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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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お待たせしました。3月23日から連載再開しました。
 御堂さんの日の企画に参加して間が開いてしまったので過去のリンクも
貼っておきますね。

 夜街遊戯(克克)                             


―店の裏口から出た、暗い裏路地はひっそりと静まり返っていた。
 だが歓楽街の真っ直中に存在しているせいか、喧噪だけはザワザワと
風に乗って運ばれて来る。
 ガチャ、と大きく音を立てて扉が閉められていくと…克哉はもう一人の自分に
思いっきり壁際へと突き飛ばされていく。
 とっさに手を突いて、全身が激突しないように庇ったが…勢い良く飛ばされた
事によって、手のひらが打ちつけられる形となり鋭い痛みが走っていく。

「いつっ!」

 その衝撃に眉を顰めた瞬間…眼鏡は直ぐに彼の背後に覆い被さり…
克哉を薄汚れた壁と自身の身体で閉じ込めていった。

「っ…! 何、するんだよっ…くっ…!」

「うるさい、少し黙れ…」

 克哉が相手の方に振り向いて反論しようとした瞬間…口元を掌で覆われて
しまって言葉を塞がれていく。
 それとほぼ同時に、臀部の狭間に…熱い感触を覚えて克哉は眼を
見開いていった。
 最初は少しだけ何か温かいものが触れているな…程度だったが、それが
次第に熱を帯びて硬くなっていくのを感じて…声を失うしかなかった。

(まさかこいつ…欲情、しているのか…っ?)

 その事実に気づいた瞬間、克哉の背筋にゾクンと悪寒めいた感覚が
走り抜けていった。
 以前にもう一人の自分に抱かれたのは、随分と以前の話だ。
 そして無事再会出来たら、こうして触れられることもどこかで期待はしていた。
 しかし…あんな衆人環視の中で激しいキスをされたばかりで…
こんな薄汚れた路地に連れ込まれてこんな振る舞いをされて抵抗感を
まったく覚えない訳がない。
 相手の興奮の証を感じ取った瞬間、欲望と憤りの両方が胸の中で
渦巻き始めていく。

「お前…一体、ここで何を、する…つもり…だよっ!」
 
 必死に頭を振って相手の掌を振りほどきながら声を上げていく。
 頭の中がグチャグチャで上手くまとまってくれない。
 だが相手は、そんな克哉を更に挑発するように…何度も、何度も布地越しに
熱い昂ぶりを擦りつけてくる。
 そうしている間に相手の指先が身体の前面に伸ばされてやや
乱暴に…胸のボタンを外されていく。
 直接早くも反応し始めている胸の突起を弄られていくと…克哉は
自分でも息が上がり始めているのが判った。

「相変わらずお前は鈍いな…。さっきの俺からの濃厚なキスと…この体制で
察せられないのか…?」

「おまっ…ここ、外なんだぞ! 一体何を考えているんだよっ…!」

「…他の人間に見られたくないんなら、黙っているんだな。お前があまり…
大きな声とかあえぎ声を出したりしたら…他に人間がこの場所に
来るかも知れないぞ…?」

「…お前には、途中で止めるって選択肢はないのか…よっ…むぐっ!」

 克哉が文句を言っていると、「うるさい、黙れ…」とでも言うように
再び唇を深く塞がれていった。
 熱い舌先が容赦なく絡んで来て、こちらの意識を飛ばしていく。
 そうしている間に胸の突起を、押しつぶされるように強くこねくり回されて
ゾクゾクゾク…と甘い感覚が走り抜けていった。
 濃厚すぎるキスを施されながら、こんな風に挑発され続けたらこちらだって
堪ったものではない。 
 ようやく解放された時には、自分が手を突いている壁に身体を預ける
格好にならなければ支えていられないぐらいに…感じきって、呼吸が
乱れてしまっていた。
 
「…お前は、途中で止めて良いのか…? 此処も、この浅ましい場所も…
俺が欲しくて堪らないっていう反応ばかりしているけどな…?」

「そ、んな事…ないっ! やだ…其処、ばっかり…弄るなよ…!」

 克哉の意思に反して、さっきの店内での行為と…今、この状況に立たされて
肉体は熱く反応してしまっていた。
 お互いが纏っている衣類に阻まれている形とは言え…確かに欲情
しているせいで、克哉の奥まった箇所は相手のモノが触れる度に大きく
収縮を繰り返している。

「…お前は本当に、嘘つきだな…。こんなに呼吸を荒げて、俺を貪欲に
求めている癖に…口では、拒むことばかり言って…」

「だってっ…! こんな、場所で…なんて…嫌、だよ…! 」

「嫌だと言っている割には、いやらしく腰をくねらせているじゃないか…?
さっきから言っている事と、身体の反応が一致していないぞ…お前は…」

「お前、が…! こんな事を仕掛けて、いるから…だろう…!
オレは、こんなの…嫌、だ…あっ!」

「うるさい…。お前は俺の腕の中で甘く啼いてさえいれば…良いんだ…。
少し、黙っていろ…」

 そういって眼鏡の手が乱暴に、克哉の衣類を引き摺り下ろしていく。
 瞬く間に克哉の滑らかな臀部と…淫らに勃ち上がってヌラヌラと濡れている
ペニスが外気に晒されていく。
 
「やっ…だっ…本気で、止め…て、くれっ…うぁ!」

「黙れと…言っている…だろうが…」

 そうしている間に、首筋に顔を埋められて強く吸い上げられていく。
 鋭い痛みを覚えるのに、こんな風に高められてしまった肉体にはそんな
刺激すらも、アクセントになって感じてしまっている。
 眼鏡のペニスが、蕾に宛がわれていく。
 その瞬間に期待するように喉を鳴らしていきながら…克哉は身体を
大きく竦ませていった。
 強烈な快感を得たい気持ちと、こんな場所で抱かれる抵抗感の両方が
胸の中で大きくせめぎ合っている。

「お前は、俺に抱かれてさえいれば…良いんだ…。初めて顔を合わせた
男に、媚を売るような淫乱はな…」

「それ、何を…言って…いるんだよ…んぁ…!」

 その言葉を言われた時、思い浮かんだのは…さっきまで話していた
ユキのことだった。
 だが、自分はあの人に媚を売っていた覚えなどまったくなかった。
 けれど…眼鏡にはそういう風に映っていた事に気づかされて、一瞬
青ざめていった。
 だが…そんな克哉の心中などまるでお構いなしに…熱い性器が
宛がわれていって―

「くぁ…!」

 指を唇に挟まれ、それを噛まされながら声を抑えられた状態で…
熱いペニスが容赦なく克哉を貫いていったのだった―
 

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お待たせしました。3月23日から連載再開しました。
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 夜街遊戯(克克)                                   



 ―そんなには広くない店内で、多くの人間の視線に晒されて
いきながら深く口づけを施されていく。
 久しぶりに触れるもの一人の自分の唇は、こんな状況だというのに
酷く甘く感じられた。

「ふっ…うっ…」

 突然の事態に克哉の思考はついていけず、相手を引き離そうという
気持よりも先に…為すがままになって硬直してしまっていた。
 クチュリ…と淫らな音を立てながら相手の舌がこちらの口腔に
割り込んできて、こちらの上顎の部分をくすぐるように撫ぜたり…
熱い舌先を絡め取っていく。
 その度に脳髄を痺れさせるような甘い感覚が背筋から走りぬけていって
克哉を腰砕けにしていった。

「んんっ…ふっ…ぁ…」

 ダメだ、と止めろ…という言葉すら満足に紡げない。
 そんな情熱的なキスをかなり久しぶりに施された上に…尻肉を揉みしだくように
両手で捏ねくり回されたら…抵抗する気力すら奪われてしまっていた。
 相手の腕の中は思いがけないぐらいに熱く、思わず酔いしれてしまいそうになる。

(こ、んな状況、なのに…振り、解けない…! 沢山の、他の人間に見られながら…
何て、そん、な…!)

 痛いぐらいの視線と注目に晒されて、神経が焼き切れてしまいそうだった。
 こうして克哉がもう一人の自分にキスをされている光景は周りの人間にとっては
絶好のショータイム以外の何物でもない。
 双子、としか思えないぐらいに整った容姿を持った二人の青年同士の官能的な
口づけのシーンは多くの憶測を生み、店中の人間の視線を釘付けにしていった。
 その無遠慮な眼差しは一種の暴力に等しいぐらいだった。
 けれど身体の力は完全に抜けてしまって、逃れることすら満足に出来ない。
 相手の指先が、間接的に…後蕾の部分を刺激していって、浅ましく其処が収縮を
始めているのが解る。

(そんな、所…あまり、弄るなよ…!)

 見られているのに、恥ずかしいのに…そのキスと指先に情欲を煽られてしまって
身体が熱くなり始めていく。
 そんな自分を信じられないと思う反面…甘美過ぎる感覚に抗うことが出来なかった。
 本来なら振り解いて逃げなきゃいけない状況なのに、与えられるキスがあまりに
官能的過ぎて頭の芯が蕩けかけていく。
 暫く欲望を満たされていない身体はあまりにも素直に反応してしまって…妖しい
情欲を湧き上がらせていく。
 そうしてたっぷりと数分、濃厚な口づけを交わされてしまった後は…膝が笑いかけて
満足に立っている事すら出来なくなってしまっていた。

「…ほう、こんなに多くの人間に見られているというのに…腰も立てなくなるぐらいに
感じまくっているのか…。相変わらず、お前は天性の淫乱だな…」

「そんな、事は…ない…! 止め、ろ…よ…っ!」

 けれど久しぶりに聞く相手の声が、そんな風に揶揄するものであった事に…克哉は
軽く憤りを覚えて睨みつけていく。
 だが感じきってしまっている瞳は甘く蕩けてしまっていて…うっすらと潤んでしまっている。
 薄暗いバーの店内の中でも、その瞳は…まるで宝石か何かのようにキラキラと
輝いてしまっていた。

「…何を今更、さっき俺がキスしている間…感じまくっていた癖に…。お前の此処は
随分と素直に反応してしまっているぞ…?」

「っ…! や、駄目だ…!」

 お互いにスツールから立ち上がってカウンターの前で真正面から向き合いながら
立っている状況で…相手の腿が、こちらの下肢の狭間に割り込んでくる。
 相手のあからさまな欲望を感じて、ゴクリ…と克哉は息を呑んでいった。
 けれど…こんな処で反応しかけている部位を擦りあげられて、克哉は本能的に
恐怖を覚えて身を引こうとする。
 それでも眼鏡は容赦する様子を見せず…愉快そうに微笑んでいった。

「興奮しているみたいじゃないか…? もう立てなくなっているのか…?」

「うる、さい…言うな! 言うなよっ!」
 
 ククっと喉の奥で笑いを愉快そうに立てている相手に憤りを感じて、キッっと睨みつけて
いくが相手はまったく堪えた様子がなかった。
 その現実が、限りなく情けなくて悔しかった。
 無数の視線に痛いぐらいに…暴力のように晒されていく。
 早くこの場から、逃げ出したかった。

(こいつは、どうして…こんな風に意地悪なんだよ! せっかく…久しぶりに会えたのに…!)

 心の中で強くそう叫んだ瞬間、強い力で腕を握られていく。

「いっ…!」

 思わずその痛みに鋭い声を挙げていくと…眼鏡は容赦なく、克哉の腕を引いて
移動を始めていった。

「なっ…一体、どこへ…?」

「うるさい、黙ってついて来い…」

 感じきってしまって満足に立っていることも辛い状況で…無理やり移動を
させられていく。

「代金だ。受け取ってくれ…こいつと、さっきの男の分も合わせてだ。
面倒を掛けたな…」

 そうして立ち去る間際、カウンターにいたバーテンダーの前に五千円札を一枚、
差し出していくと…眼鏡は強引に、克哉をつれ去っていく。

「来い…」

 そうしてどこか不機嫌そうに呟きながら、眼鏡は…店の入り口からではなく
裏路地に繋がる、裏口の方へと…克哉を引き込んでいったのだった―
 

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 夜街遊戯(克克)                                 

  
―夜の街には様々な人の思惑が交差している。
 その中にある幻想は脆く儚いものなのに、それでも人は
 刹那の愛を求めて、歓楽街へと身を浸らせていく
 それはドロドロと醜い感情を、上辺だけを塗り固めた虚飾であったり
 戯れの中に本心を隠して見えないようにしたり…様々な駆け引きが
 横行している。
 それでも、その中に…『愛』と呼べるものは潜んでいるかどうかに
気づくには…何が、果たして必要なのだろうか…?

 ユキは一通り、これから自分がどうするかを克哉に説明し終えると
悪戯っ子のような表情を浮かべて、耳元から顔を離していった。

「聞こえたかい?」

「はい…その、ありがとうございます」

「…礼を言われる程じゃない。俺も同じ気持ちだから乗っただけだよ…。
ま、当分この店には顔出せないぐらいは覚悟しておいてくれな?」

「そ、それは…はい、覚悟してます」

「了解、それじゃあ…二人して、出入り禁止になるぐらいの気持ちで…行こうか?」

「は、はい…」

 そういって目の前の男性は、ニッコリと綺麗に微笑んでいった。
 二人の距離が、完全に遠いものになっていく。
 ユキは一足先にスツールから立ち上がっていくと…ひどくスマートな動作で
もう一人の克哉と、リョウが座っている席の方へと移動していき。

『リョウ』

 と、確かに彼は想い人の名を呼んでいった。
 瞬間、多くの人間の視線が…ユキに注がれていく。
 だが青年は、予め覚悟していたのでそれぐらいでは動じなかった。

「…ユキ、どうしたの? 俺…人と話している最中なんだけど…?」

 リョウもまた、相手の突然の行動に目を白黒させていた。 
 今まで二人とも何度もこの店を愛用してきた。
 だから…こんな風に店内に一緒にいても、お互いに先に会話相手やその夜の相手が
見つかったのなら、絶対にこうして割り込むような真似などして来なかった。
 今夜だって同じだ、と彼は思い込んでいた。
 だからこそ…ユキがこちらに声を掛けて来たことに驚きを隠せないようだった。

「あぁ、相手が見つかっている最中に申し訳ないが…今夜、俺と先約あっただろ?
忘れたのか…?」

「えっ…? あぁ、ユキとは確か明日、約束していたけど…」

「今夜、だろ?」

 相手が本来の正しい約束の日時を口に出すのと同時に、念押しするように
『今夜』である、と告げていく。
 当然の事ながらこれはユキの嘘であり、ハッタリだ。
 
「俺が勘違いして、お前との約束を明日だと取り違えてしまった。そうだろ…?」

「えっ…そんな、事は…」

 違う、と言いたかったがあまりにはっきりとユキが言い切るので…リョウは
否定仕切れずに、くぐもった声を出していく。
 その隙を、男は見逃さなかった。
 しっかりとその腕を掴み、リョウの腰を上げさせていく。
 その様子に、有無を言わさぬ迫力のようなものがあった。

「という訳でおにーさん、悪いね。今夜は俺の方が先約なんで…失礼するよ。
恥かかせた詫びに、飲み代ぐらいは持たせて貰うよ…」

 そういって、眼鏡の前に五千円札を一枚、そっと差し出していく。

「…顔も知らない相手から、金を貰う趣味はない。持って帰ってくれ」

 興味のなさそうな顔で、眼鏡は冷たく言い放ち…そのお金を突き返していった。
 今まで話していた相手を取られることにも、ユキが割り込んできた事にも
何にも興味がなさそうな態度を貫いていく。
 ユキは引き下がって、せめて飲み代ぐらいは支払おうとしたが…相手の
あまりに冷酷な眼差しに引き下がっていく。

(…絶対にこれは受け取りそうにないな…)

 その表情と視線から、その事実を察して…一度出した札を代わりに、
すぐ近くに立っていた克哉のポケットにねじ込んでいく。

「えっ…?」

 すぐ後ろに立っていた克哉は、突然の事態に呆けた顔を浮かべていく。

「飲み代、代わりに支払っておいて。それじゃ俺は行くから…」

 そうして愉快そうな笑みを浮かべていきながら、男は「グッドラック」と短く
呟いて…リョウの手を強引に掴んで、店の外に出ていく。
 しかしその動作に、誰も言葉を挟めないまま…そのまま、ユキとリョウの
二人を見送り…そして扉の奥に消えていった。

「あっ…」

 そのまま暫く克哉は茫然と立ち尽くしていく。
 相手のスムーズさに比べて、克哉は展開についていけずに…すぐに
動けずにいた。
 今、もう一人の自分の連れはいない。絶好の声を掛ける機会だ。
 そう思っているのに…店内の人間の目が一斉に残された自分に
注がれていることに気づいて、その場で硬直してしまっていた。

(ど、どうしよう…すぐに『俺』に声を掛けないと、せっかくユキさんが
作ってくれたチャンスが…)

 けど、無数の視線に晒されるというのは一種の暴力にも近かった。
 思うように頭と身体が動かない。
 心臓はバクバクいって、うるさいぐらいだった。
 そうして克哉が躊躇してしまっている間に…眼鏡の方に目をつけて声を
掛けようとしている若い男が、席を立ち始めていくのが見えた。

(ダメだ、このままじゃ…同じことの繰り返しだ!)

 そうして、破れかぶれで慌ててもう一人の自分の元へと距離を詰めていった。

「おい、『俺』…!」

 顔を真っ赤にしながら、ついそんな呼びかけをしてしまう。
 そうしてから、しまった! と叫びたくなった。
 いつもの癖でそう呼んでしまったが、恐らくこんな呼びかけ…第三者が
耳にしたら、異様なものにしか聞こえないだろう。
 途端に店内のざわめきが大きなものに変わっていく。

 ザワザワザワ…と人が何か密かに言葉を交わしあう声が余計に克哉の
緊張感を上げていってしまった。
 薄暗い店内でも、何人かの人間は眼鏡が店に入ってきた時点で克哉が
良く似た風貌の持主であることに気づいていた。
 それでただでさえ最初注目を集めてしまっていたのに、こんな奇妙な呼び方を
してしまったら余計に人の興味を煽ってしまうのは明白だった。

(うわ~オレの馬鹿~! いつもの癖で…人前でも、こいつを『俺』って
呼んじゃった!)

 克哉は目をシロクロとさせながら、脇から背中に掛けて冷や汗が伝っていくのを
感じ取っていった。
 嗚呼、もう…一体どうすれば良いのだろうか。
 場数を踏んでさえいればきっとユキのようにスムーズに店内から
相手を連れ出すことが出来ただろう。
 けれど自分にはそんな器用な真似など絶対に出来ない。
 気分はまさに一人百面相だ。ただ、眼鏡を前にして対峙しているだけで
克哉の顔は赤くなったり青くなったり、様々な色に変化している。
 しかししどろもどろになっている克哉に対して、眼鏡はひどく冷たい眼差しを
向けていくと…。

「…一人百面相は済んだのか?」

 と、冷淡な態度であっさりと返すのみだった。
 その態度に、克哉はつい腹が立っていく。
 彼に会いたい一心で、色々と複雑な心境になりつつもここまでやって来て
衆人環視の中でも、勇気を振り絞って声を掛けたのだ。
 それなのに、こんなに冷たい態度で出迎えなくても良いじゃないか! と克哉は
思いっきり叫びたくなった。

「お前なぁ! オレがどんな思いでここまで来たと思っているんだよ!」

「…お前が俺に会いたいと、うるさいぐらいに想っているからこうして機会を
与えてやったんだろうが。お前に責められる謂われはないが」

「そ、んな事…ないっ! 何だよ、うるさいぐらいに想っているって…!」

「言葉の通りだ。あぁ、もう…やかましい。少し黙れ」

 克哉がつい感情的になって声を大きくしていくと、相手は本気でうるさそうな
表情を浮かべていった。
 そして、強引に克哉の腕を引いていくと…。

「うっ…!?」

 多くの人間の視線と注目が集まる中、いきなり…克哉はもう一人の自分に
深く唇を奪われる羽目となったのだった―
※お待たせしました。本日から連載再開です。
間が開いてしまったので過去のリンクも貼っておきますね。

 夜街遊戯(克克)                              

 
 ―もう一人の自分が、他の誰かと楽しそうに話している

 その事実に酷く心がざわめいているのが判る。
 こうして目の前にいるのに、誰かと一緒にホテルに入る所なんて
見送りたくなどなかった。
 そして…すぐ隣に座っているユキという男性も、同じ思いのようだった。
 少しだけこの偶然に克哉は感謝していた。

 この街に来るのは初めての克哉でも、相手が見つかっている人間に
割り込むように声を掛けたりするのはタブーだというのは…この店の
空気を読めば、何となくは察していた。
 初めて来る場で、克哉一人だけでは…そのタブーを犯す勇気はなかなか
持てないでいただろう。
 けれど克哉は直感的に察していた。言葉の端々と、チラチラとリョウと
名乗る青年を見る仕草と表情から、彼もまた…目の前で想い人が他の男と
消えるのを快く思っていない事を。

―ここで見送るのが、本来のハッテン場でのルールであり、流儀だ。

 眼鏡とリョウ、と名乗る青年との間に割り込むよりも…このブルーコンタクトを
嵌めた黒髪の青年と会話を続けた最大の理由。
 それは、今…この場で確実に克哉と利害が一致する存在は彼以外に
いなかったからだ。

「ねえ、ユキさん…一つ聞いて良いですか?」

「何だい?」

 その瞬間、克哉は潜めた声で相手の耳元で告げていく。

「…リョウさんが、あいつとホテルに入ったらどんな気持ちですか…?」

「っ…!」

 その瞬間、相手の目が一瞬だけ激しく揺れていった。
 すぐに取り繕うと必死になっている。
 けれどその激しい感情の揺らめき…それが雄弁に、彼の心境を
克哉に教えてくれていた。

(やっぱりこの人は…あの人に対して、本気なんだな…)

 遊び人に見えても、場数を踏んだ経験豊富そうに見える男性でも…
本気で誰かを想う気持ちは、変わらないものだとその反応で判った。
 
「…どうして、そんな事を聞くんだ…?」

「…貴方に、協力して欲しいからです…」

 その瞬間、克哉の瞳が強く揺れていく。
 今、自分が考えていることが大胆極まりないことは判っている。
 けれど…優柔不断で、オロオロしている内に…今夜も彼の背中を見送る
ことになるぐらいなら、動きたい。
 克哉は心からそう考えていた。
 詳細は話していない。けれど会話の流れと状況から…その一言でユキという
男性は、克哉が何をしたいのかを察していったようだ。
 途端に難しい表情になって、心配そうに問いかけてくる。

「…正気か? …確かにお前さんはこの場が初めてだからしょうがないと
思うが…一応この店は、その日の相手が見つかった相手に割り込むのは
ルール違反だ。暗黙の了解と言い換えても良い…それを判っているのか?」

「はい、判っています。はっきりと教えて貰っている訳ではないですが…
他の客の動きとかそういうのを見れば、二人で話している人間の間には
店の人間も滅多に割り込まないようになっている。それぐらいは
観察していれば判りますから…」

「…初めて店に入った人間が、そんな真似したら次回からは門前払いを
食らうぞ…まったく、大人しそうな顔して…意外に大胆だったんだな…」

 二人は他の人間に聞かれないように、顔を寄せ合いながら…会話を
続けていく。
 だが、先程と違ってどれだけ近くにいても色事の匂いはまったく感じない
会話のやりとりだった。

「けど、オレは…嫌、なんです。あいつが目の前にいるのに…他の誰かと
消えるのは、どうしても…見過ごしたくない、んです…」

 こういう場で、こんな我侭を言うのはタブーだって判っている。
 多くの男が、その日の相手を求めて集う場所。
 独占欲や嫉妬、その他もろもろのドロドロしたものを引きずらないという
ルールで成り立っている場で、こんな事をいう克哉はきっと異端者以外の
何者でもない。
 けれど、染まっていないからこそ…克哉は割り切れない。

「…そんなに、あの男が好きでしょうがないって事か…? お前さんにとって…」

 その言葉を問いかけられた時、一瞬…素直に答えるかどうか迷った。
 しかし…すぐに大きく頷いて肯定していった。
 ここで嘘をついても、誤魔化しても何もならないと思ったからだ。
 もう一人の自分に会いたいと思っているからこそ、此処まで来た。
 けれど初めて来る場所に合わせて、その本音を押し殺せる程…克哉は
器用な性分ではないのだ。
 涙をうっすらと浮かべながら、初対面の相手にこんな事を吐露するのは
間違っているのかも知れない。
 けれど…駆け引きが出来ないのなら、味方になってもらうには本音を
ぶつけるしかないと思った。

「…そうです。好きで…堪らないんです…あいつの、事が…」

 だから…自分をナンパしてここまで連れて来た男性にこう正直に答えることは、
馬鹿にされても仕方ないと半ば覚悟の上で、自分の本心を相手に告げていった。
 暫く無言で見詰め合っていく。それから…少しして盛大にユキは
ため息を突いていった。

「…ったく、こういう街に慣れてないにも程があるな…お前さん。
けど、正直言うと…俺はそんなピュアな気持ちって奴から、
随分と遠ざかってしまっていたな…」

 そうして…諦めたような、遠い目になっていった。

「…誰かを真剣に想うのは、怖いからな。相手を好きになればなるだけ…
その一言一句に支配されて、無駄に傷ついて消耗して…。それに疲れて
本気の恋愛から逃げて、俺はこの街を彷徨うようになっちまった…。
だから、嫉妬とか独占欲とか感じても…意識しないように努めていたんだがな。
ったく…目を逸らしていたもんを、わざわざ気づかせてくれちゃってなぁ…」

「ユキ、さん…?」

 その瞬間、ユキの目は随分と悲しげなものになった。
 それはおどけた態度に隠されていた彼の本心、素顔だった。
 今目の前にいるのは…最初に見た、この場に慣れた遊び人風の男性ではない。
 克哉と同じように、誰かを想って…惑い苦しむ存在だった。

「…まったく、純粋な気持ちっていうのは性質が悪いね。おかげで…
気づいちまったよ。俺はあいつを、取られたくないって本心にさ…。
どう責任取ってくれるんだ…?」

「…出来る限り、貴方に協力します」

 克哉は強気に微笑みながら、はっきりした口調でそう告げた。
 恐らく…これは最大のチャンスであり、好機だ。
 今…目の前にいる彼を捕まえなかったら、きっともう二度とこの街の中で
もう一人の自分を見かけることはないような気がしていた。
  こうして自分がユキと出会い、そしてもう一人の自分に声を掛けた存在が
この男性の想い人であるという…その偶然を生かさなかったら、きっともう
ダメなような気がしていた。

「だから…貴方も、協力して下さい…お願いします…。オレはあいつを…」

 そう、真剣な顔で告げようとした瞬間…ユキは、首を振った。

「…もういい。言わなくても…充分、お前さんの気持ちは伝わったから…」

 そうして、緩やかに彼は笑っていく。
 その顔は…迷いが払拭されていた。

「あ~あ、この店…結構気に入っていたんだがねぇ。まあ…欲しいものを
手に入れる為なら、これぐらいの代価は覚悟するべきかねぇ…」

「えっ…? 何を…?」

 克哉が相手の呟きの意味を理解出来ずに呆けた顔を浮かべていくと
彼はいきなり立ち上がっていき、ニっと笑っていった。
 そうしてガシっと克哉の手を握っていくと…力強く微笑んでいった。

―そしてユキは、これから自分がどう動くかを…密やかな声で
そっと克哉に耳打ちして伝えていったのだった―
 




 ※これはいつもお世話になっている某管理人様に捧げる克克話です。
 その方の誕生日の季節に合わせたネタを書かせて頂きました~。
 お誕生日、おめでとう~!

『春雷』

―何故か桜が苦手だった。
 皆が綺麗だ、と言って花見をしたり浮かれる季節。
 けれど毎年、自分はその言葉に賛同出来ないで曖昧に笑って
誤魔化し続けていた。
 三月中旬、関東ではもうじき桜の開花の時期を迎えようとする間際。
 その夜、静かに…春雷が訪れていた

 すでに暖房に頼らなくても夜を過ごせるようになった頃。
 決算時期を迎えて、夜遅くに克哉は自宅に辿り着いた。
 傘を差して帰ったが、それでも長く小雨が降り注ぐ中を歩いて帰れば
全身はうっすらと濡れてしまっていて。

「…ビショビショという程濡れてないよな…。どうしよう…干しておいて明日も
着ていくか、クリーニングに出すことにして…明日は別なのを着ていくか
どっちにしようか…」

 そう、濡れ加減が微妙なラインなので克哉は少し考え込んでしまっていた。
 とりあえず部屋の敷地内に上がっていった瞬間…ゴロゴロ、と雷鳴音が
聞こえ始めていた。
 それに意識を取られて、つい電気もつけないままで…ベランダの方まで
足を向けていってしまう。
 その時、克哉のマンションの近辺では、幾度か鮮やかに夜空に稲妻が走っていった。

 ピカッ!! ゴロゴロ!!

 どうやら近くに雷が落ちたらしく、それから少しだってドカン! という派手な
音が周囲に鳴り響いていった。
 雨音がザーザーと鳴り響いている中、その爆音は妙にこちらの心を
ざわめかせていった。

(どうして…こんな夜に、大雨と雷が鳴り響いているんだろう…)

 自分の自室内で、ガラス越しに外の光景を眺めていきながら克哉は
しみじみとそう思った。
  桜が咲く頃やその間際になると、胸の奥からザワザワと何かが競り上がって
くるようで本気で落ち着かなかった。
 だが、何が原因でこんな心境になるのかはっきりと思い出すことが出来ない。
 そのせいで克哉は、毎年…この時期になると必死にそれを押し殺して平静を
取り繕って過ごす羽目に陥っていた。
 漆黒のガラスの表面には鏡のように克哉の顔をくっきりと映し出している。
 その向こうに一瞬だけ、もう一人の自分の面影を見出して…そっと無意識の内に
黒いガラスに映っている自分の虚像に指を添えていた。

「『俺』…」

 今の克哉は、不安だった。
 だから無意識の内に、誰かにいて欲しいと願ってしまった。
 そうして静かに求めていたのは…傲慢で身勝手な、もう一人の自分だった。

(…何、考えているんだろう…。何もなく、あいつがオレの前に現れることなんて
ないって判り切っているのに…)

 少し経って、自分でもそう突っ込みたくなった。
 けれど…胸の奥に大きな不安が、闇が存在していた。
 だからそれを紛らわしたくて…無意識の内に、温もりを求めてしまっていた。

「会いたい、な…」

 それは、相手に届くことはない呟きだという自覚はあった。
 だからこそ…ごく自然に克哉の唇から零れていった。
 その瞬間、一際大きく周囲に閃光が走り抜けていく。

 バァァァァン!!

 そして、本当にすぐ間近で雷が落ちたかのような一層激しい爆音が
轟いていった。

「うわっ!!」

 二十代後半になる大の男が、雷が鳴っているぐらいで今更怯えたりはしないが
これだけ近ければ流石に大声ぐらいは出てしまう。
 克哉は大きく肩を揺らしながら、その音をやり過ごしていくと…ふいに
背後に気配を感じていった。

「な、何だ…?」

 そうして、慌ててそちらの方向に振り返ろうとした瞬間…ふいに、
後ろから誰かに抱きすくめられている感触を覚えていった。

「えっ…?」

 先ほどまでこの部屋の中には自分だけしかいない筈だった。
 しかし…気づけば、克哉はガラスと…その相手の身体の間に閉じ込められる
格好になっていた。
 冷たいガラスの感触と、顔も判らない誰かの温もりに挟まれて克哉は
一瞬パニックになりかける。

「だ、誰だよ…!」

「…ほう、『俺』が判らないのか…?」

「へっ…?」

 耳元で囁かれる、低く掠れた…尾骶骨まで響く声。
 たったそれだけの事で背筋がゾクゾクしてしまった。
 聞き間違える訳がない、これは…紛れもなく…。

「どうして、『俺』が…? 柘榴は、食べてない筈なのに…?」

「お前がさっき、呼んだんだろう…? 俺に会いたいって、心の中で強く願った筈だ。
だから…来てやったんだが…何か、悪かったのか…?」

 そう呟かれながら、首元に小さくキスを落とされていく。
 チュッという音が微かに聞こえて、克哉は頬を赤く染めていった。
 相手の体温と息遣いを闇の中でしっかりと感じてしまって…嫌でも意識せざる
得ない状況だった。

「ううん、悪いってことはないけど…。ただ、少しびっくりはしたかな…。
まさか、今夜…お前に会えるなんて思ってもみなかったから…」

「ほう? あれだけ心の中で強く俺を呼んでいた癖にそんな事を言うのか…?
良い根性をしているな…」

「…そんなに、オレ…お前を強く呼んでいた…?」

「あぁ…うるさいぐらいに、な…?」

 そうして、あっという間に相手の声のトーンがねっとりと甘いものへと変わっていく。
 自分の胸元から腹部の周辺で組まれていた両手が、怪しく布地越しに…克哉の
身体を這い回り始めていった。

「あっ…はっ…」

 両手で胸元周辺を弄られ始めて、克哉はビクンと身体を跳ねさせていく。
 けれど相手の手は更に大胆さを増していって、ボタンをゆっくりと外して…今度は
直接触れ始めて―

「って。ちょっと待ってよ! いきなり…何を…!」

「何を今更…お前とオレがこうして暗闇で一緒にいるのに、何も仕掛けないで
健全で終わると思っていたのか…?」

「そ、そんな事を堂々と言い切るなよ~! あっ…こら、そんな所、んんっ…
触るなって、ば…」

 口では文句を言いつつも、眼鏡の手がゆっくりと下肢に触れて…性急な動作で
フロント部分を寛げさせて直接性器を握りこんでいけば、克哉の意思とは反して
其処は硬く張り詰めてしまっていた。

「…こういう時は正直になった方が身の為だぞ…? お前の此処なんて、俺の指に
吸い付いて来ているみたいじゃないか…?」

「やだ…言う、なよ…はっ…!」

 相手の指がいやらしくこちらの鈴口をくじくように…執拗に親指の腹を擦り付け
続けていく。その度に克哉の半開きの唇から、絶え間なく喘ぎ声が漏れていく。
 相手の指先が尿道付近や…ペニスの先端の割れ目周辺を攻め続けていくと…
克哉の全身はフルフルと震えて、そして大きく跳ねていった。

「やっ…もう、ダメだ…! 止め…! 『俺』…!」

 克哉は瞼をギュウっと伏せて懇願していくが…その願いは聞き遂げられる
事はなかった。
 代わりに耳朶を痛いぐらいに食まれて、扱く指の動きを激しいものに変えられていく。
 耐え切れないぐらいの強烈な快感が、電流のように走り抜けていく。

「イケよ…お前の淫らな顔が、黒い窓ガラスの中に…くっきりと映し出されて
いるぞ…?」

「えっ…あっ…あぁー!!」

 そう呟かれた瞬間、相手の視線をようやく克哉は意識した。
 黒いガラスを通して、背後にいる相手に自分の淫靡な顔が見られてしまっていた
という事実が…克哉の神経を焼いていく。
 耐え切れない、こんな強い羞恥と快楽に…だから僅かに残っていた抵抗心とか
そういうものが完全に粉々にされていく。
 そして、勢い良く相手の手の中で…熱い精を迸らせていった。

 ピカッ!!

 そして、世界が瞬間…真っ白に染まっていく。
 頂点に達することで脳裏に感じるホワイトアウトと、稲光が連動していった。
 その時、何もかもが遠くなり始めていく。
 けれど…もう一人の自分の荒い呼吸音と、忙しくなった脈動だけはその状態でも
はっきりと感じられていった。
 
「アッ・・・ハッ…」

 心臓が壊れそうなぐらいに激しく鼓動を刻んでいるのが判る。
 達した直後は何となく心の中に大きな空洞が出来てしまったような錯覚を
感じてしまう。
 そんな時…誰かの胸に包まれているのは、とても安心出来た。

(あったかい…いや、熱いぐらいだな…『俺』の身体…)

 荒い吐息を繰り返していきながら、克哉は暫し…相手の胸に身体を凭れさせていく。
 さっきまで感じていた不安が、晴れていく。
 桜の時期を迎えて、意味もなくざわめいた心が。
 暗い夜と雨、そして春雷に意味もなく乱されていた心が…もう一人の自分の
気配に包まれて、緩やかに安定していくのが判る。
 無意識の内に、相手の指先を求めて克哉は…己の指を蠢かしていく。
 相手の指にそっと自分の手が触れた瞬間…。

 ―勢い良く相手に下肢の衣類を引き摺り下ろされて、強引に身体の奥に
ペニスを挿入されていった

「あぁぁー!!」

 突然の衝撃に、心も肉体もついていけなかった。
 大声を挙げて大きく全身を戦慄かせて、目の前のガラス戸に手をついていって
どうにか倒れないように自らを支えるのが精一杯だった。
 何度も、春の嵐が夜空に走り抜けていく。
 けれど…もう、怖くなかった。
 否、もう不安や恐怖が入り込む余地がないくらいに…全てがもう一人の
自分の存在によって満たされていく。
 最奥を深々と貫かれることで、克哉は彼に支配されていった。

「余計な事など、考えるな…」

「んっ…はっ…」

「…不安になるぐらいなら、何も考えるな。それぐらいならお前は俺のことだけを
感じて啼いていれば充分だろう…?」

「はっ…あぁ…う、ん…判った…くっ…ぁ…!」

 身体の奥が、熱くて仕方なかった。
 もう一人の自分に貫かれて、気持ちよくて頭の芯すら痺れてしまいそうだ。
 克哉の感じる部位を執拗にこすり上げて、的確に快楽を与えられる。
 その感覚に全てを奪われる。
 だからもう…先程のような焦燥感や空虚な想いを、感じる暇など…なかった。
 克哉が手を突いているガラス戸がガタガタガタと大きな音を立てて軋んでいく。
 漆黒の鏡に映るのは、自分と寸分変わらぬ容姿を持つ酷い男。
 けれど…繋がっている部位から、快感と共に…確かに身体が繋がっている
喜びもまた溢れ出ていて、克哉を満たしていく。

「んっ…あっ…お前で、オレを…いっぱいに、して…!」

 無意識の内に、嬌声交じりにそんな事を懇願していた。
 克哉のその言葉を聴いた瞬間、こちらを犯している男は満足げに
微笑を浮かべていく。
 そして…春雷が変わらず鳴り響く中で、告げていく。

「あぁ…お前の望み、叶えてやるよ…。雨も雷も…深い闇も、そんなものが
何でもなくなるぐらいに…強く、お前の中を俺だけで満たしてやる…」

 その一言を聞いた時、克哉は知った。

―もう一人の自分は、こちらの不安と恐怖、そして呼び声を聞いた上でこうして
姿を現してくれた事実を…

(本当に、こいつは…!)

 率直に優しいことを言ってくれない奴だなと感じた。
 けれど…その遠まわしで判りにくい気遣いに、やっと気づけた克哉もまた…
微かな笑みを口元に湛えていった。
 瞬間、相手がこちらの内部を一層深く抉っていく。
 互いの体液が深く絡まり…グチャグチャと粘質の水音を立てながらこちらを
深い悦楽へと容赦なく叩き込んでいった。

「ふっ…あぁー!!」

 そして、克哉は何も考えられなくなる。
 ただ相手の与える感覚だけを全身で享受していった。
 もう、何もかもがどうでも良い。
 彼だけがこうして傍にいてくれれば…あんな風に無闇に桜を怖いとか、
何とも形容しがたい不安感も、感じずに済むから…

(せめて、今夜だけでも…お前にずっと、いて欲しい…)

 一人が寂しくて、何となくぽっかりと胸に空洞が空くようなそんな
気持ちになる夜は、誰にだって存在する。
 けれどそんな夜に、誰かが傍にいてくれれば。
 その心を癒してくれれば…恐怖も傷も、薄れてくれる。
 再び閃光が走って、世界が白く染まっていく。
 立て続けに強烈な感覚を与えられ続けたせいか…ついに克哉は
限界を迎えて、意識が遠くなるのを感じていった。

(ダメ、だ…もう、本当に…これ以上は、意識が…)

 ガクリと全身から力が抜けていく。
 白天から黒い闇に、一気に突き落とされていくような感覚。
 けれどすっぽりと相手の体温を背中に感じているから、その
急降下されているような感覚もあまり怖くなかった。

「…夜明けまでは、いてやろう…」

 完全に眠りに落ちる寸前、もう一人の自分がぶっきらぼうに
そう呟いていった。
 その一言が、今の克哉には少し嬉しかった。
 だから、微笑を湛えながらそっと告げていく。

―ありがとう、『俺』…

 ただ傍にいてくれるだけで、心強く感じられる夜もある。
 こうやって一方的に…というか問答無用に犯されてしまうのだけは
頂けないけれど、けれど会えて嬉しかったのは事実だから…
 そう告げた瞬間に、やや苦しい体制を取らされながら…相手から
唇にキスを落とされていく。

―それを幸福そうな顔で受け止めていきながら、克哉はその春雷の夜、
静かに意識を手放していったのだった― 

 

 克哉は暫く落ち着かない様子で、もう一人の自分と茶髪の
若い男性とのやりとりを見守っていた。
すぐ目の前にいるのにお互いに別の人間と話している状態なので
声を掛ける事が出来なかった。
 
(…どうしよう)
 
 こんなに近くにいるのにこのまま、あいつが他の人間と
消えてしまうのを見送るのだけは嫌だった。
 自分がモタモタしている間に別の人間と夜を過ごしたかも
知れないという事実はショックだったけれど、すぐ側にいるのに
黙って指を加えているなどしたくなかった。
 
(…どう思われても良い。ユキさんにキチンと断りを入れよう…)
 
 いきなり割り込んだら茶髪の若い男にも怪訝そうな目で
見られてしまうかも知れなかった。
 けれど人目を気にして何もしないで見過ごしたくない。
やっとそう決心してユキの方を向き直っていくと…そこでようやく
克哉は、彼もまた浮かない顔をしている事に気付いた。
 さっきまでのこちらをからかって楽しそうにしていた時とは
別人のような、切なくて寂しそうな視線を…茶髪の若い男性に注いでいた。
 
「…あの、もしかしてあちらの若い男性はユキさんの
知り合いの方ですか…?」
 
「…あぁ、そうだよ。結構頻繁にやりとりをしている相手かな…」
 
 静かな声で、彼は頷いて肯定していった。
 やはり、と思った。
 自分が『俺』が別の人間と一緒にいるのを穏やかな気持ちで
みれないように…この男性もまた、あの茶髪の若い男が別の人間と
話している事実に気が気じゃないのだろう。

(…あぁ、きっとこの人は今…オレと似たような気分を味わっているんだな…)

 そう思うと、さっき際どい発言でからかわれたり唐突に頬にキスをされた
時に感じた抵抗感が、一気に薄らいで…代わりに親近感を覚えていった。
 
「お好きな方、なんですか…」

「ん…そうかな。リョウ、と言ってね。この間…告白して振られた相手」

「えっ…?」

 予想外の答えが戻って来て、克哉は一瞬言葉を失う。
 けれど目の前の男性は何でもない事のように笑って、あまり気持ちが
乱れた様子を見せずに口にしていく。

「…そんなに気を遣わなくていいよ。告白って言っても…『俺はお前が
他の男と寝て欲しくない。出来れば真剣に付き合ってやってくれないか』
…みたいな、そういう感じでそこまで重いものじゃなかったし…」

「けれど、その…好きだから…そう伝えた訳ですよね?」

 自分だってそうだ。
 眼鏡が他の男を抱いたら、穏やかじゃいられない。
 今、こうしてリョウ、という男性と話しているだけでもこんなに心が乱されて
仕方ないのに…ホテルに消えたり、そんな真似をされたら…と想像する
だけで胸が痛くなった。
 いつの間にか、二人のやりとりよりも…ユキの言葉の方が今は
気になった。何となく相手が傷ついているような、そんな気がしたから。
 けれど目の前の男性は、首を振って静かに告げた。

「…あぁ、俺はあいつに執着しているけれど…あいつは俺一人に絞るほど
まだ気持ちが行っていない。それだけの事だよ。
 だから…まあ、それなら告白はなかったことにしようとすぐに撤回したし。
あまり気にする事はないよ。…こういう街では、一夜のセックスは遊びと
同じだしね。その遊びにすぐに本気になるのは…ルール違反だし」

「それ、でも…」

「…そういうお前さんも、あちらの顔が良く似ている男性に執着しているんじゃ
ないのかい? さっきから凄く落ち着かない顔しているし…」

 相手に再び指摘されて、克哉は少し動揺していく。
 けれどここで取り繕っても仕方ないとすぐに思い直して正直に伝えていく。

「…はい、そうです。さっきも言った通りオレが探している相手というのは
あいつの事で…貴方の言う通り、執着しています。きっと今…他の人間と
消えられたりしたら、穏やかではいられないぐらいは…」

 初対面の人間に、こんな事を言うのは少し躊躇いがあった。
 しかし曖昧なままでいたら、きっと今夜ももう一人の自分を見失ってしまう。
 そう思ったら覚悟するしかなかった。
 すると相手は…一瞬だけ穏やかな瞳を浮かべていくと…。

「そうか、同士だな…。今、この時だけは…」

 と言って穏やかな手でこちらの肩をポンポンと叩いた。
 その仕草だけは性的なものを一切含まない、暖かいものだったので克哉も
身を硬くしないで受け入れていく。

「そう、ですね…」

 隣で二人の会話が続いていく。
 それが時々耳に入っている度に克哉は落ち着かなくなったりハラハラしたけれど…
もう少しだけそのまま、目の前の男性と会話を続けていく。

 人の縁は一期一会。
 今夜は縁があったとしても、これきりの出会いになるかも知れない。
 それなら、もう五分か十分ぐらいなら…この人と話していても良いかも
知れないと思い、克哉はそっと相手を見遣っていった。

―あいつの元に行く前に、今…似たような痛みを抱えて、そしてこの店に案内
してくれたこの男性に一言ぐらいは礼を伝えたいと、そう思ったから…


 

 

  -もう一人の自分が店内に入ってきた瞬間
店の中が大きくざわめいていった。
 多くの人間の視線が、注目が入り口の方に注がれている
のがすぐに判る。
 克哉の意識も、隣にいる黒髪の男性から一気に彼の方へと
注がれていた。

(…まさかこんなに早くあいつに会えるなんて…)

 正直、Rが言っていたのはこの街でほぼ間違いないだろうと
いう予感はあったが、実際に会えるかどうかはまだ未知数だった。
 何日か通って情報収集とか聞き込みとか、そういうのを
しなければならないか…と覚悟していただけに、彼をこうして
見つける事が出来たのは有り難かった。

「良かった…あいつに、会えて…」

 無意識の内にそう呟いた瞬間、克哉をこの店まで案内してくれた
ユキと名乗る男性は怪訝そうな表情を浮かべていく。
 その瞬間、何か気づいたようだ。ハッとなっていきながら
交互に…眼鏡と克哉の顔を眺めて考え込んでいったようだ。

「…あの男、お前さんと知り合いかい? 何となく顔の造作とかが…
印象は違うけど、似ている気がするし。兄弟か何かかい?」

「えっ…? いや、あいつと兄弟って訳じゃないんですけど…」

「…本当にかい? それにしては似すぎている気がするけれど…」

「そ、そんな事は…うわっ!」

 いきなり確認するように、ユキは克哉の頬に両手を添えて
至近距離で見つめ始めていく。
 宝石のような虹彩のブルーの瞳が吐息が掛かるぐらいに近くに
迫ってきていて、大声を挙げていく。
 瞬間、幾つかの瞳と…もう一人の自分の視線がこちらに注がれて
克哉はカアッと頬を熱くしていった。

「へえ、随分と初心な反応するなぁ。克哉って本当に
からかいがいがあるな…」

 しかしユキという男性は慣れたもので、あまり動揺した様子を
見せずにおかしそうにクスクスと笑っている。
 だが克哉の方はその間、気が気ではなかった。
 チラリと横目でもう一人の自分の反応を伺って行ったが…彼の顔には
何の感情も浮かんでいるように見えなかった。
 こちらに気づいてはいるが、他の男と一緒にいても心配している
風でも嫉妬している様子もない。

(…結局、あいつにとってオレなんてその程度の存在でしかないのかな…)

 あいつの表情に、何の色も浮かんでいない。
 その事実が少し切なくて、寂しかった。
 そうしてもう一人の自分に脇見している間に、ユキの顔はすぐ
間近に迫って来ていた。

 チュッ…

 あっ、と思った瞬間にはすでに遅かった。
 不意を突かれて克哉は頬に小さくキスを落とされていく。
 瞬間、慣れないことをされて大きく動揺して…克哉は顔を真っ赤に
しながら相手から飛びのいていった。

「うっ…わわわわっ! えっ、今…一体何を…!」

 克哉はスツールから慌てて腰を上げて相手から身を離していくと
こちらの過剰な反応に、男性の方もびっくりしたらしい。
 驚いたような表情を浮かべていくと…それからすぐに愉快そうに
微笑んでいった。

「…うっわ~…まさかここまで派手な反応されるとはね…。克哉って
本当に遊び慣れていないんだな~」

「あ、当たり前です こ…こんな事、され慣れている訳ないでしょう!」

「…オレにとってはこれぐらい挨拶の範囲内なんだけどなぁ…。いや、
まさかここまで可愛い反応されるとは…」

「…可愛いとかそういうの言わないでください。不本意ですから…」

 それから警戒するように克哉はジリジリと相手から後ずさって離れて
いこうとしていた。
 その気配を察したらしい。
 ユキは軽く手招きするような仕草をすると、朗らかな笑顔を浮かべながら
際どいことをサラリと言った。

「あ~大丈夫、いきなり襲ってホテルに連れ込んだりはしないから。
一応俺は…強姦とか、無理やりっていうの嫌いな性分だしね。
不意打ちでほっぺにキスぐらいはするけれど、乗り気じゃない子を
強引に口説いてベッドに連れて行ったりはしないから安心しなさい」

「…それって一体、どんな台詞なんですか! 余計警戒しますよ!」

 ユキにからかわれている内に、気づけば店内の人間の注目は
克哉に集まりつつあった。
 本人にはあまり自覚はないが…克哉はこれでも相当に整った
容姿の持ち主である。
 しかもこの街に馴染んだ様子がなく、からかわれて振り回されていろんな
顔を見せている様は他の男の関心も知らない内に引いていた。
 二人のやり取りを、鋭い瞳で目がねは眺めていたが…克哉は
気づかなかったがその顔には面白くなさそうな色が濃く現れていた。
 克哉が顔を真っ赤にしながらぎゃあぎゃあと言っている間に…眼鏡は
そう遠くない位置のスツールに腰を掛けていったのだが、今の
頭に血が上っている彼は気づくことはなかった。

「ようするに合意じゃなきゃ、俺は押し倒しはしないよって言って
いるんだよ。まあお前さんはからかいがいがあって非常に面白くて
結構だが…他に目的があるんだろ?」

「そ、そうですけど…」

「ちなみに件の男前さんは、お前さんの近くに座っているぞ」

「ええっ…! まさか…そんな…! うわっ!」

 克哉が心底狼狽しきった様子で慌ててユキが指を指した方角に
顔を向けていくと…物凄い目を鋭く光らせたもう一人の自分と
ばっちり目が合ってしまった。

(うわぁ~! 今、驚きまくって『俺』の方から意識を逸らしてしまって
いたからなぁ。何かさっきまでと違って、目が凄く怖い気がする~!)

 眼鏡は克哉より二つ隣のスツールに腰を掛けていて、その間には
誰も存在していない。
  少々、距離を取った形での隣同士に気づけばなってしまっていた。
 さっきまで赤かった克哉の表情が、今度は一気に蒼ざめていく。
 そして目の前のユキなる男性は、明らかにこちらの反応を大いに
楽しんでいるようだった。
 目元が大変に微笑んでいる事実から見ても、間違えがない。

(…この人、絶対にオレのことをからかって遊んでいる! この顔から
見ても間違いない! どうしてオレってこういう風にいつも振り回される
側なんだよ!)

 心の中でそう叫んでいきながら、克哉は本気でどう対応したら
良いのか悩んでしまっていた。
 ユキと名乗る男性に一言告げて、さりげなく席移動をした方が
良いのだろうか。
 自分がこの街に足を向けたのは、もう一人の自分に会いたい一心だ。
 だから目的を果たすなら、行動を起こすのは今しかないと思った。

「あの…すみません…!」

 意を決して、克哉がユキに向き直って一言断ってもう一人の
自分の方へと行こうとした矢先に…。

「お兄さん、久しぶり。昨日の夜は最高だったよ…また会える何てね…」

 と、右隣の眼鏡の方に声を掛けてくる若い男性が近づいて来た。

(…えっ? 今、何て…?)

 その若い茶髪の男性の雰囲気は年齢こそ若干こちらの方が上だが
もう一人の自分が以前、気まぐれに抱いたことがある秋紀という少年に
何となく似ている気がした。
 猫のような印象の、少し中性的な容姿の若い男だった。

「あんなのが最高、か。お前も物好きだな…。あの程度で満足か?」

「うん、とっても良かった…ねえ、良かったら今夜も…」

「気が向いたらな…」

 二人のやり取りを聴いている内に、克哉は次第に穏やかではない
気分になっていく。

(…まさか、あいつ…あの人と…?)

 二人が交わしている会話を深読みすれば、どう考えても昨日
二人は夜を共にしているような…そんな感じだった。
 その一言にハンマーで頭を叩かれたような衝撃を覚えていく。
 信じたくなんて、なかった。
 けれどそれ以外の答えが見出せない。

「ウソ、だろ…?」

 克哉はショックを受けたような、呆けた表情で視線を
彷徨わせていく。
 だから彼は気づかなかった。

―その若い男性を目の前にした瞬間、さっきまで余裕ありげで
愉快そうだったユキの顔までも強張っていた事に

 夜の街は様々な人の想いが交差する
 虚言、嘘、駆け引き、誤魔化し。
 真実の想いを隠し、一夜の愛を求めるもの。
 その言葉のゲームを楽しみ、空気だけを満喫するもの。
 人の心をもてあそび、掻き回すことに興じるもの。
 傍観者に撤して、人の思惑がぶつかりあう様を愉快そうに眺める者

 決して画一ではない、多くの人間の思惑が小さな界隈で
幾つも交じり合い、複雑な模様を生み出していく。
 そして今、二人の克哉の思惑は…それぞれに声を掛けて
関わるものが現れたことで、少しだけ複雑に変わっていったのだった―


 
 
 
―その後、克哉が黒髪の青年に連れていかれた店は
落ち着いた雰囲気の漂うショットバーだった。
 扉を一歩潜れば、控え目な照明に照らし出された店の
内装が視界に入った。
 それなりの人数を収容できる規模のバーのようだ。
 十数人程度は座れそうな長さのカウンターの向こうには
目にも鮮やかなボトルや硝子瓶が綺麗に陳列している。
 テーブル席の方も四人掛けが八組分程度、用意されているようだった。
 店の片隅にはビリヤード台やダーツ道具の一式が置かれていて、
それなりの人数の客で賑わっている。
 店内には古い時代のジャズを中心に流されているらしく
落ち着いた雰囲気が漂っていた。
悪くない感じの店ではあった。
 …ただ普通と一つ違う所があるとすれば…。
 
(…見事なくらい男しかいないな…)
 
 克哉とてショットバーくらいは行った事があるがここまで
男性客しかいない状態は見た事がなかった。
 ここが改めて男の園、新宿二丁目にあるバーである事を思い知る。
 
「…ここが俺の行き着けの店だよ。取り扱っている酒の種類も
豊富で、雰囲気も良いからね…」
 
「はい…落ち着いた感じの店ですね。騒がしすぎない
所が凄く良いですね」
 
 克哉が率直な感想を述べていくと青年は破顔していった。
 
「だろ? だから俺も良くここには顔出すんだ。あ…
カウンター席で良いかな?」
 
「あ、はい。構いません…」
 
 青年が慣れた足取りでスツールに腰掛けていくと
克哉もそれに倣った。
 彼が選んだ位置はカウンターのほぼ中心。
 こちらから店全体が見渡せる代わりに、変に目立つ行動を取れば
店中の人間の視線を集めてしまいそうな場所だった。
 
(何か妙にジロジロ見られているような気がする…)
 
 街の入り口付近にいた時も無数の人間の眼差しを感じたが、
この店に入ってから注がれているものは先程のものに比べると
少し性質か異なっているように感じられた。
…例えて言うならさっきまでのが自分達のテリトリーに見知らぬ
人間が入り込んで来たので見ているという感じだったのに対して、
今は…まるで何かを確かめようとしている執拗な眼差しだった。
 そう、一言で言うならすでに自分達は注目を集めてしまっているみたいだった。
 
(…何でこんなに見られているんだ?)
 
 克哉がこの界隈を一人で歩いたのは今日が初めての筈だ。
 見知らぬ人間達にこんな目で見られる云われはない…そう
反発を覚えかけた時、ハッと気付いた。
 余りに自分とは印象も性格も違うので失念していたが、克哉の
探し人はもう一人の自分だ。
…他者の目から見たら同じ顔が二つ並んでいる事になる。
 
(…もしあいつがこの店に現れた事があったら?)
 
 もう一人の自分に見覚えがあるのならば…こんな眼差しになっても
不思議はないんじゃないか? そこまで考えが至ると同時に、隣に座っていた
青年に肘で突っつかれていた。
 
「ほら、何ボーとしているんだよ兄さん! 早く飲み物くらい注文しないと
バーテンさんが困っちゃうよ?」
 
「…あっ! その…すみません。バーボンをロックでお願いします」
 
「…へぇ、それって確かウイスキーの名前だよね。お兄さん、
酒は強い方なんだ?」
 
「あっ…はい。蒸留酒系の辛口の味わいが気に入っているので。
そちらは何をオーダーしたんですか?」
 
「俺が頼んだ物? んーと、アメリカン・レモネードだよ。俺はそんなに
酒に強い方じゃないから専らアルコール度数が低いカクテル系ばかり注
文しちまうけどね。そちらみたく格好良くウイスキーをロックで…とはいかない訳」
 
「…そんな! 格好良い訳じゃ…!」
 
「ん~少なくともそちらのチョイスの方がこういう雰囲気の店には
合っていると思うけどね。
…そういえばまだ名乗ってなかったな。俺はユキだ…。
あんたの事はどう呼べば良いかな?」
 
どう考えてもフルネームではない名乗りあげに克哉は困惑した。
 
(今のどう聞いても名前だけか通称という感じだったな…。これが
夜の街特有のルールなのかな…)
 
 営業する人間の常識的な名乗りあげは名刺交換 をしながら
お互いの所属する会社名なり、部署なりと一緒に名字と肩書き…
」もしくはフルネームで名乗るのが普通だ。
 学生時代ならいざ知らず、こんなに短くあっさりとした自己紹介を
されたのは久しぶりだった為…克哉は軽く面食らっていた。
 
(…この場合、オレも通称や名字だけ名乗る形にした方が良いのかな…?)
 意図を伺うように克哉は目の前の青年を見遣っていくと…
彼は好きなように名乗れば良いという態度を取っているような気がした。
 
「ユキ、さん…ですね。オレは…カツヤです。その…ここまで連れて
来て下さってありがとうございます」
 
克哉が恭しく頭を下げていくと何故か青年はバツが悪そうな顔になっていた。
 
「…あ~そんな風に丁寧に頭を下げられると何か調子狂うなぁ…。
そんな素直に出られると…何か、その…」
 
「…どうしたんですか?」
 
 その態度に克哉が怪訝そうな表情を浮かべていくと、
青年は苦笑していく。
 それでもふと見えた克哉の顔が可愛らしく映ったので、フッと青年が
真摯な眼差しを浮かべていくと…。
 
ザワッ…。
 
周囲の空気が瞬く間に一変していく。
 
「な、何ですか…?」
 
 男の態度が変わり始めたのには気付かなかった克哉も、場の空気が
変化した事はすぐに察したようだ。
 店中の人間の眼差しがたった今、入ってきたばかりの一人の男に注がれていた。
…そして克哉は、その顔を見て言葉を失っていく。
 
「…やっぱり」
 
確信に満ちた口調で克哉は呟いていく。
 
―その視線の先には克哉とまったく同じ顔をした、もう一人の自分が立っていたのだった…。
 
 
―結局、克哉がMr.Rがヒントを出した場所の目星がつくまで
三日間を費やしてしまった。
 そして接待とかそういう口実もなく、夜にこの場所へと初めて
足を踏み入れる事で克哉は非常に緊張していた。
 目の前には眩いばかりの鮮やかなネオンが光輝いている夜街。
沢山の人間の想いや欲望、陰謀が渦巻いている場所。
 
―そして男が男を求めて賑わう歓楽街
 
(…新宿二丁目か。今までに仕事の接待でゲイバーぐらいなら
行った事があるけど…夜にプライベートで足を向けるのは初めてだな…)
 
 ふう、と深く溜め息を吐きながら克哉は周囲を見渡していく。
 新宿周辺はいわゆる歓楽街として有名な地だ。
 残された言葉が指す場所を克哉なりに必死に考えて「歓楽街」と
いう処まではすぐに行き当たった。
 しかしそれではどこの歓楽街なのかまでは特定出来なかったので
最初の二日間はエラい目にあったのだ。
 
(…何か良いカモにでもみられたんだろうな…。やたらとソープの
呼び込みのおじさんがしつこかったり…ケバいキャバ嬢に興味持たれて
異様に色目を使われたり…迫られたり…)

 特に昨日言い寄られたキャバ嬢はよほどこちらが好みのタイプだったらしく
本気で押し切られそうで身の危険すら感じた。
 流されて他の人間に既成事実を作られてしまったら、どんなややこしい
ことになるか判ったものではないからどうにか言いくるめて隙を作り、
それこそ全力疾走で走り続ける羽目になったのだ。
 …キャバ嬢とサラリーマンの追走劇など、そうそう見られる光景ではない。
 周りの人間に痛いぐらいに見られ続けて、本気でシクシクと泣きたい心境に
陥った。あの周辺にはしばらく行きたくないとトラウマになりかけているぐらいだ。
 恐らくもう一人の自分がこちらのそんな様子を見たら嘲笑う事、間違いないだろう。
 それくらいトホホな有様だった。
 
(…けど、今度こそここで間違いない筈だ。あいつはオレに手を出したって
いう事は…男に興味があるって事だし。都内に数多くある歓楽街の中で
多くの男がそういう意味で集うのはきっとここしかないと思う…)
 
 克哉は随分と長い間、街の入り口に気負った表情を
浮かべながら一人で立っていた。
 それが異常に多くの人間の目を惹いてしまっていた事に
彼自身はまったく気付いていなかった。
 本人に自覚は殆んどないが克哉は元来、非常に整った容姿の
持ち主である。特に眼鏡に何度か抱かれてから…妙に色香が
漂うようになっていたのだ。
 同じ嗜好の男をかぎ分けてゲットする事に達けた男たちが
こんな美味しそうな獲物を見逃す筈がなかった。
 周りの人間は暫く遠巻きに克哉を見ていたが、その中の若い男の
一人がスウっと間合いを詰めていった。
 
「ねえ、お兄さん一人なの? それなら今夜…俺と遊ばない?」
 
「えっ…?」
 
 いきなりまったく面識がない人物に背面から慣れ慣れしく
肩を叩かれてギョッとした表情を浮かべながら振り返っていく。
 そこには克哉とそう年が変わらないくらいの、二十代半ば
程の男が立っていた。
 やや全体的に長めな黒髪にカラーコンタクトが入った蒼い瞳。
 顔立ちは鼻筋が通っていて整った方だが笑うと妙に愛嬌があった。
 それにつられて反射的に克哉は営業スマイルを浮かべてしまっていた。
 営業マンの悲しい条件反射だった。
 すると黒髪の青年はすかさず克哉の顔を無躾なくらいマジマジと見つめてきた。
 
「な、何ですか…?」
 
「うん、やっぱり綺麗な顔をしているな。思わず見惚れてしまうくらいだ」
 
「はっ?」
 
 今までの人生で克哉は同性の相手にこのような口説き言葉を
吐かれた経験はまったくなかった。
 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていくと相手はすぐに克哉が
この街のような場に慣れていない事を感じとったらしい。
 
「ふーん、あんたはこういう場所で遊び慣れていないタイプ何だな。
良いな…何だか新鮮な感じがする」
 
「あ、当たり前でしょう。今までのオレは…夜に一人でこういう
場所に来た事はありませんから!」
 
「…何だか危なっかしいな。あんたみたいに真面目そうなタイプが
案内人もなしに一人でこんな処を歩いていたらどんな目に遭うか分からないぜ?
 
「…それは何となく分かっていますけど、オレが探している人間が
この街にいる可能性が一番、高いんです。だから探しもしないで
尻尾巻いて帰る事だけはしたくないんです…」
 
克哉が真剣な表情を浮かべながらそういうと黒髪の青年は少し
悩むような仕草をしていった。
 
「…何か訳ありみたいだな…。仕方ないな。俺で良いなら付き合って
やろうか? 慣れてない奴が一人でうろつくより、二人で行動する方が
変な奴に捕まりにくくなるし。
 俺の馴染みの店くらいは案内してやれるけど…どうする?」
 
 男は人懐っこい笑みを浮かべながら軽口を叩くような口調で
問いかけてくる。
 
(…どうしようか)
 
 困ったように克哉は青年から目を逸らしていくと…その時になって
ようやく自分に注がれていた無数の視線に気付いていく。
 多数の人間からの無遠慮な視線や眼差しというのは時に
暴力や、無言の圧迫にもなりうる。
 
―まるで値踏みされているみたいだ…
 
 克哉は何となく、見知らぬ人間たちの視線が怖くなった。
 それはまるで子羊が狼の群れの中に無防備に迷い込んでしまったようなものだ。
 克哉は本能的に身の危険を感じていった。
 
(…今はこの人の提案に乗った方が良いのかな?)

 自分はこの街の内部をまるで知らない。
 人に連れてってもらう形でしか、店に入ったことはない。
 人間…他者に連れて行ってもらう場合はそこまで店の位置や周囲の風景を
細かくチェックしないものだ。だから全然、この辺りの地理についてはさっぱりだ。
 どんな人間がいるのか、店があるのかその予備知識すら全くない状態なのだ。
…それに少なくともこの青年についていけばこれ以上ナンパされる事はないだろう。
 暫く思案して、ようやく克哉の腹は決まっていった。
 
「…あの、案内宜しくお願いします。本当にオレはこの辺りに
間しては不慣れですから…」
 
「ん、了解。それじゃ行こうか」
 
「…わっ!」
 
いきなり青年に手を握られて克哉は声を挙げていく。
だが当人はまったく気にした風はなく…悪びれた様子もなく
強引に手を引いて歩き始めていった。
 
「あ、あの…手が…」
 
「あぁ、この方がはぐれないで済むだろ? 」
 
動揺している克哉と対照的に、青年の方は悪びれもせずにあっさりと答えていく。
 
(…本当にここに足を踏み入れてオレは大丈夫なんだろうか?)
 
少し怯む気持ちも生じていったが…ここまで来たら引き返す方が格好悪いだろう。
 
―あいつに会いたい。
 
自分の中にあるその想いは確かなのだから。
そうして一抹の不安を覚えながらも克哉は二丁目に足を踏み入れていく。
 
―その先に待ち受けている展開がその予想を遥かに越えたもので
あった事を未だに知らずに…

―この公園に足を向けるのはどれくらいぶりの
事だっただろうか…?
 
 仕事を無事に終えた後、佐伯克哉はMr.Rと初めて
 遭遇した例の公園の敷地内へと向かっていった。
 都内の中心地にあるこの公園の敷地は結構広く日中であるなら
散歩客でかなりの賑わいを見せている。
 だが夕刻を過ぎると昨今、連日のように凶悪な犯罪が報道されて
いるせいかかなり人気がなかった。
 
(…酔っぱらっていたり、何か悩んでいた事があった時は気が
つかなかったけれど、夜に一人で来るとこの公園…少し怖いな)
 
 鬱蒼と生い茂る樹木が深い影と闇を織り成し、どこか不気味な
雰囲気を生み出していく。
 まるですぐそこにある木陰から何か妖しいものが飛び出して
来そうな気配すらあった。
 確かに夜、一人でこんな場所にいたらあんなに奇妙な人物に
遭遇してもおかしくはない。
 ついそんな風に納得していくとその場にいきなり突風が吹き付けていった。
 その瞬間に、周囲の木々が意思を持っているかのようにザワザワと
ざわめいていく。
 
「うわっ…!何だ…!」

強風に視界を遮られてしまって一瞬だけ目を伏せていく。
全てが闇に閉ざされて、状況の判断がつかなくなる。
それに少しだけ不安を覚えながら…ギュっと目を瞑っていくと、ふいに
少し離れた処から聞き覚えがある声が耳に届いていった。
 
『ご機嫌よう。お久しぶりですね。佐伯克哉さん』
 
「…Mr.R…!」
 
 心のどこかで、今夜ここに彼が現れる事を期待して訪れた。
 なのに本当に、こんなにあっさりと会えるとは予想していなかった
だけに克哉は心底驚愕していった。
 
『おや、私が現れた事をそんなに驚かれるとは…。今夜は、貴方が
望まれたのではなかったのですか? 私とここで邂逅する事を…。
貴方が、会いたいと望まれていると…何となくそう感じましたからこちらも
足を向けてみたのですがね…』
 
「…どうして、オレが貴方を呼んでいる事を感じ取れたんですか…?」
 
『さあ、どうしてでしょうね? それに理由は必要でしょうか…?』
 
 豊かな金色の髪に、黒衣の衣装。
 頭の天辺から足先まで怪しい雰囲気を纏っている謎の男、Mr.R。
 彼の胡散臭い笑顔は…半年前、初めて出会った夜とまったく
変わる処がなかった。
 
(…今更ながら思うけど、半年前のオレって…良くこの人から受け取った
眼鏡をすぐに掛ける気になったよな…)
 
 どこからどう見ても怪しい人物以外の何者でもない。
 そんな人物から受け取った者をすぐ掛けて…あんな不思議な体験を
する羽目になったのだから…そう考えると半年前の自分の行動につい
ツッコミを入れたかった。
 
『しかし…貴方がお元気そうで何よりでした。私にあの眼鏡を返された日より
三ヶ月…。本当に月日の経つのは早いものです。それで…今夜の貴方の
願いは何でしょうか? わざわざ私に会いたいとここまでご足労をされる程です。
私にしか叶えられない事を願うおつもりだったんでしょう?』
 
 ニッコリと男は微笑を浮かべながら、一切言葉を淀ませる事なく弁舌を続けていく。
 まさに歌うように話すとは彼の事だと思う。
 しかしそれが余計に…男の怪しさを際立たせる事となっていた。
 
「え、えぇと…」
 
 しかし実際にこの男に遭遇すると…本日の昼間に自分が望んでいた事を
実行に移してもらうのは如何なものか…という理性が働き始めていった。
 
(本当にこの人に向かって言って良いものなのか…?)
 
 そんなブレーキを掛けるような思考が、彼の中に生まれていく。
 黒衣の男は…その態度に何かを感じ取ったのだろう。
 更に目元を笑ませていきながら…巧みに言葉を紡ぎ始めていった。
 
『おや、答えられないご様子ですね。それなら…私の方から当てさせて
頂きましょうか? …貴方は恐らくもう一人の御自分の存在を知って、
今までとはまったく違った世界を垣間見せられた。それによって…今まで
通りの日常や、平穏というのがとても退屈でしょうがなくなって…それを
打破する為にもう一人の御自分と会いたいと思われるようになった…。
違いますか?』
 
「…っ! どうして、それを…!」
 
 あまりに正確に図星を突かれてしまったので否定する事も出来ずに、
顔色を変えて返答していた。
 
―しまった…! これじゃ今この人が言った内容がその通りだと
認めているようなものじゃないか…!
 
 咄嗟に自分の口元を覆って後悔していったが、Mr.Rは…今、自分が
述べたことが正解であった事にとても満足そうな顔を浮かべていた。
 
『嗚呼、そんな自分に引け目を持たなくても大丈夫ですよ。むしろ…一度、
知らない世界への扉を覗いてしまった後に…退屈な日常になど戻られて
貴方が本当にやっていけるかどうか…むしろ私は心配していたくらいですから。
…あの刺激を、充足感を…貴方はもう一度、味わいたいのではないですか?』
 
「そ、れは…」
 
―貴方は、その為にもう一人のご自分にお会いしたいと願って
いるのではないですか?
 
 まるで悪魔の囁きのように甘く、男が告げていく。
 克哉は『違う』と即答出来なかった。
 代わりに強張った表情を浮かべながら…ゴクン、と息を呑んでいく。
 同時に蘇る、あの夜の自分の嬌態。
あいつに快楽を与えられて、乱れて…苦しいぐらいに喘がされている
自分の姿を思い出して…ゾクゾクゾク、と皮膚が粟立っていくのを感じていった。
 
(ダメだ…この人に全てを見透かされている…。オレの中の浅ましい欲望も、何もかも…!)
 
 克哉はようやく観念して、ガクリ…と項垂れていく。
 そして、一回だけ小さく首を縦に振って肯定していった。
 
「…その通り、です…。オレはあれだけ望んでいた平穏な毎日っていうのを
取り戻した筈なのに…何かが物足りなく感じられてしまって…。それで何故か、
もう一度…アイツに、もう一人の『俺』に会いたいと…願ってしまったんです…」
 
 もう取り繕っている余裕すらなかった。
 素直に自分の心情を吐露していくと…Mr.Rは楽しそうに微笑んで見せた。
 
『…それで良いんですよ。あれだけの甘美な体験…そう易々とは忘れられない
でしょうから…。それであの方に会いたいと…貴方は望まれる訳ですね? 
佐伯克哉さん…』
 
「はい…」
 
 眼鏡と過ごした夜を思い出してしまったせいだろうか。
 克哉の頬は赤く上気していた。
 心臓がバクバクと荒く脈動しているのが判る。
 あいつの事を考えるだけで…自分は、こんなにも…。
 
『結構。それならば…これを齧って下さい』
 
 そうして男は、懐から一つの石榴の実を取り出していって…克哉の
目の前に差し出していく。
 真ん中からぱっくりと裂けた実からは真紅の粒が覗いていて、
瑞々しくてとても美味しそうだった。
 
「…これは?」
 
『石榴です。貴方があの方を会うのを望まれるのならば…まず、
その実を齧る事が前提になります』
 
「…判り、ました…」
 
 そうして、オズオズとその実を受け取っていくと…克哉はカリっと
その実を一口齧っていく。
 甘酸っぱい味わいと芳醇な香りを感じて、一瞬だけ酔いしれて
しまいそうな感覚を覚えていった。
 
『…それで、貴方はあの方と再会する為の一つの手順を踏まれました
。…後は、今回は貴方自身がご自分であの方を求めて…お探しください。
今、この時より…あの方は一つの意思と身体を持って、この世界に存在
されています。それを無事に見つけ出した時…貴方の渇望していた物は
与えられて…その心の飢えは満たされる事でしょう…』
 
「えぇ…今回はこれじゃ駄目なんですか?」
 
「駄目です」
 
 黒衣の男はとても爽やかな笑顔で、即答していった。
 
『これはあの方と、貴方の遊戯です。本当に求めるならば…苦労して
自分の足で彷徨い歩いて求めなさい。その方が安易に満たされるよりも…
ずっと味わい深く、再会を愛おしいものに感じられるでしょうから…。
では今夜の私の役目は終わりましたので…これで失礼しますね。是非、
あの方を見つけ出して己の欲望を満たして下さいね…佐伯克哉さん』
 
「って…待って下さい! 何のヒントもなしにあいつを探せって言われても…
東京は広いんですよ! 手掛かりもなしにあいつを探し出せって無茶じゃ…!」
 
『…それじゃあ、一つだけヒントを与えて差し上げましょう。其処は…
鮮やかなネオンが瞬く処。そして多くの人間の欲望がひしめき、美しいものも
汚いものも混じり合って同時に存在するような場所です。
この言葉が差している場所を連想して当たっていけば…
必ずお会い出来る事でしょう…。それでは、御機嫌よう…』
 
「わっ…待って下さい!」
 
 だが、克哉の静止の言葉もむなしく…Mr.Rの姿はあっという間に
闇に消えて見えなくなっていった。
 その場にただ一人…克哉は取り残されて、呆然となるしかなかった。
 
「…今のヒントを頼りに、あいつを探し出すって…凄く難しくないか…?」
 
 ガクリと肩を落としていきながら、克哉は呟いていくしかなかった。
 どうやら…今回のもう一人の自分との再会は容易にはいかないらしい。
 その事実を悟って、克哉は…ガクリと気落ちしていくしかなかった。
 
「まったく…どこにいるんだよ~! 『俺』!」
 
 克哉のそんな心からの雄叫びが、夜の公園内に大きく木霊していったのだった―

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香坂
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女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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