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※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
推測しながら読んでください。
途中経過、結構ダークな展開も出て来ます。
それらを了承の上でお読み下さいませ。
GHOST 1 2
御堂を見つめながらRは軽やかに言葉を紡いでいく。
―この人が暫く失踪していたのは貴方もご存じでしょう?
そして現在、持ち合わせのお金もなければ…住むべき所もありません。
暫くの間でかまいませんので、この人の身元を引き受けて貰えないでしょうか…?
「…どうして私が、彼の面倒を見なければならないんだ…?」
御堂はその申し出に面食らっていた。
元々、佐伯克哉とはそこまで親しかった訳ではない。
むしろ眼鏡を掛けて傲岸不遜だった頃の彼は嫌いな人種に入っていた程だ。
一回だけ休日にばったり顔を合わせて行きつけのワインバーで食事をした事と
プロトファイバーの営業を担当している間に頻繁にやりとりした
ぐらいしか接点はない。
言ってみれば仕事上の付き合い以外はほぼ皆無だった相手だ。
その事に心底疑問を覚えな柄御堂が問いかけていくと、男はニッコリと
笑いながら答えていく。
―この人が貴方の元に身を寄せる事を心から望んだからですよ…
「なっ…! 本当か…佐伯君…?」
「は、はい…。そうです。厚かましい願いだというのは承知の上ですけど…
オレは、貴方の側に置いて欲しいんです…。ダメ、でしょうか…?」
(そんな小動物のような目で私を見ないでくれ…!)
そう答えている克哉の瞳は、まるでこちらに必死になって縋っているようで…
御堂の心に深く突き刺さっていく。
何と答えれば良いのか、御堂は迷った。
相手の泣きそうな眼差しのせいで無碍に突っぱねる事に猛烈な
罪悪感を覚えていく。
するとRは愉快そうに笑いながら告げていった。
―ずっと貴方の元に身を寄せている訳ではありません…。暫くの間だけで
良いのです…。この人が安定するまで、一ヶ月程度…とまずは見て下されば
構いません。とりあえず住むところがなければ就職活動も何も出来ないし、
お金も稼ぐ事が出来ない。少しの間だけ…その拠点を提供して
下されば良いのですから…
「…そんな事を言われても、安易に頷ける訳がないだろう…」
そうして御堂がためらいを見せた瞬間、とんでもない光景が飛び込んでくる。
御堂が断ろうと考え始めた途端に、目の前の佐伯克哉の姿が透け始めていたのだ。
まるで映画が何かに出てくる幽霊のように、光を透過してその姿が揺らぎ始めていく。
まるで御堂が拒絶したら、目の前の相手の存在が掻き消えてしまうかの
ように思えて、御堂は猛烈に悩んでいった。
「…お願いします。暫くの間で構わないので…御堂さんの側に置いて下さい…!」
まるで懇願するように彼が訴え掛けていく。
それによって御堂の心は大きく揺らぎ始めていった。
「…判った、君がそこまで望むなら…暫くの間で良いなら私の自宅に来ると良い…」
そう答えた瞬間、克哉の姿ははっきりしたものへと再び戻っていった。
「…あ、ありがとうございます…!」
心から喜んでいると一目で判る笑顔で、克哉が答えていく。
その瞬間、御堂の中に奇妙な感情が湧きあがっていった。
(どうして私は彼の笑顔を見て…こんなに心がざわめいているんだ…?)
そう疑問を覚えた瞬間、黒衣の男は満足そうな顔を浮かべていた。
―話は成立したようですね。それでは暫くの間…この方の事を宜しく
お願い致します。そして、貴方が知りたがっている…キクチに所属していた
人間が何故失踪したか。約束の通り、ヒントだけは差し上げましょう…。
彼らは呼ばれて、その声に応えたからです。彼らを強く望んだ…
ただお一人の存在に身を捧げる為にね…
「なっ…それは一体、どういう意味だ…!」
男の言葉は抽象的すぎて、御堂にはまったく意味が判らなかった。
だが男はそれ以上の言葉を残すことなく…彼らから背を向けて
闇の中に溶けていくように姿を消していく。
そしてその場には御堂と克哉の二人だけが残されていった。
―ごきげんよう
そう最後に聞こえていきながら…御堂は克哉と、再び対峙していった―
現在、右手の人差し指をちょっと負傷しているので
通常よりもタイピング速度が遅くなっているので
手間取っております。
仕事でエビの加工をやっているんですが、それげ
指に五か所ぐらいエビの細かいトゲが入ってしまって
昨日はそれ抜くのに必死になって一日が終わっていたというか(汗)
六日ぶりにやっと人差指のが抜けたので集中出来そうです。
この連載からは連載の掲載ペースをもうちょい戻していこうと
思っていたのに、ちょっと痛くて出来なくてすみません。
やっと抜けてくれたので集中出来そうです。
けど、人指し指の奴は本当に痛かったです。
エビのトゲなんて大嫌いだ~!
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
推測しながら読んでください。
途中経過、結構ダークな展開も出て来ます。
それらを了承の上でお読み下さいませ。
GHOST 1
本来出会う訳のない二人が巡り会う。
その程度の認識しかなかった。
などないですから…
目の前の相手のそれを見ても心が和むなど絶対にありえなかった。
抱く事は滅多にない。
言葉も交わした記憶もない。そんな人間に何かを頼まれるような筋合いは
まったくないのだが」
存じ上げておりました…。それにこれは貴方様じゃなければ頼めない事ですから…
この方を暫く面倒を見てやって欲しいのです…
オドオドした雰囲気を纏っていた。
自信満々の姿だっただけに、二重の意味で衝撃を覚えていった。
(この佐伯は…どこかおかしくないか?)
相手の様子があまりに御堂の記憶にある彼と異なり過ぎている。
だが、どうやってそれを切り出せば良いのか迷っている間に…黒衣の男は
話を進めていった。
「…すみません、この方は現在色々ありまして…記憶が一部混乱して
いらっしゃるので…ここ最近の記憶をはっきりと覚えていらっしゃらないのです。
行方をくらませている間も…戻ってくる事が出来なかったのもそのせいですから。
そうして数カ月、失踪している間に住んでいる場所は片づけられてしまったので…
現在、この人には宿泊するお金も身を寄せるべき場所もない状況です。
そして貴方が知っている通り、「八課のこの方が頼れそうな方たち」は
すでに同じように姿を消されてしまっています。厚かましい願いだと
思いますが…どうか暫くの間だけ、この方の身元を引き受けてやって
下さいませんか…?」
「記憶が混乱、しているだと…?」
御堂が疑わしそうに二人を見つめていくと、男は愉快そうな笑みを
たたえたまま表情を変えず、克哉の方はいたたまれなさそうに肩を
すくめていった。
それは記憶の中にある佐伯克哉とはあまりに態度が違いすぎる。
だが、逆にそれ故に信憑性があるようにも感じられた。
八課に所属していた片桐稔と、本多憲二の二人は一カ月程前に
ほぼ同時期に失踪していた。
その原因はいまだ不明で、八課や身内の人間は全力でその行方を
探し求めているが…未だに手掛かりがないままと風の噂で聞いていた。
プロトファイバーの営業が終わった後はそこまで関わりを持っていた訳ではなく
それでも大きな事件であったから、たまたま御堂の耳に入った程度の事だ。
失踪したというのは多少は気に掛かっていた。
御堂は大いに迷いながら…佐伯克哉を見つめていく。
目線が合うと克哉は一瞬、おびえたような色を見せていった。
だが…少しして、すがりつくような眼差しをこちらに向けてくる。
(迷子の子供か…捨てられた小動物のような弱々しい目だ…)
自分の知っている佐伯克哉は、もっと自信に満ち溢れていて…見ていると
こちらがイライラしてくるぐらいに傲岸不遜な男だった。
あまりに違いすぎる様子に、御堂は困惑していく。
ジワジワと湧き上がっていきそうだった。
だが、御堂が迷っていると…克哉は必死な顔を浮かべながら口を
開いていった。
「…本当は、御堂さんにこんな事を頼むのは筋違いだって判っているんです…。
頭の隅で警鐘が鳴り響いていくのが判る。
だが、相手の目が軽く潤んでいるのに気付くと…いつものように
一刀両断出来ない。
(私は…一体どうしてしまったんだ…!)
そしてザワザワと心が乱れていくのを感じていきながら…再び
黒衣の男がまるで役者のように、流れるような口調で言葉を
紡ぎ始めていったのだった―
※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
推測しながら読んでください。
途中経過、結構ダークな展開も出て来ます。
それらを了承の上でお読み下さいませ。
―完全に、消えたくなかった
自分という存在が殆ど空気のようになり…皆にとって何の意味が
なくなってしまっていても、その想いだけは消えてくれなかった。
―何かを残したかった
自分が生きたという証を。
認めてくれる存在を、あの二人のように…自分も、人とそんな関係を
築きたかった。
たった一度で良い。
愛し愛される…お互いが必要としあう関係を作り上げたかった。
それが己のエゴであると判っていても、このままでは自分が消えてしまうと
悟ったからこそ…見つけ出した唯一の願いだった。
―お願いします、オレを必要として下さい…!
それは彼の心からの願い。
体裁も建前も何もかも脱ぎ棄てて、最後に残った純粋な想いだった。
だから男はそんな彼を気まぐれに拾った。
最終的に、利用するつもりで。
何もしないでいたら…静かに消え去ってしまう存在に悪魔のような笑みを
浮かべていきながら…優しく、手を差し伸べていく。
その奥に不穏なものを感じながらも…黙って消えたくなかった彼は、
それでもその手を繋いでいく。
どんな意図で、男がこちらに手を差し出したのかを理解しないまま…。
―彼は亡霊のような儚い存在から、ゆっくりと実体を持ち…再び
己の意思で語り、世界を感じる事を赦されていった
*
プロトファイバーの営業が終わってから数カ月、季節はすでに
春を迎えようとしていた。
先月までは春を迎えた筈なのに…彼岸を過ぎた辺りから半端ではない
寒さが襲いかかっていて、桜の開花を迎えたというのに夜は五度前後の
気温まで冷え込んでいる日々が続いていた。
そして四月の初め、、ようやく暖かくなり始めた頃…その日は濃霧に
都内は覆われていた。
この時期に車の運転も厳しくなるぐらいに深い霧が発生するなど
極めて珍しい事であり…その為にこの日の御堂孝典は車ではなく、
電車と徒歩で帰宅する事となった。
普段は車で20~30分程度の距離だが、こうやって電車を使って
通勤すると新鮮な気分になった。
まあそれもたまになら…の話だ。
基本的に昼食を取る時間すら削って仕事に追われている御堂に
とっては通勤時間が長くなるのは望ましくない。
それでも白い霧に覆われた今日に限って言えば、万が一にも
事故を起こしてしまってはシャレにならないと考えて…安全の為に
公共の交通機関を使う事になったが、それでも時間帯によっては
速度制限される時もあって、色々と混乱があったようだ。
幸いにも…御堂が使用した時間帯はどちらもその難を逃れていたが。
(…今年は本当に異常気象の連続だな…)
しみじみとそう実感していきながら、御堂は速足で帰路についていた。
白い霧で覆われていると言っても、遠方の方が霞んで見えるだけで…
歩いて動く距離に関してはそんなに問題ない。
だが、街灯に照らされている部位には細かい水の粒子がフワフワと
浮かびあがって普段とは違った装いを周囲は見せていた。
見慣れた道を歩いている筈なのに、まるで異世界に迷い込んでしまった
ような奇妙な錯覚を覚えていく。
「…こんなに春なのに濃い霧が発生するとはな…。珍しい事が続くな…」
軽く溜息を吐いていきながら…ようやく御堂は自宅のあるマンションの
周辺へと辿りついていった。
ここまでは慎重に、怖々と進んでいた部分もあったが…馴染みがある
処まで辿りつけば安堵が広がっていく。
霧が出ているせいか、先日よりも少しはマシになっているとはいえ…
今夜は充分に冷えている。
早く家に帰って、今夜はシャワーだけではなく…久しぶりに湯を溜めて
湯船にでも浸かるか、とふと考えた瞬間…背後から声を掛けられた。
―こんばんは
その声は、まるで舞台か何かで発されたかのように酷く周囲に
反響していった。
とっさに御堂は後ろを振り向くが…そこには誰もいない。
目を凝らして探しても、人の姿らしきものはどこにもなかった。
「…誰だ…?」
その声は聞き覚えがあるような、ないような…少なくとも御堂の身辺に
いる人物の誰のものとも異なっていた。
しかしたった一言でもまるで舞台で役者が演技しているような…そんな
歌うような響きを持った声音だった。
―ふふ、そんなに探さなくても…私の姿はただ、霧の中に紛れているだけの
話ですよ…。話すだけならそんなに支障はないのですから…そんなに
懸命に探さなくても大丈夫ですよ…
「…一体、君は誰だ? 姿も見せない相手に…馴れ馴れしく話しかけられる
謂われなど私にはないのだが…」
―ふふふ、つれない反応ですね。もうじき捧げられる存在だというのに
己のその結末を知らない哀れな子羊に噛みついても仕方ないですが…。
貴方に一つ、頼みたい事がありましたから…今日はこうして姿を現させて
もらったのですが、宜しいですか…・?
「顔も見せない相手の頼みなど私には聞く義理はまったくない」
相手の言葉をばっさりと一刀両断していきながら、御堂はさっさと
踵を返していった。
まったく相手に構う意思すら見せない、毅然とした見事な態度だった。
―お待ち下さい。貴方は…周囲で姿を消した方々がどうなったのかを…
知りたくはないですか…?」
「っ…?」
その一言を聞いた瞬間、御堂は一瞬だけ足を止めていった。
御堂の周囲は、確かに関係者が何人か…ここ一カ月の間に姿を
消してしまったという報告があった。
今では直接的な関係はなく、徐々に疎遠になっていく間柄であったから
あまり気に止めていなかったが…それは確かに、御堂の中で気がかりに
なっている事でもあった。
(この男は…彼らが消えた理由を知っているのか…?)
その好奇心が、つい御堂の足を止めていく。
僅かな間を、相手は見逃さなかった。
相手の声がした方をつい振り返った瞬間…其処に長い金髪をなびかせた
黒の長いコートを纏った謎多き人物が、ゆっくりと白い霧の中から
浮かびあがって、彼の前に現れていったのだった―
とりあえず無事に残雪、終了しました。
一度は途中で止まってしまった話ですが…どうにか
完結まで持っていけて本当に良かったです。
死んでも終わりじゃない、別れてしまってもその人との
間に何かは必ず残るよ、というのが言いたかった話です。
まあ、克哉を実際に殺すか行方不明という形にするか
非常に迷いましたけどね。
この2~3年で身内の死を体験したからこそ、墓というのは
死んでしまった後もその人に逢える重要な場所だな、という
のを実感していたから最後はああいう形にしました。
明日からはまたバーニングか、片桐さんか…別の連載か
どれかを本腰入れて始めます。
今日一日、この中のどれを自分が一番書きたいかを問いかけてから
始める事にします。
一日、時間をやって下さいませ。ではでは~!
以前に書いた残雪を、改めて構成し直して再アップ
したお話。太一×克哉の悲恋です。
1話と2話は以前にアップしたものの焼き直しですが…
3話目以降からは一からの書き直しになります。
書き掛けで止まっている話の方は(不定期連載)の方に
あります。
残雪(改) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
―人との出会いには、必ず別れが存在する
永遠に続く関係など本来ならば在りはしない。
どんな生物でも死という概念からは逃れる事は出来ず、
どれだけ親しくなっても、愛し合っても…寄り添い共に人生を歩く決断をして
伴侶という存在になっても、死という別離からは人は逃れられない。
なら、人を愛する事は無意味なのだろうか?
それは否である。
例えどれだけ一緒にいた時間が短くても、誰かを真剣に想い…
その心にお互いの存在を刻む事が出来たならば。
両者の想いがそれぞれの心の中で輝き、明るい光をもたらす事が
出来たならば…出会った事に充分、意味があるのだ。
例え死という別れが訪れてしまっても。
相手が与えてくれた気持ちは、受け取った相手がしっかりと抱きとめて
いる限りは永遠のものとなる。
大事なのは…相手からの気持ちを真摯に受け止める事と、それを
忘れずにいる事なのだから…。
―克哉さん、やっと会えたね…
2年ぶりにアメリカから帰国して、久しぶりに日本の土を踏んだ翌日…
父の報告を受けて五十嵐太一は佐伯克哉の墓へと訪れていった。
あの雪の日に最後に出会ってから、そして…今でも大切に持っている
石を受け継いだ日からはもう五年以上の月日が流れた。
佐伯克哉の墓の周辺には幾つかの桜の木が植えられていて…
今の時期は見頃を迎えていた。
季節は春を迎えて…すでに気候は暖かくなっている。
けれど、こうして克哉の墓を前にすると…鮮明に思い出されるのは
やはりあの雪の日の記憶だった。
太一と、その父親は花束と線香と柄杓、そして木桶に水を組んで
墓の前に訪れていた。
線香に火を灯すと、それぞれが半分ずつ持って…静かに墓前に
置いていった。
そしてそれぞれ…様々な想いを胸に秘めながら静かに黙祷を
捧げていった。
五分程度した頃、太一がそっと口を開いていった。
「親父、ちょっと…克哉さんと二人で話して良いかい?」
「あぁ、線香と花はもう捧げたからな。…お前の方がこの人との縁が
よっぽど深い訳だし…車の方で待っている。終わったら来い」
「ああ…サンキュ。ゆっくりと語り終わったら戻るよ」
父にそう軽口を叩いていきながら、人払いをしていった。
そうしてようやく克哉と一対一で話す事が出来た。
死人は口なし、と良く言う。
死んでしまって墓に入ったら実際に語り合える訳でも…やりとりが
出来る訳ではない。
それでも人が死んだ後に墓を作るのは、一種のその人への敬意や
愛情から派生するものだ。
例え肉体が滅んでも、関わった人達の中からその人物の記憶や
思い出が消えさる訳ではない。
葬式も、墓も…生きている人間が、死者への想いを断ち切る為に…
そして「死んだ後も思い遣る」為に存在している。
今の太一が、まさにその心境だった。
目の前に…大切な人がいるのと同じように、柔らかい笑みを微笑みながら
ゆっくりと墓の下の克哉に語りかけていった。
「…克哉さん、俺…夢が叶ったんだぜ。MGNの専属のCM曲の
アーティストになるって形で援助を受けてさ、アメリカの方では最近は
結構認められて来ているんだ…。結構、俺…頑張っているんだぜ。
克哉さんと同じサラリーマンに一度なるって決意した時は、こんな風な
未来が待っているなんて予想してもいなかったけどさ…。後、ついに
克哉さんの年を俺、抜いちゃったね。今は俺の方が…年上になるのかな。
そう思うと、ちょっと変な気持になるね…」
現在の太一は28歳、27で最後を迎えた克哉の年齢よりも上に
なってしまっていた。
克哉が五年前に死んでいるというのは…父から車の中で聞いた。
だから克哉はあの雪の日の直後には死んでいるというのを今は
太一は知っていた。
墓を前にしながら…ただ、克哉の面影を脳裏に描いていった。
思い出の中の克哉はいつだって、儚く優しく微笑み続けている。
桜の下に克哉が立ってその表情を浮かべているような…そんな幻を
見ながら…太一は言葉を続けていった。
「…克哉さんがさ、最後に俺に…優しさをくれた。あったかい想いをくれた。
その気持ちが…俺に夢を思い出させてくれたんだ。それで…克哉さんが
どんな気持ちでサラリーマンをやっていたのか理解したかった。
だから一度はMGNに勤務したんだ。その経験のおかげで今…俺は
結構OLやサラリーマンに共感して貰えるような曲や詩を書けるようになった。
…本当に今でも克哉さんに俺は助けられているって実感している。
だからこれからも…ずっとこれを大切にするから…」
そうして、太一は静かに掌にお守りを乗せて相手に見せていった。
克哉が最後に渡してくれた石、キラキラと変わらずに輝くダイヤモンドは
今も彼の心に温かいものを残してくれている。
眼鏡を掛けた方の克哉とはいがみあって、険悪な関係だった。
それが一時はどれだけ太一を荒ませていたのか…何もかもに絶望して
やけっぱちになっていた時期もあった。
けれど…嫌な事も良い事もひっくるめて、太一は今でも彼を愛している。
長い年月を経たからこそ…苦い記憶も一緒に、彼の中では昇華して…
それでも克哉を愛しているという結論を導き出した。
「…けど、出来るならさ…。俺、克哉さんに傍にいて欲しかった。
人生のパートナーとして…一緒に歩んで欲しかった。
貴方と一緒に成功を分かち合いたかったし、もっと触れ合いたかったし…
克哉さんを全身で愛したかった。それがもう叶う日は来ないのは残念だけど…
今では仕方ないな、と諦めている。…俺が、どちらの克哉さんも愛する事が
出来たなら…きっと違う未来が来ていたかも知れない。けど、あの頃の
俺は未熟で…貴方の良い面だけを見て、裏側の面を嫌悪してしまったから。
全てをひっくるめて克哉さんなんだって、そんな当たり前の事を判るのに…
何年もかかってしまったからね、俺は…」
苦笑しながらそれでも言葉を続けていく。
あの雪の日は今、思い返せば本当に短い時間しか会えなかったから。
克哉の気持ちと想いを、こちらに伝えるだけで精いっぱいで。
太一は己の心情や考え、そういった全てを口にするだけの時間は
存在しなかったから。
だから彼は、墓という形になってしまっても…胸に秘めていたものを
全て相手にぶつけていく。
この五年間、自分を支え続けていた…何よりも強い芯を。
そしてあの頃の己の弱さや未熟さも、全て踏まえた上で…。
やっと振り返ってあの頃を見つめ直す勇気が持てた。
この恋が叶わなかった理由は、極めて単純だったのだ。
あの人の…別人格をひっくるめて愛する事が出来なかった。
もう一つの心を自分は忌避して、否定して攻撃をし続けてしまったから。
二つの克哉の意識がどんな風に繋がっているのかなんて判らないけれど。
太一の中にも荒んで何もかもどうでも良い、壊してグチャグチャに
してやりたいと思う黒い心と…陽の当たる場所で生きていきたい、
音楽を何よりも愛する白い心が同居する訳なのだから…。
―誰だって二重人格的な要素は存在する…相反する、ジキルとハイドの
ような極端な二面性は…殆どの人間の中に在るものなのだ…
この五年間で様々な人間と接した。
人の汚ない心や、綺麗な気持ちも沢山見て来た。
サラリーマン社会や、日本とアメリカのそれぞれ異なる地で生活を
した経験や…音楽活動を通じて、学生だった時代とは比べ物にならない
ぐらいに沢山の経験を重ねて来た。
そうして視野が広がった事で太一は…ようやく、克哉の二面性を、
二重人格をごく自然に受け入れられる心境にまで達したのだ。
「今でも、貴方を愛している…克哉さん…ずっと、俺の中から
この気持ちは消えない…」
そして、やっと…この人に愛していると気持ちをぶつけていく。
その瞬間…堰を切ったように太一の目から涙がポロポロと零れていった。
どれだけ月日が流れても。
例え相手がこの世からいなくなってしまっても残る気持ちが存在する事を
太一は克哉を愛して初めて知った。
―俺が生きている限り、きっと…この気持ちは永遠だ…
死んでも残る想いがある。
すでに相手が消えてしまっても、誰に何と言われようと己の中で
生き続ける感情がある。
それはきっと『愛』と言われるもの。
独占欲やエゴや、過度の相手への期待や…否定や、そういった先に
潜んでいる強くて純粋な気持ち。
それを太一は、自覚した。
「克哉、さん…克哉、さん…!」
壊れた機械のように、ただ愛しい人の名前を呼び続ける。
こんなにもこの人を想っていた自分を、ようやく理解していく。
克哉が死んでいる事など、そして最後に逢った克哉が幽霊のような
ものであった事も太一は薄々とは気づいていた。
その現実を受け入れる為に、それでも最後に自分の元に訪れてくれた
嬉しさや切なさを全てひっくるめて、太一は泣き続ける。
五年前から自分の心の中で凍り続けていた想いが…やっと涙と
いう形になってキラキラと落ちていく。
―貴方を、愛している…俺は、ずっと…他の誰かを愛するようになっても…
それでも俺の中には貴方の存在は残り続けていく…それは間違いないから…
そしてその克哉の愛こそが、辛い事があっても彼を支えていく。
見えない手で守られ、庇護されるように。
苦難の時に、彼の心を照らす希望となって…
太一はそうして…彼に捧げる愛の歌を口ずさんでいった。
MGNの新商品に採用される事が決まった一番の自信曲を。
何よりも克哉への想いを散りばめた一曲を…この人を愛していると
日本中、世界中に叫んでいるに等しい一曲を…。
―黒い貴方も、白い貴方もひっくるめて今の俺は愛しているから…
そんな、太一の生々しくも強い想いが込められた一曲を…
墓の下の克哉に向かって歌い続ける。
心を揺さぶるような力強さに満ち溢れた声だった。
その瞬間、太一は幻を見た。
―ありがとう…太一…嬉しいよ…(悪くない曲だな…)
二人の克哉の声が、はっきりと重なりながら聞こえていった。
優しい声と、ぶっきらぼうな声。
それを聞いて…太一は、言葉を失っていった。
「克哉、さん…今の…」
たった一言、幻聴かも知れない声。
けれどそれだけで彼には充分だった。
強く強く、自分の手に残っているあの日の気持ちの結晶を握りしめていった。
これはまるで、永遠に消えない雪みたいだ。
雪は本来、儚く消えてしまうものなのに…白く輝き続けるダイヤモンドは
消えずに残り続ける雪の結晶のように太一には感じられた。
想いにとらわれていると、人は見るかも知れない。
けれど…それでも彼はもう構わなかったのだ。
「…一言でも、言葉を返してくれてありがとう…。克哉さんに気に入って
貰えたなら何よりだよ…。それじゃあ、俺はそろそろ行くから…」
まだまだ語りたい事や、伝えたいものは一杯あったが夕方からは
またこなさなくてはいけないスケジュールがみっしり詰まっている。
そろそろ東京に帰らないといけないという理性をどうにか働かせて…
太一は名残惜しげに墓から背を向けていった。
「けど、また会いに来るよ…。ここに、貴方がいるんだから…」
きっと、太一が生きている限り…彼は時々にでも、ここに克哉と
語らいに来るだろう。
今の自分は、きっとこの人と出会わなければいなかっただろうから。
苦しい事やドロドロした気持ちの果てに、ようやく彼は真実を見つけられたから。
もう揺らがない。
傍に克哉がいなくても…残された愛情は今も、太一の心に織り込まれて
血と肉となっているのだから…。
『またね、克哉さん』
さよなら、ではなく…また来ると、その意思を込めていきながら
彼はお寺の駐車場へと向かっていく。
桜の花がヒラヒラと風が吹く度に舞い散って、心地よい風が
吹きぬけていった。
「さて、これからも頑張らなきゃな…次に来た時に克哉さんに
胸を張って近況報告出来るように…」
そうして前向きに、未来を見据えていきながら…彼は
そう呟いていった。
死んでも、本当の想いが残せればそれは人を生かして、希望の
光へとなっていく。
克哉があの日託した石にはそれだけの力があったから。
だから太一はこれからも大切にするだろう。
―克哉が残してくれたキラキラと輝く、白い石を…彼が生きている限りずっと…
残雪の最終話、また予想していたよりも長くなったので
もうちょい掛かります(汗)
今朝までには完成させたかったけれど、ちょっと時間的に厳しいので
これで切り上げて仕事行ってきます。
体力に余裕あるなら今夜中、遅くても明日の朝までには
完成させたいと思います。
もうちょっとだけお待ち下さいませ。ではでは~!
以前に書いた残雪を、改めて構成し直して再アップ
したお話。太一×克哉の悲恋です。
1話と2話は以前にアップしたものの焼き直しですが…
3話目以降からは一からの書き直しになります。
書き掛けで止まっている話の方は(不定期連載)の方に
あります。
20で完結させる予定でしたが、長くなりそうなので
二回に分けて掲載します。ご了承下さいませ(ペコリ)
残雪(改) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17 18 19
そして克哉から最後の想いを託された日から、五年あまりの時間が
経過していった。
三年間、サラリーマンを務めた太一は…その期間内に、自分が手がけた
商品のタイアップ曲を自らが手がけたいと申し出た事がキッカケで
上司の御堂に、MGNが手がける商品のCMソングを優先的に作る事を
条件に支援を受ける事となり、二年前からアメリカに渡って音楽の
勉強に専念する事となった。
太一がMGNに受けて、採用される事になったのも克哉がその縁を
引き寄せてくれたからであった。
彼が通っていた大学のOBである御堂を訪ねた際に…その理由として
プロトファイバーの営業を担当していた克哉の話題が登ったからだ。
最初はそれで第一印象は最悪に近くなったが、太一が本気でこの会社で
働いてみたいと望んだ事で態度は軟化していき、偶然にも御堂が関係している
部署に配属された事から、意気投合するとまではいかなかったが、案外良い
上司と部下の関係は築けていたのだった。
太一の実家の事が問題となり、CM曲を作るアーティストとして支援する事に
上層部が難色を示した時も積極的に説得をしてくれたのも御堂だった。
そうして太一は結果的に、克哉と結ばれた場合に辿る経路に限りなく
近い未来を進んでいきながら…日本で、アーティストとして認められていった。
克哉からの強い加護が、彼を本来あるべき場所へと導いたかのように…。
そうして二年ぶりに日本の地を踏んだ太一は、父から佐伯克哉の墓を
見つけたという報告を受けて…父と一緒にその地へと向かっていった。
二年ぶりに逢う息子の顔は精悍になっていて、もう立派な大人の男の顔へと
変わっていた。
サラリーマン時代は黒く染めていた髪も今では以前のように鮮やかな
オレンジ色へと伸ばして、それなりに長く伸ばされていた。
落ち着いた色合いのワインレッドのシャツに、黒の革ジャンやパンツ、
ブーツで統一された服装を纏ってサングラスを掛けている太一は
本当にミュージシャンとしての雰囲気を纏わせていた。
(…結局、お前は自分の夢を叶えたな…。あの人を理解したいと言って…
サラリーマンになると言った時は夢もあきらめるかと思っていたが…
結局、叶えちまったな…コイツは…)
日本に帰って来たのは昨日の夜の話だったが、その間も非常に
過密なスケジュールで動かされたようだった。
だが、墓参りはすぐにしておきたいと言っていたので睡眠を削って
働きづくめだったようだ。
そのおかげで太一は車の中ですっかり熟睡していた。
(…死んでも、想いは残るか…)
太一が五十嵐の家の呪縛から逃れて、こうしてアーティストとして
成功するようになったのは…佐伯克哉の想いが、彼を護っているからだと…
父親も感じるようになっていた。
本来なら一度留年している学生がMGNなんて大企業から内定を取るなど、
かなり厳しい事だろう。
だが入社してから太一の事を盛りたてて、音楽の勉強をするように勧めたのも
克哉と縁があったその御堂という上司の存在があったからだった。
見えない糸に手繰り寄せられるように…太一は、陽の当たる場所での
未来を掴み始めている。
その事を噛みしめていきながら…父親は、疲れている息子を少しでも
休ませてやろうと安全運転を心掛けながら…埼玉県の外れにある
佐伯克哉の墓所へと向かっていた。
―克哉さんの墓が見つかったなら絶対行く! それは俺の最優先事項だから…
長い年月を経て、やっと…息子を墓にまで連れて行こうと決意して
一昨日電話した時に、太一は迷いなくそういった。
今でも息子の心の中には、克哉への強い想いで満たされているのだろう。
その事に後悔の念は今も尽きなかったが…自分が殺してしまった男の
心の内を見せられた一件から、太一の父は覚悟を決めて…義父の意思に
逆らう事になっても、息子の夢を支援するようへと変わった。
(あの件がなかったら…俺はいつまでも義父の顔色をうかがって
真剣に太一の味方になってやる事も出来ずしまいだったな…)
この五年間は、太一の父にとっても戦いの日々だった。
どんな手を使っても自分の跡継ぎに据えようとする五十嵐組のトップである
寅一に必死になって跡継ぎにさせるのをあきらめさせるように画策して奔走
していたのは他ならぬこの父だった。
その努力がやっと実ったから、こうして太一を帰国させる事が出来る
段階にまで達した訳だった。
だが、それくらいしなければ…克哉に対して償いが出来ないと想ったから、
男は腹を括っていた。
―一生、その秘密を息子さんに隠すぐらいの覚悟は持って下さい…
そして、あの夜に太一と二人の佐伯克哉の間に起こった一連の出来事を
見せてくれたあの謎起き男性の言葉が、繰り返し脳裏に蘇る。
「安易に…懺悔して、楽になっては駄目、か…。本当に…それが
一番の罰だよな…」
息子が寝ている事を確信しているからこそ、父は苦い心情をそっと
呟いていく。
だからこそ、佐伯克哉を男は忘れる事が出来ない。
そしてその罪の意識が生々しく息づいているからこそ…彼の中では
克哉の分も、太一の味方にならなければという想いが息づいているのだ。
「太一…もうじき、お前の大切な人の元に連れてってやれる…。もう少しだぞ…」
佐伯克哉の墓は、様々な裏側の事実を知ってから手を回してすぐに
作らせた。
彼の実家に知らせて、はっきりと名乗り上げる事はしなかったが…墓の
費用は全部、男が代わりに持つ形で…遺骨も静かに遺族へと引き渡したのだ。
墓を作ってから五年近く経つのに、今まで太一に告げる事が出来なかったのは
罪悪感の為だ。
だが…せめて、こういう形になってしまっても…彼らを引き合わせれば、
すこしはこの胸の痛みは和らいで、過去の過ちの清算が出来るだろうか。
そう願って男はハンドルを握り…そして、もう目的地の間際へと
迫っていった。
「おい、そろそろ着くぞ…もう起きたらどうだ、太一…」
「ん~判った…今、起きるよ…親父…」
そうして寝ぼけ眼で後部座席から起き上がる息子を眺めると…父は
知らずに微笑んでしまっていた。
「ああ、お前の大事な人間に逢いに行くんだから…シャキっとしろ!」
「はいはい、判りましたよ…もうじき、会えるね…克哉さん…」
そう呟きながら…今も大事に持っているあの石をそっとポケットから
取りだして…愛おしそうに太一はそっと握りしめて、目を伏せて
いったのだった―
時間掛けさせて頂きます。
丁寧に書きたいのと、現在仕事が忙しくて執筆時間が
あまり取れない状況なので。
ここ一カ月ぐらい、毎日休み時間30分削って…フルに働いて、
夜の八時か九時には力尽きている状況なので。
朝しかぶっちゃけ執筆時間取れません(汗)
それでも近日中にはアップしますのでもう少々
お待ち下さいませ。ではでは~!
したお話。太一×克哉の悲恋です。
1話と2話は以前にアップしたものの焼き直しですが…
3話目以降からは一からの書き直しになります。
書き掛けで止まっている話の方は(不定期連載)の方に
あります。
残雪(改) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
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―そして彼が知りたかった真実を知る為の旅路は、ようやく終わりを
迎えていった
『これにて、夢は全て終わりです…。貴方が知りたくて堪らなかった
真実を知る事が出来た感想はどうですか…? 五十嵐様…」
「………」
男は、何も言えなかった。
ただ苦い顔をしてソファの上で俯いているだけだった。
全てを知った今、男の胸に広がるのは深い後悔だけだった。
(俺は…太一が愛していた人間を、そして太一を深く想っていた人間を
この手に、掛けてしまった…)
相手の中に、太一への想いが存在していた事を知った今となっては
複雑な想いしかなかった。
だが、起こってしまった事は変えられない。
そんな男の心を見透かしたように…Mr.Rが声を掛けてくる。
『振りかえってどれだけ過去を悔んでも…すでに起こってしまった事に
関しては修正が効きません。特に人の生死に関わる事は…。
貴方が佐伯克哉さんを殺してしまった事は紛れもない事実です…。
それを噛みしめた上で、一生…ご子息には嘘を突き通される事を
お勧め致します。貴方が、あの人を殺してしまった…その真実だけは…』
「…出来るかどうか、判らんな…」
『…判らないではなく、それぐらいは貫かれたらどうですか…。
私は、貴方が懺悔して楽になる事を許しませんから…。貴方は職業柄、
人を殺す事に対しての痛みが常人に対して酷く鈍いみたいですけどね。
ですが…自分の息子の最愛の人間を、親のエゴで殺してしまったのならば…
せめてその痛みを一生引き受けるぐらいはされたらどうですか…?
全てを知った上で、それでもあの人を…貴方は…その他大勢と一緒に
忘却の彼方に追いやると…そう仰るのでしょうか…?』
その瞬間、Rの目が冷酷に輝いていった。
鋭く抉るような眼差しに男の心は恐れを抱いた。
「…これが、俺の…罰か…」
『えぇ、そうです…。消えない痛みを背負う事…。もし取り返しのつかない
事を犯してしまったならその念だけは忘れてはなりませんから…。
そして貴方がその事実を太一さんに告白すれば、親子の仲は
断絶すらしかねませんから…。それは太一さんの幸福からは
もっとも外れた事。ですから…その嘘だけは貫いて下さい。
いつまでも仲の良い親子として…ね…』
それは残酷な言葉だった。
一生、男に胸の痛みを抱えて生きろという悪魔のような存在は、
その癖…見惚れるぐらいに美しい笑顔を浮かべていきながら
そう告げていった。
「…それが、償いか…。太一の幸福を最後に願った男に対して…
俺が、出来る…」
『えぇ、その通りです。ようやく理解して頂けたようですね…。ああ、
もうじき夜が明けます…。そろそろ現実にもどられた方が宜しい
時間帯ですね。…あちらに、出口に続く扉がございます。お帰りに
なるようでしたらどうぞ。…もう当店の扉は、貴方に開かれる事は
ありませんがね…』
「ああ…そうさせて貰うよ…邪魔、したな…」
そうして優美な仕草で、相手に帰宅するように勧めていく。
男はその言葉に抗う事なく、肩を大きく落としていきながら…
ソファから立ちあがっていった。
生気の全てを奪い取られてしまったような、そんな虚ろな眼差しを
しながら…それでも自分の足で、一歩一歩確実に進んでいく。
太一の父親は、振り返らない。
男もまた、すでにこの男性に対して興味を失ったようだった。
そして無情にも閉ざされていく扉を見届けていきながら…Rは
愉快そうに微笑んでいった。
『お元気で…五十嵐様。貴方がどうか、その嘘を一生貫きとおされる
事を私は心より祈らせて頂きます…』
そうして男が消えていった扉に、彼が背を向けた瞬間…店の
奥から声が聞こえてくる。
自分の主たる男性の声だった。
『…ああ、お目覚めになられたのですね…今、参ります…。
少々お待ち下さい…!』
そうしてRは…主である男性の寝所へと向かっていった。
豪奢な細工が随所に施されている豪奢なキングサイズのベッドの上に
一人の男性が横たわっている。
『お目覚めですか…我が主…』
「ああ…今、起きた。…水を一杯、頼む…」
『はい、すぐにお持ち致します…』
そうして男は素早く枕元の水差しから一杯汲んでいって、主に手渡していった。
その主たる存在こそ、自分の望む域の寸前まで覚醒した『佐伯克哉』だった。
だが…これは、先程太一の父親に見せた時間軸と世界の彼ではない。
あの世界においては佐伯克哉は両方とも消えてしまっているのは事実だ。
このクラブRは、色んな可能性の…様々な時間軸に繋がっている。
今、目の前にいる彼は…鬼畜王としての素質に覚醒して、限りなく…
Rが望んでいる状態にまで近づいている眼鏡を掛けた方の克哉だった。
そして地下室には、彼の愛玩奴隷になっているもう一人の克哉もまた
存在している。
(ああ…貴方達はどの世界においても…様々な顔と、予想もつかない
未来を紡いで下さっている…。どれ一つとして同じ結末を辿る事なく
まるで万華鏡のように鮮やかに、色んな未来を生み出して下さる…。
だから、私は貴方達の行く末を見届けるのが愉しくて仕方がないんですよ…)
例え死んでしまっても。
他の誰かと幸せになろうとも…。
彼らは本当に様々な未来を見せてくれるから、だからRは彼らを
見守る事を止めない。
たくさんの可能性の中に、彼が望む域まで覚醒しきった克哉に出会える
その日まで…。
この店の中にも、様々な克哉が現れては消えていく。
彼のようにとどまり、君臨する者もいれば…一度はここに収まる事を
決めてから、結果的に出ていく克哉も存在する。
けれどどんな形であれ、Rは佐伯克哉に異常に固執している。
だからあの世界では虫けらのように殺されてしまった事が許せなくて
あのような気まぐれを起こしたが…殺した男に一生消えない罪悪感を
抱かせるのに成功したから、今のRの表情は愉快そうだった。
「妙に…今朝は機嫌が良いようだな、何かあったのか…?」
『いいえ、大した事ではありませんよ…。さあ、貴方の為にとびっきりの
朝食を用意致しますよ…我が主…』
そうして、たった今まで起こっていた事など全て忘却の彼方に
追いやりながら…己の主人の為に腕を振るい始める。
―それでも片隅で、あの世界の佐伯克哉が望んだ五十嵐太一の
幸福がどうか持続しますようにと…少しの間だけ願っていきながら、
彼は思考を切り替えて主の為に今日も奔走していくのだった―
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当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
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…一言報告して貰えると凄く嬉しいです。