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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 ※この話はラブプラスを遊んでいて、眼鏡キャラとかでこういうの
やったら面白そうだな…という妄想から生まれています。
 基本、完全にギャグでアホな話なので流せる方だけ宜しくお願いします。
(一話掲載時とはタイトル変更しました)
 
 ラブ眼鏡+   2  


 四六時中、恋人と連絡を取り合っているのはそれだけ
お互いの気持ちが通い合っている恋人同時の特権だ。
 それ以外の人間関係で、しょっちゅう用もないのに相手に
メールをしていたらうざがられるのが普通だ。
 特に克哉と、もう一人の自分との付き合いの場合…今までは
相手からの連絡など望む事など出来なかった。

―だからこそ、ずっと相手と連絡が取り合える手段が出来ても
戸惑いを覚えるしかない訳だが…

 目覚ましの音に気付いて、会社に向かわなければならない
現実に気づかされてから…克哉はニンテンドーDSに似た
二つ折りデザインのゲーム機を開く事が出来ないでいた。
 現実逃避宜しく、今日は仕事に没頭して過ごしていたけれど…
昼休みを告げるチャイムの音を聞いて、克哉はふと…現実に
意識を引き寄せられていった。

(今朝から五時間ばかり放置しているけど…アイツ、怒って
いないかな…?)

 ふと、自分のディスクからこっそりとカバンの方を覗き見て
克哉は溜息を吐いていった。
 いきなり大きく変化してしまった日常に、どうしても戸惑いを
隠せない。
 特に今朝、もう一人の自分に画面を通してキスをしたり…
タッチをしてからというものの妙に腰の辺りがモゾモゾする。
 具体的に思い出すと、妙に意識してしまいそうだったので
意識の外に追いやっていたが、ふと…放っておいた事に
対して怒っていないのか不安になってしまった。

(け、けど…仕事中なんだし、仕方ないよな…。四六時中今日から
一緒にいられるようになったと言っても…俺には仕事があるんだし。
 仕事中に、ずっと相手を構えって言われたって…不可能だし。
ど、どうしたら良いんだろう…?)

 朝の始業時間から、昼休みまでの間は仕事に意識を
向けていればよかった。
 しかし仕事以外の事が許される時間帯に入ったら、見ないように
していた不安感が一気に襲い掛かってくる。
 モヤモヤとディスクの上に座ったまま思考をグルグルさせていると
背後から声を掛けられていった。

「よお、克哉…! 良かったら一緒に飯を食おうぜ!」

「あ、本多…」

「最近、昼時は営業先を回っていたからなかなかキクチ内に
いられなかったからな。今日はゆっくり飯ぐらいは食っていられるから…
良かったら久しぶりに食おうぜ」

「あ、ゴメン…今日は、ちょっと…」

 普段なら、当然のように即答して受けていたけれど…今は
カバンの中のゲーム機が気になって気になって仕方なかった。
 だから申し訳なさそうに首を振ると、本多にあからさまに残念
そうな顔をされていった。

「ええっ! マジかよ…。今日、お前って午後から何か予定が
入っていたっけ?」

「い、いや…ちょっと食欲なくてさ。人気のない場所でゆっくり
休もうかなって思っているから…本当に、ゴメンな」

「ええ、また少し体調でも崩したか? そういう時はカレーでもガッツリ
食った方が良いぞ。カレーって色んなスパイスが使用されているから
内臓の働きを整える効能もあるんだってさ。俺と一緒に馴染みのカレー屋
にでも繰り出すか?」

「いや、良いよ…。カレーを一杯とか食べ切れそうにないし…」

(…体調、悪い時にカレーをがっつりなんて食べたら…却って
胃もたれしそうなんだけど…。流石本多、カレー魔人だ…)

  密かに友人のカレー狂っぷりに苦笑していけば、いきなり
本多がゴソゴソと手に持っていたカバンを探し始めていた。

「あ、そうだ。ならカレー一杯を食べるのが厳しいならこれなんてどうだ?」

「へっ…何これ?」

 いきなり、大きな土産物らしき箱をカバンから取り出していくと
中に入っていたキャラメルを幾つか克哉の手の中に乗せていった。
 鮮やかな黄色の、何となくカレー粉を思わせる色合いの代物だ。

「ああ、この間俺がカレー好きだって知っているお得意の営業先の
上の人から土産に貰ったもんでな。横須賀名物のカレーキャラメルだそうだ」

「は…?」

 いきなり予想もしていなかった代物を手渡されて克哉の頭が
真っ白になりかけた。

「…まあ、俺も最初は微妙と思ったんだが…案外カレーの風味を
感じられて悪くなかったんでな。カレー一杯食べられそうになくても
これなら気軽に食えるだろ。疲れた時は甘い物が良いって言うしな…」

「いや、気持ちだけ受け取っておくよ…じゃあね!」

 何て言うか、本多なりに気を遣ってくれているのだろうが
やはり部内でKYと称されるだけだって、空気読めてない事を
平然とやらかしていった。
 笑顔を浮かべつつ、徐々に後ろににじり寄って…そして
克哉は脱兎の勢いで駆けだしていく。

―何て言うか、お願いだから全てからオレを現実逃避させてくれ…!

 何となくドっと疲れて、心の中で叫びながら克哉は全力で
屋上に続く階段を一気に駆け上っていったのだった!
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※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
 一部ダークな展開や描写を含むのでご了承下さいませ。

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―あの頃の克哉は、すでに看病疲れとかそういう域に精神が達していたのだろう

 真面目で、他者の事を優先して考えてしまう優しい性格の人間程…
そういう場合、追い詰められてしまうのだ。
 人の事を素直に恨める性格をしていたら。
 本多にとって大切な友人だから、と理性を働かせず…松浦を憎む事が
出来ていたら、もしかしたら…ここまで追い詰められなかったかも知れない。
 胸の中にそのせいで嫌な感情が、吐き出す場所を失ってドロドロと色濃く
息づいてしまっていた。
 そして最も、最悪の形でその負の感情は堰を切って表に出ようとしてしまった。

(ゴメンね…出来るだけ、苦しませないようにするから…。オレ、も…
すぐに後を追うから…許して…。もう、生きている事にも…待つ事にも…
心底、疲れてしまったから…)

 凍りついた冷たい目をして、果物ナイフを右手に持ってゆっくりと本多の
元に歩み寄っていく克哉の姿は尋常ではなかった。
 コツコツ、と靴音が静寂に支配された病室内に響き渡っていく。
 刀身が微かに差し込む月光に照らされて妖しく輝いて…そして克哉は
凶器を振りおろそうとしていった。

「ゴメン…本多…!」

 そして、そのナイフをそう告げながら喉元に目掛けて振りおろそうとした。

『止めろ!』

 瞬間、もう一人の自分の声が頭の中に鮮明に響いていった。
 その声が…ギリギリの処で、克哉を押しとどめていく。
 
「あっ…あぁ…」

 それが、寸での処で克哉の手を止めていった。
 そして…とっさに、自分の左で無理に振りおろしていった刃を
受けて…本多を庇っていった。
 ポタポタ、と本多の胸元を己の血で汚していってしまう。
 けど…その痛みで、克哉は正気を取り戻した。

「オレ、は…何て、事を…。この手で、本多を…自分の恋人を…殺して
しまおうと…する、なんて…」

 そしてたった今、自分がやろうとした事に対して戦慄すら覚えた。
 長期間、身内の介護をする事になったケースの場合…克哉のように
時に介護者の方が追い詰められて凶行に及んでしまう場合は決して
珍しい事ではない。
 真面目な人間程、周囲に対して愚痴を余り零さない良い人と形容
出来る人程…その悲劇が起こってしまう可能性がある。
 適度に周りの人間に甘えて、感情を吐露して整理していく事は…
苦しい時こそ、必要なものなのだ。
 狭すぎる人間関係というのはそういう危うさを持っている事を…
克哉は、知らなかった。
 だから…このような事態を招くまで自分を追い詰めてしまっていた事を…
彼は自覚していなかった。

「…本多、ゴメン…。こんな、オレが…本多の傍にいる資格なんて…
もう、ないよな…。お前をこんな状態にしたキッカケを作った挙句に…
今、一緒に心中に巻き込もうとしたオレなんかが…いて、良い訳ないよな…」

 そしてポロポロと、涙が溢れてくる。
 久しぶりに克哉はこの日、泣いていた。
 日常を変わらず送る事で周囲に心配を掛けまいとしていたから…一人で
ずっとこっそりと後悔に苛まれながら涙を流して耐え続けていた。 
 ギリギリの処で恋人への思いが、克哉に最大の過ちを犯させる事を
止めさせていった。
 だが…克哉は、一瞬でも本気で恋人を殺そうとしてしまった己を恥じた。
 
(離れなきゃ…本多から…もう、オレなんかが傍にいちゃいけない…)

 そして追い詰められた克哉はとっさに、病室を飛び出して…屋上に
向かい始めた。
 本多を守りたいという想いと…楽になりたい、と願う気持ちが…今度は心中
という形ではなく、自殺という形になって表に出ようとしていた。
 本当はこの時、克哉の言葉を本多は聞こえていた。
 そして涙をうっすらと浮かべて…意思表示をしていたのだ。
 言葉という手段で、想いを伝えられなくても…意識を失っていても、
本多はずっと傍らにいる人間達の声は聞こえていたのだ。
 其れを返す事すら出来ない己を、どれだけ悔しくて歯がゆく思っていたのか…
克哉は、気づく事が出来なかった。

―行くな克哉! お前が死んだら…俺は…!

 本多は訴えていた。
 けど…克哉にその必死の叫びは届かなかった。
 溢れんばかりの涙が、その日…本多の目元を伝っていた。
 だがその頃には…克哉は、すでに屋上に辿り着いてしまって…フェンスの
向こうに飛び越えようとしていたのだった。
 落下防止の為に、フェンスはかなり高く設定されていた。
 だが、無理をすれば…多少変形をさせてしまう恐れもあるが、どうにか
よじ登って目的を果たす事が出来そうだった。

―誰か誰か…克哉を助けてくれ! 俺を待っている事で…そんな風に追い詰められて
しまうなら…俺の事なんて、忘れてしまって良い…! 誰か克哉を助けてやってくれ!
あいつが死ぬぐらいなら…どうか、自由に…!

 そして、本多は祈った。
 心から、自分の事よりもただ克哉の事だけを案じて、思い遣った。
 その瞬間…克哉の元に、眼鏡を掛けたもう一人の自分が立っていて…背後から、
克哉の腕を強い力で掴んでいった。

「えっ…?」

 突然、現れた人の気配に克哉は驚きを失っていく。
 しかし戸惑うよりも先に…気づけば、抱きしめられていた。
 その時の…もう一人の自分の顔は見えなかった。
 …だが、眼鏡は…本多の声にならぬ声に呼応して…現れたのだ。

―克哉を守ってやってくれ…

 二年前に…本多が昏睡状態に陥る直前に交わした約束を守るために…。
 どれだけ見て見ぬ振りをしても…佐伯克哉にとって愛しい人間の必死の願いを…
もう一人の克哉が、無視をする事は出来なかったし…このまま見過ごせば、
彼の命もまた…克哉と共に終わるのだから…。

「バカが…こんなに追い詰められるまで…どうして一人で抱え続けた…」

「…どうして、『俺』が…?」

「…お前が自殺なんて、馬鹿な真似をしようとするからだ…。お前が死ねば、
俺も巻き添えを食って一緒に死ぬ事になるからな…。黙っておける訳が
ないだろう…」

「あっ…」

 その時になって、克哉はようやく…自分は一人じゃなかった事に
気づいていった。
 Mr.Rから銀縁眼鏡を貰った当初は認めたくなかったし恐れすら抱いていた。
 けれどこうして抱きしめて貰う事で…初めて、もう一人の自分に抱き締めてもらう事で…
自殺するという事は、彼をも巻き込んでしまうのだという事実に思いいたっていった。

「ごめん、な…」

 それに対して本当に申し訳ないと思って…子供のように克哉は
眼鏡の胸の中で泣きじゃくっていった。
 其れはあまりに弱々しい姿で…見ているだけで、妙に保護欲のようなものを
掻き立てられていった。
 その瞬間に…眼鏡の中に、一つの感情が宿ってしまった事など…きっと
克哉は気づかなかったのだろう。
 ようやく、克哉は人前で泣けた。
 その涙は留まる処を知らなかった。
 そうしている間に…頭の中がグチャグチャになってまともに考える事など
出来なくなった。

 屋上に冷たい夜風が吹きこんでいく中…二人はそうやって抱きあい続けた。
 そうしている内に…何故か、Rの声が鮮明に聞こえていった。

『疲弊して今にも擦り切れそうな貴方の心の再生の機会を与えて差し上げましょう…。
貴方の恋人の本多様は、強く望まれましたから…。自分を忘れてでも良いから、
生きる気力をどうぞ克哉さんに取り戻して欲しいと…。その要望に答えて…ささやかなる
世界を一時、貴方に与えましょう。其れは…やり直す為の、ゆりかごのような世界…。
本多様の思いで満たされた、優しい世界に…貴方を誘いましょう…』

「えっ…?」

 唐突に、克哉は現実から切り離された。
 もう一人の自分の腕の中にいた状態で…急速に、思考が停止していく。
 何も考えらなくなっていく。
 自分の記憶が、奪われていくのを自覚しても…抗う事すら、出来なかった。
 そして…克哉は、恨みも憎しみも一時全てを忘れたのだ。

 ―自分が再生して欲しいと強く願った本多が生み出した世界に招かれる事で…

 それが、忘却の彼方に克哉が知った…真実だった。
 そしてこの世界に来るまでに至る経緯を全て思い出した時…克哉は
現実に戻り、遠くで潮騒の音を微かに聞いていったのだった―


※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
 一部ダークな展開や描写を含むのでご了承下さいませ。

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 ―その時の克哉は、精神的にすでに静かに追い詰められていた

 元々、人に深く関わろうとしない性格だった。
 唯一甘えられる、本音を吐き出して寄りかかる事が出来る存在は
恋人である本多ぐらいだった。
 けれど…二年間、克哉は誰にも甘えたりも、愚痴も吐き出す事もせず
自分一人で抱えて、貯め込んでいた。
 それでも同じ職場の人間達や、たまに連絡してくる実家の家族達に
心配を掛けまいと…今までと変わらないように努めて過ごすようにしていた。

―だから水面下で、静かに狂気が育まれてしまっていたのだ

 …本多の病室に、他の人間がいて…恋人に触れたり、キスをしている
人物がいる事実を知った時、克哉の心の中に一気に闇が広がっていった。

『本多…お前はまだ、目覚めないのか…?』

 その声を聞くのは二年ぶりだった。
 其れで認めたくないが…克哉は暗闇の中で本多の傍に立っている人物が
松浦である事を確信していった。
 胸の奥がドクンドクン…と荒く脈動しているのが判る。
 今すぐにでも飛びかかって、殴りつけたい気分だった。 
 むしろ殺してやりたいぐらいだった。

(オレの本多に…松浦が、勝手に…!)

 強烈な独占欲が広がっていく。
 きっと部屋に入って声を掛けたら…自分は松浦を本当に殺しかねないぐらいに
凶暴な感情が溢れてくるようだった。

『…お前が目覚めてくれない限り、俺はあの日の罪を償いようがない…。
お願いだから、早く目覚めてくれ…。お前にちゃんと、謝らせてくれ…。
お前の大事な人間を嫉妬に駆られて殺そうとした…あの日の俺の、
愚か過ぎる罪を…許してくれとは、決して言えないけどな…』

「えっ…?」

 病室は暗かったから、そう告げた松浦の表情を見る事は出来なかった。
 けれどその声音はどこまでも悲痛で、あの日の事を悔いている事だけは
切実に伝わって来た。
 其れで、克哉は一瞬放心仕掛ける。
 自分を殺そうとして、そして本多を二年間も植物人間状態に追い込んだ
元凶であり…憎いだけの存在だった。
 だが、その男の後悔の言葉を聞いて…辛うじて克哉は病室に
飛び込んでいくのを抑えていく。
 とっさに病室から離れて、男子トイレに飛び込んで…自分の腕に爪を
立てて痛みで…凶暴な感情を無理やり抑え込んでいった。

「くっ…うううううっ!」

 克哉は、苦しくてもその感情を無理やり抑え込もうとした。
 けれど胸の中にドロドロドロドロ…と嫌な感情が広がっていく。
 二年という月日の中では知らない内に育まれてしまっていた負の
感情が…堰を切ったように溢れだして、どうしても収まってくれない。

「ふっ…ううううっ…あ、う…!」

 そして感情を抑えるために、克哉は泣き続けた。
 涙が溢れて、止まらなかった。
 この狂気の感情を少しでも鎮めるために…冷却水になってくれる事を
願いながら克哉はともかく己の身体に爪を立てて痛みを与える事で
その衝動をやり過ごそうとした。

(ダメだ…どれだけ憎くても…松浦は本多にとって、大切な友達なんだ…!
だから感情的になって傷つけたり、殺そうとしたり…そういう真似を決して
してはいけないんだ…!)

 自分も同じ感情を抱いた。
 あの日の松浦は、自分の鏡のような存在でもあった。
 けれど彼がその衝動にしたがった末に…本多は、自分を庇って凶刃に
倒れて…二年間目覚めない事態を招いてしまった。
 だから、同じ真似は決してしてはいけないと理性をギリギリの処で
働かせた。
 そして涙が止まる頃…どうにか、松浦に対しての殺意や凶暴な
感情だけは抑制する事に成功した。
 その頃には、どれぐらいの時間が過ぎているのか時間感覚もすでに
判らなくなってしまっていた。
 その頃にふと、克哉は暗い感情に支配されてしまった。

(本多が目覚めるまで…後、どれぐらい待てば良いのかな…?)

 殺意は、押さえこめた。
 代わりに…疲弊しきった心が静かに浮かび上がっていく。

(オレはいつまで…待てば良いのかな…? あの日、オレがあんな罠に簡単に
引っかからなければ…せめて本多からの電話に気づいてさえいれば…
あんな事態にならなかったのに…。松浦だけが悪いんじゃない。あの日の
事はオレにだって非があるんだ…)

 加害者である松浦を理性で、憎む事を止めた反動に…自分自身を
責める気持ちが一気に生まれていく。
 それの侵食速度は信じられないぐらいだった。
 自分を許せなくなり…生きている事すら、許せなくなっていく。

「本多、ゴメン…こんなオレが、恋人のせいで…こんなに長い時間…
昏睡状態にしてしまって、ゴメンな…」

 せめて、本多以外に本音を吐き出せる人間がいれば。
 この感情を誰かに聞いて貰えればせめてここまで克哉は
追い詰められずに済んでいたのかも知れない。
 けれどもう…二年間、耐え続けた心は嫉妬と事故を責める心で
ギリギリの状態を迎えてしまっていた。
 そして克哉はついに…異常な笑い声を挙げてしまっていた。

「あひゃはははひゃ…はひゃひゃあっ…」

 尋常じゃない、笑い方だった。
 その笑いを堪えようとしたが、留まってくれなかった。
 助けて欲しいと、この状況を終わらせたいという気持ちが恐ろしい
勢いで広がって、克哉の理性を飲みこんでいく。

「…オレ、なんて…生きている価値ないんだ…。それに、本多に…オレが
いない間に勝手に触れている奴がいるのも許せない…。それに、本多だって
話す事も身体も動かすことも出来ない状態で生かされ続けているの…
辛いよね…? なら、もう…終わりにしたって、良い、よな…?」

 そして、克哉は一時…己の闇に、狂気に支配される。
 前向きな考えではなく、限りなく後ろ向きで死に向かっていくような
思考回路が…追い詰められた果てに、顔を覗かせていった。
 人間は感情をストレートに出さず、理性で押しとどめる事で…その反動で
間違った考えに支配される事がある。
 松浦を憎いなら、憎めば良かったのだ。
 殺すまでいかなくても、その怒りや憎しみの感情をせめて松浦に向かって
吐き出していれば…もしくは、其れを別の方法で表に出す事さえ
出来ていれば、また結果は違っていただろう。
 だが、もうこの時の克哉は限界だった。

「もう、終わりにしよう…良いよね、本多…。オレ、もう疲れたよ…
全てから、解放されたい…。こんな嫌な感情とも、現実とも…」

 そして克哉は幽鬼のような足取りで、病室に向かっていく。
 その右手には…己のカバンの中に入っていた、本多のお見舞い用の果物を
カットする為に持参してあった…果物ナイフが不気味に輝いていたのだった―
※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
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 ―それから二年間は本多がいない、という事を覗けば
ほぼ平穏無事に過ぎていた

 だが、日常の喪失は二年という年月を経て少しずつ克哉の心に
ダメージを与えていた。
 本多は確かに命は助かった。
 しかし長い時間出血し続けた事が、医者が言っていた通り心理的に大きな
ダメージを負った事が理由なのかは判らなかったが、本多はあの日以降
一度も目覚める事なく昏睡状態に陥っていた。
 克哉も、職場の同僚たちも、本多の友人達も家族もすぐに彼が目覚めて
くれるだろうと信じていた。
 一日も早くその日が訪れてくれる日を待ち望んでいた。

―だが皆のそんな願いもむなしく、本多は眠り続けていた

 そして二年間、克哉は余程仕事が忙しくない日以外は出来るだけ
本多の元に通い続けた。
 言葉を掛けたり、ただ傍らにいるだけのお見舞いにしかならなかったけれど
それでも自分の思いを伝える為に…目覚めてくれる事を祈り続けて
せっせと彼の元に訪れていた。
 本多が昏睡状態になっている理由は特定出来なかった。
 ただ肉体的に致命的な損傷は受けていない筈だ、とその言葉に縋って
克哉は奇跡が起こってくれる日を願い続けていた。
 けれど無情にも…その日は訪れる事なく、これだけ長い年月が過ぎて
しまい…克哉の精神は、静かに疲弊しきってしまっていた。

(今日も…本多は起きてくれないのかな…。オレは待っているのに…
こんなに起きてくれるのを待ち望んでいるのに…)

 本多の眠る病室に続く、リノリウムの床を歩いていきながら
克哉は深く溜息を吐いていった。
 今は大変忙しい時期を迎えていて、いつもなら18時半から19時半までの
間にお見舞いに来るように心掛けていたが、この日は面会終了時間間際…
20時より少し前に訪れていた。
 キクチの営業八課は、エースの一人であった本多がいなくても
今は問題なく回るようになっていた。
 その事実が克哉の胸の中に何とも形容しがたい寂寥感を
生み出していく。

「…今日は随分と遅くなってしまったせいか、いつもよりも病院
全体が寂しい印象があるな…」

 今は節電対策の為か、病院全体が必要最小限の照明しか
使用しないように心掛けているせいで…この時間になるとある種の
不気味さすら感じさせた。
 薄暗い廊下を一人で歩いていると、不吉な予感が胸の中に
ジワリと競り上がってくる。
 自分以外の微かに遠くから聞こえる足音が、死神の足音のようにすら
ふと感じられる気がして…ブルリと肩を震わせていく。

(バカバカしい…ホラー映画の世界じゃあるまいし…)

 そしてすぐに首を横に振って、自分の馬鹿げた考えを否定
していった。
 コツコツという克哉の革靴が反響する音だけが異様に響いて
耳に届いていく。
 こんなに人気のない廊下を一人で歩いていると…すぐに暗い思考に
囚われていってしまう。
 本多が眠ったままでいる分だけ、克哉の中であの日の後悔が重く
圧し掛かってくる。

(あの日…本多からの電話に気づいてさえいれば…)

 そう、たったそれだけであの悲劇は回避出来ていた筈なのだ。
 自分が大きな鍵を握っていた事を自覚すればするだけ…克哉の中で
己を責める気持ちが大きくなっていく。
 松浦の罠の電話に踊らされていなければ、それに引っかかってあっさりと
行かなければ、すぐ後ろをついてきていた本多に気づいていれば…
幾つも、救われる為の道は存在していたのだ。
 其れを焦っていて周りが見えなかった自分は全て見逃して、
最悪の結果を招いてしまった。
 其れが月日が過ぎれば過ぎるだけ思い知らされる分だけ…
克哉にとっては後悔が募るばかりだった。
 一日も早く目覚めてくれれば、きっと解放される。 
 また本多と笑いあって過ごせる日が来る。
 その微かな希望だけが克哉を正気に繋ぎ止めていたが…実際の処、
この時点で精神は限界近くまで参ってしまっていた。

(またオレ…弱気になってしまっている…ダメだな、こんなんじゃ…
本多が目覚めた時、呆れられちゃうよな…)

 そういって己を叱咤激励しながら階段を使って、本多が眠っている
病室のあるフロアに向かっていく。
 何となくエレベーターを使う気になれなかった。
 すでに時刻は20時を回っていたけれど…本当に今日は仕事で気持ちが
疲れきってしまっていて頭がまともに働いていなかったし何もかもが億劫な
気分だった。
 
(疲れた…早く目覚めてよ、本多…。オレをその腕の中で甘えさせてよ…)

 そしてジワリ、と本多が目覚めてくれる事を祈った。
 日増しに強くなり…病室に来る度に打ち砕かれる希望。 
 愛しい人間だからこそ、諦める事など克哉にとっては出来なくて…。
 今日もまた眠ったままでいる彼を見て静かに絶望を感じていくのだろうけど…
其れをせめて顔に出さないようにしながら病室に向かっていく。
 瞬間、本多が眠っている部屋に誰かがいるような気配がした。

「えっ…?」

 扉を少しだけ開けて中を確認すると、電気をつけないままで…
誰かが本多の傍らに立っているのに気づいていった。
 窓から差し込む僅かな月明かりだけが、その人影を浮かび上がらせていく。
 
(一体誰がこんな時間に…?)

 その事に疑問を覚えていくと同時に…その人影は、ベッドに眠っている本多の
元に静かに顔を寄せていき、克哉はその様子を息を飲んで見守る結果と
なってしまっていた―


 
 ※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
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 冷たい雨が降りしきる中、三人は対峙していく。
 本多はもうまともに見えないようだった。
 だから歩み寄ってくる相手の顔も確認出来なかった。
 それでも縋るような思いで声を掛けていく。

『其処にいる誰か…お願いだ…。克哉を守ってやってくれ…』

 本多からすれば、其れが何処の誰かは判らなかった。
 だが直感で、克哉の味方だと感じたから…男は、最も大切な人間の
力になってくれるように頼んでいった。
 もう声も弱々しかったが、それでもちゃんと相手に聞こえるように
切なる想いを込めて語りかけていく。

「…ああ、約束しよう。俺がそいつを守ってやる…だから、安心しろ…」

 そして眼鏡もまた、其処に込められた思いを強く感じたから…はっきり
した声で頷いていった。

「良かった…」

 その言葉で、本多は安心したのだろう。
 瞼を閉じて…そして繋いでいる手からも一気に力が抜けていく。

「本多! 本多…! やだ、目を開けてくれよ! オレを…置いていかないで!
やだ! やだぁ!!」

 克哉は本多の意識が失われた事でパニックになっていった。
 半狂乱になっている克哉の背中を…もう一人の自分が包み込むように
抱きしめながら、包み込んでいく。

「…大丈夫だ、こいつは簡単に死にはしない…。今は少し休ませてやれ…」

「あっ…うっ…」

 二人はすでにびしょ濡れの状態だった。
 けれど抱きしめられる事で少しだけでも相手の鼓動と体温を感じていく。
 フっと神経が緩んでいくのを感じていって…克哉はまたポロポロと涙を零した。
 涙腺が本当に、崩壊してしまったんじゃないかってぐらいさっきから涙が
溢れて止まらない。
 不安で、怖くて、気が狂いそうだった。
 それが僅かに伝わる人肌の温度によって辛うじて理性が繋ぎ止められていく。

「ふっ…うううっ…本多、本多ぁ…!」

 片手では本多の手を強く握りしめながら、もう一方で自分の胸元で交差している
眼鏡の手を必死に掴んで縋っていく。
 その背後に存在する温もりと、愛しい男の手を握りしめている感触だけが
辛うじて克哉の意識を現実に繋ぎ止めていた。

「お願いだよ…本多を、本多を助けて…誰か、神様…」

「…今はただ祈れ…。神になんて縋るよりもお前の真っすぐな気持ちの
方が遥かに重要だ…」

「う、うん…本多、本多ぁ…」

 ヒクヒクと必死に胸を喘がせていきながら克哉は必死に本多の手を
握って己の気持ちを伝えようとしていた。
 まだ逝かないで欲しいと。
 自分一人だけ置いて先に死なないで欲しい。
 どうか助かって欲しいと切なる想いを込めていく。
 克哉は振り向かず、ただ本多の方だけを見つめていた。
 眼鏡はそれで今は構わないと思った。
 だから背後から己の温もりを与える為に抱き締めていき…
そしていつしか、幻のように眼鏡の姿は消えていた。

「あ、れ…?」

 唐突にもう一人の自分の姿が…その気配が消えた事に克哉は
訝しく思っていくと…遠くから救急車のサイレンの音が聞こえていった。
 そして慌ただしく救急隊員達が現場に到着していく。

「いたぞ! あそこだ!」

 30代から40代程度の年代の救急隊員達が一斉にこちらに駆けよってくる。

「患者は低体温と出血多量に陥っている可能性があります! 早く搬送先の
病院に届けないと…!」

「おい! 早くそっちを持て! 急がないと助からないぞ!」

 そして男たちは本多を担架に乗せる為の準備を始めていく。
 
「そちらが通報してくれた人かい…? あの、この人とはどんな関係ですか…?」

 30代前後の救急隊員がこちらに声を掛けてくる。
 それによってギリギリ、克哉の意識は現実に引き戻されていった。

「あ、あの…会社の同僚で、友人です」

「なら同乗して下さい。患者がこの状態ではまともに話も聞けないので…
状況説明をして貰いたいので…」

「は、はい…! 判りました!」

 隊員はどのような状況で負傷したかを知る為に克哉に救急車に同乗
する事を要請し、克哉も其れに答えていった。
 それにより一気に意識が現実に引き戻されていく。

(本多…どうか、どうか…死なないで!)

 克哉は今は、祈るしかなかった。
 そして救急車に乗り込んでいくと…隊員の人に通り魔によって
一緒にいる時に突然襲われ、本多はとっさに庇って負傷したという
形で状況を説明していった。
 松浦の名前は一言も出さなかった。
 其れを話したらきっと松浦に捜査の手が及ぶだろうと判断したから。
 犯人を克哉は知っている。
 けれど本多にとって松浦は大事な友人なのだ。
 自分の独断でそれを話す訳にはいかない…と判断して、架空の
事情を伝えて克哉は必死に祈っていく。

(早く目を覚ましてくれ…。そうしたらいっぱい話したい事も相談したい事も
あるんだから…。どうか、助かって! 本多…!)

 そして本多は病院に運ばれると同時に緊急手術を受ける事になった。
 その手術は幸いには成功し、本多は一命を取り留めた。

―だが、その日以降一度も目覚める事なく…そして、毎日目覚める事を
切に祈りながら…気づけば、二年という月日が無常にも流れていったのだった―



※この話はラブプラスを遊んでいて、眼鏡キャラとかでこういうの
やったら面白そうだな…という妄想から生まれています。
 基本、完全にギャグでアホな話なので流せる方だけ宜しくお願いします。
(一話掲載時とはタイトル変更しました)
 
 ラブ眼鏡+   2

 想いを寄せている相手と24時間一緒にいる事が出来る。
 普通に考えればそれは幸せな状況の筈だが、今の佐伯克哉にとっては
それは素直に喜べない状況に陥っていた。
 とりあえず昨晩、Mr.Rからゲーム機を受け取った。
 そして画面上に表示されているもう一人の自分をソノ気にさせる事が
出来れば実際に現れて一晩過ごす事が出来るとも聞かされた。
 しかしとてもそんな非現実な話を頭から信じる事は克哉にとっては
不可能で。

―結果、一番最初の夜は充電したままのゲーム機そのものを
放置するという結果に陥ってしまった

 そして翌朝、、蓋が閉じられたままのゲーム機本体を前に非常に
気まずい思いをして頭を抱えている克哉の姿があった。

(どうしよう…結局、思いっきり一晩あいつを放置してしまった…)

 期限は三カ月と伝えられている。
 その一日を結果的に自分は棒に振ってしまった形になった。
 けれどそれ以上に突如起こったこの事態に混乱して現実逃避を望んでいる
自分が確かに存在していた。
 いっそ昨日の一連の出来ごとが全て夢オチで終わってくれたらどれだけ楽
なのだろうか。
 もう一人の自分に会いたい、と望んでいる自分の願望が見せた一夜の夢
だったのだと…そうであって欲しいと望みながら恐る恐る二つ折りのゲーム機を
開いていくと…。

『貴様、記念すべき初夜だったのに、思いっきり俺を一晩放置するとは
良い度胸だな…』

「わああああ! ごめん! ど、どうしても昨夜の事が現実とは信じられなくて…。
も、もしかしてメチャクチャ怒っている…?」

『…怒らない訳があるか。こんなせまっくるしいゲーム機の中に押し込められた
だけでもそれなりにストレスが溜まっているのに、それでお前に最初から
思いっきり無視されたら腹が立たない訳がないだろう…』

「だ、だからごめんってば…。もう、長時間お前を放置したりしないように出来るだけ
気をつけるから許して欲しいんだけど…ダメかな?」

『…ほう、その言葉にウソはないな?』

「う、うん…そのつもりだけど…」

 画面上の眼鏡が実に愉快そうに…悪く言えば、何かを企んでいるかのような
実に不穏な表情を浮かべていったので、克哉の背筋にヒヤリとしたものが
伝っていく。

『なら最低でも起きている間は1~2時間おきに俺に多少は構うように配慮
するんだな。こうしてゲーム機を開けばいつでも俺とこうして会話する事が
出来るなんて良い話だろう? 仕事中は数分程度で構わないから出来るだけ
俺に気を配るようにしろ。お前が蓋をしている間はこっちは退屈で仕方ない
んだから…それぐらいの配慮はしてもらわなければな…』

「う、うん…判ったよ…」

『うむ、じゃあ…まず、俺にキスしてみろ…』

「えっ…この状態で…?」

『そうだ。早くしろ…』

 もう一人の自分にキスを要求されて克哉は正直固まってしまった。
 其れはゲーム機に向かってキスをしろという事なのだろうか?
 それは他の人間から見たら確実に奇異に見られる事間違いなしの光景である。
 正直葛藤したが、意を決してゲーム機の下画面に顔を寄せていくと…。

『…違う、今の段階でのキスはゲーム機の本体の裏側に収納されているタッチペンを
使って俺の唇にタッチするんだ。本当のキスは俺をその気にさせて実体化した時の
楽しみにしていろ…』

「ええっ! そ、そうなの…?」

 と驚いたが確かにこの小さなゲーム画面にキスした場合、相手の顔全体に
こっちの唇がサイズ的にベチャっと当たる可能性がある。
 しかしそういう説明を聞かされると本当にゲームをプレイしているかのような
錯覚を受けていく。

(本当になんかDSで恋愛ゲームでもやっているような気分だな…)

 心の中で突っ込んでいきながら恐る恐るタッチペンを引き抜いていき、
相手の唇にタッチさせようとしたが緊張していたのでタン! とかなり
強くタッチした途端、もう一人の自分が画面上でのけぞっていった。

『貴様! 今のは痛かったぞ! もう少しソフトにタッチしろ! この下手くそ!』

「うわわわ! ゴメン、次は気をつけるから…! こ、こうかな…!」

 相手の反応を聞いて半分パニックになりかけたがどうにか気を取り直して…
相手の唇にそっと優しくタッチペンをタッチさせていった。
 瞬間、眼鏡の顔が酷く色気のあるものに変わっていく。

『そうだ…上手いじゃないか。その調子で日中俺に構って欲情ゲージを
少しずつ上げていけ…。達成すればご褒美が待っている。楽しみに
しているんだな…』

「欲情ゲージ…? あ、本当だ。画面の右端の下に確かにそれらしきものが…
キスした瞬間に表示されたな…」

 ようやく多少、このゲームのルールみたいなのを理解して克哉は安堵の
息を漏らしていく。
 しかしその瞬間、目覚まし代わりにセットしている携帯がけたたましく
鳴り響いていった。

「うわ! 気づいたらもうこんな時間なのか?」

 その音に一気に現実に引き戻されて克哉は慌ててゲーム機の蓋を閉じて
出勤する準備に取り掛かっていった。
 そうして…まだまだ前途多難な感じを匂わせているが、克哉の奇妙な
生活は幕を開けていったのだった―


 
※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
 一部ダークな展開や描写を含むのでご了承下さいませ。

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―フードが落ちて現れた顔は、克哉にとっては見知った人物のものだった

 否、薄々と予想はしていた。
 だが…まさかという気持ちも同時に存在していたが、茫然とした様子で
雨に濡れた地面に膝をついている様子を見て…克哉は胸の奥にチリリと
した痛みが走るのを感じていった。

(やはり…オレをここに呼び出したのは松浦だったんだ…)

 恐らく、今の状況下で其処まで人に憎まれていると心当たりがあるのは
彼ぐらいしか存在しなかったから。
 かつて大学に在籍していた頃、本多の傍らにずっと松浦は存在していた。
 当時の二人は克哉にとっては眩しく見える事すらあった。
 好きなものに全力で打ちこんでいる当時のバレーボール部のメンバー達と
接していると、温度が違う事を嫌って程実感させられた。
 バレーボール自体は、克哉は好きだった。
 けれど…高校時代と変わらず、自分はどうしても人に対して深入りを避けて
しまう傾向にあったから誰とも打ち解ける事はなかった。
 其れが結局…大学のバレーボール部のメンバー達とも大きな壁を作る
原因になってしまい…結局、二年の始めぐらいで克哉は退部して…
松浦と接点を持つ事はなかった。

(オレ、のせいだ…。一か月前、きっとオレがあんな事をしたから…)

 自分と松浦は、友人ですらない。
 顔見知りではあったが、親しく会話した事も腹を割って話した事もない。
 だから相手がどんな考えをしているか知らなかった。
 知らないからこそ…不安が強まり、本多を取られてしまっているような
気持ちが拭えなくて…結果、感情的にあのような行動に出て…松浦を
追い詰めてしまったのだろう。
 松浦は今、冷たい雨に打たれて…放心状態になっていた。
 そうする事で目の前の現実を信じたくないと、必死に否定している風でもあった。

「ど、うして…こんな、事に…」

 そしてもう一人の自分が電話を掛けて救急車を手配している最中…
ようやく松浦が口を開いていった。

「何で、本多が…こんな場所に…。俺は…佐伯しか呼び出していない
筈だったのに、どうして…」

「………」

 松浦の目は危うく揺れて焦点が定まっていなかった。
 必死に目の前の現実を否定しようと心の中であがいているのが
見てるだけで判ってしまった。

「どうして、どうして…こんな事に、なってしまったんだ…! 俺は、佐伯さえ
いなくなってくれればと思っただけなのに…どうして…!」

「………っ!」

 例え親しくない間柄の人間であったとしても、誰かに「いなくなってくれれば」と
言われれば胸の奥に痛みが走る。
 自分も、同じ事を二人が飲みに言っている間に何度も思っていた。
 松浦なんかいなくなってしまえ、自分が本多と一緒に過ごす時間を取らないでくれ、
これ以上…仲良くなんてならないでくれ、と嫌な感情はいつだって胸の中に
グルグルと渦巻いていた。
 だから…松浦の事を責められない。
 自分だって、ずっと…同じような想いを胸に抱いていたのだから。
 だから本音を打ち明けた時、本多が…自分を優先して一緒にいる時間を
多く取るように配慮してくれた事で満足していた。
 それによって…踏みにじられる気持ちがある事から目をそらして…
そして幸せに溺れていた。
 克哉は今、その罪を突きつけられているような気分だった。

「やっと大学時代のように…こいつの一番傍にいられる…その状態に
戻ったと思っていたのに…。いつの間にか佐伯がその場所にいるように
なっていたのが許せなかった…! 一緒に過ごせる時間すら奪った事が
許せなかった…だから、俺は…」

「………」

 それはまるで、一か月前の自分を見ているような気分だった。
 同じ想いを克哉は松浦に対して抱いた。
 自分が本多の恋人で、一番傍にいる存在の筈なのに…例え過去の
仲間であったとしてもそれを奪われるのは許せなかった。
 あの夜はそれが爆発して、訴えて…本多から友人と一緒に過ごす時間を
奪ってしまった。

―自分の気持ちしか見えなかったせいで…!

 それを思い知らされて、耐えようのない痛みを覚えた瞬間…誰かが
自分の肩に手を置いた。
 もう一人の自分のものだった。

「…甘ったれた事を言うな。それで刃物まで持ち出した事が正当化されると
思っているのか…?」

「っ…!」

 松浦は目の前の光景に言葉を失っていった。
 印象こそ全く違うが…其処には佐伯克哉が確かに二人同時に存在
していた事を…眼鏡を掛けた方が言葉を発した事でようやく気付いたからだ。

「…何で、お前が二人…?」

「そんなのどうだって良いだろう…。それで何か? 俺を呼びだして殺して…
そして完全犯罪でもして、それで何食わぬ顔をして本多の一番として
ちゃっかり居座るつもりだったのか…? 本多が<オレ>をどれだけ大切に
思っているのかも判らずに…? そんな浅はかな考えを実際に実行に移す
つもりだったのか…?」

「うるさい…! お前に何が判る…!」

「…何も理解するつもりはない。少なくとも…人を殺してまで排除しようとする
考えそのものについてはな…」

「くっ…!」

 茫然としている克哉をよそに、松浦と眼鏡は言葉のやりとりを続けていく。
 その間…克哉は幽鬼のように頼りない足取りで、フラフラと本多の元に
向かっていた。
 冷たい雨が、本多から体温と血を容赦なく奪っていく。
 救急車はもう一人の自分が手配してくれた。
 けれど間に合わなかったら…その不安が猛烈に胸に広がって
いても立ってもいられなくなる。
 もう一人の自分と松浦の言い争いは尚続いていたが…本多の元に
近づき、その大きな手を必死になって握る頃には克哉の耳には殆ど
届かなくなっていた。
 松浦が、胸の中に溜まっていた毒を吐き出し続ける。
 どれだけ佐伯克哉を恨んでいるか、疎ましく思っていたか怨嗟の言葉が
紡がれ続ける。
 けれど今…愛する人間が死にそうになっている現実だけで心は
充分に壊れそうになっているのに、これ以上…自分の心を痛めつける
言葉など耳に入れたくなかった。
 だから、もう…本多の事だけに意識を集中して、嫌な言葉は全て
無意識のうちにシャットアウトし続けた。

「本多…お願いだよ、どうか…死なないで。…本多が死んだら、嫌だよ…!
オレだけ残されるなんて…お前のいない世界なんかで生きていたくないよ…!」

「…バカ、野郎…! そ、んな…よ、わ…きな…事…言う…ん、じゃ
ね…ぇ…よ…」

「そんな事、言われたって…本多が、死ぬなんて…嫌だ…嫌だよ…!
オレ、なんか…を庇った、せいで…ゴメン…本当に…ゴメンな…」

「…オレ、なん、か…なんて、言うなよ…俺に…と、って…克哉、は…
世界で…一番、大、切…な…存…在な、ん、だ…ぜ…」

 雨に混じって涙が目から溢れ続ける。
 神様、どうかどうか…この優しく愛しい男の命を奪うような真似だけは
しないでくださいと…切に克哉は祈り続ける。

(オレなんてどうなっても良いから…だから、本多を助けて下さい…!)

 ポロポロと泣きつづけながら、克哉は必死に祈り続ける。
 本多はこちらに視線を向けていたが…まともに見えていないようだった。
 焦点がうつろになって、視線が確かに泳いでいる。
 克哉の事をまともに見えていない可能性があるのは明白だった。
 その瞬間、ドサっという音とバシャン…という何かが倒れて水が跳ねる音が
耳に届いていった。
 あの二人から目をそらしていたので…克哉にはどちらが倒れたのか
とっさに判らなかった。
 そして一人がこちらの方角に歩いてくるような気配がした。

(どっちが、近づいてきているんだ…?)

 その事に一瞬、ヒヤリと背筋が冷たくなったが…すぐにどうでも良くなった。
 松浦がこちらに歩み寄って、またこちらに危害を加えようとしているのなら
好きにすれば良いと自暴自棄な心が湧き上がってくる。
 けれど…その人物が傍らに立った瞬間…こちらの肩にそっと手を
置いていった。
 それだけで一瞬、また涙ぐみそうになる。
 顔が見えなくてもそれだけで、どちらが倒れて…どちらがこちらの元に
来たのか充分に判ってしまったから。

「な、あ…其処…に、克哉、の他に…誰、か…いる…の、か…?」

 そして本多は危うい眼差しをしながら、背後にいる人物の気配を
感じてそう声を掛けていく。
 勢い良く冷たい雨が降り注ぐ中…そうして、三人は確かに対峙の
瞬間を迎えようとしていたのだった―


  ちょっと迷いましたが、ペルソナ2 罪のPSP版を
買って現在プレイ中。
 …香坂はペルソナシリーズはほぼ全部プレイしていて
十年ぐらい前にPS版の罪と罰、両方クリアしているんですが…
愛着あるゲームだし、PSPなら気軽に遊べるので
購入を踏み切りました。

 何ていうかまだ序盤の段階なんですが本当に懐かしいです。
 後、何気に今回の移植で戦闘とかが少し快適になっていて
その辺は良いな~と。
 …そういえばペルソナ2って、私にとっては同人活動を始めた
最初のジャンルなので結構思い入れがあったりします。

 ええ、当時は達哉と淳の二人の関係にドキドキとときめいていたさ…。
 罪の時にはあれだけ妖しい雰囲気を匂わせていた癖に、罰では
達哉って舞姉を想っていて淳の事をほったらかしな感じになって
いたのでか~な~り切なくなっていたんですが。
 …十数年前からすっかり腐女子だったんだな自分とツッコミ
入れたいんですけど。

 何て言うか丁度十年ぐらい前にハマっていたゲームが
ペルソナシリーズ、ガンパレードマーチ、FF7、俺の屍を越えていけ
その辺りなんですが(実際は当時はもっと沢山のゲームやっていますが
程々で割愛)この辺はどれも未だに根強いファンもいるし…俺の屍に至っては
今年、PSP版で改めて発売するのが決定しているし。
 ガンパレも未だに小説という形で出ていたりするし。
 FF7なんてクライシス・コアなんてザックスが主役の新作まで
出ているくらいだし。
 当時好きだったものが、こうやって改めてリメイクされて出てくれるのって
やっぱり嬉しいです。

 罰の方の結末が判っていたとしても…やっぱり自分は、淳が仲間に
なったら二人の関係に萌えるんだろうなぁ…。
 良いの、好きなものはどれだけ年月が過ぎても変わらないのは
充分判っているから。
 多分、ボチボチ遊んでいると思います。
 ん~ちょっとSSとかも書いてみたいな。
 当時は漫画で活動していたから…冷静に考えたら、ペルソナ2を
SSで書いた事って一回もなかったしな…(汗)

 心から懐かしいな~という気持ちを噛みしめて現在プレイ中です。
 
 
※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
 一部ダークな展開や描写を含むのでご了承下さいませ。

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―何が起こったのか、最初は理解したくなかった
 
 一瞬にして、克哉にとっての日常は崩壊してしまった。
 普通に働いて、自分の傍らにはいつだって愛しい恋人がいて支えてくれている…
そんな当たり前の日々が、唐突に終焉を迎えてしまった。
 冷たい雨が勢い良く降り注ぐ中、克哉は目の前の現実に打ちしがれた。

「ほ、本多…どうして…! 何で、お前がここに…?」

 克哉は、理解出来なかった。
 あの電話のおかげで本多はすでに犯人の手の中に落ちてしまっていると
思い込んでいたから。
 何故、彼が自分の背後から現れて…突き飛ばし、代わりに犯人の凶刃を
受けて倒れなければならないのかそれが判らなかった。

「…克哉、マジで…良かっ、た…お、前が、無…事で…」
 
「全然良くない! オレが無事でも…本多が、こんな風になってしまったら…
オレは嫌だよ! …どうして、こんな処にいるんだよ…!」

「…会社近くに…来、た時、お前に電話しても…繋がらなくて…そう、したら、
遠くの方で…お前が、必死に…走って、いる姿が…見え、たから…追い
掛け、たんだ…。」

 本多の声は弱々しく、途切れがちだった。
 腹部にはナイフが刺さったままで緩やかに彼の血が溢れ出ているのが
判って…それだけで気が触れてしまいそうだった。
 一刻も早くそのナイフを抜きたい衝動に駆られたが、恐らく冷たい雨が
降り注いでいる中で其れをやってしまっては本多は体温と血液を一気に
奪われて命を落とす可能性がある…そう判断してギリギリの処で留まっていった。

(もしかして…さっきの電話は…本多から、だったのか…?)

 電話掛けても繋がらない、と聞かされてふと思い出されたのが…
さっきの呼び出しの事だった。
 滑稽だった、もしあの時に電話を出ていれば…本多は無事だという事が
すぐに判った筈だ。
 そうしたらこんな卑劣な罠に自分は掛からないで済んでいた。
 自分を庇って本多がこんな風に傷つく事もなかった筈なのに。
 克哉は己の愚かさを心から後悔して、呆れたくなった。
 電話に出てさえいれば…こんな最悪の現実は訪れないで済んだ。
 あんな脅迫の言葉に踊らされてここに来なければ…そんなもしも、の考えが
頭の中を支配して…克哉は本当に消えてしまいたくなった。
 自分が傷つく事の方が、大切な人間が倒れて傷つく姿を見るよりもずっとマシで。

「本多、本多…! ごめん、本当にゴメン…!」

「…謝る、なよ…俺は…お前を、守れて…良かったと…思っている、んだ…ぜ…?」

 本当に苦しそうに胸を上下に喘がせていきながら本多がそう告げていく。
 どうしてこの男はこんな時にでも優しいのか。
 普段なら嬉しくて胸が暖かくなるのに…自分の行動が原因でこんな事態が招かれて
しまった今となったら…むしろ詰ってくれた方がどれだけ良いかと少し恨みたい気分に
さえなっていく。

「けど…オレの、せいで…オレなんか、を庇ったから…!」

「…オレ、なんか…っていうなよ…。俺にとっては克哉は…一番、大事な…
奴、なんだ、ぜ…? そいつを、守れたのなら…むしろ、本望、だ…」

「バカ! …お前って…本当に、バカだよ…!」

 克哉は泣いた。
 身体中の水分がなくなってしまうのではないかって思うくらいの勢いで
両目から涙が溢れ続けていく。
 どうしてこの男はこんなに優しいのか…いっそ恨みたいぐらいの
心境になっていく。
 目の端で黒いフードつきのレインコートを纏った犯人が茫然自失状態に
なって少し離れた位置で立ちつくしているのが見えた。
 けれど今は…克哉には本多の存在しか見えていない。
 だから必死にその手を握り締めて、気持ちを伝えようと試みていった。

「やだ…! 本多が死んでしまったら…オレは耐えられない…! だからお願い…だよ!
どうか死なないで…嫌だ、嫌だ…!」

 そうして泣きじゃくっていく。
 克哉も犯人も、目の前の現実に打ちのめされてまともな判断が出来なくなっていた。
 一刻も早く救急車を手配して…病院に搬送しなければならない。
 その判断を下す事も出来なくなり…刻一刻と、本多から血液と体温が冷たい雨に
よって奪われていく。

―お前は本当に馬鹿だな…!

 不意に、鮮明にもう一人の自分の声がした。

「えっ…? 今、どうして…?」

 克哉はその声によって、若干の正気を取り戻していった。
 慌てて周囲を見回していくと其処には…。

「嘘、どうして…お前が、此処に…?」

「…そんな事はどうでも良い…早く、携帯を貸せ…。お前はこいつを
死なせたいのか…?」

 其処にはいつの間にか…眼鏡を掛けたもう一人の自分が立っていた。
 其れがどういう理屈なのか、現象なのか判らない。
 だが…紛れもなく其処に自分と同じスーツを纏った、もう一人の佐伯克哉は
唐突に現れていた。
 相手の言葉にハっとなって、慌てて克哉はスーツのポケットを探って携帯電話を
探し出して…もう一人の自分に渡していく。

「借りるぞ…」

「え、う…うん…」

 そしてどうしてこんな事態になっているのかついていけず半ばパニックになりかけながら
克哉は成り行きを見守っていく。
 だが、克哉以上に犯人の方がその事実に耐えられなかったようだった。

「これは、一体なんだ…! どうして、お前が…もう一人いるんだ…?」

 犯人は混乱しきった様子で大声で叫んでいく。
 その時、感情に任せて思いっきり立ち上がっていくと…目元まで覆っていた黒いフードが
落ちて犯人の顔が晒されていった。
 其れを見て…克哉は自分の予想が正しかったのを想い知っていった。

「やっぱり…そうだったんだ…」

 其処に立っていたのは…予想通り、松浦宏明その人で。
 眼鏡を掛けた自分が病院の手配をしている最中、克哉は静かに…
本多を手を掛けた人物と雨の中、向き合っていったのだった―

※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
 一部ダークな展開や描写を含むのでご了承下さいませ。

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 お前の大事な人間を守りたかったら、お前の会社の付近にある大きな
公園の中心の街灯の下まで一人で来い

 先程の電話の主が語った衝撃的な内容が、全力で指定された場所に
向かっている最中…克哉の頭の中でリフレインし続けていた。
 克哉にとって大事な人間、という単語に当てはまる存在は本多と
実家に暮らしている家族ぐらいしか存在しない。
 本多と交際するまで、自分は人と深く関わるのを避けて生きて来た。
 だから当たり触りのない付き合いしかして来なかったし、 狭い人間関係の
中で生きてきた。
 プロトファイバーの一件で今、所属している営業八課のメンバー全員は
克哉にとって仲間と言える存在で大事な人間のカテゴリーに入っているが、
電話を受けた時、本多以外の全員が同じオフィス内にいた事から
対象から外れていると言って良い。
 だから克哉の頭の中には該当しているかもしれない本多を案じる
気持ちでいっぱいになってしまっていた。

(本多…! どうか無事でいてくれ!)

 克哉は20分程度の距離をともかく全力で走り続けた。
 周りをゆっくり見る余裕なんてなかった。
 携帯にまた着信が入っていても、取る余裕などなかった。
 もしもこの時、克哉が着信に気づいて取って話せていれば恐らく
この後の悲劇は回避されていたかもしれなかった。
 だが、克哉は不幸にも電話をスル―してともかく現地に向かい続けた。
 気づけば空は完全に曇天に覆われ、駆けている最中にポツポツと
雨が降り始めて少しずつ強くなっていった。
 しかし克哉はそれに構わず、途中で傘を買おうともせずにともかく
走り続けていった。
 そしてついに、指定された街灯の下まで辿りついていった。
 その頃には完全にびしょ濡れ状態になり…スーツやワイシャツの生地が
全身に張り付いてしまっていた。

「こ、ここで…良い、筈だよな…」

 荒い呼吸混じりに呟いて周囲を見回していく。
 だが其処には誰の人影も存在していなかった。
 もしかしたら物陰に隠れて、こちらの様子を伺っているのかも知れない。
 そうとも考えたが、焦っている克哉は苛立ち混じりに大声で
叫んでいった。

「おい…! 約束通り来たぞ! 早く姿を見せたらどうなんだ…!」

 雨脚はこの時点で更に強くなっていた。
 今日が13日の金曜日である事をふと思い出し…克哉は周囲の
様子とその事実に、不吉なものを感じていった。
 日常であるなら、そんなに意識されない事でも…異常事態に巻き込まれた時は
そんな大した事がなくても、不安を高める要素の一つになってしまう。
 雨音に自分の声が掻き消されてしまわないように…そう判断して
大声で訴えかけていくと…一人の人影が目の前に現れていった。

「っ…!」

 だが、克哉は一瞬…目を疑った。
 現れた人影は頭からすっぽり覆い隠すデザインの黒いレインコートと
手に鋭い包丁を持って現れたからだ。
 人影は一人…だが、今まで刃物を突き付けられた経験などない
克哉は恐れを抱かざるを得なかった。

「嘘、だろ…?」

 目の前の現実に、眩暈すら覚えた。
 薄暗いのと、フードを目元を覆い隠す形で隠されてしまっているので
誰だか判別はつかない。
 だが…この状況は、確実に克哉に対しての強い悪意と害意が
色濃く存在していた。

「お前さえいなければ…!」

 黒いレインコートを纏った人物は…憎々しげにそう呟いた。
 正体を隠す為か、こちらと目を合わせようとしない。

(オレは一体、どうしたら良いんだ…? それに本多は…?)

 克哉は一瞬、思考が停止しそうになった。
 これが現実だと理解したくなかった。
 だが…自分の身に危険が及んでいる事よりも、ともかく本多が
どうしているのかの方が心配になり周囲を軽く見回していった。
 其れが相手にとっては絶好の隙になった。

「消えろ…! お前など、いなくなれば良いんだ…!」

「うわぁ!!」

 そして危機が迫って来る。
 一瞬、身体が竦んで動けなかった。
 その途端、誰かに背後から突き飛ばされて克哉は地面に強い力で
叩きつけられていく。

「いつっ…!」

 そしてすぐに立ち上がって体制を立て直そうとした瞬間…
克哉は、信じられない現実を見た。

「う、そだ…」

 其処には、受け入れ難い現実が存在していた。
 彼を助けに来た筈だった。
 無事でいるかどうか知りたくて、其れで此処まで来た筈だった。
 だが…どうして、こんな形で会わなければならないのか。

「本多…! どうして…!」

 そう、襲われた克哉の代わりに…本多が其処にいて、
黒いフードの人物に腹部を深く刺されていた。
 その現実に耐えられず、克哉は絶叫した。

―そしてその直後、黒いフードの人物もまたこの世のものとは
思えない叫びを口から迸らせたのだった―

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小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
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 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
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一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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