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無印の眼鏡×御堂ルートのED.NO2…「因果応報」を前提にした話です。
シリアスで、ちょっとサスペンス風味の強い話です。
眼鏡×御堂ルート前提ですが、眼鏡なしの克哉も色々と出張ります。
それでも良い、という方だけ付き合ってやって下さいませ。
諸事情により、若干間が空いてしまって申し訳ございません(ペコリ)
咎人の夢(眼鏡×御堂×克哉) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
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―自分の馬鹿さ加減に、ほとほと呆れたくなってしまった
血の気のない様子で…ベッドの上に横たわる御堂を眺めながら…
克哉は心底、己の愚かさを呪った。
あの怪しい店内の奥に、こんな部屋があったことなど…今まで知らなかった。
いや…Mr.Rが運営しているこの場所に、克哉が足を踏み入れた事自体が
初めてだった訳だが。
何が何だか、訳が判らない。
Mr.Rの言っていた「代価」を支払う為だけにこの場に来たというのに…
目まぐるしく、予想外の事ばかり起こって…まともについていけてなかった。
もう一人の自分は、ガサゴソと部屋の奥に設置されている衣装箱の中を
探っているので…ベッドの傍には、自分しかいない。
(……何もかもなかった事にしてしまおうなんて考えたことが、そもそものの
間違いだったのかもな……)
意識を失って、眠り続けている御堂の顔を見つめながら…ふとそんな
考えに陥っていく。
もう一人の自分の犠牲となったこの人を助けたいだけだった。
その一心で、あの謎の男の手を取ってしまった。
なのに…平穏な日常にこの人を戻したいと願う心とは裏腹に、事態は
徐々に思ってもみなかった方に…それも悪い方ばかりに進んでいるような
気持になった。
(あの夜…『俺』の内側から…異常な笑い方をしている貴方の姿を見て…
憎むよりも怒りを覚えるよりも…貴方を救いたいなど、そんな事を考えたオレは
おかしいかも知れませんね…)
無意識の内に、御堂の頬に触れていた。
…もし、あのままもう一人の自分に乱入されなかったらどうなっていたのだろう?
どうして舞台袖に御堂がた立っていたのかその理由は未だに判らない。
けれどもし…御堂に、さっきのRのように自分に触れたりしていたら…とそんな
考えが過ぎってしまった瞬間、顔を真っ赤に染めていく。
「な、何を考えているんだよ…オレってば…」
何でそんな事を考えてしまったのか、自分でも訳が判らない。
御堂の顔を見ていられなくなって…思わず俯いて目を逸らしていく。
―ドクドクドクドク…
自分の心臓の鼓動が忙しく動き続けているのが判る。
次の瞬間…ベッドの上の御堂が、うなされ始めていく。
「うっ…ぁ…くっ…」
「御堂さんっ?」
突然、御堂の容態が急変した事に動揺を隠せなくなった。
反射的にこの人の傍に身体を近づけていく。
途端に、強く顔を叩かれていった。痛みで一瞬…怯みかけるが
それでも夢中で、克哉の方から御堂の身体を抱きしめていった。
「御堂さん、落ち着いて下さい…! ここに、貴方に危害を加えるものは
何一つ…存在していません、から…!」
「はっ……あぁ……! 来るなぁ! 私に、触るなぁー!」
だが、克哉が必死になってベッド上の御堂を抱きしめても…相手の
抵抗は止まる気配を見せなかった。
こちらに対しての激しい拒絶を見せられて、胸が苦しくなっていく。
確かにもう一人の自分は、この人に酷いことをした。
別人格とは言えど、どんな形でも…それは「佐伯克哉」という人間が
犯してしまった罪だ。
―なのにどうして、自分の胸はこんなにもこの人に拒絶されて…
苦しくなってしまっているのだろう…!
「御堂さん! 大丈夫です! 大丈夫ですから…!」
懸命にこの人に追いすがっていくと…ふいに、カッと御堂の方から深く
口づけられていく。
凶暴な…奪い尽すような、自分の方が遥かに上の立場だとこちらに
思い知らせていくような…激しいキスだった。
相手の中に渦巻く憤りも憎悪も何もかも、こちらに叩きつけて来ているようだ。
「はっ…! うぅ…!」
まともに呼吸出来なくて、酸欠になりそうだった。
苦しくて苦しくて…そのまま窒息死しそうなぐらいに乱暴な接吻。
息次ぎをする為に、全力で逃れていく寸前…克哉は確かに見た。
相手の目の奥に宿る、激しいまでの憎悪の瞳を…その瞳に射竦められて
いきながら、言葉を失っていく。
(貴方は…其処まで、オレを…そしてあいつを、憎んでいるんですね…)
そして…相手の指がこちらの腕に痕がつくぐらいに強く食い込んでいくのと
同時に…糸が切れたみたいに、御堂の身体が崩れ落ちていく。
「御堂、さん…? 御堂さん、起きて下さい!」
とっさに心配して、相手の身体を揺さぶっていく。
その瞬間、少し離れた位置からいつの間にか自分たちを見つめていた
もう一人の自分が声を張り上げていく。
「…余計な事をするな! お前が何を言おうと…今の御堂には届かない!」
「『俺』…っ」
「…恐らく、せめぎ合っている。もう…御堂の身体は一つしかないから。
こちら側の世界に属している、この肉体しか存在しないから…二つの世界の御堂が
主導権を争って…衝突しあっているんだろう…」
「…何で、その事を…?」
彼はついさっきまで意識を失って眠り続けていた筈だ。
Mr.Rと自分の取引を、彼が知っている筈がない。
「…答えは単純だ。お前が…俺がいつ目覚めても良いという名目の元、
『この世界の佐伯克哉』の肉体に宿り、向こうの世界の俺の身体に『俺』の
心を移された時に…同じ現象が起こったからだ…。
そのせいで、俺は…死にかけの『俺』と争う羽目になった。…今の御堂と
同じようにな…」
「な、んで…そんな事が…? オレにはそんな現象、起こらなかったのに…。
不思議なぐらい、オレの方は…こちらの世界のオレとは馴染んで…何の
問題も起らなかったのに…」
「…あぁ、お前に関しては…何の問題も起らなかったんだろう。
何せお前はどちらの世界でも「傍観者」であり…心に「死」という強烈な
傷跡を刻まれることはなかった。…御堂の事より、まずは答えろ…。
お前は一体、あの男に何を頼んだんだ…?」
「全て、知っているんじゃ…ない、のか…?」
彼の口ぶりでは、自分が望んだことまですでに悟っているように
思えただけに…今の言葉は意外だった。
「…俺は薄々と、感じているだけだ。お前とは…すでに完全に今の俺は
切り離されてしまっている。だからお前が何を望み、あの男に頼んだかまでは
知らない。俺が辛うじて知っているのは…お前が御堂を救う為に、あの男に
最後の瞬間に縋って「何か」を頼んでいったことだけだ…!」
そうして、もう一人の自分に黒いコートの襟元を強く握られていく。
相手の目には…逃げることや、誤魔化しは許せないという強い感情が
宿っているのを感じていった。
そう、全ては自分が望んだことがキッカケで起こっている。
寸前まで、同じ道筋を辿っていた世界。
それが…二つに枝別れをしてしまった原因は…。
自分の中には、全ての答えが存在している。
「この世界」の自分の方が何を最後に目撃したか、克哉は覚えているから。
その上で…せめて、命を失わないで済んだ向こうの世界の御堂が…
咎人として追われることなく、平穏な暮らしを変わりなく続けていけるそんな世界を
紡ごうとしたのは、紛れもなく自分だから…。
「…判った、話すよ…。結局…オレが望んだことが…儚い砂上の楼閣のような…
脆い願いだったと…理解出来たから…」
「あぁ…そうして貰う」
そうして、もう一人の自分が襟元を離して食い入るように見据えてくる。
恐らく、視点を変えれば入り組んでいて複雑に見える話も…たった一つ、
何を目的にしたのかさえ判れば、実にシンプルな解答だけが残る。
きっと…相手が知りたいのは、その要となった事だ。
それを察して…自分の知っている情報と、「こちらの世界」の自分が
持っている情報を意識を集中して、纏めていく。
頭の中に、色んな情景が浮かぶ。
二つの悲劇と結末。
それを覆したくて自分なりに足掻き続けた。
―けれど、罪をなかった事にすることなど…ただの人の身には
そもそも傲慢な願いだったのだ
それが叶うと思って、願ってしまった。
事件が起こるまで何もしようとせず、起こってしまったら都合良く
悪魔の誘いに乗って運命を捻じ曲げようとした事。
きっと…それが、自分の罪だったのだ。
やっと、怒りに燃えたもう一人の自分の目を見て…己の鏡を改めて
見つめて思い至る。
(嗚呼…どれだけ違っても、存在を否定したって…お前はやはり…オレ自身でも
あるんだな…)
だからようやく、咎人の一人は…己の愚かさを思い知って…半身と
対峙していく。
「…話すよ、お前に…全てを…」
そうして、暫くの沈黙の後に勇気を振り絞ってそう告げていく。
…その瞬間、眼鏡の瞳は…静かな怒りを湛えながら…克哉の次の
告白を待っていったのだった―
無印の眼鏡×御堂ルートのED.NO2…「因果応報」を前提にした話です。
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―たった今、起こった出来事の全てが夢のように感じられてしまった
御堂の身体が倒れたことを音で知ると、暫く呆然としてから…ようやく克哉は
目隠しを自ら解いて、目の前の惨状を眺めていった。
御堂は意識を失い、Rは珍しく苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて…
そしてもう一人の自分は、絶対なる王者のように舞台の上に立っていた。
「あっ…」
其処には、蒼白の状態でベッドで眠り続けていた姿の面影はない。
強い意志を込めて、その場に立っている雄々しい姿だった。
彼は鋭い眼差しで、ただ御堂だけを見つめている。
そうして観客の視線も、自分たちの視線も完全に釘付けにしながら
御堂の元へと歩みよっていって。
「御堂…」
心からの愛しさを込めながら、上半身だけを起こさせて…そして
強く掻き抱いていった。
―ズキン
その瞬間、何故か胸が痛んだ。
心の中に吹き荒れる感情は、どちらに対しての嫉妬なのか自分でも
良く判らなかった。
けれど…心からの愛しさを込めて、御堂を抱きしめているその姿を
直視するのは克哉には辛かった。
だが目を逸らしても現実は変わらないのだ。
そう覚悟して…克哉は心が軋むような想いを抱きながら、二人の姿を
見つめていった。
(オレは一体…どっちが好きなんだろう…?)
今の克哉は、裸だった。
あんな狂気じみたショーに出演したのも、御堂と彼を救う為だった。
だが…結局、もう一人の自分が目覚めたことで自分がやろうとしていた事の
根本が崩れてしまった。
御堂を罪人にするのを逃れる為に自分がMr.Rに縋って、頼ってまで
作りあげた筋書き。
けれどそんなものは結局儚い幻想に過ぎなかったのかも知れない。
「オレが、間違っていたのかな…」
強く抱きしめる、もう一人の自分の姿を見て…克哉は己の罪を
思い知る。
彼は御堂に対して、決して許されぬ事をしてしまった。
その結果が二つの悲劇を生みだし、結果…御堂はどちらの未来でも
救われない結末しか辿れなくなった。
一人の人間の人生を壊してしまったという事実は、克哉の心に重く
圧し掛かり続けた。
だから我が身を犠牲にしても、何をしても御堂を救いたかった。助けたかった。
それは佐伯克哉の最後の良心でもあった。
眼鏡を掛けた日から、もう一人の自分がしたことを認めたくなくて…目を逸らし続けて
結果、最悪の結末を導いてしまった罪を、この手で贖いたかった。
「オレは…ただ、貴方を…救いたかった…だけ、なのに…」
なのに、自分の存在そのものが…この二人にとって邪魔なものでしかない。
そんな錯覚に襲われていく。
あんなショーに出演させられて、弄られて。
大勢の前で辱められて…けれど、それらは全て無駄なことでしかなかった。
その事実が、悔しいし悲しい…。
胸の中がグチャグチャして、訳がわからなくなる。
何一つ、満足に思考がまとまってくれなかった。
けれど…強く御堂を無心に抱きしめ続けているもう一人の自分の姿に強く
心を掻き乱されて…気づけば、克哉は泣いてしまっていた。
(どうして、涙なんて出るんだよ…!)
自分の心が、判らなかった。
何で彼らのこの姿を見て、こんなに心が痛いのか苦しいのが…
息がつまりそうになっているのか、本心が見えない状態だった。
空気が凍り続けていく。誰もが身動きが取れない中…その重苦しい
沈黙を破ったのは、眼鏡だった。
「おい…『オレ』…手を貸せ。御堂を奥の部屋に連れていく」
「えっ…あっ…」
「お待ち下さい! まだショーの途中なんですが…」
「お前の都合など、俺の知った事か。こんな場所にいつまでも御堂を
放っておく訳にはいかない。俺は退散させて貰うぞ」
「嗚呼…貴方様は何と傲慢で酷い方なのでしょう…!! 私にとってとても
大事なショーをそんなにバッサリと切り捨てろと申すのですか!」
Rがそれなりに悲壮感を持って訴えかけていくが…眼鏡は冷たい
表情をしながらきっぱり言い切っていった。
『俺には関係ない!』
「ああああああああ~!」
あまりにも眼鏡に言い切られてしまったので、男の中のマゾ的な欲求が
刺激されてしまったらしい。
ステージ上でRが嘆きと歓喜が入り混じったような様子で大声で叫んでいった。
…何か、見てはいけないものを見てしまったような心境に克哉は陥った。
(…何であんな風に冷たくされて…悶絶しているんだろう…あの人…)
やっぱりRは理解出来ないと、心底思い知った瞬間でもあった。
「おい…早く、手を貸せ…」
「あっ…うん!」
と返事して立ち上がった瞬間、克哉は羞恥で死にたくなった。
目隠ししている間は意識しなくて済んだが…自分は今、何一つ身に纏っていない
状態…ようするに、裸なのだ。
舞台の下には、多くの人間の視線が存在している。
それを自覚した瞬間、克哉は竦みそうになってしまった。
「こら! 何をモタついている…!」
「えっ…だって…」
克哉がつい、下半身を隠すような仕草をしていくと…眼鏡は非常に面倒くさそうに
舌打ちしていった。
そして次の行動が信じられなかった。
「ちい! 貴様、これを借りていくぞ!」
「嗚呼! 我が君よ! 無体です! 無体すぎます!!」
…何と、もう一人の自分はよりにもよってMr.Rの胸元に手を掛けて…
勢い良く、男からその漆黒のコートを剥ぎ取っていったのだ。
「うわっ!」
その行動には克哉も驚きを隠せなかった。
しかし眼鏡は何でもない顔をして…黒いコートを克哉の方に投げていった。
「ほら、それでもさっさと着ろ。それでそのお粗末な肉体を晒さなくても済むだろうが…」
「そ、粗末な身体って! お前だってまったく同じ体格をしている筈だろう!」
克哉は顔を真っ赤にしつつも…大慌てでその黒いコートを羽織っていく。
おかげで確かに…足元はやっぱりスースーするが…裸のままで壇上に立って
いた頃に比べて、地に足がついた感じになっていった。
「黙れ。お前とこれ以上…口論を続けるつもりはない。御堂をともかく…
安静に出来る場所に連れていくのが先決だ。早くしないと…手遅れになる…」
「えっ…今、何て…?」
「…死を誘う夢が、御堂に近づいている…。だから俺は、目覚めた…」
「…な、にを…?」
―やはり、小手先の細工では…運命というものは覆せないものですね…
眼鏡がそう口にした瞬間、Mr.Rは唐突に…真剣な顔になった。
―この世界の御堂孝典は亡くなっている。その事実を覆す存在を…別の
場所から持って来たとしても…事象が修正に掛かって…本来あるべき形へと
戻そうとする…。貴方様のいう死を誘う夢とは…もしかして、その事ではないのですか…?
「そう、だ…。『ここ』に御堂がいる限り、あいつは…恐らく死ぬ。無念の内に
死んだ御堂の存在が、この御堂の心を喰い尽してな…」
「ね、え…何を、二人とも…言っているの…?」
二人の会話に、克哉はついていけなくなる。
訳が判らない。自分は確かに今回の幕劇についての舞台裏をある程度は
知っている筈なのに…彼らが何を話しているのか、判らなかった。
―貴方がそれを悟ったということは…恐らく、向こうの克哉さんの心を…
貴方が食い尽してしまったんですね…
そう問いかけた瞬間、眼鏡は小さく頷いていった。
そして切ない瞳を浮かべながら…答えていく。
「ああ、そうだ…だから、俺は…もう二度と、戻れない。今…こいつが
使っている方の身体にはな…」
そうして、苦渋の表情を浮かべながら…もう一人の自分が答えていく。
瞬間に悟った。自分が望んだことを叶える為に…思いもよらない結末を
招いてしまった事に。
「嘘、だろ…まさか…ねえ、あいつは…!? オレがいた世界にいた方の…
もう一人の、俺は…!」
必死になって相手の足元に縋りながら、問いかけていく。
眼鏡は切なそうに顔を横に振って…目を伏せていく。
それ以上は何も言わなかった。
けれどそれでも克哉には何となく判ってしまった。
「そ、んな…」
本来あるべき形を捻じ曲げて、幸せな未来を一つ紡ぎ出そうとした。
けれど…その為に、また大きな悲劇を招いてしまっていたのだ。
自分たちは…同じ願いを抱いていた。
だから違和感なく統合していったから…見落としてしまっていた。
自分と、彼らは違ったのだ。
その罪に気づかされて…克哉は、言葉を失った。
「…いつまでも、ここで立ち止まっても仕方ない。何をしないで嘆いていても
事態は何も変わらない。ただ何もせずに泣いているだけなら…せめて御堂をこんな
イカれた場所から運ぶのを手伝え。それぐらいの役に立ったらどうだ?」
冷たく、もう一人の自分が言い放つのが耳に届いて…克哉は正気に戻っていく。
「そ、うだね…。いくら悔んだって、泣いたって結果は変わらない…ものな…」
そうしてどこか達観したような表情を浮かべて、克哉は御堂を奥の部屋に
運ぶのを手伝っていく。
眼鏡が御堂を運んだ場所は…彼自身が二日間、寝込み続けていた
一室だった。
―其処まで無言で御堂の身体を、二人で運んでいる間…克哉の表情はまるで
人形のように無表情で、血の気が感じられないものに変わっていったのだった―
無印の眼鏡×御堂ルートのED.NO2…「因果応報」を前提にした話です。
シリアスで、ちょっとサスペンス風味の強い話です。
眼鏡×御堂ルート前提ですが、眼鏡なしの克哉も色々と出張ります。
それでも良い、という方だけ付き合ってやって下さいませ。
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―悪魔が書いたシナリオは、ここまでほぼ狂いなく進行していた
巻き込まれた存在の平穏を願ったからこそ、言いなりになった
平凡な方の佐伯克哉。
記憶を封じられて…反発しながらもこちらの思う通りに動き続ける
御堂孝典。
一夜のショーは、そんな彼らの儚い望みを打ち砕く為に用意された
舞台に他ならなかった。
―怒りを、哀しみを…純度の高い感情をそのまま剥き出しのまま
ぶつけあいなさい。平穏な日常よりも、己の欲望のままに生きた
方が遥かに充実して、愉しい日々を送れる筈ですから…
『不当』に命を奪われた御堂孝典の心の断片が、この奇妙な空間に
足を踏み入れたからこそ…ざわめいていく。
―舞台の袖に立つ御堂の瞳が…狂気の色を孕んでいく
どれだけ強い暗示を掛けても、決して消え去ることのない純度の高い
憎悪が…彼の身体を突き動かそうとしていた。
「はっ…ぁ…」
それでも、ギリギリの処で御堂は堪え続ける。
殆ど…正気である方の彼の心は、今は激情に押し流されてしまって
消えつつあった。
けれど獣のような衝動に負けたら、人として終わりのような
気がしたので…顔全体に脂汗を浮かばせながらも最後の執念で
耐えていった。
―おやおや、強情な方ですね…。意識を失ってでも、なお…
己の欲望から抗いますか…
十字架に磔にされている佐伯克哉は…今は気を失っている。
胸の中心に、炎を押し当てられたのが余程の衝撃らしかった。
Mr.Rは慈しむように、完全に意識を失っている克哉の頬を撫ぜて
いくと…少しだけ困った顔を浮かべていく。
(…意識を取り戻すまで、もう少し時間が掛かりそうですね…)
ほんの数分程度の時間なら良いが、このまま十字架に繋いだまま意識を
失われ続けたらショーを観覧する人間の熱気が冷めてしまう。
そうなったら興ざめも良い処だ。
御堂が獣のように、気を失った彼を求めてるのが…彼の書いた筋書きの筈
だったのに…それが上手く行かず、軽く舌打ちをしていく。
(…何かが、私の書いた筋書きから狂い始めているのですか…?)
そうだ、佐伯克哉という存在は…そういう部分がある。
常に…自分の書いた筋書きを、心地よく裏切ってくれるような…不確定な
要素を常に内包している。
Rは…右手を挙げて、店内の人間に静かに合図を出していく。
やや複雑な指先の動きを見せて…万が一、不測事態に陥った時用の
次の演目の準備をさせていった。
可愛らしい猫が、一匹捕獲出来たので…それを愛でるショーを
見せれば間は繋げるだろう。
―御堂孝典は、爪先を肌に食い込ませていきながら…抗い続ける
意識を失ってもなお、最後のプライドを…己の矜持を守ろうとするかの
ような鬼気迫る何かがあった。
その姿に…Rは、どうしてあの人がここまでこの存在に強く執着を
したのか…その理由を垣間見た気がした。
(普通の人間ならば…とっくの昔に、己の中の衝動に負けておられる筈…)
舞台に暗幕が敷かれていく。
観客達は、新たなショーが開かれるに思ったに違いない。
けれど…克哉は気を失い、御堂もまた…自分の思った通りに動かないので
あったならば…予定通りに、御堂が克哉を激しく犯す…今夜の目玉となる
ものを開催出来ない。
その事実に…初めて、常に余裕の笑みを浮かべ続けていた男の顔に焦りの
ようなものを浮かばせていった。
(一体、どこで…狂ったのですか…? 私は完璧に布石を敷いてきた
筈なのに…?)
Rは克哉の身体を両手で抱きあげながら…一旦、御堂がいる方と反対の
舞台袖に退去していく。
その途端に…男は信じられないものを目の当たりにしていった。
「っ…!」
それは滅多に驚くことのない謎めいた男が…心の底から動揺して、驚愕を
覚えた瞬間だった。
「…お前は、そいつを…どうするつもりだ…?」
目隠しをされて、意識を失ってぐったりしている…克哉を見ながら…
予想外の存在は冷たく言い放っていく。
その強い威圧感に、威厳。
何もなかったら、心の赴くままにひれ伏したいとさえ願う…麗しき存在が
瞳に強い怒りを湛えていきながら…其処に立っていた。
「ど、うして…貴方が…!」
それが、男にとって最大の予想外の出来事だった。
あれだけ呼びかけても決して応えることがなかった彼が…こんなに早くに
目覚めるなど、思ってもみなかったのだ。
彼の心は、あちらの世界に存在していた方の彼の心は…いや、どちらの
ものであっても絶望に打ちのめされて、その心は死にかけていた筈だ。
なのに…今、目の前にいる彼の瞳にはそのような儚さは感じられない。
誰よりも強く瞳を輝かせながら、其処に存在している。
「…御堂が、生きているのなら…俺は、謝らないといけない…。この店の
中に…あいつの、気配を感じた…だから…だ…!」
「まさ、か…そんな、事が…」
予想外だった。
御堂孝典を闇に落として楽しむ為にこの場に招いたというのに…
それが彼の覚醒を促して、こんなにも早く目覚めさせてしまう結果を
招くとは考えもしなかった。
「どけ!」
本気の怒りを込めて、佐伯克哉が叫んでいく。
その怒号に、空気が激しく震えていった。
ビリビリビリとその激しい声に…空気が震えて、その場が揺るがされる。
「えっ…?」
その声に、意識を失い続けていた…哀れな子羊になる筈だった克哉も
目ざめていった。
「無様だな…。随分と浅ましく、情けない姿をしているじゃないか…『オレ』…」
「ど、どうして…『俺』が…ここに!? 何で、こんなに早く目覚めて…!」
「どうでも良い。どけ…俺の邪魔をするな…!」
そういって、彼はRと克哉の脇をすり抜けて…御堂の姿を探そうと
試みていった。
「駄目だ! そんな身体で…勝手に動いたりしたら…」
たった今まで、克哉は意識を失っていたので状況など知りようがなかった。
けれど…彼が自分の脇を通り過ぎた瞬間に、本能的に嫌な予感を覚えた。
それは虫の知らせと呼ばれるものだったのかも知れない。
「行くな! 行っちゃダメだ!」
とっさに克哉は裸のまま、視界が利かない状況でも無我夢中でもう一人の
自分の足へとしがみついていく。
だが、そんなものなど存在しないかのように眼鏡を掛けた方の克哉は…
力強く足を進めていった。
その瞬間、空気が凍るような気がした。
「…佐伯っ!」
その瞬間、別人のように低く唸るような声で名を呼んでいく御堂の声が
聞こえていった。
足跡が半端じゃなく大きく反響していく。
その音だけで判る。御堂がどれだけ怒りを覚えているのか、激しい感情を
抱いているのか…本能的に察していった。
―ダメだ、このままじゃ…!
御堂は、咄嗟に…すぐ傍の床に転がっていた蜀台を手に持って…
構えたまま…眼鏡を掛けた方の克哉に突進していった。
蝋燭を刺して固定する部分が、鋭い凶器となって輝いている。
こんなもので刺されたら、ただで済む訳がない。
克哉はそれが全て、見えていた訳じゃなかった。
けれど…物凄く嫌な予感がしたから、更に強くもう一人の自分の足へと
しがみついていって…彼の身体を本能的に引き倒していった。
「駄目だぁ! 御堂さん…! 貴方はこの世界でも…同じ罪を犯したり
なんかしたら…ダメです! その手をもう…二度と汚さないで下さい!!」
本気の祈りを込めながら、克哉は叫んでいく。
その瞬間…御堂の瞳に、一瞬だけ正気が戻り…。
「っ…どうして、君が…二人、いる…?」
その声で揺さぶられて…あまりに衝撃的な光景を目の当たりにして…
ようやく、正気を取り戻しつつあった御堂の姿が其処に会った。
「御堂、さん…?」
「御堂…あんた…は…」
「ど、うして…」
そうして、御堂はまるで…糸が切れた糸のようにその場に崩れ落ちていく。
咄嗟に眼鏡は、相手の元に全力で駆けよって…身体を支えていく。
―まったく…どうして、貴方が関わると…こうこちらの筋書き通りに物事が
進まなくなるのでしょうね…
その一連の出来事を眺めて、しみじみとRは呟きながら…今夜の自分が
予定していた愉快なショーは…完全に、眼鏡を掛けた方の佐伯克哉が目覚めて
しまったことで完全に壊されてしまった事実を…思い知らされていったのだった―
無印の眼鏡×御堂ルートのED.NO2…「因果応報」を前提にした話です。
シリアスで、ちょっとサスペンス風味の強い話です。
眼鏡×御堂ルート前提ですが、眼鏡なしの克哉も色々と出張ります。
それでも良い、という方だけ付き合ってやって下さいませ。
咎人の夢(眼鏡×御堂×克哉) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
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―謎の男の後に続いて、御堂が辿りついた場所は…繁華街の外れ。
薄暗く、人が滅多に訪れそうにない…どこかうらぶれた界隈だった。
物陰から何かが飛び出して来そうな雰囲気がする。
街灯も何個か途切れたり、壊れたりしているものが存在しているせいか
明かりが差していない部分も多く…それが一層、空気を重いものにしていた。
(随分と治安が悪そうな場所だな…本当にこんな場所に足を踏み入れて
大丈夫なのだろうか…?)
常にエリートとして、人生の表街道を歩き続けてきた御堂にとっては
このような怪しい場所に今まで用がない限りは訪れた経験がない。
それでも知りたいことがある以上、こちらの立場は決して強い
ものではない。
黙って、黒衣の男の後をついて行く他なかった。
「御堂様…こちらですよ。この角を曲がった処にある突き当たりの
青い階段をゆっくりと下っていって下さいませ…」
「青い、階段…?」
御堂が確認する為に反芻していくと、間もなく男の姿が風のように
スウっと消えていく。
慌てて周囲に四線を張り巡らせていくと…コツコツ、という靴音が
確かに男が言っていた階段の方から聞こえていった。
まるで奈落か、地獄にでも繋がっていそうな長い階段だった。
(…本当に、ここに足を踏み入れて私は大丈夫なのか…?)
男を見失いたくなければ、追いかけるしかない。
けれど…御堂は一回、息を大きく呑んでその場に佇んでしまった。
頭の中で何度も警鐘が鳴り響いていく。
だがここで臆して尻尾を巻いて立ち去るのも悔しかった。
「…ええい、私らしくもない。いつまでも立ち止まったままでいて
何になるというのだ…!」
暫く葛藤している間に、そんな自分に苛立ちを覚えて早足で
その階段を下り始めていく。
瞬間、頭の中にノイズのように奇妙な光景が一瞬だけ
浮かび上がっては消えていく。
・血まみれの自分の手
・涙を流す青い双眸
・妖しく笑う金髪の男
・完全に満ちた月
・そして…
最後に見た、映像だけは信じがたいものを感じて
それ以上の認識を止めていく。
まただ、佐伯克哉やあの男に接すれば接するだけ
何か虚飾が剥がれていくような気がする。
―御堂様。そろそろショウが始ります。入られるようなら
お早めにお願い致します…
御堂が階段の途中で固まっていると、奥の方から微かに
男の声が聞こえていった。
頭が酷く痛んでズキズキする。
何かが、垣間見えては消えていく。
それは一瞬の儚い白昼夢のようであり…幻ともいえる断片。
「あぁ、今から向かおう…」
そうして御堂はついに階段を下りきって…赤い天幕が覆う
店内へと足を踏み入れていった。
「ようこそクラブRへ。貴方様のご来店を心から歓迎致します」
そして黒衣の男は、恭しくこちらに頭を下げていく。
そして…ゆっくりと踵を返して御堂を案内していった。
「それではこちらについて来て下さいませ…」
「あぁ…」
ずっとこの男のペースで動かされるのは酷く癪であったが…ここで
妙に反抗的になっても仕方ない。
とりあえず従ってその後へと続いていった。
クラブR店内には妖しい東洋の香のようなもので満ち足りていて
ただ息をして立っているだけで頭の芯が痺れてしまいそうだ。
ベルベッドのように鮮やかな赤で満たされた空間。
倒錯的であり、同時に酷く官能的でもあった。
そうして後に続いていくと…カーテンの向こうが大きく
開けている空間へと辿りついていった。
どうやら舞台の袖のようだった。
「さあ…これが今宵のショーにおいて…貴方様に用意された
特等席ですよ…」
「なっ…! 何だと…! こんな処に私を立たせて、一体
どうするつもりなんだ…!」
この位置は特等席と言いながら、思いっきり出演者側の
場所だった。
ただの観客ならば舞台の外の座席を宛がわれるだろう。
ようするに…ここに立て、ということはショーの出演者側になれと
いうのとほぼ同義語だった。
「お静かに…これから、実に貴方にとって濃密で愉しい一時を
提供致します…。ですから、貴方は黙って…観客である私たちを
愉しませるべく…今宵の哀れな生贄を、貴方の欲望のままに踏み躙り…
犯して下さい。そうなされば…貴方の知りたくて仕方ないことの一つを
対価として…お支払いしましょう…」
「な、んだと…? そんな異様なものに私を参加させると言うのか!
ふざけるな! これ以上貴様の戯言に付き合うつもりはない!
帰らせてもらう!」
御堂は半端ではなく激昂した。
こんな得体の知れない男になど、やはりついてくるべきではなかったのだ。
肩を怒らせて、御堂はそのまま立ち去ろうとした。
「…少々お待ちを。貴方が気が進まないようでしたらそのまま
帰られても結構です。ですが…舞台の上に立つ…今宵の哀れな子羊の
顔だけでも拝んでみては如何ですか…? 案外、貴方の知っている
顔が立っているかも知れませんよ…?」
「…私の知人に、このような怪しい店に好んで立ち去るような輩はいない」
「えぇ、貴方のように清廉潔白な方ならば当店には好んで入ってくるような
事はないでしょう。けれど…今夜、貴方はこうしてこの場にいる。
趣味でなくても、何か理由があれば…ここにイレギュラーとして足を踏み入れる
ぐらいの事はありえると思いませんか…?」
そうして男は愉快そうに笑っていく。
この存在の甘言になど乗ってしまったら、引き返せなくなりそうな気がした。
しかし…物凄い嫌な予感がする。
好奇心と、反発心が再び御堂の中でぶつかりあっていった。
(きっと見てしまったら引き返せないような気がする…)
そう思うのに、このまま目を逸らして立ち去ってしまったら取り返しの
つかないことになりそうな気がした。
複雑な感情が渦巻いて、どうすれば良いのか判らなくなる。
「…貴方がお相手にならない場合は、子羊は何人もの男に好き放題に
弄りものにされる運命が待っております…」
そして、もし知り合いの誰かであったならば…決して聞き捨てすることが
出来ない一言が、男の口から放たれていく。
それが抗う限界だった。
「くそっ!」
この男の思い通りになってしまっていることが悔しかった。
けれどついに…重いカーテンを、禁断の扉にも等しいそれを
明け放って、舞台の上を覗いてしまった。
「嘘、だ…」
その光景を見て…御堂は現実を一瞬、認識したくなくなった。
けれどそれは認めたくなくても…事実だった。
「どうして、お前が…」
御堂は力なく呟いていく。
…その存在は虚ろな瞳をしながら、裸で…十字架に鎖で括りつけられて
眩いばかりのライトに照らし出されていた。
―それはまるで、一枚の絵画のように美しく…そして、残酷さも
滲ませた…ゾっとするような。光景だった。
無印の眼鏡×御堂ルートのED.NO2…「因果応報」を前提にした話です。
シリアスで、ちょっとサスペンス風味の強い話です。
眼鏡×御堂ルート前提ですが、眼鏡なしの克哉も色々と出張ります。
それでも良い、という方だけ付き合ってやって下さいませ。
咎人の夢(眼鏡×御堂×克哉) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
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―自分は果たして、何をやっているのだろうかと思った。
疑問ばかりが浮かんだ昨日と違い、本日は驚くぐらいにいつもと
変わらない一日が過ぎていった。
当然、昨日の午後に起こった地震の余波のようなものは多少はあった。
一部、電話線やライフライン等が老朽化していた地域などでは
多少の混乱等はあったみたいだが…昨日の午前中に起こった出来事の
不可解さを思えば…御堂にとっては微々たるものだった。
そして己のやるべき業務を終えて、御堂はMGNからそう遠くない位置にある
例の公園の入口に立っていた。
ここが…今朝、送信されたメールの主が指定してきた場所だった。
「確か…この公園の中央のベンチの前、だったな。…どうして、こんな
場所を指定してきたのか…理解に苦しむが…」
御堂は待ち合わせの場所に立った時点で、不吉な想いを抱いていた。
この風景には見覚えがあった。
…二日前に見た悪夢で、自分が佐伯克哉を刺した場所に近かった。
そう…少し離れた処に樹木が生い茂った場所があって、その裏手に確か
自分は隠れていて…。
「…何を、考えているんだ…。あれは単なる夢の…筈、だろう…」
其処まで思い出した時点で、必死になって頭を振って否定していく。
この二日間、どれぐらい…そんな行為を繰り返してきたのだろうか。
夢だと思い込みたい自分と、薄々と現実ではないかと恐れている自分と…
異なる意見を持つ自分が、ずっとせめぎ合っているような感じだった。
公園に灯る街灯は、煌々としていて…すでにとっぷりと日が暮れて
薄暗くなっている敷地内を眩いぐらいに照らし出していく。
―何故、この場所をわざわざ相手が指定してきたのかが気になった
まるで自分が見た夢の内容を見透かされているようだ…と感じた瞬間、
闇の中から何かが浮かび上がってくる。
「っ…!」
とっさに身構えていく。
だが相手はこちらのそんな反応などお構いなしに…いきなり現われては、
あっという間に距離を詰めていった。
「こんばんは~」
「…はっ?」
そして極めて能天気な声で、笑顔で挨拶されていって…御堂は
呆気に取られていった。
その時になって、突然現れた人物に何となく見覚えがあるような気がしたが…
具体的に思い出せなくて、御堂は難しい顔を浮かべていく。
(…この男、以前にも会った事があったか…?)
何故、この二日間…こんなにも記憶の欠落とか、何かが思い出せなくなっていることが
多くなってしまっているのだろうか。
しかし…こんなに妖しい雰囲気を纏いつつ、能天気そうに声を掛けてくる人間など
絶対に顔を合わせていたら忘れられそうにないと思うのだが…。
(一体いつ、私はこの男と会ったんだ…?)
空白を埋めたくて、こんな得体の知れない男からの誘いに勇気を出して
乗ってみたというのに…また一つ、自分の中から何かが欠けている現実に
気づかされて、御堂のモヤモヤは一層深くなっていく。
「私からの誘いに…乗って頂いてありがとうございます。御堂孝典様。
まさか…こんなにすんなりと来て頂けるとは思っていなかっただけに…
実に嬉しく思いますよ…」
「あぁ、宜しく…」
相手は満面の笑みを浮かべていたが、御堂はこの時点でどうしてこんな男からの
メールに乗ってしまったのだろうかと早くも後悔し始めていた。
本当に、氏素性の判らぬ相手からの突然のメールにこうして応えるなど…
慎重な自分らしからぬ行動であった。
けれど…この男の誘いの文章の中に「佐伯克哉さんに関して、知りたいことが
ありましたら…」と記されていた。
その一文が、どうしても無視し切れずに…結局、訝しみながらも御堂は
ここまで来てしまったのだ。
「さあ…それなら、早速向かいましょうか。私について来て下さいませ…」
「えっ…?」
しかも相手は挨拶をすると同時に、早くも踵を返して歩き始めていく。
唐突な事態に、御堂はついていけなくなった。
まだロクに言葉も交わしていなければ、何の情報の交換もしていない。
その状態でいきなり「ついて来い」と言われようとも…こちらはどう対応
して良いのか判り兼ねた。
「待て! いきなりメールを送って…ついて来いなど言われても、素直に
はいそうですか…などと出来る訳がないだろう!」
そして御堂は耐え切れずにそう訴えていくと、憎たらしいぐらいに胡散臭くて
爽やかな笑顔を浮かべながら男は言い切っていった。
「判りました。その場合は交渉は決裂という事で。このまま私は立ち去らせて
頂きますね~」
「待て! そんなのでお前は本当に良いのか!」
あまりにもあっさりと言い切られてスタスタと早足で男はその場から
立ち去ろうとしたので…御堂は慌てて相手を引きとめてしまった。
しかしそれこそ、こちらの性格を把握した上での相手の戦略であったことなど
この時点の御堂には知る由もない。
相手の袖を掴んで、引きとめてしまった途端に…男は我が意を得たり…と
言った感じで愉しそうに微笑んでいった。
(しまった…!もしかして、罠だったのか…?)
その顔を見て瞬間的に御堂は身構えていくが…すでに相手の術中というか
ペースにすっかりハメられてしまっていた。
「…あのメールに書いた通りですよ。貴方が…佐伯克哉さんに強い興味を
抱いているというのなら…これから、私に付き合って下さいませ。其処で…
最高のショウを貴方にお見せいたしましょう…」
「それを見ることに、何の意味があるんだ…?」
「…貴方が知りたいことの断片を、其処で確実に得られるでしょう。私から
言えることはそれだけです…」
そして男はどこまでも妖しく嗤(わら)う。
背筋が凍りつくような…そんな笑みだった。
「…判った。一応付き合おう。だが…くだらないものだったり、虚言だったと
判断した時は…立ち去らせて貰う。それで構わないな」
「えぇ、それで構いませんよ。それでは…案内いたします」
そうして男は、金色の長い髪をなびかせていきながら…御堂を
ゆっくりと自分のテリトリーへと案内していく。
彼はこの時、幾重にも張り巡らされた運命へと…知らぬ間にこの男に
誘導されていたその事実を、今は知る由もないまま…黙ってその後を
静かについていったのだった―
※4月24日からの新連載です。
無印の眼鏡×御堂ルートのED.NO2…「因果応報」を前提にした話です。
シリアスで、ちょっとサスペンス風味の強い話です。
眼鏡×御堂ルート前提ですが、眼鏡なしの克哉も色々と出張ります。
それでも良い、という方だけ付き合ってやって下さいませ。
咎人の夢(眼鏡×御堂×克哉) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
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―御堂の見ている長い夢は、まだ終わってくれなかった
己の葬儀を連想させる白い夢から暗転して、彼は光が一片も射さない
暗黒の世界へと突き落とされていく。
例えていうならば、黒い夢。
自分以外の存在を全て拒みそうな、漆黒の闇。
人が本能的に暗黒を嫌うのは、その中に身を浸すことで見たくない
本心を見つめざるを得なくなるからだという。
その中に…ユラリ、と自分以外の人影を見て…恐怖と、安堵という相反した
感情を覚えていく。
「誰だっ!」
相手に向かって、誰何の問いを投げかける。
だが…影は応えない。無言のまま立ち尽くすのみだった。
「応えろ! お前は…何者だ! 名前ぐらい名乗ったらどうなんだっ!」
もう一度…問いかけて、数歩だけ自ら歩み寄っていく。
恐れの気持ちは当然あった。しかしこんな場所で遭遇した存在が一体誰なのか
知りたいという想いの方が遥かに勝っていたからだ。
そして黒い影の方に近づいた瞬間…闇の中に、一人の人物の姿がゆっくりと
浮かび上がっていく。
―今度は眼鏡を掛けた方の佐伯克哉が目の前に現われていった
お互いに着慣れたワイシャツと、スーツズボンだけを身にまとっている
ラフな格好だった。
こちらに気づくと…どこか儚い笑顔を浮かべて…涙を静かに流していく。
先程の、眼鏡をかけていない方の彼も似たような顔を浮かべていた。
けれど口角が若干上がっていることで…それは辛うじて笑顔であった事に
御堂は気づいていく。
透明な涙。けれどそれに伴う感情は…さっきとは大きく意味合いが
違っていることに御堂は察していく。
「生きて、いた…」
彼は、そう力なく呟いていった。
そう口にした瞬間…彼は、とても重い何かから解き放たれたような…そんな
嬉しそうな表情を浮かべていた。
「あんたが…生きて、いて…くれた…」
そう何度も繰り返しながら、男は涙を流し続ける。
歓喜の涙、だった。
「佐伯、君は…」
突然、相手がこちらがこうして生きていることに心からの喜びを覚えて
いるのに気づいて…戸惑いを覚えてしまった。
そのまま身動きが取れないでいると…ふいに、こちらの身体を抱きすくめ
られていく。
息が詰まるような、切ない抱擁だった。
男の体温を、何故か不快と思わなかった。
相手の腕の中に包み込まれるような…そんな感覚を覚えて、御堂の躊躇いは
一層深くなっていく。
―どうして彼が、こんな風に泣くのかが良く判らなかった
自分は決して、彼に対して優しい態度など取った試しなどないのに。
深く関わったことなど…今まで…。
其処まで考えた途端、鋭い胸の痛みを覚えていく。
それは深く封じ込められていた重い記憶の扉に、ほんの僅かな隙間が
生じた瞬間だった。
一瞬…走馬灯のように、自分と佐伯克哉との間に何が起こったのかが
頭の中に駆け抜けていく。
信じがたい、記憶だった。こんなことが本当に起こったのか…とっさに
認めたくなかった。
「嘘、だ…こんな、の…」
「御堂…」
抱きしめられていればいるだけ、自分にとっては受け入れがたい認めたくない
屈辱の体験が蘇る。
相手の腕を拒もうと、力を懸命に込めていく。
必死にもがいた。けれどそれ以上に…克哉のしがみつく腕の力の方が
遥かに強かった。
「今、だけで…良い…。こうして、あんたを…感じさせてくれ…」
「何で、そんな事を言う! 離せ! 離してくれっ!」
佐伯克哉は、泣きながら…御堂を抱きしめ続けた。
自分に対してこんな悪辣極まりない事をした男に、これ以上くっついてなど
いたくなかった。
胸の中に、憎悪が蘇っていく。殺意が、込み上げてくる。
ここにナイフがあったなら、きっと躊躇することなく…相手の心臓に刃を
突きたてているだろう。それほど、強い感情が胸の中に湧き上がる。
「…あんたを目の前で失って…俺はやっと気づいたんだ…。あんたに対して、
酷いことをしてしまった自覚がある…。けれど、俺は…あんたを好きだったから
どうにかして…手に入れたかったから、愚かな真似を…してしまった…」
けれど、相手が力なくそんな事を呟いた瞬間…御堂は、驚きのあまりに
身体の力を抜いてしまった。
今、何を言われたのか正しく認識するのを一瞬拒んでしまっていた。
「佐伯…君は、一体何を…言っている…?」
信じたくない、という気持ちが…御堂から全ての感情を奪っていく。
呆けたように力なくそう告げていくが…彼の瞳からは、涙は伝い
続けていく。
「…すまなかった」 ―ごめんなさい…―
二人の、異なる佐伯克哉の声が重なって頭の中で共鳴していく。
それが、呼び水となって…御堂は思い出していく。
夢の中だけとしても、一時の事に過ぎなくても…忘れがたい出来事を。
思い出してしまったら、平穏に日々を過ごせなくなってしまうのは確実な
記憶なのに…それでも御堂は、呼びもどしてしまった。
「君、たちは…どこまで、私を…振り回せば、気が済むんだ…」
気づけば、御堂も泣いていた。
相手の腕の中に、収まり続けながら…自らも気づけば、抱き返していた。
お互いにプライドが邪魔をして、泣き顔を見せあうことはなかった。
けれど確かに相手の温かさを感じ取っていく。
そうだ、何度もこの男に犯された。その間は決してこんな風に…体温を心地よいと
感じたことなど一度もなかった。
たった一言の謝罪の言葉、そして想いを告げる言葉が…御堂の頑なな
心を少しだけ溶かしていく。
―君のことなど、嫌いになれれば良いのに…
きっと心の底から憎むことが出来れば楽になる。
この存在を殺してしまえば解放されると思った。
だから自分は…そこまで考えた途端に、重い扉が再び立ち塞がって
それ以上を思い出すのを無意識に拒んでいった。
けれど…己の中に在ったのは果たして、純粋な憎しみだけだったのだろうか?
相手を憎み、忌避したり嫌悪するだけの感情だけであったのか?
ふと御堂は疑問に感じていって…そして。
―何かを、彼の腕の中で見出した気がした…
どのような類の想いのものなのか、まだ判らない。
眼鏡を掛けた佐伯克哉は…酷く切ない顔を浮かべていた。
お互いの瞳が、微かに涙で濡れている…そんな表情。
気づけば顔がごく自然に寄せられて、口づけを交わしていた。
そういえば今までにも、何度かこの男に口づけられたことがあった事を
思い出していく。
それはこちらの肉欲を煽られ、こちらの全てを奪い屈伏させる為だけの
傲慢なものだった。
けれど…この触れ合うだけのキスは、今までのものとは意味合いが
異なっているように感じられた。
(どうして…私は、彼の腕も…口づけも、拒めないんだ…?)
御堂は立ち尽くしながら、そう自問自答していく。
何かを与えられたような気がした。
こちらの中に、負の感情以外のものを呼び起こす優しいキス。
初めてこの男から、自分は何かを与えられたような…そんな気がした。
判らない、判らない…判らない!
頭の中がグチャグチャで、何も考えられなくなる。
彼という存在が理解出来ない。どうして…ここまで、自分という存在の心を
ここまで掻き回すのだろうか!
永遠にも思われる、永い口づけ。
其れから解放されて、目の前の佐伯克哉をふと見つめていくと…彼の姿が
徐々に透明に近くなっていた。
まるでホログラフのように、闇の中に淡く浮かび上がっているその様子に
叫び声を挙げそうになった。
「佐伯、待て…!」
必死になって繋ぎ留めなければ…二度と会えなくなってしまうような
そんな気がした。
あんな仕打ちをした相手の顔など、もう見たくない筈なのに…目の前で
消え行ってしまいそうになった時、御堂は必死になって相手の腕を掴んで
引き止めようとしてしまった。
けれどそれも儚く、空を切っていく。
そして今まで見たことがないくらいに、柔らかい笑みを浮かべていきながら…
男はこう告げていった。
―あんたがどんな形でも、この世界に生きていてくれて…本当に、良かった…
再び、心から嬉しそうな顔で…透明な笑顔を浮かべて、佐伯克哉の
姿は幻のように掻き消えていく。
どこまでも深い闇の中…自分一人だけが取り残されていく。
憎い相手の筈だった。けれど…最後に、そんな言葉を残されたことで…
それ以外の感情が、御堂の中に生まれ始めていく。
「佐伯…どう、して…」
君を素直に憎ませてくれないのだろうか。
本当に、心からその事で恨みたいぐらいだった。
二つの白と黒の夢が…御堂の中に、今までとは違った感情を呼び覚ましていく。
夢とは…一時、強く思い合う人間同士の心を反映して、映し合うことが
あるという。
お互いの中にどんな類の感情であれ、強い感情を相手に抱いていたからこそ…
このような奇妙な夢を見たのだろうか? それとも…。
「どうして、私の心を…君という存在は…ここまで、掻き乱すんだ…?」
虚空に向かって、御堂は呟いていく。
その瞬間…一夜の、永い夢は終わりを告げた。
急速に覚醒へと向かい、御堂の意識は現実に引き戻される。
―瞼を開ければ、其処にはいつもと変わらない日常が横たわっているように
感じられた
全身にうっすらと汗を掻いている。
これで二日続けて、夢にうなされたことになった。
一日ぐらいならどうにでもなるが、二日連続になると…身体は疲労で
どこか鉛のように重く感じられた。
時計の針は朝五時を少し過ぎたぐらいを指している。
いつもの自分なら、さっさと起床してやるべきことを始めている。
けれど…今朝に限っては、そんな気になれなかった。
「…もう少しだけ、横になっているか…」
会社を休む訳にはいかない。
自分がこなさなくてはいけない業務は山のように存在しているのだから。
だからもう30分か一時間だけでも、身体を横にして休めて…一日を乗り切れるような
処置をとることにした。
恐らく深くは眠れないだろうが、人間…横になって瞼を閉じているだけで多少は
疲労は回復するものなのだ。
そう考えて…暫く横になっていくと、ふいに枕もとでメールの着信音が聞こえた。
「こんな早朝に…メール、か…?」
朝五時にメールを寄こすなど、よほどの緊急事態か…相手の生活リズムが
崩れているかのどちらかだろう。
一瞬、確認するかどうか迷ったが、緊急の連絡かも知れない可能性を考慮して
一応手を伸ばして携帯を取り、文面を確認していく。
次の瞬間…御堂は難しい顔を浮かべながら、力なく呟いた。
「…どうして、次から次へと…理解出来ないものばかりが、やって
来るのだろうか…」
その内容を見て、御堂は更に疑問が膨らんでいくのを実感していった。
其れは自分にとって、面識のない…アドレスを交換しあっていない
謎の人物からのものだった。
しかし…あのような夢を見た直後の御堂からしたら、決して無視することが
出来ない内容が記されていた。
―過ぎたる好奇心は、時に身を滅ぼすキッカケにもなりうる
そのような言葉が、脳裏に浮かんでいったが…モヤモヤと、疑問ばかりが
膨らんでいってすっきりしなかった。
―虎穴に入らんば、虎児を得ずとも言うな…
暫く考えて、御堂は覚悟を決めていく。
それはいつもの彼ならば、一笑にふして決して相手にする事はなかっただろう。
だが連日…二日続けてみた夢の謎を解きたい、知りたいという感情の
方が勝って…彼はその誘いに乗ることを決意させてしまった。
―それによって、彼らにとって予想もしていなかった運命の歯車が
大きく動き始めてしまったことに…この時点では、御堂は気づく
事は出来ないでいたのだった―
無印の眼鏡×御堂ルートのED.NO2…「因果応報」を前提にした話です。
シリアスで、ちょっとサスペンス風味の強い話です。
眼鏡×御堂ルート前提ですが、眼鏡なしの克哉も色々と出張ります。
それでも良い、という方だけ付き合ってやって下さいませ。
咎人の夢(眼鏡×御堂×克哉) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
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―御堂はその夜、夢を見ていた
奇妙な一日が終わり、やっとの想いで夜遅くに自室で就寝に就くと…明け方頃から
再び夢を見始めていた。
普段、常に深い眠りに誘われているおかげで…夢とは無縁の筈なのに、
二日連続でこうして長い夢を見るなど…随分と珍しいことだった。
自分は気づけば朽ち果てた…所々に眩い白い光が注ぎ込んでくる教会の
中に一人で佇んでいた。
雰囲気的に、長い時間…人の手が入っていない場所のようだった。
それでも奥の方にイエス・キリストの像と…ボロボロの祭壇が置かれていることで
辛うじてここが教会である名残が残されていた。
天井や壁には何か所か大きな穴が空いているせいで、其処からジワジワと
侵食が続いている。
それでも降り注ぐ鮮烈な光が、その荒れ果てた空間を酷く厳かなものに変えていた。
(…ここは、教会か…?)
それはどこまでも白が埋め尽くしている空間だった。
光がここまで…場を神々しく見せるなど、今までの人生の中で目の当たりに
したことは殆どなかった。
祭壇の前に…一人の白い服を着た青年が立っている。
最初は…光が目を焼いていたせいで、シルエットのみしか認識出来なかったが
その眩しさに慣れていくと…それは、間もなくして佐伯克哉だと判った。
御堂は言葉を失いながら…彼の背中を見守っていく。
白いアルバと言われる祭礼用の服装に身を包みながら…彼は祭壇の
方に向かって跪き、祈りを捧げていく。
チングリムと呼ばれる腰紐や、ストラなどの身分を表す肩章も何もつけていない。
基礎となる白い祭礼服だけを身につけたその姿は…余分なものがないだけに
逆に清らかに映った。
―背後から見ているだけなのに、酷くそれは神聖な光景のように思えた
彼はこちらを振り返ることなく…一心不乱に、何かに祈りを捧げている。
その姿に…御堂は言葉もなく、後ろから眺めつづける。
声を掛けることすらも…出来ないぐらい、彼は真剣な様子だった。
どれくらいの時間、自分たちはそうやって重い沈黙の中で無言で佇んで
いたのだろう。
ふいに、真剣な声音で佐伯克哉が高らかに告げていった。
―どうか…安らかに眠って下さい…御堂さん
その一言を聞いた瞬間、御堂は雷で貫かれたような衝撃を覚えていく。
厳粛な空気を破るように、早足で祭壇の方へと向かっていく。
祭壇の奥には、一つの大きな棺があった。
朽ち果てた教会にはそぐなわないぐらいに…棺の中には色鮮やかな
花で埋め尽くされている。
そして…その中に眠っていたのは…紛れもなく、自分だった。
「っ! …これはっ!」
こちらが必死になって叫ぶ。
けれどまるで…御堂の事など見えていないように、眼鏡をかけていない
佐伯克哉は呟いていく。
―貴方の魂が憎しみに囚われぬよう、少しでも安らかに天国へと召されるように…
心から、祈ります…
そうして、御堂はその横顔を見つめる中…克哉は再び、祈りを捧げていく。
頬に一筋の涙が伝っているのを見えた。
あまりに真摯で…純粋な様子に、御堂は言葉もなく立ち尽くしていく。
棺の中には…生気をすでに失った自分の亡骸が、胸の辺りで手を組みながら
横たわっている。
まるで自分の葬儀に立ち会っているかのような、奇妙な錯覚。
「私はこうして生きている! どうして…そんな、事を…!」
声の限り、御堂は気づけば叫んでいた。
そうなって初めて…佐伯克哉は彼の存在を認識していく。
その瞳に浮かぶのは憐れむような眼差し。
―いいえ、貴方がこうして亡くなっているのも…また真実なんです…
「嘘だ! それならどうして私は生きているんだ!」
自分はまだ死んでいない、と御堂は確信していた。
だが…それでも、佐伯克哉は首を横に振って否定していく。
―貴方が生きている未来も、死んでいる未来も…同時に存在している
そして、意味不明な言葉を彼は紡いでいった。
御堂にはその一言に込められた意味が、どうしても理解出来なかった。
「君は一体…何を言っているんだ…?」
自分はこうして、ここにいるのに…彼の瞳にあるのは憐憫と言われる感情だけ。
透明な涙を流しながら…彼はまっすぐに御堂に対峙していく。
―貴方の魂が、憎しみから解放されて…あるべき姿を取り戻すことを…オレは
心から祈ります…
そして、どこか悲しそうな声で…彼はそう告げていった。
―憎しみは、人の心を歪めます。強い憎悪は、目を大きく曇らせます。
本来は輝いている筈だった貴方が、それによって…自らの手を汚すまでに
堕ちてしまったことがオレには悲しかった…ですから…
そして彼は、そっと瞼を伏せながら口にしていく。
―全てを忘れて、貴方にどうか平穏を。俺(オレ)という存在を忘れて…
どうか、元通りの日常へ戻って下さい。それが…オレ達が出来る、貴方に対しての
唯一の贖罪であると…思いますから…
彼が涙ながらに告げた瞬間、光が一層鮮やかに満ちていく。
眩しくて目を開けていられなくなる。
御堂は思わず…両腕を身体の前に掲げて、己の目を守った。
そうしている間に…この場を構成していた、教会が…光の粒子へと徐々に
変わって崩れ落ちていく。
世界は輪郭を失い…ただ、白い光だけで覆い尽くされようとしていた。
「待て! 君は…どうして、そう一方的なんだ! 私には…君に、どうしてそんな
事を言うのか…その疑問すら、投げかけさせてはくれないのか!!」
声の限りに叫んで、訴えかけていく。
だが世界の崩壊は決して止まらない。
そうして世界はグニャリ…と奇妙に歪んで、光の代わりに黒い闇が瞬く間に…
全てを食らい尽くしていった。
「うわっ!」
ふいに、足場の感覚がなくなっていく。
そして光満ちる世界から、一転して…奈落の底へと御堂は突き落とされた。
どこまでもどこまでも、深い場所へと堕ちていく。
平衡感覚の全てが狂わされていくような感じだった。
そして…気づけばまっ暗い闇の中に一人で、立っていた。
―其処は暗闇で覆い尽くされた空間だった
光が一遍も存在しない、不毛な世界。
その世界で、御堂が何かを見出そうと必死になって周囲を見渡していくと…
暫くして、一人の人影が…その闇の中にポツンと立っているその事実に
気づいていったのだった―
無印の眼鏡×御堂ルートのED.NO2…「因果応報」を前提にした話です。
シリアスで、ちょっとサスペンス風味の強い話です。
眼鏡×御堂ルート前提ですが、眼鏡なしの克哉も色々と出張ります。
それでも良い、という方だけ付き合ってやって下さいませ。
【咎人の夢 過去ログ】 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
―佐伯克哉は、夢を見ていた
心が砕ける瞬間に見た…信じたくない光景が、こうして死に限りなく
近い眠りに落ちている間、何度も何度も蘇っていく
(もう…止めて、くれ…)
脳裏に、目を焼くぐらいに鮮烈な…巨大な黄色の二つの光が襲いかかる。
その瞬間、何か重いものが跳ねられ…自分の目の前で宙に舞っていき―
―そして何もかもが、次の瞬間に終わっていた
唐突に訪れた、ピリオド。
あまりの事に茫然として、言葉も失っていた。
切りつけられた腕が、焼けるように熱くて。
自分の生命の証が…雨が降り注ぐ中、ずっと止まることなく…地面に
滴り落ちていった。
「嘘、だ…」
認めたくなかった。これが終わりだなんて…。
けれど…たった今、トラックに跳ね飛ばされてしまった存在からは
生きている兆候が感じられなかった。
原型は留めている。その存在を見間違うことはない。
けれど直感で自分は判ってしまったのだ。
―もう彼の生命は、永遠に失われてしまったことを…
助かる見込みがほんの少しでもあるのならば…大急ぎで救急車でも何でも
手配して、死力を尽くしたことだろう。
けれど些細な運命の悪戯は…たった一瞬で、目の前の人の命を奪って…
何の救いも残してくれなかった。
この人が死んでしまった。
そう自覚した瞬間に…胸の中に大きな空洞が空いてしまった。
こうなって初めて、自分の心の中に…この人が大きく存在していた事を
強く自覚した。
―本当に…もう、手遅れなのか…?
彼は覚束ない足取りで…道路に投げ出されたその身体の方へと向かっていく。
遠く離れた位置にあった頃は、本当にほんの少しだが…期待があった。
けれど間近に経って、それが愚かな希望だった事に気づかされる。
其処には悲しいぐらいの現実があった。
まるでシュレディンガーの猫だ。
実際に死んでいるかを確認するまでは、生きているという可能性が残されていた。
だが確認した以上、認めざるを得なかった。
「本当に…死んで、しまったんだな…あんた、は…」
力なく、男は呟く。
地面に血の海が広がっていく。
外傷はチラっと見る限りでは其処まで派手ではなかった。
けれど…これだけの血が流れる中で、その中心に倒れている存在が…
何の反応もなく、ただ倒れている。
その事実が…死が一瞬で、彼の元に訪れてしまったことを示していた。
男はそれを目の当たりにした時、心の中がグチャグチャになった。
目から涙が溢れて来る。
拭っても拭っても、溢れ続ける想い。
何で…自分はこんなに、泣き続けているのか…最初は判らなかった。
そして…彼から少し離れた位置に立って、壊れたように涙を流し続けて
いたら…気づいたら、彼の周りは多くの野次馬が集まっていた。
―見るな
と憤りを感じた。
けれどもう、ショックの余りに…まともに声も出なかった。
身体も満足に動かせなかった。
強烈な体験をすると、身体と頭が停止することがあるというのは事実だと…
嫌でもその瞬間、思い知った。
その癖、涙線だけは活発になって…壊れたように雫を零し続けていた。
何も出来ない。何もする気が起こらない。
―これが、自分がした事の結果だと打ちのめされていたからだ
欲望の赴くままに、彼に色んな事をした。
愉快だった、優越感に浸り続けていた。
だから決して彼がどれだけ止めてくれと懇願しても聞き遂げることなく…
ずっと、優位に立って彼を嬲り続けた。
その手を決して、緩めることなどなかった。
だから恨みを買い…今夜、彼に刺されそうになった。
けれど幸い…腕は深く裂かれてしまったが、その状態で必死になって
公園から外に向かい歩道を渡ったら…追いかけて来た彼が、跳ねられてしまった。
頭に血が上っていたから、向こうにはきっと…自分と違って、周囲を見渡す
余裕などなかったのだろう。
だから…このような事になってしまった。
―俺は、馬鹿だな…。あんたを失って、どうして…こんな真似をし続けていたのか…
自分の本心を、知ったよ…
泣いている内に、それでやっと…彼は自分の本心に気づいてしまった。
これから自分は、この人をどうにか自分の思い通りにしようと…監禁することを
考えていた。
何もかもを奪って、自分の手を取るしかなくなれば…きっと、この強情な人も
屈伏するだろうと。
其処までして…自分は彼を得ようとした。
強くこの存在に執着している…異常なまでのその想いの根っこにある想いが
何なのか…こうなって、初めて彼は知った。
―俺は、あんたを…好きだったんだ…! だから…手に入れた、かったんだな…
失って、初めて見えた。
自分はこの人に憧れていたのだと、強く惹かれていたのだという事実に。
けれど今さら見えても…もう、その存在は手の届かない遠くへと向かってしまった。
死んだ命は、生き返らない。
その直後であるのなら蘇生法を使えば…運が良ければ引き寄せられるが、
もうすでに事故が起こって十分以上が経過して…あの出血で、誰も手を施さなかったら
決して助かることはない。
―そんな状況では、決して奇跡など起こる訳がなかった
人だかりがいつの間にか築かれて、覆い隠されてしまっている。
お願いだから、プライドが高く美しかったその人の哀れな亡骸を…好奇心で
軽い気持ちで眺めたりしないでくれ。
そう憤り、全てを追い払ってしまいたかった。
なのに、もう…身体が、動かなかった。
血が流れつづけて痛みは感じるのに、身体の全てがマヒしてしまっている。
そう…心が、死んでしまったのだ。砕け散ってしまったのだ。
―本当は一番、愛していた存在を一瞬で失ってしまったショックで…今の克哉は
神経という神経が、マヒしてしまっていた
それでも悔しくて、その心に充ちている悲しみを、嘆きをどうにかして
吐き出したくて…彼は一度だけ、慟哭と呼べるぐらいに激しい叫び声を挙げていった
雨の降り注ぐ中、哀れなぐらいの姿を曝していく。
けれどもう…誰に見られても、構わなかった。
この時の彼は…それぐらい、自暴自棄になっていた―
思い出したくない夢。
けれどそれが幾度も幾度も、こうして眠っている最中でも訪れる。
目を逸らしたくても、逃げたくても…心に刻まれてしまった罪は、後悔からは
人はなかなか逃げられない。
―もう、好きにしろ…
あの人が生きていない世界で、自分は生きていたくない。
光を失ってしまった後で、それでも…生の営みを続けることは最早苦痛だ。
心がそれでも生きている限り、こんな夢が押し寄せてくるぐらいなら…いっそ
息の根が止まって、何も感じられなくなる方がずっとマシだと思った。
―本当に愛する存在がいなくなった世界に、何の未練も感じられなかったから
だから彼は…死に近い眠りから、目覚められない。
それは弱さかも知れない。
けれど…今の彼には、この世に執着する理由を見失っていた
深い闇の中でも、光を見出すには…希望が心の中になくてはならない。
けれどその一番の理由を失った直後に、どうやって次を見つけ出せば良いのだろうか。
―今は何も考えたくない…
それは逃避かも知れなかった。
だが、時に…人にとって、そういう過程が必要になることもある。
あまりに強いショックを受けた場合…一時的にその現実から遠ざかって距離を
置くことも有効だからだ
―心も体も、急速に冷えていくのが判る
けれど、その度に…誰かの手が、強く握り締めてくるので…その奥に
あるモノまで、決して辿りつけない。
―死ぬなよ…! まだ、全ては終わっていないから…!
そう訴える声を、うっとおしい想いで聞いていく。
そうして…夢を見るような浅い眠りから、何もかもが閉ざされてしまっている
深い眠りへと再び彼は落ちていった―
死に近い眠りは、時に人に救いを齎す。
それは…今の彼には、必要なものであった―
無印の眼鏡×御堂ルートのED.NO2…「因果応報」を前提にした話です。
シリアスで、ちょっとサスペンス風味の強い話です。
眼鏡×御堂ルート前提ですが、眼鏡なしの克哉も色々と出張ります。
それでも良い、という方だけ付き合ってやって下さいませ。
【咎人の夢 過去ログ】 1 2 3 4 5 6 7 8 9
―御堂はその後、社内を全力で走り回ることになった。
先程自分の私室に訪れた佐伯克哉の態度がかなり変なものであった
事は確かだったが…その事を考える隙間などないぐらい、御堂は
地震後の対処にともかく追われ続けた。
今回の地震の震度は4.5。
耐震強度のない窓ガラスや壁等ならひび割れがしたり、収まりが悪い
家具等が動いたり転倒したり、ライフラインの一部が破損する可能性が
ある震度だった。
死傷者こそは出なかったが、ガラス製の器具などを利用している者が
多い商品開発研究室等では、何人か運悪く怪我人が出てしまって…
その事実確認と、手配の為にあっという間に二時間ぐらい費やされてしまった。
ようやく御堂が一段落ついて…自分の私室に戻った頃には、日が
少し傾き始めようとしていた。
「…あぁ、藤田君はちゃんと…こちらの部屋を直しておいてくれたみたいだな…」
佐伯克哉が何ともおかしな様子で出て行った直後、携帯で部下の藤田を
呼び出して…一緒に机を起こした後、残りの細かい後片付け等は彼に
頼んで…御堂は各部署を直接見て回っていった。
先程、派手に床の上に散乱していた書類や関連資料の類は…藤田の
おかげですっかり元通りに片付けられている。
こうして見ると…さっき、あれだけ派手な地震が起こったことなどまるで
嘘のように思えてくる。
本当に何て一日なのだろう、とつくづく思った。
「…少し、休むか…」
普段の御堂なら、決して休憩時間以外に積極的に休みを取ろうなどと
考えないが…今日一日はあまりに色んな事があり過ぎて、目まぐるしすぎた。
自分のディスクの上に腰を掛けながら、深く溜息をついていく。
(10分程度なら…一息入れても、良いだろう…)
自分の携帯で、現在の時刻を確認していくと素早くアラーム設定をしていく。
自分が課した時間以上に、休まない為の防止策だ。
準備をしてから…御堂は、ようやく様々なことを考え始めていった。
「…一体、昼前と…地震が起こった後の皆の態度の違いは…何だったんだ?
それに…ひき逃げ事件なんてものまで、この近所で昨日起こっていたらしいし…
まったく、何が何だか…判らない…」
御堂は、社員の安全を確認する為に…様々な部署を見て回った。
大きな災害や、事件が起こった時は誰かが率先して指示したりしなければ
大きな混乱が起こる可能性があるからだった。
その最中に…昼間の女性社員達と顔を合わせていったが、ロビーで会った
時はあれだけこちらを恐れているような態度を見せていたのに…地震が
起こった後に偶然顔を合わせた時は、まるでそんな事などなかったかのように
普通の態度でこちらと接していた。
藤田も同じような感じだった。
地震が起こった直後、大急ぎでこちらの部屋へと駆けつけて来た藤田は
昼間の…ぎこちない笑顔は一切浮かべなかった。
いつもと同じ、天真爛漫で一辺の曇りもなくこちらを信じている態度。
まるで、その事件など存在していなかったかのように…彼らはこちらに
接していた。
代わりに、何人かの女性社員が…昨日、誰かがこの近辺でひき逃げ
事故があったことを噂していた。
この社内の誰かが跳ねられたらしいが、人だかりが出来ていたせいで…
MGN内の人間の殆どが、「事故は起こっていることは知っているが、
どこの誰が引かれたのか具体的に知らない」状態になっていた。
「…同じ日に、公園で…私が見た夢とほぼ被る事件が起こって…しかも
その付近で…ひき逃げ事故まで起こった。こんな偶然が重なるものなのか…?」
御堂が一番混乱しているのは、それだけではない。
自分は現場の指示をして社内中を走り回っている最中に、3人の女性社員が
話しこんでいる処をたまたま立ち聞きをしていっただけだ。
その会話が御堂にとって…心に引っ掛かったのは…。
―その轢き逃げ事故が起こって、人だかりが出来ている周辺に…
佐伯克哉が、この世のものとは思えないぐらいの絶叫を挙げて泣き叫んでいる
姿を…女性社員が目撃した、という事だった
その噂を聞いた時…御堂は混乱した。
一体、どちらの事件が…本当に起こった事なのだろうと。
刺されて血の海の中に倒れている佐伯克哉と。
誰かが轢かれて、嘆き悲しんでいる姿と…真実がどちらなのか
御堂には判り兼ねていた。
「…どちらかが事実なら、片方が有り得ないものとなる。…まさに矛盾だな。
私が見た夢こそ…一体何だったんだ…?」
御堂は、今朝見た夢のリアルさをはっきりと覚えている。
あれが事実なら…もし、誰かが罪を言及しても御堂は言い逃れることが
出来なかった。
しかし…轢き逃げ事故の情報を聞いた挙句に、藤田と昼間の女性社員の態度が
いつもと変わらないものにこの短時間で戻っているのを目の当たりにして…
余計に判らなくなってしまった。
どこに本当の答えがあるのか…判らない。
けれど…共通しているのは、どちらの事件にも佐伯克哉が関わっている。
それだけは…確かだった。
(佐伯…一体、君は何を知っているんだ…?)
不可解な態度を、別人のような顔を見せた…さっきの佐伯克哉の事を
思い出していく。
彼を中心に、全ての謎が存在しているような気がした。ならば…。
―君に近づけば、私はこの謎を解き明かすことが出来るのだろうか…?
そう考えた瞬間、御堂は…今まで心の中で強い嫌悪や、違和感を覚えていた
佐伯克哉という存在に…急速に興味を覚えていき。
彼にどうにか近づいて、答えを知りたいと思う心が…一層強まっていくのを
感じていったのだった―
無印の眼鏡×御堂ルートのED.NO2…「因果応報」を前提にした話です。
シリアスで、ちょっとサスペンス風味の強い話です。
眼鏡×御堂ルート前提ですが、眼鏡なしの克哉も色々と出張ります。
それでも良い、という方だけ付き合ってやって下さいませ。
【咎人の夢 過去ログ】 1 2 3 4 5 6 7 8
―ここならば、貴方の望む結果が得られるでしょう。
先程、自分がどうすれば良い…と問いかけた時、男は悠然と
微笑みながら…そう告げていった。
あの場所では、一応細工をしたが…多くの人間が関わってしまって
いる以上…難しいと、男は告げた。
―だから男は言った。自分が予想もしていなかったとんでもない発想を。
その事に意を唱えようと思ったが…今の自分の身体もまた、その罪を心から悔いた
「俺」によって与えられているものだった。
―さあ、貴方はどうしますか? 追いかけますか…?
―当然です
そして、悩むことなく…克哉は受け入れざるを得なかった。
誰も救われない未来を二つ作るよりも…一つ、救われた未来を作った方が
良いとそう思ったから…。
―そのやりとりを朧げに思い出していきながら克哉は緊張した面持ちで、御堂の私室へと
足を踏み入れていった。
「失礼します…御堂部長」
恭しく頭を下げていきながら、自分のディスクの上で両腕を組みながら
こちらを待ち構えている御堂の元へと向かっていく。
そして…御堂の目の前に、報告書が収められているクリアファイルを
そっと目の前に差し出していった。
「…こちらが今月の結果報告書です。まずは目を通して頂けますか…?」
「うむ…」
そうして暫く、その書類を真剣そうな顔を浮かべていきながら…御堂は
一つ一つ、字面を読み進めていった。
二枚目の書類を見た途端、御堂の顔が一瞬…驚きの顔を浮かべていく。
「…驚いたな。まさかキクチの面々が…この短期間にここまでの結果を
出すとは…失礼だが、予想外だった…」
「…えぇ、そちらの営業活動の方は順調です。すでに最初の目標値は達成して…
現在の時点では、『貴方』が改めて引き上げようとした方の数字に
近い売り上げとなっているのは…其処に書かれている通りですよ…」
きっと、もう一人の自分ならここで皮肉めいた事を言うだろうから…
わざと「貴方」という部分を強調して口にしていく。
その瞬間、御堂の眉がピクリと揺れていく。
それから…御堂はムスっと口を閉じて不機嫌そうになり…結果的に
沈黙が続いていく。
いつもの克哉だったらそれだけの反応で怯むが…今はもう一人の自分に
なりきっているのだ。これぐらいで引く訳にはいかなかった。
(決して怪しまれてはいけない…どこで、綻びが出るか…判らないのだから…)
全てのカラクリは、御堂に決して知られる訳に行かない。
あの男が用意した舞台は…裏側の部分も、複雑に様々な秘密の糸が
絡まり合っている。
決して、この人に知られる訳にはいかない秘密が…どこから破綻して
漏れていくのか判らないから。
この人は何も知らないで良い。自分だけが…この重すぎる秘密を抱えて
いけば良いのだ。
顔を見れば見るだけ、胸が痛む。結果的に…自分達は…。
―二人の御堂を、不幸にしたのだから…
その事実がふと蘇った瞬間…演技の途中であるのに、克哉はどこか
辛そうな顔を浮かべてしまう。
…沈黙しているせいで、逆に自分の心がうるさく騒ぎ始めていく。
何かこの本筋の話に近い話題を言わなければ、と思うのに…思考を巡らせて
いくと余計なことばかりが頭の中でグルグル回り始めていった。
(…さっき気合を入れて、振り払うようにしたつもりなのに…やっぱり、
この人を見ると…胸の、痛みが…)
チクチクチク…と胸が痛んで、堪らない。
克哉は、裏側を…その仕組みの全てを知っている。
それが…今、御堂と対峙している今となっては逆に恨めしくて仕方なかった。
―知らなければ、こんなに胸の痛みを覚えることなどなかったから…。
(言わなきゃ…ここで会話を途切れさせたら、怪しまれる…!)
「…おや、御堂部長。どうして…さっきから黙ったままなんですか? まだ
報告は始まったばかりですよ? どうして…貴方は不機嫌そうにして
いらっしゃるんですか…?」
「…君がわざわざ、こちらを不快にさせるような言い回しをするからだろう…」
「…さっきの俺の発言のどこに、貴方を不快にさせるような言葉があったのか
判り兼ねますね…。事実を言っただけでしょう…?」
そうして、ククっと喉の奥で笑って…意地の悪い表情を浮かべて見せる。
元々御堂は、自分たちが新商品であるプロトファイバーの営業を担当することを
快く思っていなかった。
そんな彼にとっては、この数字を叩き出して…結果を出している時点で相当に
皮肉となっているのだ。
それを承知の上で、決して疑われないように演技を続けていく。
「…君の戯言に付き合うつもりはない。自覚がないとは…本当に失礼な男だな。
口の聞き方というのを…一から、誰かに教わった方が良い。が…実際にこの
短期間で、これだけの数字を達成するとはな…。悔しいが、君たちの実力を
こちらが侮って見ていた…その事実だけは、認めよう…」
「えっ…?」
なのに、こちらが皮肉めいた言い回しと態度を取っているにも関わらず…
御堂の口から、遠まわしにでもこちらを認める発言が零れたことに…克哉は
驚きを隠せなかった。
とっさに信じられなくて、相手の机の上に手をついて…その顔を間近に
見つめてしまう。
「…何をそんなに驚いた顔を浮かべている…?」
「いや、だって…今…そちらが…」
一瞬、演じることを疎かにして…もう一人の自分の声音ではなく、通常の自分に
近い声を出していってしまう。一瞬…御堂の眉が訝しげにピクンと動いたのを見て
克哉は顔色が変わったが、運よく言及されずに済んだ。
「…確かに君のように自意識過剰で、傲慢な男を認める言葉を褒めるのは癪だ。
だが私は…それだけの事をやっている人間を、自分の好き嫌いで何をやっても
認めないなどと考える程…幼稚でも、大人げない訳ではない。
実際に…今までのドリンク業界内で、この短い期間でこれほどの数字を
叩き出した商品の数はそんなにないだろう…」
「はっ…はい! ありがとうございます!」
予想外の言葉を言われてしまった事が嬉しくて、つい…演じることを一瞬忘れて、
素直な感謝の言葉が漏れてしまう。
その瞬間…ハっとなって口元を押さえていったが…すでに遅かった。
御堂は非常に難しい顔を浮かべていきながら…何か考え込んでいる。
(はっ…しまった! つい嬉しくて…素直にお礼を言って…)
その瞬間、克哉の顔は一瞬で蒼白になった。
いけない…もう一人の自分だったら、こんな事で感情を乱さない。
なのに焦れば焦るだけ、克哉の意思に反して…モロに顔に出てしまっている。
「…何か、本日の君は非常に変に思えるんだが…気のせいか? もしかして昼間に
何か悪いものでも食べたのか…?」
「いやっ! 何でもないですよ…御堂さん。ほら、俺はこの通り…元気ですから!」
そういって、両肩を大きく上げたり、力コブを作るように折り曲げたりして
元気だという事実をアピールしている。
だが…御堂には疑わしげにジーと見つめられている有様だった。
(あぁ…御堂さんの視線が痛い…)
食い入るように、御堂がこちらを見つめてくると…こっちの正体まで見透かされて
しまうんじゃないかとつい疑いたくなった。
いや、御堂は自分たちが二つの心を持っている事など知りはしない。
けれど…何か、普段の自分と違うという事実ぐらいはバレてしまうんじゃいかと
不安を覚えていく。
心拍数が上昇して、ドクドクドク…と大きく音を立てているのがうるさいぐらいだった。
「…それなら良いのだが。それで…君の報告したい事は、以上だろうか…?」
「いえ…もう少し続きがあります。次にこちらのファイルを…」
と言って、克哉がカバンからもう一つのクリアファイルを取り出そうとした瞬間…
大きく地面が揺れ始めた。
「地震かっ!」
「うわっ!」
その瞬間、とっさに克哉は机の方に両手を突いていった。
それと同時に、更に揺れが激しくなり…まともに立っていられなくなる。
「佐伯君っ!」
とっさに、御堂が目の前の克哉の身体を反射的に受け止めて支えて
いくような格好になる。
だがそんな行動を嘲笑うかのように、瞬間的に激震が襲い…克哉は
思いっきりバランスを崩してしまう。
大きめに作られたディスクすら、180センチもある男が全体重を持って
圧し掛かればまともに立っていることすら出来ない状況だった。
「わわわわわっ!」
「うわぁ!!」
二人の叫びが同時に響くと同時に、上質のカーペットの上に…グラリと
御堂のディスクが倒れ込み…。
―二人は眼を見開いて、驚く羽目になった
現実が咄嗟に理解出来ない。
何が起こったのか、信じたくなかった。
しかし…今の地震のせいでバランスを崩して、御堂の方に倒れ込んで
しまったせいで…そんな克哉を支えたせいで…二人は机が倒れると同時に
大きく窓際の方に投げ出される格好になっていき…。
―歯が思いっきりぶつかりあいながら、キスしてしまっていた
「…………?」
「…………っ!!」
御堂は、何が起こったのか把握したくなくて茫然となっている。
代わりに克哉の方は、少し経って…現状を把握した途端に、慌てて御堂の
顔から、自分の顔を離していった。
(な、何で…こんな、事が起こっているんだよ~!!)
よりにもよって、自分と御堂がキスするなんて…予想してもいなかっただけに
克哉の頭は正にパニック。支離滅裂状態になっていた。
「ご、ごめんなさい! 御堂さん! こんな形でそちらの唇を奪ってしまって…!」
とっさに、克哉は必死になって謝った。
だが御堂は…まだ現実を把握していないようだった。
起こった事実を認めたくないという気持ちが強く働いているからだろう。
いつもの…どんな時でも冷静さを崩さない彼にしては、珍しい反応だった。
「…今、何が起こったんだ…?」
「い、今のは事故です! 大地震のせいであぁなっただけですから気にしないで
下さい! 後、今の地震で会社がどうなっているか心配なので一旦失礼します!
じゃあ…!」
「ま、待ちたまえ!! まだ報告が終わっていないだろう!!」
あからさまに慌てて、背を向ける克哉に向かって…御堂が叫んでいくが
一旦それを振り切るように脱兎の勢いで逃げていく。
(早く目の前から逃げないと…絶対に不審がられる!)
今のキスで動揺してしまって、今の自分は…演技を全う出来ない。
長く一緒にいればいるだけ、ボロを出してしまうのは明白だった。
けれど…もうダメだ。一旦逃げて体制を整える以外に手がなかった。
今は頭がグルグルして、まともに御堂の顔を見れない心境だった。
一昔前のラブコメでもないのに、こんな展開になるなどまったく思っても
いなかっただけに克哉の精神的なダメージは相当なものになっていた。
「す、すみません! 今のオレが貴方の目の前にいても…醜態を晒すだけなので!
それでは失礼します!!」
そして振り向く様子を一切見せずに、バタンと大きくドアを閉めて克哉の姿は
完全に消えていく。
「…一体、今のは何だったんだ…?」
そして残された御堂は茫然となるしか、なかった。
今のは本当に…佐伯克哉だったのだろうか?
自分の記憶にある、眼鏡を掛けた佐伯克哉というのは…憎たらしいぐらいに
自信に充ち溢れて、ちょっとのことでは動じることなどなかった筈だ。
なのに…今の別人のような態度と反応は、一体何だというのだろうか…?
「本当にあれは…佐伯克哉、だったのか…?」
御堂は目覚めてから、疑問符が浮かぶようなことばかりが続いていて…
本当に混乱していた。
一体、自分の周りで何が起こっているのかまったく判らない。
さらに謎が増えてしまって…御堂はその場に膝をついてがっくりと
項垂れてしまった。
「…これが悪い夢なら、早く醒めてくれ…」
今朝見ていた夢が現実だったら、それはそれで悪夢だが…何だか今の佐伯克哉の
反応を見ていると、本当にパラレルワールドだが、別の世界に自分一人だけが
放り込まれたような…そんな気分にさえなってくる。
(漫画や映画の世界であるまいし…現実にそんな事はないだろうが…)
そう思いながら、軽く部屋の中を見回していく。
…部屋の中は酷い有様だった。
机は派手に倒れて、その上に置かれていた書類やファイルケース、電話や筆記用具の
類が散乱してとんでもないことになっている。
片付けて元通りにするのは、結構時間が掛かりそうな感じだった。
(とりあえず藤田でも呼んで…机を起こすのを手伝って貰おう。全てはそれからだ…)
そうして、御堂は身体を起こして…社内の状況が今の地震でどうなったのかを
内線を通して確認していき、とりあえず各所の復旧作業と…その指示に暫く時間を
取られることになってしまったのだった―
10 | 2024/11 | 12 |
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当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)
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…一言報告して貰えると凄く嬉しいです。