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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 ※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
 彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
推測しながら読んでください。
 途中経過、結構ダークな展開も出て来ます。
 それらを了承の上でお読み下さいませ。

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―自分が生きた証を残したい

 それはこの世に生を受けているなら、どんな生物にもある
根本的な欲求だ。
 だが人間に関して言えば、子孫を残す以外に創作をしたり…
誰かの中に生き続けるといった方法も存在している。

(御堂さんにせめて覚えていてほしいんだ…オレという人間がいたことを…)

 今、克哉は葛藤している。
 帰宅して夕食を終えて、それぞれがシャワーを浴び終えて、克哉は
リビングへ、御堂は寝室の方に落ち着いた頃…強くそう思っていた。
 今は清潔なパジャマに身を包み、皮張りのソファの上に腰をかけながら
彼は覚悟を決めていた。
 残されている時間があまりに短いことが激しい焦燥感を掻き立てられていく。

(明日の夜を…無事に迎えられる保証なんてどこにもないんだ…!)

 今夜にだってもう一人の自分が訪れて…この平穏な日々は終わりを
迎えてしまうかも知れないのだ。
 そうなれば自分は…何もしないままで負けてしまうようなものだ。
 せっかくチャンスを与えられているのなら駄目でも良いから最後に
あがきたかった。

「御堂さんがオレのことを受け入れてくれる保証なんてどこにもないけど
…もう、今夜しかないんだ…!」

 そうして覚悟を決めて、克哉はゆっくりと御堂の部屋に続く廊下を
歩き始めていく。
 ただ近づいているというだけで、心臓が破裂しそうになっている。

(昨晩、キスをしてくれたんだ…脈がない訳じゃない。そう信じるんだ…)

 心の中でそう言い聞かせていても、胸からドクドクドクと激しい心拍数が
聞こえてきて…手足がガタガタと震えてしまっていた。
 自分から御堂に好きだから抱いて欲しい、というのは…それこそ彼にとっては
清水の舞台から飛び降りるぐらいの勇気が必要な行為だった。
 まだ早いのではないのかと…葛藤する気持ちもある。
 しかし…もう今夜を逃したら御堂はもう一人の自分の手に堕ちてしまうのでは
ないかという想いが、彼を突き動かしていた。
 そうして御堂の部屋にたどり着くと…扉をノックして声を掛けていった。

「御堂さんすみません…起きていらっしゃいますか…?」

『佐伯君…どうしたんだ、こんな時間に…。君がこうやって夜に私の
部屋に来るなんて初めてだな…。何か用があるのか?』

「えぇ…貴方に少し話があって。中に入って宜しいですか…?」

『…ああ、構わない。今、扉を開けよう…』

 そうして少し間を置いてから、内側から扉が開かれていく。
 御堂はバスローブ姿に身を包んで、日中は綺麗に纏められている髪が
今はシャワーを浴びた後のせいか軽く乱れていた。
 スーツ姿の時とは違って、妙に色気があるように感じられて…克哉は
胸がまた落ち着かなくなっていくのを感じていた。

(ああ、バスローブ姿の御堂さんって格好良い…。オレって毎日、
こんな姿を見れないでいたのか…って何を考えているんだ…!)

 つい、御堂の姿にボーとなってしまって余計なことを考えてしまった
自分にツッコミを入れてしまう。
 
「…君は私に用があるんじゃなかったのか? 一人百面相をするのは
結構だが…早く中に入ったらどうだ?」

「ああああ、すみません! 今…中に入ります!」

 御堂にもしまいには突っ込まれてしまって、克哉は慌てて室内に
駆け込んでいく。
 何というか、これから言おうとしている内容が内容だけに妙に動転
してしまっていた。
 部屋に入った途端、御堂の視線がこちらに突き刺さるようにすら
感じられるのは気のせいだろうか。

(御堂さんに…見られている。視線が熱いと思うのはオレの方が
自意識過剰だからかな…)

 そうして二人で向き合うと、息が詰まるような空気が流れていった。
 視線で御堂にすでに捕獲されてしまっているような感覚すら
覚えている。
 手のひらは汗ばみ、顔は耳まで真っ赤に染まっている。
 緊張がピークに達していくのを感じながら…いつまでもモタモタして
いられないと思い、再び覚悟を決めていく。

「御堂さん…オレ、貴方に伝えたいことがあります…」

 まっすぐに、想い人の目を見つめていきながら口を開いていく。
 相手は無言のまま、こちらをただ真摯に見つめ返している。
 そうして…ずっと胸の中に存在していた強い願いを、気持ちを…
この人に告げていった。

「オレは貴方が好きです…だから、今夜…抱いて、下さい…!」

 泣きそうな顔をして、必死に想いを告げた瞬間…克哉は
強い力で御堂の腕の中に引き寄せられていったのだった―

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 ※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
 彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
推測しながら読んでください。
 途中経過、結構ダークな展開も出て来ます。
 それらを了承の上でお読み下さいませ。

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―もうじき御堂に、もう一人の自分の魔の手が伸ばされる

 御堂の執務室、もうじき昼食の時間が訪れようとしている頃…佐伯克哉の
頭の中はそのことだけでいっぱいいっぱいになっていた。
 その事実を告げられたことで翌日、仕事中に克哉は上の空になりがちだった。
 ようやく本日で一週間目を迎えて、全体の流れを大体把握できるように
なったというのに。
 御堂と自分との関係もやっと今までのものより少し変化している兆しを
昨晩感じることが出来たというのに。
 そういったプラス面の全てを打ち砕くぐらい、秋紀がもう一人の自分の手を
取ってしまったことは克哉にショックを与えていた。

(確かに…あの子はあいつの方を求めていたから、きっと太一とか本多、
片桐さんと違って必死に抵抗しないだろうという事は予想がついたけれど…
まさか十日しか経たない内に二人も…!)

 片桐、本多の調教が終了するまではそれなりの時間が掛かったと
聞いていた。
 だから太一が完全に陥落するまでは猶予が残されているのだと
克哉は信じていた。
 だが現実は其処まで甘くなく、太一らしき人物が失踪したと報じられているのを
偶然見かけてから一週間程度で、秋紀の方まで手が伸ばされてきた。
 
―もう自分たちに与えられた自由時間は僅かしかない…!

 御堂の元に転がり込んでから、毎日ずっと頭の隅からそのことが離れない。
 心の中で葛藤する。
 仕事に集中しなきゃいけない。
 せっかく御堂がこっちを信頼してくれるようになったのだから、せめて仕事中は
それに全力で応えたいのに…頭の中にグルグルと考えが渦巻いていて、
まともに考えることすら出来なくなっていた。

「…本当、情けないよ…オレは。このままで本当に…勝負に勝てるのかよ…」

 つい、資料ファイルが収められた棚の前に立ち尽くして悔しそうに呟いていく。
 己の無力が、今はともかく歯がゆかった。情けなかった。

「…一体君は誰と競っているというんだ…?」

「ええっ…御堂さん! ど、どうして…いつの間に其処に!」

「…さっきからずっと君の後ろにいたんだが。声を掛けようと思ったがどうも
君が葛藤して一人芝居を続けていたからな。果たして邪魔をして良いのか
どうか迷っていたんだが…もう大丈夫なのか?」

「そそそそ…! そんなの御堂さんが気にしなくても良いんです!
オレが勝手に考え込んでいるだけだったんですから! すみません、仕事中に
関係ないことを考え込んでしまって!」

 まさか今のやりとりを見られているとは思っていなかった分…克哉は
狼狽しまくっていた。
 顔は真っ赤に紅潮して呂律すら満足に回っていない有様だったが、
御堂はそれを面白そうに眺めているだけだった。

(御堂さんの反応が…以前よりも優しくなっている気がする…)

 そのことに気づいた瞬間、昨晩一瞬だけ重ねられたキスのことが
脳裏をよぎって、更に克哉は顔を赤くしていく。
 そんなに優しい目で見られてしまったら、厚かましいと判っていても
変な風に期待してしまう。
 初めから負ける可能性が高い賭けのようなものだった。
 なのに…こんな風にこの人に優しくされると、どうしても甘い考えが
湧いてしまう。

(貴方も…オレを、好きでいてくれているんですか…?)

 この十一日間で、最初の頃よりも御堂との距離は狭まっていることを
感じていた。
 最初は頑なだった御堂が、徐々に警戒心を解いていろんな顔を見せて
くれるようになった事で…克哉は今、自分が生きているのだという
実感を強めていった。
 だから、望んでしまう。もう…自分は亡霊なんかに戻りたくないと。
 実体を持ってこの世界に…御堂の傍でこれから先もずっと生きていきたいと
切に願っていく。
 二人の間に沈黙が落ちていく。
 御堂の仕事場で…こんな、張り詰めた空気になってしまうなんて…もし他の
人間が来てしまったら何と言い訳すれば良いのだろう。
 お互いに口を開けぬまま…無言の刻が流れていく。
 御堂がこちらを見つめていると自覚するだけで身体が熱くなり…頭の中が
混乱して、まともに考えられなくなっていった。

「…昼食に行くのは止めよう。その代わり、今夜は早く切り上げて夕食を
自宅で一緒に食べないか…?」

「えっ…?」

 顔を真っ赤にして俯いていた克哉に向かって、御堂はいきなりそう
提案していった。
 突然の展開に頭がついていかなかった。
 何を言われたのかすらとっさに理解が出来なかった。

「…今日、君に聞きたいことが幾つかあるから聞かせてもらう。それには
昼食では短すぎると気づいたからな。だから仕事が明けてからにさせて貰おう…。
 だから定時で上がれるように仕事をがんばってこなしておいてくれ。
中途半端な状態で上がったら、私は本気で怒るからそのつもりでな…」

「ああ、はい! 判りました! 定時までには絶対区切りがつけられる処までは
片付けておきます…!」

「そうか、良い子だ…」

「っ…!」

 唐突に、御堂の指先がこちらの右耳の裏から首筋のラインをツウっと
なぞりあげたせいで克哉は息を詰めていく。
 たったそれだけの刺激に過敏に反応してしまっている自分が情けないと
思った頃には、御堂の姿は扉の方に消えていこうとしていた。
 相手の一挙一足に…一言一言に翻弄されている自分が確かにいる。

「御堂さん、オレ…まだ、希望が残っていると解釈して良いんですか…?」

 自分たちの関係など、せいぜい酔った勢いで一瞬だけキスをして…意味深に
触れられている程度のものでしかない。
 だが、何もないままよりも…それだけのことでも進展があっただけ
まだ希望が持てると自分に言い聞かせていった。

(もう形振り構っていられない…。きっと、オレに残された時間は本当に
僅かしか存在しないのなら…今夜、勝負を掛けるしかない…!)

 克哉の心は気づけば焦りで満たされていた。
 ジワリジワリと追い詰められているのを日々、実感させられたら平常心で
望む方が難しいだろう。
 時間が残されているのならば…もっとじっくりと御堂と関係を築きたかった。
 けれどもういつ…もう一人の自分が再び自分の下に訪れてもおかしくない
状況になっていることを思い知らされている分だけ、克哉は迷っても仕方ないと
開き直っていく。

「…今夜、オレは貴方に…!」

 そう呟き、決意を固めて呟いていく。
 そうして…暫く考えを纏めてから、再び思考を切り替えて仕事に没頭していく。
 だが克哉はこの時、気づかなかった。

―平穏な日常というのは、今日いっぱいで終わりを迎えてしまっていた事実を…

  ※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
 彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
推測しながら読んでください。
 途中経過、結構ダークな展開も出て来ます。
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 ―須原秋紀が眼鏡を掛けた方の佐伯克哉の元に行くことを
選択したのと同じ夜、克哉と御堂の間にも微妙な変化が訪れていた

 御堂の元で働くようになって今日で四日目。
 最初の三日間は定時には帰るように促されて、それから夕食を克哉が
作って待っていたのだが…今日は初めて、残業をするように言われた。
 そして20時まで一緒に業務をこなした後、御堂に食事に誘われて
彼の行きつけのワインバーで夕食を取った。
 初めて一緒に外で食事をして、酒を飲んだせいで…御堂と一層、
親しくなれたような気がして帰宅後も克哉は幸福だった。

(今日…御堂さんと一緒に食べた夕食、凄く美味しかったな…。
それにあの人がワインに凄く詳しいという新たな一面を見れたし…)

 御堂が入った後、克哉も入れ違いで入浴していた。
 シャワーを浴びている最中、食事中に見せてくれた御堂の優しい顔を
何度も思い浮かべていきながら…克哉は幸せを噛み締めていた。
 今、この状況が時間制限があるものだと判っている。
 けれど…日増しに御堂と親しくなり、今まで見れなかった顔を改めて
発見する度に心がひどく満たされていくようだった。

(少しずつ…あの人に認めらていくようで、凄く充実している…。
人に認められるのってこんなに嬉しいことだったんだな…)

 そう実感していきながら克哉はシャワーコックを捻って入浴を切り上げ、
身体を拭いて清潔な水色のパジャマに袖を通していく。
 御堂も克哉も元々、そんなに入浴に時間を掛ける方ではない。
 シャワーを浴びて身体全体を洗えば、それで十分な性質だ。
 そうして飲み物を求めてキッチンに移動していくと…途中通りがかった
リビングで御堂が革張りのソファに腰を掛けていきながら、窓の外を
眺めている光景に出くわしていった。

(御堂さん…何か考えているみたいだ。邪魔をしちゃ悪いな…。
さっさと立ち去ろう…)

 そう御堂を気遣って、静かにキッチンの方へと移動しようとした。
 だが相手の方は其れよりも先にこちらの存在に気づいたらしい。

「佐伯君…良ければ、こっちに来ないか…?」

「えっ…あ、はい…喜んで!」

 まさか御堂から声を掛けられて、近くに来るように言われるなど
予想してもいなかっただけに克哉はびっくりしたが…すぐに頷いて
隣のスペースに腰を掛けていく。

「…風呂上りで喉も渇いているだろう。外国製のミネラルウォーターだが
君も飲むか?」

「あ、はい…ありがとうございます…」

 優美な動作で、クリスタルガラスで作られたコップに軟水の
ミネラルウォーターが注がれていく。
 些細な一挙一足すら、御堂の動作はとても綺麗で…何気なくその仕草に
見とれていきながら薦められたグラスを克哉は口にしていく。
 さっきグラス二杯程度とは言えワインを飲んだのと、シャワーを浴びた直後
だったせいで…その水は五臓六腑に染み渡るような気がした。

「あ、美味しいですね…この水…」

「そうか…」

 他愛無いやりとりだった。
 だがその後に何を切り出せば良いのか判らなくて克哉は押し黙るしかなかった。

(この家に転がり込んでから十日が経つけれど…こんな風に御堂さんの
傍に黙って許されるなんて初めての経験だ…)

 会話もなく、沈黙だけがお互いの間に落ちていく。
 どこかくすぐったいような…けれど相手に拒絶されている訳でないから
なんとも形容しがたい空気が流れていく。
 何を言えば良いのか、どうやって行動すればよいのか迷いかねて
いると…唐突に御堂に肩を引き寄せられていった。

「うわっ…!」

 だが、驚いている間に…一瞬だけ克哉の唇に、何かやわらかいものが
触れていった。
 それが何なのか理解できずに呆けた顔をしていると…気づけば御堂の顔は
至近距離に存在していた。
 相手の視線を意識した途端、体中の熱が上がっていく。

「…今のはあくまで、酒に酔った弾みだ。早く忘れてくれ…」

「えっ、は、はい…判りました…」
 
「…そうか、判った。なら私は先に眠らせてもらう…おやすみ…」

 その時、一瞬だけ御堂の指が克哉の頬を静かになぜていく。
 突然の接触に、状況を理解するまでそれなりの時間が掛かった。
 こちらの思考が停止している間に隣に座っていた御堂はさっさと立ち去って、
その場には克哉一人だけが残されていく。

(今の…もしかして、御堂さんからキス…されたのか…?)

 それを意識した途端、耳まで真っ赤に染まっていく。
 本当に頭から火を噴きそうなぐらいに恥ずかしかった。
 けれど…同時に嬉しくて、そのまま泣き出してしまいそうだった。

「御堂さんが、オレにキスを…? これ、夢じゃないよな…?」

 克哉はその瞬間、胸が詰まりそうだった。
 だがその直後に…その幸せな気持ちの全てを打ち砕く声が
頭の中いっぱいに広がっていく。

―あの方が…須原秋紀さんを、四人目を手中に治めましたよ…
貴方に残されている時間は後、僅かです…克哉さん…

「っ…!」

 そのことが告げられた瞬間、冷や水を頭から被せられたように
現実へと意識が引き戻されていった。

「まさか、もう…四人目が…そん、な…」

 御堂からキスをされて嬉しい筈の夜だった。
 だが、過酷な現実を改めて突きつけられて…克哉は思わず、
絶望の言葉を漏らして、その場で項垂れてしまったのだった―
 ※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
 彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
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 ―御堂の傍で克哉が働くようになってから一週間が経過した頃、東京の
片隅で一人の少年の元にある人物が訪れていた。
 
 行きつけのバーに通って、一度だけ一夜を過ごした男性を待つ日々を
送ってどれぐらいの月日が流れたのだろうか。
 少年―須原秋紀は今日も溜息をつきながら店を後にしていく。

「あ~あ、克哉さんに今日も会えなかったな…。本当に一度ぐらいは
この店に顔を出してくれたって良いのにさ…」

 鮮やかな金髪の髪に、エメラルドグリーンの瞳。そして白磁の肌…日本人
離れした整った容姿をした少年は今日も目的の人物に会えなかった事に
深い落胆を覚えていく。
 顔を合わせたのはたったの一度、出会った日のみ。
 そしてその夜にホテルに直行して、一夜を共にした。
 あの夜に与えられた快楽を、そして強烈な出来事を忘れられなくて…
もう一度だけ会いたいと願って、数か月もの間…毎日のようにこのバーに
通い続けていた。
 整った容姿をしている秋紀は周囲の目を引いていたので…多くの人間に
声も掛けられたし、男女問わずナンパされた。
 それでも…一途に克哉だけを待ち続けて、誰の誘いにも乗らずにいた。
 だが…いい加減季節が二度も巡っても、望んでいる相手に会えない事から…
少年の心は折れようとしていた。

「…克哉さん、本当にどうしちゃったんだよ…。絶対にまたあの店に
顔を出してねって…僕、ちゃんと言ったのに…まだ来てくれないなんて。
もう諦めた方が良いのかな…」

 家の環境は相変わらずで、ずっと自分の部屋にいたくなかった。
 だから夜の街に居場所を求めて出歩いていた少年は…初めて強く心を
惹かれて、身体まで許してしまった存在を強く求めていた。
 セックスがあんなに気持ちの良いものだっていうのは知らなかったし…
それ以上に、秋紀は克哉に心を奪われてしまっていた。
 あんなに傲慢で力強くて、自信に満ち溢れた人間を他に知らないから。
 たった一度会っただけで強烈に己の中に刻みこまれてしまった事を
自覚していたからこそ…秋紀は心が折れそうになっていた。
 数えきれないぐらいに繁華街から自宅に帰る為のこの道を一人で
歩き続けていた。
 その事に、つい耐えられなくなって…弱音を吐いた時、背後から一人の
男の声が聞こえていった。

「…ほう、この程度の期間待たされただけで主人を待つのを諦めるか。
これは改めて躾けないと駄目だな…」

「っ…!」

 それは聞き覚えのある男性の声だった。
 弾かれたように勢い良く背後を振りかえると…其処には長身の眼鏡を
掛けた一人の男性が立っていた。

「嘘、克哉…さん? 本当に…克哉さんなの…?」

「…たかが半年以上会えない程度で、お前は他の人間と俺を見間違うのか?」

 秋紀は憎まれ口をたたくのも忘れて、ただ目の前の男性を凝視していく。
 けれど間違いない…これは、自分の記憶の中にある通りの彼だった。
 まるで王者のように威厳に満ち溢れて、あの夜…自分を征服して思うがままに
蹂躙した…年上の男性。
 銀色のフレームの眼鏡を掛けて、その奥にアイスブルーの瞳が輝いているのを
見て…秋紀は思わず、泣きそうになってしまった。

「…ああ、本当に克哉さんだ…! やっと僕、会えたんだ…!」

 家庭環境が再び悪化して、両親たちは醜い争いを繰り広げている。
 それを見たくなくて、だからこそ余計に秋紀は彼に会いたい気持ちを募らせていた。
 だからもう…可愛げのない態度を取る余裕がない。
 張りつめていたものがプッツリ、と少年の中で切れていく。
 そして…彼は眼鏡を掛けた佐伯克哉の元に駆け寄っていった。

「克哉さん…! 克哉さん…!」

 どうして、こんな風にたった一度会っただけの男性に縋っているのか…
自分でも情けなく思う部分もあった。
 だが、秋紀はいっそ…ここから自分を連れ出して欲しいとすら願っていた。
 そして眼鏡は…彼は声を掛ければ、すぐに自分の元に堕ちてくるのは
判り切っていたから…だから4人目のターゲットは彼にと決めていた。
 他の三人はそれなりに調教してなじませるまでにそれなりの期間が
必要だったが…この少年はすぐに克哉好みに染まる事が判っていたから。
 男のそんな心境を知らぬまま…全力で、少年は抱きつき続けている。

「…秋紀、そんなに俺を求めているのならば…俺の元に来るか?
お前を其処で、どこまでも愛出てやろう…」

「はい…僕、克哉さんの傍にいたい…。克哉さんの傍に、置いてよ…
お願いだよ…」

 心がすでにギリギリの処に置かれて、弱り切っている少年は…涙を
流しながら目の前の男に縋っていく。
 それが甘い悪魔の誘惑だとしても、今…置かれている現実を忘れる為なら
彼は迷いなく頷くだろう。
 そのタイミングを狙って、眼鏡は現れて…そして暖かい抱擁と口づけを
与えて相手を陥落させていく。

「秋紀…」

「あっ…ふ、ううん…!」

 脳髄が蕩けるような濃厚で甘いキスを受けただけで少年の心は折れていく。
 そして…眼鏡は4人目の獲物を、確実に陥落させていった…。

(さて…これで、残っているのは…お前と、御堂だけになったぞ…。後、僅かな
間にお前は…俺よりも鮮やかに御堂の心を捕える事が出来るのか…?)

 秋紀を腕に抱き込みながら、ククっと男は喉の奥で笑いを噛み殺していく。
 きっと相手は平穏な日常を惜しく思っているだろう。
 だからこそ…壊すことに価値がある。
 相手が御堂との日々を大切に愛しく思っていればいるだけ…壊した時の
衝撃は計り知れないものになるだろう。
 其れを想像するだけで愉快だった。

「さあ…秋紀、俺の元に来い…。お前を、可愛がってやる…」

「はい…克哉さん…」

 そうして、あっさりと心を絡め取られて…秋紀は眼鏡の元へと堕ちていく。
 そして…その日を境に、須原秋紀の姿を見たものは誰も存在しなくなって
しまったのだった―
 
 ※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
 彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
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―彼が転がり込んで来てから、私の本来のペースが乱されっぱなしだ

 心の底からそう実感しながら、御堂は慣れない光景に深く溜息を
吐いていた。
 MGN内にある、御堂の執務室。
 一部署の部長職に就いてから与えられた、御堂の肩書きと地位の
結晶というべき場所に今朝は本来ならあり得ない存在が立っていた。
 彼が転がり込んで来た夜から丁度一週間。
 まさか…この短期間でこのような展開が待っているとは御堂も
予想していなかった。

(まさか…あれだけ難度の高い課題を課したのに、それを彼が
クリアしてしまうとはな…)

 今朝から、克哉は試用期間という形で御堂の補佐として
仕事を始めていた。
 何故、このような流れになったのか…其れは彼が転がり込んで四日目の朝に
こう切り出されたからだった。

―良ければ御堂さんの傍で働かせて下さい…!

 真っすぐな瞳で、彼はそう訴えかけて来た。
 最初は一笑に伏そうとしていた。
 だが克哉の目はあまりに真摯で…それだけの力があった。
 実際、御堂が抜擢すれば確かに誰かを雇って自分の傍で働かすぐらいの
権限は持っている。
 だが、目の前の存在がそれだけの実力と価値を備えているのか…御堂は
懐疑的だった。
 結局その提案について、受ける受けないの話が中心になってしまい…
御堂が尋ねようとした内容は聞けずじまいに終わり。
 帰宅後、現在の御堂の仕事についていく為に必要と思われる膨大な量の
資料を彼に渡し、二日間で死ぬ気で覚えてみろと課題を出した。
 そして駄目だったら、そんな提案を一蹴するつもりだったのに…克哉は
その膨大な資料の全てに目を通し、御堂が尋ねた内容を全て要点を掴んだ
上で答えていったのだ。
 ここまで頭に入っているのならば、確かに試してみる価値はある。
 そう思わせるぐらいに克哉の回答は見事なものであり…御堂の心を
動かしていったのだ。
 そして午前中いっぱい彼を使って見た感想は、『初日としては悪くないレベル』だった。

(電話応対の仕方も様になっているし…現場と何度も行き来させても文句一つ
言わない。それに藤田君ともそれなりに上手くやっていけそうな感じだしな…。
確かにタダ飯を食わせて家でボーとさせているよりかは、傍に置いている間は
こき使う方が私にとってもプラスになるな…)

 そういって、懸命に御堂は合理的に考えようとしていた。
 彼が仕事上有能であるなら、意味もなく同居させているよりも…部屋に
置く事に意味を見いだせる。
 御堂の仕事の良きサポーターになってくれるならば、それはある種の投資という
形に出来るからだ。
 正直、部屋を清掃する為のヘルパーを雇って定期的に掃除してしまっているし…
確かに手料理は新鮮で有り難かったが、それだけの為に彼を養うのに違和感を
覚えていたのも確かだった。
 有能で自分の役に立ってくれるならば、彼に纏わる謎も少しは目を瞑ろうという
気持ちになってくる。
 だが…仕事に没頭している間は忘れていられるが、やはり幾つか判らない事実が…
ふとした瞬間に浮かびあがり、御堂の心を捉えていく。

―何故、再会した夜に…自分が拒絶しようとした瞬間に彼の身体は透けてしまったのか

 恐らくそれが、御堂が思っている最大の疑問でもあった。
 しかし今の彼は、キチンと目の前に存在して…バリバリと仕事をこなしている。
 その姿を見ていると…あの夜の現象がまるで夢だったようにさえ思える。
 それに一体誰が、自分の部屋に押し入って彼を犯したのか…二つも大きな
疑問を抱えてしまっているので御堂の心中はお世辞にも穏やかではなかった。
 
「御堂さん…浮かない顔をされていますが、どうしましたか…?」

 暫く思想に耽っている間、手を止めてしまったらしい。
 気付くと心配そうに克哉がこちらを見つめていた。
 心からこちらを案じていると伝わる眼差しだからこそ…御堂はその瞳を前に
言葉を奪われてしまう。
 眼鏡を掛けて、傲慢だった頃の彼はむしろ御堂は嫌悪していた。
 だが再会してから別人…否、最初に顔を合わせた時のように弱々しく穏やかな
雰囲気に戻っている彼に対しての評価が、御堂の中で少しずつ変化していた。

「いや…少し、考え事をしていただけだ。心配掛けてすまない…佐伯君」

「いえ、こちらこそ…そちらの考えを中断させてしまってすみませんでした…」

 そうして、何の含みのない顔で克哉は恭しく頭を下げてくる。
 人間、素直な態度をされるとどうしても高圧的だったり、攻撃的な態度を
取れなくなってしまうものである。
 そうして書類と、机の上のファイルに再び目を通そうとしたが…ふと時間を
確認すればとっくの昔に正午は超えていて…一時近くまでなっていた。
 流石に軽食の類でも何でも良いから、何かを胃に入れなければ夕方までは
厳しくなる頃だ。

「…佐伯君、良ければこの付近にある私の行きつけの店で…サンドイッチを
買ってきてくれないか? 場所は藤田君が良く知っているから…彼を
探して聞いてくれ」

「は、はい…! 喜んで…!」

 御堂がそうやって頼んでいくと、克哉は嬉しそうに答えていく。
 まるで自分の為に何か出来るならそれが幸せとばかりの…輝くような
表情だった。

(どうして君は…雑用を与えるだけでそんなに嬉しそうにするんだ…・?)

 この一週間、御堂は何度もこの顔を見てきた。
 だからこそ、厳しい言葉も突っぱねるような態度も取れないまま…ズルズルと
彼を傍に置いてしまっている。
 自分の役に立つのが、傍にいるのが幸せだと…そう態度で伝えているからこそ、
彼を追い出せずに…しまいにはこんな風に試しに補佐として使ってみる展開に
なっているのに。
 これが他の人間だったら下心があって自分の部屋に置いて欲しいと言って来たの
かと疑うのに…克哉のあまりに澄んだ瞳は、そんな疑う心を晴らしていってしまう。
 だからこそ、御堂は心境の激しい変化に…自分でもついていけないまま、
彼を受け入れてしまっていた。

「ああ、とりあえずMGNからの簡単な地図は渡しておく。これを見て
判らなかったら藤田君を探して改めて聞いてくれ。頼んだぞ…」

「はい、判りました…!」

 そうして御堂は、店までの略図が書かれたハンコを押すタイプの
ポイントカードを相手に手渡していく。
 それを受け取った克哉は大事そうにそれを自分の財布にしまっていくと
すぐに仕事に一区切りをつけて、部屋を飛び出していった。

「それでは行ってきます!」

 そうして勢い良く執務室から飛び出していく克哉の背中を見送って
いきながら…御堂はしみじみと呟いていった。

「…私も、随分と甘いな…」

 だが、自分自身でもその心境の変化に戸惑っている部分はあったが…
今は悪い気分ではなかったのもまた確かだった―


 ※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
 彼らがどんな結末を辿った末に巡り合ったのかを
推測しながら読んでください。
 途中経過、結構ダークな展開も出て来ます。
 それらを了承の上でお読み下さいませ。

   GHOST                             10    11    12    13    


―正直、悶々して眠れない一夜を過ごしてしまった

 御堂は昨晩、自分の中に湧き上がった感情が一体なんなのか
判らなくて混乱してしまっていた。
 何故、密着した状態の時に妙に意識してしまったのか。
 首筋に衝動的に吸いついてしまったのか…自分が取った行動が
上手く説明出来なくて、心の中に霧が発生してしまったようだった。

(どうして私は…あんな事をしてしまったのだろう…?)

 あの後、夕食を食べて入浴を済まし…二時間ぐらいしてベッドに入って
からもなかなか眠れなかった。
 元々、御堂は睡眠時間は四時間程度確保すれば翌日充分に動ける
性質だと言っても…今朝は少し、頭がすっきりしなかった。

(だが、私がそんな朝を迎えても…窓の外は腹立たしいぐらいに
爽やかだな…)

 目覚めてから寝室を出て、洗面所で軽く洗顔と整髪を済ませてから
リビングに顔を出していくと…いつもと変わらない克哉の笑顔が
其処にあった。
 違う処と言えば、あちこち覗いている素肌から情事の痕跡みたいなものが
伺える事ぐらいだ。
 しかしそれ以外はあまりにいつも通りだったので…昨晩に起こった事は
全て嘘だったのではないかと感じてしまう。

(佐伯君の態度や表情は…いつもと違った部分は見えないな…)

 だが、相手の上に覆いかぶさって…不可抗力とはいえ密着して
抱き合ってしまった時の感触はリアルに覚えている。
 それを思い出した途端、また心がモヤモヤし始めた。

「あ、おはようござます…御堂さん。今日の朝食の準備は
もう出来ていますよ」

「ああ、いつもありがとう…。頂かせてもらうよ」

 正直言うとあまり食欲など湧いていないのだが…気持ち悪いという程でも
なかったので相手が用意した朝食を無下にするのは躊躇われた。
 素直に席に腰を掛けて、並べられた定番のメニューを眺めていく。
 変わらない日常の延長のようにすら感じられる。
 だが…昨晩、彼はこの部屋で何者かに抱かれた。
 しかもこのセキュリティが比較的しっかりしている筈のこのマンション内でだ。
 確か室内には物色した跡のようなものは残されていなかった。
 そう、はっきりと覚えている。

―彼の様子は悲惨なものだったが、室内の状況が異様なぐらいに
綺麗に整っていた事を…

 すなわち、その事実が示すのは…自分の部屋に侵入した何者かは
何かを盗むのが目的ではなく、彼に何かする為に押し入ったのでは
ないかという推測が出来る。
 ついでに言えば、元々克哉と御堂はそんなに親しい間柄ではない。
 彼がこの家に身を寄せるようになってから今日で四日目という非常に
短い期間内のことだ。
 それらの事実から指し示されるのは、昨晩彼を犯した何者かは克哉の顔見知りか、
もしくは彼がここにいることを知っている人間にほぼ限定される。
 このマンションには女性も多数住んでいる。 
 強姦目的であるなら、わざわざ男を選ぶ必要はない。
 言い方は悪いが、他に幾らでも相手がいるのに身長 180センチを越える
成人男性を選ぶ必要はまったくない。
 それらの事実を照合していくと、次第に認めたくない真実ばかりが
浮き彫りになってきた。

―昨晩克哉を犯した人間は、彼の顔見知りの人間である可能性が
極めて高いと…

 逆を言えばそれ以外の可能性で、比較的セキュリティがしっかりしている
このマンション内であのような事件が起こる可能性は極めて低いからだ。
 マンション内にいる人間が招き入れない限りは、カードキーがなければ
まず入れない造りになっているし、住人の後をついていって入った場合も
監視カメラでチェックされている筈だから確実に引っかかる筈なのである。
 其処までの御堂の推測はほぼ正しく、現実的であったが…御堂はMr.Rと
いう男が平然と壁をすり抜けてどこからでも出没出来る能力があるという
事実までは知らない。 
 だからこうして朝食を食べている間でも、甲斐甲斐しくこちらの朝食を
準備してくれている克哉への疑念は急速に広がっていく。

―昨晩、君を犯した人間は君の知り合いなのか?

 そう問いただしたい誘惑に駆られたが、同性にレイプされるということは
かなりの精神的苦痛が伴うと推測される。そのことを考えると、御堂は
安易に問いただしていいのか珍しく迷っていた。
 結果的に無言のまま、朝食を食べ進める以外に道はなく
…心の中にそんな疑問が渦巻いているせいで、味がちっとも判らなくなってしまった。
 聞くべきか、聞かずにそっとしておくべきか。
 昨日作ってもらったメニューと同じ物が机の上に並んで、出来栄えもほぼ
同じレベルのものだった筈なのに今朝はまったく美味しいと感じられなかった。
 基本的に物事にはっきりと白黒をつけたがる御堂にしては珍しい葛藤を
心中で繰り広げていた。
 しかし殆どのものを胃に収め終わると、結論が出た。

(やはりしっかりと聞いておかなければ…彼をこれ以上、この部屋に
置いておく訳にはいかない…)

 ここは自分の部屋だ。
 またあのような事件が起こるかと不安を覚えていたら、此処で自分が
寛ぐことが出来なくなってしまう。
 最終的にそう結論付けて、御堂は克哉を呼んでいった。

「佐伯君、片付けが終わったらちょっとこちらに来てくれないか」

「はい、判りました…すぐ区切りを向けてそちらに向かいます!」

 台所から元気良く、返事が返ってくる。
 そして五分も経たない内にシンプルなデザインの緑のエプロンをした
克哉がダイニングに現れていった。

「其処に座ってくれ…」

「はい…」

 そうして克哉が座ったのを確認してから、意を決して尋ねようとした。
 しかしやはり瞬間、躊躇いを覚えて30秒程度…沈黙してしまった。
 その間に、克哉がオズオズと切り出していく。

「あの…オレもずっと、御堂さんに言いたいことがありました。先に
言わせてもらって良いですか…?」

「あ、ああ…」

 そう尋ねる克哉の目が真剣なものだったから、つい御堂は
頷いてしまう。
 そして…御堂はその内容を聞いて、大きく目を見開く羽目に
なっていったのだった―
 


 

 ※4月1日からの新連載です。
それぞれ異なる結末を迎えた御堂と克哉が様々な
謎を孕んだまま出会う話です。
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   GHOST                             10    11    12   

 ―ひょんなことから克哉と奇妙な同居生活を送るようになってから
早三日。二人がこんな風に密着したのは初めてのことだった

 元々、あまり親しい訳でもなかったし…二人とも他者をどこか寄せ付けない
性格だった為か、同じ屋根の下で暮らしていても余所余所しい空気は
常に漂っていた。
 何者かに克哉は犯され、ボロボロになっていて。
 そんな彼の弱々しい姿を見ているだけでも御堂の心は大きくざわめいて
しまっていたのだが、こうして息遣いが感じられる距離まで迫ってしまうと
更に其れは大きくなってしまっていた。

(私は一体、どうなってしまったんだ…)

 結果的にフローリングの上に敷かれたカーペットの上に克哉を
押し倒すような体制になり、御堂は大いに混乱してしまった。

「あああ! 御堂さん! 大丈夫ですか! すみません、こんなオレなんかの
為に迷惑を掛けてしまって!」

「何を言う! 私こそ支えきれずに君の身体の上に思いっきり乗って
しまっているんだぞ! 君こそ大丈夫か!」

 一応、相手の身体が今は陵辱を受けてボロボロになっている事は
覚えていたので気遣いの言葉を掛けていく。
 その瞬間、克哉は突然嬉しそうに微笑んでいった。

「っ…!」

「あの…オレのこと、心配してくれているんですか…? 貴方の部屋で
こんな、事をされてしまって…迷惑を掛けてしまったのに…」

「…君の様子を見る限りでは、とても同意の上での行為とは思えない。
どんな事情で賊が完全オートロック式でセキュリティも悪くない部屋の中に
侵入したのかは判らないが、君が悦んでその相手に抱かれたようには
見えないからな…」

「は、はい…そうです、けど…」

「…ったく! 君は被害者なんだ! だからそんなに気に病まなくて良い!
幸い部屋はそんなに荒らされていないようだし…身体を綺麗にしてキチンと
片付ければそれで良い! そんな事を気にするな!」

「は、はい!」

 御堂の怒鳴るような一括に、密着した体制になりながら克哉は
恐縮してカチコチになりながら答えていく。
 
「よし、それで良い…」

「………はい」

 次の「はい」は消え入りそうな声で紡がれていく。
 心なしか克哉は恥ずかしそうに俯いて、頬を染めているようだった。
 それを見た瞬間、何故かまた心がざわめいていった。
 そして唐突に…相手の首筋にくっきりと幾つか刻まれた赤い
キスマークが強烈に意識されていく。
 
(何故、こんなものが私は気になっているんだ…?)

 まるで彼を犯した人間が、「お前は俺のものだ」と訴えかけているような
そんな印象を受けて、猛烈に不愉快になっていく。
 ムカムカと何とも形容しがたい感情が湧き出ていった。
 それに引き寄せられるように、相手の首筋に顔を埋めていく。

「御堂、さん…?」

「少し黙っていろ…」

「は、はい…」

 御堂の声にどこか剣呑な色合いが含まれていることに気づいて、
再び克哉は硬直していく。
 そして…まるで上書きするかのように幾度か強く強く吸い付いて…
御堂の方から赤い痕を刻み付けていった。

「あっ…んっ…!」

「っ…!」

 克哉の甘い声に、思わず腰が疼きかけていった。
 それに思わず、冷や水を掛けられたように反応していってしまう。

(私は一体…何をしたんだ…?)

 たった今、自分がした行為に対して驚愕を覚えていきながら…
御堂は慌てて克哉の身体の上から飛びのいていく。
 そして…目の前に横たわっている克哉の濡れた眼差しを見て、
思わず欲情をしている自分を自覚して、それを認めたくなくて
叫びながら命じていった。

「いつまでそんな格好をしているんだ! 早く熱いシャワーでも
浴びてきたまえ!」

「は、はい…! 判りました! 食事は食卓の上に用意してありますから…
先に食べてて下さい! 失礼します!」

 そうして克哉は急いで立ち上がって、浴室の方に向かっていく。
 一人残された御堂は…困惑しながら、呟いていった。

「私は一体、今…どうしてしまったんだ…?)

 己の中に生まれてしまった感情が一体どのような類のものなのか
まだ自覚していない御堂は、心底困り果てた様子でそう疑問を
感じずにはいられなかった―
 
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 ―今日こそ、自分がいない間に克哉がちゃんと就職活動をしているのか
しっかりと問いただす予定だった

 成り行き上、彼を自分の部屋に置くようになってから三日。
 彼の存在に馴染みつつある自分に、今朝のやりとりで気づいてしまったからこそ
御堂はその線引きはしっかりしなければと思っていた。
 御堂はRが克哉に提示してきたゲームの内容などカケラも知りはしない。
 ただあの日、謎めいた男が言った通り…都内に克哉が身を寄せるべき
場所がないからという言葉を一応は信じて、暫く住む場所を提供しているに
過ぎなかったのだ。
 元々、この世界においての御堂孝典と佐伯克哉の関係は
プロトファイバーの営業活動を一緒にやった事と、知り合って間もない頃に
『眼鏡を掛けた方』の彼と休日に一度ワインバーに行った程度の関係で
しかないのだ。
 確かに克哉が身を寄せられそうな関係であった片桐と本多がすでに
失踪してしまっている以上、他に親しそうな人間はいなかったようだし…
他に当てがなかった、というのは本当なのだろう。

(だが、私の処に身を寄せる理由にも…あの奇妙な現象の
何の説明にもなっていないのは確かだ…)

 だからせめて、就職活動をしているか否か。
 それだけはしっかりと確認しようと思って意気揚々と己の部屋を
足を踏み入れた瞬間、御堂は言葉を失った。

「っ…!」

「あ、ああっ!」

 部屋に入った時、真っ先に目に飛び込んで来たのはボロボロに
なった克哉の姿だった。
 しかも一目で暴行か、陵辱を受けたのは判るぐらいの酷い有様だった。
 オートロックとしっかりしたセキュリティが完備されている筈のマンション内で
本来なら起こる筈のない事態だった。
 克哉は、今にも泣きそうな顔を浮かべながら硬直している。
 御堂も、予想もしていなかった姿に言葉を失うしかなかった。

(一体…これはどういう事だ? 何故、私の部屋の中で…彼は誰かに
犯されて、しまったんだ…?)

 克哉は下半身に何も身にまとっておらず、体中にキスマークや
歯型をつけられていた。
 これらが通常の暴行でなく、彼が犯された…ようするに一方的に
誰かにセックスの対象にされた何よりの証だった。
 そう分析した瞬間、胸の中に何とも形容しがたい不快感が
湧き上がってくる。

「佐伯、君…これ、は…一体…!」

「ごめんなさい!! ごめんなさい!」

 御堂が何があったのかを尋ねるよりも早く、絶叫しながら
克哉は謝罪を始めていった。
 アイスブルーの瞳からは、透明な涙がポロポロと溢れている。
 見ていると酷く庇護欲を掻き立てられる姿だった。

「貴方の留守中に、こんな事になってしまって…本当にすみません!
自分の部屋で、オレがこんな事になってしまったら…御堂さんは
良い気持ちしませんよね…! 本当に、ごめんなさい!」

「待て! その様子では君の方こそ被害者だろう! どういう状況で
そんなことになってしまったのかは判らないが…其れが合意の上で
された行為じゃないことぐらいは見て判る。どうして君がそんな風に
謝るんだ!」

 相手の剣幕に、御堂もつい怒鳴って応えてしまう。
 その瞬間、克哉は怯えたような表情をつい浮かべてしまう。
 そして壊れてしまった機械のように、ただ「ごめんなさい」という言葉だけを
繰り返していく。

(困った…これでは、就職活動を実際に行っているか否かを問いただす
処ではない…。今、迂闊なことを言ったら…彼を変な風に刺激して
しまうだけだ…)

 そうしてうなだれて涙を零している克哉を前にして御堂は
途方に暮れるしかなかった。
 二人の間に重苦しい沈黙が流れていく。
 暫く泣いて、克哉の気持ちも落ち着いてきたのだろう。
 突然、顔を上げて…叫んでいった。

「ああ! そういえば御堂さん…夕食は食べましたか? 一応、今夜も
作っておいたので早く準備しないと…」

「いや、確かに夕食はまだ食べていないが…うわっ! 危ない!」

 ようやく相手が夕食を食べたか否かまで気が回った瞬間、克哉は
自分の格好も忘れて慌ててその場から立ち上がろうとしていった。
 だが激しい行為をされて、足腰がおぼつかない状況で急いで立とうと
したものだからすぐに克哉は足がもつれそうになり、御堂は反射的に
相手の身体を支えていく。

「うわっ!」

「わわわわっ!」

 だが、自分と同体格の男をとっさに支えようとしても簡単に
出来る訳がない。
 結果的に御堂も巻き込まれる形になった。

バッターン!

 そして派手な音を立てていきながら二人でカーペットの上に
折り重なるようにして倒れこんでいく羽目になったのだった―

 ※4月1日からの新連載です。
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―御堂が帰宅したのならば早く片づけなければならない

 確かにそう思っている筈なのに心と裏腹に、身体はこれっぽっちも
動いてくれなかった。
 焦っても先程まで激しく最奥を抉られてしまったせいで腰から下の感覚が
まったく感じられない。
 部屋はまるで強盗か何かに入られて物色されてしまったかのように
荒れてしまっている。

ーやれやれ、我が主にも困ったものですね…貴方の身体に支障を出されるような
真似をされてしまったらせっかくのゲームがアンフェアになってしまいます…。
ですから、これぐらいは手助けしましょう…

「っ…?」

 しかし突如、姿こそ見えないが頭の中にRの鮮明な声が響き渡って
克哉は言葉を失っていく。
 その声が聞こえると同時に身体の痛みが急速に引いていき…荒らされて
グチャグチャになっていた室内が、まるで時が遡っているかのように元通りになり始めていく。

(…あの人ならこれくらいの事、確かに朝飯前でやってのけるんだろうけど…
実際に目の当たりにするとびっくりしてしまうよな…)

 呆然としている内に、部屋の中だけは綺麗に直されていったので克哉の
心の負担は軽くなっていく。
 だが、克哉の破られた衣類や…全身にこびりついている情事の痕だけは
色濃く残されたままだった。
 とりあえず身体を起こしたが、シャツは派手に破られて下半身には何も
身にまとっていないというきわどい姿であり、身体のあちこちにはもう一人の
自分が刻んだキスマークや歯形が残されている。

(ったく…まるでもうオレが自分の所有物だと言わんばかりだよな…)

 どうせ直すなら、この痕跡も綺麗に消し去ってくれれば
良いのに…と思ったが、Rはどうやら鬼畜王として覚醒したもう一人の自分に
対して心酔しているようだ。
 恐らく「王が愛された証を私ごときが消し去るなど畏れ多いですから…」とか
言うに決まっているのだ。

ーえぇ、その通りですよ…。ふふ、嬉しいですね。貴方が私の事を理解して
下さっていると判るのは…。ああ、そろそろこの部屋の主である御堂様が
戻られるようですよ…

「ええっ! 嘘だろ!」

 その情報をもたらされた瞬間、克哉は慌てて立ち上がって部屋を移動して
着替えを始めようとした。
 このマンションに滞在する事になった時に、ほぼ身体のサイズが同じだったので…
御堂がもう着ないという彼が新入社員時代に購入した、手頃な値段のスーツや
ワイシャツの類を幾つか譲り受けていた。
 しかも意地が悪いことにさっきまで克哉が着ていた下着とズボンはRの力に
よってしっかりと洗面所の脱衣かごに移されてしまっていた。
 克哉はさっき、それを探して周囲を見回してしまっていたので予想以上に
時間をロスしてしまっていたのだ。

(ちくしょう…さっきそれに急いで着替え直さなければ、と思ったのに…)

 部屋を移動して、着替えようとした瞬間…無情にも玄関の扉が開いていく。
 その瞬間に体中の血が引いていくような気がした。
 だが、身体の傷は癒されたといっても激しい疲労まで回復された訳ではない。
 特に先程の無体な行為によって、克哉は多量の出血をしていた。
 それが原因によって引き起こされた貧血が、唐突に襲い掛かる。

(くっ…身体が、動かない…。結局、希望があるように見せかけて、
何も出来ないことを突きつけられただけかよ…!)

 傷が癒されて、慌てて取り繕う時間ぐらい与えられているのだと希望を
見せられて、結局何も出来なかったことに克哉は打ちのめされていく。
 唇を強く噛み締めて、あの二人に翻弄されている自分が情けなく感じられた
瞬間、無常にも扉は開かれて…そして、克哉はこの惨めな姿を
御堂に目撃され、打ちしがれていったのだった―
 


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   GHOST                             

―望まない行為によって、激痛を感じ続けている内に克哉は
意識をいつの間にか失っていた

 迸る声は喘ぎではなく、痛みの為に発せられたものだった。
 悔しさと少しでも声を出したくない意地のせいで…唇にはうっすらと血が
滲んでいて、衣服は所々破れて体液で汚れていた。
 体中に相手の刻んだ痕が残され、最後には両手を縛られていたせいで
手首には赤黒い傷が残されてしまっている。
 夢うつつの状態で…意識が覚醒していくと、今の自分のあまりに哀れな
状態に苦笑せざる得なかった。

(身体が、もう…動かない…)

 リビングも酷い有様だった。
 ダイニングから必死に逃げて来たせいで克哉ともう一人の自分が
移動してきた処は酷く乱されてしまっている。
 まるで強盗に物色されたか、もしくは乱闘騒ぎでも起こったかのように
部屋中がグチャグチャになってしまっている。

(御堂さんが帰って来るまでに…少しは片づけないといけないのに、
もう駄目だ…。指一本動かす事すら…今は、億劫だ…)

 心の中で起き上がって早く片づけなければと思うのに…何かの糸が
先程の行為で切れてしまったのか、もう身体は自由に動かなかった。
 まるで全身の神経の糸が全て切れてしまったかのようだ。

(御堂さん…『俺』…)

 そして脳裏に浮かぶのは、自分が本来いた世界の二人の事だった。
 御堂と結ばれた…眼鏡を掛けた方の自分は、あんな男ではなかった。
 過去の罪を心から悔い、そして御堂と向き合いながら…理想に向かって
邁進している。
 見るからに希望と力強さに満ち溢れた…一国一城の主へと上り詰めた
眩しく、嫉妬を覚えざるを得ない存在だった。
 そしてそんな彼を支え、傍にいる御堂もまた…克哉には美しく感じられた。
 
(…あの二人は、本当にオレにとっては眩しく見えた…)

 彼らの事を思い出す度に、胸の中にチクリとした痛みを覚えていく。
 一年以上の空白の時間を経て、再会し心を通わせた彼らの絆は
強固であり…自分の付け入る隙などなかった。
 御堂に愛し愛されてから…澤村という男性との一件が片付いてからは
もう一人の自分の心はぶれなくなった。
 しっかりとした芯のようなものを得た彼は…現実に地に足をつけて
生きるようになり…そして、克哉が生きる隙間のようなものが徐々に
埋まっていった。
 
―御堂を彼が愛して、その信頼に応えようと思えば思うだけ…彼の力強さは
ましていき、肉体の主導権は完全に奪われてしまっていた

 一年余り、そうして克哉は一度も表に出る事なく…傍観者として
彼ら二人の関係を眺めるだけの存在となった。
 克哉の意識は確かに其処にあるのに、その存在を意識される事はなく。
 二人ですでに彼らの関係は完成されてしまっていた。
 自分が入る隙間などまったく存在しない、憧憬を覚えざるを得ないぐらいに
強い信頼で結ばれている姿を見て克哉は思い続けた。

―自分もたった一度で良かったからこんな風に人と愛し愛されたかったと…

 Mr.Rから例の眼鏡を渡されるまで自分の方が確かに生きていたのに…
こういう状況に追い込まれてからやっと、全ての可能性を無駄にして生きていた
己の愚かさと情けなさを思い知らされた。
 人を傷つけない為という名目を掲げて…誰とも深く付き合う事もなく、ただ
曖昧に笑って生きていた。
 そうすれば確かに誰かを傷つける可能性は少なかっただろう。
 だが、人と触れ合ったり理解する事を拒否していたのだという事を…彼らの
関係を見ている内に嫌でも気付かされたのだ。

(オレは…無駄に、ただ生きているだけだったんだ…。それを…あの二人を見て…
心から信頼し合って、お互いを必要としている…そんな姿を間近で見続けている
内にやっと気付いたんだ…。オレは、何もして来なかった…。誰とも関わって
生きていなかったんだって…!)

 あんな酷い目に遭わされ、もう一人の自分の存在を意識した途端に…
この三日間の穏やかな暮らしで忘れかけていた、己の本来の動機を
思い出していく。

―オレは、愛されたかった…必要とされたかったんだ…御堂、さんに…

 本来いた世界では御堂は克哉の事になど気付かない。
 もう一人の自分だけを真っすぐに見つめて、彼だけを必要としている。
 だが…彼らを見ている内に、どうしようもない欲が克哉の中に
生まれてしまった。
 自分も彼に愛されたいと…いつしか願うようになった。
 だが、知覚される事もない儚いままの自分ではそんなことは叶わなかった。
 そうしている内にもう一人の自分の心に押しつぶされて、もう克哉の心は
消滅する寸前になっていた。
 その時に…Rは例の賭けを、このゲームを持ちかけたのだ。

(生きている…幽霊のような、亡霊のような存在にすぎなかったオレには…
例えこのゲームの間だろうと、確かに実体を持っていられるんだ…)

 負けたく、なかった。
 この勝負に負けて…また、亡霊のような存在に逆戻りしたくなかった。
 悔し涙が克哉の目元に浮かんで、頬を濡らしていく。
 身体は動かなくても、カーペットの上で爪が食い込むぐらいに強く己の
手を握り締めていった。

「ち、くしょう…!」

 そう思わずつぶやいた瞬間、玄関の方から物音が聞こえて唐突に
克哉の意識は現実に引き戻される。

「ど、うしよう…!」

 御堂が帰って来た事に気づいて克哉は顔面蒼白になっていく。
 だが慌てて起き上がろうとしても、腰から下に力が入らないせいで…
彼は再び、カーペットの上に突っ伏すだけの事しか出来ないでいたのだった―
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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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