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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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―妙なことになったな。

 しみじみとそんな事を思いながら、眼鏡は食卓についていった。
 …相手の太股が見える状態は、色々と刺激が強すぎるような気がしたので
相手が朝食の準備をしている間にさっとクローゼットの方へと向かって、パジャマの
ズボンを取って来て強引に履かせておいた。
 一応、何度も抱いたことがある相手にそんな格好をされてウロチョロとされたら、
朝っぱらから精神衛生上、宜しくないからだ。
 
 だが…基本的に克哉を引き取ってからというもの、食事の準備は全て自分が
用意していただけに少しだけ、その負担が減るのは在り難いと思った。
 薄くバターを塗ってカリっと焼き上げたトーストを齧っていくと…もう一人の
自分が少しオドオドした態度で問いかけてくる。

「ど、どうだ…?」

 彼の方も、眼鏡の方に食事を振る舞うことなど初めての体験だから…かなり緊張
しているようだった。
 それを見て、目を瞑りながら静かに答えてやった。

「あぁ、悪くない。良い焼き加減だ…」

「そっか、それなら良かった…」

 あからさまにホッとしたような表情を浮かべられると…つい、こちらも口元が綻んで
しまうのは不思議だった。
 そのまま特に会話もなく、向かい合いながら…二人で食事を進めていく。
 成る程、自分達の好みはこういう処で一緒なんだな…と目玉焼きの焼き加減を味わい
ながら実感していく。
 …これがここまで、自分好みの仕上がりだったことに少しだけ驚きながらも、あっという間に
平らげていった。
 だが克哉の方はこちらの反応が気になってしまっていたせいか、全然食が進んでいる
様子はなかった。
 それで何となく立ち上がるタイミングを失い、そのまま着座を続けたまま…労いの
言葉だけは一応掛けていった。

「…ご馳走様。旨かったぞ」

「本当っ? それなら良かった…!」

(何でコイツ…こんなに嬉しそうな顔を浮かべているんだ…?)

 何と言うか、今朝のコイツの行動は眼鏡にとって不可解極まりなかった。
 太一の事を思い出したというのなら、昨晩…気を失うまで空き放題抱いていた自分に
怒りとかわだかまりを抱いても良さそうなのに…何故、朝食など用意したのだろう。

「なあ…お前。一つ聞いて良いか?」

「何…?」

「お前は、太一の事を思い出したのか」

「うん、多少はね。…多分、ここ2~3ヶ月くらいまでの記憶は大体…戻ったと
思う。けど…それより前の記憶は、正直まだボヤけているかな…」

「そうか…じゃあ、あの日の…俺がお前を、連れ去った日の記憶は…?」

 それが、肝心だった。
 あの日の事を思い出しているのなら…自分に対して、怒りを抱いていても仕方ないと
いう思いがあった。
 …太一が撃たれる、という事態を引き起こしたのは眼鏡の行動が大きな引き金になって
いるからだ。
 克哉が太一を愛しているのなら…眼鏡に対して憤るむしろ当然の流れだ。
 だから彼は問いかけたのだが…。

「…思い出しているよ。あの日…お前が、あの屋敷からオレを
連れ出してくれたんだよね…」

 その一言を聞いた時、絶望を感じた。
 思い出しているのなら…もう、自分は拒絶されるだけだろう。
 そう覚悟したのだが…克哉の次の発言は、彼の予想を越えた一言だった。

「ありがとうね。オレを…連れ出してくれて…」

「っ…!」

 思ってもいなかった一言を言われて、彼はその場から立ち上がって手を突いていく。
 だが…克哉の表情は、穏やかなもののままだった。
 
―こいつは、今…何て言った?

 言われた本人が思わず信じられなくなるような…一言だった。

「お前…何を言っているのか、判っているのか? 俺は…お前を、浚ったんだぞ?」

「そうだね。けれど…オレがその事で、お前に感謝しているんだよ。オレはもう…あそこから
逃げ出す気力すら失っていたから。オレはずっと…逃げたくて、逃げたくて仕方なかったのに
ずっと監禁され続けて。何を訴えても、伝えても…太一にその言葉や願いが届くことは
なくて…だからずっと、絶望を感じていた。だから…感謝してる。ありがとう…オレを
あそこから連れ出してくれて…」

「…太一は、お前を庇ったんだぞ…土壇場、で…」

「…覚えているよ。あの光景は多分…一生、忘れられないと思う…」

 そういって、克哉は悲痛な表情を浮かべながら…そっと目を伏せてうつむいていく。

「俺は…お前に薬を飲ませて、記憶を…奪っていたんだぞ…」

「知っているよ。けれど…そうしてくれたから、オレは立ち直れたんだぞ? 一時的にでも
忘れていられたからこそ…オレは再生出来た。そうじゃない…だって、ほら…」

 そうして、トーストを一口齧って咀嚼してみせる。 

「…そのおかげで、ご飯が美味しいもの」

「はっ?」

 まったく予想もしていなかった発言を言われて…眼鏡の方が面喰らっていく。
 その様子が面白かったのだろう。
 克哉はプっと吹き出していくと…悪戯っぽい笑みを浮かべていきながら肩を竦めていった。

「…今のオレには、恐らく今から2~3ヶ月くらい前までの記憶しかまだ戻っていないけれど
二ヶ月くらい前から…オレは、その状況に耐えられずに…食事や水さえも拒絶するような
状態になっていた事までは覚えているんだ。実際に…その期間は、何を食べても飲んでも
味を一切感じられなくなって、食べるのが苦痛になっていた記憶があるから。
 けれど…お前が記憶を奪っていた結果…オレは二週間くらい前から、結構美味しく
食事の類は食べれていた。
 …あのさ、食事が美味しいって事は…忘れていることで、オレの心は息を吹き返したって
いう何よりの証明じゃ…ないかな? それを考えたら…オレは、お前を憎めないし…
拒絶出来ない、よ…」

「…お前、正気か? 俺は…お前を好きなように、抱き続けていたんだぞ…?」

 恋人が、執着している男がいるのを承知の上で。
 それは本来、非難されるべき事だ。
 だが…克哉は、切なげな表情を静かに浮かべていくだけだった。

「…そう、だね。けれど…あんなに切なそうな顔をしながら、懸命にこっちを抱くお前を
見てしまったら…オレは、どうすれば良いのか…判らなく、なってしまったんだ…」

 ギュッと…自らの身体を抱き締めるようにしながら、克哉は呟いていく。
 今は太一との間に起こった事を、全て思い出せなくなってしまっているから…という
要因もあるのだろう。
  
「オレは、かつて太一を…愛していた。それは今、覚えている事だけを繋ぎ合わせていっても
間違いのない事実だと思う。けれど…今のオレには、どうして…かつてのオレが、太一に
そこまでの事をされても『愛している』と思っていたのか…良く、理解出来ないんだよ…!」

 それは、迷子になってしまったかのような不安感。
 何も思い出せなかった時よりは、断片だけでも取り戻したことで少しはマシなのかも
しれない。
 けれど、記憶と記憶を繋ぐ糸が存在しない状態では…ようやく思い出した事実も、
克哉の中では実感を持てない情報でしかないのだ。現段階では…。

「………」

 何も、眼鏡は口を挟めなかった。
 克哉を欲しいと望む心と…命を庇うほどの愛情を示した太一に対しての後ろめたさの
ようなすっきりとしない感情が胸の中に満たしていく。

「自分の記憶なのに…自分のものだって、実感が…湧かないんだ…! 全ての記憶が
繋がらない…。だから、過去の自分は太一を愛していたっていうのは思い出せるのに…
今のオレは、それに共感…出来ないんだよ。だから…オレには、お前を…拒めない…」

 泣きそうな顔で、克哉が必死に訴えかける。
 気づいたら、立ち上がって眼鏡の方に歩み寄ってしまっていた。
 本当なら…顔向けが出来ない行為だっていう自覚はある。
 けれど…克哉は、不安だった。
 あの桜の日の夜の記憶を昨晩…一気に思い出してしまったから。
 
(怖いんだ…)

 どうして、こんなに怖くなるのか自分でも良く判らなかった。
   鮮血が桜の花びらと一緒に舞い散る光景に、恐怖を覚える。
 あれは紛れもなく自分を想ってくれているからこその行動だと、
理解している。
 だが、今の克哉には…其処に至るまでの道のりを思い出せない。
 あの場面は、最終的な結果だ。
 しかし、其処に至る行程を思い出せずに…ただ、それだけを
見せ付けられても…困惑しか湧かないのだ。
 
―それが本当に、自分の記憶かどうか判断がつかないから。

 思い出した記憶の一つ一つが、まるで映画のシーンを断片的に
見せられているような感覚でしか受け止められない。
 自分の記憶だと、確証も実感も持てないのだ。

「思い出した記憶が…本当に、オレ自身のものなのか…実感が
湧かないんだよ…! この一年の記憶だって全部…思いだしている
訳じゃない! 空白ばかりで、欠けているものが多すぎて…
どうしようもなく、不安なんだ…!」

 叫ぶように、克哉が訴えていく。
 それを見ながら…眼鏡は、息を呑むしかなかった。
 これは…彼が犯した罪の結果だ。
 記憶を奪って心を蘇生させる。それは聞こえば良いが…その人間が
積み重ねた体験を奪い取るという事は、大変な事なのだ。
 今の克哉の混乱は、その結果引き起こされた事だった。

(…コイツの記憶を奪う、という事を…俺は全然、重く考えていなかった…)

 こんな風に絶叫する彼を見て、やっと眼鏡は…その重さを自覚した。

「御免…取り乱して。けど…もう、何か…昨日は色んな事が押し寄せて、
きて…本当に、どうすれば良いのか…判らなくて…」

 一気に色んな情報が押し寄せてきたせいで、全然整理がついていなかった。
 太一への想い、もう一人の自分へ抱く複雑な感情。
 命を狙われているという現実に、動かない身体。
 もう本当に何をどうしていけば良いのか見当すらつかなくて、克哉の
心の中はグチャグチャだった。

 けれど…今は、もう一人の自分に傍にいて欲しいのだ。
 身勝手な願いだという自覚はあった。
 けれど…それは、インプリティングに近かった。
 記憶を失ってから最初に目にして、自分の世話を懸命に看てくれていた眼鏡に
克哉はいつの間にか…頼りにするようになっていたのだ。
 否、今は…一人ではきっと、耐えられない。
 だから…傍に、いて欲しかったのだ。どんな形であっても…。

「だから…オレ、今は…お前に、傍にいて…欲しいんだ…。勝手な願いだって
自覚はある。けれど…一人じゃ、耐え切れられそうに…ない、から…」
 
「…お前、それを…本気で、言っているのか…?」

「…う、ん…」

 コクリ、と頷きながら…眼鏡のYシャツの袖にギュっとしがみ付いていく。
 その肩は大きく震えていた。
 眼鏡は…その肩にそっと触れていくと、グイと引き寄せて…椅子に座った状態のまま、
相手の顔をこちらの方に引き寄せていく。

「んっ…」

 唇が、重なっていく。
 けれど克哉は拒まなかった。
 そのまま…首筋に片腕を回して、一層近くへと引き寄せていく。
 触れるだけのキスは…暫く、続いていった。

「…怖い、んだ…だから…傍、に…」

 泣きそうな顔をしながら…克哉が、呟いていく。
 自分はこれから、どうすれば良いのか判らなくて。
 あれだけ愛されているのなら、太一の元に戻るのが恐らく正しいのだろう。
 けれど…頭の片隅で、警鐘が鳴り響いていたのだ。
 このまま、答えを出さない状況で彼の下へ戻っても…恐らく同じ結果しか
招かないだろう。そんな予感があったから…。

「…わかった。だから、そんな、顔…するな…。俺で良いなら…
今は…傍に、いてやるから…」

 泣きそうになっているもう一人の自分に向かって、そう静かに囁いていってやる。
 眼鏡だって、怖かったし不安はあった。
 これから…どうするのが一番、自分達にとって良い結果が訪れるのか。
 まったく予想がつかなかったから…。

 どこまで、こうして一緒にいられるか判らない。
 いつまでここに潜伏して身を隠していられるのか見通しすら立たない。
 先行きは極めて不安で…この手を離さなければならない日も、そう遠くない日に
訪れるかも知れなかった。
 けれど…今、この時だけでも…しっかりと繋ぎとめておきたかった。

「…うん、お願いだから…ここに、いて…くれ…」

「あぁ…」

 涙をポロリ、と零しながら克哉が呟いていく。
 人肌を感じるだけで…今は泣けそうだった。 
 それで自覚していく。
 どれだけ自分が不安だったのか、混乱していたのかを…。
 そんな彼を宥めるように…眼鏡は、優しい口付けをそっと…もう一回、その
唇へと落としていったのだった―

 

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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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