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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
 一部ダークな展開や描写を含むのでご了承下さいませ。

忘却の彼方に                   

―この世界で目覚めてから、気づけば十日余りが経過していた

 目覚めた翌朝に見せつけられた、別の結末を辿った哀れな自分の
姿はあまりに衝撃的過ぎたから。
 今はまだ、思い出すべきじゃない。
 そのメッセージを受け取ったからこそ…克哉は、当面は記憶を無理に
蘇らせようとは考えなくなった。

(…もう、十日ぐらい経っているのかな…。一応昼夜は存在しているし、
時間の経過もあるみたいだけど…。けど、本当に不思議な場所だよな…)

 自分達が生活している、高級なペンションを思わせる建物の中から
外の風景を眺めていきながら…克哉は物思いに耽っていく。
 毎日、眼鏡を掛けた自分と同じ男の手によって、美味しい食事は
出されていく。
 そしてこの十日間にも何度も抱きあい、彼の手で絶頂に導かれ続けた。
 最初は抱かれる事にも抵抗はあったが、二度…三度と行為を重ねている内に
慣れて来て、今では当たり前のように相手に触れられ…口づけられるのが
日常になってきている。

「…何か、真綿で包まれているみたいだな…今の、オレって…」

 自分と相手との間にある感情や関係は、一体何なのかという疑問はある。
 けれど…克哉は薄々、感じ取っている。
 相手に、こちらに対しての悪意や害意の類は一切感じられない事を。
 もしそんな想いを抱きながらこちらに接しているとしたら…きっと自分は
こんなに寛げないと思うから。
 相手から、こちらに対しての慈しみを…優しさを感じ取っているから。
 けれど同時に感じている。
 
―相手は決して、自分を恋愛感情の意味で愛している訳ではない事を…

 何かに、いや…誰かに対して遠慮をしているような部分を、ふとした
瞬間に感じる。
 時々眼鏡の奥にあるアイスブルーの瞳が、切なそうに歪む事も…
肌を重ねている瞬間に感じ取る時がある。
 その目を見る度に…彼が、どうして自分に対してそんな目を向けてくるのか
空白の記憶の内容を知りたくなる。
 何故、彼はこの不可思議な世界に自分と共にいてくれるのか…その理由を
猛烈に知りたい。
 けれど…同時に薄々と感じている。

(あいつが…あんな目をしてオレを見つめる理由を知りたい…。けれどその
理由を知ったら、きっと…この世界にいられなくなる気がする…)

 世界の消失だけならまだ良い。
 一番、克哉が恐れているのは…彼と過ごせなくなるかも知れない事だった。
 知りたいという欲と…この真綿で包まれた心地良い時間を失いたくないと
いう気持ちが強烈にぶつかりあっていく。
 それはまるで…パンドラの箱を前にして葛藤する女のような心境だった。
 自分が思い出せば、きっと本気で箱の鍵を探せば思い出す事は可能だろう。
 けれどその時、今ある環境は消えうせるのと引き換えになる事が
判っているからこそ…今は、克哉は自分の本心を隠すしかなかった。

(…何か、今のオレって…真実を知りたいって気持ちと…この場所を
失いたくないって気持ちが戦ってしまっている気がする…。それに、あいつが
オレにとってどんな存在だったのか…どうしても知りたい。…せめて、それだけでも…)

 オーロラのように美しく、様々な色合いを映す空を眺めていきながら…
克哉はそう願っていく。
 この十日間だけで、少しずつ自分に触れて慈しむ男に対して…強烈な
情を抱き始めていたから。
 彼と自分がどんな間柄だったのか。
 どういう経緯で此処で二人で過ごすようになったのかを…どうしても
知りたいという欲が、溢れてくるようだった。
 そう、克哉は惹かれ始めていた。

『克哉』

 そう、自分の事を甘く呼びながら…彼の熱がこちらの最奥に注がれる度に、
ジワリと胸の中に湧き上がってくる想いがあるから。
 彼はこちらに名前を決して教えてくれない。
 だから、どう呼べば良いのか判らない。
 仕方なく、克哉は彼の事を「お前」と呼び、相手もそれで良いと流されて
しまっているのが現状だった。
 相手はこちらの名前を呼ぶのに、こちらは呼ぶことが出来ない。
 そんな関係なのに、優しさと慈しみを注がれ…守られているのだと
実感していく。
 たった十日、それだけの日数でも…人の中に想いを生み出すには
充分で…だからこそ克哉は知りたいという欲が日増しに強くなっていく。

「ねえ…教えてくれよ…。お前とオレって…どんな関係だったの…?」

 自分と同じ顔をしている人間に向かって、こんな想いを抱くなんて…
どこまでナルシストなんだ、と思う。
 けれど…克哉はもう、目を背ける事が出来なくなっていた。
 この世界でただ一人、自分と共に過ごす相手に対して…強い想いが
生まれてしまった事を。

―そしてその想い故に、真実を知りたいという気持ちが深まっていく事も…

 そうして葛藤し、思い悩み…遠くを眺めている最中。
 背後からドアが開閉する音が静かに聞こえていき…眼鏡を掛けた男が
部屋の中に入ってくるのに気づいていく。

「…この部屋にいたのか。探したぞ…」

「あ、うん…。ちょっと空を眺めたくなったから…」

「…まあ、この家の中にいるのならイチイチ俺に断りを入れなくても
構わないがな。外に行く時は一応言っておいてくれ。あまり遠くまで行くと
迷子になる可能性があるからな…」

「う、うん…それは、気をつけるよ」

 克哉は数日前、当てもなく彷徨っていたら夜まで帰って来れないという
失態をかましてしまったばかりなので相手にそう言われると…肩身の
狭い想いをするしかなかった。
 相手が必死に探してくれてこちらを見つけてくれたから良かったものの
このままこの家に帰れないままだったら…と考えるとゾっとする。

(まあ、その一件があったから…更にコイツを意識してしまったのかも
知れないけどな…)

 そうして、何気なく眼鏡の顔を見つめていく。
 其れに応えるように…男は、こちらに歩み寄って来た。
 ごく自然に目を閉じていけば…吐息が、間近に感じられていった。

「ん…」

 そして、ごく自然に唇は重なって、抱きしめられていく。
 少しずつそのやりとりが自分の日常の一部になっているのを感じる。
 確かな安堵を感じていきながら…克哉は一時、思案を止めて相手の腕の中に
収まる。

―その鼓動を聞きながら、克哉もまたそうして…彼の身体に腕を回して
一時、温もりに身を委ねていったのだった―
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※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
 一部ダークな展開や描写を含むのでご了承下さいませ。

忘却の彼方に                 

 目の前に立っている、自分の姿に…死の影を濃厚に感じた。
 やせ細った骨ばった身体に、ランランと異様に輝いている眼差しに
何か不吉なものすら感じていく。

―これが、記憶を思い出した時の貴方が辿る姿ですよ…

 思い出せない事が不安で怖くて。
 早く記憶がよみがえって欲しいと願っている今の克哉にとっては
これはあまりに衝撃的な姿だった。
 だが、目の前の自分は一言だけ、言葉を発していった。

『太一…』

 その言葉を聞いた時、信じられない想いだった。
 瞬間、明るい髪をして笑っている自分の友人の顔を鮮明に
思い出していく。
 それはさっきまで、思い出せなかった…空白の時間の間に知り合った
人物だと即座に理解していく。
 だが克哉は知らない。其れが…太一の手を取って、そして…幾つかのすれ違いの
果てに…太一と、その祖父が悲劇的な結末を遂げるのを目の当たりにして
心を壊してしまった自分の姿である事を。
 けど、謎の男もその事実までは克哉に打ち明けなかった。
 …何故なら、これは『今の克哉』とは別の未来を歩んだ…別の人間の手を
取って様々な結末の内、最悪のものを歩んでしまった結果のものだからだ。

 「あっ…ああっ…」

 名前を聞いた瞬間、消えてしまった記憶のピースが一つ、埋まって
五十嵐太一という人物と過ごした時間を思い出していく。
 まだ、全てのピースは埋まっておらず…全貌は判らないままだったけれど
たった一つ、その名前を聞いただけで…確かに、蘇るものが在った。

―記憶というのは…何処かで繋がっております。たった一言…五十嵐様の
手を取って悲劇的な結末を辿った…御自分の放った言葉を、名前を聞いただけで
それだけ思い出す事があるように…『繋がり』を示すキーワードを聞けば
貴方は徐々に思い出すでしょう。今の貴方にとって五十嵐様は『友人』という
間柄であっても、それだけの衝撃があるでしょう…? 貴方の心を病ませるに
至った出来ごとは、もっと深い処まで関わった存在に纏わるものです…。
其れは今、思い出すべきものではありません…。
もう少し緩やかに、この世界で過ごして見て下さい…。いずれこの世界は
終わりを迎えます。その日が自然と訪れるまでは…この箱庭で、あの方と
二人でどうぞお過ごし下さい…

「ま、待って下さい…貴方は、一体…!」

 先程から声だけはこんなにも鮮明に聞こえているのに、肝心の声の主の
姿が全く見えない事に克哉は疑問を覚えていく。

「…教えて下さい! 貴方は誰なんですが! せめて姿ぐらい…見せて下さい…!
お願い、します…」

 まだ相手の声が頭の中に聞こえている内に、克哉は必死になって
訴えかけていく。
 相手の見えてくれた光景は、衝撃的だった。
 それだけで無理に記憶を思い出すべきじゃないと理解するには充分だった。
 けれど声だけで姿すら見せない相手の言葉を全て鵜呑みにするには不安で。
 だから必死になって克哉が叫んでいくと…哀れな末路をたどった自分の姿は
消えていき、代わりに漆黒のコートを身にまとった長い金髪の男が姿を現していく。

「あ、あああっ…!」

 ホログラムのように浮かび上がる…眼鏡を掛けた妖しい男の姿に、
また克哉の記憶は一つ、ピースが埋まっていく。
 その瞬間…目覚めてから自分と共に過ごしている人物が誰なのか、
ヒントを得て…更に目を見開いていった。

「オレは…オレは、一体…! 何が、起こっているんだよ…!」

 克哉の混乱は、一層深まって叫ばずにはいられなくなっていく。
 そんな彼を…黒衣の男は…Mr.Rは慈しみすらこもった眼差しで
見つめていった。
 泣きじゃくる子供を慰めるように、どこまでも柔らかく優しい声音で…
言い聞かせるように、告げてくる。

―今は何も考えずに、この優しい世界に身を委ねていれば良いのです…。
此処は、ある方の願いによって…貴方への愛によって紡がれた
ゆりかごのような世界…。だからその終焉の時まで…今は無理に考えずに
その優しさを目いっぱい享受して下さいませ…

「えっ…」

 それを聞いて、克哉は目を見開いていく。
 自分への愛で、紡がれたゆりかごのような世界…。
 其れは克哉を驚かすには充分で、そうして…目の前の男は幻のように
消えていった。
 初めから誰も其処に存在していなかったのかのように…痕跡すら
一切残さずに。
 そうして草むらで克哉は一人、立ちつくしていく。

―貴方への愛で…

 その言葉が脳裏にどうしても引っかかっていく。

「教えてくれよ…誰の愛で、此処は紡がれているのかを…せめて、
それだけでも…」

 其れを思い出せず、もどかしい想いを抱いていきながら…克哉は
自然と、涙を一粒、二粒と零して…暫くその場に立ちつくして
いったのだった―
※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
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忘却の彼方に               

 一旦現実逃避する為に寝て、起きた後…克哉は自分と同じ顔をした
男と一緒にいたくなくて、散歩する事にした。
  一度抱かれてから気づくのもマヌケな話だが、目が覚めた後に
身支度を整える為に鏡を見た時にやっとその事実に気付いた。
 印象とかそういうのは自分と全然違うが、昨晩あれだけ間近で
相手の顔を見たのだから間違いようがない。

―彼と自分の顔のパーツが全く同一であることを…

 その事実が判った途端、また克哉は混乱していった。
 彼の言ったシェルターという意味。
 そして目覚めた時から断片的に思い浮かぶ光景が何の
事実を指しているのか。
 そして何故、この世界に自分と全く同じ顔をした男と二人きりで
存在しているのか。
 白いワイシャツにジーンズというラフな格好に着替えた状態で
あてもなく彷徨い歩き…そして不思議な色合いをした空を眺めていく。

(普通…ここが異世界だって言われたら相手の正気を疑う処だけど…
この不思議な空の色を眺めるとつい納得してしまうよな…)

 そう、きっと空の色が青色だったなら、その言葉の方を疑って
いただろう。
 けれど青、緑、黄色、黄緑、赤、ピンク、紫…オーロラのように様々な色合いが
混ざって輝いている空を見ると、ここが現実ではない事は妙に納得して
しまえるのは確かだった。
 けれどやはり気に掛かるのは、どうして自分がここに来たのか…
その経緯を全く思い出せない事だった。

「ここは一体、何処なんだろう…。どうして、オレはあの人と一緒に
二人でいるんだ…?」

 彼は今は思い出すな、と言った。
 この場所は自分の為に生み出されたシェルターのようなものだと。
 どうしてもその疑問が膨らんでしまって、抑える事が出来ない。
 知るな、と言われれば知りたくなるのが人間のサガというもので。
 今なら決して開けるなと言い含められてしまってもパンドラの箱を開けてしまった
女や、決して神に口にしてはならないと言われていながら蛇に唆されてしまって
知恵の実を食べてしまったアダムとイブの気持ちが判る気がした。

「知りたい…どうしても。オレがどうして此処に来るに至ったのか…
その原因を…」

 強い気持ちを持って呟いたその瞬間、奇妙にも脳裏に声が
聞こえていった。
 
―困りますね。まだ真実を知るには…早すぎますよ…佐伯克哉さん

 一瞬、誰かと思った。
 しかし周囲を見回しても誰も存在していない。
 なのに声だけはこんなにもはっきりと鮮明に頭の中に響いている状態に
克哉は困惑していった。

「誰、誰なんですか! 今の声は一体…」

―私が誰かなのは、今の貴方にとっては限りなくどうでも良い事です…
しかし、今の時点で記憶を思い出すのは決して良い事ではありません。
ですが口で説明しても判っては貰えないでしょう…。ですから、今から
例を一つお見せする事にしましょう…

「れ、例って一体…何を、ですか…?」

 克哉の声が震えていく。
 だが、相手の声はそれきり全く聞こえなくなった。
 その不気味な沈黙に克哉は、ゾワっと寒気すら覚えていった。
 一体これから何が起こるのだろうかと身構えていく。
 しかし風は変わらず穏やかに吹き続けて、周囲の様子にも何か大きく
異なった変化が起こる訳でもなかった。

「えっ…?」

 何が起こるのかと身構えていた分だけ、すぐに変化が何も
起こらなかった事に拍子抜けを覚えていく。
 その瞬間、少し離れた位置からガサリ…という草音が響いて
とっさに振り向いていった。
 その先に存在していたものに、克哉は驚きを隠せなかった。

「えっ…まさか、オレ…?」

 其処に立っていたのは、まるで幽霊のように透き通った…ホログラムの
ようにすら見える、青白い死んだ目をした自分だった。
 さっきの眼鏡を掛けた自分と同じ顔をした人物じゃない、紛れもなく…
眼鏡を掛けていない今の自分と全く同じ顔をしていた。
 だが、目の輝きは全く異なっている。
 全てに絶望して、食べる事すら止めているのだと一目で判るぐらい…
憔悴して、やつれきっている。
 自分のそんな姿をいきなり突きつけられて、克哉はパニックになりかけた。

「う、ああああっ!」

 そして絶叫が喉からほとばしる。
 理解を越えた出来事ばかりが立て続けに起こる事に耐えきれず、
一瞬だけでも逃避をする為にともかく克哉は叫び続ける。
 その瞬間、先程の謎の声がまた頭の中に聞こえていった。

―まだ、時期が来ていない状態で思い出せば…貴方はこの状態と
全く同じになり果てるでしょう…。これは異なる未来を辿った、貴方とは
別の道を歩んだ貴方の姿。けれど記憶を持ったままでいれば…
確実に同じ姿になっていたでしょう…? それでも、貴方はすぐに
思い出す事を望みますか…?

 謎の人物の声は、諭すように優しく…同時に事実を容赦なくつきつけてくる
残酷さをもって響き渡る。
 そして克哉は今は何も考えられなくなり…茫然と、目の前に存在する
哀れな自分の姿を凝視していったのだった―
※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
 一部ダークな展開や描写を含むのでご了承下さいませ。

忘却の彼方に             

 覚醒した直後、現実と夢の狭間を克哉の意識は行き交っていた。
 相手の慈しみの込められた眼差しに困惑しながら見つめ合って
いくと不意に…ジワリ、と黒い染みのように何かの映像が
脳裏に一瞬だけ浮かんでいった

―それは誰かの強烈な憎しみが込められた眼差しだった

 涙を溢れさせながら、こちらを決して許さないと訴えかけるような
眼差しに…一瞬、克哉は身体が強張る気がした。

(…まただ。一体、アレは誰なんだ…?)

 先程の夢の中で見た刃物を持った黒い影の人物と…その憎悪に
燃えている瞳の持ち主が判らない。
 それがモヤモヤして、苦しくて…つい、縋るような目を向けてしまう。

「…どうしたんだ。怖い夢でも見たのか…?」

「えっ…ぁ…どうして、それを…?」

「…今のお前の顔が、まさにそんな感じだからだ」

「うっ…そう、なんだ…」

 図星を一発で突かれていって、克哉は困惑していく。
 何か妙に恥ずかしくなって相手から目を逸らしていくと後頭部に
そっと手を宛がわれて、不意にグイっと引き寄せられた。

「っ…!」

 克哉は相手のその行動に、ギョッと目を見開いていく。
 だが…そうしている内に相手の唇が目元に降り注いで来て…
更にびっくりしていった。
 一体どうすれば良いのか判らない。
 そのまま石のように硬直していると…まるで羽に包まれるみたいに
フワリと相手に抱きしめられて…余計、混乱が強まっていった。

(…どうしよう、どんな反応をすれば良いのか判らない…!)

 相手の胸の中にいて、ガチガチに強張っているのが判るが…けれど、
このまま腕を引っ込めて固まったままでいて良いのか、それとも自分からも
抱きしめ返した方が良いのか判らず…パニックになりかけていく。
 しかも自分達はお互い裸で…そういえば、さっきセックスをしていた事実も
思い出して…耳まで真っ赤になりながら火照っていた。
 正直最中は、何が何だか判らなかったし…ただ、相手から与えられる感覚に
翻弄されるしかなかった。
 相手の指先を、中に捻じ込まれたペニスの感覚を唐突に思い出して
更に全身が赤く染まっていく。

「…どうした。? どうやら赤くなっているみたいだが…?」

「い、いや…さっきの事…思い出してしまって…その…」

「ほほう、俺に抱かれたのがそんなに良かったのなら…もう一回、
抱いてやっても構わないぞ? そんな反応を見たら俺もお前を
愉しませてやっても良いと思えるからな…」

「わわわわわっ! え、遠慮しておくよ!あんな事…一晩の内に何回も
立て続けてにやられたら、神経が持たないから!」

 そういって全力で否定していくが…こちらの反応が余程愉快だったのか
相手は喉を鳴らしながら笑っていく。
 それが克哉には何となく悔しくて、ついにムクれた顔をしていくと…
唇にフワリ、とキスを落とされていった。
 其れはまるで、恋人を慈しむようなキスで。
 …するとまるで魔法のように、克哉の機嫌は回復していった。
 そのまま何度も何度も、啄むように口づけられていくと…克哉もまた、
落ち着いていき…そして、静かに疑問をぶつけていった。

「…ねえ、教えて貰えるかな…? 此処は一体…何処なんだ…?」

「…そうだな、さしずめ…お前の為のシェルターだ。この世界全てがな…?」

「えっ…? シェルター…? それにこの世界ってどういう意味なんだよ!」

「言った通りだ。空を見ただろう…? 現実の空があんな風に不思議なオーロラ
みたいに寒くもないのになっていると思うか? 此処には俺とお前の二人だけしか
存在しない。一応生活に必要なものは存在しているし、この家で生きていくのに
不自由を感じる事はないだろう。此処は、お前がこの場所を必要としなくなる
その日まで存在し続けるシェルターのようなものだ。其れがお前の問いに対しての
現時点で教えられる範囲での回答だ」

「何だよ、それ…余計、に訳が判らない…」

「単純な話だ。此処ではお前は働かなくて良いし、他の人間関係も一切
気にしなくて良い。ただ、時間の流れに身を任せて俺と一緒に過ごせば良い。
一人になりたければ別の部屋で過ごすなり…外に出て軽い散歩でも
していれば良い。ようするに時が来るまで勝手に過ごしていろという事だ」

「そん、な…」

 聞けば聞くだけ、克哉は訳が判らなくなっていく。
 それは一応、回答ではあったが…根本的な事が抜け落ちている。
 どうして、シェルターと呼ばれるこの世界に自分がいるのか。
 何故、こんな世界が存在していて…其処に閉じ込められているのか、
その過程と原因が一切答えられていないのだ・。
 克哉は混乱を隠しきれず、何を言えば良いのか判らないでいると相手が
こちらをギュっと抱きしめていく。
 その腕に包み込まれると、不意に眠気が襲って来てまともに
考えられなくなっていく。
 克哉の許容範囲をオーバーしている事が立て続けに起こっていたからだろう。

―だから今は、何も考えないで寝る事にした

 そして…克哉は再び、フテ寝に近い感じで意識を落としていく。
 彼らの奇妙な共同生活は、そうしてスタートしていったのだった
現在連載中のお話のログ

※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
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忘却の彼方に           

―克哉が眠りに落ちていた頃、眼鏡を掛けた方の佐伯克哉は
複雑な想いを抱きながら、その寝顔を見つめていた

(あの男が言った通り、確かに忘れているみたいだな…)

 ベッドの上。
 行為の後に克哉はすぐに意識を手放していったが、眼鏡の方は
眠る事が出来ず…ただ、相手を見守りながら様々な考えを
巡らせていった。
 この場所に連れて来たのは、彼の意思だったから。
 本当なら知った事じゃないという気持ちもあった。
 けれど…毎日のように泣き暮らして、そして…抜けがらのようになり
何の感情も示さなくなった克哉を放っておく事が出来なかった。
 自殺するにも、それなりのエネルギーがいる。
 何の感情も示さなくなった克哉は、その為の行動すら起こす事が
出来なくなっていた。
 だから、彼は…此処に招いたのかも知れない。

「…覚えていて、心を殺す記憶なら…忘れて、やり直した方が
ずっと良いからな…」

 それが、最終的に彼が出した結論だった。
 しかも幸いにも其れを実行する為の手段が、彼には
存在していた。
 現実から何もかも切り離して、特別な空間を生み出して其処で二人きりで
過ごす事。
 そんな事は実際に、普通の人間であるなら不可能な事だ。
 
―だが、自分はMr.Rという男を知っていた

 呼び掛けても、応えてくれる保証はなかった。
 けれどもう一人の自分の閉ざされた心に阻まれながら…内側から
彼は強く訴え続けていた。

―お前を愉しませる為のゲーム盤を用意しよう

 そう切り出した時、男は…自分の前に現れた。
 そして、Rは…この世界を、用意して自分達二人を閉じ込めた。
 克哉が記憶を取り戻す日が来るまで、決してどちらも出る事が
許されない…完璧に閉ざされた世界を。

(お前が自然に思い出す日が来るまで…ここで二人で生きるしか
道は存在しないぞ…)

 ここは外の世界とは、大きく異なった時間が流れていると言った。
 そんなのは空想や漫画の中の世界でしか有り得ないと言ったが、
この場所での一年は、現実では二週間足らずにしかならないように
設定しておいたと事前に聞かされていた。

「…お前が思い出す日が来るまで…何年掛かっても、俺が
付き合ってやるよ…。それが、アイツとの約束だからな…」

 そうして、その相手の顔を想い浮かべていった。
 …そう、自分がこんな真似をしているのはあの男の最後の
願いを叶える為だ。
 悲痛に訴えてくるその声に、眼鏡は無視する事が出来なかった。
 あの冷たい雨が降りしきる中に響いた、彼の心からの願いを…
聞かなかった振りなど決して出来なかったのだから。

「…我ながら、大変な貧乏くじを引いてしまったものだな…」

 そう苦笑しながら呟いていく。
 そしてぼんやりとした時間を過ごしながら眠っている克哉の髪を
そっと幾度も梳いていってやった。
 克哉を抱いたのは、現時点では愛情からではない。
 …もう一つの意図が存在しているからだ。
 克哉を立ち直させる為には、相手が嫌がろうと何をしようとも
定期的に身体を重ねなければならない。
 其れは必然の行為であるからこそ、なし崩しの形で強引に
抱いていった。

(全く、あの男も…厄介な条件をつけたものだな…)

 その条件に、相当な悪意めいたものを覚えていく。
 だが、「克哉が目覚めたら問答無用で抱く」事もこの世界を
与える為の条件の一つに入っている。
 これからどうなるか判らない。
 そう一抹の不安を覚えていきながらもう一度相手の髪を撫ぜていくと…
その瞬間に、ゆっくりと腕の中の克哉は目覚めていったのだった―
 ※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
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忘却の彼方に         

 激しく抱かれた後、泥のように一時…克哉の意識は深く眠りに
ついていった。
 それから数時間後…緩やかに現実に浮上してきた際に
様々な断片を垣間見ていった。

 一人の男が立っている。
 だが影で黒く覆われてしまって…顔も、体型もはっきりしない。
 その男の片手には血に濡れたナイフが握られていて、生々しく
血が滴っている。
 そしてその傍らには…最初は何かの黒い塊というか、物体が
横たわっている。
 どちらの人物も、顔も見えない。
 けれど…それはまるで、ナイフで殺害した場面を再現している
模型とも、抽象めいたオブジェのようにすら見えた。

―この光景は何を指しているんだろう…?

 これは自分が見た記憶なのか、それともこのナイフを握っている
男性こそが実は自分自身なのか、はっきりしなかった。
 黒いオブジェは、悲しそうに笑っていた。
 はっきりと何を言っているかは聞きとる事が出来ない。
 けれど…其れは胸の中に溜まっている全てを吐き出す為に
マシンガンのように言葉を発射しているようにも見えた。
 その中に冷たい雨がゆっくりと降り注いでいく。
 まるで何かの映画のワンシーンのように。
 誰かの流している涙の代わりであるかのように…最初は緩やかに、
そして徐々に強くなり、視界をぼやけさせていった。

(此処に立っている二人は一体…誰と、誰なんだろう…?)

 これが誰かの殺害現場を指しているのか、まだ判らない。
 陰惨なものに違いないとしても…見知らぬ人間同士のものなのか、
被害者と加害者のどちらか、もしくは両方が自分の知っている人物の
ものなのかによって克哉が受け取る衝撃は段違いのものになる。
 顔が判らない状態だから、どこか冷静にこの情景を眺めていられる。

(どうして、思い出せないんだろう…?)

 知っている人物であるなら、涙を流すべきなのに。
 まるで黒いインクか何かに塗りつぶされてしまっているかのように…
被害者も加害者も、顔が見えない。

「教えてくれよ…これは一体、誰が殺された場面なんだよ…?」

 いや、殺されていると断定出来ない。
 もしくは刺されただけで、まだ被害者は息がある状態かも知れないし…
大急ぎで病院に搬送されれば、間に合う可能性だってあるのだから。
 その僅かな可能性に縋りたい気持ちはあった。
 例えそれが見知らぬ誰かのものであったとしても、人が死ぬという事は
とても悲しく…強い喪失感の伴う悲劇であるのだから。
 とっさに、倒れている人物がまだ生きている可能性があるかも知れないと
思って、克哉は駆け寄ろうとした。
 しかしその二人と、今…自分が立っている場所の真ん中に、透明な
壁が存在して…近づく事を阻んでいく。
 克哉を拒むように、もしくは其れはもう過去の出来ごとなのだから
今の彼には介入出来ないと訴えかけるように見えない透明な壁は
静かに存在して、否が応にも克哉を傍観者の立場に追いやっていった。

―ドンドンドン!

 克哉はその見えない壁を必死に叩いていく。
 真相を知る為に。
 その二人が誰なのか、答えを得る為に。
 しかし拳が痛くなるぐらいに力を込めて叩き続けても…防弾ガラスか
何かのようにその透明な壁は強固で。
 ひび割れ一つせずに、無常にもこちらと向こう側を隔てていった。

「ねえ、教えてくれよ…。この場面は一体なんなんだ…!
どうしてオレは、こんなのを見せつけられないといけないんだよ…!」

 そして泣き叫びながら訴えかけると、克哉の心に大きな声で
先程の人物の声が響いていった。

『今は忘れろ、全てを…。それが、今のお前には必要な事なのだから…!』

 その言葉に、克哉は硬直していき…壁を叩く手を止めていった。
 瞬間、フワリと意識が浮上していくのを感じる。
 それはまるで深海から緩やかに慈しみを持って引き上げられているような
感覚だった。
 そして間もなく、頬に優しい指先の感覚を感じていった。

「起きたか…?」

「えっ…?」

 目覚めた克哉の傍らには、先程の眼鏡を掛けた男性が存在して…
こちらの顔を覗きこんでいた。
 その瞳が思いがけず優しいものだったので克哉は言葉を失いながら…
茫然と、暫く相手の顔を見つめ続けていったのだった―
 
 
 
現在連載中のお話のログ

※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
 一部ダークな展開や描写を含むのでご了承下さいませ。

忘却の彼方に      


 訳も判らない内に、誰だか判らない男に一方的に抱かれて
行為が終わった後、克哉は混乱していた。
 お互いの荒い息遣いが、耳に入ってくる。
 身体の奥には相手が注ぎ込んだ熱が生々しく残っているからこそ
余計に恥ずかしくて仕方なかった。
 ベッドの上で寄りそうように抱きあい、お互いの顔を覗きこむような
体制になりながら…克哉は、さっきからずっと感じ続けている疑問を
もう一度相手にぶつけていった。

「何で、こんな事を…?」

「俺がお前を抱きたいと思って、お前がそれを心底嫌がって拒まなかった
からだろう? 終わった後で何をウジウジ悩んでいるんだ?」

「うっ…それは、確かにそうだけど…」

 克哉は一層、困惑した顔を浮かべていく。
 相手の指摘はある意味、事実だからだ。
 確かに…自分は心底嫌がって抵抗しなかった。
 何処かで流されて行為に応じてしまった一面もあるのを自覚して…
耳まで赤く染めていった。
 先程までの自分の乱れ方を思い出してしまって、死にたくなる
ぐらいの羞恥がすぐに襲ってきた。
 相手のに腕枕をされる格好で、行為の余韻に浸っていきながら…
まともにまだ働かない頭をどうにか動かして、考えを巡らせていった。

(此処は本当に…何処、何だろう…? 何で、色んな事が
思い出せなくなってしまっているんだろう…?)

 随分昔の事だ、と判る出来ごとは思い出せる。
 けれどここに来る直前の記憶らしきものが一切思い出せないと
いうのは充分異常事態と言えた。
 今の克哉は少しでも現状を把握する為の情報が欲しかった。
 其れには今…こちらを一方的に抱いたこの男に縋るしか手立てがないと
考え、もう一度質問をぶつけていく。

「…ねえ、お願いだから教えてくれよ。此処は一体…何処なんだ…?」

「………」

 克哉が真剣になって尋ねていくと、今までと違って相手の表情も少し
真面目なものに変わって来た。
 訴えかけるように真摯に眼鏡を掛けた相手の瞳を覗きこんでいくと…
少し譲歩してくれたのか、溜息を吐きながらポツリと答えていってくれた。

「…此処は、お前にとってのシェルターだ。それ以上でも、それ以下でもない。
その為に存在している場所だ…とりあえずこれだけは答えてやろう…」

「この場所が、シェルター…?」

「ああ、そうだ。此処はお前の為に存在している。今の時点で俺がお前に
答えてやれる事は此処までだ。後は追々…自分で掴んでいくんだな」

「ちょっと待てよ…! それだけじゃ何も判らないだろう! ならどうしてオレは
シェルターに何か入っていなきゃいけないんだ? その過程というのが
全く見えないのに納得しろなんて無茶過ぎるだろ!」

 そう、この場所が克哉にとってのシェルターというのなら…どうして自分が
そんな場所を利用するに至ったかの理由が、今の克哉には全く判らないのだ。
 だから食って掛かろうとした瞬間、相手に射抜くような鋭い眼差しで
睨まれていった。
 その瞳の鋭さに、克哉は一瞬言葉を失っていく。
 そして…こちらに言い聞かせるように凄味の聞いた声音でしっかりと
告げていった。

「…過程など、今は思い出すな。忘れるというのは一種の心を
守る為の反応でもある。…ようするに、今はお前は此処に来るに至るまでの
過程を思い出すべきじゃないって事だ。いずれ、時期が来ればお前も
自然と思い出すだろう…。それまで、此処で俺と一緒に過ごすんだ…良いな」

「えっ…あっ…」

 相手の瞳の奥に、真剣なものが宿っているのに気づいてしまった。
 その途端、克哉は口ごもるしか出来なくなる。
 素直に頷く事も、拒絶する事もどちらも出来なくなっていく。
 
(何で、こいつはこんな目をしているんだよ…!)

 克哉が突っぱねる事が出来ないのは、その瞳があまりに真っすぐ
だったせいだ。
 こちらを案じてくれているのが、伝わってくるような視線だったからこそ…
強引に突っぱねる事が出来ない。
 納得したくない気持ちと、拒めない気持ちが同時に湧き上がってくる。

「…時期がくれば、オレは思い出す事が出来るのかな…?」

「ああ、そうだ。いずれ思い出す。だから今は無理に思い出す事はない。
忘却は…救いだからだ。心を守る為に忘れている事を…まだ始まったばかりの
段階で無理に思い出す事はない。要はそういう事だ…」

「心を守る為に、忘れている事…?」

 その一言に、ヒヤリと何か冷たいものを感じていった。
 彼の言った事が事実なら…自分は一体、何を忘れているのだろうと
恐怖めいたものすら感じていった。
 だがそんな克哉の髪を、相手はまるで慈しみを込めるように
そっと梳いていく。
 不覚にもその動作だけで大きく安堵を覚えている自分が
確かに存在して…余計、克哉の中で混乱が強まっていく。

「…今は忘れていると良い…。いずれ思い出し、しんどい想いをするのは
目に見えているんだ…。忘れているが故に覚える事が出来る安息に
今は身を委ねているんだ…」

「う、うん…」

 本当は身を委ねていたくなかった。
 一刻も早く真実を知りたいと急きたてる心が確かにあった。
 けれど相手の指先があまりに優しかったから。
 其処から…こちらを案じてくれている気持ちが流れ込んでくるようだった
からこそ…克哉は仕方なく今は頷いていく。

(納得なんてしたくないけど…今は、きっとこの人は答えてくれない…。
なら、少し待とう…。この人の言う時期という奴がくるまで…)

 そう、自分の中で今は妥協する為にそう言い聞かせて…克哉はそっと
目を閉じていく。
 瞼を伏せた瞬間、一気に行為後の疲れが襲い掛かってくるようだった。

―そうして、なし崩しの状況のまま…克哉の奇妙な生活はこうして幕を
開けていったのだった―


※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
 一部ダークな展開や描写を含むのでご了承下さいませ。

忘却の彼方に     

 同性に触られて、こんな風に感じてしまうなんて…という想いも
あったが、相手の指先は巧みで…胸の突起を弄られている内に
下肢に欲望が灯っていくのが判る。
 其処を膝で擦り上げられてしまったらもう駄目だ。
 性的な刺激に率直な男の肉体は、克哉の意思に反してあっという間に
反応を示してしまっていた。

「やっ…触ら、ないでくれ…よ…。こんな、の…」

「何を今更嫌がっているんだ…? 散々男に抱かれて、その味を
知っている身体をしている癖に…」

「えっ、何だって…?」

 その一言にぎょっとなった。
 あまりに聞き捨てならない発言だったからだ。

(散々男に抱かれてって…オレにはそんな記憶は全くないぞ…?
一体、思い出せない間に何があったっていうんだ…?)

 その一言で、空白の期間に対しての疑念が一気に膨れ上がっていく。
 同時にやはり目の前の男性は自分の事をある程度知っているのだと
いう確信も強めていった。

「やっぱり、貴方はオレの事を知っているんですね…! それなら
教えて下さい。こんな真似をして、誤魔化さないで下さい…! 一体、
オレに何が起こっているのか、ちゃんと教えて…ふっ…!」

「うるさい口だ…少し、黙っていろ…」

「はっ…ぅ…」

 こちらが質問を浴びせかけていくと同時に再び唇を強引に塞がれて
いってしまう。
 熱い舌先が、こちらの口腔を強引に犯して貪っていく。
 それと同時に股間を刺激され続けたらもう駄目だ。
 満足に立っている事すら出来なくなり…壁際に追いやられていくと
其処に背を預ける事でギリギリ立っているような有様だった。
 困惑している間に、相手の手によって衣服は乱暴に剥かれていき…
克哉の方は全裸になっていった。
 外気は冷たくも暖かくもない感じだったが、やはり衣服を奪われると
肌寒さを一瞬だけ感じていった。
 だが興奮しているせいか、全身が火照っているせいですぐに
それも感じなくなっていく。
 相手の男の指先がこちらの勃起したペニスに絡んでいくのを見て…
克哉はその身体を押し戻すようにして微々たる抵抗を試みていく。
 しかし先端の最も敏感な部分をくじかれるように刺激されていけば…
其れも儚い抵抗に過ぎなくなっていった。

「はっ…んんっ…!」

「やはりお前は淫乱だな…。記憶を失っていても…こうやって愛撫をされれば
率直に身体は反応して、実にイイ反応を見せていくしな…」

「やっ…言うな、言わないで…くれ…!」

 必死になって頭を振って否定いくが、耳元で掠れた声で囁かれた
その言葉に更に身体の芯に熱が灯っていくのを感じていった。
 たったそれだけの事に、頭がおかしくなるぐらいに欲情を煽られて
しまっている自分がいた。
 こんななし崩し的に抱かれるのに抵抗していながら、身体は率直に
反応を示してしまっている。
 頭がおかしくなりそうなぐらい混乱していると…ふいに冷や水を浴びせられる
ような一言が発せられていった。

「特に今のお前は、慰めを必要としているだろうからな…。今は余計な
疑問を忘れて、俺が与える感覚に酔いしれていると良い…」

「っ!」

 その一言を聞いた瞬間、弾かれたように克哉は顔を上げていった。
 しかし反論しろうとしたその瞬間…相手の真摯な眼差しとぶつかって
言葉を失うしかなかった。

(この目…何て言うか、凄く真剣な気がする。何を想っているのかまでは
全く判らないけれど…)

 まだ顔を合わせて少しの時間しか経っていない。
 しかもすぐにこんな風にこちらに迫って来て、抱こうとしているなんて
ロクな行動をしていないにも関わらず…その瞳を見ていると、自分に対して
こうしている事すら何か深い理由があるのではないかと伺えてしまった。
 だから克哉は言葉を失っていくと…いきなり身体を反転させられていき
壁に手をついて…腰を相手に突き出していくような格好を無理やり
取らされていった。
 この体制では臀部と、秘所を相手に晒す格好になってしまう。
 カっと赤くなりながら抵抗を覚えた次の瞬間…グイっとアヌスに
熱く猛ったペニスが宛がわれていくのを感じて息が詰まっていった。

「やっ…やだ…! こんな、いきなり…!」

「うるさい、これから天国に連れてって言ってやるから…暫く大人しく
俺に身を委ねろ…ほら…」

「やっ…あああっ!」

「力を出来るだけ抜いていろ…その方が悦くなる…」

「やっ…だっ…ああっ!」

 そんな事を言われても、こんな風にいきなり男に犯されている現状を
あっさり受け止められる筈もない。
 だからどうしても身体は強張ってしまっていたが…相手の指が再び、
こちらの性器に絡んで扱き始めていくと嫌でも腰に力が入らなくなった。
 そうして相手の刻むリズムに否応なしに翻弄される結果になった。

(一体、どうなっているんだ…。訳が判らない…! もう、何もまともに
考えられなくなっていく…!)

 疑問は沢山あるのに、相手から与えられる強烈な快楽のせいでもう
まともに考える事は叶わなくなってしまった。
 そうして激しい律動に揺さぶられて、頭が徐々に真っ白になっていく。
 もう抵抗するのも途中からバカバカしくなり…克哉の方からも夢中で
腰を振っていく。
 その方が、早くこの時間が終わると思ったからだった。

「ん、ああああっ…! はぁ…!」

 そうして一際大きく叫んでいきながら、克哉は絶頂に達していく。
 そして身体の奥に相手の熱が注がれていくのを感じて…ブルリ、と
肩を震わせていきながら、大きく肩で息をして…呼吸を整えていったのだった―


  

※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
 一部ダークな展開や描写を含むのでご了承下さいませ。

忘却の彼方に  

―先程、夢から目覚める直前…一瞬だけ過ぎった鮮明な場面があった。

『良い気味だ佐伯ぃ! あははははははっ!』

 狂ったような声を挙げながら、誰かが笑っている。
 もう一人目覚める直前に誰かの雄叫びを聞いたような気がしたが…
あれが誰か知っている人間のものなのか、それとも自分自身が発していた
ものなのか判らなかった。
 誰かが倒れている光景もまた一瞬だけ夢から醒めた時に脳裏をよぎっていった。
 これが一体、何に繋がっているかの情報すら今の克哉には存在しない。

(どうして、最近のことが殆ど思い出せなくなっているんだろう…。それに、
さっきの夢とこの人は一体何なんだろう…。妙に見覚えがある顔を
しているんだけど…)

 鏡がないせいで、目の前に立っている人物と自分が全く同じ顔をしている事に
克哉は気づかないままだった。
 難しい顔を浮かべていきながら、どう声を掛ければ良いのか逡巡していた。
 真っ白くて清浄さすら感じられる室内で、二人は暫しお互いの顔を
見つめあっていく。
 今の克哉には、この場所が何処なのかを全く判らず、それを判断する為の
情報すら一切ない。
 このままただ黙っていても状況は何も変わらない。
 だから克哉は暫しの睨み合いの末…意を決して相手に質問を投げかけていった。

「あの…すみません。貴方はここが何処なのか…知っていますか?」

「………………ああ、一応な…」

「な、なら教えて下さい! ここは一体何なんですか! それに貴方は
一体誰なんですか…!」

 相手が知っているらしいというリアクションをしただけで克哉の感情は
大きく高ぶっていった。

「…なるほど、あいつの言っていた通り…ちゃんとここの本来の目的は
機能しているみたいだな…」

「へっ…?」

「お前は深く考えなくて良い。独り言だ…」

 そういってバッサリと相手に断ち切られて、質問しようとしたのを強く
止められていってしまった。
 けれど何か情報を得たくて仕方ない克哉は其処で会話を止められて
しまったら堪ったものではない。

(冗談じゃない…こんな処で会話を止められてなるものか…!)

 そういって、相手の襟元をグっと掴んで顔を引き寄せていきながら
食い下がっていく。

「こんな…何も判らない状況で、何も考えないでいろっていうのは無理ですから…!
何か知っているなら教えて下さい! 此処は何処何ですか! それに貴方は
一体誰なんですか…!」

「…本当に、俺が誰なのかもお前は判らないのか…?」

「えっ…はい、そうです…その通り、です…」

 一瞬、相手が凄く悲しそうな顔を浮かべたので克哉は言い淀んで
しまった。だが思い出せないのに、変に取り繕っても何の意味もない事を
薄々察したので正直に答えていった。

「…成程、あいつのやる事は徹底しているな…」

「だから、あいつって誰なんですか…!」

「うるさい口だ…少し黙れ…」

「えっ…?」

 唐突に相手の顔が寄せられて、唇を塞がれていく。
 その行動に、克哉は目を見開いて全身を硬直させていった。
 何が起こったのかとっさに把握出来なくて…相手の舌先がこちらの
口腔に滑り込んで来ても、なすがままの状態になってしまった。

「ふっ…ぅ…」

 突然の事態に、相手の行為も拒むことも忘れて…熱い舌先を
絡められて吸い上げられてしまう。
 その途端に、全身から言いようのない感覚が走り抜けていった。
 腰に力が入らなくなってよろける身体を、壁際に追い詰められていく事で
支えられていく。

「やっ…あっ…」

 困惑している最中に、相手の手がワイシャツのボタンを外し始めて
胸の突起を両手で弄り始める。
 その指先は熱くて、与えられる感覚に目まいすら覚えていった。
 唇を強引に塞がれていきながら胸の突起を弄られる行為はそれだけで
こちらの情欲を激しく刺激していく。
 心が伴っていなくても、男の性欲は感じる部位を刺激されれば
容赦なく反応を示してしまう。

「ほう…? もうすっかり硬くなっているじゃないか…?」

「や、膝で…擦らないで、ふぁ…」

 そうして少し膝を曲げてよろけてしまっている身体を壁に押し付けられる格好に
なりながら自分の股間を膝で擦り上げられていく。
 もうすでにすっかり其処が硬く張りつめてしまっている事を自覚して
火が点いたように耳を真っ赤に染め上げていったのだった―


 


 

※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
 一部ダークな展開や描写を含むのでご了承下さいませ。

―ある日、目覚めた時には見知らぬ部屋で…記憶を失った
状態だった

 自分の名前が佐伯克哉である事は覚えている。
 キクチ・コーポレーションに数年勤務して…あまり仕事の出来ない
パッとした平凡な人間。
 大学時代はバレーボールをやっていたが、イマイチ部の空気に馴染む事が
出来ず途中で退部。
 誰も傷つけないように、ひっそりと生き続けていた。
 大まかな自分の経歴、体験した出来事は覚えている筈なのに…ごく
最近起こっていた事というか、そういうものが一切欠落していた。

「あれ…何でだろう? 何も思い出せないん…だけど…」

 白が基調の、シンプルな内装の部屋の中で克哉は心底困惑したような
声を漏らしていく。
 一体どれくらい前からの事が思い出せなくなっているのか判らないと
いう違和感。
 どうしてこの部屋にいて目覚めているのか、その過程すら思い出せず
克哉はただ困惑していた。

「ええっと…うん、一時的に記憶が混乱しているだけだよな。えっと…
ここは何処、かな…?」

 少しでも情報を得たくて身体を起こし、窓の外を眺めていく。
 その途端、克哉は言葉を失っていた。

「うわっ…何だこれ! どうして空がこんな色に…?」

 窓の外に広がっている光景は、大きな草原が広がっていた。
 だが問題はそれではなかった。
 本来抜けるような青い空が広がっているべき空間には、様々な
オーロラのような不安定な色を讃えていたのだ。
 確かに夕暮れ時ならば空はそういった多数の色を讃えて美しい様相を
見せる事はある。
 だが今は恐らく朝か昼の時間帯の筈だ。
 それなのに…空がこんな色をしているのは明らかに異常過ぎた。

「一体ここは何処なんだ…!」

 初めて、その疑問を痛烈に感じて違和感を覚えていく。
 白い部屋、閉ざされた空間。
 そして大草原らしき場所に存在しているこの小屋。
 どうして自分がこんな処にいるのか、過程を全く思い出せない事に
強烈に疑問を覚えた次の瞬間…部屋の奥の扉がいきなり開いていった。

「ああ、やっと目覚めたのか…待ちわびたぞ」

「えっ…?」

 その男を見た時、何故な見覚えがあった。
 けれどそれが誰なのか…克哉には判らなかった。
 眼鏡を掛けた冷たい眼差しを浮かべた男。
 見覚えは確かにある顔なのに、それが誰なのか判らずに克哉は首を
傾げるしかなかった。

「あの…貴方は、誰ですか…?」

 克哉は困惑した表情のまま…自分と全く同じ顔の造作をした
男に向かって、そんな間の抜けた質問をしていったのだった―
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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