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夜に激しい頭痛に襲われてしまった為に遅れました。
ご了承下さいませ(ペコリ)
こんにちは、グッコミお疲れ様でした。
こっそりと無料配布だけ置かせて貰う形で参加させて
貰った香坂です。
本日のイベントはまったりと過ごせて、アフター後は
Hよさんとそのご友人たちとご一緒させて頂いて楽しかったです。
今回は軽いイベントレポの内容を公開させて頂きます。
請求頂いた方にコソっと近日中に、本をメール便で送らせて頂きます。
今 後、少数しか請求されなかったので…送料取らないことにしました。
欲しいといって貰えただけ満足なので、振込み代入りません。
香坂側が負担する形にします。
折り返し、メールでもその旨を伝えさせて頂きます。
良ければ見てやって下さいませ。
今回は無料配布を置かせて貰うためだけに参加させて貰って
自分の目的っていうのは特になかったのですが、交互に
Hよさんと、ご友人の方と一緒に服飾の方とか…それぞれ二人が
好きなジャンルの方を一緒に回らせて貰って、結構新鮮な
体験をさせてもらいました。
特に服飾は、回っている最中に…「あ! これは絶対にHよさんに
ぴったりだな!」とか…「ご友人の方に贈ったら喜んで貰えそうだ!」
という物を見つけた時、嬉しかったですし。
…香坂、小物系や服飾見る時…「自分が気に入るか、使う」視点じゃなく
喜んでくれそうな相手を考えながら見る傾向にあると改めて気づきました。
長い付き合いの友人相手にミニSD用のドレス…それなりの値段やったけど
これで喜んでくれれば良いかな、と一着ドレス買っちゃったし。
服飾で自分用に買ったの、あれ…? カメさんの小物と、ロトの勇者のコスプレした
ピ〇チューのポストカードとひよこぐらい…?
何か自分で石を磨いてアクセサリー作っている店が一軒、香坂も一度…
自分で石を磨いて宝石作ってみたい! って興味あったのでお店の方と話させて
貰いまして…もうちょいお金に余裕あれば一つ買わせて頂きたかったけれど
今回は泣く泣く断念…。次回、機会あったら絶対買うんだから!
という訳で普段と違う畑にご一緒させて頂いた事で、あぁ…普通の女の子って
だからショッピングを楽しむんだな~と開眼しました。
…いや、香坂…どれだけ女子属性なかったんだよ、と自分でツッコミたい(汗)
後、今日…イベント顔出して、一つ吹っ切ったことがあった。
詳細は語りません。
けど、少し休んで気力も戻ってきたし…過ぎたことにいつまでも
囚われていても仕方ないと思った。
ボチボチ、気持ち切り替えていきます。
仕事も始まるし、八月いっぱいを持って充電期間終了という事で。
もうちょい、本腰入れて鬼畜眼鏡の方も書いていきますので
宜しくです。
簡単ですが、イベントレポでした。
ここまで読んで下さった方、ありがとうございました(ペコリ)
ハッピーエンド後の、克哉が自宅を整理する時の
一幕の話です。
ネタバレ有なので未プレイの方は要注意。
それを前提の上の克克…というか、眼鏡と克哉の
お話なのでご了承の上でお読み下さい。
興味ある方は「つづきはこちら」をクリックして
詳細をどうぞ~。
連載中の話、少々難産中なので(苦笑)
後、克克に自分自身が飢えた!(正直に)
…という訳で自給自足というか、自分の萌え補給の為に
本日は書かせて頂きました。
かっつかつ~!!(何か物凄く自分の趣味に走ったの読みたくなった!)
―気づけば、俺の周りには誰もいなくなっていた
眼鏡を掛けたままの人生を生きる事にしたが、恋人と言える存在も
信頼出来る存在も出来ることなく…目の前の仕事をただこなすだけの
空虚な日々を送っていた。
実力が認められてMGNに好待遇で招かれて、忙しい日々に
謀殺されようとも胸の中に巣食う何かは決して満たされることはなかった。
自分のマンションの自室。
冷たいある月夜、一人…紫煙を燻らせながら、思案に耽る。
(…俺は本当に、こんな下らない日々の為に生きているのか…?)
愛だの、恋だの…そんな言葉に踊らされて、誰かと甘ったるい関係を
築き上げることなど何の意味があるのだろうか?
そう思って、誰かを犯すことはあっても…信頼したり、心を預ける
事などして来なかった。
その結果…今の俺の傍には誰もいない。
本多でさえも、あまり連絡してこないようになった。
MGNに移籍したばかりの頃は…それでも頻繁に誘いのメールを
受信することもあったが、煩わしいと思って断り続けている内にあの
しつこい男ですら、俺に接触をしなくなった。
窓際に立ちながら、静かに紫煙を肺の奥まで吸い込んでいく。
―どうして…今更、俺は寂しいなどと思っている…?
他人など、自分のペースを乱すだけの存在だ。
必要があるなら…利用出来る価値のある時だけ優しくして
関わってやれば良い。
そういうスタンスで誰とでも付き合った。
傷つくのが嫌で…「特別な存在」など誰も作らなかった。
かつて親友面をして、俺の傍らにいた男。
あんな仕打ちを土壇場で受けるぐらいなら…誰も信じらない方が
マシだと思った。
だからあの謎の男から受け取った眼鏡の力を借りて、俺自身が蘇って
からも…決して、誰とも深く関わることがなかった。
―自らで選んだこと、それなのに…どうして…今、俺は…この静寂を
今更空しいなどと思っているんだ…?
いつもなら、多くの仕事を抱えているおかげで考える暇などない。
だから見過ごしていたことだった。
しかし今夜に限っては定時を迎える頃には…ここ数日以内に自分が
こなすべき仕事は予め終えてしまっていたので、久しぶりに…佐伯克哉は
物想いに耽れる時間を得てしまっていた。
「…暇というのは厄介だな。忙しい間は考える必要もなかったことが
後から後から溢れてくる…」
その事実に苦いものを覚えて、男は舌打ちしていく。
自分一人で生きればそれで良い。
どこまでも自分の思うがままに、そのペースを貫き続けて…自分が
成したいことを達成していく。
それで良いではないか。なのに…どうして、今夜に限っては、それが
こんなにも空虚に思えてしまうのだろう…?
―それはね、お前が…自分を理解してくれる誰かを欲しているからだよ…
ふいに、声が聞こえた。
目の前の漆黒のガラスに…鏡のように、眼鏡をかけていない方の
もう一人の自分の顔が浮かんでいく。
「…お前、は…?」
驚きを隠せないまま、瞠目していく。
鏡の中の克哉は…儚く笑いながら、そっと顔を寄せていった。
―寂しいんだろう? ねえ…『俺』…
甘やかな表情と声を浮かべながら、優しくもう一人の自分が顔を寄せて…
瞳を閉じて迫ってくる。
まるで何かに操られているかのように…こちらからもガラスに顔を近づけて
そっと冷たい表面に唇を重ねていく。
現実には触れ合えない存在同士の、幻のようなキスだった。
「…どうして、そんな下らないことを言う…?」
―下らなくなんてないよ。だって…オレはお前の一部…お前の心の中に
存在しているんだから…誰よりも、その心を知っているんだよ…
「黙れ…」
慈愛に満ちた表情で、瞳を細めていくガラスの中の克哉の存在に
酷くイライラしてしまった。
こんなにもはっきりと見えるのに、こいつは…直接触れ合えない。
手を伸ばしても…ただ、うっすらと雫を浮かべている冷たい硝子の
感触だけしか感じられない。
「…それ以上、戯言を続けると…犯すぞ…?」
―出来るものなら、やってみても良いよ…?
実に艶めかしい表情を浮かべながら、克哉は返答していく。
苛立って仕方なかった。
どうしてこう…挑発的で、可愛くないことをこいつは口にするのだろうと感じた。
けれどガラスの向こうの相手の姿はどこまでも透明で、其処に見えるのに
決して直接触れ合うことが出来ない。
温かい肌の感触を、体温を欲しているのだと…もどかしさを感じて
いる内に嫌でも判ってしまった。
「…どうせ俺の前に出るなら、こんなまどろっこしい真似をしないで…
直接、出てくれば良いだろう…?」
―…だって、それをしたら、お前はきっとオレを犯すだけで
終わるだろうからね…。メッセージを伝えたいなら、この方が
セックスに流されないで済む…
「…なら、聞かせて貰おうか…。お前はどういう意図で…俺の
前にこうして現われたんだ…?」
そう問いかけた瞬間、克哉は消えそうに儚い表情を
浮かべていく。
泣きそうな、危うい顔だった。
それを見た瞬間…眼鏡は、言葉を失い欠けていく。
―オレは、お前の傍にいるよ…。どんな時も、お前の中で…
見守っているから…それを、忘れないで…
ガラス越しに掛けられる、いじらしい一言。
その時に嫌でも…自分の心は寂しかったのだと思い知らされる。
冷たいままであったなら、心も体も冷え切っていたことなど見過ごして
しまっていただろう。
その言葉に温もりが、情があったからこそ…彼は、気づかざるを
得なかった。
目を逸らし続けていた自分の本心に…。
「お前、は…」
それ以上の言葉は、続かなかった。
ただ…水面にさざ波が立つように、確かに今の一言は彼の心を
揺さぶっていた。
―なら、来いよ…俺の傍に…
憤りを覚えながら、そう訴えていく。
その瞬間…ガラスから彼の姿はあっという間に消えうせて…
「あっ…」
相手の姿が見えなくなった事に、目を見開いていく。
しかし…次の瞬間、ごと…と何かが落ちていった。
―それは赤い石榴だった
甘酸っぱい豊潤な香りが…鼻孔を突いていく。
それは…自分の願いを叶えてくれたのだという、証で
あるような気がした。
「…これを、齧れというのか…?」
その実を自嘲的に眺めていきながら…男は苦笑していく。
孤独に飢えた夜、もう一人の自分がこちらに手を差し伸べていく。
他者と交われないどうしようもない人間。
最後に手を差し伸べたのが…もう一人の自分など、情けないような
どこまでもナルシスティックなものだと思ってしまった。
胸を焦がす、寂寥と孤独。
それを癒してくれるなら…良いと思うのに、それでも眼鏡は
少しためらいながら思案していった。
「まるで禁断の果実だな…」
聖書の中に出てくる、アダムとイブが楽園を追放されるキッカケと
なった果実。
人に知恵を与える果実の存在が、ふと頭に蘇った。
もう一人の自分の具現化。
それを犯して、心と体と満たそうとする行為。
現実に有り得ない逢瀬をそれでも願う様は…本当に禁忌を
犯すかのようだ。
誰もいないから、あいつに縋るなど…情けないと思う反面で、
どうしようもなく人の熱さを欲しているのも事実だった。
―その果実を手に持ちながら考えていく。
そして男は、その禁断の実を齧っていった
その瞬間、背後に自分を包み込む体温を感じていく。
無言で痛いぐらいに力を込めて抱きしめられていく。
『オレを欲してくれて…ありがとう、俺…』
そして何故か、もう一人の自分はそんな風に礼を述べていった
「どうして…礼を言う…?」
『必要とされるのが、嬉しいからだよ…』
そしてまた、儚い顔を浮かべながら克哉は笑っていく。
それを見ていると落ち着かない気分になっていくので…眼鏡は
問答無用で、窓際にもう一人の自分の身体を押し付けて…問答無用と
ばかりに性急に、行為へと持ち込んでいった。
―そして克哉は、そんな不器用なもう一人の自分を強く抱きしめていく
寂しいと、自覚出来ない。
人に甘えたり、心を打ち明けたり出来ない…そういう性分の男を少しでも
楽にしてやりたくて、自らの身体を捧げていく。
―オレを抱くことで…少しでもお前が楽になるのなら…それで、良い…
彼は他者と交わって生きていくにはあまりに人づきあいが下手すぎるし、
自分もまた、彼としか関わらない存在となり果てた。
けれど、どんな形でも必要とされるなら…それで良いと、克哉は思った。
誰とも関わらない生も、必要とされないのは本当の意味での孤独だから。
ならたった一人だけでも、例え身体だけでも欲してくれる存在がいるのは
ずっとマシだと思う。
人には…他者に与えて、喜びを覚える部分がある。
ささいなものでも他の存在に何かを与えられる限り、人の心は満ちるし…
救いもまた存在するのだから。
―今だけでも、オレを欲して…
そう、献身的な気持ちになりながら…克哉は、一時…もう一人の自分に
温もりを与えていく。
―お前をずっと見守り続けているから。誰よりも…お前の傍で…
言葉にしない想いをこめていきながら、克哉は強く強くその背中を抱きしめて…
激しい情欲へと、身を委ねていったのだった―
けど、一応ワンセット扱いなので二回に分けて投稿します。
…気づいたら、最終話だけで14P行きました。
投稿出来る限界超えるまで書くなよ、自分ってツッコミ入れたいです。
これが正真正銘の最終話です。良ければお付き合い下さいませ…。
夜街遊戯(克克) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25-1
目の前で克哉がポロポロと涙を零している姿を見て、もう一人の自分もまた
ぎょっとなっていった。
煙草を吸っていた、もう一人の自分が…顔を青ざめながら問いかけて来た。
「…想い、出したよ…」
「何っ…!?」
その一言を放った瞬間、眼鏡の顔は苦々しく歪んでいった。
「そう、か…」
克哉のその顔を見た瞬間…今まで小さなプライドに拘って想いを
告げようとしなかった事が本当に、馬鹿らしく思えた。
たった一言…素直に告げれば、こいつはこんなに嬉しそうな顔を
浮かべたのに。
(俺も十分に馬鹿だったな…ちっぽけな事に拘り続けていた…)
克哉のその笑顔が、その愚かしさに気づかせてくれた。
もう少し一緒にいてやりたかったが…もうリミットのようだった。
最後に、もう一度だけ小さくキスを落としていくと…もう一人の自分は
穏やかに微笑み…そして、目の前で幻のように消えていく。
次にいつ会えるか判らないけれど…彼と自分は同一存在。
普段は見えなくても、感じられなくても…確かに、常に傍に存在しているのだと…
あの怒って、表に出てくれた時に実感出来た。
肉体を持って会えなくても、あいつはいつだって自分の中にいるのだから。
それなら…みっともない姿を見せたくない。そう思った。
「これからは…しっかり、しなきゃな…あいつにこれ以上、呆れられたくないし…」
やっと周囲の事に目が行くようになった。
どれだけ惑っている間、自分がいっぱいいっぱいで…目を曇らせていたのか、
こうやって心に光がようやく射した今だからこそ…実感していく。
けれど今は違う。世界が温かく感じられる。
祝福されて…包み込まれているような、そんな風に克哉には感じられた。
見えなくても、何でも…いつも一緒にいてくれている。
その実感があるからこそ…やっと、克哉は少しだけ強くなれたのだった。
※若干、時間が掛りましたがどうにか最終話まで仕上げる
事が出来ました。
オリジナル色の濃い作品でありましたが、ここまでお付き合い下さった
皆様…本当にありがとうございました。
これで完結になります。お待たせしてすみませんでした~(ペコリ)
夜街遊戯(克克) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
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―温かいぬるま湯に浸っているような奇妙な感覚だった。
フワフワと、水の中に浮かんでいるような…そんな心地よさを覚えながら
佐伯克哉はまどろみに浸っていた。
温かい布団の中は、あまりに心地よくて嫌なことの全てを奪い取って
くれるようだった。
(あったかくて…本当に気持ち良い…)
誰かが、傍らにいてくれているような気がして…無意識の内にそちらに
手をそっと伸ばしていく。
そうして…自分の手を握ってくれる、誰かが確かに存在していた。
「ん…」
指を絡めるように握りしめられていくと、それだけで何かが満たされるような
そんな気がする。
無意識の内に縋るように力を込めて握り締めていくと…その指先は
しっかりと応えてくれた。
瞼をうっすらと開けると、窓から一条の光が差し込んでいるのが判った。
夜明け間際、夜の帳が明けて…陽光に世界が照らし出される寸前の
時間帯。
最初は眩しくて、視界が満足に効かなかった。
けれど目を細めながら…目を開いていくと、其処にいたのは…。
「えっ…?」
目の前にいるのが誰か、理解した瞬間…克哉の胸は大きく脈打っていく。
思わず心臓が止まってしまうんじゃないかって思うぐらいに、驚いた。
それでここが自分の部屋だという事実に、気づいていく。
いつもはどれだけ激しく抱かれても…目覚めれば確実に消えている筈の
もう一人の自分が、其処に確かに存在していた。
「…やっと目覚めたか。遅かったな…」
「な、んで…お前が…朝になっても、いるんだよ…」
今まで、夜にもう一人の自分と顔を合わせても…朝に彼の姿が
存在していたことは一度もなかった。
けれど今回に限っては…彼と出会った記憶もないのに、朝に
こうして目の前にいる。
こんなケースは初めてだっただけに…克哉は、困惑を隠せない。
しかも丁寧に、パジャマに着替えさせられていて…。
「えっ…?」
抱かれた、痕跡が確かにあった。
腰が重くて、相手のモノを受け入れたと思われる個所が…疼痛を
訴えている。
昨晩、何があったのか本気で思い出せなくてパニックになり掛ける。
乱れた着衣に、情事の痕跡が色濃く残されているベッド。
どう考えても、昨晩…こいつに抱かれているのが明白なのに、克哉には
一切記憶がなかった。
(もしかして…昨晩、コイツに思いっきり犯されたのか…!?)
この筋肉がミシミシ痛む感覚と良い、身体のだるさと良い…それ以外の
結論は導き出せなかった。
なのに、一か月ぶりにこうして会ったのに…久しぶりのセックスだったのに
まったく記憶がない事が悲しくて仕方なくて。
「お、おはよう…『俺』…あの、昨晩…もしかして…」
「あぁ、意識ないのに…お前はあんなにも貪欲に俺のを咥え込んで
離さなかったぞ」
「わぁ~! サラリととんでもない事を口に出すなぁぁぁ~!!」
こんな爽やかな朝日が差し込む中で、思いっきり不健全な発言を噛ます
もう一人の自分の克哉は顔を真っ赤にしながら突っ込んでいく。
だが相手は喉の奥で楽しそうに笑って、特に気にする様子はなかった。
(せ…せっかくの一か月ぶりのこいつとのセックスだったのに、何にも
思い出せない…。というか昨日、何をやっていたのかすらも判らない…。
昨晩、一体何があったんだよ…)
まるで削ぎ落とされてしまったかのように、昨日一日の記憶が
空白になってしまっていた。
大量に強い酒を飲んでしまった翌朝などに、このように昨日の出来事が
曖昧になってしまうことは過去にも何度かあった。
けれど…そのような原因もないのに、つい昨晩の事がまったく思い出せなく
なるのは本当に不安で。
捨てられた子犬のような、儚げな瞳を浮かべながら克哉はもう一人の
自分に問いかけていく。
「あ、あの…昨晩、一体…何があったんだよ…」
「…お前がフラフラと歩いて、変なのにチョッカイを掛けられていたから
仕方なく俺が出てやって…撃退して、それで家まで帰してやっただけだ。
まあ…家まで運んだ分の対価は、お前が寝ている間に支払ってもらった
けどな…」
「えっ…? 何、それ…?」
変なのに、と言われても克哉にはその記憶がまったくなかった。
何かが抜けている。奪われて、痕跡すら残さずに消えうせてしまっている。
「…お前が、オレをここまで運んでくれたって事かな…?」
「あぁ、そんなもんだ…」
こちらがそう答えた瞬間、克哉は考え込むように俯いていった。
どうやら釈然としないらしい。まあ…無理もない。
―あの男に頼んで、眼鏡は克哉から昨晩の記憶を奪い取って貰ったのだから…
きっと、昨日の出来事を覚えていたら…克哉は気にする。
そして…確実にぎこちなくなってしまいそうだから、そう頼んだ。
あの男は「それくらいならお安いご用ですよ…」と言って、自分が…澤村に
触れられた痕跡を消す為に激しく抱いた後、その処置を行って貰った。
克哉は、覚えていない。
家に帰ってから自分と対峙して、夢うつつを彷徨いながら…Mr.Rの前で
激しく自分に貫かれ、翻弄されていたことを。
本気で泣き叫びながら、ごめんなさい…と繰り返していた、あの辛い記憶の
全てを本当に、綺麗さっぱり忘れている。
本人は、気づいていない。目もとに痛々しいぐらいの涙の痕が刻み込まれて
いることを。
覚えている限り、あんな風に…こいつが苦しむぐらいなら、忘れてしまえ。
そう願い…実行に移した、それだけの話だった。
「ねえ…昨晩、何があったんだ…?」
「…そんな事を聞いて、何になるんだ…?」
「…いや、その…知らない間に、お前が現われていて…こんな風に、抱かれて
しまっているなんて…気になって、当然だろ…」
「…心配するな。お前はいつもと同じく、大層な淫乱っぷりを発揮していたぞ」
「~~~~! お前って、どうしてそんな物言いしか言えないんだよ!もう…
本当に、バカバカ!」
克哉は思いっきりもう一人の自分に目掛けてクッションを投げつけていく。
しかし相手は難なくそれをかわしていってしまう。
悔しくてベッドの周辺に置いてあった衣類だの、カバンや雑誌の類を
感情のままに投げつけていくが、それも直前でキャッチされるか華麗に身を
翻して回避されてしまうので、何の反撃にもなっていなかった。
そうしている間に、もう一人の自分に間合いを一気に詰められていく。
ベッドの上に乗り上げられて、攻撃している両手をしっかりと押さえつけられていき…
ギシ、と大きな軋み音を立てながらシーツの上に縫い付けられていく。
「うわっ…わわわわっ!」
「…それぐらいにしておけ。下手な攻撃を幾らされたって、お前からの攻撃程度なら
何発やられても当たりはしないからな…」
「~~コントロール力も、なくて悪かったな…むぐっ!」
もう一人の自分の顔が寄せられた、と思った瞬間には唇はしっかりと
塞がれてしまっていた。
こんなに朝日がキラキラと降り注いでいるような時間帯だというのに…
肉欲を煽られるような濃厚な口づけを施されてしまい、克哉は反撃することすら
出来なくなってしまった。
相手の舌先が、乱暴なまでにこちらの口内を犯しつくしていく。
一か月ぶりの深い口づけの感触に…つい、うっとりしかけて瞳をトロンと
させてしまう。
「あっ…はっ…」
ようやく唇が解放された頃には悩ましい声を漏らしてしまった。
こんなキスは、反則以外の何物でもない。
相手に色々と言いたい言葉があったのに、昨晩に何が起こったのかを
知りたくて仕方ないのに…思考が蕩けてしまって、満足に頭が働かなかった。
「ずる、いよ…」
「…何で、そんな事を言うんだ…?」
「昨日のこと、聞きたいのに…どうして、教えてくれない上に…こんな…」
「…無理に思い出さなくて良いこともある。どうせ過ぎ去れば一日一日の記憶なんて
曖昧なものになるし…遠くなって詳細は思い出せなくなるのが普通だ。それなら
一日ぐらい、覚えていない日があったとしても支障はないだろうが…」
「それは、そうだけど…。けど、気になって…」
「うるさい唇だな…少し、黙れ…」
そう不服そうに呟くと、もう一度唇を塞がれる。
さっきはパニック仕掛けてて気づかなかったが、もう一人の自分の口から
煙草の香と味が微かに感じられた。
そうして、ベッドの上で組み敷かれて…身体を弄られる。
この流れではまたセックスに持ち込まれることは間違いなかった。
「ま、待って…くれよ! お願い、だから・・・」
「…俺にこうされるのは、嫌か…?」
「いや、じゃないけど…けど、ちょっとだけ待ってくれよ! 何が何だか本当に
判らなくて…こっちは混乱しているんだから。ちょっとで良いから…考える
時間を、オレにくれよ…お願い、だから…」
克哉は真剣な表情で、もう一人の自分に訴えかけていく。
真摯な色合いをその瞳が湛えていることに気づいて…もう一人の自分は
少しだけ思案した後、小さく頷いた。
「…判った。じゃあ…煙草二本分だけ、待っていてやる…」
「…ありがとう」
そういえば、以前も…こんな条件を出された上で…時間を与えられた事があった。
確か一か月ぐらい前だな、と思い出した瞬間…頭の中に電流が走り抜けて
いくようだった。
「っ…!」
何か、記憶の断片が自分の頭の中に浮かんでいく。
とても大切なことを忘れている気がして、落ち着かない気持ちになっていく。
(やっぱり…昨晩、何かあったんだ…。一つだけ、どうしても忘れちゃいけない…
大切なことが、あった気が…する…)
それはあまりに曖昧で儚い記憶の断片。
眼鏡が罪悪に駆られないように「忘れろ」と願った出来事の中には…一つだけ
克哉にとっては大切な真実が含まれていた。
せめてそれ一つだけでも、掬い取ろうと…自分の中からサルベージしようと…
必死になって記憶の糸を辿り続ける。
(昨日、何があったんだよ…! 何かが凄い引っかかる…!)
それは眼鏡が、克哉が罪悪に駆られて…そしてこの一か月の葛藤を
引きずらせない為に忘れさせた苦痛の伴う記憶。
そう…克哉はこの一か月、本気で苦しみもがいていたその痛みも…Rの
掛けた暗示で忘れさせられていた。
けれど…克哉はそれを思い出したかった。
何か重要な事実が、其処に含まれている筈だから。だから・・・苦しむのを
覚悟の上で、記憶の扉を必死になって開こうと試みていった。
―それ以上、深く潜れば思い出してしまいますよ…。それでも宜しいんですか…?
自分の内側に意識を集中させている最中、ふいにRの声が聞こえた。
「えっ…?」
あまりにはっきりと聞こえたものだから、部屋中に視線を巡らせていく。
だが…幾ら目を凝らしても相手の姿は見えない。室内にいるのはやはり
自分と、眼鏡だけだった。
自分たち以外しかいない、と確認を取ってから…再び思い出す事に意識を
向けていく。そうするともう一回聞こえてしまった。
―せっかく、記憶に蓋をして貴方が苦しまないようにして差し上げたのに…
御自分でそれを全て、無駄になさるんですか…?
呆れたような声が、今度もはっきりと聞こえた。
そんな相手に向かって、頭の中で考えながら返事をしていく。
―えぇ、苦しくても何でも…オレは、昨日のことを思い出したいんです…。
決して忘れてはいけないことが、その中に含まれていた筈ですから…
しっかりとした意思を込めて、そう心の中で答えていくと…相手は呆れた
ような表情を浮かべていった。
だが克哉のその意志は揺らぐことはなかった。
もう一人の自分が、一本目の煙草を吸い終わるのが…目の端に映っていく。
残された時間は後僅かしか存在していない。
だから、もう一度はっきりと思っていく。
―オレは、昨日の出来事を知りたいんです…!
そう告げた途端、頭の中で扉が開いていくようなそんな奇妙な
感覚を覚えた。
次の瞬間、怒涛のようにこの一か月…悩み苦しんだ記憶が、そして…
昨晩…弱っていたが故に、誰かに身体を触れさせてしまっていたことが…
そして、もう一人の自分に泣いて謝りながら抱かれている、昨晩の記憶が
蘇っていく。
―それは克哉にとって、苦痛が伴う記憶
掻き毟りたくなるような突き刺す痛みが…急速に広がっていく。
だが…彼はそれでも、自分の弱さと苦痛を見据えて…その中で自分が
見出した真実を掴んでいく。
―これ、だ…!
そして、痛みを承知の上でも…思い出したかった真実を、ようやく見つけた。
それを思い出した瞬間…克哉の瞳からは、涙がゆっくりと溢れ始めていった…。
※3月23日より再開しました。現在の連載物のメインは
この話になります。
克克で、歓楽街を舞台にしたお話です。
良ければ読んでやって下さいませ。
夜街遊戯(克克) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
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―完全に意識が落ちる寸前、克哉は自分の心の奥から…強烈なマグマのような
激しい感情が競り上がってくるのを感じていった。
まるで火の玉が駆け抜けるような、鮮烈な感情の塊。
それを感じた瞬間…完全に意識はブラックアウトしていって、そして…もう一人の
自分の意識が浮かび上がり、彼が…その身体を使用していった。
―そうして佐伯克哉は恐ろしい形相を浮かべながら、澤村紀次の顔を思いっきり
鷲掴みにして睨みつけていた
その強烈な気迫と怒りに…澤村は驚愕を隠せない様子だった。
強いていうなら、さっきまで羊だと思い込んでいた人物が突然…狼に豹変して
こちらに噛みついてきたようなものだ。
澤村はさっきまでの克哉を、侮って見ていた。どうせ流されてなし崩しにセックス
まで持ち込めるだろうと強気に仕掛けていたのが、あっという間に崩されて
しまったからだ。
そして顔面を強く掴んだまま、渾身の力を込めて…克哉はその全身を
近くの壁へと叩きつけていく。
其処に浮かべられた瞳は、あまりに冷酷で…強い輝きを湛えていた。
バァン!!
大きな音が立つぐらいに、澤村は背面から壁に打ち付けられる格好となった。
背中全体に、鋭い痛みが走っていく。
「な、何を…するんだよっ! いきなり…」
「…お前ごときが、『オレ』に触るなんて…良い度胸だな。誰の許しを得て…
ここまでしたんだ…?」
「はっ…君だって、さっきまでかなり乗っていたじゃないか…。僕の手の中で
あんなに硬くしして、泣きそうな顔まで浮かべてさ…」
「…黙れ。それ以上戯言を言うなら…容赦しないぞ…」
その時、もう一人の佐伯克哉は…本気の憎しみすら込めていきながら…
目の前の男を睨みつけていく。
澤村紀次。自分の人生の中で最大のトラウマを刻みつけてくれた存在。
決して忘れることなど出来ない苦い記憶を刻みつけた男。
そいつが、よりにもよって…克哉に、もう一人の自分を良いように扱った。
その怒りで頭に血が上って、殺意すらも芽生え掛けていた。
(お前ごときが…あいつに触れるな! あいつは…俺のものだ…!)
あいつが嫌だ、と泣き叫んだ瞬間…純粋に、そう感じた。
つい先日まであいつに本気になっている事実など、認めたくなかった。
これは単なる気の迷いだと…そう考えて目を逸らそうとした。
だが、駄目だった。あいつがこの男に抱かれそうになった時…彼の心に
生じたのは自分の所有物に勝手に手を出された事による憤りと
嫉妬の感情だった。
今までの人生の中で、ここまでの怒りを覚えたことなど初めての経験では
ないかというぐらいの強烈な感情だった。
「へえ、容赦しないって…僕をどうするっていうんだい! 何が出来るのか
言ってみろよ! どうせ口先だけなんじゃないの!?」
「…クク、俺が口先だけの奴じゃないっていうのは…お前なら、よ~く
知っているんじゃないのか? なあ…紀次。お前など、もうとっくの昔に…
親友でも何でもないからな。俺が…情に負けて、手加減するとでも思って
いたのか…?」
「っ…!」
その一言を言った瞬間、澤村は瞠目していった。
さっきまでの克哉の態度や発言では、良く似た他人なのかシラを切られて
演技されているのか判別出来なかった。
だが…今の一言は決定打だった。これは…紛れもなく、自分が良く知っている
佐伯克哉でなければ有り得ない発言だからだ。
「ははっ! やっぱり君は…克哉君だったんだね。あそこまで見事にシラを
切って演技するなんて…なかなかやるじゃないか! ククッ…なら、君を
あんな風によがらせて、イカせられたのなら…ぐっ!」
「…それ以上、うるさくさえずるというのなら…本気で、殺すぞ…」
相手がさっきまでの克哉の媚態を嘲る発言をこれ以上、彼は聞きたくなかった。
だから本気の力を込めて、相手の鳩尾に拳をめり込ませていった。
其処は人体の有名な急所の一つである。
全力で打ち込めば、相手の意識を奪うことすら出来るぐらいなのだ。
ヒュっと澤村の喉が鳴って、息すら一瞬止まり掛ける。
殺意すら込められたその一撃は、こちらの軽口を止めるには十分な威力を
持っていた。
「ガハッ…ゲホ、ケホ…! …十何年ぶりにあった親友に対して、随分と
手荒な挨拶、じゃないか…。酷い男に、成長した…もんだね…」
「お前もな。いきなり人を暗がりに連れ込んで、強姦しようとするなんて…随分と
ロクでもない大人になったものだな…」
…一か月前、思いっきりもう一人の自分に対して同じことをやっている男が
言えた義理ではない発言だが、幸いにもその事実は澤村は知らない。
火花が散るような鋭い眼差しと、皮肉の応酬が繰り広げられていく。
澤村がうっすらと涙を浮かべて堰き込んでいる間に…彼は身なりを整えて
相手に付け入る隙など一切与えないようにする。
「はっ…あれだけ、ヨガっていた…ぐっ!」
「…随分と学習能力のない奴だな。これ以上言ったら…俺はお前を本気で
殺すと言っただろう…? 先程までの事をこれ以上蒸し返すなら、俺は完全に
足がつかない形で…お前という存在を抹殺ぐらいしたって構わないんだぞ…?」
感情の籠らない声で、淡々と静かな怒りを込めて…彼は言い放つ。
相手の髪を全力を込めて掴み上げていってやる。
射殺せそうなぐらいに強烈な眼差しで相手の目を見据えていくと…掛け値なしの
殺意に気づいたのか、澤村は…言葉を失っていった。
本当なら腸が煮えくりかえりそうなぐらいに腹が立っている。
けれど…どうにかぎりぎりの処で理性を働かせて、食いとめていく。
―こんなに、他の男があいつに触れることが許せないと感じるなんて…
思ってもいなかった
それは一か月前…あの夜に、気づいてしまった本心。
目を逸らしたくて仕方なかった真実。
けれど…そこから目を逸らしていたから、こんな男に付け入る隙など与えて
しまったのだというのを嫌でも思い知るしかなかった。
自分を過去に、土壇場で裏切っていた事を告げた男。
その人物の前で…感情のままに動けば、余計な隙を生み出すことになる。
だから彼は瀬戸際で耐えていった。
噛み締めた唇から、血が滲むぐらいに…。
拳が、ワナワナと大きく震えて血管が浮き出ている。
頭からはアドレナリンが全力で分泌されておかしくなりそうだった。
米神と口元の部分がピクピクとひきつっている感覚がした。
「…もう二度と俺の前に現れるな。それで…『オレ』に今夜お前が許可なく触れた
事に関してはこれで不問にしてやる…」
そう言い捨てて、彼は踵を返そうとした。
今…象徴となる眼鏡を纏っていない。
けれど…澤村が現在対峙しているのは紛れもなく、奇妙な眼鏡を掛けたことに
よって取り戻された…かつての克哉の意識だった。
あまりにも違いすぎる反応と言動、態度。
さっきまでこちらに翻弄されて、「自分の事など知らない!」と必死に叫んでいた
青年と同一人物とは思えなかった。
「…嫌だと言ったら、どうするのかな…?」
「なら、お前という人間の社会生命の全てを…全身全霊の力を込めて、
叩き潰すのみだな…」
ヒヤリ、とするぐらいに冷酷な口調で…彼は言い放つ。
本気の冴え冴えとするような…純粋な怒りは恐ろしくも美しい。
元々、整った容姿を持つ青年であるだけに迫力も半端ではなかった。
視線だけで本気で殺される、と戦慄すら覚えてしまう。
「…君、は…何なんだ…。さっきまでと、別人…過ぎるじゃないか…。
僕を知らないとか言っていた、あの弱々しい感じの…君、は一体…」
「…忘れろ。アレを二度と…お前の前に晒すような真似をする気はない…」
そう言い放ち、完全に背を向けていく。
その背中にあるのははっきりとした拒絶だった。
これ以上、自分たちの事など…過去の遺物に話してやる義理などない。
ほんの僅かにあった澤村に対しての情は…さっき、もう一人の自分を良いように
扱ったことで粉微塵になっていく。
「な、んだよ…! 本当に、そういう処って君…変わってないよね! 自分勝手で
人の事なんてまったく考えなくて…。自分さえ良ければ良いって思って…
こっちの心情なんて慮ることは、決してないままで…本気で、成長してないよね!」
そう澤村が言い放った瞬間…一瞬、卒業式の日に泣きながら何かを
言っている光景と被っていった。
澤村も、彼も…遠い昔のことを引きずっている。
頭の中はグチャグチャで…眩暈すらしてしまいそうだ。
苦い感情、軋むような胸の痛み。かつて大切だった人間にしたことと…
今、大切な人間に関しての出来事がオーバーラップしていく。
―その瞬間、天啓のように彼は気づいた
それに気づいた瞬間…眼鏡は、苦笑めいた笑みを浮かべる。
そうして達観した表情で…こう答えた。
「…そうだな。俺は…ガキのままで、何も成長していないままだったんだな…」
「えっ…?」
その表情と言葉を聞いた瞬間に、澤村は虚を突かれる形になった。
悲しそうな切ない顔。今まで殆ど見たことない…佐伯克哉の、顔。
「…結局、お前の裏切りに気付かなかったのも…俺が、本当は見なければ
ならないことから目を逸らしていたから…だったのかも、な…」
「何を、言っているんだよ…。何で、今さら…そんな、殊勝に…」
「さあ、な…。感傷、かも知れないがな…」
さっきまで、澤村の心はこの傲慢で憎々しい佐伯克哉への復讐心に燃えていた。
絶対、こんな仕打ちをされて大人しくなど引き下がるつもりはなかった。
日を改めて彼を草の根を分けてでも探し出し…絶対、今夜の報復を彼に
するつもりだったのに…その顔に毒気を抜かれて、迷いが生じる。
(僕は一体…どうしてしまったんだ…?)
まるで、精密なコンピューターが誤作動を起こしてしまったよう。
訳のわからない感情が、グチャグチャになって…混乱していく。
目の前の相手が憎いのか、好きなのか…それすらも判らなくなって。
さっきまでの彼に触れていた時は…本気で欲情して、グチャグチャに
して…自分の腕の中でよがらせてやりたかった。
反撃されて、強気に出られてからは…殺してやりたいぐらいの怒りを
覚えていた。
けれどその根っこにあるのは…。
「嘘、だ…!」
とっさに何かが見え掛けて、澤村は否定していく。
強い執着の裏側にある想いを、認めたくなかった。
だから男は否定していく。根っこに潜む感情を。
その反応を見て、眼鏡は…自分の鏡を見るような想いだった。
それでようやく嫌でも気付かされる。
この男こそが…自分の本心を映す鏡だったのだと。
失ってしまった過去のカケラ。苦い記憶の象徴。
けれど…だからこそ、判ってしまった。
今、大切な存在がいると…とうに自分の中で失くしてしまっている
存在がいるから、対比する形で見えてしまったのだ。
失いたくないと…誰にも取られなくないという存在に、いつの間にか
あいつは昇格してしまっていた事実を。
(…俺は、お前のことが…昔は、好きだったんだろうな…)
相手が、何かを否定するように頭を振っている姿を見て…酷く冷めた
目をして眺めていた。
けれどきっと…自分と澤村は良く似ているのだ。
だからダメになったのかも知れなかった。
きっと傍にいれば、お互いの嫌な部分を映す鏡になってしまう関係だったから。
けれど心を二つに分けてしまうぐらいにトラウマの存在も…新たに大切な
存在が出来れば、遠いものになっていく。
それにすでに十数年という時間が…気づかない間に癒してくれていたのだろう。
その傷を覆い尽くすぐらいに、今…胸の中にいるのは…。
(お前なんだな…『オレ』…)
鮮明に、もう一人の自分の顔が浮かんだ瞬間…彼は迷いを断ち切るように
きっぱりと言い切っていった。
「…自分の本心から目を逸らしている奴は、本当に欲しいものなど決して
手に入れられない。自分の過ちを見据えられない奴は…いつまでも同じ
間違いを繰り返し続ける…」
それはさっき、天啓を受けた時に見えてしまった真実の言葉。
口にした瞬間…澤村はキっと眼鏡を睨みつけていった。
それは…本心から目を逸らして、間違えてしまった人間にとっては
傷口に塩を塗り込めるような、それ程に痛い言葉。
だから彼は平静でなどいられなかった。
「…何だよそれ! また…僕を上から見下ろして説教でもするつもりかよ!
君のそういう…嫌な処、本当に…変わってない! 聞きたくない! だから…
もう消えろ! 僕の方こそ君の顔は…二度と、見たくない!」
そうやって叫ぶ澤村の姿に…昨日までの自分の姿を見た。
小さな自尊心が邪魔をして、目を曇らせてしまっている。
自分の中の真実に、向き合う勇気すら見せずに必死になって目と耳を
塞いで自分を懸命に守るその姿は…悲しくて、滑稽だった。
眼鏡は…言葉を失っていく。もう…怒りをぶつける気も起らなくなった。
(…お前も、俺も…弱かったんだな…)
ただ単純に、そんな事実に気づいてしまった。
自分が驚異に感じていた存在の正体を、思いがけずに知ってしまった。
彼はただ…弱かったのだ。
それで自分を守る為に、こちらを裏切ったのだと見えてしまった。
「…そうだな。出来れば二度とお前と顔を合わせないことを祈っているよ…。
それでは、元気でな…澤村」
「なっ…」
それでも最後に、ほんの僅かだけ…相手を気遣う言葉を放って眼鏡は
さっさと相手から背を向けていく。
「克哉、君…っ!」
とっさに、澤村が呼びかけていく。
だが彼は何の反応も示さずに…背を向けていく。
もう一人の自分が生まれたあの時と同じだ。
…突きつめていけば、どれほどの怒りを感じても何をしても…きっと
自分は、この男を傷つけたくないという最後の情が存在するのだろう。
かつては記憶の喪失という形で、そして今夜は完全なる拒絶という形で
相手の罪を裁かず、報復もせずに見逃していく。
「また…君は、怒りも憎しみも…何も見せずに、僕の前から…消えるのか!」
「そうだ…」
されど、振り向くことはせず…その言葉に頷いてみせる。
「…最後の、情だ。かつて親友だった…という事実に免じて、今夜のことは
なかった事にしてやる。だからお前も…さっさと俺のことなど忘れろ」
そう言って…彼は裏路地を後にしていく。
どんな表情を相手がしているかは、決して後ろを向かなかったので
彼には分らなかった。
けれど…そのまま、相手が立ちあがる気配は感じられなかった。
最後に感じたのは…苦々しい感情と、清々した気分。
(意外と…あいつと面向かって言葉を話しても…平気だったな…)
薄暗く、人気のない細い道を一人で歩いていきながら…ぼんやりとそう
考えていく。
以前はあれだけ、驚異に感じていた存在と対峙したのに…堂々と接すことが
出来た事に…彼は不思議に思っていく。
(…悔しいが、お前を好き勝手に触られた怒りで…何もかもが吹っ飛んで
しまったみたいだな…)
あれ程の強烈な怒りを覚えるぐらいに、自分はもう一人の自分に所有欲と
独占欲を抱いていたのだと自覚してしまった。
それで…認めざるを得なかった。
自分とあいつは表裏一体。同じ心の海より生れし存在で…そして同じ身体を
共有しているのだ。
だから他の男があいつに触れれば、自分は嫌でも知ってしまうのだ。
あんな胸糞悪い想いは二度と味わいたくなかった。
自分が意地を張って認めないでいることで、他の男に付け入る隙を作って
しまうぐらいならさっさと事実を受容した方が遥かにマシだった。
業腹だが…皮肉にも、あいつを強引に澤村が抱こうとした事で…最後の
意地のようなものが完全に吹き飛ばされてしまっていた。
「…まったく、こんな形で…認めざるを得ない形に追い込まれるとは…な…」
そう苦笑した彼の顔は、それでもどこか優しいものがあった。
強引に身体の主導権を奪ってしまったせいで…克哉の意識は深い場所で
眠りについてしまっている。
面倒だが、このまま自宅まで運んでやるしかなかった。
そこら辺の路地裏で夜を明かすよりも…家に帰って少しでも身体を休めてやった
方が良いだろうと…らしくもないことを考えながら、彼は駅の方まで向かっていく。
(ったく…面倒だが、お前の家まで行ってやるよ…風邪など引かれたら
俺まで苦しむ羽目になるからな…)
と、やはり意地っ張りなことを考えつつ、眼鏡は克哉の自宅へと向かい始めていく。
だがその顔は…きっと、克哉本人が見たら嬉しくて微笑んでしまいそうなぐらいに
穏やかなものを湛えていたのだった―
この話になります。
克克で、歓楽街を舞台にしたお話です。
良ければ読んでやって下さいませ。
夜街遊戯(克克) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
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―克哉は目の前の男が、自分という存在が生まれるキッカケになっている
その事実すら、知らなかった。
かつて、佐伯克哉が二つの心に分かれてしまう前は…その傍らには
いつも彼がいたのだ。
幼い頃からいつも一緒で、ただ一人…かつての自分が心を許した存在。
けれど小学校の高学年の頃から、密かに裏切られ続けて。
卒業式の日に、その痛い真実を明かされてしまった。
その苦痛から逃れる為に、今の克哉の心は生まれ…本来の佐伯克哉の意識は
深い眠りに就いて自分が生きることになった。
それらの顛末の全てを、克哉は知る由もなかった
『貴方は誰、ですか…?』
その一言を放った瞬間、目の前の男性の纏う空気がガラリと変わった。
多くの人間が行き交う夜の新宿の街中で、二人は向かい合う。
歩道の隅の方に立っているので…沢山の人間が行き交いながらも、誰も
彼ら二人に関心など払わずに過ぎ去っていった。
けれど肌がピリピリとするような緊張感が、彼らの間に走っていく。
(…いきなり、雰囲気がこの人…変わってしまっている…!)
相手の瞳に穏やかではない感情が浮かんでいる事実に気づいて、克哉は
蒼白になっていった。
無自覚に失言をしてしまった事に、相手の態度で気づいてしまったからだ。
「…ねえ、それ…本気で言っているの? 君が…僕を忘れるなんて、有り得ない
筈なんだけど…」
「…すみません。本当に…名前も、思い出せないんです…」
「…っ!」
その一言を克哉が放った瞬間、目がカっと見開かれていく。
相手は明らかにその一言に憤っているのが判って、身が竦みそうになった。
けれど嘘は言えない。克哉は本当に…目の前の存在が誰なのか、一切情報を
頭の中から引き出せない状態だったのだから。
この存在の事を覚えているのは、眼鏡の意識。
最初に生まれた佐伯克哉の方だ。
そしてあの小学校の卒業式の日以来、かつての親友だったこの青年に纏わる記憶の
全てを、自分の意識と共に心の奥に沈めてしまっていた。
屈辱と痛みに塗れたその苦い体験は、眼鏡の方だけで抱えていた。
だから克哉にとっては…心がざわめき、何か強烈な不安を伴いながらも…名前すらも
思い出すことが叶わなかった。
(オレは…この人との間に、何があったんだ…? まったく…思い出せない…!)
警鐘のように、ドックンドックンと鼓動が荒立ち、猛烈な焦燥感が湧き上がってくる。
背中から嫌な汗がドっと溢れてきそうだった。
「…名前を、教えて下さい…! それを聞けば、思い出せるかも知れませんから…!」
ついに耐えきれずに、感情のままにその一言を口に出してしまう。
その瞬間、克哉は見てしまった。
相手の怒りに燃えた、恐ろしい眼差しを形相を。
それはこちらを竦ませて、恐怖を抱かせるには十分な威力を持った反応だった。
「ご、ごめんなさい…!」
「来るんだ!」
とっさに怯えてしまった克哉の腕を、男は強引に捕まえていく。
骨まで軋んでしまいそうな強烈な力だった。これだけ手に力を込められて
しまえば…腕の骨にヒビが入ってしまいそうなぐらいだ。
そのまま荒々しく早足で人波を掻き分けて、赤いフレームの眼鏡を掛けた
青年は…繁華街の、人気がない裏路地の方へと克哉を連れていった。
華やかな夜街の裏側。喧噪は聞こえるのに、ネオンという光に照らされている
場所と違って薄暗く、頽廃的な裏側を象徴しているような場所。
一人で迂闊に歩いたら、危険な目に遭うかも知れないような危険な臭いが
立ち込めている区域に、気づけば誘導されてしまっていた。
ダンっ!!
そして、薄汚れたテナントビルの立ち並ぶ隙間。
人目につき辛い場所に連れ込まれてしまうと、強引に壁の方へと突き飛ばされて
目の前の男性に壁際に閉じ込められてしまっていた。
そして男は…眼鏡を外して、激情のままに叫んでいく。
「…僕の顔に、これでも見覚えがないのかい!? 澤村だよ! 澤村紀次!
子供の頃から…小学校を卒業する日まで、君の傍らにいた僕を…忘れたなんて
そんな冗談をいつまで続けるつもりなんだよ!!」
眼鏡を外した、澤村と名乗る男性の素顔は整ったものだった。
それが余裕や、からかいを含んだ全ての感情を吹き飛ばしてこちらに
詰め寄ってくる。
途端に頭の芯からズキズキするような鋭い痛みが走り抜けていく。
だが、肝心の事がやはり思い出せなかった。
食い入るように、突き刺すように相手の鋭い眼差しが克哉に向けられ続ける。
けれど…やはり、ダメだった。
彼に纏わる記憶を、克哉の方の人格では何一つ有していないのだから
仕方ないことであったが…これだけ相手が真剣になっても、彼は…首を横に
振ることしか出来なかった。
「ご、めんなさい…! 本当に、貴方の事を思い出せないんです…!
オレは、貴方の事を…知らない!!」
「う、そ…だ…!」
その一言を放った瞬間、澤村はショックの余りに瞠目して硬直していく。
今の言葉が、どれだけ目の前の男性にダメージを与えたのか…その
反応で判ってしまった。
けれど、これ以上偽ることなど出来ない。
自分はやはり…彼を、知らないのだ。思い出すことが出来ない以上…胸がどれだけ
ざわめき続けようと、初対面の既知ではない人物という結論しか導き出されなかった。
「なら、人違い…なのか…? こんなに、克哉君に似ているのに…?」
「そう、かも…知れませんね…」
克哉には、そうとしか言えない。
何故なら自分には…小学校を卒業する以前の記憶が曖昧なのだ。
だから彼が本当に、その時代の親友であったとしても…もう、思い出すことが
出来ないのだ。
そうなってしまったら、見知らぬ他人と同列だ。
傷つけることになってしまっても偽る訳にはいかない。
本当に申し訳なさそうな表情で…克哉は首を振って目を伏せていく。
そして、小さく呟いていった。
「ごめん、なさい…」
そう、克哉が呟いた瞬間…澤村の態度は一変した。
「へえ…君にとって、僕は覚えている価値もない存在だったって事か…? もしくは
世の中には似た人間が三人いるっていうから…僕の知っている克哉君の瓜二つさんが
君に過ぎないって…どっちかなのかな?」
「似た、人間かも知れませんね…。オレの中には、貴方に関する思い出は
何一つ、存在しませんから…」
もしかしたらこの人は『俺』の方の関係者なのかも知れなかった。
けれどそれを口に出すことは憚(はば)かられてしまったので…そういう
物言いをするしかなかった。
瞬間、澤村の顔が能面のように冷たい無機質なものとなった。
「そう…そっくりさんね。もしくはシラを切る演技? なら…どこまでそれを
続けられるのかな…?」
瞬間、いきなりネクタイの部分を強引に掴まれて痛いぐらいに…男の方へ
顔を近づけさせられた。
そのまま…有無を言わさず、噛みつくように口づけられていく。
「…っ!」
男の突然の行動に、頭が真っ白になってまともに行動出来なかった。
そうしている間に…まるで何か別の生き物のように克哉の口腔に…相手の
舌先が乱暴に侵入してきた。
とっさに引き剥がそうと、抵抗をしようとしたが…それよりも先に、澤村に
両手首を掴まれて拘束されてしまったが為に、阻まれてしまっている。
逃げようにも…相手の身体と、背後の壁に閉じ込められてしまっている
状態では…叶わなかった。
グチャグチャ…
粘質の水音が、脳裏に響くと…生々しい感覚が脳髄を走り抜けていく。
もう一人の自分以外の人間に、深い口づけをされているという違和感と
嫌悪感と共に…久しぶりの官能的な感覚に、否応なしに身体が反応
してしまっていた。
何がなんだか、判らなかった。頭はグルグルと混乱してしまって満足に
考える事など、出来ない。
どうしてこの男性がいきなりこんな真似をしてきたのか…訳が判らずに
翻弄されるしかなかった。
(やっ…だっ…! あいつ、以外に…こんな…っ!)
涙が滲んで来そうだった。
本気で気が狂いそうになるぐらいに、悔しかった。
けれど…相手の荒々しい口づけで、克哉の身体の奥に潜んでいた肉欲が
否応なしに引きずり出されていく。
最後にセックスをしたのは、一か月前のあの日。
…それから、何度もあいつが与えてくれた感覚を忘れられずに自慰をしたが…
決して満たされずに、克哉は欲望を持て余していた。
腰が砕けてしまいそうなぐらいに…激しいキスを続けられる。
抵抗も、言葉も…全てを奪い去るような嵐のような口づけだった。
ようやく…両手と唇が解放された時には、克哉は壁に凭れかかりながら…
今にも崩れそうな身体をどうにか支えて、荒い呼吸を繰り返すのみだった。
「…もう、君が…僕の知っている克哉君なのか、そうでないのか…。演技を
しているだけなのか、違うのか…どうでも良くなってきた…」
「えっ…?」
克哉が驚きの声を漏らすと同時に、両方の胸の突起を服の上から弄られて…
足の間に、相手の腿が割り込んで…反応しかけている下肢を擦りあげられていく。
たったそれだけの刺激にビクン、と顕著に身体が反応して硬くなり始めてしまっている。
「ただ、僕をこんなに昂ぶらせた責任は君に取って貰おうか…。以前から、
僕はね…君に似た『克哉君』にずっとこうしたかったんだ…。生意気で、
傲慢で…人を人とも思わない、あの冷たい奴を…こうやって僕の下に屈伏させて
快楽でその顔を歪ませたら…きっと、愉快だろうなってずっと昔から…そう
思っていたからね…」
「なっ…何を、言っているんですか…!」
そんな暗い発言をした澤村の瞳は、狂気すら孕んでいた。
正直言うと、澤村自身にも…さっき衝動的にキスしてしまった理由が
何なのか、自分でも判り兼ねていた。
だが、激情に任せてキスしたら凄く気持ちが良かった。
そうして困惑し切っている相手の顔を見たら…酷く嗜虐的な気持ちが
湧き上がって来て、自分は目の前の相手に欲情しているのだな…と
その事実に気づいてしまった。
否、もしかしたら…彼が佐伯克哉に抱いている根源の気持ちは、好意や
愛憎と言われるものだったのかも知れない。
正直言うと克哉の反応を見ていると、良く似た同名を持った別人なのか…
もしくはシラを切られているのか判別がつかない。
けれど…今のキスで、澤村は相手をグチャグチャにしてやりたいという
衝動を覚えてしまった。
自分の事だけを見て、感じさせて…胸に湧き上がる憤りの感情の全てを
こいつに叩きつけてやりたい。
その狂暴な気持ちを抱いたまま…相手の耳元で、ねっとりと囁きかける。
「…嗚呼、ちゃんとお金なら払ってあげるよ。一晩で…10万なら、悪い
話じゃないだろ…? ちゃんと君のことも気持ち良くさせてあげた上で…
お金も上げるよ。だから後腐れないセックスを目いっぱい愉しまない…?」
「じょ、冗談じゃない! 誰が、そんな…!」
相手の発言に本気で憤って、睨みつけていった。
だが、そんな克哉の抵抗を嘲笑うように…男は、克哉の下肢に息づく
欲望を強く握り締めていく。
素早くジッパーを引き下げられると…顕著に反応した性器を引きずり出されて
先端をくじくように指の腹で擦りあげられていった。
「ひゃ…ぅ…!」
あまりの唐突で性急な刺激に、ヒュッと鋭い息を吐いて克哉は固まり掛けていく。
けれどこちらの抵抗を削ぐように…男はもっとも敏感な部位を指の腹で攻め立てて
先端から先走りが滲むぐらいに…濃厚な愛撫を施していった。
「ほら…もう、こんなに気持ち良さそうだ…。キスと、ちょっと煽っただけで…
厭らしく蜜を零している癖に、何をそんなに抵抗しているんだい…?」
「やっ…だっ…! やめ…!」
「君のコレ、は…嫌がっていないよ…ほら…!」
男は揶揄するように、克哉の性器を握り締めて素早い動きで扱き上げる。
思考回路はグッチャグチャで、暴れ出したいぐらいに悔しさが溢れて来る。
けれどペニスは男性にとって、もっとも鋭敏な器官で…其処を弄られたら
肉体的には、快感を感じて抗えなくなってしまう部位でもある。
相手の手の中でドクドク…と脈打っている。
そして、一か月…満たされることなかった欲求不満の身体は、あっという間に
陥落して…相手の手の中で熱い精を解放していく。
「いやぁ、だぁぁー!!」
イク瞬間、浮かんだのはあいつの顔。
もう一人の、自分の顔だった。
不安定だった心では、こうして与えられる快感と温もりから逃れられない。
ついさっきまで孤独と痛みを抱えていたという事情が…克哉から、この男の手を
拒む気力を奪い掛けていた。
「…正直になってよ…。こんなに沢山、僕の手の中で出した癖に…。
君の身体は凄く感度も良いみたいだしね…。もっと、欲しいんじゃないの…?」
「そ、んな…事は…離せ、離して…くれっ!」
欲望を放ってしまった途端に、頭が冷えて…こんな男の手にあっさりと
陥落してしまった自分が情けなく感じられてしまった。
このままだと流されて、最後まで抱かれる。
その事を考えた途端に、ゾっとなった。
(あいつ以外の男のモノを、受け入れるなんて…絶対に、嫌だ…!)
寂しさ故に、心が冷えていた故に…相手に付け入る隙を与えてしまった。
だから克哉は拒みきれなかった。
しかしその事態の一歩手前にまですでに差し掛かっている事を自覚した途端…
克哉の心に生じたのは、相手が欲しいというよりも…もう一人の自分以外の
人間にこの身を抱かれたくないという最後の矜持だった。
「今さら、逃してなんて上げないよ…! 無駄な抵抗なんて、止めたら…?」
「やだっ! 絶対に嫌だっ! 離せ、離せよっ!!」
まだ腰に満足に力が入らない状態でも、必死になってもがいて…克哉は
その腕から逃れようと足掻き続けた。
その瞬間、澤村は激昂して…克哉の身体を壁に打ち付ける勢いで…
押さえつけていった。
「いっ…つ…!」
「逃がさないよ…。僕はもう、君を犯して…ヒーヒーと啼かせたくて…堪らなく
なっているんだから…」
「ひぃ…!」
相手の生々しい欲望が、ズボンの生地越しに…克哉の下肢に押し付けられる。
もう一人の自分に一か月前…この街で彼を見つけた晩に同じような事をされた。
あの時はそれでも、身体の奥に火が灯るのを感じていった。
けれど…今の克哉が感じているのは、血の気が失せるような感覚だった。
それで嫌でも思い知らされる。
自分は…あいつ以外の人間に抱かれるなど、冗談ではないという本心を。
―嫌だ! お前以外に…抱かれるなんて、嫌だぁ!!
気づけば、そう叫んでしまっていた。
切実な想いを込めながら、頭の中で呼びかけていくのはもう一人の自分の事だけだった。
―冷たくても、何でも良い。酷い男でも何でも…オレは、お前以外の奴と…
セックスなんて、したくない!
それは追い詰められたからこそ出た、今の克哉の真実。
そう叫んだ瞬間、フイに意識が遠のきかける。
「えっ…?」
突然、頭が真っ白になるような真っ黒になるような…チカチカした感覚を
覚えていく。
同時に身体の力が抜けて、虚脱状態になっていき…。
それはまるで、悪質の貧血か何かに掛かってしまった時のよう。
(こ、んな時に…何でっ…!)
意識が、遠のきかける。
必死になって抗うが、全てが無駄だった。
まるでブレーカーが落ちたみたいに、全ての感覚が遮断されていき…。
「うっ…あっ…」
そうして、小さく呻きながら…克哉の意識は暗転して…深い闇へと
突き落とされていってしまったのだった―
この話になります。
克克で、歓楽街を舞台にしたお話です。
良ければ読んでやって下さいませ。
夜街遊戯(克克) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
21
―好きな人間にとって真剣な自分の想いが迷惑がられているのならば
あのまま、遊びの関係を続けていた方が良かったのだろうか?
佐伯克哉は、酷い二日酔いに悩まされながら週末の休日に悩んでいく
本心を伝えて、こうして会えないで一か月が過ぎてしまって
朧げながらに…あいつが、苛立っているのを知ってしまい、克哉は
絶望を覚えていく
今までと、自分たちの在り方を変えたいとか…そんな風に願ったこと自体が
間違いだったのかと、本気で彼は…思い詰めてしまっていた
せっかくの休日も、目覚めた時には酷い二日酔いになっていて…結局
本日は夕方までベッドの上で苦しみ続けてしまった。
日が暮れた頃になってようやく酒が抜けて、コンディションも幾分かマシに
なってきたけれど…何かする気力も、食欲も何もなくなってしまっていた。
一人でいても悶々としてしまって、部屋でぼうっとしているのも苦痛だ。
空腹だけど何も食べたくない。
身体にあまり、力も入らなくなってしまったけれど…暗い部屋に一人でうずくまって
いると余計に気が滅入ってしまって。
(…一人でずっと、こうしているのも…何か、辛いかも…。どこか、に行った…
方がまだマシ、だよな…)
ぼんやりとだけ、昨日の晩は…もう一人の自分が出ていた事は覚えていた。
あの赤い天幕で包まれた部屋で、眼鏡は酒を煽っていた。
その事だけは何となく記憶があっただけに…何もしないでいると、相手がこちらの
想いに困惑していたり、イライラしていたりといったネガティブな情報だけが
伝わって来てしまうから。だから克哉は、気分転換がしたいっって切に願った。
億劫ながらも結局克哉は、少しでも気を紛らわせたくて…着替えて、そのまま
新宿の方に向かってまっていた。
一か月ぶりの歓楽街。もう一人の自分を探しに来た夜と、想いを告げたたった
二日間だけ足を向けた場所。
今となってはそれすらも随分と懐かしく思えた。
(…ここに来た理由もそもそも、あいつに会いたいと思って…ヒントを出されて、それで
探し出してみろって言われたからだよな…)
そんな事を思い出して、つい克哉は懐かしくなった。
夢遊病者のように、頼りない足取りで…フラフラと駅周辺を歩き回っていた。
この一か月、克哉もまたグルグルとしながら過ごしていた。
あの夜…手応えがあったのに、それはまるで幻のように消えてしまって。
こんな風に迷惑がられてしまうぐらいなら…何も言わないで、遊びの関係をそのまま
続けた方が良かったのだろうか…という弱気な気持ちが生じてしまっていた。
―そんなに、お前にとってオレの気持ちは迷惑…だったの、かな…?
泣きそうな想いを抱えながら多くの人間が行き交う新宿駅周辺を
彷徨い歩いていく。
歓楽街、夜に沢山の人間で賑わい…活気づく場所。
完全に日が暮れて、ネオンという名の地上の星が鮮やかに瞬く頃には
この場には多くの人間の欲望が渦巻く場へと様変わりしていく。
見た目的にも堅気と言えない男たちや、派手な装いをしている女たち。
奇天烈なファッションを身に纏う男女や、呼び込みをしている男達など…
少し歩きまわるだけで、沢山の人間が存在しているのが判った。
人の波がうねり、一つの流れを生み出していく
それに逆らうことなく、身を委ねるようにその流れに乗って歩いていくと
自分という個など、埋没してしまいそうだった
―こんなに沢山の人間が目の前にいるのに、今…克哉はひどい孤独を
感じてしまっていた
この場に、克哉を知る人間など誰もいないから。
どこまでも無関心で、冷たい…雑然としているのに、突き放しているような
そんな空気に包みこまれて心が乾いて、同時に冷えていってしまう
心がとても寒かった。
二日酔いという形で、本日は体調も悪い状態で過ごしていたからだろう。
変に感覚が鋭敏となってしまって、普段は気にならない…都会に潜む
そんな突き放したような冷たさが、今夜に限っては妙に身に染みてしまった
―その時になってようやく、克哉は…一夜の温もりを求める心理を何となく
理解出来たような気がした
想っている存在がいて、その存在に会えるかも…と期待していた時は
他の人間と遊ぼうなどと、まったく考えなかった。
だから遊びというルールで、一夜の温もりを求める同性愛者達の…
そんな気持ちがどうしても察することが出来なかった。
けれどこの世の中で独りぼっちになってしまったような、不安な気持ちを
抱えてこの界隈に繰り出したことで…ようやく見えて来た。
心が寒かったし、不安だらけだった。
あいつにとってこの気持ちが迷惑かも知れない。そう考えた瞬間…暗い
感情が胸の奥から溢れて来る。
その不安を、紛らわしたかった。温かいものが少しでも欲しかった。
そんな心境になって歓楽街に来たからこそ…初めて見えた。
虚構でも、癒されたい気持ちを。それが儚く、脆い幻想だと判っていても…
それに縋りつきたい、人の中に潜む弱さを…初めて、克哉は理解していく。
(今のオレは…きっと、誘われたらついていってしまいそうだ…)
自分を支えていた、なけなしの勇気を振り絞れていた想い。
それが今は…克哉を不安定にしてしまっていた。
波を縫うように、あてもなく歩き続けていく。
その時…克哉は、見てしまった。
とても幸せそうに寄り添う、一組のカップルを…。
「ユキ、さん…?」
もしかしたら、見間違いかも知れなかった。
けれど一瞬だけ目の端に止まった後ろ姿は…この街で知り合ったあの黒髪の
青年と良く似ていた。
たった一度会っただけの人だから、人違いかも知れない。
だが彼は、あの茶髪の青年ととても仲良さそうに歩いていた。
彼らはこちらに気づかない。あっという間に人波に乗っていって…目の前から
消えていってしまう。
「は、ははは…」
あの人は、上手くいったんだな…と安堵すると同時に、胸の中に…
嫉妬めいた感情が浮かんでいく。
本当なら、あの後に…彼の方は想い人と上手くいったのだと喜んで良い
筈なのに…こんな状況だからこそ、複雑な想いが浮かんでしまっていた。
「…情け、ないな…。今のオレって…人の幸せも、祈れないぐらいに…
心が冷えて、しまっているのかよ…」
グッドラック、とあの青年は告げた。
たった一か月前の出来事。
嵐のように立て続けにもう一人の自分に抱かれた二日間。
その記憶が鮮明に克哉の脳裏によぎっていく。
偶然、あの青年が視界に入ってしまったことで改めて…一か月前の出来事を
はっきりと思い出してしまった。
(…お前に、会いたいよ…)
あんな風に、お前と…寄り添いながら、笑いあって歩きたいと…
そんな自分の本心に、気づかされてしまう。
この一か月、克哉は塞ぎ込みがちだった。
そんな自分を片桐や本多はとても心配してくれたけれど…どれだけ周囲の人間が
優しく、こちらを気遣ってくれても…満たせない飢えが、自分の中に存在していた。
自分を満たせるのは、あいつだけなのに…その存在に会えない苦痛。
「会い、たい…」
うわごとのように、地上の星を眼の端に据えながら呟く。
瞳にはうっすらと、涙が浮かび始めていた。
切なくて、哀しい想いが胸の中に充ちていく。
求めよ、されば与えられんというのなら…どうか、あいつを与えて下さい。
身体だけでも、良いから…まだ、求められている方がマシかも知れないと思った。
関係を変えたくて、遊びでなんて嫌だと思ったから…本心を告げたのに、それで
こうやって疎遠にされるぐらいなら、いっそ…。
「克哉君…?」
そんな事を考えている最中に、背後から声を掛けられた。
「えっ…?」
聞き覚えのない声。けれど何故か…初めて聞いたような、そんな気が
しなかった。
たったそれだけの言葉なのに、どうしてか心が更にざわめき始めていく。
「克哉君、だろ…? まさかこんな処で君と会うなんてね…奇遇だよね。
今、一人かい…?」
けれど人波に乗って進んでいる自分を、相手ははっきりと名指しで呼びかけてくる。
それでようやく足を止めて振り返っていくと…背後には、顔を知らない青年が
酷く馴れ馴れしい笑みを浮かべながら、立っていた。
(誰だ…? 知らない人の筈なのに、見たことはあるような…気がする…)
けれど必死になって記憶を探っても、答えは見つからなかった。
無理もない。『克哉』の方は、この男性との事はまったく覚えていなかったから。
彼という存在そのものが、この存在を忘れる為に生み出されたもの。
だから…思い出せる筈がない。
けれど心の中で派手に警鐘が鳴っていることだけははっきりと伝わって来た。
「どうしたの? 僕のこと…思い出せないの…?」
赤いフレームのおしゃれ眼鏡を掛けた、自分と同じぐらいの背丈の
青年は人懐こい笑みを浮かべながら問いかけていく。
克哉は眼を見開きながら、動揺した様子で問いかけていく。
「貴方、は…誰、ですか…?」
ザワザワザワ…と心が激しく波立っていくのを感じながら…克哉は
目の前の男にそう尋ねていった。
―その瞬間、かつて…もう一人の自分との間に深い確執を作った存在は
剣呑な光を、その瞳に宿していったのだった
この話になります。
克克で、歓楽街を舞台にしたお話です。
良ければ読んでやって下さいませ。
夜街遊戯(克克) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
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―本当に人というのは面白いものですね…
手を伸ばせばすぐ其処に届く距離に、望むものがある時でも
小さな意地やプライドが邪魔をして見落としてしまう
光と影、対なる存在であるあの方同士も…あまりに近すぎるが故に
見えなくなっている部分があるご様子…
まあ、簡単に得られないからこそ…幸福は貴重で価値があるものなのでしょう
…ククッ、貴方という素材は…私を心底楽しませてくれますね
さて、夜の街を舞台にしたお二人の恋模様は…どのように転がるのでしょうか…?
克哉が歓楽街のホテルで、最後にもう一人の自分と会った日から
一か月が過ぎたある夜。
自尊心が強い性格をした方の佐伯克哉の意識が出た状態で…彼は
クラブRの扉を潜っていった。
赤い天幕と蟲惑的な匂いに包みこまれた非日常な空間。
その奇妙なクラブの店主たる男は…自分の与えた眼鏡の力もなく
『彼』の方の意識が表に出ていたことを酷く喜び、そして歓迎していった。
「…こんばんは、我が主。貴方様が…私の手引きもなく、こうして現われて
下さるとは…至極光栄の至りでございます…」
「…相変わらず大袈裟な男だな。普通に出迎えてくれれば良い。そこまで
お前に畏まって応対されると…何か裏がありそうで、落ち着かないな…」
「おやおや、随分な謂われようですね。…私は心から貴方様の来訪を
喜び、歓迎していますのに…。今宵はどのような要件で、当店を
訪れたのでしょうか…?」
「…ここで一杯、何かを飲ませて貰おうか…。適当に肴になりそうなものでも
一緒に持って来い…」
「了解しました…奥の部屋のソファにお座りになってお待ち下さい…」
そうして男は彼を店の奥に消えていくと、スウっと幻のようにその姿を
掻き消していく。
あの男がそれぐらいのことをやった処で、彼にとっては慣れたものだ。
別段驚きもせずに…言われた通りに、赤い天幕と豪奢なベルベッドのソファが
置かれた部屋へと足を向けていく。
―ここは、初めて克哉を犯した場所でもあった
その時の記憶と…自分が何を想って、相手を犯したかを思い出した時…
今との心情の違いにイラっとして…苦い溜息を突いていく。
無意識の内に眼鏡を押し上げる仕草をしていくが…其処に慣れた感触が
ないことに気づいて、ハっとなっていく。
(何故…俺はこんな処に来てしまったんだ…。しかも、あいつの意識を
押し出して…眼鏡も掛けていないのに…)
無意識の内に、眼鏡を求めていた。
そう思った瞬間…目の前の机の上に、あの銀縁眼鏡が現われていく。
…長年、意識の奥底に眠っていた自分が目覚めるキッカケとなったアイテム。
―これを掛ければ、何か変わるのか? …あんな、俺らしくないことをやって
しまったのを…打ち消せる、のか…?
一か月前、戯れのつもりで夜の街にもう一人の自分を誘い…コスチューム
プレイを堪能する筈だった。
しかしどこで歯車が狂ったのか…気弱な方のあいつは、演技の最中に…
迫真の様子で、こちらに告白して来た。
それに、気づけば引きずられるように…自分は言ってしまった。
『好きだ…』
という一言を。
その後、気が狂ったようにあいつを貪り続けた。
今までに何度も抱いて来た筈なのに、それらの全てが霞んでしまうぐらいの
強烈な悦楽だった。
正気を失ってしまうかと思うぐらい、全身が焼かれてしまうのではないかと疑い
たくなる程の濃厚な一時で、まるで熱に浮かされたようだった。
しかし…全てが終わって、欲望の全てを吐きだした後…その一時を
認めたくないという心理が彼は働いてしまった。
自分が、あいつごときに本気になるなど…自尊心が極めて高い彼にとっては
容易に認められることではなかった。
(単なる気の迷いだ…)
あの日から、あいつの内側で…ずっとそう想って、眠り続けた。
信じたくなかった。
完全に遊びのつもりで接していた相手に、いつの間にか本気になっていたなど。
その事実を直視したくなくて、一か月…彼は表に出ることはなかった。
けれど…克哉と自分は、言わば表裏一体。
一つの身体を共有している間柄だ。だから…どれだけ目を逸らしていても
シャットダウンするように心掛けても、あいつ側の感情が何かの拍子に
流れて来て…こちらの心を揺さぶるのだ。
だから、もうそれ以上…見たくないし、流れて来て欲しくないと思った瞬間に…
彼はこうして、久しぶりに肉体の主導権を握っていた。
ただ、どこに行けば良いのか迷っていたら…目の前にこの奇妙な店の
扉が開かれ、誘われるように足を向けた。
そういった事情で…今夜、ここに訪れたのだ。
グルグルと頭の中で色んな感情が渦巻いてしまって不快だった。
それを振り払うために机の上の眼鏡に手を伸ばして、それを掛けていく。
その瞬間に頭がクリアになって、少しだけ気持が晴れていった。
「…まったく、俺らしくない…」
苦り切った様子で呟いていくと…ようやくここの主でもある男が
酒を持って現れた。
精巧な細工が施された金属製のお盆の上には、二つの小さな
クリスタルガラスで作られたグラスが置かれていた。
片方は透明で、片方は翡翠を思わせるような色合いだ。
独特の臭気が、軽く鼻孔を突いていく。
「…お酒をお持ちしました」
「あぁ…御苦労だった」
そうして、すぐ傍の机に…グラスを二つ、置かれていく。
緑色をした方は、強烈なハーブというか…草の臭いを感じたので
透明な方を手に取っていくと、こちらも口元に充てると物凄い
嫌な予感がしていった。
「…おや、どうされたんですか? 煽らないんですか?」
「…念の為聞くが、これは一体何の酒だ?」
「…私が愛飲しておりますスピリタスですが…何か?」
その一言を聞いた瞬間、眼鏡は相手に目にも止まらぬ速さで
グラスを投げつけていった。
ビュン!
その動きはまさに高速のごとき。
しかしそれ程キレのある攻撃を、あっさりとかわすMr.Rもまた
並の人間ではなかった!
「な、何をなされるのでしょうか…?」
「…アルコール度96%もある物を、ごく当たり前のように出すな…。
お前は俺を殺す気か…!」
この男が非常識というか、普通の人間じゃないことは初めて会った日から
とっくの昔に気づいていたが…ここまでとは思わなかった。
スピリタスは世界最大のアルコール度数を誇る酒で、70回以上の蒸留
作業の果てに完成した強烈な代物だ。
当然、飲む様に作られたものではなく…狩人が数滴、水に垂らして飲んだり
傷口を消毒したり、果実酒に漬け込む用だったり…そういう用途で作られて
いるものなので、希釈して飲むのが基本の酒である。
ごく一部のカクテルでも使用されているが、あまりに度数が高いのでやはり
少量しか用いらないようにするのが一種のルールとして設けられている酒である。
それを原液のままグラス一杯煽れば、どれだけの酒好きとて平気では
いられないだろう。
「そうですか…? 何もかもを忘れるにはとても良い酒だと思いますけどね…」
「…お前みたいな人外と一緒にしないで貰おうか…。こちらのは何だ?」
「それも私のお気に入りの一品です…アブサンと言って…」
ガシャン!!
今度は銘柄を聞くと同時に、思いっきり床に叩きつけてやった。
アブサンは薬草リキュールの一種であり…70%のアルコール度数を誇る
強力な酒だ。
しかしスピリタスに比べれば若干低く感じられるが、これは原料にしている
ニガヨモギに幻覚作用と強い中毒性があると言われて、数多くの画家や音楽家を
廃人へと追い込んだ魔の酒と言われている。
その危険性の高さ故に、19世紀末から近年に至るまで製造禁止にまで
追いやられたいわくつきの酒である。
カクテルや、砂糖等を入れて飲むのがスタンダードな酒である為…この量を
慣れていない人間が一気飲みしたら、まず確実に潰れること間違いない酒であった。
「嗚呼…最上品を用意させて頂きましたのに…」
「…もう少し、普通の人間が飲めるような酒を用意しろ…。こんなのを一気に
煽って平気でいられるのはお前ぐらいだってことぐらい自覚しろ!」
「…貴方様なら蒸留酒の類を好んで飲まれているみたいですし、大丈夫だと
判断して持って来たんですが…。判りました、当店秘蔵のとっておきの蒸留酒を
これから用意させて頂きますね…」
「…最初からそうすれば良かったんだ…。早くして貰おうか…」
「御意、それではまた少々お待ち下さいませ…」
そうして男は恭しく頭を下げていくと、彼の視界から消えていった。
まったく…酒でも飲んで、このモヤモヤした感情を発散させようとしたのに…
とんでもない物を用意されてしまったものだった。
(…まったく、役に立たない男だ…)
イライラしながら、ふとソファに肘を突いて凭れかかっていくと…脳裏にここで
もう一人の自分を抱いた時のことが蘇る。
あの時点で、自分が抱いていたのは…間違っても、今のような甘ったるい
代物ではなかった。
―瞼の上で、あの日の克哉の媚態が鮮明に蘇る
猿ぐつわをされて、大きく開脚させられた状態で自分に抱かれて乱れていく
その姿をたっぷりと楽しみながら、犯した。
その具合が予想以上に楽しめたので…それから何度も抱いている内に、
それなりに気に入っていた。
なのに…まさか、こんな想いを抱くなど…信じたくなかったのだ。
「くそ…早く、酒の一杯でも持って来い…余計なことばかり、思い浮かんでくる…!」
今までが完全に遊びだったと、戯れだったという想いがあるから…プライドが
邪魔をして、彼は自分の本心を簡単に認められなかった。
あんな風に、自分も好きだと言ってしまった瞬間…相手に負けてしまったような
そんな気がして、悔しかった。
だから顔を合わすことも出来ずに、一か月という時間が流れてしまったのに…
目を逸らしても、イライラやモヤモヤした感情は決して治まるどころか、日々強まって
いくようだった。
―俺があいつごときに本気になるなど…認めたく、ない…!
心の中でそう叫んだ瞬間、再び部屋の中にMr.Rが足を踏み入れていった。
「お待たせしました…。ザ、マッカランの55年ものです…」
今度は、ようやくまともなウィスキーを持ってきたらしく…克哉は満足そうに
微笑んでいった。
マッカランとは、数あるウィスキーの中でも有名かつ、特上な品質を誇る
銘柄である。
しかも55年も熟成させたものと言ったら、一本で百万ぐらいの値段がしても
おかしくはない。
…特上の酒が飲めること自体は満足だが、もう一人の自分の貯蓄状況を
知っているだけに、少し迷ってしまった。
(…この一本分で、あいつのなけなしの貯金など全て吹き飛びそうだな…)
確かにこの一杯なら、特上の夢に浸れそうではなる。
しかし値段を察してしまうと妙に冷めてしまうというか…冷静に計算を
して酔いしれることを阻んでしまっていた。
何たってこの男は…こう、ろくでもない酒ばかりをチョイスするのだろうかと
真剣に恨みたい心境になった。
しかし払い切れる自信がないから、という理由で出された酒を断ることなど…
彼にとっては屈辱以外の何物でもない。
暫し、言葉を失って固まっていくと…。
「…お値段なら心配されなくて大丈夫ですよ。この一杯も…今夜の当店の
使用料も、私からの奢りです。貴方なら大歓迎ですから…お代は要りません。
…それに、実に愉快なショーを間近で観賞させて頂いておりますしね…」
「…ショーとは…何のことだ?」
「…もう一人の克哉さんと、貴方の恋愛劇ですよ。実に…予想外の展開ばかり
迎えているので、愉しませて頂いております…」
ニッコリと笑いながら、そんな事をのたまったので…本気で殴りつけて
やろうかと思った。だが…どうにかその衝動を堪えていく。
代わりに腹いせに、その極上の酒で満たされたグラスを思いっきり煽って
喉に流し込んでいく。
その瞬間に馥郁(ふくいく)たる香りが鼻腔いっぱいに広がる。
甘みのある独特のオーク香と良い…微かに残るスモーキーな余韻と良い…
今までの人生で飲んできた酒の中でも突き出ている一品だった。
(こんな良い酒なら…もっと機嫌が良い時に存分に味わいたかったものだな…)
それだけが少し残念だったが、しかし…その一杯が随分と心の中に
溜まっていた澱を流し出してくれたのは確かだった。
対価もなくこんな酒を支払われるのは落ち着かないが、自分たちの全てを
眺めて楽しんでいるというのなら話は別だ。
逆にこれぐらいのものを振る舞われるぐらいでなければ…割が合わない。
―なのに、それでも克哉の残像は頭の中から消えてくれなかった
それを振り払うように、もう一杯振る舞われた酒を一気に煽っていく。
極上の酒に誘われて、彼はまどろみに浸っていった。。
泥のように深い眠りへ、その全てを追い払うぐらいの深淵へと堕ちていく。
本から蒸留酒の類を好む性質なので、少しぐらい煽った程度では
普段の彼ならばすぐに酔いつぶれるはなかったが…
空腹の状態でまったく薄めずに立て続けに二杯飲めば
急速に良いが回ってもおかしくなかった。
―お前を、好きだなんて…冗談じゃ、ない…
そう、悔し紛れに呟いた瞬間…頭の中に泣きそうな克哉の表情が
浮かんで、ズキンと痛んだ。
どれだけ忘れようとしても、拭おうとしてもあの日の切実なその叫びが
頭から消えない。
想いを引き出すと同時に彼の心を酷く打ちのめしてしまったのだ。
人間をそこまで自分の振る舞いで追い詰めてしまった事実は、無意識の領域では…
彼にとっては深い傷になってしまっていたのだ。
しかし撤回したくても…もう酒のおかげで、頭の芯が痺れ切ってしまって
弁明の言葉すら思い浮かんで来ない。
そうして…彼の意識が完全に落ちていくと…。
―本当に、どのような結末を辿るのか…愉しみに拝見させて頂きますよ…
我が主よ…
黒衣の男が愉快そうにほくそ笑んでいるのが…腹立たしかったが
そのまま彼の意識は完全に閉ざされていく。
―そうして、その場には…そんな彼を愉しげに眺める一人の男だけが
そっと佇んでいたのだった―
この話になります。
克克で、歓楽街を舞台にしたお話です。
良ければ読んでやって下さいませ。
夜街遊戯(克克) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
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感情を思いの丈、ぶつけたことで何かが見えた気がした。
相手に嫌われたり呆れられたくない気持ちと、
自分の希望を叶えたい想いが、グチャグチャになっていて
好きだと自覚したからこそ、身体だけの関係に抵抗を持ってしまって
それでも、相手が好きだと…そう不器用に言ってくれたことで
凄く満たされた筈、なのに…
―翌朝、目覚めたら…もう一人の自分の姿はなくなっていた
あの瞬間…確かに満たされた筈なのに、起きたらいつものように
彼の姿はないままだった。
すでに夜は完全に明けていた。
カーテンの隙間からは眩いばかりの
「…あ、れ…?」
何かが変わった、と思ったのに…それなのに、こうして夜が明ければ
いつものようにもう一人の存在は夢のように儚かった。
掴めた筈なのに、まるで掌から零れ落ちてしまったように。
ベッドの上には克哉一人だけで、その他の温もりはカケラも存在
していないことが…何か、切なかった。
「『俺』…?」
呼びかける。されど、声は消して聞こえない。
もしかしてバスルームとか他の部屋にいるのかと考えたが、やはり
すでにこの部屋の中にすでに…他者の気配はなかった。
克哉の服と、昨晩使用した衣装はソファの上に折りたたまれている。
ベッドの上にも、自らの身体にも昨夜の名残のようなものは沢山刻まれて
いるのに…あいつの姿だけが、なかった。
「ど、うして…?」
いや、そんな事は判り切っていた筈だった。
あいつはもう一人の自分、本来ならこうやって抱き合ったりセックス
したりなどあり得ない存在なのだから。
けれど…それでも、気づけば惹かれてしまって、昨晩…やっと想いが
通い合ったのだと、そう信じられたのに…。
―現実は、何一つ変わっていなかった
それが大きく、克哉を打ちのめしていく。
いつもと同じように、夜明けの頃には幻のように消えてしまう。
あいつは最初からそういう存在だって判り切っていたのに…。
心の中は、ぽっかりと穴が空いてしまったかのように空虚だった。
「はっ…は、はは…」
知らず、自嘲的で乾いた笑いが唇から零れていった。
何を期待してしまったのだろうか。
当たり前の恋人関係にでも、これでやっとなれたのだと…自分は昨晩、
幻想を抱いてしまったのだろうか。
(バカ、みたいだ…オレって…)
気づいたら、涙が一筋…目元から零れてしまっていた。
必死になって夜の街まで追いかけて、求めて。
感情の全てを叩きつけて、やっと…相手から、真剣な感情を引き出せた。
けれど…何もかもが脆い、砂上の楼閣のようなものだった。
得たもの全てが、一夜の夢に過ぎなかったのだろうか?
自分が求めていたものは…無駄、だったのだろうか?
ただ、目覚めた時にもう一人の自分の姿がないというだけで…まるで
天国から奈落に突き落とされてしまったような気持ちに陥ってしまう。
「どうして、いないんだよ…」
知らず、恨み言が唇から零れ出す。
ただ、いてくれるだけで良かった。
こうしてやっと待ち望んでいた一言を、あいつが言ってくれたのだから…
そんな特別な日の翌日ぐらい、残っていて欲しかったのに、
起きたら、あいつの顔を見たかったのに…。
そんなささいな願いすら、叶わなかったことが克哉を打ちのめしていく。
客観的に見れば、大したことではないのかも知れない。
けれど…恋している最中は、そんなものだろう。
―強い幸福と、ささいな出来事での絶望を繰り返す感情の揺れ幅が多い
状態こそが、恋愛というものなのだから…
「いつ、今度は会えるのかな…ったく、あいつはどうして…連絡手段の一つすら
満足にないんだろう…」
相手をあの一瞬でも、得られたと想ってしまったから…今まで、自覚
しなかったそれ以上を望む『欲』が生じる。
会いたい、と強く願う。もっと一緒にいたいという気持ちが溢れて止まらない。
そこでようやく、克哉は思い至った。
もう一人の自分との連絡する方法など、一つも持っていないことを。
そもそも…歓楽街に自分が足を向けることになった元々の理由は、それ以外に
コンタクト方法が存在しなかったからだ。
だから…会いたいと願ったのなら、どんな場所でも克哉は赴かなければ
ならなかった。
「…次は、いつ…会えるのかな…」
克哉は、ベッドの上で俯きながら…そう呟いていった。
会いたい、とか…傍にいて欲しかったという想いは留まる事を知らない。
自分自身でも持て余してしまうぐらいに、その感情は激しくて…けれど、これ以上の
約束をされていない以上…克哉は待つことしか出来ない。
その事実を自覚した瞬間、歯痒くて仕方なかった。
「…出来れば、もう一回…早いうちに、会いたい…」
そう切なる願いを込めて克哉は、ギュっと瞼を閉じていった。
そうして…克哉は身仕度を整えて、一旦家に戻っていった。
―しかし、その日を境に…もう一人の自分の足取りは完全に途絶えてしまい、
一か月、相手からの音信はないままであった―
10 | 2024/11 | 12 |
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当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
当ブログサイトへのリンク方法
URL=http://yukio0201.blog.shinobi.jp/
リンクは同ジャンルの方はフリーです。気軽に切り貼りどうぞ。
…一言報告して貰えると凄く嬉しいです。