと言うんだっ!!」

  さっきまでパリっとしたスーツに身を包み、エリート然としていた32歳の男性が
水色を基調にしたセーラー服に似た衣装に身を包む羽目になっていたら、吠えるのは
むしろ当然の反応である。
 その顔は耳まで真っ赤に染まっていて、羞恥と憤怒の為か小刻みに震え続けていた。


『それは戦いの為の正装だ。一応…月の王族に仕える戦士達に代々伝わる
由緒正しい衣装だ。本来ならお前には勿体無い代物なんだぞ?』

「えぇい! 戦う衣装だとかそういうのはどうでも良い! その正装とやらが
どうしてこんなふざけた代物なんだっ! イイ年をした男が、スカートをヒラヒラ
させて戦っていたりしたら変態以外の何物でもないだろうが!」

 グサッ!

 その一言を聞いた時、昨晩すでにその格好で戦う羽目になっていた克哉の胸は
かなり傷ついていた。

(…御堂さん。それは同感なんですけど…オレ、もう昨日の時点で立派に戦って
変態になってしまっています…)

 本気でシクシクと心の中で泣きながら、克哉は訴えたくなった。

「くくっ! なかなかその格好…そそるぞ? ミドォール…今度お前の夢の中に
現れる時は、その服装を着させるのも楽しそうだな…』

「…っ! この変態めっ! お前は一体…私をどれくらい辱めれば気が済むんだぁぁ!!』

「…なあ、克哉。一つ聞きたいんだが…お前に妙に顔が似ている、ドレス着た怪しい奴と…
御堂さん、凄い単語ばっか飛び交っている気がするんだけど…気のせい、か…?」

 やっとどうにか現実に戻ってきた本多が、かなり気の抜けた炭酸状態…というか、
視線を明後日の方に彷徨わせながら、棒読みに呟いていった。

「…あぁ、本多君。人は誰しも…安易に立ち入ってはいけない領域というものが存在
します。御堂部長にとって…恐らく、今がそうでしょう。そっとしておいてあげましょう…」

(片桐さん、その判断…正しいです…)

 昨日、自分も初めてこの格好をする羽目になった時は…本気で恥ずかしくて
自己嫌悪に陥っていて…本気で暫く一人になりたい気持ちになっていたから、彼の
言い分に心の中で思いっきり賛同していく。

『…どうでも良いが、あんまりモタモタしていると…敵がさっさとこのビルを
破壊し尽くすぞ? お前達…それでも良いのか?』

 一番の非現実の塊である存在が、一番正当な意見を口にしていく。

「そ、そうだ! こんな恥辱を覚えてでも、私には成さねばならない事があるんだっ!
さあ…次はどうしたら良いんだ?」

『焦るなよ…とりあえず、お前達には二手に分かれて貰おう。本多、片桐の二人は
このビルの基礎がある地下へ…御堂と、克哉の二人は…今回の元締めがいる
最上階へと向かって貰おう。恐らくお前達二人では荷が重いだろうから…今、
アキに向かわせてもう一人もここに来るように手配してある。
それまでとりあえず持ち応えるのが当面のお前達の指名だ。判ったか?』

「…もう一人、こんな格好をして戦う奴が存在しているのか?」

「…あ、はい。太一って言って…オレよりもずっと戦えるし、戦力になると思います」

『…本多は炎の属性があるから、それで…「クリア・フレイム」と唱えれば…黒い影に
憑りつかれている人間を、命を奪わずに影だけ追い出せる筈だ。片桐は石や
鉱石の類を強化したり、元通りの形状に残す能力があるから…本多と共に地下に向かって、
壊れたコンクリートを掻き集めて、壊されたビルの基礎を復元しろ。
 それでここの倒壊は防げる筈だ。
 御堂はこの中じゃ一番戦う力があるから、今回の元締めと…もう一人が来るまで
軽く手合わせして時間稼ぎを。克哉は…生命力を吸い取られた人間を回復させる
為に「ムーン・ヒーリング・エスカレーション」と…人がいっぱい倒れている地点に
差し掛かったら唱えていけ。各人への指令は以上だ…」

「…元締めっていうのは、一体誰なんだ? そんな不埒な輩が…最上階まで
入り込んでいると…そういうのか?」

『…確か今回選ばれたのは、この会社の専務の…大隈って男だったと
思うがな。お前…顔ぐらいは知っているだろう?』

「っ! な、何をデタラメな事を! 大隈専務が元締めだと! ふざけた事を言うのも
大概にしろっ!」

『…いや、事実だ。その大隈という男は…ジェダイト…あいつらが使っている傀儡に
する為の魔石に選ばれてしまっている。…敵の四天王は遠い昔に肉体は滅んでいるが
その意思だけは今も生きていて…己に波長が合う人間か、欲望や野心の強い人間を
選んで乗っ取る性質を持っている。大隈という男は選ばれてしまっているだけだ』

「バカな! MGNの上層部の人間が…敵に操られているだとっ!」

「あぁ…最近この近隣で起こっている、原因不明の…バタバタと人が昏睡状態になって
倒れる事件。今回に限って言えば…その指揮を取っているのは、ジェダイトに意識を
操られている大隈という男だ。間違いない…。
 だから、あんたはこの件に対して拒否権はない筈だ。このまま放置しておけば…
いずれ大隈が今回の事件の犯人という事が世間にいつ知れ渡るか判らない。
 そんな会社の信用が地に落ちるような事態を…果たしてあんたは放置しておけるのかな?」

 心から楽しそうな笑みを浮かべながら、御堂にそこら辺の事情を説明していった。

「放置出来る訳がないだろうがぁぁ!! あぁぁ! プロトファイバーの企画、開発段階までは
非常にスムーズに行っていたのに…何でこんな重要な時期に、厄介事が一挙に押し寄せて
くるんだっ!」

 普段は冷静でクールで、人を手玉に取る立場に回る事が多い御堂も…どうも何か因縁らしき
ものがある眼鏡の前でだけはどう見ても取り乱しているようだった。

「…何か御堂さんのイメージがどんどん壊れていく気がするな…」

 もう二人のやり取りを見て、本多が目が点になりながら様子を見守っていく。

『…じゃあ、さっさと現場に向かえ。今は全員に声が届くように調整してあるが、
細かい指示を出す必要性が出来たら、即座にその人間以外には俺の声は聞こえない
ように設定しておいた。聞こえた場合は、俺の指示に従ってもらうぞ』

『『『はい』』』

 御堂を除く、全員の声が折り重なっていった。

『俺がいる以上は…必ずお前達に勝利の味を味合わせてやろう…。
せいぜい、頑張って貰うぞ…?』

 強気かつ、不穏そうに微笑みながら…眼鏡はその場にいたメンバー全員に
そう告げていく。
 不遜で傲慢な発言だが、むしろその方が彼らしく感じられた。

『じゃあ、行け! 吉報を待っているぞ…っ!』

「行くぞ! みんなっ!君達の健闘を期待しているっ!』

 御堂が皆を振り返りながら、そう声掛けしていく。
 そのまま、彼らは二手に分かれて…全力で敵の下へと駆けて向かっていった。
 敵の勢力から、このビルを解放する為に―彼らは戦う事を選択していく。
 そうして、克哉は御堂と共に…MGN本社ビルの最上階へ向かう為に
エレベーターの方へと勢い良く駆け出していったのだった―
 昨晩から大概の異常事態には慣れたつもり―だった。
 だが、大会社の会議室の真ん中に自分と同じ顔をしてヒラヒラと白いドレスを着た奴が
突然現れた時には、克哉は声にならない雄叫びを上げるしか出来なかった。

(あぁぁぁぁ! 片桐さんにも、本多にも…出会ったばかりの御堂さんにまで思いっきり
あれが見られてるぅぅ…!)

 もう、ここまで言ったら笑うしか出来ない領域である。
 片桐も、本多もあっけに取られるしかない。
 だが…御堂だけは反応が違っていた。さっきまでクールで怜悧な表情を浮かべていたのに
真っ青になって、冷や汗まで流れ始めている。
 恐らく長年御堂の下についている部下達も、彼がこんな風に取り乱す様は今まで
見たことなかっただろう。目の前の光景はそれぐらいレアなものだった。

「ど、どうして…貴様が、ここにいるんだぁぁ!! お前は私の夢の中にしか現れない
奴じゃなかったのかっ!」

『久しぶりだな…ミドォール。確かに現実にあんたの前に現れるのはこれが初めてだが…
随分と連れない態度だな?』

(へっ?)

 二人のやり取りを聞いて、克哉は驚くしかなかった。
 今朝の夢に出てきた青年と、この人がそっくりであった事だけでも驚いているのに
御堂と…セレニティ・眼鏡はどうやら初対面ではないらしかった。

「誰がミドォール、だ! 私の名前は御堂孝典だ! そんな怪しい外人くさい名前では
断じてない! お前とは無関係だっ!」

『…酷いな。一度は俺達は…式まで挙げた仲だと言うのに…な?』

 ピシッ!

 その発言を聞いた瞬間、克哉はその場にどっと倒れた。
 リノリウムの床に膝を突いて、もう力なく笑うしか出来ない。
 本気でこの場で意識を失って卒倒したいくらいの気分である。
 たった二日間でどこまでこちらの神経をぶち壊すような事態や情報が舞い込んでくれば
気が済むのだろうか。 
 確か自分はこの人と婚約する、という夢を見ていて…こいつが紛れもなく自分と同一人物
だというのなら、イコール自分と御堂は前世で結婚していた、という事になる。
 いっそ、悪い夢なら一刻も早く覚めてくれと破れかぶれな気持ちになった。

(もう、誰か助けてくれぇ…っ!)

 助けを求めた瞬間、克哉の意識は短い間だけ白昼夢の中に落ちていく。
 広がるのは満開の花畑。そこに…王族としてではなく、一時の自由を得ていた
自分が座り込んでいる。
 芳醇な花の香りと、様々な色彩の花々に囲まれて…背後から、誰かにしっかりと
抱きすくめられていた。

―カ……ヤ…さん…大好きだよ…

 それは―王家の一員とか、そういうのから解放されていた間の、とても幸福で
大切に感じていた思い出のカケラ。
 その声の主は、ミドォールという人でも、もう一人の自分でもなく…。

(太、一に…声が、似てる…?)

 そう思った瞬間、何故か安らいだ。
 そして克哉は―もう一つの記憶を思い出していく。
 黒い玉座に豪奢な貴族風の衣装を纏って君臨する、セレニティ・眼鏡と…それを
必死に睨んでいる自分の記憶を―。
 それは克哉の魂の底に眠る真実の、ほんのごく一部でしかない。
 けれどたったそれだけでも、克哉は少しだけ救われた気持ちになった。
 …自分達は、同一人物ではない。どんな形であっても今、一瞬だけ流れた映像は
前世で「二人」で存在していた証明でもあったからだ。
 まだまだ疑問は尽きなかったが、思考を切り替えて辺りを見回していく。

 御堂とセレニティの言い争いはその間も続けられていたらしいが…態度から
察するに、御堂の方が明らかな劣勢であることは疑いなかった。
 
『もう…俺に言いたい事は尽きたか? それじゃあそろそろ本題に入らせて貰おうか。
今…この会社は敵の標的に入ってしまっている。このまま放置しておけば、目標物を
探し出す為にこのビルを破壊し尽くすぐらいは余裕でやるだろう…」

「何っ! このMGN本社ビルを…破壊、だと…? そんな事が出来る訳が…っ!」

 御堂が叫ぶと同時に、高層ビル全体が大きく揺れ動いていく。
 先程感じた揺れと同等か、それ以上か…ともかく、一瞬…立っているのが
困難なくらいの大きな振動が襲ってきたのは事実だった。
 それが…皮肉にも眼鏡の言葉に強い説得力を持たせていた。
 結局、黙るしかなく…その場にいた全員が息を呑んで眼鏡の言葉に耳を
傾けていった。

『…それを阻止、したいか?』

「当然だっ! 本社ビルが倒壊などしたら…当然、全ての業務が立ち行かなくなる!
そんな事態になったらどれくらいの数の社員が路頭に迷うと思っているんだっ!」

『なら、さっき話題に上っていた新商品の営業をこいつらに任せる…という条件でなら
俺が力を貸してやろう…』

『『『えぇぇっ?』』』

 その場にいた克哉、片桐、本多の三人の声がハモっていく。

「…そんな無茶な条件を、呑めというのかっ! プロトファイバーは…我が社が威信を
掛けて全力で作り上げた新製品だっ! それをこんな得体の知れない連中に任せて
フイにしろというのかっ!?」

『…このまま、この本社が駄目になったら…売り出すもクソもないだろ? 良く
考えて見ろ…どちらが得か。納得いかないのなら期限と売り上げ目標とかを
設定して、一定期間任せる形でも良い。とりあえず…お前がそれを承諾するなら
俺も全力でこの状況を打破してやろう。…取引としては悪くないと思うがな…?』

 眼鏡の話が終わった瞬間、また大きな揺れと…MGN内にいる沢山の人間の
悲鳴が響き渡っていく。
 こんな奴の言う事など、信じるものじゃない。そう理性が訴えかけているが…
同時にこの大きな揺れをどうにかしない事には本当にMGN本社ビルは倒壊
してしまうかも知れない。
 そうなった場合…新商品の営業先を間違えて、営業不振…というレベルの
話ではない。下手をすれば会社の存続すら危なくなるかも知れない。
 だから精一杯、平静を取り繕いながら…御堂も答える。

「…判った。本当に君達がこの状況を解決出来たのなら、新商品の取り扱いを
君達に一任する、という取引に応じよう。だが…こちらにそれだけ大きな口を
叩いたからには…それなりの成果は期待させてもらうぞ…?」

 半信半疑ながらも、その条件の上に…御堂は眼鏡の取引を承諾していく。

『任せておけ。…それじゃあ、お前達にも協力して貰うぞ! おい、お前…
ムーンプリズムパワーメイクアップ! と大声で叫べっ!」

「えっ…あぁ、判った! ムーンプリズムパワーメイクアップっ!」

 いきなり話を、自分の顔を見られながら振られてしまったので、とっさに
良く考えもせずに例の呪文を口にしてしまった。

 今回は克哉が叫ぶのと同時に、部屋中がプリズムの鮮やかな光に
包まれていく。それがその場にいた全員を一斉に飲み込んでいった。

「うわっ! 何だこれはっ!」

「眩しい、ですね…わわわっ!!」

「一体何が…起こったんだっ!!」

 本多、片桐、御堂の叫び声が一斉に響き渡ると同時に…瞬く間に光の洪水は
過ぎ去って、視界が効くようになっていく。
 次の瞬間、その場にいた全員が硬直するしかなかった。

『『『うわぁぁぁぁぁ!!!』』』

 三人の心からの雄叫びが会議室中に響き渡っていく。

(ご、ご愁傷様です…みんな…)

 その様子を見て、克哉は心から他三名に同情していった。
 彼らの叫びと混乱は、まさに昨日…自分が体験した物だったからだ。
 
 眩い光が過ぎ去った後、その場にいた全員が…例のセーラー服風のヒラヒラしたスカートと
長いブーツを履いた装いに…変身させられてしまっていたのだった―
※この話は鬼畜眼鏡とセーラームーンをミックスさせたパロディものです。
 登場人物が女装するわ、必殺技をかまして怪しい奴らと戦い捲くります。
 無駄にお色気要素満載です。1話&2話目まではギャグ要素に溢れています。
 そういうのに不快になられる方はどうぞ回れ右をお願いしますです(ふかぶか~)

   片桐と一緒にMGN本社に乗り込んだ時には、すでに本多は…商品企画開発部第一室の
部長に面会を求めて、すでに会話を開始している状態だった。
 緊張した面持ちのまま、二人で…責任者に話したいと言うと…更に5分くらい待たされる。
 それからやっと本多に追いつくと…そこには凄い剣幕で、責任者に食って掛かって訴えて
いる本多と…冷淡な態度でそれを流している男の姿が視界に飛び込んできた。

「…こっちがこれだけ真剣に訴えているっていうのに…まったくあんたは聞く様子が
ないんだな! 幾ら子会社の人間だからって馬鹿にしすぎじゃないのか! あんたは!」

「そういう問題ではない。本多…君、と言ったかな? 君は聞いている限りでは正規のルートで
この商品の情報を手に入れた訳ではなさそうだからな。幾ら偉そうな事を言っていても
こんなにすぐに冷静さを欠いて、ただ真正面から自分達に営業をやらせて貰いたいと訴え
られても…到底、任せたいとは思えないとこちらは言っているだけだ…」

 かなり激昂している本多に対し、御堂の態度は極めて冷ややかなものだった。
 傍から見ていて、かなり緊迫した空気が流れているようにしか見えない。
 それに嫌な予感を覚えながら、二人の会話に割り込む形で…克哉は声を掛けていった。

「会話中、失礼します! 私はキクチ・マーケーティング営業第八課の佐伯克哉と
申します。えっと…貴方は…」

 と、言いながら責任者の顔を見て、驚いた。
 驚愕で目を見開いていくと…相手もようやくこちらに気づいたのだろう。
 一瞬、お互いの目線が合って…急な沈黙が訪れていく。

(嘘、だろ…この人、今朝…オレの夢の中に出て来た人に瓜二つだ…!)

 今朝、見た…不思議な夢。
 白亜の宮殿で、ドレスを着たまま…婚約者候補の人を待っていた自分と
扉の向こうから現れた端正な面立ちの青年。
 あの夢に出て来た人よりも十歳くらいは年を重ねている感じだが…間違いない。
 紫紺の瞳と髪に、怜悧な印象の面立ち。そして頑健そうな体躯。
 今日の朝に、あんな夢を見て…その日の内に瓜二つな人物と対面する。
 そんな偶然があるものなのかと…心底、克哉は驚いてしまっていた。

「…君、は…? 以前にどこかで会った事が…あったか?」

 目の前の男もまた怪訝そうな表情をしながら…問いかけていく。
 相手―先程面会を求めている時に、受付嬢に確認を取られたおかげで『御堂孝典』と
いう名前である事を知ったその人もまた、こちらの顔に見覚えがあるらしい。
 紛れもなく初対面な筈なのに、以前から知っているように感じられる概視感を…自分だけ
ではなく、相手も抱いている。
 そんな不思議な事態に…何故か、妙に緊張して…鼓動が早まっていった。

「いえ…その、怒るかも知れませんけど…今朝、貴方に似た人が出た夢を見まして…
それで驚いてしまったんです。不快にさせたのなら申し訳ないです…」

「…夢? 奇遇だな。私も…そうだな。今までに何度か…今の君よりは幾つかは若いが
君に似た人物を夢の中で見た記憶がある。…スーツ姿を見たのは今日が初めてに
なるがな…?」

「っ…!」

「おいおい、何の話だ? 夢だ何だって…?」

 すっかり置いてきぼりにされた本多が不服そうな顔を浮かべていく。
 恐らく自分達が来る前に、必死になって御堂に…この魅力的な新製品を是非扱いたいと
強く訴え続けていたのだろう。
 しかし本多の熱意など、この目の前の男にはまったく通じる事がなく…逆に偶然に落ちていた
企画書を拾った形で知った事をストレートに言えずに苦戦を強いられていたのだ。
 その中で…克哉が御堂と妙な雰囲気を醸していたので…本多としては、ともかく困惑
するしかなかった。

「…こちらの話だ。で…君からの話は以上だろうか? 話したい事がそれだけならば…
そろそろお引取りを願いたいのだが…?」

「そんな! あんた一体…こっちの話をどう聞いていたんだっ? こんなに真剣に
頼み込んでいるっていうのに…っ!」

「ほう? 真剣に頼み込めば…こちらが全力を掛けて取り組んだ新商品が流して
貰えるとでも思っていたのか? 呆れる程の単細胞な男だな、君という男は。
もう少し情報ソースが明らかになって…君の情報収集能力とやらが確かなものだと
確信が出来れば、少しは考えるが…秘密です、となどと答えるような輩を…しかも
まったくの初対面の男をこちらが信用して、任せるとでも思っていたのか?」

「ぐっ…」

 御堂の言い分は、正しかった。
 以前に少しでも仕事上で付き合いがあったり、以前から接点があるのなら
ともかく…自分達は、この直談判で初めて顔を合わせた間柄だ。
 それは向こうがこちらを信頼相手かどうかを判断するにはあまりに不利だった。
 その場に一緒に乗り込んできた片桐も、すでに場に流れる空気で状況を察して
しまったらしい。
 どう言い返すか、それに迷っている内に…沈黙が訪れていく。

(…この人の言い分は、正しい。オレ達は今日…ここで初めて顔を合わせた
ばかりの間柄だ。それで…こちらを信頼しろ、といっても…根拠となるものが
何もない…!)

 悔しくて、克哉が唇を噛んだその瞬間…激震がMGN本社全体を襲った。

 グラッ!! ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!

「な、何だ…何だっ!!」

「うわっ! わわわわっ!!」

「な、何だこの揺れは! 地震かっ?」

 突然の展開に、他の三人は動揺しまくっていたが…唯一、克哉だけは違っていた。
 地震が起こると同時に、自分の胸ポケット内に納まっていた銀縁眼鏡が熱を持って
ドクンドクンと、こちらの心臓の音に同調するように淡い光を放っていたからだ。

(な、んで…眼鏡が、こんな風に輝いているんだ…?)

 つい、ポケットから引き抜いて眼鏡を観察していくと…やはり、紛れもなくそれは
淡く発光して、点滅を繰り返していた。

『…さあ、これを掛けろ…』

 その瞬間に脳裏に響くのは、セレニティ・眼鏡の声と…その顔だった。

(…どうして、こんなに鮮明にあいつの顔が浮かぶんだ…?)

『…不利な状況、何だろ? 俺なら…この状況をどうにか打破してやる。
お前がこれを掛けさえすれば…こちらも介入が出来る。…このままじゃ…お前達は
こいつに邪魔者扱いされて、そのまま追い返されるだけがオチじゃないのか?』

(そ、うだ…このままじゃ、俺達は新製品の営業を任せてもらう処じゃない。自分達の
親会社の偉い人に悪印象を抱かれたまま…スゴスゴと帰る羽目になるだけなんだ…)

 それは、この場に先程まで流れていた空気だけで充分に判ることだ。

『…俺なら、どうにか出来るぞ? それなのに…そのチャンスを逃して
負け犬のようにこの場から退場するのか…?』

 自分の頭の中で、瓜二つの風貌をした男が…不敵に微笑んでいく。
 自信たっぷりの態度に、口調が本当に克哉には羨ましかった。
 克哉は、控えめに目立たないように生きてきた自分には…自信と呼べるものが
何もない事は自覚していた。
 それに比べて、この男はいつも威風堂々として…自信に満ち溢れた態度を
している。それが…自信がないこちらとしては、憧憬すら掻き立てられて。
 その言葉に従うように…自らの意思で、克哉は眼鏡を掛けていく。

(このまま…負け犬になんて、なりたくない!)

 ただ、一心にそれだけを願い…光を放っている銀縁眼鏡を自らの顔に
掛けていく。

 その瞬間―部屋中に眩いばかりの光が溢れていく。
 同時に…MGN本社全体に轟音が鳴り響き、一部が倒壊して…社内中に
黒い影の集団が大挙して押し寄せようとしていた―

※この話は鬼畜眼鏡とセーラームーンをミックスさせたパロディものです。
 登場人物が女装するわ、必殺技をかまして怪しい奴らと戦い捲くります。
 無駄にお色気要素満載です。1話&2話目まではギャグ要素に溢れています。
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「おはようございます!」

 営業八課の扉を、克哉は勢い良く開けながら部屋の中に飛び込んでいった。
 タイムカードを押せば、就業時間の二分前を指していた。
 すでに始業時間ギリギリの時間帯の為に、自分以外の人間は全て揃っていてこれから
ミーティングが始まろうとしていた。

(うわ…やっぱり、今日は…ギリギリだったからな。昨晩、飲み会に出てもみんなは
ちゃんと来ているのに…何か申し訳、ないな…)

「珍しいな。克哉がこんなギリギリなんて…二日酔いか?」

 真っ先に声を掛けてきたのは…自分と同期に入社した本多憲二だ。
 彼とは同じ大学の上に、途中まで同じ部活に在籍していた事もあって…ここ数年では
もっとも親しいと言える間柄の人間だ。
 昨日の飲み会では、彼も結構な量を飲んでいた筈なのに、いつもと同じ元気溌剌そうに
笑っている。その姿が今は、心底羨ましかった。

(…本多は今朝も元気そうだな。オレもその元気…分けて貰いたいな…はぁ…)

 それに比べて、今朝の自分は…昨日から異常事態のオンパレードで、すでに
ペースなど乱され巻くって足元すら覚束ない状況になっていた。
 公園で飲んでいたら、変な人物に遭遇して、自分と同じ顔した奴に指令を下されて変な植物と
戦わされ…気づいたら仲間も出来てて、猫が人間になって隣で寝ていて…。
 思い出しただけで、朝から思いっきりウツになりそうな事態ばかりである。
 ズモモモモモ…と重い空気を背負いながらも、どうにか克哉は本多に笑顔を浮かべていった。
 限りない、やせ我慢であった訳だが…。

「えっ…まあ、うん…ちょっと…」

 限りなく歯切れが悪い言い方になってしまったが、そういう事にしておく。
 二日酔いなら、テンションが低かったり暗そうにしていても恐らく深く詮索はされない
だろう。その計算の元で、曖昧に微笑んで煙に巻いていった。

「大丈夫ですか? 若いからと言って、飲みすぎは身体に悪いですよ?」

 ふいに、自分の上司である片桐が間に割り込んでくる。
 営業第八課の課長…総括を勤めている片桐稔は、克哉と本多の直属の上司に
当たる存在である。
 温厚で人当たりが良い性格で、仕事を効率よくこなしたりする器用さこそないが
真面目な仕事ぶりと、誠実さだけは折り紙つきの人物である。

「あ、片桐課長。おはようございます」

「はい、佐伯君…おはよう」

「課長! もっとこいつにビシっと言ってやって下さいよ。始業五分前には出社
するのが基本だ! って感じで…」

「別に良いじゃないですか。毎度の事なら僕もピシっと言わせて貰いますけど
佐伯君は普段は早めに来てくれる人ですし。今朝だって遅刻した訳じゃないんですし…」

(あぁぁ…片桐さん、本当にありがとうございます…!)

 片桐の温厚さが、今朝は妙に心に沁みていた。
 こうして本多と片桐の、いつもと変わらないやりとりを聞いていると…やっと自分の日常に
帰って来れたような気分になった。
 そうだ! 自分の日常はこれが普通なのだ。だからこそ余計に…昨日の非現実な事が
本当に起こった事なのか、不安さえ湧き上がってくる。
 あれは自分の夢に過ぎなかったのだろうか? いや…むしろそうであって貰いたいと
願う反面、自分の胸のポケットの中には…それが事実だと主張するように細いフレームの
銀縁眼鏡がしっかりと治まって、輝きを放っていた。

「さーて、仕事仕事。今日も一日、頑張ろうなっ!」

 本多が元気いっぱいに訴えかけながら、いつもの日常が訪れる。
 やっと…変わらない日常に戻って来れた。
 克哉は八課の穏やかな空気に包まれながら、ほっと一息を突いていく。

 だが運命はある日、突然に変革して…回り始めるもの。
 それは本人の意思と関係なく、動き始めた際には…必死で抗おうとも
問答無用で…自分の取り巻く環境全てが変わっていくものなのだ。
 
 オフィスで、通常業務に就きながら…その報告書を完成させて、片桐に
渡している時に、本多が凄い形相で飛び込んでくる。

「おいっ! みんな聞いてくれ! チャンスだっ!」

 こんなに弾んでいる本多の声は、ここ暫く聞いた事がなかった。
 八課の部屋に戻って来たばかりの彼の顔は…爛々と希望に輝き、眩しい
くらいだった。

「ど、どうしたんだ?」

 その剣幕に、克哉は少し押されていく。
 本多の眩しいくらいの表情が…また、自分にとっての変化を招くものだという事を
本能的に察したから、だ。

「おう! 克哉! これだよ…これっ! コレを見てくれ!」

 そして、一枚の書類を本多は皆に見せていく。
 そこには魅力的な新商品の商品説明が書かれている物だった。
 
『プロトファイバー』

 その書類には、間違いなくそう記されていた。
 本多はそれから…これを俺達が扱いたい! という正直な気持ちを皆に熱弁して
語っていった。

「これを俺達の手で売れるようにMGNに直接掛け合ってくるんだ!」

 そして最終結論はそれに落ち着いて、本多は勢い良く八課の部屋から飛び出ていく。

「本多、待てよ! そんなの…無茶、だって…!」

「無茶…じゃないかも、知れませんよ。駄目かも知れませんが…始めから諦めるよりも
行動してみるだけ、してみるのも一つの手かも…知れません」

「えっ…?」

「…こういう時、僕は何にも役に立てないですけどね。いざとなったら責任を取るくらいの
事は出来ます。本多君の後を追いましょう…」

「…片桐、さん…? どうしたんですか…?」
 
 いつも穏やかで、温厚で…悪く言えば腰が引けて押しが弱い筈の片桐が今日に限っては
ひどく積極的になっているように見えた。

「…いえ、さっき本多君が言っていたように、指を咥えてみているだけじゃ仕事は回って
来ませんから。それに僕も…このままじゃ、八課はこの会社のお荷物部署として…リストラ
対象になる、という噂ぐらいは聞いていますからね。…僕は、ここにいる皆が大好きです。
そんな評価を下されて、首を切られるなんて事態は招きたくない。だから…本多君の助けに
なりたいんです…。何も、出来ないかも知れないんですけどね…」

 そう穏やかに笑う片桐の中に、思いやりや優しさを感じて…克哉は酷く心が癒されるような
気持ちになった。

「…判りました。本多が暴走したら、それに歯止めを掛けるのも…オレ達の役目ですしね。
一緒に追いかけましょう。みんな! 迷惑掛けるけど…今日のこの後のフォローは頼みます!
 後でこの埋め合わせはするから!」

 片桐と一緒にMGNに向かう準備をする途中、ここに残る事になる他の八課のメンバーに
一声を掛けていく。
 克哉、片桐、本多の前向きな態度を快く思ってくれたらしい。皆、笑顔で応えてくれていた。

『任せておいて下さい! 後のフォローはしておきます!』 
 
 八課の唯一の紅一点の子が快く自分達を送り出してくれる事で、克哉も励まされる
気持ちになった。

「行って来ます! 行きましょう片桐さん!」

 そうして片桐の手を引きながら、本多の後を全力で追いかけていった。
 この後に、大きな変化が訪れる事を漠然と感じつつ…本多と片桐と共に、克哉は
MGN本社へと乗り込んでいったのだった―

※この話は鬼畜眼鏡とセーラームーンをミックスさせたパロディものです。
 登場人物が女装するわ、必殺技をかまして怪しい奴らと戦い捲くります。
 無駄にお色気要素満載です。1話&2話目まではギャグ要素に溢れています。
 そういうのに不快になられる方はどうぞ回れ右をお願いしますです(ふかぶか~)
 

  ―遠い昔の記憶を、克哉は夢で見ていた。

  恐らく、前世の―14歳か15歳くらいの時の夢。
  地球国の王子との…政略的な意味合いの強い婚約が決まった日の記憶だ。
  見事な細工が施された大理石の柱が立ち並ぶ白亜の宮殿の一室。
  これから引き合わされる相手が、自分を見て…どんな反応をするのか、恐くて…
不安でいっぱいでしょうがなかった。
 
 この時の自分は…肉体的に未成熟で、男性か女性かまだ判らない未分化の
状態で。女性になるなら新たな銀水晶を内包する女王として迎えられる。
 男性ならば、もう一人の血を分けた血族と同等の権利を持つ王位継承者候補
扱いになるという微妙な時期を迎えていた。

(本当に…オレと結婚する事になっても…構わないって言ってくれるのかな…
王位継承の件だって…オレなんかより、よっぽど…あの人の方が頭も良いし
頼りになりそうだし…相応しいのに…)

 今の自分の身体は、生まれつきの異常のせいで…どちらでも、ない。
 成長も同年代の人間に比べれば若干生育も悪く…12、3歳くらいにしか
見えない。
 一応女性に分化した日の為に髪は長くさせられていたけれど…最近は
薄々と気づいていた。
 自分の心が、男性寄りになってきている事を。

 白いドレスに身を包み、長い髪を両サイドでクルンと丸めて流している姿は一応
女…と見えなくもない。
 けれど、そのドレスの下には女性らしい膨らみなど一切ない。
 身体のラインも子供らしい、柔らかさを残したままで男性らしさもまったくない。
 こんな中途半端な自分を…本当に相手は望んでくれるのか。
 そんな強い不安感を覚えながら、ついに…扉が開かれた。

「お初にお目に掛かります。月の国の王女―カイヤ=セレニティ=
ムーンキングダム様。
地球国王子…ミデォール=フォン=メイディア=ガイアスです」

 現れた男の年は、自分より…7歳か8歳は上だろうか。
 紫紺の髪と瞳をした、端正な顔立ちをした人だった。

「は、始め…まして…カイヤ、です。その…宜しくお願いします…」

 あまりに堂々と自信ありげに振舞う相手の態度に圧倒されて、こちらの態度は
自然とオドオドしたものになってしまう。

「…お噂の通り、お美しい方ですね。…貴方とこうして、婚約の話が決まって
私はとても嬉しく思っていますよ」

「は、はい…オ、いや…私も…」

 完全にそれは造られた笑顔である事は、見れば判った。
 瞳の奥にあるのは…こちらへの好意でも、憧憬も、尊敬も何もなく…ただ
静かな野心と、狡猾な光だけだ。
 噂の通り、だったんだな…と人の心を読むことに長けたカイヤは少し
切なくなる。
 この地球国の王子との強引な婚約話は、野心的な第一王子が…幻の
銀水晶が齎す、長寿と永続的な若さを望んでいるから結ばれたものだという
噂がまことしやかに囁かれていたのだ。

(…誰も彼も、ただ…オレを利用しようとするだけ…何だな…)

 女として、生まれなかった。
 しかしそうなる可能性がある存在として…生まれた時から自分の立場は
微妙だった。
 明らかに自分よりも有能なもう一人の王位継承者。
 能力も人徳も余程彼の方があるのに…自分の体内に、次代の銀水晶が
宿る可能性がある。
 それだけで自分の方が最有力の王位継承者扱いされている事が苦痛だった。
 腹で馬鹿にしながら、取り入ってくる人間に沢山囲まれていた。
 こうして婚約しようとしているのに、その相手まで…宿るかも知れない
銀水晶目当てだった事に、カイヤは酷く傷ついていた。
 それでも王族として、その苦悩は顔に出さず…精一杯の笑顔を浮かべて
相手に頭を下げていく。

「私も…嬉しく、思っています…ミデォール様…」

 その言葉を聞くと同時に、目の前の男は…不敵に微笑んでいく。
 自分の手を優雅な動作で掬い取っていくと…恭しく手の甲に口付けを
落とされていった。
 一見すると、気障にしか見えない仕草でも…この整った容姿の男性が
すると酷く様になっているのに…心からカイヤは感心していた。

「貴方と正式に添い遂げられる日が来ることを…心から私は待ち望んで
いますよ…カイヤ様…」

 そう、目の前の男が冷然と微笑みながら口にするのを…胸がチクンと
痛みながら、カイヤは聞いていったのだった―

                         *

 そこまで夢で見た時、急に克哉の意識は覚醒していった。

(何だ、今の夢は…)

 愕然と、するしかなかった。
 昔から…幾つか不思議な夢を見る事はあったが、今朝見たそれは…初めて
見る場面ばかりだった。
 しかもどんな風に自分が考えていたか、どんな衣装を着ていたのかもはっきりと
覚えている。

(えっ…オレが月の国の王女、で…セレニティって呼ばれていて…で、地球国の
王子と婚約…って一体何の冗談だよ!)
 
 セレニティ、というと銀縁眼鏡をした…自分と同じ顔の奴の名称だった筈だ。
 なのにどうして、自分がそう呼ばれていて…ドレスを着ていて、恭しく手の甲に
キスまでされなきゃいけないのかがまったく判らなかった。
 目覚めたばかりではっきりしない頭で、幾つかの情報が散乱してグルグルと
回っていく。

「何で昨日の夜から…いきなりこんな非日常に叩き込まれなきゃならないんだ…
…うわぁ!!」

 目の前に広がっている現実に、克哉は驚愕の声を挙げるしかなかった。
 確か自分はあの後、もう疲れ果てていたので…あの公園の近くのホテルに
部屋を取って…こっそりと白い猫と一緒に共に布団に入った筈だ。
 それなのにどうして…自分の隣に、美少年が裸の状態で寄り添っているのか…
現状を把握するまで、かなりの時間を要していた。

「ん…んぅ…あ、おはよう。克哉さん…起きたんだ…?」

 寝ぼけ眼をしながら、謎の美少年は眠そうに瞼を擦っていく。
 透けるような真っ白い肌に、鮮やかな金髪。その澄んだ瞳は緑玉石(エメラルド)のように
輝いていて…整った風貌に良く似合っていた。
 しかし、まったく見覚えがない筈なのに…声だけは聞き覚えがあるような気がするのは
不思議でならなかった。

「き、君は一体…?」

「…やだなぁ。判らない? 僕…アキ、だよ。基本的に地球上では省エネモードの時は
猫の姿しているけど、これが…僕の本当の姿なんだけど?」

 非常に愛らしく、人懐こく笑いながら克哉の常識では考えられない事を
さも当然そうに言い放っていた。

「は?」

 自分が変身して戦う事になるだけで、理解の範疇を超えているのに更に非常識の
塊のような事態が目の前で起こっていて、一瞬克哉は思考停止状態になっていた。
 しかも自分も相手も、お互い裸である。
 ホテルの一室で、ベッドの上で裸の美少年と寄り添いながら朝を共にしている。
 おまけにその少年は、あの白い猫だったと言い張る。
 これが現実だというのなら…何て非現実的すぎるのだろうか。
 起きた早々、一気に克哉は猛烈な疲労感に襲われていた。

「…君、猫…だったよね?」

「うん。むか~し、セレニティ・眼鏡様に僕が他の男に愛想を振り撒かないようにって…
こういう身体にさせられたんだ。だからあの人の前以外では…僕は人型になれない筈
だったんだけど。やっぱり同じ人…だから、かな?」

「同じ人って…? あいつと、オレが…?」

「違うの? だって…セレニティ様は…克哉さんは来世の自分だって…僕に
説明していたよ?」

 そんな訳、ない…と言い返そうとした。
 しかし…ふと、思い出していく。そういえば…初めてセレニティ・眼鏡と対面した時に
奴はこう言ってなかったか?

『やっと繋がったか今生では初めまして、だな<オレ>』

 その一言を思い出して、克哉の顔は蒼白になっていく。

「嘘…だろ?」

「…僕が貴方に嘘ついて、何になるの? けど…うん、久しぶりに腕枕して貰えて
凄い嬉しかった。セレニティ様は…もう実体を失ってしまっている思念体だから
…話す事は出来るけど、もう温もりを分け合えないから…」

「思念、体…?」

 もう幾つ、こちらが驚くような単語が飛び出してくれば気が済むのだ。
 あの傲慢な男が前世の自分だったり、自分が月世界の王女だという夢を見たり
昨日からとんでもない事実がわんさかと大挙して押し寄せて来ていた。

「うん…セレニティ様は…殺されて、しまった。うんと遠い昔に…誰かの
手に掛かって。それでも意思の強い人だったのと…幻の銀縁眼鏡のおかげで
思念だけは残ったけれど…。その日から、つい最近まで…僕も冷凍睡眠
状態にさせられていたから…それ以上は詳しく知らないんだ…。
一つだけ確かなのは…僕は今も昔も。あの人の可愛い飼い猫だって
いう事くらいかな…?」

「そ、う…なんだ…」

 語られる、意外な事実に…克哉は知らず、震えていた。
 とても信じられる内容ではないのに…そう語るアキの顔はどこか切なくて―
嘘を言っている感じではなかった。

「だから、貴方の腕の中はとても暖かかった。うんと昔…セレニティ様が
僕を抱きしめながら一緒に寝てくれた事を思い出せて…幸せだったし」

 そうやって本当に嬉しそうに笑う姿は、どこか健気で。

(良い子…だな。それだけは確かかも知れない…)

 少しだけ相手への警戒心を解いて、肩の力を抜いていく。
 その瞬間…馴染みの携帯アラーム音が部屋中に響き渡った。

「うわっ! もうこんな時間かっ?」

 克哉は寝坊しないように、一応いつも二段階で目覚ましを掛けてある。
 一段階目はミリオンレイの定番ソングの着信音を。
 二段階目ではオーソドックスな時計のアラーム音を設定してある。
 そしてアラーム音が鳴り響いているという事は…もうギリギリの時間帯に
差し掛かっているという事だ。
 慌ててベッドから起き上がって、椅子の上に置いてあった自分の服を
身に纏い始めていく。

「…もう、行っちゃうの? 僕…まだ、もう少し寝ていたいんだけど…?」

「そ、それならもう少し君はここにいて良いからっ! けどオレは…もう
出ないと会社に間に合わないしっ!」

 慌てながら答えて、大急ぎで下着からシャツから…袖や足を通していく。
 昨晩、幾ら疲れていたからって、相手が猫だからって…気を緩ませて裸で
寝るような真似をした自分の軽率さを本気で呪いたくなった。
 …こんな美少年の前で、アワアワと服を着る様を晒す羽目になるのは
本気で恥ずかしかった。

「そうなんだ…大人って大変なんだねぇ…ふぁ…」

 そういいながら、アキは…平和そうな顔をしてポスンともう一回
ベッドの上に横たわっていく。
 間もなく限りなく穏やかな寝息が零れていった。

(もう…何が何だか、判らない…! これからどうなるんだ…オレは…!)

 半ば涙目になりながら、着替えを終えていくと…自分の荷物や所持品を
確認して…ここから会社に出勤する準備を整えていく。

「ここの代金は、オレが払っておくから。ちゃんと自分で帰っておいて!」

 そう慌ててベッドに眠るアキに告げながら、克哉は部屋を出て行った。
 …しかし、一切服を着ていない上に自宅にも招いていない状態のアキが
どうやってここから帰れば良いのだろうか?
 その事実に気づいて、自己嫌悪に陥った時には…すでにフロントで代金を
支払って、電車に乗り込んだ後だったので…どうにも連絡のつけようがなく。
 大変モヤモヤした気分のまま…克哉はキクチ・マーケティングへ出勤する事に
なったのだった―。
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香坂
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女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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