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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 ※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
 彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
推測しながら読んでください。
 途中経過、結構ダークな展開も出て来ます。
 それらを了承の上でお読み下さいませ。

   GHOST                           

 ―それは陵辱とも強姦とも形容出来る行為だった。

 人並みに性体験はあったが、男を受け入れたことなど一回も
なかった克哉にとってはそれはあまりに衝撃的な体験だった。
 殆ど慣らす事すらせず、一気に最奥まで貫かれた時に
猛烈な激痛を覚えていく。

「うあああっ…!」

 克哉の苦悶の声が、御堂のマンション内…リビング中に響き渡っていった。
 だが、もう一人の自分はまったく意に介することなく容赦ない抽送を
繰り返していた。

「痛い…や、めろぉ…!」

「身体の力を抜けばすぐに悦くなる…。無駄な抵抗も、拒むことを止めれば
一気に地獄から天国にイク事が出来るぞ…?」

「やだ…いやだっ…!」

 もう一人の自分に犯されている最中、脳内に浮かぶのは御堂の
顔ばかりだった。

(こんな処を…帰宅した御堂さんに見られたら、オレは…!)

 その想いだけが強烈に広がり、それが克哉の身体の強張りを更に
激しいものにしていく。
 そのせいで出血して、快感ではなく強烈な痛みが広がっていく。

「そんなに意地を張るな…。自分の身体を痛めるだけだぞ…」

「いや、だ…お前なんか、に…屈したく、んんっ…!」

 ただ背後から犯しているだけでは克哉の意地を解くことは
出来ないと悟ったのだろう。
 後ろから強引に顎を捉えて、荒々しく唇を奪っていく。
 バックから犯されている克哉にとってはかなり苦しい体制だったが
相手の舌がこちらのそれを捕らえて…容赦なく絡ませてくる内に
気持ちとは裏腹に、身体の強張りは解けていってしまった。

「ふっ…うう、んっ…」

 こんなに甘い声を漏らす自分が、信じられなかった。
 どれだけ敵意を持っていても、それでもどこかでもう一人の自分のことを
憎みきれていないのだろうか。
 嫌いじゃないからこそ、キスも心地よいものに変わっていく。
 相手からの深い口付けは紛れもなく克哉に快感を齎していた。
 その事実に驚愕していった。

(こんな、事をされて…感じる、なんて…)

 悔しくて涙が滲んでいく。
 だが、陵辱者はそんな克哉の思惑などお構いなしに犯し続ける。
 一方的で愛情のカケラなどまったくない行為。
 それが判るからこそ、克哉は拒み続けていく。

(せめて…心だけでも、屈したくない…! オレをモノのようにしか扱わない…
そういう風になってしまったお前にだけは…!)

 自分を今、犯している相手には克哉は反発しか覚えない。
 確かに憧れた時期もあった。
 あんな風に自分も愛されたいと願ったこともあった。
 だが、それは…自分と共に生きていた彼だ。

―この世界の鬼畜王として覚醒してしまったもう一人の自分には
決して憧れることなどない…!

 その強烈な想いを抱きながら、一つの想いを思い出していく。

(オレは…お前と、御堂さんのように…なりたかった、のに…!)

 その気持ちに気づいた瞬間、どこかで自分は…あの世界の自分にも
愛されたかった想いがあった事に気づいた。
 もう一人の自分が犯した罪を許し、共に手を取り合って…理想を
追い求める二人の姿に自分は憧れた。
 あんな風になりたいと、自分にもそんな存在が欲しいと心の底から
願っていきながら…日々、消え行く自分を実感していた。

(オレは…オレは…!)

 御堂に、必要とされたかった。
 もう一人の自分に、いらないと思われたくなかった。
 けどあの世界では自分は消え行くだけと判っていたから…だから、
自分は、か細い糸のような微かな可能性に縋ったのだ。

「御堂、さん…! 御堂、さん…!」

 だからせめてその想いを忘れないに相手の名前を叫んでいきながら…
克哉はこの地獄のような時間が一刻も早く終わることだけを
願い続けていたのだった―
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※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
 彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
推測しながら読んでください。
 途中経過、結構ダークな展開も出て来ます。
 それらを了承の上でお読み下さいませ。
 これからは御克以外のカップリング要素のある描写も入ってくる
展開が続くので苦手な方はご注意下さいませ。

   GHOST                      

―昼間に流れたニュースを見て、残された時間はそんなに長くないと
思い知らされた克哉は、ようやく腹を括った。

(オレは心のどこかで…この平和な日常がずっと続いてくれればと
思っていた。けど…そんな受け身でいたら、オレはこの勝負に
負けるだけだ…)

 そう悟った克哉は一通りの家事を終えて、夕食の準備をしてから
御堂の帰りをただ待ち続けた。
 食卓の上にはそれなりにボリュームのある夕食が用意されて…
克哉は椅子に座って静かに待ち続けていた。
 こうして自宅に上げて貰っていたが、御堂の携帯番号やメールアドレスの
方は教えて貰っていない。
 時刻はすでに21時を超えている。
 夕食もすっかりと冷めてしまっているし…こちらの空腹もそろそろ
限界に達して来ている。 
 だがどれだけお腹の虫が鳴っても、あくまで自分はこの家に
居候をさせて貰っている身分である。
 この家の主である御堂を差し置いて、一人で先にご飯を食べてしまうのは
躊躇いがあった。

(それにあの人に…我儘を言おうとしているのに…先にご飯を食べてしまうなんて
出来ないよな…気分的に…)

 けれどまた再びお腹の虫はキュウ、と泣き始めて本気で背中とお腹が
くっついてしまいそうな勢いで空腹を覚え始めていく。
 目の前には冷え切ってしまっているが、自分が作った美味しそうな料理が
並んでいるのを見て…つい、誘惑に負けそうになってしまう。

「駄目だ…我慢だ、我慢…! 耐えろ…オレ…!」

 しかし食欲は人間の三大欲求の一つであり…生きていく上では
決して欠かせないものでもある。
 後、一時間も続いたら食欲に負けそうだ…と思い知らされた瞬間、
玄関の方から物音が聞こえて来た。

「御堂さん…っ!」

 このマンションはセキュリティも万全なので、こんな風にごく当たり前の
ように部屋の中に入って来れるのはカードキーを持っている人間だけだ。
 それ以外は管理人か、中に住んでいる人間の認証を得ないと外部の人間は
入れないシステムになっているので克哉はごく自然に声を上げていった。
 だが、其処に立っていた人間を見て…克哉は戦慄を覚えていく。

「…まさ、か…」

 その姿を見た瞬間、血の気が引いていった。
 其処に立っていたいたスーツ姿の男性であったが…この家の
主である御堂ではなかった。

「何で、お前が…この、家に…」

「…別に単なる気まぐれだ。暇つぶし程度にはなると思ってな…。それと
お前と俺のゲームはすでに始まっているのだと改めて伝えに来てやった…」

「そ、んな事…お前に言われなくたってとっくに判っているよ…!」

「ほう、その割にはこの三日間平和ボケをしているようにしか見えなかったけどな…」

「…くっ…!」

 図星を突かれて、克哉は顔をゆがめていく。
 目の前に立っている男は…彼と瓜二つの容姿をしていた。
 当然だ、自分と本来は同一人物なのだから。
 この世界ではRの言うところ『覚醒』して…嗜虐的な趣味を全開にして…
人を踏みにじる行為も辞さない鬼畜王となったもう一人の自分。
 そのアイスブルーの瞳からは冷酷なものを感じて、克哉はゾっとなった。
 無意識の内にテーブルから立ちあがって後ずさりを始めていく。
 本能的な恐怖を、自分と同じ顔の男から覚える。

「…今日は御堂は大きなトラブルがあったので…帰宅は午前様になるそうだ。
そういう訳で今夜はお前とゆっくり話す時間を取れそうでな…。だから
こうして来てやった…」

「なっ…そん、な…」

 そんな話は聞いていない、と思った。
 だが…自分が買い物に帰って来た直後、そういえば自宅の電話が鳴って
いたのを思い出す。
 留守番に何か吹き込まれていたが…御堂の電話だという意識があった為か
メッセージは確認せずにそのまま夕食を始めたが、もしかして…あの電話が
そうだったのだろうか。

(そういえば…電話があった。御堂さん宛てのものだと思ったから電話も
取らなかったし…留守電メッセージもそのままにしていたけれど…まさか
あれが、そうだったのか…?)

 心の中に、点滅していた留守番電話が過ぎっていった。
 その瞬間が相手にとっては付け入る隙へと変わっていく。

「ほらほら…考え込んでいる暇などないぞ…?」

「うわっ…! 止めろ、来るな…!」

 克哉が思考に耽った隙を突いて、もう一人の自分が一気に間合いを
詰めていく。
 相手の行動に遅れを取り、両手を捉えられていった。

「…随分とつれない反応をするじゃないか…? せっかくお前の為に…
わざわざこうして出て来てやったというのに…」

「…そんな事、オレは望んで…んんっ!」

 相手をにらみ返しながら反論をしていくと、唐突に唇をふさがれていった。
 熱い舌先がこちらの口腔を犯すように…蹂躙するように容赦なく絡められて、
こっちの舌を吸い上げられていく。
 
「ふっ…ううっ…ん…ふっ…!」

 克哉は必死に頭を振りながら…相手の濃厚な口づけから逃れようと
必死にあがき続けていく。
 だが、相手はすでに三人もの人間を調教しきった存在なのに対して…
こちらは普通のセックスしか経験もなく、しかもそれらの色っぽい行為も
何年もご無沙汰になっているような人間である。
 キス一つを取っても勝負になる訳がなかった。

(キスだけで…流されそうに、なる…)

 相手のキスはあまりに的確で、舌先を絡め合っているだけで強烈に
こちらの官能を刺激されてまともに立っている事も叶わなくなる。
 実際に腰から下が砕けそうになって、気を抜くとそのままフローリングの
床の上に跪いてしまいそうだった。

「やっ…あっ…! 止めろ、『俺』…!」

 必死になってもがいて、やっと相手の口づけから逃れていく。
 だが相手の腕を振り払うまでには至らない。
 お互いの口元が赤く染まり、唾液で濡れている事が酷く生々しく
思えて…克哉はカっと顔を染めていく。

「…止めろ? 本番はこれからじゃないか…なあ、オレ…? とりあえず…
今夜は俺をたっぷりとお前に刻みつけてやるよ…!」

「やだ! 止めろ!…お前に、好き勝手になんてされたくない…! 離せ、
離せよ…!」

 そうしてもう一人の自分に床の上に押し倒されて、うつぶせになったまま
腰を高く突き上げさせられる体制を取らされていく。
 そして一気に何の躊躇いもなくズボンに手を掛けられて…下着ごと
衣類を引き下ろされていく。

「やめろ! オレにこんな真似をして…何が、楽しいんだよ…!」

「…充分に楽しんでいるがな。その怯える小動物のような目…なかなか
こちらの嗜虐心を煽っているぞ…!」

「何を、うあっ…!」

 そうして強く身体を抑えつけられたまま、抵抗する事も叶わず…
克哉は相手のペニスに背後から一気に最奥まで貫かれていったのだった―

※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
 彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
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 途中経過、結構ダークな展開も出て来ます。
 他のカップリングの要素を孕んでいる描写も今後
出てくる可能性があります。
 それらを了承の上でお読み下さいませ。

   GHOST                   

―赤い天幕で覆われた部屋に、一人の男が君臨していた

 Mr.Rはその男の瞳に宿る冷酷な光りを見る度に背筋が
ゾクゾクするような感覚を覚えていく。

(すっかり覚醒されましたね…我が君…)

 王座を思わせる赤いソファに腰を掛けながら…先日、連れて来たばかりの
青年を慈しむように撫ぜている。
 明るいオレンジの髪をした青年は初めに連れて来た時には必死になって
抵抗していたが…今では主となる男に屈したようだ。
 彼の膝に頭を乗せていきながら…蕩けきった眼差しを浮かべていた。
 
(支配する者とされる者…これこそ、貴方のあるべき本来の姿です…)

 その様子を眺めていきながら、Rは満足そうに部屋全体を
眺めていく。
 先に連れて来た二人は王座の背後に控えている。
 彼らの瞳に宿るのは強烈な嫉妬だった。
 主である男性に愛して、構ってほしいと願いながら…今その男性の
興味は新しく来た存在に向けられていることに気づいて焦燥を覚えている。
 
「…可愛い奴だ…」

「……はい…ありがとう、ございます…」

 完全に心酔しきった眼差しを相手に向けていきながら…男は
新しく来た己の奴隷をやさしく撫ぜていってやる。
 まるで愛玩動物のような振る舞いだが、男の関心が自分に向けられて
いるだけで…青年には嬉しいらしい。
 ここに来てからほんの数日の間に、ここまで一人の人間の心を
打ち砕いて…己に心服させるその器に、Rは心から感嘆していく。
 青年の体には無数の鞭で打たれた痕や、縛られた形跡が
残されている。
 だが…そんな身体的な痛みよりも、男に与えられる快感に
彼はもうすっかり虜になってしまっているようだった。
  グリグリと相手の膝に己の頬や額を擦り付けて強請るような
仕草を見せていく。
 だが、男は…相手の欲求を熟知していながら…自ら動くような
真似はしない。
 実際に男の性器を生地越しに刺激していたが…ここに君臨するように
なってから様々な行為を体験してきた今となっては、その程度のことでは
すでに興奮しなくなってきた。

「…焦れったい真似をするな…欲しいなら、もっと率直に
求めたらどうだ…?」

「はい…じゃあ、失礼します…」

 数日前まで憎まれ口を叩いていた青年は、すっかりと敬語に
口調を変えながら恭しくフロント部分を引き下げて…相手のペニスを
口に含み始めていく。
 その様子に背後の二人も、軽く煽られたようだった。

「…ふふ、しっかりと調教を済まされたようですね…」

「ああ、最初は少し手こずったが…こいつも今では俺の所有物だ。
しかしまだ…俺を満足させるには足らないな…」

「ええ、判っておりますよ…。貴方という人間の欲望を満たす為には
二人や三人程度取り揃えただけでは足りないでしょう…?
ですからもう三人ほど…狩を楽しんで下さい。一気に浚って
調教を済まされるのも良いですが…ハンティングというのもまた
悪くないでしょう。一人一人…ここに招いて、じっくりと貴方の所有物だと
教え込む過程を楽しまれるのもまた一興でしょう…」

「ああ、そうだな…。一人ずつ時間を掛けてというのも悪くはない…。
次は…俺が覚醒した直後に可愛がってくれた奴でも近い内に
招くとしよう…。この二人が…こいつの存在に少しは馴染み始めた
頃辺りにな…」

 そう、黒衣の男と王座に座っている存在が会話している間も…
オレンジ色の髪の青年は必死になって奉仕を続けていく。
 少しずつ硬さを帯びて来ている姿に、すでに性奴隷と成り果てた
彼は興奮しきっているようだった。

「僕も…構って、下さい…」

「俺も…もう、我慢出来ません…! お願いですから、どうか…!」

 主が興奮し始めたのを見て…背後に控えていた二人も堪らずに
懇願の声を挙げていく。
 その様子を男は満足そうに見つめて…だが、敢えてまだ支持を
出さずに彼らをじらしていく。
 きっとその興奮が最骨頂になった時に…彼らを満たす為の
支持を彼は出すのだろう。
 その様子を愉快そうに眺めながら…Rは心の中でそっと呟く。

―さあ、主の手はゆっくりと…御堂さんの方にも迫って来ていますよ…。
それにどのように貴方が抗うか…見物ですね…

 これは、主が楽しむ為のハンティングという名のゲーム。
 一人ずつターゲットを時間を掛けて攻略し、最後の一人となる
御堂に手を伸ばされるまでの間に…もう一人の克哉が御堂の心を
捕らえる事が出来れば、彼の勝利。
 出来なければ主の勝利となり…そしてもう一人の彼もまた、主の
所有物となる運命が待っている。
 それが男が提示したルールだった。

―この方は、覚醒していますから一筋縄では行きませんよ…

 そう瞳を細めながら笑っていくと、Rは目の前で繰り広げられている
彼らのイカれたショーを愉快そうに眺めていく。

―この男性がこの地に君臨する限り、自分は暫く退屈することはないだろうと…
そのことを確信していきながら、ゆっくりと男は傍観者として鑑賞し始めて
いったのだった―
※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
 彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
推測しながら読んでください。
 途中経過、結構ダークな展開も出て来ます。
 それらを了承の上でお読み下さいませ。

   GHOST                

―佐伯

 仕事中には心から愛しそうに彼はそう名を呼ぶ。
 優しくも、深く信頼をしながら…。

―克哉

 二人きりの時は、そう呼んでいた。
 心の中に嫉妬が浮かんでしまうぐらいに蕩けそうな声で。
 
(貴方の中に、オレの存在なんて始めから存在しなかった…)

 二人を見ながら、ずっと克哉はその想いに苛まれていた。
 ガラス越しに世界を眺めていた。
 現実に干渉することも出来ず、あくまで傍観者のままで。
 自分という意識は存在するのに誰にも存在を認識されることもなく。
 まるで光が差し込んでも透かしてしまって、受け止めることさえも
出来ない儚い存在に過ぎなかった。

―必要にされたかった

 あの二人を見ていたから、芽生えた思い。

―愛されたかった

 それはあまりに強い後悔の念。
 その可能性が残されていた時に、何もかもを捨てる選択を
した事を彼は心から悔いていた。

―誰かオレを必要として下さい…!

 それは懇願にも似た、願い。
 何度も何度も、繰り返し絶望の中で叫び続けた感情。
 その声に…ある日、Rは応えた。

―ゲームをしませんか?

 と…愉快そうに微笑みながら。
 それでも克哉は構わなかった。
 今のこの状況が…彼らにとっては板状のゲーム、余興に過ぎないと
判っていても。
 何の可能性も存在しないゼロの世界よりも、ほんの僅かでも
覆すことが出来るかも知れない世界の方が克哉にとっては
魅力的だったから。

―今の自分は彼らの始めたゲームの駒に過ぎない

 その自覚はあっても、克哉は…それでも人に対して何かを
する事が許されていることと、何かに触って確認する事が出来る
幸せと食べて味を感じること、話すことが出来ること…。
 普通の生きている人間だったら当たり前の事にすら、深く感謝して
日々を過ごしていたのだった―

                   *

 出勤する御堂を見送った後、克哉はうたた寝をしていた。
 そして目覚めた時、頬は涙で濡れていた。
 早起きをして洗濯をしたり…朝食の準備をした疲れが出て
しまったのだろう。
 革張りのソファの上に座って寛いでいたら…いつの間にか
眠ってしまったようだ。
 窓の外は快晴で、見ていて清々しい気分になった。
 陽はすでに高く登り、昼過ぎを迎えていることを告げていた。

「夢、か…」 

 かつての状況…記憶の断片を垣間見て、克哉は今…
こうして自分に身体がある事に深い感謝を覚えていった。
 確認するように自分の手を何度も握ったり、離したりしていく。
 たったそれだけの動作も『肉体』があるからこそ出来る。
 どういう理屈かは判らないがこの身体には血も通っているし、
体温もキチンと存在している。
 だが、それは御堂の傍にいるか…彼が生活している空間に
自分が存在している場合のみだ。
 この部屋から長く離れれば、自分は消えてしまう。
 幸いにも買い物に行く程度の短い時間なら、持ちこたえることが
出来るのが唯一の救いだったが。

「何か出来るって事は…凄く幸せなことだったんだな…」

 ほんの数日前までの自分の状況を振り返って、彼は
しみじみと呟いていった。

「生きていることって、こんなにも…在り難かったんだ。それに気づかずに…
何て無駄なことをしていたんだろう…オレって」

 それは亡霊のような生き方を強いられた今だからこそ思い知った事だった。
 死んでしまえば、自由を奪われてしまえば…人は何も成すことが出来ない。
 もう一人の自分の意識に押されて、肉体の主導権を奪われてしまった時に…
自分という存在はすでに消えているに等しい現実を理解した。

「生きてる…今は、少なくとも…」

 そうして、また…深く呼吸を吐いていった。
 心に浮かぶのは御堂と、Rにこのゲームを開始する前に言われた
言葉ばかりだった。
 その事が過ぎった瞬間、克哉の耳に予想外のニュースが飛び込んでくる。
 朝食時に御堂が付けていたテレビをそのままにしていた。
 だが、其処に映し出された人物の顔を見て克哉はこわばっていった。

「…まさか、もう…!」

 そうしてアナウンスが流れていく。
 見覚えがある人物の顔と名前が表示されて…その人物が失踪して
数日が経過していること。
 そして…家族が公開捜査に踏み切って、情報を求めていることが
告げられて…克哉は顔を蒼白になっていく。

「まさか…こんなにも早く…もう三人目が…。ちくしょう…こっちが
思っている以上に、残された時間が少ないって事か…」

 このゲームの説明を受けた克哉だからこそ、その失踪した人物が
以前に消えた本多と片桐にも繋がっている事を把握している。
 恐らく、最後に御堂が狙われることは判っている。
 果たして自分に何が出来るのか。
 
(もう残された時間が少ないなら…形振りを構っていられない。
残り一人にも魔の手が迫ったら次は、御堂さんだ…。それにあの子にも
警告ぐらいは促しておかないと…いや、あの子はきっと受け入れてしまう…。
なら、御堂さんだけでも…どうか…)

 この三日間、平和な日常を満喫していた。
 今朝も幸せを噛み締めていた。
 だが…このニュースによって克哉は一気に現実を突きつけられていく。
 ジワジワと追い詰められていることに。
 刻限が迫っていることを実感して、足場が崩れていくようだった。
 
(お前には…絶対に、負けない…負けたくない…この世界でも、
負け犬に終わるのは真っ平御免だ…!) 

 そうして手のひらに爪が食い込むぐらいに強く己の手を握り締めていく。
 あまりに強く握りすぎて、うっすらと血が滲んでいく。
 其処からドクドクと脈動する感覚と痛みを感じていきながら…克哉は
必死に自分が出来ることは何かを考え始めていったのだった―
 
 

※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
 彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
推測しながら読んでください。
 途中経過、結構ダークな展開も出て来ます。
 それらを了承の上でお読み下さいませ。

   GHOST              

―御堂の元に克哉が身を寄せて三日が早くも経過していた

 朝、起きて身支度を整えていると御堂は本日も軽く苦悶していた。
 窓の外の光景は爽やかで、見ているだけで清々しい気分になるぐらいに
空は晴れ渡っているのに、彼の心は曇天で覆われているようだった。

(…この状況は一体どうしたものか…)

 三日前に佐伯克哉が自分の元に厄介になりたいと、怪しい男を通して
言ってきて、すったもんだの挙句に承諾して置いてしまった。
 だが未だに多くの謎が存在しているので御堂の頭はまともに考えると
ショートしてしまいそうだった。
 どうしてキクチに所属していた佐伯、本多、片桐の三人が失踪したのか。
 何故一人だけ戻ってきた彼は別人のように様変わりしていたのか。
 どういった理由で自分が拒絶した途端にその佐伯克哉の身体が
幽霊か何かのように透き通って消えそうになってしまうのか。
 それらの理由がさっぱり見えて来ないせいで…本気で頭痛を
覚えてしまいそうだった。
 一気に非日常の中に突き落とされた御堂の心境は極めて複雑で
一言で説明しきれない程だ。

「…佐伯に何度聞いても、まったくまともな回答が戻ってこないしな…。
自分は亡霊みたいなものだっていうのは…どういう意味なんだ…」

 特に一番、心に引っかかっているのは…三日前の夜に彼が
言ったその言葉だった。
 亡霊という事は、彼は死んでいるという事なのだろうか?
 だが揉み合った後に強く抱きつかれたが…克哉の身体はちゃんと
質感もあったし、何より暖かかった。
 生きた人間の感触と体温を確かに感じていたのだ。
 だが、確かにその身体が透き通り…消えてしまいそうになったのも
はっきりとこの目で見た。

「…幾ら考えてもまったく判らないな…」

 深く溜息を吐いていきながら御堂はベッドから起き上がって、身支度を
整え始めていく。
 早くもワイシャツに袖を通して、背広を着始めていった。
 本来なら早朝のこの時間帯は自宅ではパジャマでゆったりと過ごしているのだが
あまり親しくない人間が同居している状況なので…隙を見せたくないという思いから
この三日間は目覚めるとさっさと出勤する時の服装に着替えてしまっていた。
 そうして洗面所で髪を整えてダイニングに顔を出していくと…美味しそうな
匂いが鼻を突いていった。

「あ、おはようございます…御堂さん。朝食の用意は出来ていますよ…」

「うむ…」

 部屋に入るとすぐに克哉の満面の笑顔が飛び込んでくる。
 その表情にうっかり眩しいものを感じてしまっている自分に非常に
突っ込みを入れたくなった。

(佐伯…どうして君はそんなに妙に可愛らしい顔を浮かべるような
人間になっているんだ…?)

 散々、眼鏡を掛けてこちらを苛立たせるような発言を繰り返して人間と
同一人物とは思えないぐらいに今の克哉は爽やかだった。
 ワイシャツとスーツズボン、そして御堂から借り受けた黄緑色のシンプルな
デザインのエプロンを纏っている姿はまさに主夫のようだった。
 こちらに厄介になっているのだから…という理由でここ三日間は克哉が
食事を担当してくれていた。 
 朝と晩、そして昼用に弁当まで用意してくれている有様だ。
 これでは新婚みたいではないか…と内心は思っていたが、あまりに相手が
真剣にそれくらいはやらせて下さい! と訴えかけてしまったので無下に
突っぱねる事も出来ずに気づいたらこの状況に陥ってしまっていた。

(しかも…日々、上達しているしな…。この目玉焼きの火加減は
まさに私好みの半熟だし…)

 殆ど言葉を交わさぬまま、食卓の前に座って行くと…グウ、と胃が
鳴っていくのが判る。
 生理的な現象だと判っているのだが…何となく釈然としないものを感じていった。
 机の上にはこんがりと焼かれたトースト、イタリアンドレッシングが掛かったサラダ、
ソーセージが二本程度添えられている目玉焼き、そしてカップにはオニオンスープが
一杯と暖かいコーヒーが用意されていた。
 しかもどれもこちらの食欲をそそるような良い匂いを立てていた。

「頂くとするか…」

「はいどうぞ召し上がって下さい…」

 そうして御堂はトーストから手を伸ばして齧っていく。
 焼き加減は上々で、コーヒーとも良くマッチしている。

「旨い…」

「本当ですか! 良かった…」

 認めるのは少し悔しいが、それこそ一級のホテルに出てくる朝食に引けを
取らないぐらいの出来栄えに、つい言葉を漏らしてしまうと…それこそ眩しい
ばかりの笑顔を克哉が浮かべていく。
 その様子をうっかり可愛いなどと思ってしまう自分はきっと重症なのだろう。

(一体私はどうしてしまったんだ…? あんなに生意気で癪に障る態度ばかりを
取っていた男を可愛いと思うなんて…どうかしてしまっているな…)

 腹の底からそう思ったが、御堂が食べ進めていくと克哉は本当に嬉しそうに
ニコニコと笑っている。
 まるでこちらに対して、こうやって食事の用意をして美味しそうに食べている事が
本当に嬉しいとでも伝えるかのように。
 だから御堂は…惑いながら、克哉に出ていけとは言いづらくなってしまっている。
 縋り付いて来た時の腕の強さと、必死さに…自分はほだされてしまったのだろうか?
 そんな事をグルグルと感じながらも、御堂は食事を食べ続けていった。

「あ、コーヒーのおかわり…淹れますか?」

「ああ…お願いしよう」

「はい、じゃあ…すぐに淹れますね」

 至れり尽くせりの気遣いに、御堂はついフッと微笑んでしまっている。
 こうやって相手の善意を感じてしまうと…人間なかなか高圧的な態度を
取れないものだ。
 身を寄せてからの三日間、克哉は本当にこちらに対して精いっぱいの事を
しようと努力しているのが判る。
 それが伝わってくるからこそ…御堂もダンダンと強い態度に出れないで
ズルズルと来てしまっているのだ。

(まったく君は本当に性質が悪いな…肝心な事をまったく言おうと
しない癖に…)

 心の中でそう毒づきながらも…御堂は容易された食事を全部
綺麗に平らげていく。

「…旨かったぞ」

「…ありがとうございます。その言葉を聞けただけで…作った
甲斐があります!」

 そして、また克哉は嬉しそうな顔を浮かべる。
 そんな一言でも心から感激しているのだと一目瞭然の顔で。
 どうして彼が自分の前でそんな表情をしているのか疑問に思いながらも…
御堂は食器を下げて、出勤する準備を整えていく。

(…どうして私は、彼に強く問いただすのを躊躇っているんだ…?)

 そう疑問に思った瞬間、ふと彼は気付いた。
 きっと今、聞きたい事を聞いたら…謎が解けてしまったら彼はきっと
いなくなってしまう予感があったから。
 彼は自分を亡霊と言った。
 …うかつに聞けば、彼は消えてしまうような気がしていたのだ。
 だから御堂は今は、口を閉ざす事にした。
 きっと彼とこうやって過ごせる日々は儚く、そんなに長くないような
気がしていたから…今は目をつぶっていった

―そんな御堂の背中を、切なそうに克哉が眺めていた事を…
この時、彼は気付いていなかった…
 

※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
 彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
推測しながら読んでください。
 途中経過、結構ダークな展開も出て来ます。
  同時に他のカップリングの要素も孕む展開も出てくる可能性があります。
 それらを了承の上でお読み下さいませ。

   GHOST         

―男が去った後、結局御堂は別人のように様変わりをしてしまった相手に対して
何を聞けばいいのか判らずにいた

Mr.Rが立ち去った後、二人は暫く無言で見つめ合い、立ち尽くしていたが…
そのまま御堂は口を閉ざしたまま…白い霧が立ち込める中、帰路に
ついていった。
 やや速足のまま…それでもぼんやりと街の景観が浮かび上がっていく中…
自宅であるマンションを目指して彼は一直線に向かっていった。
 そんな彼の後を克哉は必死に追いかけていく。
 御堂の背中には、もしこの霧の中で自分を見失ってしまったのならば
決してこちらを探したりなどしない、そのまま振り返らずに進んでいくという…
そういう絶対的な意思のようなものが感じられた。

(御堂さん…怒っているよな…きっと…。どうやら、ここでの御堂さんは…
どちらの佐伯克哉ともそんなに深く関わり合わなかったみたいだし…)

 克哉には、今がどういう状況なのか把握し切れていなかった。
 ただ一つ言えるのは…ここはまだ、自分にとっての可能性が残されている
場所という事だけだ。
 胸の中に浮かぶのはあの二人の姿。
 お互いを必要としあい、信頼しあって…真っすぐに一つの目標へと
突き進んでいる姿はまぶしすぎて、同時に強い嫉妬を抱き続けていた。
 
(…けど、あのままではオレは何も出来ずに自然淘汰されるだけだった…)

 何も出来ずに、自己主張も行動も出来ずに…ただぼんやりとガラス越しの
ように世界を眺める事しか出来ない日々。
 その事を思い返せば、今はこうして自分の肉体を持って行動する
事が許されているだけ…たったそれだけでも克哉にとっては幸いだった。
 
―オレは亡霊みたいなものだったから…なら、こうして再び何かする事が
許されたのなら…何かを、残したい。この人の中でも…この世界にでも、
誰かに、いや…どこかで良いからオレが生きた証を…一つだけでも…

 心の中で強くそう思いながら、克哉は懸命に先を歩いている御堂に
追いすがっていった。
 胸に強い願いはあっても、それを叶える為に自分が何をすれば良いのか
まだ彼には見えていなかった。
 だが、御堂の傍にいる限りは…少なくとも考える時間ぐらいは与えられる。
 あまり悠長にしていられないと判っていても、ほんの数日程度でも多少は
時間は与えられているのだと信じたい。

(この人に手が延ばされるまでは…少しは間がある筈だ。どれくらいかは
判らないけれど…少しぐらいは抵抗したり、抗う猶予ぐらいは与えてくれていると
信じたい。そうしなきゃ…Mr.Rにとってこの『ゲーム』は何の面白みも
なくなってしまうから。ワンサイドゲームになるのはきっと…あの人の
趣味じゃない筈だから…)

 実際の処、あの男性が何を考えてこんな趣向を凝らしたのか…こうして
自分にチャンスを与えるような真似をしたのか、克哉には判らなかったので
断定はできない。
 だから希望的観測と判っていても、強く願い続けていく。
 そうしている内に御堂のマンションの玄関に辿りついて…カードキーを
使って御堂は先に入っていく。

「わわっ…! 待って下さい御堂さん…!」

 御堂が通り抜けた瞬間、自動ドアがすぐに閉まりそうになって慌てて
克哉が駆けこんでいく。
 その様子を御堂は鉱石のように感情のない眼差しで眺めていた。
 克哉はそれを見て…この世界の御堂の中には、こちらに対して何の
恋愛感情は存在していないという…その歴然とした事実を思い知る。

(やっぱり…この御堂さんは…どちらのオレ『俺』も…そんなに親しく
ないんだな…。凄く冷たい目をしている…)

 それに人間、好意がある人間なら歩調を合わせようとするものだ。
 先程の御堂の歩く速度から見ても…冷たい拒絶のようなものが
はっきりと感じられた。
 人間は嫌でも態度や行動に、その思惑や感情がにじむものだ。
 きっと御堂はどうして、そんなに親しくもない人間を自分の自宅に招いて
面倒を見なくてはいけないんだ…という苛立ちを感じているに違いない。
 そう思ったら、克哉は申し訳なくて泣きそうになってしまう。
 自動ドアをくぐった瞬間…ブワっと涙が浮かび始めていった。

「わっ…」

「…なっ?」

 御堂は、突然克哉が泣きだした事に驚いていく。
 二人して…エントランスの処に立ち止まって、気まずい空気が流れる中…
顔を見合わせていった。

「…どうして、泣いている…?」

「あ、その…すみません…。何でも、ないんです…」

 そうしてはにかむように笑いながら克哉はさっさとその話題を切り上げようとした。
 だが御堂はキっと睨みつけて阻んでいく。

「…まったく、君ははっきりしない男だな! これから私の家に厄介になろうというのに…
その動機も語らず、メソメソと泣いて…その理由を何も話さずに曖昧にして…
これから一つ屋根の下で暮らそうというのか! 人を馬鹿にするにも程がある!」

「えっ…ああっ! す、すみません! その…突然一緒に暮らしたいとか願って…
貴方の処に転がり込んだ訳ですけど…迷惑だと思われているのかと思ったら…
それと、貴方の冷たい目を見たら…その、申し訳ない気持ちになってしまって…!」

「なら、金ぐらいは工面してやる。出来たら返せば良い…! 迷惑だと思うなら…
今からでも近所のホテルでも手配するんだな! そんなに辛気臭い男と
一緒に暮らす義理は私にはないんだからな…!」

「そ、それが出来るなら…ああっ…!」

「なっ…!」

 御堂が拒絶の言葉を吐いた瞬間、また例の現象が起こった。
 突然克哉の身体がホログラフィが何かのように透け始めていく。
 さっきもこんな奇妙な事が起こった事を思い出して御堂が硬直していくと…
克哉はまるでその身体にすがりつくように強く抱きつき始めていった。

「…御堂さん! お願いですから…拒絶する言葉は、吐かないで下さい…! 
貴方に拒絶されたら、オレは…消えるしか、ないんですから…!」

「な、んだと…!」

 その言葉に驚愕を覚えていきながら、つい相手の身体を突き飛ばす事も
忘れてなすがままになっていく。
 そうして十秒もすれば…先程まで透明になりつつあった克哉の身体は
再び実体を持って、はっきりしたものへと戻っていく。

「佐伯君…一体、君は…何なんだ…?」

 現実では到底ありえない光景を真の当たりにして…御堂が困惑した
表情を浮かべていく。
 そんな彼に向かって、克哉は自嘲気味に笑いながら…こう
告げていった。

―今のオレは亡霊みたいなものですよ…貴方の傍に置いて貰わなければ…
儚く消えてしまうぐらいにね…

 そうして儚く佐伯克哉は笑っていく。
 かつて御堂の知っていた傲岸不遜な男とはまったく違う顔を見せていきながら。
 御堂はそれを見て、更に困惑が強くなっていくのを実感していった。
 だが…自分が拒絶すれば相手の存在は跡形もなく消えてしまう。
 それが事実だと薄々感じた御堂は…一言だけこう告げた。

「そうか、なら…来い。このまま君に消えられたら…後味が悪そうだしな…」

「…ありがとうございます。感謝します…」

 ぶっきらぼうな言い方の中に、御堂なりの情けを感じて克哉は頭を
下げていく。
 それが今の二人の距離。
 どこまでもよそよそしく…暖かい心の交流など何もない関係。

(けれど…この人に傍にいる事を許されただけまだマシだ…)

 そう克哉は自分に言い聞かせて…御堂の背中を追いかけて、彼の
部屋へと一緒に向かっていったのだった―
 

 

  ※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
 彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
推測しながら読んでください。
 途中経過、結構ダークな展開も出て来ます。
 それらを了承の上でお読み下さいませ。

   GHOST      

 御堂を見つめながらRは軽やかに言葉を紡いでいく。

―この人が暫く失踪していたのは貴方もご存じでしょう?
そして現在、持ち合わせのお金もなければ…住むべき所もありません。
暫くの間でかまいませんので、この人の身元を引き受けて貰えないでしょうか…?

「…どうして私が、彼の面倒を見なければならないんだ…?」

 御堂はその申し出に面食らっていた。
 元々、佐伯克哉とはそこまで親しかった訳ではない。
 むしろ眼鏡を掛けて傲岸不遜だった頃の彼は嫌いな人種に入っていた程だ。
 一回だけ休日にばったり顔を合わせて行きつけのワインバーで食事をした事と
プロトファイバーの営業を担当している間に頻繁にやりとりした
ぐらいしか接点はない。
 言ってみれば仕事上の付き合い以外はほぼ皆無だった相手だ。
 その事に心底疑問を覚えな柄御堂が問いかけていくと、男はニッコリと
笑いながら答えていく。

―この人が貴方の元に身を寄せる事を心から望んだからですよ…

「なっ…! 本当か…佐伯君…?」

「は、はい…。そうです。厚かましい願いだというのは承知の上ですけど…
オレは、貴方の側に置いて欲しいんです…。ダメ、でしょうか…?」

(そんな小動物のような目で私を見ないでくれ…!)

 そう答えている克哉の瞳は、まるでこちらに必死になって縋っているようで…
御堂の心に深く突き刺さっていく。
 何と答えれば良いのか、御堂は迷った。
 相手の泣きそうな眼差しのせいで無碍に突っぱねる事に猛烈な
罪悪感を覚えていく。 
 するとRは愉快そうに笑いながら告げていった。

―ずっと貴方の元に身を寄せている訳ではありません…。暫くの間だけで
良いのです…。この人が安定するまで、一ヶ月程度…とまずは見て下されば
構いません。とりあえず住むところがなければ就職活動も何も出来ないし、
お金も稼ぐ事が出来ない。少しの間だけ…その拠点を提供して
下されば良いのですから…

「…そんな事を言われても、安易に頷ける訳がないだろう…」

 そうして御堂がためらいを見せた瞬間、とんでもない光景が飛び込んでくる。
 御堂が断ろうと考え始めた途端に、目の前の佐伯克哉の姿が透け始めていたのだ。
 まるで映画が何かに出てくる幽霊のように、光を透過してその姿が揺らぎ始めていく。
 まるで御堂が拒絶したら、目の前の相手の存在が掻き消えてしまうかの
ように思えて、御堂は猛烈に悩んでいった。

「…お願いします。暫くの間で構わないので…御堂さんの側に置いて下さい…!」

 まるで懇願するように彼が訴え掛けていく。
 それによって御堂の心は大きく揺らぎ始めていった。

「…判った、君がそこまで望むなら…暫くの間で良いなら私の自宅に来ると良い…」

 そう答えた瞬間、克哉の姿ははっきりしたものへと再び戻っていった。

「…あ、ありがとうございます…!」

 心から喜んでいると一目で判る笑顔で、克哉が答えていく。
 その瞬間、御堂の中に奇妙な感情が湧きあがっていった。

(どうして私は彼の笑顔を見て…こんなに心がざわめいているんだ…?)

 そう疑問を覚えた瞬間、黒衣の男は満足そうな顔を浮かべていた。

―話は成立したようですね。それでは暫くの間…この方の事を宜しく
お願い致します。そして、貴方が知りたがっている…キクチに所属していた
人間が何故失踪したか。約束の通り、ヒントだけは差し上げましょう…。
彼らは呼ばれて、その声に応えたからです。彼らを強く望んだ…
ただお一人の存在に身を捧げる為にね…

「なっ…それは一体、どういう意味だ…!」

 男の言葉は抽象的すぎて、御堂にはまったく意味が判らなかった。
 だが男はそれ以上の言葉を残すことなく…彼らから背を向けて
闇の中に溶けていくように姿を消していく。
 そしてその場には御堂と克哉の二人だけが残されていった。

―ごきげんよう

 そう最後に聞こえていきながら…御堂は克哉と、再び対峙していった―

 
 

※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
 彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
推測しながら読んでください。
 途中経過、結構ダークな展開も出て来ます。
 それらを了承の上でお読み下さいませ。

   GHOST   


―何も残さないでこの世から消えたくなかった
 
 この物語はそんな強い想いから引き起こされたシャッフルの結果。
 佐伯克哉という人間が辿る無数の可能性と結末。
 その中の二つが、謎多き男の気まぐれによって繋がれて混ざりあったが故に、
本来出会う訳のない二人が巡り会う。
 少なくても、この「佐伯克哉」と御堂孝典が顔を合わせる事だけは有り得ない。
 それはこれから始まる狩りを面白くする為の余興。
 奇跡を起こした男にとって、奇跡とさえ呼べる行為でさえも…
その程度の認識しかなかった。
 だが、それでも彼は足掻き続ける。
 男が定めた予定調和を少しでも乱して、壊す為に…。
 
            *
 
 白い霧で覆われた四月の夜。
 御堂孝典は唐突に現れた男に対して強い警戒心を抱きながら対峙していった。
 
―そんなに警戒しなくて大丈夫ですよ。私は貴方に危害を加える気
などないですから…
 
 黒衣の男はそうして、微笑んでいく。
 だが御堂の胸のざわめきは一層深まっていくだけだった。
 本来、笑みというものは相手の警戒心や敵愾心を緩和する効果がある筈だが、
目の前の相手のそれを見ても心が和むなど絶対にありえなかった。
 むしろ得体の知れない感情が一層強まるだけだ。
 
(一体、この男は何なんだ…)
 
 人から恐れられる事は沢山あっても、御堂の方から相手に畏れを
抱く事は滅多にない。
 その極めて珍しい事を前にしながら、険しい顔をして向き合っていった。
 
「…一体、私に何を頼みたいというのだ…。君のような男と今まで会ったことも
言葉も交わした記憶もない。そんな人間に何かを頼まれるような筋合いは
まったくないのだが」
 
―えぇ、私と貴方は今日が初対面ですからね。けれど私の方は貴方を以前から
存じ上げておりました…。それにこれは貴方様じゃなければ頼めない事ですから…
この方を暫く面倒を見てやって欲しいのです…
 
「この、方…だと?」
 
 そうして男が一歩引いていくと白い霧の中から一人の人物が現れていく。
 その姿を見て御堂は思わず驚愕した。
 
「佐伯、君…?」
 
 そう、其処に立っていたのは佐伯克哉だった。
 だが御堂の記憶に鮮明に残っている彼とは大きく印象が異なっていた。
 目の前に立っている彼は…そうだ、初対面の時のような弱々しく、
オドオドした雰囲気を纏っていた。
 御堂が多く接していたのは、眼鏡を掛けて傲慢ともいえる態度をとっていた
自信満々の姿だっただけに、二重の意味で衝撃を覚えていった。
 
「お久しぶりです…御堂さん…」
 
「どうして、君が…。君は数ヶ月前に失踪したんじゃなかったのか…?」
 
「失踪? ああ、そういうことになっているんですか…」
 
「…?」
 
 相手の言葉に御堂は違和感を覚えていった。
 だがその疑問を指摘するだけの材料を今は持たないので口を噤んでいく。

(この佐伯は…どこかおかしくないか?)

 相手の様子があまりに御堂の記憶にある彼と異なり過ぎている。
 だが、どうやってそれを切り出せば良いのか迷っている間に…黒衣の男は
話を進めていった。

「…すみません、この方は現在色々ありまして…記憶が一部混乱して
いらっしゃるので…ここ最近の記憶をはっきりと覚えていらっしゃらないのです。
行方をくらませている間も…戻ってくる事が出来なかったのもそのせいですから。
そうして数カ月、失踪している間に住んでいる場所は片づけられてしまったので…
現在、この人には宿泊するお金も身を寄せるべき場所もない状況です。
そして貴方が知っている通り、「八課のこの方が頼れそうな方たち」は
すでに同じように姿を消されてしまっています。厚かましい願いだと
思いますが…どうか暫くの間だけ、この方の身元を引き受けてやって
下さいませんか…?」

「記憶が混乱、しているだと…?」

 御堂が疑わしそうに二人を見つめていくと、男は愉快そうな笑みを
たたえたまま表情を変えず、克哉の方はいたたまれなさそうに肩を
すくめていった。
 それは記憶の中にある佐伯克哉とはあまりに態度が違いすぎる。
 だが、逆にそれ故に信憑性があるようにも感じられた。
 
(本当に現実にそんな事がある事なのか…?)

 八課に所属していた片桐稔と、本多憲二の二人は一カ月程前に
ほぼ同時期に失踪していた。
 その原因はいまだ不明で、八課や身内の人間は全力でその行方を
探し求めているが…未だに手掛かりがないままと風の噂で聞いていた。
 プロトファイバーの営業が終わった後はそこまで関わりを持っていた訳ではなく
それでも大きな事件であったから、たまたま御堂の耳に入った程度の事だ。
 だが、それでも自分が関わった人間が相次いで…数が月の内に三人も
失踪したというのは多少は気に掛かっていた。
 御堂は大いに迷いながら…佐伯克哉を見つめていく。
 目線が合うと克哉は一瞬、おびえたような色を見せていった。
 だが…少しして、すがりつくような眼差しをこちらに向けてくる。

(迷子の子供か…捨てられた小動物のような弱々しい目だ…)

 自分の知っている佐伯克哉は、もっと自信に満ち溢れていて…見ていると
こちらがイライラしてくるぐらいに傲岸不遜な男だった。
 あまりに違いすぎる様子に、御堂は困惑していく。
 何かとんでもない事に巻き込まれてしまいそうな…そんな嫌な予感が
ジワジワと湧き上がっていきそうだった。
 だが、御堂が迷っていると…克哉は必死な顔を浮かべながら口を
開いていった。

「…本当は、御堂さんにこんな事を頼むのは筋違いだって判っているんです…。
けど、本当に数日で良いんです…。どうか、貴方の傍に置いて下さい…!」
 
 真摯な様子で訴えかける相手に、奇妙な事に心が揺らぎ始める。
 頭の隅で警鐘が鳴り響いていくのが判る。
 だが、相手の目が軽く潤んでいるのに気付くと…いつものように
一刀両断出来ない。

(私は…一体どうしてしまったんだ…!)

 そしてザワザワと心が乱れていくのを感じていきながら…再び
黒衣の男がまるで役者のように、流れるような口調で言葉を
紡ぎ始めていったのだった―
 
 

※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
 彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
推測しながら読んでください。
 途中経過、結構ダークな展開も出て来ます。
 それらを了承の上でお読み下さいませ。


―完全に、消えたくなかった

 自分という存在が殆ど空気のようになり…皆にとって何の意味が
なくなってしまっていても、その想いだけは消えてくれなかった。

―何かを残したかった

 自分が生きたという証を。
 認めてくれる存在を、あの二人のように…自分も、人とそんな関係を
築きたかった。
 たった一度で良い。
 愛し愛される…お互いが必要としあう関係を作り上げたかった。
 それが己のエゴであると判っていても、このままでは自分が消えてしまうと
悟ったからこそ…見つけ出した唯一の願いだった。

―お願いします、オレを必要として下さい…!

 それは彼の心からの願い。
 体裁も建前も何もかも脱ぎ棄てて、最後に残った純粋な想いだった。
 だから男はそんな彼を気まぐれに拾った。
 最終的に、利用するつもりで。 
 何もしないでいたら…静かに消え去ってしまう存在に悪魔のような笑みを
浮かべていきながら…優しく、手を差し伸べていく。
 その奥に不穏なものを感じながらも…黙って消えたくなかった彼は、
それでもその手を繋いでいく。
 どんな意図で、男がこちらに手を差し出したのかを理解しないまま…。
 
―彼は亡霊のような儚い存在から、ゆっくりと実体を持ち…再び
己の意思で語り、世界を感じる事を赦されていった

                       *

 プロトファイバーの営業が終わってから数カ月、季節はすでに
春を迎えようとしていた。
 先月までは春を迎えた筈なのに…彼岸を過ぎた辺りから半端ではない
寒さが襲いかかっていて、桜の開花を迎えたというのに夜は五度前後の
気温まで冷え込んでいる日々が続いていた。
 そして四月の初め、、ようやく暖かくなり始めた頃…その日は濃霧に
都内は覆われていた。
 この時期に車の運転も厳しくなるぐらいに深い霧が発生するなど
極めて珍しい事であり…その為にこの日の御堂孝典は車ではなく、
電車と徒歩で帰宅する事となった。
 普段は車で20~30分程度の距離だが、こうやって電車を使って
通勤すると新鮮な気分になった。
 まあそれもたまになら…の話だ。

 基本的に昼食を取る時間すら削って仕事に追われている御堂に
とっては通勤時間が長くなるのは望ましくない。
 それでも白い霧に覆われた今日に限って言えば、万が一にも
事故を起こしてしまってはシャレにならないと考えて…安全の為に
公共の交通機関を使う事になったが、それでも時間帯によっては
速度制限される時もあって、色々と混乱があったようだ。
 幸いにも…御堂が使用した時間帯はどちらもその難を逃れていたが。

(…今年は本当に異常気象の連続だな…)

 しみじみとそう実感していきながら、御堂は速足で帰路についていた。
 白い霧で覆われていると言っても、遠方の方が霞んで見えるだけで…
歩いて動く距離に関してはそんなに問題ない。
 だが、街灯に照らされている部位には細かい水の粒子がフワフワと
浮かびあがって普段とは違った装いを周囲は見せていた。
 見慣れた道を歩いている筈なのに、まるで異世界に迷い込んでしまった
ような奇妙な錯覚を覚えていく。

「…こんなに春なのに濃い霧が発生するとはな…。珍しい事が続くな…」

 軽く溜息を吐いていきながら…ようやく御堂は自宅のあるマンションの
周辺へと辿りついていった。
 ここまでは慎重に、怖々と進んでいた部分もあったが…馴染みがある
処まで辿りつけば安堵が広がっていく。
 霧が出ているせいか、先日よりも少しはマシになっているとはいえ…
今夜は充分に冷えている。
 早く家に帰って、今夜はシャワーだけではなく…久しぶりに湯を溜めて
湯船にでも浸かるか、とふと考えた瞬間…背後から声を掛けられた。

―こんばんは

 その声は、まるで舞台か何かで発されたかのように酷く周囲に
反響していった。
 とっさに御堂は後ろを振り向くが…そこには誰もいない。
 目を凝らして探しても、人の姿らしきものはどこにもなかった。

「…誰だ…?」

 その声は聞き覚えがあるような、ないような…少なくとも御堂の身辺に
いる人物の誰のものとも異なっていた。
 しかしたった一言でもまるで舞台で役者が演技しているような…そんな
歌うような響きを持った声音だった。

―ふふ、そんなに探さなくても…私の姿はただ、霧の中に紛れているだけの
話ですよ…。話すだけならそんなに支障はないのですから…そんなに
懸命に探さなくても大丈夫ですよ…

「…一体、君は誰だ? 姿も見せない相手に…馴れ馴れしく話しかけられる
謂われなど私にはないのだが…」

―ふふふ、つれない反応ですね。もうじき捧げられる存在だというのに
己のその結末を知らない哀れな子羊に噛みついても仕方ないですが…。
貴方に一つ、頼みたい事がありましたから…今日はこうして姿を現させて
もらったのですが、宜しいですか…・?
 
「顔も見せない相手の頼みなど私には聞く義理はまったくない」

 相手の言葉をばっさりと一刀両断していきながら、御堂はさっさと
踵を返していった。
 まったく相手に構う意思すら見せない、毅然とした見事な態度だった。

―お待ち下さい。貴方は…周囲で姿を消した方々がどうなったのかを…
知りたくはないですか…?」

「っ…?」

 その一言を聞いた瞬間、御堂は一瞬だけ足を止めていった。
 御堂の周囲は、確かに関係者が何人か…ここ一カ月の間に姿を
消してしまったという報告があった。
 今では直接的な関係はなく、徐々に疎遠になっていく間柄であったから
あまり気に止めていなかったが…それは確かに、御堂の中で気がかりに
なっている事でもあった。

(この男は…彼らが消えた理由を知っているのか…?)

 その好奇心が、つい御堂の足を止めていく。
 僅かな間を、相手は見逃さなかった。
 相手の声がした方をつい振り返った瞬間…其処に長い金髪をなびかせた
黒の長いコートを纏った謎多き人物が、ゆっくりと白い霧の中から
浮かびあがって、彼の前に現れていったのだった―
 

※この話は以前に高速シャングリラ様が発行した
「克克アンソロジー1」に寄贈した作品です。
一定期間をすでに経ているのでサイトで再掲載を
させて頂きました。
 この点をご了承の上でお読み下さいませ。 

 慰撫(いぶ)   


洗い物を終えて、部屋の方に戻ると…もう一人の自分は、ベッドの上で
悠然と座りながらこちらを待っていたようだった。
上着を脱いで、Yシャツだけのラフな格好になりながら…グラスを片手に
腰を掛けている姿は悔しい事に非常に様になっていた。
 
「終わったか…?」
 
「うん、洗い物は無事に終わったよ…」
 
 そう答えた次の瞬間、実に艶かしい双眸をこちらに向けられていく。
 その瞬間、背筋がゾクっとした。瞬く間に室内に濃密な空気が漂い始めて…
息が詰まるような緊張感が生まれ始めていく。
 
(やっぱり…こういう流れに、なるんだな…)
 
 キュッと唇を噛み締めながら、克哉は確信していった。
 …コイツがこうして、自分の前に現れた以上…こういう流れにならないのは
むしろ不自然である事を頭の端で理解していく。
 だが…それと緊張する、しないは別の次元だ。自分の方は、身体が強張って
しまって…身動き取れなくなってしまっている。
 そんな呪縛を解くかのように…『俺』の唇から、一言…言葉が漏れた。
 
「来いよ…『オレ』…傷心のお前を、俺が慰めてやろう…」
 
 傲慢に、悠然とそう言い放ちながら…ハーフグラスを右手に持ちながら、男は
甘くそうこちらを誘惑していく。
 黒褐色液体で満たされたその硝子の容器から何故か目を離せなくなっていく。
 
「あ…」
 
 たったそれだけの事で、身体の奥が疼いていくのが判った。そして…自覚していく。
 この男が目の前に現れた事で自分も浅ましくもこういう展開を期待していた事実に…。
 
「どうした…? 早く来い…。夜は短いんだ…躊躇っているだけ、時間の無駄だぞ…?」
 
「う、ん…」
 
 まるで何かに操られているかのように…フラフラした足取りで克哉はゆっくりと…
相手が立っているベッドサイドの方へと向かい始めていく。
 顔が火照って…どうしようもなくなる。自分の身体なのに、もう制御不可能に
なってしまっているような気がした。
 自分がすぐに引き寄せられる距離まで近づいていくと…男は、作為的な動作で
自分が持っていたグラスを煽っていく。芳醇な香りがフイに鼻腔を突いていった。
 興味を惹かれながら、グイと腕を引かれて…唇を重ねられていく。
 焼け付くような熱さが、喉の奥に広がっていった。
 
(これは…っ)
 
 驚きながらも、流し込まれた液体をゴク、と嚥下していく。
 その間…唇をたっぷりと舌先で弄られたせいで早くも身体が反応してしまっている。
 暫くして、ようやく解放されていくと…克哉は少しだけ恨みがましい目を
相手に向けていった。
 
「…お前、オレが大事に取っておいた…秘蔵のウィスキーの栓を開けたな…?」
 
「…ケチケチするな。酒とは基本的に飲んで楽しむ為に存在するものだ。
…旨い酒は、落ち込んだ気分を慰めてくれる何よりの薬だろ…?」
 
 そう、もう一人の自分が持っているグラスを満たしていた液体の正体は…
克哉が以前に懇意にしている取引先から貰った貴重なウィスキーだった。
 最初は何度もこんなに高価な物は貰えないと断ったのだが…相手は
下戸らしく、どうせならウィスキーを好きな人間に飲んでもらいたいから…
と強く言われてしまって、半ば押し切られるような形で貰い受けた一品だった。
 後でインターネットを調べて優に一本、三万以上はする一品だったと知って
ぎょっとしたが、とっておきの時にどうせなら楽しませて貰おう…そうして、
長年大事に秘蔵していた物だったのだ。
 
「そう、だけど…。一言くらい、オレに断ってくれたって…」
 
「…断ったら、絶対に貧乏性のお前の事だ。『ダメ』と言って聞かない
だろうからな…好きにさせて貰った…」
 
「…お前なぁ…んんっ…」
 
 文句がつい零れてしまう唇を、また強引に塞がれてしまう。
 もう一人の自分が仕掛けてくるキスは濃厚なのに甘くて…気を抜くと
気持ちが良くてついうっとりしてしまいそうだった。
 口付けは強引の癖に、こちらを抱き締めながら…背中を撫ぜ擦り上げる
掌はとても優しいもので…その落差につい、ゾクゾクしていってしまう。
 
(気持ち良い…)
 
 勝手に大事にしていたウィスキーを開けられてしまって腹立たしい筈なのに、
そんな事がどうでも良くなってしまうくらい…もう一人の自分が与えて
くれる感覚は心地よくて。
 こちらからも…相手の身体に縋りつくように、その首元に腕を回して
抱きついていった。
 唇が離れる度に、男は持っていたグラスを煽って…こちらの口腔に流し込んでくる。
 酔いしれてしまうくらいに、極上の味わいの酒をこんな風に酌をされながら
飲まされてしまうと…次第に何もかもがどうでも良くなってしまった。
 
「はっ…ん…ほんっと、信じられない奴…」
 
 完全に、相手のペースに流されてしまっている。
 その事実が少し癪だったので…そんな憎まれ口を叩いてみせるが、相手は
まったく意に介した気配はなかった。
 
「そんなの…判りきった事だろう?」
 
 男は傲然と微笑みながら、グイと自分の方にこちらの腰を引き寄せていく。
 瞬く間に、淫らな指先がこちらの身体を辿り始めていった。
 自然とベッドの端に座っている相手の上に乗り上げるような体制になっていった。
背中から臀部の掛けてのラインを更に丹念に擦り上げていく。
 いつもの彼ならば、こちらの弱い場所…性感帯ばかりを責めてくるのに、今夜に
限っては背中から腰に掛けてを念入りに擦られているので少々、勝手が違っていた。
 
「んっ…はぁ…」
 
 相手から啄ばむようなキスを幾度となく受けていくと…克哉の唇から、
悩ましげな声が漏れていく。キスをされて、撫ぜられているだけなのに早くも
身体のあちこちの部位が眼鏡を求めて反応し始めていくのを…否でも自覚していった。
 尻肉をスーツのズボン生地の上から揉みしだかれて、妖しく蕾が蠢いていく。
 
―そんな刺激じゃ、足りない。
 
 無意識の内にそんな衝動に突き動かされて、ギュっと克哉の方から相手の
身体にしがみついていった。すでに上質の酒で酔いしれたおかげなのか…先程まで
少しはあった抵抗感がいつの間にか霧散していく。
 相手が欲しい、とその事実を認めて…克哉は自分の方から積極的に
相手の唇を求めていった。
 
 クチュ…ピチュ…チュク…チュル…
 
 こちらが舌を蠢かす度に、淫靡な水音が頭の中で響き続けていった。
 そんな音すらも今は感じてしまって…堪らなくなっていった。
 
「…どうした? 今夜は積極的じゃないか…?」
 
「…そうだね。お前の気持ちが…嬉しかったから、ね…」
 
 多少強引ではあったけれど、落ち込んで帰って来た日に家に明かりが
灯っていて…暖かくて美味しい夕食が用意されている。
 それはもしかしたら、家庭を持っている人間には当たり前の光景なのかも
知れない。けれど…大学時代から長年、一人暮らしを続けていた克哉にとっては
半ば忘れかけていた喜びで、だからこそ嬉しく感じたのだ。
 
「ご飯、美味しかったし…凄く、嬉しかったから…」
 
「だから俺に、こういう形で対価を払おう…と思っているのか…?」
 
「っ…どうだって、良いだろ…! そんな事…!」
 
 瞬く間に顔を真っ赤に染め上げていく所から察するに、今の眼鏡の言葉は
図星だったらしかった。だがそんなもう一人の自分の様子を見て、男はククっと
喉の奥で笑いを噛み殺していった。
 
 
「そうだな…とりあえず理由や動機など、確かにどうでも良いな…。この時間を
たっぷりと堪能出来るかの方が…重要だ…」
 
「あっ…」
 
 相手の手が、こちらの下肢をゆっくりと弄り始める。フロントの部分を探られて、
あっという間にジッパーを引き下げられていくと…早くも熱を帯びて硬くなっている
性器が引きずり出されていった。
 
「お前のコレは…本当に正直だな。俺にもっと気持ち良くして欲しいって…強請って
いるみたいに小刻みに震えているぞ…」
 
「だ、から…口に出して、説明するなよ…! 本気で、恥ずかしいんだから…!」
 
「…断る。どうせ俺に食われるなら、腕の中でトコトン恥ずかしさに悶えて感じていろ。
その方が俺も存分に愉しめるからな…」
 
「うっ…わっ…! お前、本当に意地が、悪い…んはっ…!」
 
 そうしている間に、相手の手はドンドンとこちらの衣類を剥き始めた。このままだ
と自分だけが裸にされてしまうかも知れない…と焦った克哉は、慌てて相手の
衣類も脱がしに掛かっていった。
 
「こらっ…お前も、ちゃんと服…脱げよ! オレばかり毎回脱がされるのは…
本当にフェアじゃないし…!」
 
 文句を言いながら、やや性急な動作で眼鏡のスーツの上着とYシャツを
脱がしに掛かる。均整の取れた薄い筋肉に覆われた胸板が露になる。
自分と同じ造りをしていると判っていても、見惚れてしまうのは少し不思議だった。
 
(うっ…わっ…! こうやって正面で向かい合って、電気が点いている中で…
抱かれるのってかなり恥ずかしいかも…!)
 
 顔を真っ赤にしながら、男が自分のスーツズボンを下着ごと引き下ろして
いくのを自ら手伝いながら…現状に気づいていく。
 相手の腹部周辺に、勃起した自分のペニスが突きつけられる形になっていた。
眼鏡の太股の部分に乗り上げて、ヌルっと滑った液体を其処に塗りつけられて
いくと…一層、身体全体の体温が上がっていく気がした。
 
「んっ…ふっ…」
 
 眼鏡の指先が、粘ったジェルのような液を纏いながらこちらの内部に侵入
し始めていく。其れに的確に内部をくじられていけば…甘い疼きが全身に
走り抜けていった。
 前立腺の部位を指の腹で丹念に弄られればもうダメだ。こちらの意思とは
関係なく、そこは淫らに蠢いてもっと確かな刺激を求め始めていく。
 
「イイ声だな…お前の啼き声は、聞いていてこちらも存分に…愉しめる…」
 
 そうして、男の目が真正面からこちらの双眸を覗き込んでいく。
 蒼く澄んだ双眸がこちらを射抜くように見据えてくる。
 欲情に濡れてギラギラとした、獣の瞳。それが視線でも克哉を犯すように
鮮烈に見つめ続けていく。
 
「あっ…ぁ…」
 
 その眼差しにすらも感じてしまって、甘い声が知らずに漏れてしまう。
 そうしている間に…腰をいつの間にか両手で掴まれて相手に誘導されるままに…
眼鏡の剛直の上に腰を落とす形となった。
 
「はぁ…んんっ…!」
 
 ビリビリビリ、と強烈な電流に晒されたみたいだ。もう…その快楽に
抗えなくなる。
 挿れただけでこれだ。…更に腰を突き動かされて、厭らしく腰を使われて
いったらどんな結果になるのか…半ば恐怖を覚えながら、その身体を
ゆすり上げられていった。
 
「んんっ…やっ…あんまり、激しく…する、なよ…」
 
 自分の固く張り詰めたペニスを片手で弄られながら、克哉があえかな
息を漏らしていく。
 だが男は容赦などしない。一層こちらを追い詰めていくように…腰を乱暴に
使ってこちらの内部を抉り続けていった。
 
「…嘘を言うな。お前の本心は…もっと、じゃないのか…?」
 
「そんな、事…な、い…んんっ…!」
 
 理性では、確かに恐怖を覚えて否と言っているかも知れないが…身体は
本能的にもっと強い感覚を求めていた。だから嘘つきな唇を強引に
塞がれていく。
 忙しない呼吸を繰り返して、涙をうっすらと浮かべていく。
 だが…男は一切の手加減などしてくれない。克哉がもっとおかしくなるように…
一層深くペニスを根元まで突き入れて、快感を引きずり出していくだけだ。
 
「ふっ…やっ…! やだ…そんなに、其処を突かれたら…オレっ…!」
 
 ベッドシーツをきつく掴みながら懇願するが、決して聞き遂げられる事はない。
 円を描くように腰を使われて、荒々しく内部を掻き回されていく。その度に理性に
ひびが入り…終いには、快楽を追い求めること以外考えられなくなった。
 
「…セックスは最大のリフレッシュ効果があるって…良く言われるしな…。
お前の中の憂いが全て晴れるくらいに…ただ、俺だけを今は、感じろ…!」
 
「あぁ…!」
 
 ギュウ、と相手の背中に強くしがみ付いていきながら…強烈な快楽の波が
押し寄せてきているのを感じた。克哉のペニスの先端が、相手の指を
グチョグチョに濡らしながら大量の先走りを滲ませてヒクヒクと震えている。
 
「ん、あっ…もっと、『俺』…」
 
 夢中で、こちらからも唇を求めていく。
 すでに相手を貪ることしか考えられなくなって、自分の中が彼の熱さ
だけで満たされる。
 裸の胸板同士がぶつかりあい、荒く激しい鼓動を伝え合っていた。
 もっと近くに、相手が欲しくて仕方がなくなっている。
 だから珍しく素直に求めていくと、相手も満足そうな笑みを刻んでいった。
 
「あぁ…俺で、お前の中を…満たして、やるよ…」
 
 熱っぽく掠れた声音で眼鏡がそう告げると同時に、最奥を壊すかのような
勢いで熱いペニスが穿たれていった。
 
「ひぁぁぁっ…!」
 
 克哉が耐え切れずに高く啼くのと同時に…堰を切ったように熱い精液が
その内部で解放されて勢い良く注ぎ込まれていく。
 ビクンビクン…と自分と相手の身体が、快楽の余韻で大きく震えているのを
感じながら…克哉は、相手の方からもしっかりとこちらを抱き締めてくれて
いるのを感じた。
 
(あったかい…)
 
 その温もりを心地よく思いながら…克哉は、スウっと安らかに意識を遠ざけていった―
  

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香坂
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女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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