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―この公園に足を向けるのはどれくらいぶりの
事だっただろうか…?
仕事を無事に終えた後、佐伯克哉はMr.Rと初めて
遭遇した例の公園の敷地内へと向かっていった。
都内の中心地にあるこの公園の敷地は結構広く日中であるなら
散歩客でかなりの賑わいを見せている。
だが夕刻を過ぎると昨今、連日のように凶悪な犯罪が報道されて
いるせいかかなり人気がなかった。
(…酔っぱらっていたり、何か悩んでいた事があった時は気が
つかなかったけれど、夜に一人で来るとこの公園…少し怖いな)
鬱蒼と生い茂る樹木が深い影と闇を織り成し、どこか不気味な
雰囲気を生み出していく。
まるですぐそこにある木陰から何か妖しいものが飛び出して
来そうな気配すらあった。
確かに夜、一人でこんな場所にいたらあんなに奇妙な人物に
遭遇してもおかしくはない。
ついそんな風に納得していくとその場にいきなり突風が吹き付けていった。
その瞬間に、周囲の木々が意思を持っているかのようにザワザワと
ざわめいていく。
「うわっ…!何だ…!」
強風に視界を遮られてしまって一瞬だけ目を伏せていく。
全てが闇に閉ざされて、状況の判断がつかなくなる。
それに少しだけ不安を覚えながら…ギュっと目を瞑っていくと、ふいに
少し離れた処から聞き覚えがある声が耳に届いていった。
『ご機嫌よう。お久しぶりですね。佐伯克哉さん』
「…Mr.R…!」
心のどこかで、今夜ここに彼が現れる事を期待して訪れた。
なのに本当に、こんなにあっさりと会えるとは予想していなかった
だけに克哉は心底驚愕していった。
『おや、私が現れた事をそんなに驚かれるとは…。今夜は、貴方が
望まれたのではなかったのですか? 私とここで邂逅する事を…。
貴方が、会いたいと望まれていると…何となくそう感じましたからこちらも
足を向けてみたのですがね…』
「…どうして、オレが貴方を呼んでいる事を感じ取れたんですか…?」
『さあ、どうしてでしょうね? それに理由は必要でしょうか…?』
豊かな金色の髪に、黒衣の衣装。
頭の天辺から足先まで怪しい雰囲気を纏っている謎の男、Mr.R。
彼の胡散臭い笑顔は…半年前、初めて出会った夜とまったく
変わる処がなかった。
(…今更ながら思うけど、半年前のオレって…良くこの人から受け取った
眼鏡をすぐに掛ける気になったよな…)
どこからどう見ても怪しい人物以外の何者でもない。
そんな人物から受け取った者をすぐ掛けて…あんな不思議な体験を
する羽目になったのだから…そう考えると半年前の自分の行動につい
ツッコミを入れたかった。
『しかし…貴方がお元気そうで何よりでした。私にあの眼鏡を返された日より
三ヶ月…。本当に月日の経つのは早いものです。それで…今夜の貴方の
願いは何でしょうか? わざわざ私に会いたいとここまでご足労をされる程です。
私にしか叶えられない事を願うおつもりだったんでしょう?』
ニッコリと男は微笑を浮かべながら、一切言葉を淀ませる事なく弁舌を続けていく。
まさに歌うように話すとは彼の事だと思う。
しかしそれが余計に…男の怪しさを際立たせる事となっていた。
「え、えぇと…」
しかし実際にこの男に遭遇すると…本日の昼間に自分が望んでいた事を
実行に移してもらうのは如何なものか…という理性が働き始めていった。
(本当にこの人に向かって言って良いものなのか…?)
そんなブレーキを掛けるような思考が、彼の中に生まれていく。
黒衣の男は…その態度に何かを感じ取ったのだろう。
更に目元を笑ませていきながら…巧みに言葉を紡ぎ始めていった。
『おや、答えられないご様子ですね。それなら…私の方から当てさせて
頂きましょうか? …貴方は恐らくもう一人の御自分の存在を知って、
今までとはまったく違った世界を垣間見せられた。それによって…今まで
通りの日常や、平穏というのがとても退屈でしょうがなくなって…それを
打破する為にもう一人の御自分と会いたいと思われるようになった…。
違いますか?』
「…っ! どうして、それを…!」
あまりに正確に図星を突かれてしまったので否定する事も出来ずに、
顔色を変えて返答していた。
―しまった…! これじゃ今この人が言った内容がその通りだと
認めているようなものじゃないか…!
咄嗟に自分の口元を覆って後悔していったが、Mr.Rは…今、自分が
述べたことが正解であった事にとても満足そうな顔を浮かべていた。
『嗚呼、そんな自分に引け目を持たなくても大丈夫ですよ。むしろ…一度、
知らない世界への扉を覗いてしまった後に…退屈な日常になど戻られて
貴方が本当にやっていけるかどうか…むしろ私は心配していたくらいですから。
…あの刺激を、充足感を…貴方はもう一度、味わいたいのではないですか?』
「そ、れは…」
―貴方は、その為にもう一人のご自分にお会いしたいと願って
いるのではないですか?
まるで悪魔の囁きのように甘く、男が告げていく。
克哉は『違う』と即答出来なかった。
代わりに強張った表情を浮かべながら…ゴクン、と息を呑んでいく。
同時に蘇る、あの夜の自分の嬌態。
あいつに快楽を与えられて、乱れて…苦しいぐらいに喘がされている
自分の姿を思い出して…ゾクゾクゾク、と皮膚が粟立っていくのを感じていった。
(ダメだ…この人に全てを見透かされている…。オレの中の浅ましい欲望も、何もかも…!)
克哉はようやく観念して、ガクリ…と項垂れていく。
そして、一回だけ小さく首を縦に振って肯定していった。
「…その通り、です…。オレはあれだけ望んでいた平穏な毎日っていうのを
取り戻した筈なのに…何かが物足りなく感じられてしまって…。それで何故か、
もう一度…アイツに、もう一人の『俺』に会いたいと…願ってしまったんです…」
もう取り繕っている余裕すらなかった。
素直に自分の心情を吐露していくと…Mr.Rは楽しそうに微笑んで見せた。
『…それで良いんですよ。あれだけの甘美な体験…そう易々とは忘れられない
でしょうから…。それであの方に会いたいと…貴方は望まれる訳ですね?
佐伯克哉さん…』
「はい…」
眼鏡と過ごした夜を思い出してしまったせいだろうか。
克哉の頬は赤く上気していた。
心臓がバクバクと荒く脈動しているのが判る。
あいつの事を考えるだけで…自分は、こんなにも…。
『結構。それならば…これを齧って下さい』
そうして男は、懐から一つの石榴の実を取り出していって…克哉の
目の前に差し出していく。
真ん中からぱっくりと裂けた実からは真紅の粒が覗いていて、
瑞々しくてとても美味しそうだった。
「…これは?」
『石榴です。貴方があの方を会うのを望まれるのならば…まず、
その実を齧る事が前提になります』
「…判り、ました…」
そうして、オズオズとその実を受け取っていくと…克哉はカリっと
その実を一口齧っていく。
甘酸っぱい味わいと芳醇な香りを感じて、一瞬だけ酔いしれて
しまいそうな感覚を覚えていった。
『…それで、貴方はあの方と再会する為の一つの手順を踏まれました
。…後は、今回は貴方自身がご自分であの方を求めて…お探しください。
今、この時より…あの方は一つの意思と身体を持って、この世界に存在
されています。それを無事に見つけ出した時…貴方の渇望していた物は
与えられて…その心の飢えは満たされる事でしょう…』
「えぇ…今回はこれじゃ駄目なんですか?」
「駄目です」
黒衣の男はとても爽やかな笑顔で、即答していった。
『これはあの方と、貴方の遊戯です。本当に求めるならば…苦労して
自分の足で彷徨い歩いて求めなさい。その方が安易に満たされるよりも…
ずっと味わい深く、再会を愛おしいものに感じられるでしょうから…。
では今夜の私の役目は終わりましたので…これで失礼しますね。是非、
あの方を見つけ出して己の欲望を満たして下さいね…佐伯克哉さん』
「って…待って下さい! 何のヒントもなしにあいつを探せって言われても…
東京は広いんですよ! 手掛かりもなしにあいつを探し出せって無茶じゃ…!」
『…それじゃあ、一つだけヒントを与えて差し上げましょう。其処は…
鮮やかなネオンが瞬く処。そして多くの人間の欲望がひしめき、美しいものも
汚いものも混じり合って同時に存在するような場所です。
この言葉が差している場所を連想して当たっていけば…
必ずお会い出来る事でしょう…。それでは、御機嫌よう…』
「わっ…待って下さい!」
だが、克哉の静止の言葉もむなしく…Mr.Rの姿はあっという間に
闇に消えて見えなくなっていった。
その場にただ一人…克哉は取り残されて、呆然となるしかなかった。
「…今のヒントを頼りに、あいつを探し出すって…凄く難しくないか…?」
ガクリと肩を落としていきながら、克哉は呟いていくしかなかった。
どうやら…今回のもう一人の自分との再会は容易にはいかないらしい。
その事実を悟って、克哉は…ガクリと気落ちしていくしかなかった。
「まったく…どこにいるんだよ~! 『俺』!」
克哉のそんな心からの雄叫びが、夜の公園内に大きく木霊していったのだった―
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当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
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…一言報告して貰えると凄く嬉しいです。