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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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現在連載中のお話のログ

 ※7月25日からの新連載です。
今回は「恋人関係」について掘り下げた内容になっております。
眼鏡が意地悪で、ノマは不安定で弱々しい場面も途中出てくる
可能性が大です。
 それを承知の上で目を通して下さるよう、お願い申し上げます。

 恋人の条件            

―早く今夜は家に帰らなければ、と危機感を克哉は抱いていた

 珈琲を飲んだ後、暫く談笑していたら…ゆっくりと太一の様子が変わり
始めたのに気づいて、慌てて克哉は席を立って喫茶店ロイドを後に
していった。
 息を詰めるような緊張感は、何度か覚えがあったから。
 それより少し前に、本多と自分との間にもその空気が漂っていたから
克哉は太一の前から、慌てて姿を消していった。
 やはり強く呼びとめられたけれど…けれど克哉は振り返らず、
彼の前から逃げるように去って帰路についていた。

(いつまで、この薬の効果って続くんだよ…。いつまで、仲の良い相手から
こんな風に逃げ続けないといけないんだよ…! 何で、こんな事をあの人は
俺に施したんだよ…!)

 気持ちがグチャグチャになりながら、克哉はロイドがある通りを抜けて
マンションまでの道を一気に駆けていこうとした。
 その時、克哉は一瞬だけ自分の家の方に向かっていく本多の
姿に気づいていった。

「…本多? まさか、俺の自宅まで追って来たのかよ…」

 一瞬、見間違えかと思ったが…あの体格に、特徴的な青いスーツ。
 いつも身近で見ている相手を間違える筈がなかった。
 この道は克哉の自宅に続く一番の近道で、今…本多は駅のある
方角から確かに歩いて来ていた。
 ロイドで過ごしていたのは十数分程度の時間だ。
 其れで駅の方から本多がこちらの自宅方向に向かって早足で
向かって行ったのなら…自分が、股間を蹴り上げて逃げた際に…
そのショックと痛みから復帰したらすぐにこちらを追い掛けて
来た事になる。

(…思いっきり蹴り上げたから相当に痛いだろうに…。それでも
オレの自宅に根性を振り絞って追いかけてくるぐらい…あの薬の
効果は半端じゃないって事か…)

 その姿を見て、さっき強烈に感じた罪悪感が再び復活していくが…
だが、このまま自宅に帰る訳にもいかないと思った。

(…今は自宅に帰れない…。せめて終電ギリギリまで時間を潰さないと…)

 本多を自宅の前で待ちぼうけにさせるのは悪いと思いながらも…
このまま、再び彼の前に現れる訳にはいかなかった。 
 少なくとも終電寸前までは他の場所で時間を潰さないと、
さっきの二の舞になるだけだろう。
 明日は休みではなく、普通に仕事がある日の筈だ。
 そればかりは本多の良心に掛けるしかないが…明日が仕事なら、
幾らなんでも終電に間に合うように帰宅する筈だ。 
 幾らそれなりに暖かい時期であったとしても、人の家の玄関先で一晩
過ごしたらとても仕事を出来るコンディションではなくなるだろう。

(だから、終電には幾らなんでも帰る筈だ…。そう信じたい…)

 祈るようにそう考えていくとなら、何処に向かうか思案を巡らせていった。
 克哉はその候補先を必死に考えていく。

(バーとか、レストランとか…ファミレスとか、その辺りで時間を
潰すとするかな…)

 どの店に入るか、まだ決めかねているが…一先ず、繁華街の方まで
出た方が無難だろう。
 そう考えて、克哉は移動先をそちらの方角に決めていった。
 そして駆け足で向かい始めていく。
 歩いている内に、景色はグングン変わって…人通りも徐々に
増え始めていった。
 飲食店や、飲み屋が並ぶ界隈に辿りついていくと…一旦足を
止めて克哉はどの店に入るか考えていった。

(飲み屋か、ファミレスか…キチンと食事を取れそうな店か…。
何処に入ろうかな…)

 店の看板や、辺りの様子を確認していきながら…今の自分の気分に
合った店は何かを考慮し始めていく。
 そして今夜は一杯飲みたい気分だと、そうして心の奥に溜まった
モヤモヤを一時でも洗い流したいという本心に気づいて一件の飲み屋に
入ろうと向かい始めた時、背後から声を掛けられていった。

「…佐伯君か?」

「えっ…?」

 いきなり背後から声を掛けられて、克哉はぎょっとなっていく。
 非常に聞き覚えのある声だったからだ。
 そして振り返り、その顔を確認していくと余計に克哉は眼を
見開いていった。
 どうして、こんな場所にこの人が? という想いを抱きながら…
克哉はその人物の名を呟いていく。

「御堂、部長…どうして、こんな処に…?」

 そう、この辺りは克哉の最寄り駅であり…本来なら、こんな時間に
御堂がいるなど考えられない。 
 だが、上質のブランドスーツに身を包み、一糸の乱れもなく綺麗に
髪を整えている男性は紛れもなく、プロトファイバーの営業を手掛けていた時期に
自分たちと一緒に仕事をした御堂孝典、その人だった。

「ああ、取引先の接待でこの近辺の店を指定されたんだ…。今から
そちらに向かう処なのだが。奇遇だな…」

「えぇ、そうですね…」

 と他愛無く相槌を打っていくが、克哉は内心ヒヤヒヤしていた。

―どうか御堂さんまで、いきなり様子が変わりませんように…

 心からそう願いながら、克哉はぎこちない笑顔で御堂と向かい合って
いったのだった―
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 ※7月25日からの新連載です。
今回は「恋人関係」について掘り下げた内容になっております。
眼鏡が意地悪で、ノマは不安定で弱々しい場面も途中出てくる
可能性が大です。
 他のカップリング要素を含む場面も展開上出てくる場合があります。
 それを承知の上で目を通して下さるよう、お願い申し上げます。

 恋人の条件             



―今日から15日間、貞操を守る事が出来たらあの方に会わせて
差し上げましょう…

 全力で走り続けている間、頭の中にMr.Rのその言葉が延々と
リフレインを続けていた。
 全身の筋肉がちぎれて、肺が軋みを上げるぐらいに必死になって
克哉は走り続けていく。
 何かから逃れるように、自分の中にある大切な想いを守る為に
身を切られそうな気持ちになりながら…それでも克哉は逃げ続けていった。

「はあ、はあ…はあっ…!」

 無意識の内に、濡れた唇を乱暴に手の甲で拭っていた。
 先程まで与えられた感覚を忘れる為に、頭の中から追い払う為に。
 けれど…克哉の意思と裏腹に、ついさっき起こった出来事が繰り返し
頭の中に浮かんで、混乱と自己嫌悪の感情が猛烈に浮かび上がって来た。

「どうして、あんな事を…。あの、カプセルのせいで…あんな風になって
しまったのかよ…。アレは、現実だったのかよ…」

 克哉の唇から嘆きの言葉が零れていった。
 それと同時に、目元から涙がポロポロと溢れ始めていった。

―行くなよ! 行かないでくれ…! 克哉…!

 こっちに必死に縋りながら引き留めようと…腕の中に閉じ込めようとした
本多の表情を思い出すと、胸が痛んだ。
 本気の想いがこもっているのを、あの眼から感じ取れてしまったから。

(これが…Mr.Rの言っていた薬の効果、なのか…?)

 15日間、操を守り通せばもう一人の自分に会わせてくれると言ったが、
潜在的にこちらを想っている人間の想いをあの薬は呼び覚ます効果が
あるとも言っていた。
 確かに本多は、以前にこっちに対して想いを寄せていた。
 その間に色々あったけれど、最終的に彼と自分の関係は「親友」で
収まった筈だ。
 けれどあんな風に一緒に帰宅している最中に、突然裏路地に
連れ込まれて…そのまま抱かれそうになるなんて。

(こんなの、あの眼鏡を渡された時に逆戻りをしてしまったみたいじゃないか…!)

 あの眼鏡を渡された事で、確かに本多との関係が一時…それまでと
大きく変わろうとしていた。
 けれどそれでも、自分は彼に恋愛感情は抱けないという結論で
落ち着いた筈ではないか。

(…だって、あの頃には無意識の領域では…オレは、あいつの事を想っていた。
今なら、それが判る…。なのに、どうして…)

 克哉は泣きそうな顔をしながら、人気のない夜道をいつしかトボトボと
歩いていた。
 身体がクタクタになるまで走り続けて、もう大丈夫だろうと判断して速度を
落として歩き続けていく。
 何もかもから逃げたかった。今は一人になりたかった。
 本多に迫られた時は空は見事な茜色に染まっていたのに…いつの間にか
夜の帳が下りて、辺りは藍色の闇に覆い尽くされてしまっていた。
 気を抜けば、『男』の顔になってしまった自分の友人の顔がすぐに
意識に浮かび上がっていってしまう。
 其れを振りほどくように、克哉は何度も頭を振っていった。
 
「…本多がいきなり、あんな事をするなんて…。あの薬を飲んでしまった以上、
これから何度も、こんなのが起こるのかよ…」

 力なく呟いていくと、それだけでメゲてしまいそうだった。
 凄く心細くて、切なくて…同時に寂しいから、縋れるものが欲しいと望む
心が生まれていった。
 こんな調子で15日間も、自分は一人ぼっちで耐えられるのかと自問自答を
していった。

(会いたい、よ…)

 なのに、さっきまで本多に情熱的に口づけられて…体中を弄られたと
いうのに、想い描くのはもう一人の自分の事ばかりだった。
 会いたいと望むからこそ、今の状況に流されてはいけないという感情も
また芽生えていった。
 歩いている内に、気づけば喫茶店ロイドがある界隈まで差し掛かっていた。
 太一に会って、暖かい珈琲の一つでも飲んでほっとしたいと思うと同時に…
彼まで本多のように、自分に迫るのではないかという恐れを抱いていく。

(今、気持ちがグチャグチャだから…太一が淹れてくれる珈琲を飲んで、
「大丈夫だよ克哉さん」と言って貰えれば気持ちも浮き上がると思うけど…。
この薬の効果が、太一にまで及んでいたらどうしよう…)

 潜在的に克哉を想っている、それに真っ先に該当するのは確かに本多だった。
 なら、太一は…? こちらに対して紛れもない好意を抱いてくれているのは
その笑顔と態度から充分に伝わって来ていた。
 其れがまた、さっきのように豹変してしまっていたら…そう考えたら、すでに
通い慣れた筈のロイドの扉すら潜れなくなってしまう。

(このまま真っすぐに帰った方が良いのかな…?)

 そうすればきっと、今日には何も起こらないで過ごせるかも知れない。
 太一が本多のようになってしまうのを目の当たりにしないで済むかも知れない。
 彼に励まして貰いたい気持ちと、薬の効果のせいで友人が変わる姿をもう
これ以上見たくないという感情が、グチャグチャに絡み合っていく。
 そうして考え込んでロイドの扉の前で考え込んでしまっていると…不意に
掃除用具を両手に持っている太一の姿が現れていった。

「あっ…」

「あっれ~克哉さん! 何そんな処でボーと突っ立っているんだよ! うちの
店の前に来たのならさっさと中に入ってくれないと俺が寂しくて
しょうがないじゃんか…! って…何かあったの? 何か衣服とか凄く
乱れているけど…?」

「えっ…あ、ちょっと其処で、転んじゃってね。それで…」

「ふ~ん…そうなんだ」

 その時、太一はこっちの言葉を疑うかのように目を細めていった。
 相手に衣服が乱れていると指摘されて、克哉はハっとなった。
 気分が最悪だったから自分の身だしなみまで今は気遣う余裕がなかったが
薄汚れた裏路地に連れ込まれて色々揉み合っていたのなら、着衣は乱れるのが
むしろ当然だった。
 その事に気が回らずにここまで歩いて来てしまった自分の迂闊さに頭を
抱えたくなったが、そんな克哉の自己嫌悪を吹き飛ばすように…太一が
朗らかな笑顔を浮かべていった。

「まあ、良いや。克哉さんがそういうのなら…そうなんだって納得しておく。
けど、せっかくだからうちには寄って行ってよ。あったかい珈琲を一杯、
克哉さんに御馳走するからさ」

「えっ…そんな、悪いよ。ちゃんと代金は支払うから…」

「いーの、いーの! 俺が克哉さんと一緒に過ごす時間を過ごしたいから
そうしたいってだけなんだから。さ、中に入ってよ。暖かい珈琲と冷たい奴、
克哉さんはどっちが良いの?」

 太一はあっという間に話を決めていくと掃除用具を扉の内側に置いて、
克哉の腕を掴んで強引に連れ込んでいった。
 
「た、太一! ちょっと強引じゃないのか…?」

「はは、それだけ俺が克哉さんに珈琲を振る舞いたくて仕方ないって事で…。
さ、どうぞどうぞ」

「もう、太一ったら…」

 と口で言いつつも、克哉はごく自然に笑っていた。
 少なくとも現段階で、太一の態度がいつもと違っているようには
見えなかったから。
 その事に心から安堵していきながら、カウンター席に腰を掛けて…少し経って
暖かい珈琲が一杯差し出されていく。

―それを一口、飲んだ時…ジワリ、と太一の優しさと暖かさが身体の奥に
染みいる感じがしていったのだった―

 
 
※7月25日からの新連載です。
今回は「恋人関係」について掘り下げた内容になっております。
眼鏡が意地悪で、ノマは不安定で弱々しい場面も途中出てくる
可能性が大です。
 他の相手にグラつく描写もこの話以降は出る事も
あるのでそれを承知の上で目を通して下さるよう、
お願い申し上げます。

 恋人の条件        

―扉が開かれて、其処に現れたのはMr.Rだった

 就業時間中の資料室、何故こんな時間帯に…同じ職場の片桐や
本多ではなく、彼が現れたのか…克哉には信じられなくて、達して
いきながら疑問を感じていく。

(こんな処、本多や片桐さんに見られていたら余計言い訳がつかなかった
けど…どうして、この人が此処に…?)

 快楽によって思考が霞んでいくのを感じていきながら、己の掌に
熱い精を解放していく。
 べったりと汚れた己の手を見ると、思いっきり自己嫌悪に陥っていくが
そんな克哉に構う事なく…黒衣の男は歌うように言葉を紡いでいった。

―ふふ、今の貴方はまさに…知恵の実に興味を持って手を伸ばして
しまったアダムとイブのようですね…

「えっ…其れは、どういう意味…ですか…?」

 知恵の実とか、聖書の中に存在している『楽園追放』のエピソードの
事だろうか。
 神に決して食べていけないと言われた知恵の実を、イブは蛇にそそのかされて
食べてしまい…そして伴侶であるアダムにも食べるように薦めていく。
 その結果二人は知恵を身に付けたが…その事によって神の怒りを買い
二人は楽園を追われ、外の世界で生きる事によってあらゆる苦しみと
苦痛を受けて生きる事になったという話だ。
 有名なエピソードだから、社会人になれば大抵の人間は頭の片隅には
入っている話だろう。
 しかし何故、開口一番にこの男性にこんな事を言われたのか克哉は
混乱している間に、気づけば…Rは間近に立って、悠然と微笑んでいた。

―ただ役割を果たしていただけに過ぎないペルソナが…こうして本来
生きるべきであるあの人を押しのけて、こうして生きているだけでも
信じられないのに…まさか、あの方に恋までしてしまうとはね…。
本当に、貴方の事は予想がつかない結果ばかりを起こしますね…

「ペル、ソナ…?」

 其れは心理用語で、人格とも仮面とも訳される言葉だ。
 何故、この人は自分の事をそう呼ぶのか…ぼやけた頭では上手く
思考がまとまってくれない。
 そうしている間に…目の前の男性の長い金髪が鮮やかに揺れて…
克哉は強引に顎を掴まれてしまう。
 目の前に、男の愉快そうな眼差しが瞬きながら存在していた。

―貴方は、もう一人の御自分を…眼鏡を掛けた貴方の半身を
愛していますね…?

「っ…!」

 訳の判らない事ばかり言っていたと思ったら、いきなり核心を突いて
来たので克哉は咄嗟に言葉を失っていく。
 だが、彼の眼が大きく見開かれて明らかに狼狽している様子を見せた事で
Rは確信していったようだった。

―ふふ、隠しても私には判りますよ…手に取るようにね…。貴方が今は
あの方に強く惹かれて…そして快楽以上のものを求めるようになった事は…

「どう、して…」

 自覚をしたのは、克哉だって今朝の事だったのに…何故、こんなにも
早くこの男性にその事を知られてしまったのだろうか?
 克哉は心底疑問に思っていったが、相手に真摯な眼差しで見つめられて
いく度に頭の芯がグラグラしていく。
 そうしている内に、いきなり…さっき達して、柔らかくなってしまった己の
ペニスをいきなり男に掴まれて、克哉はギョッとなっていった。

「な、何をするんですか…! 離して、下さい…!」

―ふふふ…今の貴方は凄く魅惑的ですよ…。匂い立つような色香を放って…
私の目から見ても色っぽく見えます。なら…この薬を与えればさらに
多くの男を惑わすようになるでしょうね…?

「えっ…? 薬って、それは一体…?」

 いきなり克哉の眼前に白いカプセルが一つ、現れていった。
 其れをこちらに見せつけるように翳していくと…グイ、とこちらの口内に
押し込めていった。
 突然の事に事態を把握出来ず、克哉は咄嗟にそれを飲みこんでしまった。

「しまった…!」

 慌てて、吐きだそうとしたが…Rに更に力を込めて顎を握られて
いってしまうと…それどころではなくなっていく。

―その薬は貴方が本来持っている魅力を更に高めて…潜在的に貴方に惹かれて
いる男性の本心を表に出させる効力があります。それによって…多くの男性が
貴方を求めてくるでしょう…? 今から二週間程度、そうですね…15日と
設定しておきましょうか。その期間…貴方がどんな誘惑にも負けずに、
あの方以外の男性に身を任せて抱かせずに、貞操を守る事が出来ましたら…
その時に、もう一人の御自分に会わせて…告白する機会を授けて
差し上げましょう…。此れは、貴方に私から与える試練です…。
無事に越えられるかどうか…影からそっと見守らせてもらいますね…

「なっ…何を言っているんですか! いきなり、そんな試練なんて
与えられても…どうしたら、良いんですか…!」

 訳が判らない事ばかり言っていたと思ったら、いきなり得体の知れない
薬を強引に飲まされて、試練など与えられたって気持ちがついて
いく筈がない。
 克哉はただ混乱して、わめく事しか出来なかったが…そうしている内に
意識がボウっとなって…唐突に途切れていった。
 何も考えられず、白いモヤの中に落とされていくような感覚だった。

―そして目が覚めると、其処には克哉しかおらず…全身の衣類は乱されて、
掌にはべったりと精液がついているような…情けない姿で資料室の床に
一人、倒れていた

「今のは…夢、だったのか…? それとも、現実だったのか…どっち
なんだろう…?」

 そして、目覚めてから克哉はポツリと床に倒れた状態のままで
呟いていった。
 だが、其れは決して夢うつつの事ではなかったと…克哉はその日の
内に思い知らされる事となったのだった―


※7月25日からの新連載です。
今回は「恋人関係」について掘り下げた内容になっております。
眼鏡が意地悪で、ノマは不安定で弱々しい場面も途中出てくる
可能性が大です。
 それを承知の上で目を通して下さるよう、お願い申し上げます。

 恋人の条件  

 恋人関係って、良く考えたら何なんだろう?
 相手に好きって告白して、受け入れたらそうなるのかな?
 気が付いたら、そうなっているものかな?
 愛しているって思って胸に秘めて言わないでいても…自分が相手を
そうと認識すれば良いのかな?
 今まで何人かと、相手に求められたから付き合って来た。
 けれど…今までの人生の中で、克哉の方から誰かを好きになってそういう風に
求めた事がないから、判らなかった。
 人の愛し方も、愛され方も知らないのだと…そんな事すら気付かずに
今まで生きて来た。

―オレ、あいつが好きなのかな…?

 ふと、ある晩気付いた感情は…それまでのもう一人の自分との関係を
揺るがす大きな波紋となってしまう事に…まだ克哉は気づいて
いなかった。

『好き』

 恐らく、もう少し前の自分だったら決して認めたくない事実。
 克哉は…傍らに始めてもう一人の自分が残ってくれた晩、その寝顔を見て
気持ちを自覚していった。
 意識した途端…こうしてひっついて相手と一緒に寝ている事が非常に
恥ずかしくなっていく。
 それはもう一人の自分との関係において、初めての経験だったから。
 いつもは抱き合えば、途中で自分が意識を手放して…目覚める頃には
身体にはセックスした痕跡だけは残されていたけれど…もう一人の自分の
姿は煙のように消えてしまっていたから。

(…何でオレ、こんな奴を好きになってしまったんだろう…? 今までだって
ロクな事をされていないのに…なのに、どうして…好きになって
しまったんだろう…)

 克哉は、静かに寝入っているもう一人の自分の顔を見ながら自問自答を
繰り返していった。
 けれど、一旦自覚してしまった思いは…もう、目を逸らしてなかった事に
しようとも…消し去ることは出来ない。

 ドクンドクン…ドックン…。

 相手の鼓動を聞くと、それに連動するようにこちらの心臓の音まで
大きくなっていく。
 相手の吐息が、肌の温もりが…血流が流れる音までも酷く鮮明に
感じられてしまった。
 それらの一つ一つが、酷く愛おしいものに思えてくる。

(…どうしよう。起しちゃうかも知れないけれど…もっと、コイツにオレから
触れてみたい…)

 今まで、良く考えてみればもう一人の自分に煽られるように触れられたり
刺激を与えられるばかりで…克哉の方から、彼に触れた事は殆どなかった
事に気づいていく。
 間近で見ると相手の睫毛は長く、整った顔をしている事に気づいていった。

(…同じ顔をしている筈なのに、こいつの方が格好良く見えてしまうのは
何故なんだろう…?)

 自分はここまでナルシストだったのかな? と少し疑問に思いつつも
克哉はそっと相手の顔に掌を這わして、静かに撫ぜていった。
 少し触れたぐらいでは相手は目覚める事はなかった。
 そして…初めて、克哉の方から相手に手を伸ばしていった事で…
また暖かいものが胸の奥から、込み上げていった。

「あっ…」

 其れはとても暖かくて、優しい気持ちになれそうな感じだった。
 その時、克哉は先程感じた「好き」という気持ちが…錯覚でも何でもなく
自分の中では本当のものである事を自覚していった。

「…オレ、こいつが…好き、なんだ…」

 そして、思わず力なく呟いていってしまう。
 瞬間…ピクリ、と相手の睫毛が…肩が揺れていった。

「えっ…?」

 相手の目が、ゆっくりと開かれていくと…克哉は突然の事態に
目を見開いていく。
 だが、静かに…しっかりと閉じられていた相手の瞼が開かれて、
酷薄ささえ感じる、アイスブルーの瞳が現れていった。

「……お前、今…何て言った?」

「えっ…な、何でもない…! 空耳じゃ、ないのか…?」

 相手が寝入っていると思ったからこそ、思わず漏れてしまった一言を
彼に聞かれてしまって、克哉はかなり動揺し…咄嗟にそれを否定して
しまった。
 だが、相手の追撃は…そんな曖昧な態度で止む事はなかった。

「嘘をつくな。俺はしっかりと聞こえたぞ。『オレ、こいつが…
好きなんだ』って言葉をな…」

「…だから、空耳だって言っているだろう…!」

 相手の目が、克哉には怒っているように見えてしまった。
 だから相手の逆鱗に触れないように…たった今、自覚したばかりの
感情を必死に、全力で否定していく。
 しかし…克哉が打ち消そうとすればするだけ、相手の目は冷たさを増し…
見ているだけで冷や汗が伝い始めるぐらいに冷酷なものに変わっていく。

「…そうか、お前は戯れで言ったに過ぎない訳か…」

「だから、そんな事は言っていないってば…!」

 相手の怒りを収めようと、さらに強く否定していく。
 だが…克哉の思惑と裏腹に、其れは…ただ眼鏡を掛けた方の自分を
怒らして、刺激するだけの結果しか生み出さなかった。

「…うるさい! 黙れ…!」

「っ…!」

 そして今まで見た事がないぐらいに、もう一人の自分が怒り狂い…
鋭い声を漏らしていった。
 鼓膜が大きく揺さぶられ、脳がグラグラとしてしまいそうだった。
 弾かれるように相手に再び、圧し掛かられると同時に…両手を頭上で
纏めあげられて片手で押さえつけられ、大きく足を開かされて…
相手の身体が割り込んできた。

「ちょ…待って! やっ…あっ…!」

 相手の性器がいつの間にか硬度を取り戻しているのを自覚するのと
同時に、再び挿入されてしまった。
 さっきまで二回、相手の精を放たれた内部はあっさりと相手の熱を
飲みこんで奥まで再び貫かれていってしまう。

「うるさい、余計な事を言うだけの口だったら…ただ、喘いでいれば良い。
…その方がまだ、可愛げがある…」

「あっ…うっ…ごめん、ごめん…怒らせたなら…ごめんね、俺…ああっ!」

 克哉は必死になって謝っていく。
 しかしその謝罪の言葉はより、もう一人の自分を怒らせるだけの結果に
なった事に克哉はまだ気づいていない。

「黙れ、と言っているだろう…!」

 怒りながら感情に任せて眼鏡は激しく…さっきよりも容赦ない律動で
克哉を犯していった。
 そして…行為が終わる頃には、窓の外には陽が昇り始めて…いつものように
克哉は泥のように眠って、意識を手放してしまい。

―もう一人の自分の姿もまた、彼が覚醒する頃には煙のように消えて
しまっていたのだった―
 



 
※7月25日からの新連載です。
今回は「恋人関係」について掘り下げた内容になっております。
眼鏡が意地悪で、ノマは不安定で弱々しい場面も途中出てくる
可能性が大です。
 それを承知の上で目を通して下さるよう、お願い申し上げます。

―ねえ、教えてよ…。お前にとって『オレ』の存在って何なのかな…?

 ある夜、克哉は心の底からそう疑問に思いながら…自室のベッドの上で
意識を覚醒させて、深い溜息を突いていった。
 時刻は夜中の三時に差し掛かろうとしている頃。
 藍色の闇の中、辺りは静寂に包まれていて…耳に入るのは時計の
秒針が進む音と、穏やかな寝息ぐらいだった。

「えっ…?」

 克哉は、寝息が聞こえた事に驚きを覚えていく。
 少し動揺しながら反対方向に向き直っていくと…信じられない事に
今夜は、もう一人の自分がまだ自分の傍にとどまっていた。
 その事実に克哉は心底…驚愕していった。

「嘘だろ…。俺が起きても、まだ…こいつが傍にいるなんて…」

 自分の傍らには一人の男がぐっすりと眠っている。
 その顔の造作は、克哉と酷似している。
 否…まったく同じと言って過言ではなかった。
 Mr.Rという謎めいた男が渡した眼鏡を掛けた事によって
その存在を自覚した…もう一人の佐伯克哉。
 眼鏡を掛けて性格が真逆である存在は…いつもなら克哉を好き勝手に
して気を失うまで犯した後、こっちが目覚めた頃には跡形もなく姿を
消している…という存在だった。

 
(こうして…『俺』の寝顔を見るのって初めてかも知れないな…)

 彼との関係は、一年近く前から始まった。
 かなり唐突に、恋愛感情の類など一切抱くことなく始まり、
其れがズルズルと続いてしまっていた。
 いつも彼に抱かれれば、途中で気を失ってしまい…そして目覚めた時には
一度だってその姿が残っている事はなかった。
 だから今夜はかなり珍しい出来事と言えた。
 常に自分は気を失う形で彼に寝顔を晒していたのに…今までに一度も
こうしてもう一人の自分の無防備な姿を見た事はなかったのだから。
 いつだって現れる時に予告や連絡の類は一切なく。
 そして顔を合わせれば問答無用に犯されて、流されるようにセックスをして
いつの間にか意識を失い…目覚めた時には相手の姿は完全に消えている。
 そんな逢瀬を、どれくらいの回数重ねて来たのだろうか。
 だからこそ、克哉は…目の前に相手の寝顔が存在している事が
信じられなかった。
 それこそ、何かの夢だろうかととっさに思ってしまったぐらいだ。 
 だからこれが現実か確かめる為に…身体を相手の方に向かせてから
そっとその頬に指を伸ばしていった。

「…夢、じゃない。確かに今…『俺』が、存在している…」

 一度だって、セックスが終わった後に残る事はなかった相手が…
傍らで静かな寝息をしながら寝入っている様子を見て…ようやく
これが現実である事を理解していった。
 そうしてマジマジと相手の顔を見つめていくと…先程の激しい行為の
最中の記憶が鮮明に蘇ってくる。


―あっ…うぁ…! や、そんなに掻き回さない、でぇ…! やっ…んんっ…
もう、イク、イッちゃうから…!

―何を言う…お前の中は、俺が欲しくて堪らないって必死になって
喰い締めている癖に…少しぐらい己の欲望に、正直になったらどうだ…?
 
―ふっ…あっ…やっ、だから…ヤメ、て…おかしく、なる…から…!
あ、ああああっ…!

―イケよ。俺がお前のその顔、見ていてやるから…

―あああああっ…! ん、ふっ…!

 先程、彼に抱かれている時の自分の乱れた姿を思い出して…カァと
顔が赤くなっていく。
 居たたまれないぐらいに、今夜は感じてしまった。
 手首にはタオルで縛られて、もがいたせいで擦れた痕がくっきりと
残されている。
 手首を拘束されて四つん這いにされて…バックから激しく獣のように犯されて、
あんなにも感じてしまった自分の浅ましさに、余計恥ずかしさを覚えていく。

(…けど、コイツに抱かれると…メチャクチャ気持ち良いんだもんな…。
大学時代とか何人か彼女とか作ったけど、どの相手としたセックスよりも…
こいつと抱きあう方が気持ち良いし…)

 そう、その強烈な快楽を覚えるからこそ…自分は彼との関係を
心の底から拒む事が出来ない。
 そうして何度も一方的に抱かれて、好き放題された。
 けれど今夜は初めて克哉の方が途中で意識を覚醒して…もう一人の自分の
寝顔を目撃する結果となった。
 だからこそ…今まで、考える余地がなかった疑問を抱いていく。

(そういえば…オレ達の関係って、一体何なのかな…?)

 もう一人の自分。
 佐伯克哉という人間の、ドッペルゲンガーとも呼べる存在。
 そんな奴に定期的に顔を合わせて、一方的に抱かれる関係が
いつの間にか築かれてしまっていた事に克哉は愕然となっていく。

―オレはこいつに、何を求めているんだろう…?

 相手の寝顔を見て、克哉の中に今までとは違う感情が芽生えていくのを
感じていった。
 其れはくすぐったいような、甘ったるいような奇妙な感情だった。
 優しく眠る相手の頬を撫ぜて…克哉は己の胸に問いかけていく。

―お前の気持ちを、知りたい…

 其れは初めて感じた、欲求だった。
 相手の柔らかそうな茶色の髪を撫ぜ、その疑問を抱いていった。
 その願いが…彼らの関係を変える、起爆剤になってしまう事など今は
気づく事なく…眠る相手の髪を優しく撫ぜて、暫しその寝顔を眺めて
いったのだった―
 


※このSSは2010年度の七夕SSになります。
予想よりも長くなったので3~4話程度に分けます。
克克の禁断症状が出たので突発で書いたような話ですが
それでも良いという方だけお読みくださいませ。

ささやかな願い  前篇  中編

―克哉は目の前の眩いばかりの光景に目を見開いていった
 
 対岸には、もう一人の自分の姿が淡い光を放って存在しているのが判った。
 彼の周囲には無数の蛍が明滅を繰り返して飛び交っていて、自分達の間に
流れる川は青白く輝いていた。
 其れはつい目を奪われてしまうぐらいに美しい光景だった。
 
「うわっ…!」
 
 さっきまでは普通の川だったのに、その幻想的な光のおかげで一瞬にして
様変わりをしていた。
 そう、其れは天高く存在する天の川が地上に降りてきたかのような風景だった。
 普通なら決してあり得ない情景を前に克哉が言葉を失っていくと脳裏に
一人の男の声が響きわたっていった。
 
―今夜、ささやかな私からの贈り物に喜んで頂けましたか…?
 
「…Mr.Rっ? 一体どこに…?」
 
 声が聞こえた瞬間、克哉は慌てて周囲を見回してその姿を探し始めていく。
 だがどれだけ目を凝らしても見つけだす事は叶わなかった。
 その状態のまま、その歌うような口調だけが脳裏にしっかりと響き渡っていった。
 
―今晩は七夕ですからね。短冊を見て、ついあの方に会いたいといじらしい願いを
書いた貴方に、私からのささやかな贈り物です。今から、もう一人の貴方に行く為の
架け橋をその川に掛けて差し上げましょう…
 
「架け橋、ってうわっ…これはっ!」
 
 姿を見せないまま黒衣の怪しい男がそう言うと同時に、自分と眼鏡が立っている
位置に光の橋が掛かっていって更に克哉はびっくりしていった。
 だが一瞬にして現れたその橋はあまりに美しく、克哉は絶句しながらそれに
魅入っていった。
 
「本当に、綺麗だ…」
 
―ふふ、お気に召して頂けたようですね…。七夕というのは各地に様々な伝承が
残っていますが、その中には二人が逢瀬をする夜には天の川に橋が掛かり、
行き来出来るようにするというものがあります…。せっかく貴方が川まで
来たのならそれを再現してみたのですが、如何でしょうか…?
 
 其れはきっと、男の気まぐれとも言える行動だった。
 克哉が自宅ではなく、勢い余って反対方向の川に逃げたから思いついた
程度の事でしかない。
 男の言葉に克哉は答えなかった。
 だが、一言も発さずに光の橋を見つめているのが何よりの答えだったのだ。
 この思っても見なかった光景は、克哉にとっては大きなサプライズとなっていた。
 
(まるで、織姫と彦星みたいだな…。七夕の夜に、天の川を渡って相手の元に
行くなんて…)
 
 其処は本来なら、大きな川に隔てられて水の中に入らない限りは向こう岸と
行き交う事が出来ない場所の筈だった。
 だが、今は相手の元に向かう白く光り輝く橋が掛けられている。
 非日常とも言える光景、克哉はそれに目を奪われていきながら引き寄せられる
ように対岸に立つもう一人の自分を見つめていった。
 
―俺の元に来い…
 
 そう訴えるように、眼鏡が両手を軽く開いて待ち構えていた。
 甘い愛の言葉はまったくなかったけれど、その動作だけで今の
克哉には十分だった。
 それだけでも凄く、嬉しかった。
 自分の傍に来いと、動作で気持ちを示してくれているだけでも…そんな
ささやかな事でも、克哉は満ち足りた気持ちになっていった。
 
(ああ、そうか…あいつも、オレに会いたいと…傍に来いと示してくれるだけでも、
こんなに幸せな気持ちになれるんだ…)
 
 克哉はその事実に気づいていくと、橋に足を掛けて渡り始めていく。
 その光の橋はフワリと柔らかく、まるで布地かスポンジの上を歩いている
ような感覚だった。
 少しおぼつかない足取りになりつつも、克哉は早足でもう一人の自分の元へと
向かい始めていく。
 一歩一歩、確実に。
 青白く輝く川、明滅する無数の蛍、そして白く輝く橋の三つに囲まれた自分たちは
まるで、伝承の中に出てくる織姫と彦星のようだった。
 
(きっとそんな事を面向かって言ったら、お前に呆れられてしまうだろうけどな…。
けど、本当にそう感じるよ…)
 
 そういって、フワフワと頼りない光の橋を渡っていく。
 少しずつ、もう一人の自分に近づいていく度に鼓動が高鳴っていくのが判った。
 相変わらず相手の口元にはシニカルで意地の悪い笑みが浮かべられたけれど、
ようやく向こう岸に辿り着いた瞬間、こちらが相手の胸の中に飛び込んでいくと…
しっかりとその身体を抱きとめてくれていった。
 
「やっと、俺の元に来たか…。随分と時間が、掛かったな…」
 
「うん、御免…。待たせてしまって…」
 
 そして相手の顔を見上げていきながら言葉を紡いでいこうとした。
 だがそれよりも先に、もう一人の自分に唇を塞がれて…情熱的なキスを
交わす結果になってしまった。
 息苦しくなるぐらいに荒々しく舌先を絡め取られて、吐息から何もかもを
奪い尽くされてしまいそうな…そんな口づけだった。
 
「はっ…あっ…」
 
 克哉が甘い声をつい漏らしていくと、一瞬だけ相手の優しい色を帯びた
瞳と視線がぶつかっていった。
 行動も、物言いも意地悪な癖に…その時だけ、酷く優しいものを滲ませていて…
それで克哉は全てを許しても構わないという心境になっていった。
 
(全く、お前って本当に素直じゃないよな…)
 
 そう呆れながらも克哉もまた温かいまなざしを浮かべていきながら相手の
頬と髪を撫ぜていった。
 二人の間に穏やかな一時が流れていく。
 
「…機嫌はようやく、直ったか…?」
 
「うん…」
 
「そうか、なら良い…」
 
 そうして、もう一人の自分の方からしっかりと抱きしめてくれた。
 今はこれで良い、と克哉は考える事にした。
 
(今夜、こうして会えて…あんな風に逃げたオレの前にもう一回現れてくれた。
願いごとは充分に叶えられたんだ。充分、だよ…)
 
 そうして克哉は目の前の相手をもう一度見つめていく。
 今夜の思いがけない幸福を心から嬉しく思いながら…相手の首にしっかりと
抱きついてその温もりをしっかりと感じていったのだった―
 
 
 
 

※このSSは2010年度の七夕SSになります。
予想よりも長くなったので3~4話程度に分けます。
克克の禁断症状が出たので突発で書いたような話ですが
それでも良いという方だけお読みくださいませ。

ささやかな願い  前篇 

 

―信じられない、どうしてあいつはあんなに意地が悪いんだよ!
 
 七夕の夜、駅前のロータリーに設置されていた七夕飾りに、「あいつに会いたい」と
願い事を短冊に書いてつるそうとしたのがそもそも間違いだった。
 奇跡的にその願いは即座に叶い、久しぶりにもう一人の自分と会う事が出来た。
 だが相手にあまりにからかうような事を言われたのが原因で克哉は反射的に
その場から駆けて立ち去ってしまったのだった。
 
(何だかんだ言って会えて嬉しかったのに…! 何か意地悪な事ばっかり言うから
ついカっとなっちゃったよな…)
 
 感情的になって勢い余って駆けだしたせいか、自宅とは反対方向に
全力疾走してしまった。
 歩いた事がない、とは言わないが人は例え近所であっても意識しなければ
必要としている経路しか歩かなくなる傾向がある。
 通勤路から外れているせいか、殆どこの辺りは歩いた事がなかった。
 暫く歩いているうちに気づけば克哉は河川敷の方に来てしまった。
 十数年前は汚染されて大量のヘドロが発生して夏場は悪臭を放つように
なっていた川も、近年は本来の生態系を取り戻そうと近隣の住民が努力した
おかげで、川の周りには幾ばくかの自然が戻り、わずかな数だが蛍が
飛び交うようになっていた。
 
「そういえばこの川って…数年前から蛍が少し出るようになったと
聞いた事あるな…。今夜はいないのかな…?」
 
 ふと癒しを求めて、克哉は川べりで蛍の光を探していく。だが暫く周囲に
視線を巡らせてもそれらしきものを発見するには至らなかった。
 
「やっぱり、いないか…。どうせなら見たかったんだけどな…」
 
 そうして克哉は近くにあった大きな岩の上に腰を掛けていった。
 座れば多少はズボンが汚れてしまうが、それでも土の部分に腰を
掛けるよりかはマシだろう。
 そうして川の流れを見てから…空の天の川を眺めていった。
 田舎とかネオンがあまりない場所ならば、夜空に息をのむような
星の川が望める事だろう。
 しかし都内ではそれも難しい。川というには若干乏しい量の星がポツポツと
浮かんで点在するだけだった。
 
「七夕、か…」
 
 今夜は晴れ渡っているから空の上では織姫と彦星は逢瀬をしている頃だろうか。
 そう考えた瞬間、さっき短冊を書いていた時に自分が考えていた事を思い出していく。
 
(何かオレ、ちょっと情緒不安定だよな…。七夕の伝説の二人を羨ましく
思ってしまうなんて…相当に重症だよ)
 
 水の流れは人の心の底にたまったものを静かに浮かび上がらせる力でも
あるのだろうか。
 先程は漠然としていた本心がゆっくりと浮かび上がり、考えを巡らせていった。
 
「はは、バカみたいだな…オレ。せっかく短冊に書いた願い事が叶ったのに、
あいつの前から逃げてしまうなんて…」
 
 普段だったらそれでも彼が自分の前に現れてくれた事を素直に喜んだだろう。
 それはきっと意地悪をされていたとしても変わらない。
 なのに今夜に限ってどうして切ないと思ってしまったのか克哉は一人、
川の流れを見ていきながらその理由を思い当たっていく。
 
「好き、だからか…」
 
 出来るなら認めたくなかった。
 けれど相手を前にしてその言葉や行動に振り回されてしまったり、
嬉しかったり悲しかったり感情の揺れ幅が激しいのは、もう一人の自分に
対して強い想いが存在しているからだ。
 人間、嫌いな人物に対してここまで感情が揺れ動いたりしない。
 会いたいと強く願ったり、意地悪な言葉を聞いてカッとなったり…どうして
もう一人の自分に対して、こんなに冷静でいられないのか。
 其れは言ってみれば至極単純な答えだった。
 
「一年に一度の逢瀬、か…。けどその一度を愛されて次の年まで相手を信じて
待てるなら…凄く幸せだよな。オレなんてあいつとの関係で、そんな幸せを
感じた事なんてないもんな…」
 
 彼が自分の前に現れるようになってから、十ヶ月程度が経過していた。
 去年あの銀縁眼鏡をMr.Rに渡されてから暫くした時に奇妙な夢を見たのが
最初の出会いだった。
 プロトファイバーの営業を手がけたのも、今となっては凄く遠い昔の出来事の
ように感じられる。
 あれから四回、あいつに抱かれた。
 いつだって夢だか現実だかはっきりしない形で。
 いや、大晦日の…自分の誕生日を祝ってくれたあの夜だけあいつはしっかりと
存在しているのを感じられた。
 薄闇に染まった川の水の流れを目で追っていきながら克哉は少しずつ、この
感情を抱くようになったキッカケに気づいていく。
 
(あの夜、からだ…。あいつに対して、すっきりしないモヤモヤした想いを
抱くようになったのは…)
 
 想いの起点となる出来事を思い出した克哉はジワっと目元が潤んで
いくのを感じていった。
 そういえば今年に入って顔を合わせたのはさっきが二回目ではなかったか。
 本当に何ヶ月ぶりかに会えたのに、まさか短冊に書いてすぐにその願いが
叶うなんて予想してもいなかったからこそ、動転して上手く頭が回らなくて…結局、
勢い余って相手の前から逃げ出してしまった。
 
「はは、せっかく会えたのに…もったいない事をしちゃったな。それに織姫と
彦星の事をいえないな。滅多に会えないのはオレ達だって、同じだし…」
 
 そう久しぶりに会えたのだ。
 本当に短い時間だったけれど、すぐに自分が逃げ出してしまったけれど。
 冷静さが戻ってくれば非常に惜しい事をしてしまったと後悔し始めていく。
 
(ううん、けど…やっぱりあんな風に言うのは酷いと思う。幾らなんでも、
公衆の面前であんな風にキスするのは、酷いよ…)
 
 もう一人の自分がそういう性格をしているというのは嫌って程判っているけれど、
もう少しこちらの気持ちというのを考慮してほしかった。
 夢見がちな乙女のように、ムードとか雰囲気とかそういうのを大切にして
欲しいとか要求している訳ではないが…それでも、あの物言いはなかったと思う。
「例えば一言で良い、会いたかったとか久しぶりとか…そんな風に普通に
挨拶してくれたら、オレだって逃げ出さなかったのに…。あ~あ、空では
七夕の二人は逢瀬している最中だっていうのに…オレは一人ぼっちで
過ごす事になるのかな。自宅とは正反対の方に逃げて来ちゃったもんな…」
 
 もしかしたらもう一人の自分が、こっちの事を追いかけて来てくれたかも
しれないけれど…この川は克哉の自宅と正反対の方角に位置している。
 だからもう、今夜中に顔を合わすのは厳しいだろうと思うと…余計に惜しい
気持ちが湧き上がってきた。
 彼は果たして、あの後どうしたのだろう。
 その事が気になって来たので…克哉は一旦、自分の家に帰ろうとその場から
立ち上がっていった。
 家にいなかったらそのままになってしまうのは承知の上だが…もしかしたら
克哉の家の前で待っててくれているかも知れない。
 そう一縷の望みを抱いて、帰路につこうとした瞬間…克哉は周囲にいつの間にか、
何匹かの蛍が舞っていた事に気づいていった。
 
「蛍…? 嘘、本当にこの辺りにいたんだ…。本物をこんな間近で見た事が
ないから、凄く感激するな…」
 
 淡い光を放ちながら、克哉の周りを何匹かの蛍がフワフワと飛んでいた。
 その優しく幻想的な光に目を奪われていくと…次の瞬間、更に信じられない
事が目の前で起こっていった。
 
「何だよ、これ…!」
 
 それはまさに、現実では決してありえない筈の光景だった。
 その様子に目を奪われていきながら…克哉は、目が焼かれそうになるのを
感じていきながら…その向こうにいる人影を、必死に凝視していったのだった―
  
 
 今日のはオムニバス形式の一つではなく、
純粋に季節ネタを扱ったものです。
 つか、克克の禁断症状が久しぶりに出たので
唐突に書き下ろします。

 たまには克克書きたいんだ~~~い!!(魂の叫び)
  一話完結の予定でしたが、予想よりも長くなったので二話に
分けます。ご了承下さいませ(ペコリ)


織姫と彦星は雨が降ると会えないという

 けれど一年に一度、確実に会おうねという約束があるだけ
救いがると思う。
 長い年月を経ても、そうして気持ちが続いている事も
その日だけでも会って確認することも出来るというだけで
今の克哉は羨ましかった。

 仕事帰りの帰り道、駅前の設置された大きな笹と七夕飾りを見て
ふと、そう感じた。
 最寄駅のロータリーには今日は、町内会で設置したと思われる
大きな笹の葉と長机が置かれていた。
 いつもならタクシーや送迎の車がひしめいている空間は、今日だけは
この七夕飾りに占拠されてしまっているようだった。
 折り紙で作られた織姫と牽牛、ヒラヒラとした天の川をイメージしたあみかざりに
五角形や六角形のいちまいぼし、様々な色が組み合わさっているひしがたつづり、
笹の葉や、わっかなどを繋げて長く繋いだものなど目にも鮮やかな
飾りが笹の葉の先に飾られていて、見た目も華やかになっていた。

変なの、今まで七夕の日にこんな事を考えた事なんて
一度もなかったのに
 どうして今年に限って、こんな風に感傷的になってしまうのだろうかと考えて…
その原因らしきものに思いいたっていく。
「…やっぱり、あいつのせいかな…」
 
 そう小さく呟いた瞬間、克哉の脳裏に浮かんだのはもう一人の
自分のシニカルな笑みだった。
 我ながら本当に重症だと思い知っていく。
 
(本当に…年に一回でも、確実に会える保証があるだけマシだと思う。
相手が愛してくれているのを実感出来るなら十分幸せだと思う。俺なんて…
いつ現れるか判らないし、こっちの事をどう思っているかなんてまったく判らないし…
あいつが何を考えてオレを抱いているのかなんて、本当に理解出来ないもんな…)
 
 そう考えて深く溜息を吐いていきながら…克哉は七夕飾りを眺めていった。
 夜風に吹かれて、折り紙で作られた飾りと…無数の人々の願いが
込められた短冊が風に揺れていく。
 其れを見て、心にジワリと一つの願いが浮かびあがってくるのを感じていった。
 
「短冊に願い事を書けば、叶うか…なら、オレの願いも書けば叶うのかな…」
 
 何故か唐突に、もう一人の自分に会いたいという気分になった。
 顔を合わせれば確実に好き勝手に抱かれて、翻弄させられる事は予測出来る。
 それでもどうして…自分は彼の顔を見たいとそう思ってしまっているのか…。
 その理由に何となく気づいていくと同時に…克哉は短冊を書くために用意されたスペースへと
足を向けていった。
 机の隅にはすでに穴を開けられて麻紐を通されてすぐに吊るせる状態になった
色とりどりの短冊が用意されていた。
 その中から一枚、水色のを手にとっていくと…克哉は少し迷った末にこう書いていった。
 
『どうかあいつに会わせて下さい』
 
 相手の名前も、自分の名前も明記しなかった。
 けれど…そう書いた瞬間に強く強く、もう一人の自分の顔を脳裏に描いていった。
 次にいつ会えるか、自分の前に現れるか判らないけれど…この短冊に
願掛けをする事で少しでも
早くその日が訪れるなら良い、その程度の期待を込めて…
克哉は笹の葉にそれを吊るして
いこうとしていった。
 
(これを吊るしたら、さっさと家に帰ろう…)
 
 そう考えて、静かな動作で飾りに短冊を掛けていこうとした瞬間…背後から
誰かの腕が伸びて、克哉の手首をグイっと握りしめていった。
 
「えっ…?」
 
 突然、背後から何者かに腕を掴まれて…克哉は心臓が止まりそうになっていく。
 それだけでも十分に驚いたというのに、次に聞こえた声に…更に目を瞠っていった。
 
『これでお前の願いは叶えてやったぞ…。満足したか…?』
 
 熱い息と共に、耳奥に注がれていく声。
 途端に、心臓がドクンと荒く脈動していくのが判った。
 まさか今夜、会えるとは予想してもいあなkっただけに克哉は…動揺を隠しきれなかった。
 すると、グイっと身体を反転させられて…駅前広場という場所柄であるにも関わらず、
強引に唇を奪われていった。
 一瞬、隙を突かれてしまったせいで対応が遅れたが…少し経って、正気に戻ると同時に
克哉は全力で相手の身体をドン、と強く突き飛ばしていった。
 
「な、なななな何を考えているだよ…! ここ、公衆の面前だぞ…!」
 
「くくっ…俺はそんなのはまったく気にしないが?」
 
「少しは気にしろー! せっかく会えたって、こんな処でとんでもない事をされちゃ
たまったもんじゃない! 少しは状況っていうのを考えろよ、お前は…!」
 
 克哉は顔を真っ赤にしながら力説していくが、もう一人の自分は其れを面白がって喉の奥で
ククっと笑っていくだけだった。
 其れが無性に克哉には腹立たしくて、ムっとなっていく。
 
(…久しぶりに会えた事自体は嬉しいけれど…! やっぱりこいつって…
すっごい意地悪だ!
せっかく会えたのに、いきなりこんなに意地が悪い事を
しなくたって良いじゃないか…もう…!)
 
 悔しくてキっと相手を睨んでいくが、相変わらず相手の表情には余裕があって…
癪な気分になっていく。
 会えたのも、キスされた事自体は嬉しいのに…場所に問題がありすぎるせいで
克哉は素直になれないでいた。
 
「…こんな処では、するなよ。誰に見られるか判らないだろ…!」
 
「…ほう、お前は羞恥を快楽に変える性質だと思ったがな。今のキスだって…もし
誰かに見られていてもお前なら、燃えるネタになるだけだと思ったが…?」
 
 バシィィィィン!!
 
 相手の物言いに、つい反射的に手が出てしまい盛大にその頬を叩いていった。
 
「ぶはっ…!」
 
 その勢いで、眼鏡の身体が大きく仰け反っていく。
 克哉の方は憤りで肩を大きく上下させていきながら叫んでいった。
 
「バカバカバカ!  少しはオレの気持ちも考えろ~!」
 
 そうして、克哉は全力でその場から駈け出していった。
 その背中を見送っていきながら眼鏡は小さく呟いていく。
 
「…まったく、ついからかい過ぎたか。仕方ない…追いかけるとしようか…」
 
 そうして、自分たちのやりとりを見て立ち止まっていた野次馬の視線など全く
気にした様子もなく…悠然とした様子で、もう一人の克哉はその場から立ち去り、
消えた克哉を追いかける事にしたのだった―
 
                           
 
 
 

※この話はバレンタインにちなんだ克克話です。
 あまり深いテーマ性もなくイチャついているだけの
ゆる~いお話です。それを了承の上でお読み下さいませ~。
 克克が書きたかったんです!

 チョコレート・キッス 
     


―確かに蕩けるような情熱的なキスを欲しいと最初に
望んだのは克哉の方だった

 何を希望するのかもう一人の自分に聞克哉の中にはもう一人の自分に
抱かれたいという想いもあった。
 けれど相手の態度を見て、率直に欲求を伝えてしまったら自分たちは本当に
身体だけの関係になってしまような気がしたから。

(愛して欲しいとか、甘くて優しい言葉をお前に囁いて欲しい訳じゃない。
あったかくなるような気持ちだけでもオレ達の間にあって欲しいと
望んだだけなんだ…)

 眼鏡を掛けたもう一人の自分が優しくないことなど百も承知だった。
 だから甘いキスを希望しても、本当にもらえるかどうか半信半疑だったが…
強引に引き寄せられ、目を瞑っているように言われてから与えられたキスは
腰が砕けそうになるぐらいに官能的で甘いものだった。

―こんなキスを与えられたら、立っていられ、ないだろ…!

 心の中で盛大に相手に文句を叫んでいきながら、克哉は相手が
与えてくれる感覚を全て享受していく。
 五感の全てがフルで刺激されているような気がした。
 相手の匂い、触れ合って伝わる体温、抱きしめられる感触、そして真っ直ぐに
注がれる視線に、お互いの舌が絡まり合う音に…そして口付けの味。
 そのキスは本当に情熱的で甘かった。

―相手から口移しでチョコレートを舌先と一緒に送られていたから…

 濃厚で甘いチョコレートの味と、相手の味が合わさって…本来なら甘い物が
そんなに得意じゃない克哉でも、本当に蕩けてしまいそうなぐらいに
甘やかだった。
 チョコレート特有のカカオの風味が、フワっと鼻腔を擽る。
 グチャグチャと淫靡な水音が脳裏に大きく響き渡って、それだけでフルフルと
身体が震えるぐらいの羞恥と快感を覚えていく。

「あっ…はっ…」

 キスの合間に克哉は艶かしい声を漏らしていく。
 その瞳はトロンと蕩けきって、相手を縋るように見つめていた。

「はっ…んんっ…もっと…くれ、よ…」

「…随分と欲張りだな。お前が望んだものは…今、たっぷりと与えてやった
ばかりだろうに…」

「…仕方ない、だろ…。あんなキスをされたら、もっとお前が欲しくなるよ…」

 相手が与えてくれるものが、もっと欲しかった。
 今、与えてくれた情熱的で甘いキスは…克哉の中にあった小さな意地や
プライドを急速に溶かしていった。
 もう一人の自分が、猛烈に欲しかった。
 相手の袖を縋るように掴んで、その目を見つめていく。
 ペロっと唇の輪郭を舌で舐め上げられて。
 まだ、微かにチョコレートの味と香りが口腔内に残っているのを感じて
いくと…今度は克哉の方から積極的に、相手の口の中に舌を
絡めていった。

(キスって不思議だ…。しているだけで、繋がっているような気持ちになれる…)
 
 当然、どれだけ身体を繋げようとも…何百何千回とキスを重ねようとも、
本当の意味で相手と心を重ねられる訳ではない。
 それでも、ほんの一瞬で良い。
 克哉は相手と心が通っている実感が欲しかった。
 錯覚に過ぎないと判っていても、気持ちが満たされたかったのだ。
 だからさっきまでは言えなかった一言が、唇から零れていく。

「なあ…もっと、お前を…感じ、たい…」

「嗚呼、お前は欲張りだからな…。キスだけで到底満足出来る筈が
ないからな…」

「…っ! もう、どうしてお前ってそんな言い方しか…ムガッ!」

 克哉がカっとなって反論しようとした矢先に、相手から強引に唇を
塞がれて、いつの間にかベッドの方まで誘導されていた。
 こちらが気づかない間に、此処まで相手にさりげなく移動させられて
しまったらしい。
 
(いつの間に…ここまで移動させられていたんだ…?)

 克哉が内心、そう突っ込んでいくもすでに遅かった。
 相手はこちらの体を押し倒すと、一気に下肢の衣類を剥ぎ取っていき…
全てを晒させると、大きく足を開かせて己の身体を割り込ませて来た。

「わわっ…! きゅ、急すぎるだろ…ああっ!」

「…何を今更…。さっきから俺が欲しくて堪らなくなっていたのは
お前の方だろうが…」

 そうして、抵抗する間すら与えられず…一気に最奥までペニスを
穿たれていった。
 普通慣らしもせずにこんな行為をされたら激痛が走るだけなのだが…
この男の性器は魔法でも掛かっているのか、入って来た瞬間に…
どうしようもない圧迫感を与えつつも、早くも克哉の感じるポイントを
探り当てて、強烈な快楽を引きずり出していた。

「ん、あっ…! ふっ…ああっ…!」

 足を開かされて、こちらのペニスを握りこまれていきながら…最奥を
突き上げられていくと全身から痺れるような強烈な快感を覚えていった。
 もう、何も満足に考える事など出来なかった。
 相手から与えられる感覚だけが、克哉の中で全てになる。
 無我夢中で、相手の背中に縋りついてその感覚に耐えていくと…
克哉の目元から、生理的な涙が溢れ始めていった。

「ん、はっ…! ああっ…もっと、くれよ…お前、を…オレの、中に…!」

「嗚呼、くれてやろう…。しっかりと、お前のこちらの口で…俺のを
飲み干すと良い…」

「は、あっ…うん…判った…うあっ!」

 身体の奥で、相手が圧倒的な存在感を持って息づいているのを
感じて…それだけでブルリと震えていく。
 ゾクゾクして、止まらなくなっていくようだった。
 溢れる唾液を嚥下することも忘れて、夢中で相手の刻む律動に合わせて
腰を振り続けていく。
 絶頂は、もう間近だった。
 
「くっ…!」

「ああっ…あああっ…!」

 相手が息を詰める声が聞こえると同時に、克哉にも限界が訪れていった。
 勢い良くもう一人の自分の熱が注ぎ込まれて、こちらの中を
満たしていった。

「はっ…んんっ…」

 克哉が満足したように甘い声を漏らしていくと…相手が背後から
こちらを抱きしめてくれたのが判った。
 そして、顎を捉えられて深く口付けられていく。
 その瞬間、意地も何もかもが完全に消えて…零れたのは、素直な
一言だけだった。

「…今日、会えて嬉しかったよ…『俺』…。来てくれて、ありがとう…」

「っ…!」

 その一言はもう一人の自分にとっても意外だったのだろう。
 驚いたように目を見開いていくが…直ぐに呆れたように瞳を眇めて
微笑んでいく。

「…まったく、しょうがない奴だな…」

 そして、そう呟きながら…もう一度だけ、仄かにチョコレートの味と香りが
する甘い口付けを克哉の唇に落として、与えてくれたのだった―



 

※この話はバレンタインにちなんだ克克話です。
 あまり深いテーマ性もなくイチャついているだけの
ゆる~いお話です。それを了承の上でお読み下さいませ~。
 克克が書きたかったんです!

 チョコレート・キッス 
  


 あっ、と克哉が思った時にはすでに遅かった。
 肩を掴まれて強引に引き寄せられていくと、自分の眼前に
もう一人の自分の端正な顔立ちが存在していた。 
 その瞬間、ドクンと大きく鼓動が高鳴っていうのを自覚していく。

「な、何…?」

「…ようやく素直になったお前に、なにか褒美をやろうか…? 
何が良い…?」

「えっ…褒美って…?」

 予想もしていなかった展開に、克哉が目を見開いていくと相手は
愉快そうに喉の奥で笑っていく。
 その様子に一瞬、ムっとなった…相手がこちらに対して何か与えて
くれようとしている事を考えて、言葉を飲み込んでいく。
 息を飲んで肩を竦めていくと…眼鏡が、自分の瞳を覗き込んで
いるのが判った。
 お互いの吐息が掛かりそうなぐらいに間近に…もう一人の自分の
アイスブルーの瞳が存在している。

(こいつの目…綺麗だな…)

 自分と同じ顔の造作をしている筈なのに、まるでその双眸が宝石の
ように感じられてしまって、克哉の意識は釘付けになっていく。
 心臓が早鐘を打って、顔が火照り始めていった。
 どんな言葉を言えば良いのか、判らない。
 頬を撫ぜられて…愛撫するように指を上から下へと滑らされていくと
たったそれだけの刺激で、ビクっと身体が震えてしまっていた。

「…ほう? お前の要望は何もないのか…?」

「そ、そんな事…急に言われたって、思いつかないよ…。一体、
どんなことを願えば良いのか…判らない…」

「…率直に自分の欲望を言えば良いだろう? 俺にグチャグチャになるまで
奥まで突き上げられて犯されたいとか、刺激的な夜が欲しいとかな…?」

「っ…! 馬鹿、そういう事しかお前は言えないのかよ!」

「…何を今更…お前が俺に望んでいるのは、まさにそういう事じゃ
ないのか…?」

「うっ…!」

 相手の言葉に、とっさに否定出来なかった自分が情けなかった。
 確かにこの男に何度も好き放題にされて来た。
 克哉の脳裏には確かに相手が与えてくれた猛烈な快楽が焼きついて
しまっている。
 だからこうして…肩を抱かれているだけで血液が沸騰するように
熱くなっているのが判った。
 けど、相手の言い方では…本当に自分達には肉体関係とか、快楽とか
そういうものしか存在していないような感じがして寂しくなった。

(…まあ、こいつにそんな甘ったるいものを求めたって無駄だというのは
判っているけどな…)
 
 半ば、諦めている。
 けれど…心のどこかではそれ以外のものが存在していると
期待したかった。
 克哉は、何かを訴えるように…真摯な瞳で相手を見つめていった。
 目は口程に物を言うという言葉がある。
 上手く言い表せないこちらの想いが…少しでも伝わってくれればと
望みながら…。

「…何だその目は。言いたいことがあるなら…ちゃんと口で言え。
言わなければ決してこちらに伝わらないぞ…?」

「……。なら、言っても良いのか…? オレが望んでいるものを
本当に…与えてくれるのか…?」

「嗚呼、出来る範囲で叶えてやろう…」

「なら、キスが欲しい。セックスじゃなくて…お前から、脳髄が蕩けるような
そんな情熱的なキスが、今…欲しい」

「…ほう、キスだけで足りるのか…?」

「うん、まず…セックスよりも前に、そっちが欲しい。良く考えたら
お前に何度か抱かれているけど、キスされた事は殆どなかったから…」

 そう克哉が望んだのは大晦日の記憶があったからだった。
 あの日に初めて、もう一人の自分とキスをした。
 そうしたら気持ちがホワっと暖かくなって幸せな気持ちが満ちたから。
 何度も抱かれているけれど、キスもなくただ貫かれている時は強烈な
快感はあったけれど…心ではどこかで拒絶していた。
 けど、あのキスをした瞬間に…自分の中にあった壁がゆっくりと溶けて
いくのを感じたから…。
 だから克哉はそれを希望していった。
 
(キスをしたからって…こいつの心が判る訳ではないけれど…。大晦日の
夜に感じたあの気持ちを…思い出したいんだ…)

 それが結局、克哉にバレンタインチョコを用意させるという酔狂にも
取られかねない行為に繋がっているのだから。
 だから…キスを強請るように相手の袖をギュっと握って…瞳を
閉じて唇を軽く突き出していく。

「……そのまま、目を閉じていろ…」

 暫くしてから、相手のそう押し殺した声が聞こえていった。
 その十数秒の間、克哉は本当に指先を震えさせていきながら…
相手の唇を待っていった。
 カサコソ、という何かが擦れ合う音が聞こえた。

(何だろう…この音は…?)

 相手が何かをしていることは判ったが、目を閉じているので確認が
出来ない。

「わっ…!」

 だが、とっさに目を開こうとした瞬間…相手の手のひらで目元を
覆われて阻まれてしまった。

「…目を閉じていろと言っただろうが…。俺が良いと許可を出すまで
決して開けるな。判ったな…」

「う、うん…」

 そうしてこちらが頷くと、相手の手のひらが離れていった。
 その次の瞬間…克哉は相手の腕の中に強く抱きしめられて…
深く深く、唇を重ねられて。
 相手の情熱と、甘やかなものを一緒に贈られていったのだった―
 

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小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
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 とりあえず読んでくれる人がいるのを
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一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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