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ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
一部ダークな展開や描写を含むのでご了承下さいませ。
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痛みを伴う情交は、いつしか時間感覚すら狂わせていた。
快楽と苦痛と、胸の痛みがせめぎあいながら永遠に続くと思われていた行為も
いつの間にか終わりを迎えていて。
そして克哉は…夜明け頃、目覚めた。
身体中の筋肉は軋み、全身が鉛のように重く…腰も痛くて、相手の熱を受け入れ
続けた個所からは鈍痛が残っていた。
(身体、動かないや…)
何もかもが、面倒になって億劫になる気持ちが生まれていく。
思考回路も何処か麻痺してしまっていて、まともに考えられない。
ただ、深呼吸を繰り返して…どうにか、胸の中に溜まっている何か重いものを
吐き出していった。
今は何も考えたくないのに、モヤモヤと自分の中で渦巻いているのが判る。
二人の男への思いと、真実とか入り混じって…克哉はただ、戸惑うしかない。
(色んな事が一斉に押し寄せて来て…何か、訳が判らなくなっちゃったな…)
傍らには、先程まで抱きあっていた相手の姿はいつの間にか消えていた。
けれどあれだけ汗まみれになるまでセックスしていた割に身体はさっぱりした
感じがあるし…ベッドサイドに水差しと、グラスがさりげなく置かれているのに
気づくと…やっとの思いで手を伸ばし、ベッドにうつ伏せになったままの体制で
ぎこちなくだが、水分補給をしていった。
「美味しい…」
程良く冷たい水は、冷蔵庫から出されて間もないという事実を
示している。
それが酷く乾いた身体に沁みて…胸がジワリ、と暖かくなるような気がした。
さりげない相手の優しさが、其処から感じられた。
そう感じ取った瞬間…ポロリ、ポロリと涙が溢れて来た。
「あ…」
たった一杯の水がこんなに美味しく感じられた事はなかった。
それくらい今の自分は身も心もカラカラなのだと実感させられていく。
「…水をこんなに美味しく感じたのって、初めてかも知れない…」
そうして、もう一杯の水を喉に流し込んでいった。
また、ポロポロと涙が溢れてくる。
泣いたって現状は何も変わらないのだというのは判っていた。
けれど優しさが嬉しくて…同時に、切なくて。
眼鏡への思いが溢れて、それをどうすれば良いのか判らなくて
克哉は泣くしかなかった。
本当はすぐにでも決断をするべきなのだと思う。
けれど…眼鏡は其れを恐れている風でもあったから。
だから余計にどう動けば良いのか、克哉は迷わざるを得なかった。
「好き、だよ…お前が、どうしようもなく…」
泣きながら、克哉は零す。
その度に本多の顔が浮かんで、消えていく。
もう言い訳が出来ない処まで自分は相手に踏み込んでしまった事を
嫌でも自覚せざるえなかった。
「大好き…」
だけど、きっと…もう少しだけ自分達には時間が必要なのだろう。
その事を薄々と察しているからこそ、克哉は思いを…虚空に向かって
呟く事で…少しだけ落ち着かせていく。
眼鏡が何に迷い、苦しんでいるのか知らない。
其れが判らない限り、見極めない限り…感情のままに動いたら、何となく
取り返しがつかない事が起こりそうな予感がしたから。
水を飲んだら、少し気持ちが落ち着いていった。
けれど今は…身体は重くて、指一本動かすのもしんどい気がした。
(もう少し…眠りたい…)
今は何も考えず、少し休みたかった。
それで体制を整えた上で…これからどうするのか、一番良い道を模索して
いきたいと克哉は思った。
コンディションが最悪のまま、決断をしても良い結果は得られないという事は
今までの人生の中で何となく学んで来ていたから。
だから、克哉は一旦…意識を再び手放していく。
(目覚めたら、一緒に考えていこうよ…これから、どうするのか。
オレ達はどうしたいのか、そしてお前が何を思い考えているのかを…
ちゃんと、聞きたいよ…)
そう、まずは相手から聞きださないといけない事が沢山あった。
抱きあって快楽に逃げていても、其れは一時しのぎにはなっても根本的な
解決にならない事を克哉は悟ってしまったから。
だからそう心に誓いながら克哉は眠りに落ちていく。
―それから十分後、眠りに落ちた克哉の元に…一人の人影がそっと
近づいてその寝顔を覗きこんでいたのだった―
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
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お互いに堰を切ったように強く抱きあい…貪るようなキスを交わしていく。
頭の芯が、それだけで蕩けてボウっとなってしまいそうだった。
二人とも色々と抑えつけていたものが一気に解放されていくような
感情の迸りを感じていった。
ベッドの上が、ギシリと大きな軋み音を立てた。
「このバカが…」
眼鏡が、喉の奥からその言葉だけを振り絞っていく。
その言葉を聞いた克哉の頭の中も…グチャグチャで、まともに
思考する事など出来なかった。
克哉の中には二人の男への想いが、今は存在している。
今…目の前にいる、自分と同じ顔をした男と。
…そして、本多という恋人がいた事も思い出してしまった。
今までは記憶喪失だったから、という言い訳がついた。
けれど…ここで拒まなかったら、其れは恋人に対してに裏切りに
なるというのに…そうする事が出来なかった。
(…もう、駄目だな…オレは…)
相手の瞳の奥に、涙が…悲しみが存在している。
其れによって心が揺れ動き、相手を愛おしいと…これ以上泣かせたく
ないという想いに突き動かされてしまう。
―それでも…誰を裏切る事になっても、オレは今…お前とこうしたいんだ…
胸の中に、本多の顔が浮かんだ。
最初は笑顔だった顔が、悲しそうなものに変わっていく。
(ゴメン、本多…)
謝っても許される事じゃないと判っていても、記憶を失っている間に
眼鏡と共に過ごしていた事によって…克哉の中に、彼が住みついてしまった。
その事に涙を流していきながらも…夢中で、克哉は相手の激しい
口づけに応えていった。
「抱くぞ…逃げるなら、今の内だぞ…?」
「…今更、逃げないよ…」
「後悔しても知らないぞ…」
「…うん、これ以上されたら痛みは伴うけれど…この手を振り解く方が、
オレはきっと…後悔、するよ…」
「………そうか」
そうして、服を引きちぎらんばかりの荒々しさで眼鏡の手がこちらの
衣類を剥ぎ取っていく。
丁寧な愛撫も、何もない。
歯がぶつかりあうぐらいに不器用で勢いのある口づけを交わし合いながら
獣のように…身体を自分達は繋げようとしていた。
足を強引に開かされ、指を挿入される。
唾液によって多少、潤いを与えられていたが…身体はやはり、
迷いによっていつもより緊張してしまっていた。
「はっ…うっ…!」
身体の奥に、引き連れたような痛みが多少あった。
散々抱かれて慣れた身体の筈なのに、それでも今…こんな状態に
なってしまっているのは精神的な要素も大きいのだろう。
眼鏡の手も、いつもよりも強引なのも要因かも知れなかった。
けれど…その癖、相手の目の奥には欲望の色が宿っていて…
本当に、獣のように感じられた。
「…抱くぞ」
「うん、良いよ…」
きっとこのまま抱けば、克哉に苦痛を与える事になると判っていても、
男はそう問いかけた。
克哉もまた、其れを拒まなかった。
むしろ今は快楽よりも…痛みが欲しかった。
激しい悦楽によって、罪の痛みが紛れてしまうよりも…罰の方を
与えて貰いたかったから。
だから…グイ、と一気に相手に貫かれても…きつく克哉は
相手の身体にしがみつき続けていた。
「あっ…くっ…っ…!」
「…動くぞ」
「うん…っ…いい、よ…!」
身体の奥が、やはり強張っている。
其れが今まで感じた中で一番の苦痛を克哉に与えていた。
だが、其れでも相手が動けば…克哉も応えるようにぎこちなく腰を
揺らしていく。
まるで、記憶を取り戻してしまった事によって生じたぎこちなさを…壁を
無理やり抉じ開けるような、そんな行為だった。
優しい愛撫も、何もない不器用なセックス。
けれど…それでも身体を繋げている事でお互いの熱を直接感じ取って…
徐々に身体が熱くなっていく。
「ふっ…うっ…」
相手の熱が、自分の中で次第に強まっていくのを感じて…やっと
克哉の中で苦痛が和らいでいった。
多少の出血が伴って、潤いが出たからかも知れない。
相手が動くたびに痛かったけれど…徐々にそれも快楽によって紛れていく。
「もっと…オレを、抱いて…壊れる、ぐらいに…」
「ああ、そうしてやる…。それぐらい、激しく…今は、抱いてやろう…」
「うん…そう、して…あっ…!」
そうして、痛みの中で克哉は昇り詰めていく。
大きな声を喉が枯れるまで上げ続けて…ペニスから白濁がもう
満足に出なくなるぐらい…その日は、抱かれ続けた。
けれど泥のように意識を失ってしまっても…その夜に、それ以上の
記憶の再生はなされる事はなかったのだった―
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続きの記憶が、蘇る。
そして自分達は三人で翌週、飲みに行った。
その冒頭までは克哉は過去を辿っていく形で思い出していった。
本当は気が進まなかった。
確かに自分達は同じ大学のバレーボール部に所属していたという
繋がりは確かにあったけれど。
本多は、自分の方とも…松浦とも交流を持っていた。
だが、克哉と松浦は殆ど接点を持たないままだった。
むしろ、松浦にこちらは良く思われていなかったようにさえ思う。
―その日、酷く気が進まなかった。それだけは鮮明に覚えているが…
その続きが唐突に途切れて思い出せなくなってしまう
黒いモヤに一気に包まれて、夢が閉ざされる。
(…この日、一体何があったんだ?)
其れはいきなり芝居が重い幕に閉ざされてしまって、唐突に中断を
させられてしまったような心境だった。
何かがあった事だけは薄々判る。
けれど…其れ以上、克哉に探る事は突然不可能になってしまった。
―そしていきなり、克哉は意識を引きもどされていった
それまで、順序良く思い出していた記憶が再び、ノイズが
混じって…克哉にとって思い出したくない場面を
真っ先に再生させていく。
―嫌だ、こんなの…嘘だ…現実だって、認めたくない…!
血まみれになって倒れている本多。
狂ったように哄笑し続ける松浦。
彼ら二人は、自分のアドバイスによって関係を修復して…毎週の
ように飲みに行く間柄になった筈ではなかったのか。
(どうして、こんな結末を招いてしまっているんだよ…! あの二人が
仲直りした事に対して、オレはこんなに苦しい思いをしていて…。
嫉妬していたぐらいだったのに、どうして…!)
間の記憶が、思い出せない。
彼ら二人の親交の復活から、この結末に至るまでの過程の記憶が…
ザアザアザア、とノイズが混じってしまってこれ以上は無理だった。
そしてもう一つの場面を思い出す。
いつまでも目覚めない本多を待ち続けて、憔悴しきった自分。
苦しくて、胸を掻きむしりたいぐらい辛くて仕方なくて。
だから、自分は…その後にとんでもないことをしでかそうとしている
場面が一瞬だけ過ぎって、克哉は息を詰めていった。
―止めろ! 止めるんだ! オレ!
これ以上、自分がやろうとしていた過ちを見たくなかった。
だから必死に叫ぶことで其れを止めようとした。
その瞬間、溢れんばかりの光が飛び込んでくる。
『起きろ…起きるんだ…!』
そして、懸命な声に無理やり夢は中断させられて…克哉の意識は
覚醒していく。
何度もパシパシと軽く頬を叩かれて、揺さぶられ続けていた。
体中が鉛のように重くなり、まともに思考とロレツが回らない。
「あ、れ…? ここは…?」
「…やっと、目が覚めたか…お前、凄くうなされていたぞ…。凄い汗だな…」
「えっ…あ、うん…。凄く、嫌な夢を見ていたから…」
「…記憶を思い出してしまったのなら、仕方ない。…どこまで、思い出した?」
そういえば先程、自分の方から彼に添い寝をした事を思い出した。
あまりに不安そうで…今にも壊れそうなぐらい眼鏡は、脆い表情をしていたから。
こちらを案じているようでいて、その癖…自分の方がよっぽど大きな不安を
抱えている風だった。
「…まだ、全部を思い出した訳じゃないんだ…。所々、抜け落ちてしまっている。
…最初にこの世界で目覚めた時、チラリと過ぎった…雨の中で倒れている誰かと
刃物を持って立ちつくしている人が…本多と、松浦だった事までは思い出せたけれど。
…どうして、あの二人がそんな結末を辿ってしまったのか、その過程が全く
思い出せないんだ…。どうして、どうしてなんだよ! あの二人は仲直りを
した筈じゃなかったのかよ! アドバイスしたオレが嫉妬をするぐらい…毎週の
ように一緒に飲みに行くようになって、修復した筈じゃなかったのかよ!
何で…あんな事が起こってしまったんだよ!」
克哉は、感情のままに叫んでしまった。
二人がどうしてあんな事になってしまったのか、そのキッカケとなった事。
起承転結で言えば、起と結の部分だけを思い出して真ん中の部分がスッポリ
抜け落ちてしまっているようなものだ。
だから克哉は判らず、混乱するしかなかった。
そんな彼を、眼鏡はしっかりと抱きとめていく。
「…今は無理に思い出そうとするな…」
「無理、だよ…どうしたって、気になる…気にせざるを得ないだろ…!」
「それでも、思い出そうとするな…。お前が全てを思い出したら、その時は…
この世界もまた、消えるのだから…」
「えっ…?」
その一言に、克哉は衝撃を覚えざるを得なかった。
混乱してさざ波が立っている中に、また一つ大きな石を水面に投げ込まれて
しまったようなものだ。
(オレが全てを思い出したら…此処が、消えてしまう…?)
その言葉に、またショックを受けていく。
「この世界が消えるって…そうなったら、オレ達はどうなるんだ…?」
「判らない。俺もまだ其処までは聞かされていない…! だから焦るな…。
焦って全てを思い出そうとするな…! この後、どうなるか判らないのだから!」
そうして、懇願するような眼差しを浮かべていきながら眼鏡は訴えかけていく。
相手のこんな脆そうな顔など、今日になるまで見た事がなかった。
こんなにも不安そうな表情を浮かべているのを見ると…記憶を取り戻す事すら
強い罪悪を覚えてしまう。
本音を言えば、空白を埋めたい気分がある。
自分の中で欠けてしまっている記憶のピースを、満たしたい欲求が
不安だからこそ強まってしまっている。
けれど思い出せばきっと…彼は不安にさせてしまうと思うと…
積極的に空白の記憶を得ようとする気持ちが萎えていくのを感じていった。
(…今は、焦るべきじゃないのかな…。知りたいけれど、知ってしまったら…
コイツを傷つけてしまうような、そんな気がする…)
その気持ちが芽生えた瞬間、克哉は…ギュっと目を閉じていった。
確かに焦るべきじゃないのかも知れない。
自分の中でも次から次に明かされる事実に、ついていけてない部分があるから。
だから…今は克哉は、本音と真相を追究しようとする気持ちに鍵を掛ける事にした。
―お前を、傷つけたくないから…そんな顔をさせたくないから…
もう、きっとパンドラの箱は開けられてしまっている。
きっと一度開いてしまったものを無理やり閉じたとしても…開く以前に
戻す事は不可能なのだと、薄々克哉は察していた。
けれどせめて心の準備をする時間程度は、相手に与えたいと思ったから…
だから深い溜息を吐く事で、本音を誤魔化していく。
強い力を相手を抱き締め、克哉は口を閉ざす事にした。
―そんな彼に向かって、眼鏡は噛みつくような口づけを強引に
与えていったのだった―
※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
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―佐伯克哉は夢と記憶の狭間に落ちていた
まず夢の世界に落ちた克哉が一番最初に思い出した記憶は…
一連の事態の発端、本多と付き合い始めて、数ヶ月が経過した頃の
出来事だった。
その前日、克哉は恋人から真剣な相談を受けていた。
夕方、約束をしていたので合鍵を使って本多の自宅に足を向けて…
台所に立って夕食を作り始めていく。
だが、調理をしている間…ずっと胸の中には複雑な思いが
グルグルと回り続けていた。
(もうじき、本多が帰って来るな…結果はどうだったんだろう…?)
今日、本多はそのまま直帰になる扱いで…あるデパートの営業に
向かっている。
午後三時から、大学時代に一緒にバレーボールをやっていた
松浦と三度目の交渉をやっている筈だ。
その仕事上のやりとり自体は成功したと、さっきメールで一言報告が
来たから問題ない。
しかしその後、本多は上手く行ったら松浦と一杯飲んでくると
言っていた。それが克哉の心を大きく乱していた。
「…あ~あ、オレって本当に心が狭いな…。本多が、オレ以外の男と
二人で飲みに行くってだけで、こんなにモヤモヤしちゃうなんてさ…」
トントントン、とリズミカルに包丁を叩いていきながら…ついぼやきを
漏らしてしまう。
昨晩、本多に真剣な顔をして…仕事上で繋がりを偶然持って再会した
松浦と出来れば以前のように一緒にバレーがしたいと。
その為にはどうしたら良いかと相談を受けた。
克哉にとって、松浦はあまり親しいと言える間柄の人間ではなかった。
特に途中で克哉の方はバレー部を中退してしまった訳だし、そんなに深く
接点を持っている訳ではない。
けれど…親しくなくても、克哉は人間観察を…その人間の特徴や行動を
注意深く見て、ある程度の性格の傾向自体は掴んでいたから。
本多が犯しそうな失敗を考慮した上で…的確なアドバイスを返したつもり、だった。
(だからオレのアドバイス通りにやっていれば…二人はどうにか仲直りを
済ませて、一緒に楽しく飲んでいる筈…だけどな…)
けれど、その間…克哉の心はずっと晴れないままだった。
自分の中にあるドロドロしたどうしようもない独占欲。
本多から告白されて、暫くの間…友人として、親友としての距離を保とうと
していた頃には感じなかった強い嫉妬の感情が…その事を素直に歓迎
出来なくさせていた。
一緒に背中を合わせながら飲み、お互いの心情を語った夜に…どれだけ
本多がバレー部でかつて一緒に活動していた仲間達を強く思っていたか、
八百長試合を持ちかけられて、本多の独断で突っぱねたことで仲間達から
うらまれたことを苦しんでいるか知っている筈なのに。
その中の仲間の一人でも、戻って来てくれる事を切望しているのを
判っているのに…感情がどうしてもついて来てくれなかった。
(オレ…どうしようもなく、嫌な奴だな…)
半分自己嫌悪に陥りながら、チラリと時計を眺めていく。
本多は20時までにはこの家に戻ってくると言っていた。
なのに…少し過ぎているのに、まだ帰って来ていないことに真剣に
不安を覚えていく。
それでもご飯の支度を黙々とやって、約束の時間を10分程度超えた頃…
丁度タイミングよくご飯の準備を全て終えようとした頃に、玄関の扉が
勢い良く開いていった。
「克哉! 聞いてくれよ! お前にアドバイスして貰ったとおりに言ってみたら
宏明の奴、一杯付き合ってくれたぜ! 本当に良かったぜ!」
「あ、ああ…そうなんだ。良かったね!」
本多は半端じゃなく上機嫌で、ついでに言うと顔を軽く上気させて
非常にご機嫌な様子だった。
この様子では普段よりKYな気質がある彼の事だ。
克哉のこの微妙そうな顔をして応対している事実に決して気づいてなど
くれないだろう。
(やっぱり、上手く行ってしまったんだ…)
冷静に考えてみれば、その八百長試合の一件が起こるまでは
本多はバレー部のキャプテンを務めて、仲間達と本当に上手くやっていた。
其れを傍から見ていた克哉からしたら、疎外感をつい覚えてしまう程。
だからこちらが昨晩言った通り、今…本多を恨んでいるメンバーは潜在的には
好意を抱いている筈だから、八百長試合の条件を呑まなかった事については
謝らなくても、自分の独断で決めてしまったこと、相談せずに事を進めてしまった
事に対してはキチンと謝ったほうが良いとアドバイスした。
克哉はきっと、八百長試合の件もそうだが…本多が相談せずに一人で
抱え込んで決めてしまった事で怒りを抱いているだろうからと推測したからだ。
その克哉の読みは正しくて、長かったわだかまりを溶かすことに成功した。
けれど…克哉の心中は極めて複雑なままだった。
自分の心の狭さに、独占欲の強さに嫌気すら覚えてしまう。
どこか口の端に引きつった笑みが浮かんでしまう。
しかし…今、旧友と仲直りを果たしたばかりの本多はこちらのそんな
微妙な心中を決して判ってくれなかった。
「あ、約束の時間…10分も遅れてしまってわりぃな。けど…やっぱり
不安だったからよ。其れにお前に真っ先に報告したかったし…。
だから呑みに行っても食べるのは程々にして、少しで切り上げたけどよ。
…それでも、久しぶりに宏明と飲みに行けて。他愛無い話しかしなかったけど…
マジで嬉しかった。本当に、お前のおかげだぜ克哉…。独断で事を
進めてしまったことに対しては確かに俺の非だったもんな…。その事を
指摘してくれて助かった…」
「うん、本当に…良かったね。本多…バレーボール部のメンバーと
出来れば仲直りをしたいってずっと思っていた訳だしな…」
「ああ、ずっと思っていた。あの八百長試合の事は俺は間違っていないと
今でも思っているけれど。…その為に、仲間だった奴らにそっぽ向かれて
しまったのは本当にきつかったからな…」
「うん、その気持ち…オレは知っているから。だから…良かったね…」
「おう、ありがとうな!」
そうして、克哉はやっとどうにか自然に微笑んでいく。
恋人になったこの男にとって、どれだけ仲間が大事だったかを
知っているから…その事を祝福していく。
心の中にチリリ、と焼けるような気持ちがあっても。
その醜い気持ちを悟られてしまいたくなかったから。
だから純粋に喜んでいる振りをしてしまった。
そんな克哉の心中など気づかないまま、本多は強い力を込めて
こちらを抱きしめていく。
その腕の強さが、今の彼の歓喜の感情の強さが感じられて…
また胸の中にドロリ、と黒い染みのようなものが広がっていくのを
感じていく。
(…信じろよ、オレ…。本多はオレだけを見てくれているって…。
愛してくれているって…。だから松浦と仲直りをしても、簡単にオレ達の
仲は壊れたりしないんだって…信じよう…!)
そう自分に言い聞かせながら、克哉はオズオズと本多に自分からも
抱きついていく。
この腕の温もりに包み込まれている間はいつだって安堵を覚えて
いたはずなのに…今夜は全く、嬉しくなかった。
複雑な思いばかりがジワリジワリと湧き上がって、取り繕うのが
大変だったのを良く覚えている。
「…本当に、良かったね…」
そして、本心とは裏腹の言葉を、相手にそっと与え続けていく。
本多はそんな言葉に対して、嬉しそうに笑っていた。
其れが余計に…その晩、克哉を苦しめていたなど…この快活な性格をした
恋人はきっと察することなどなかっただろう。
―そうだ、思い出した…。全ては、この日が発端だったんだ…
本多が、松浦と仲直りをした事。
交流を復活させた事がきっと…あの忌まわしい事件を起こす引き金を
生み出してしまったのだと今は確信出来る。
そして克哉は次の記憶を思い出していったのだった―
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
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事実が判明してから、克哉は暫く涙を流しながら嗚咽を漏らし
続けていた。
かつて、忠告を受けた時に見せつけられた哀れな自分の姿を
思い出していく。
(…あの人が、誰かがいつか忠告された言葉の通りだったんだ…。
思い出したら、あの憔悴しきった姿と同じ事になるって…。今なら、
その言葉の意味が、嫌になるぐらい理解出来るよ…!)
自分が記憶を思い出す事は、パンドラの箱を開ける事に等しいと…
そんな例えをあの時、出された。
事実を思い出した克哉は、その言葉が正にその通りである事を
思い知らされていた。
眼鏡は、何も言わないで…泣きじゃくる克哉の肩に触れてくる。
ほんの僅かに伝わる温もりが、克哉の心を少しだけ救っていく。
「…優しくなんて、しないでくれ…」
「………」
今、優しくされたら…自分は、きっと彼に縋りついてしまう。
自分が、本多と恋人同士だったという事実を知ってしまった今となっては…
彼の手を受け入れる事は、罪深いことなのだから。
今までだったら、記憶を失っていたからという免罪符が存在していた。
けれどその事実を思い出して尚…彼を受け入れる事は、本多を裏切る
事に等しい。
しかし今の克哉は打ちのめされていて…多分、この世界に来て最も
彼の温もりを欲しているのも確かだった。
相反する気持ちが、葛藤を生み出し…こちらは身体を硬くすることしか
出来ないでいる。
「…お前は、俺にこれ以上触れられるのは…嫌か…?」
「嫌じゃない…けど、今は…どうして、良いのか…判らない、んだ…」
ハラハラと涙を零しながら、克哉は横に首を振って否定する。
元々、眼鏡は感情表現が自分より遥かに乏しい…というか、ポーカーフェイスを
保っている事が多い。
その表情から、心情を読み取るのは困難を極める部分がある。
けれど…今、泣きはらした目で彼の顔をチラっと見ると…悲しそうな目を
浮かべているのに気づいた。
(どうして、そんなに切なそうな顔を浮かべているんだよ…。お前のそんな
顔を見てしまったら…オレ、は…)
暫く動けないまま、相手の指先がこちらの髪を梳いていくのを
黙認していった。
ゆっくりと、自分の中に彼に縋りつきたいという想いが湧きあがっていく。
いつものように激しく抱かれて、何も考えられないぐらいに熱くなれば…
ほんの一時だけでもこの痛みを忘れられるだろうから。
同時にそれを実行に移せば、記憶を取り戻した今となっては本多に対して
強烈な罪悪感を抱く事になるだろう。
其れは絶望に染まった心が、一時の快楽を救いを…麻薬を求める心理に
近いのかも知れなかった。
克哉は迷い続けていた。
「…お前、そんな顔をしているのは…卑怯だよ…」
声を大きく震わせながら、克哉は…呟いた。
その時、こちらの本心に気づいていく。
彼のこんなに切ない顔を見るのは相当に久しぶりだった。
この三カ月、自分達はこの二人だけしか存在しない世界でそれなりに
上手くやってきた。
其れは本当に真綿に包まれたような暖かく優しい時間だった。
その時間を自分に与えてくれた男が、またこんな悲しい顔を浮かべて
いるのを見て…どうして、見過ごすことが出来るだろう。
(ゴメン、本多…オレは…)
一言だけ心の中で今、思い出したばかりの自分の恋人に対して謝った。
彼に義理立てをするなら、きっとこの今…胸の中に存在している感情は
否定しなければいけない。
其れが正しい道だって判っている。
けれど…自分の前で悲しそうにこちらを見つめてくる相手を放っておくことは
出来なかった。
許されない、と判っていても…今の克哉は、こちらから彼を抱きしめたいと
心から思った。
自分の心を慰めて欲しいという気持ちよりも遥かに強く…相手の、心を
守りたいと。
この手を拒絶する事で、彼を傷つけたくないという想いの方が…
どんな感情よりも勝ってしまった。
「…オレが、傍にいるよ…」
泣きじゃくりながら、そう伝えていく。
その言葉に…眼鏡の方が驚いていった。
まさか今の克哉から、全く逆の言葉が飛び出してくるなんて
予想してもいなかったから。
「…この三ヶ月間、お前はずっとオレの傍にいてくれた。暖かくて優しい時間を
たっぷりと与えてくれた…。そんなお前が、そんな悲しそうな顔をしたら…
放っておくことなんて、オレには出来ないよ…。これが正しい事なのか
判らないけど、これが…今のオレの、気持ちなんだ…」
「…お前、本当に…バカだな…」
克哉の方からギュっと相手を抱きしめながらそう訴えていく。
眼鏡はその言葉を苦笑しながら聞いていき…そうして、暫くしてから
彼の方から克哉の身体を抱きしめ返して、唇に羽のように軽いキスを
一つ落としていったのだった―
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
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忘却の彼方に 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14
―お前の事、好きだ…!
そう言おうとした瞬間、克哉の脳内に何か電流のようなものが
走り抜けていった。
其れはこの世界に来てからずっと掛けられていた、記憶の扉を
解錠する為のキーワードになっていた事を克哉は知らない。
独り言で言うのではなく、もう一人の自分に聞こえる形で告げる事が…
あれだけ焦がれていた克哉の記憶を取り戻す唯一の手段であった事を
彼は知らなかった。
「うっ…あああっ…!」
耐え難いぐらいの頭痛を、味合わされて…克哉は木製の床の上に
悶え苦しんでいく。
今までずっと閉じ込め続けていた記憶が、忘れていた事実が
何だったかを…克哉はその瞬間、思い知らされていった。
克哉のその様子を、眼鏡は半ば茫然となりながら見守っていく。
(ついに、この日が来てしまったか…)
予想以上に早く訪れてしまった事に、眼鏡はショックを覚えていた。
克哉がこんなにも苦しんでいるのなら、手を差し伸べるのが筋だろうと
いうのは彼にも判っていた。
けれど…覚悟はしていても、密かに恐れていた事態がついに来て
しまったせいで彼は硬直してしまっていた。
だから…克哉が記憶を急激に取り戻して、苦しんでいる姿を
今は眺める以上の事が出来ずにいた。
―そして克哉は思い知る。記憶を取り戻したら、あの哀れな自分と同じような
結末を辿ると言われた言葉の意味を…
真っ先に思い出したのは、二年にも渡る長い介護に疲れ果てた
自分の姿だった。
恋人を刺されて、その日から意識不明状態になって長き昏睡状態に
陥ってしまった相手を待ち続けて…記憶を失って、此処に訪れる寸前の
克哉はすでに疲れきってしまっていた。
『お願いだから目覚めて、本多…お願いだよぉ…!』
そう叫びながら、本多に縋りついている自分の姿を思い出していく。
そしてあの日、倒れていたのは…冷たい雨の中に立っていた男と、
倒れていた男の正体も同時に思い出していく。
松浦宏明、自分と本多と同じ大学のバレー部に所属していた…
かつてキャプテンを務めていた恋人にとって、信頼していた仲間の
一人だった。
一体、どういった経緯でこんな事態が起こったのかまでの道筋は
今の克哉には思い出せない。
そして詳細、どんな会話のやりとりがなされていたのかもまだ
はっきりとは判らない。
だが、今までずっと不明なままだったパズルのピースが埋まっていくのを
感じて、克哉は叫んでしまった。
「嘘だ、こんなの…嘘、だ…! どうして、俺と本多が恋人同士に…?
それに何で、松浦が…本多を、殺し掛けたんだよ…!」
「…ついに、お前は…思い出して、しまったか…。その出来事を…」
「お前、もしかして…知っていたの…?」
「ああ、そうだ…。俺はある程度の事を大体把握した上で…お前と二人で
ずっとこの世界で過ごしていた。お前にとっては優しい、ぬるま湯のような
この場所でな…」
「やっぱり、そうだったんだね…」
その言葉に憤りを覚えると同時に、妙に納得している自分が
存在していた。
眼鏡の瞳の奥にあるどこか切ない輝きに克哉は察していた。
自分に向けられた感情が愛情や好意だけではないことを
すでに薄々とは察していたのだ。
けれど問いただしたら関係が大きく変わってしまいそうで…
だから見ない振りをしてやり過ごして部分があった。
「知ったから、どうするというんだ…? 全てを知った上でお前を抱き、
共に過ごしていた俺を憎むか…?」
「違う! 憎める訳がないじゃないか…! お前の事、こんなに…
好きになっているのに…!」
気づけば克哉の両目から涙が浮かんでいた。
割れるような頭の痛みと涙によって顔をぐしゃぐしゃにしていきながら、
克哉はどうにか気力を振り絞ってその場から上半身だけでも
起こしていく。
「…酷い顔だな…」
「うるさい、そんなに判っているよ…! けど、もう…見ない振りなんて、
オレは出来ない…! どうしようもなく、お前の事を想ってしまったんだ…!」
「なら、本多の件は一体どうするんだ…?」
「っ…!」
眼鏡は的確に、克哉に取っての最大の泣き所を突いていった。
たった今、思い出したばかりで混乱してて…この先、どうするかといった事を
考える余裕は彼にはなかった。
どうすれば良い、と言われても…すぐに思考が切り替えられる訳ではない。
だから声を大にして、彼は絶叫するしかなかった。
「そんなの…そんなのすぐに判る訳がない! 考えられる訳がないだろう!
オレの方が逆に聞きたいよ…! オレは、どうすれば良いんだよ!」
克哉が記憶を取り戻す事によって、この世界に大きな綻びが生まれていく。
彼がここ数年の出来ごとを忘却していたから、成立していたこの場所は…
永遠に決して存在する事が出来ない、元から儚い世界である宿命を
背負っていた。
―そして克哉は、泣きじゃくり続けていく…
そんな克哉を、憐れみの眼差しで見つめていきながら…ようやく眼鏡は
躊躇いがちに、相手の方に指先を伸ばしていったのだった―
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
一部ダークな展開や描写を含むのでご了承下さいませ。
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松浦宏明は今日も、かつて自分が殺めそうになってしまった
大学時代の友人の元に、仕事帰りに立ち寄っていた。
大きな過ちを犯してしまった日から二年以上がすでに経過している。
あの日、感情のままに刺してしまった友人は辛うじて一命を取り留めたが…
それ以後、一度も目覚める事のない植物人間状態に陥ってしまった。
(…本当は俺に、顔を出す資格など…ないんだがな…)
それでも、ある程度の年月が過ぎて…罪悪感で胸が潰れそうになった時、
本多の親族にも、佐伯克哉にも遭遇しないように配慮しながら眠ったままの
男の元に顔を出したのがキッカケだった。
松浦の面会は、何も差し入れたりしない。
自分の痕跡をこの部屋に極力残さないようにしたいからだ。
ただ顔を出し、本多の部屋で十数分を共に過ごすだけの…そっけない面会を
すでに一年半、都合がつく日はほぼ毎日のように繰り返していた。
どうして、彼の元に顔を出してしまったのだと思う。
松浦の罪は、裁かれる事はなかった。
被害者である本多はあの日から意識不明で沈黙を守り…そして、自分と同じように
毎日のように此処に通っていた男は、こちらを告訴しない事が本多の意思だからと
一度だけ顔を合わせてしまった時に吐き捨てるように言った。
かつての友人に、面会を始めた頃…ばったりこの病院の入り口で顔を合わせて
しまった時、非常に険悪な雰囲気になってしまった。
自分が二年前に犯してしまった過ちを思えば、そして佐伯克哉と、本多の関係を
考えれば憎悪されるのは仕方ないと思う。
(…だが、もう俺は二度と…佐伯と顔を合わせたくない…)
それ以後、二度とこの病院で彼と顔を合わせる事がないように…多少、
聞き込みや病室前に張り込みをして調べて…佐伯克哉が顔を出すのは
18時から18時半に掛けての時間帯が殆どで、17時台の内に顔を出して
消えれば…ほぼ遭遇する事がないと判った。
幸い、勤務しているデパートからこの病院は近いので…足繁くに
通うようになっていた。
現在は三カ月以上、患者が一つの病院に留まる事は法の規制で滅多に
なくなったが…本多のように意識を失ったままであり、病院施設等に収容されて
いなければ…家族だけでは生命を維持する為の介護が困難な場合、
もしくはもうじき命が尽きようとしている患者は、その三カ月よりも延長が
認められる場合もある。
本多が二年間、この病院から動く事なく…通える範囲内にいてくれることが、
今の松浦にとってはある種の救いのようにすら感じられた。
「…本多、お前はいつになったら目覚めるんだ…?」
傍らにパイプ椅子を置いて、其処に腰を掛けながら…今日もかつて友人であり、
最も信頼をしていた男に声を掛けていく。
その顔には、知らず笑みが浮かぶようになっていた。
…二年前、彼を刺した時には胸の中にドス暗い憎しみが渦巻いていた。
顔を見るだけでも憎くて、疎ましくて仕方なく…むしろ、松浦は彼を避けていたし、
言葉も聞きたくないという態度を貫いていたと思う。
だが、彼をこの手で刺して殺し掛けてしまった日から…あれだけ胸の中を
焦がしていた憎しみの感情は、日々薄れ始めていった。
人間の感情は、表に出さず溜め続けることで淀み…強さを増していく。
衝動のままに彼を刺す事を実行に移した事が、長年積もっていた憎しみを
発散する事に繋がったのだろう。
其れは決して、許されるものではない。
本来なら、法の裁きを受ける事は免れない程の大罪だ。
―けれど、本多はこちらが裁かれる事を望まず…結果、松浦はどういう理由かは
判らないが、そのまま変わらず日常の中で生活をする事が可能だった
だからこそ、罪悪感が…本多に対して、ただ憎いだけではない感情が
ゆっくりと蘇り、突き動かされるように彼の元にこうして毎日、顔を出すように
なったのだろう。
「…俺も佐伯も、後…どれくらい、お前の目覚めを待てば良いんだ…?
お前が起きてくれなきゃ、謝ることすら出来ない…。どれだけ謝罪した処で
許して貰える訳がないと思うが…それでも、俺は…お前に言いたい事が…
山ほど、あるんだ…」
そして、静かな声でポツリポツリと語りかけていく。
その頬や髪にそっと触れ、少しでもこちらの声が眠っている本多に届くように
祈りながら告げていく。
だがその時、松浦は気づいていなかった。
―本多にそうやって語りかける自分の顔が…どこか優しさを感じさせるもので
ある事を…
本多に対して胸に抱いていた感情。
其れは憎しみだけでなかったのだと、その顔は如実に伝えている。
自覚した処で、自分が犯した罪を考えれば決して報われる日は来ないだろうと
半ば諦めている感情。
けれど…彼が目覚めてくれない限り、ぶつけられないし…きっと、彼が
全てを忘れてでもくれない限り、佐伯克哉の存在がいなくならない限りは…
成就する日など来ないだろう。
そう判っていても、松浦の胸には一つの想いが存在し…せめて、伝える日だけでも
来ることを祈りながら…今日も本多を見舞っていく。
「…しかし最近、佐伯が来ていないみたいだが…どうしたんだろうな?」
先程、看護婦たちが噂話をしていたのがたまたま耳に入ったのだが…ここ数日、
佐伯克哉は顔を出さなくなっているらしい。
その事を彼女たちは不審がっていたのが何となく気になりながら…今日も、
松浦は本多の傍でささやかな時間を過ごしていったのだった―
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
一部ダークな展開や描写を含むのでご了承下さいませ。
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狂いそうになっているあいつを…内側から見せつけられていくよりも、
変化を、幸運になるかも知れない可能性を生みだす事に同意したのは…
確か、なのだから…)
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
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―そしてフワフワと暖かい気持ちを抱いたまま、三カ月が
緩やかに過ぎていった
相手への想いをここに来てから十日目に自覚していきながら。
記憶を取り戻したいという強い願いを抱きながら…この暮らしを
失うのが怖くて、克哉は何の行動に出る事もなく、流れに身を委ねて
その間…過ごしていった。
今朝も相手の腕の中で目覚めた。
そうしてこちらがシャワーを浴びている間に、相手が作ってくれた朝食を
食べていき。
そうしてまたじゃれ合い、抱きあう流れになって、其れを一日の内に
平均2度ぐらい繰り返していく。
そうしている間に克哉の中では、眼鏡は愛しい存在になりつつあった。
けれど言葉で、お互いに好きだと愛しているという言葉を交わした事は
一度だってなかった。
ふと、色々と考えを整理したくて…克哉は白いパーカーにジーンズと
スニーカーという実にラフな格好をしながら、建物の外を何気なく
歩き回っていった。
(そろそろ…せめて好きだって言葉ぐらい口にするべきかな…?)
相手への想いが、強くなって抑えきれなくなってきたからこそ…
克哉は悩み始めていた。
言葉の上で伝えられない代わりに、自分達はあれだけ抱きあって
いるようにすら感じられる。
一緒にいるとドキドキして、どうしようもなくなる。
けれど何故か自分達二人の間には…素直に好き、とかそういった
言葉をやりとりしてはいけないような空気が流れているように思える。
自分が好きだと言ったら、この関係は何か変わるのだろうか?
この閉ざされた世界で、いつか必ず終わりを迎えると告げられたからこそ…
相手を好きになってしまったからこそ、克哉の中に恐れが生まれていく。
「終わって、欲しくないな…」
自分が記憶を取り戻す事を求めれば、この世界は終わってしまうと
いつか言われた事を思い出す。
失いたくなくて、目を閉じてやり過ごしていた。
けれど…克哉の中には、いつだって…どうして自分達がこうして二人で
この世界に来ることになったのか、一緒に過ごしているのかその経緯を
どうしても知りたいという欲求があった。
けれど其れは…この暖かな日々を失う行為だと知って、一度は
諦める事にした。
脅かされて、余りに哀れな末路を辿った自分の姿を見せつけれらて…
あの時点で真実を探るのは中断した。
(…オレは一体、どうしたら良いんだろう…。あいつとこのまま、この世界で
いつまでも過ごしたい気持ちと…記憶を取り戻したい気持ちが、同じぐらいの
強さで存在している…)
けれど、その願いはどちらも相反するもので。
片方を積極的に選びとれば、もう一つの可能性は消えてしまう。
だから両方の可能性を残す為には…克哉は何の行動にも出ず、曖昧に
して消極的にならざるを得なかった。
(けど、もう駄目だ…。オレはそろそろ…どちらか一つの可能性を選びとる
べき時期に来ているのかも知れない…。行動をしたら、確実に何かが
変わってしまうだろうし…下手したら、何かを失うかも知れない…。
けど、もうこれ以上目を背けてなんていられないよな…)
曖昧な状態は、色んな可能性を内包する。
何も失いたくなければ目を逸らして口を閉ざしていれば良い。
そうすれば様々な未来が存在して、何かを失う可能性も少なくなる。
けれど…今の自分には明らかにそれでは満たされなくなっている
部分が存在していた。
(もう、駄目だな…。曖昧にして逃げれば、このままの生活を送り続ける
事は可能かも知れないけれど…。もうそれじゃ、満たされなくなっている
自分がいるから…)
愛し始めているからこそ、この世界と自分達の関係の成り立ちを
どうしても知りたかった。
其れはパンドラの箱をまさに開ける事に等しいのかも知れない。
けれどどちらか片方しか得られないのなら…その片方だけでも
欲しいと強く望む気持ちを、克哉は自覚していった。
(もう、このままじゃいられない…。あいつに、この気持ちを伝えよう…)
そう決意した瞬間、声が聞こえた。
其れは…三カ月前に、克哉に忠告をした人物の声とは明らかに
違うものだった。
―ああ、それで良い…。お前さえ、それで幸せに過ごしてくれるなら…
その声を聞いた瞬間、克哉はハっとなった。
何故この場所で…この声を聞くのか、心底疑問に思った。
けれど幻聴では絶対にない、と確信していった。
「…えっ、何で…本多の、声が…今…聞こえた、んだ…?」
自分と彼以外、存在しない世界。
だから他の人物の声を聞く事は暫くなかったからこそ…
克哉は驚愕を覚えていく。
しかし、まだ克哉は知らない。
此処がどのように成り立っている世界であるかを。
何故、大学時代からの付き合いである本多の声が…今、
聞こえたのかも。
その言葉の意味も、何もかもを忘れている。
―そして疑問を覚えていきながら、克哉は行動に移す事を
決意していく
其れが…この幸せなまどろみの世界を、打ち砕く結果を招く事を
薄々と感じていきながら…
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いう内容のものです。
一部ダークな展開や描写を含むのでご了承下さいませ。
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抱きあったまま、静かに部屋の片隅に置いてあるベッドの上に
二人で倒れ込んでいった。
現在二人で暮らしている高級ペンション風の家には、あちこちに
ベッドが備え付けられている。
キッチンと風呂、物置、リビング以外の客室にはほぼ、備え付けられて
いると言っても過言ではない。
克哉がこの部屋にいたのも、何処かでこの流れを期待しているからに
他ならなかった。
(浅ましいな、オレって…)
今の克哉は記憶がないからこそ、自分がからっぽになっているという
自覚がある。
その抜け落ちてしまった部分が酷く意識されて、不安で…だからこそ
無償に他のもので埋めたいという欲求が強くなっていく。
抱きあい、口づけて…相手の鼓動や吐息を間近に感じている間だけは
そのカラッポな部分を意識しないで済むから。
だから、抱かれる事を望んでいるのかも知れない。
そんな事をシーツの上に組み敷かれていきながら…ふと、考えていき。
深く舌をもう一度差し入れられて、舌を濃厚に絡ませ合うキスを交わす
頃には再び、欲望だけを忠実に追いかけ始めていった。
「あっ…」
相手の手が、手早くこちらの衣類を剥いていって…胸板全体と、
最も敏感な突起を的確に弄り上げてくる。
その手つきは、日増しに優しいものに変わっていくような気がする。
初日のセックスが、こちらの性欲を強引に煽って一方的にされたものと
するなら、抱かれる度に相手の手は羽のように柔らかくなっているように
感じられていく。
愛撫の基本はソフトタッチ、だと男女のハウツー本とか、どこかの雑誌の
特集とかにも書いてあったように思う。
実際、こうして抱かれてみると…妙にその言葉に納得出来るように
なってしまった。
眼鏡を掛けた、自分と全く同じ顔をした男の手が…スウっと肌全体を
撫ぜるように触れてくるだけで、皮膚に電流が走っていくようだ。
慈しむような触れ方に、まるで女のように敏感に反応しまくっている
自分がいて…其れが一層、羞恥を煽っていく。
欲望を煽るようなキスと、優しすぎる触れ方の落差に、頭の芯が
ボウっとなってしまいそうだ。
下半身の衣類を剥かれて、己のペニスが飛び出していくとそれだけで
頭から火を噴きそうになってしまう。
「やっ…見る、なよ…」
「何を言うんだ。すでにキスと胸だけでこんなにさせているのは…
お前が、いやらしい身体をしているからだろう…」
「うっ、それはそうなんだけど…あ、やっぱり…見る、なよ…はっ…ん」
相手の右手が的確にこちらのペニスを弄り上げてくる。
克哉が感じるポイントなど、とっくにお見通しだというぐらいに…その手は
巧みに性感を高める部位を刺激していった。
まるで魔法の手のようだ。
眼鏡に触れられる度に、何もかもがどうでも良くなってしまいそうで…
そんな自分に怖くなる。
「こんなにさっきからお前の此処は浅ましく蜜を零して…俺の手を
汚している癖に。今更…いや、とか見るなを繰り返すのか…」
「あ、当たり前だろ…。は、恥ずかしい、んだから…」
そういってイヤイヤするように頭を必死に振りかぶっていく。
そんな自分を相手は、欲情に濡れた双眸で見つめてくる。
この目が本当に、毎回反則だと思う。
見られれば見られるだけ恥ずかしくて死にそうになるのに…同時に、背筋から
ジワリと欲望がせり上がって来て頭がおかしくなりそうだった。
「後、服…お願いだからお前も脱げよ…。いつも、一回目の時点では
お前、脱いでない事の方が多いじゃないか…。抱きあうなら、どうせなら
お互い裸になった方が良いし…」
「別にその後、脱ぐんだから同じようなものだろう。其れに俺が服を
脱ぎ忘れるのはお前がそんなにいやらしく、こっちの欲情を煽ってくるからだ。
お前こそ少しは加減したらどうだ…」
「な、何だよそれ! そ、そんな言い方って…! はあ!」
相手の物言いに恥ずかしくて大声で反論しようとすると、いきなりペニスを
宛がって入口部分を執拗に擦り上げてくる。
満足に慣らしてもいない個所に、いきなり猛りきったモノを宛がわれて
克哉はぎょっとしていく。
コレが克哉にとって強烈な快楽を与える存在だっていうのは判っているが、
こちらはあくまで男である。
慣らしていない状態で踏み込まれたら激痛が走るのも本能的に判っているから
思わず身体を固くしてしまう。
「…俺はいつだって、お前の中に早くコレを挿れたくて仕方ないんだ…。
あまり、こちらを煽るな…」
「煽るなって言われたって、どうすれば良いんだよ…は、あ…!」
そうして入口にペニスを宛がわれた状態で、こちらの性器を扱きあげられて
しまうと必要以上に感じてしまう。
いつ、挿入されてしまうかも知れないスリルと、相手の欲望を如実に感じて
否応なしに高揚していってしまう。
「やっ…あっ…お願いだから、ソレ…ど、うにかして…!」
腰が焦れて、揺れてしまう気持ちと…痛みを怖がる気持ちがない混ぜになって
克哉は泣きそうになってしまう。
本人には自覚はない、そういった今にも泣きそうな切なそうな顔をしながら
身体をしきりに捩る仕草が、余計に男心を煽ってしまう事を。
そうして眼鏡の手の中で克哉のペニスは大きく膨れ上がり、あっという間に
大量の白濁を放っていく。
「んあ、あああっ!」
そして達して、身体の緊張が一気に緩んだタイミングを見計らって相手の
ペニスが強引にこちらの中に押し入ってくる。
一瞬、キツく締めつけていったが、同時に相手の舌先がこちらの口腔に
侵入してきたのでそちらに意識が向けられていくと…強張った内部が自然に
緩み始めていく。
「ふっ…うっ…」
優しさと強引さを同時に感じさせる交歓に、克哉は身も心も日増しに
籠絡されていってしまう。
そして相手の身体が緩やかに動き始めていくと…こちらも其れに
合わせて腰を揺らしていく。
そして何度も相手の精を絞り尽くすぐらいに今日も激しく抱きあい…
行為が終わった頃、克哉は泥のように眠っていった。
―束の間だけでも、胸の中に湧き上がる疑問から目を逸らす為に…
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当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
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…一言報告して貰えると凄く嬉しいです。