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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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 ※御克ルート前提の、鬼畜眼鏡R内で判明した澤村や 
ノーマル克哉の大学時代の過去が絡む話です。
 RのED後から一年後の春…という設定の話なので
ご了承くださいませ。
 当分、鬼畜眼鏡側はこの連載に専念しますので宜しくです。

 桜の回想  
                    10  
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―もう一人の自分のかつての親友であり、苦い思い出を伴う存在の事を…
克哉は御堂と一緒に桜を見に行くことでやっと思い出す事が出来た。
 どうして帰省中に彼があそこまでこちらに知られる事を拒んだのか、
知る事が出来た今なら理解出来る気がした。
 二人で満開の桜を見に行って…克哉が眩暈を起こして倒れかけた後…
そのまま帰ることにしたのだが、その途中…運転に集中している御堂と…
助手席の克哉の間には殆ど会話がないままだった。
 自分たちのように夜桜を見に、この周辺に車で来ている
人間が多いのだろう。
 普段なら30~40分程度で自宅に辿り着く筈が、その倍以上の
時間が掛かってしまっていた。
 そのおかげで、克哉は物思いに耽り…克哉自身はまだ、相手の
名前までははっきりと思い出せないが-二週間前に澤村紀次と出会ってから、
その間に起こった出来事を回想し、そしてそれも終わろうとしていた。
 あの赤いフレームの眼鏡を掛けた男性との再会、そして帰省…振り返れば、
桜が咲くまでのこの二週間は殆ど…自分探しに費やされたような気がした。
 
(やっとオレは思い出せたんだな…何か二週間掛けて、あの人と『俺』との
事に着いてはスタート地点に立つ事が出来た来がする…)
 
 御堂との静かなドライブは、もうじき終わろうとしていた。それが少し、
寂しくもあり…もうじき自分たちの家に戻れるという安堵感もあった。
 今朝、一緒に出て来てから半日も経過していない。
 だが…今の克哉には何日ぶりかに、ようやく帰って来れたような…
そんな気がした。
 
「克哉、もうじきマンションの駐車場に着くぞ。降りる準備をしておいてくれ」
 
「はい、孝典さん」
 
「うむ…さっきまでよりは顔色が良くなったな。黙っている間に少しは
気持ちの整理がついたのか?」
 
「えっ…あ、はい…さっき中央公園にいた時よりはずっと…情報とか、
そういうのは纏められたと思います……」
 
「…そうか、なら良い。人間は時に迷って自らの行くべき道を真剣に考え、
模索する事も必要だがな。答えも何も出さずに無為に悩んでいることは
褒められた事ではない。少しでも思い出せたなら良かった…」
 
「えぇ、孝典さん…今日は、オレに付き合ってくれてありがとうございます…。
貴方が隣にいてくれただけでも…凄く心強かったですから…」
 
「改めて礼を言われる程のことはしていない。私はただ…君の隣にいただけだ…」
 
(いいえ、その隣にいてくれたという事がオレには凄く嬉しかったんです…)
 
 と、心の中で小さく思うが…敢えて口には出さなかった。この人の恋人に
なって二年近くが経過するが、きっと直接口に出して言ったら…この人は
凄く照れてしまうだろうから。
 その照れた顔を見てみたいという衝動に駆られていくが、寸での所で止めていく。
 代わりにただ黙って…愛しい人の横顔を見つめていった。
 
「……何をそんなに見ているんだ? 克哉…?」
 
「えっ…? やっぱり孝典さんは恰好良いな…と思いまして、つい
見たくなってしまいました」
 
 率直に常々思っている事を口に出していくと、御堂は珍しく軽く目を瞠っていった。
 
「…君は何を言っているんだ。さあ、先に降りると良い。私は駐車場に車を
置いたらすぐに自宅に戻る」
 
「…はい、お言葉に甘えて先に自宅に戻らせて頂きます。貴方と、オレの家に…」
 
「っ…!」
 
 御堂は言葉を詰まらせていくが、どうにか反論の言を呑み込んで先に克哉を
マンションの入り口前の所に降ろして駐車場へと向かっていった。
 セキュリティが万全なオートロック式のマンション。
 キクチ・マーケティングに勤務していた頃の克哉の月給だったら到底家賃を
払うことも、ローンを組む事も不可能な場所だった。
 其処が御堂と自分の家となり…今では完全に自宅になっている。
 長い過去への旅路が終わったせいだろうか。それが妙に克哉には
感慨深く感じられてしまった。
 
「…俺の、家か…」
 
 帰省した時に実家に立ち寄ったが、克哉の意識の中では…すでに
マイホームは、あちらの生家ではなく愛しい人と暮らすこの部屋
へとなりつつある。
 夜桜を見に行っている最中、ずっと手をつなぎぎながら傍らにいてくれた
御堂の事を思い出すだけで…胸がボウっと暖かくなる。
 あの人への想い、今…自分がいる環境。それを…マンションの入り口に
立ちながら、しっかりと噛み締めていった。
 
(オレは…今、持っているものを決して失いたくない…)
 
 御堂との生活、そしてMGNでの仕事、そして…この数年間で実感した
周囲の人間との絆…今の克哉には失いたくないものが沢山ある。
 だから…負けたくないと思った。
 
「…お前は、一番大切な人に裏切られた時…消えたいと思ったんだな。
自分の足場が不確かに感じられて、存在している事が許せなくて…。その
想いがきっと、『あの人の事を覚えていない』人格を…『オレ』を生み出す
キッカケだったという事か…」
 
 全ての情報を纏めて、導き出された結論は…克哉にとって、
ショッキングな事だった。
 あの男性と、もう一人の自分との間に起こった事を探す旅は…言わば
克哉にとっては自分の生まれた理由を、ルーツを探すことに繋がっていた。
 克哉がそう呟いた瞬間、強い風が吹き抜けて目を開いていられなくなる。
 途端に、周囲に不穏な空気が漂っていく。
 
―どうやら全てを思い出された、いや…知ってしまったようですね…
佐伯克哉さん…。そう、あの出来事こそが貴方の生まれた根元にも関わり、
そして…あの方と私が出会った全ての始まりでもあります…
 
 そしてマンションの入り口に黒衣の男が悠然と微笑みながら
いつの間にか立っていた。
 気配も足音も何も感じなかった。まさに…『突然、フっと湧いて出たような』と
形容するに相応しかった。
 神出鬼没、と言い換えればいいのだろうか。
 Mr.Rの唐突な出現に克哉は驚愕を隠しきれなかった。
 
「…いつの間に、そこに立っていたんですか…?」
 
―そんな些細な事はどうでも宜しいでしょう。しかし…これで貴方は
自らの手で禁断の扉を開いてしまわれた。その事により、どのような結果が
起こるか…私は静かに見届けさせてもらいますよ。ねえ…佐伯克哉さん…?
 
「っ…!」
 
 そう男に言われて笑まれた途端に、克哉は背筋に悪寒が
走っていくのを実感していった。
 本能的に、これからただ事では済まないのだと察していく。あの二人の間に
起こった事を自分が知るという事は、大きな波紋を呼ぶ行為であった事を…
今更ながらに克哉は察していった。
 
(だけど、知ってしまった以上…オレは簡単に引く訳にはいかないんだ…! 
今のオレ二は守りたいもの、そして失いたくないものが沢山あるから…)
 
 そう考えた時に真っ先に思い浮かんだのは恋人である御堂の顔だった。
それから、キクチ・マーケティング時代の同僚たちや、今の職場の仲間達、
そして本多や太一、片桐のように自分の事に耳を傾けてくれる友人達…
彼らの顔が次々に浮かんでいき、克哉は決意を固めていく。
 
―良い目をなさりますね…かつての貴方は虚ろで何も持っていらっしゃらない
方だったのに。あの方が眠っている間…その肉体を守る為の仮初の仮面に、
まさかここまで強固な意志が宿ってしまうなど…あの時は考えても
いなかったですね…
 
 その一言を言われた途端、克哉は胸がズキリと痛むような気がした。
 そう、自分は『後から生み出された心』である事を克哉は知ってしまった。
 澤村紀次と決別するまでの12年間…そうあの日まで現実を生きていた
最初の佐伯克哉は、眼鏡を掛けて現れる方の人格だと知ってしまった。
 だから…きっと、今の自分は…本当の自分を封じ込めて、その上で
生きているのだという事実を知ってしまった。
 
(その事だけは…どうしても罪悪感が湧いてしまう…けど、今更…オレは、
もう戻れない。今…手にしているものを手放したくない…)
 
 だが、克哉はどうしても引く訳にいかなかった。大切な存在が幾つも
あるのに、感傷に負けて手放すのは身勝手だと思った。
 
―私には君が必要だ。それだけは決して忘れないでくれ…
 
 恋人関係になってから、ふとした瞬間に御堂がそう伝えてくれた
事が何度かあった。 
 その一言が今の克哉を支える芯となってくれていた。
 この身体も、心も今は唯一人に捧げている。
 だから克哉は、それがもう一人の自分に犠牲を強いる事に繋がって
いても、間違っても彼にこの身体を返すとは言えなかった。
 
(オレがそんな事を言えば…きっとあの人は悲しむだろうから…)
 
 だから瞼の裏にくっきりと御堂の顔を描いていきながら克哉は力強く呟いていく。
 
「えぇ、オレはこの旅路で…オレが後天的に作られた人格に過ぎない事を
思い知りました。けど、オレだってこの15年間を…特にこの三年ぐらいは
精一杯生きて来ました。だからオレは今更、あいつに人生を返せない。
それが…オレの答えです…!」
 
 力強く言い放った瞬間、黒衣の男は冷笑を浮かべた。
 それが妙にこちらの心を煽っていく。
 
ーなら、貴方がこの先…どのように足掻き、悩み苦しむか見届けさせて
頂きましょう…。桜によって狂わされたのは貴方だけではない。貴方と
因縁のある人もまた、この時期は心を乱されて…半ば正気を失って
いるのかも知れませんね…
 
 それは男からの警告であり、同時に脅しでもあったのかも知れない。
 そしてどこまでもシニカルが笑みを浮かべていきながら…男の姿は
まるで幻のように一瞬で消え去っていく。
 
「なっ…!」
 
 この男性の奇行に関してはそれなりに免疫がある克哉も、
これには流石に驚いた。
 だが呆然と立ち尽くしていると…背後から声を掛けられていく。
 
「…克哉、まだこんな所にいたのか…。随分前に先に行かせた筈だから
もうすでに部屋の中に入っていると思ったんだがな…」
 
「あ、その…すみません。軽く目眩を覚えてしまって…つ
い…」
 
「……そうか、さっきも君は倒れ掛けていたものな。愚問だった…
では、そろそろ戻ろうか…?」
 
「はい…」
 
 そうして克哉は御堂にそっと支えられていきながら
マンションの中に入っていく。
 僅かに触れ合っている箇所から伝わってくる温もりを感じて…
克哉はしみじみと思った。
 
―この人とこれからもずっと生きていきたい…。命ある限り、ずっと…
 
 小さくそう祈りながら、相手の身体に自分の頭を擦りつけていく。
 そうして…記憶を取り戻した事をキッカケに、確実に嵐は徐々に
克哉のそばに確実に接近しつつあったのだった―
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※御克ルート前提の、鬼畜眼鏡R内で判明した澤村や 
ノーマル克哉の大学時代の過去が絡む話です。
 RのED後から一年後の春…という設定の話なので
ご了承くださいませ。
 当分、鬼畜眼鏡側はこの連載に専念しますので宜しくです。

 桜の回想  
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―勢いよく燃えていた写真がフローリングの床に落ちた瞬間、例の
銀縁眼鏡の力で持って閉じこめられていた方の克哉の意識は
再び主導権を取り戻した。

(早く行動しないと、火が大きくなって大変な事になってしまう…!)

 この家は今は住んでいなくても、克哉の実家である事は変わりない。
 こんな事で失ってしまうのは絶対に御免だった。
 大慌てで大ざっぱに近くにあったアルバムを火元から放り投げて
遠ざけていって、全速力で風呂場へと向かっていく。
 脱衣所にあった青いバケツの中に、全開で蛇口を捻って
水を一杯にしていく。
 そして先程まで自分がいた部屋まで運んでいくと、克哉は
盛大に水を掛けていった。
 
 バシャッ!!
 
 フローリングの床に過剰な水気は厳禁だ。
 だがこの緊急事態では仕方がなかった。
 幸い、写真は完全に燃えつき掛けていたせいで火の勢いは
あまりなかったのが幸いしていた。
 すぐ近くに可燃性の物を置いたままだったら戻ってくるまでの相手に…
もしかしたら天井にまで火が届いて個人では手に負えない状態に
なっている可能性があったがフローリングは着火するまで
若干の猶予時間がある。
 当然、悠長に構えていて引火してしまえば手遅れだが…迅速に
対応したおかげで若干、焦げ痕がついたぐらいの被害で止まってくれた。
 
「ま、間に合って本当に、良かったぁ…」
 
 克哉は安堵の息を漏らしていきながらその場に座り込んでいくと…
自分の膝が少し笑っている事に気づいていく。
 こうなるのも無理はない。
 後一歩で、大惨事を引き起こすかも知れなかったからだ。まさかもう
一人の自分が呆然と見守っているだけで何もしないだなんて思いも
よらなかった分だけ、克哉も衝撃を隠し切れなかった。
 
「何であいつ、あんな風に突っ立っているだけだったんだ…? 後もう少しで
大変な事になっていたかも知れないのに…そんなの、全然
あいつらしくないのに…」
 
 そう、いつもの彼ならばきっと迅速に動いて対応をしている筈なのに…
さっきの彼は何もせずに見ているだけだった。
 いや、もしかしたら彼は動けなかったのかも知れない。
 それならどうして動けなくなってしまっていたのか。
 回答は、直前に彼が見ていたアルバムにあるような気がした。
 克哉はゆっくりとそれに手を伸ばして、何枚かページを捲っていく。
 
「ああっ…!」
 
 そして克哉はこの帰省において、二つ目の鍵を見つけていく。
 小学校低学年の頃の写真だろう。
 あどけない幼さが残っている頃の自分の隣に、あの赤いフレームの
オシャレ眼鏡を掛けた男性と良く似た子供が一緒に写っていた。
 運動会、遠足、誕生会、プール開き…近所の公園やこの家の中で
撮影されたと思われる物が沢山、アルバムに収められている。
 
「…あの人はやっぱり、『俺』の方の関係者だったんだ…」
 
 ぼんやりとは思い出していた。
 あの男性と出会って、そしてもう一人の自分と心の中の世界で
語り合った時から、十中八九間違いないとは確信していた。
 その仮説が正しいと確認したくて、克哉は決算期を迎えた忙しい時期に
ワガママを言って一日休みを貰い…故郷の土を久しぶりに踏んだ訳だが、
通っていた小学校でMr.Rと遭遇して警告を受けた事。
 そしてこの写真を見れた事が克哉にとって何よりの収穫だった。
 その写真の量は膨大で、学校内で撮影された大抵の写真の中には
ワンセットであの男性と写っている。
 確かにこれを見る限り、相当に親しかったことが伺えた。
 確かに小学校では一クラスに平均20~30名、子供の数が多ければ
四十人近くにまで達する事がある。
 だから親しくなければ例え同じクラスであったとしても卒業して十年以上が
経てば名前を覚えていない人間が出てきてもおかしくはない。
 
(けど、ここまで親しかったのなら…普通なら絶対に忘れない範囲だ…)
 
 二人が本当に親しかった証こそ、この膨大な量の写真なのだ。
 無邪気な笑顔を浮かべながら友人に寄り添うかつての自分の姿を見て…
克哉は胸がズキンと痛むようだった。
 
「ねえ、何で…オレはまったくこの人の事を覚えていなかったんだ…? 
あいつにとってここまで大事な人間であったのなら、オレが知らないなんて、
おかしくないか…?」
 
 克哉の中で写真を追いかければ追いかけるだけ、疑念が広がっていく。
 その瞬間…天啓のように一つの単語が浮かび上がった。
 
―記憶喪失
 
 最初、その言葉が浮かんだ時…まさか、と思った。
 だがそれ以外に説明がつかない気がした。
 これだけ親しかった二人、そして眼鏡を掛けた方と今の自分の…二つの
人格、そしてMr.Rのあの警告の言葉…それぞれが頭の中で組み合わさって
真実が全体の輪郭をもって浮かび上がっていく。
 
(…けど、まだ足りない。オレが記憶喪失になった訳が…そして何で
二重人格になったのか、その原因となった出来事が…どうしても
思い出せない…)
 
 そう、恐らく記憶喪失が起こった原因。
 トリガーとなった体験だけが、埋まっていない。
 全体像はゆっくりと浮かび上がっているのに、肝心のものが…一番重要な
ものが、まだ欠けているのに克哉は気づいていった。
 食い入るように写真を眺めていきながら…克哉は、その記憶を思い出す為の
鍵を得ようと必死になっていく。
 だが、あの例の男性とかつての自分は相当に親しい間柄だった。
 その事実以上の収穫は、大量のアルバムの山の中から
得られるものはなかった。
 
「…オレがこの地で得られるものは、ここまでかな…。後は桜が咲くまで
待つしかないのかな…」
 
 後は待つしかないと察し始めて…克哉は心がモヤモヤしてくる。
 出来るだけ早く答えを得たいという欲求が湧き上がってくる。
 一体、あの二人にどんな事が起こったのか知りたいと逸る気持ちが
収まってくれない。
 今の克哉の心境は、九割ほどパズルのピースはすでに揃っているのに
完成させる糸口を掴む肝心の部分が抜けているような、そんな感じだった。
 その部分が組みあがれば、きっとこの帰省中に得られた情報を筋道立てて
理解出来るようになるだろう。
 まだ半信半疑だが、克哉はきっと桜を見れば知る事が出来るような気がした。
 
(早く桜が咲いてくれ…オレの中で何が欠落しているのかを…知りたいから…)
 
 そしてその後、うっすらと焼け焦げたフローリングを研磨材入りの洗剤で
磨いてどうにか誤魔化せる程度にまで汚れを落とし、ワックスを掛けて
換気扇も念の為、回して喚起も行っておいた。
 夕方頃に両親が戻ったばかりの頃は…内心ヒヤヒヤしながら出迎えて
いったが、実質の被害は写真一枚程度なので他の家族も気づいず終いだった。
 そして久しぶりに母親の作った夕御飯を食べて…克哉は故郷の地を後にしていった。
 
―今、貴方の元に帰ります…孝典さん…
 
 そして東京に戻る最終の新幹線に乗り込み、克哉は愛しい恋人の事を
考えながら、今の彼にとっての帰るべき家へと戻っていった。
 
―そしてその日から十日後、桜は満開の時期を迎えて…約束の通り
御堂と共に中央公園に一緒に見に行き…その時に克哉は追い求めていた
最後の記憶のピースを手に入れ、あの男性ともう一人の自分との決別の日
の記憶を手に入れていったのだった―
    
※御克ルート前提の、鬼畜眼鏡R内で判明した澤村や 
ノーマル克哉の大学時代の過去が絡む話です。
 RのED後から一年後の春…という設定の話なので
ご了承くださいませ。
 当分、鬼畜眼鏡側はこの連載に専念しますので宜しくです。

 桜の回想  
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―眼鏡を掛けた佐伯克哉はそのまま実家まで直行していくと
鍵を使って中に入っていった。
 夕方に一度寄るともう一人の自分は予め連絡していたようだが…
まだ正午を迎えたばかりの時間帯では、誰もいなかった。
 佐伯家は両親と、子供一人のみの家庭だ。
 父は今でも夕方まで勤めに出ているだろうし…母も日中は買い物や
自分の所用をこなしたりでそんなに暇ではないのだろう。
 今の彼にとってはそれがむしろ好都合だった訳だが。
 
(誰もいないというのならば…幸いだ。早くアルバムを
見つけだして焼いてしまおう…)
 
 そうして克哉は一戸建ての家の中の…倉庫代わりに使われている
空き室へと向かっていった。
 克哉の母は整理整頓はしっかりとやってくれるタイプであったおかげで
15分も探索すればあっという間に目的の物は発見出来た。
 アルバムらしき物を見つけては、パラパラと捲って中を確認していく。
 
(本当なら全てのアルバムなど焼き捨ててしまいたいがな…流石に両親の
思い出まで焼き払う訳にはいかない。消去するのは俺の小学校時代に
まつわるもの限定で良い…。不本意だが、その為には中を見て
識別しておかないとな…)
 
 見つけたら速攻で焼き捨てるつもりだったアルバムも、ここに
訪れるまでの間に若干、冷静さが戻って来てしまっていた。
 だから自分の忌まわしい過去に繋がるものに関しては焼却するという
意志は変わっていないが、親たちの思い出まで焼く訳にはいかないという
判断ぐらいは戻っていた。
 そうして十数冊に及ぶアルバムの一枚、一枚を眺めていく。
 何冊か見ている内に年季の入ったものは大抵…自分の親のものか
、克哉が赤ん坊から幼稚園に通っていた頃のものだと判って
来て省くようになっていった。
 だが、特に自分の幼少期の頃の写真が圧倒的多数を占めている
事実に気づいて、眼鏡は舌打ちしたくなった。
 
(まさかこんなにも…俺の子供の頃の写真が数多く残っているとはな…)
 
 佐伯の両親にとって、克哉は最初で最後の子供だ。
 本当はもう一人欲しいと散々母がぼやいていた時期があったが
子供とは一種の天からの授かり物である。
 どれだけ欲しいと願っても一人も出来ない可能性だってあるし、
逆に望んでいなくても妊娠して、中絶をせざる得ない事だってある。
 佐伯の両親は一人息子である克哉が生まれたばかりの頃…本当に
愛してくれていたのだろう。
 両親に囲まれて、もしくは父親か母親が抱きかかえたりして撮影された
写真が多かった。
 過去など全て消してしまおう、とさっき強く決意したばかりなのに…
不覚にも早くも揺らぎ始める。
 
「くそっ…何を、感傷に引きずられているんだ…俺は…」
 
 澤村紀次、自分の幼なじみ。
 小学校に入るか入らないかの頃から彼とは多くの時間を共有してきた。
 たった一人の親友だと信じて疑わなかった。
 だからこそ少年時代の克哉にとって彼の裏切りというその傷は拭いがたく…
彼と一緒に過ごした頃など二度と思い出したくなかった。
 だが、写真という形で…親に紛れもなく愛情を注がれた証が残っている。
 沢山のアルバムがその事実を物語っている。
 
―それに、中学以降の『オレ』が写っている写真も…それ以前の
ものとは随分と違っている…
 
 そしてその中には、もう一人の自分になってからの…中学や
高校時代の頃の写真も二冊だけ残されていた。
 中学時代の三年間と、高校時代の三年間に区切られたそれでも
ページが満たされ切っていないアルバム。
 幼少期に比べれば、殆ど残されていないに等しかった。
 そして中学を境に…佐伯克哉の、いや…もう一人の自分の瞳はまるで
死んだ魚の目というか、ガラス玉か何かのように生気がなかった。
 直前の小学校時代の写真と見比べても、明らかに表情や
目の力に差があった。
 両親はこの違いにきっと気づいていたのだろう。
 親が撮影したと思われるものは殆どなくて…アルバムに
掲載されているのは大半が、課外授業や修学旅行など学校の行事で
撮影されて…自分で選んだものだけ購入する形式で撮られたものばかりだった。
 それでさえも、風景だけのものが数多くあって…学生時代の克哉が
一緒に写っているものは少ない。
 両親もそうなった息子を無理に撮影しようとしなかったのだろう。
 その事実がアルバムの数となって…明らかに目に見える形で現れていた。
 振り返り、客観的になる事でようやくその事実に気づいていく。
 
「これ、は…」
 
 ずっと気づかなかった。
 自分はあの日から逃げ続けていたから。
 この身体の奥底に潜んで、眠る道を選択していたから気づきたくもない
事実を、突きつけられるような想いがした。
 今、あれだけ御堂の側で輝き…生き生きとしているもう一人の自分が、
こんな顔をしてずっと過ごしていたとは信じられなかった。
 いや、自分は知っていた。だが殆ど眠っていたから知覚していなかった。
 
「…何を、しているんだ…俺は。過去に囚われてるなんて無駄なのに。
あいつにこれを見られる前に、早くこんな物は、処分しないといけないのに…」
 
 一枚、一枚見ている内に…耐えがたい程の痛みが湧き上がってくる。
 澤村と一緒に、笑いながら写っているものが数え切れないぐらいあった。
 こんな物、いらない筈なのに…どうして躊躇う気持ちがあるのだろう。
 
(破り捨てろ。もしくは纏めて火に掛けろ。こんな風に胸が痛くなるだけの
思い出も、過去も…何もいらない…)
 
 そうして全てを振り切るように、眼鏡は腰を上げて…澤村と自分との
写真が多く収められているアルバムを、庭にでも持っていくか…焼却炉の
ある場所まで持っていって焼いてしまおうと考えていく。
 
―本当にそれで良いの? どんな過去でも…それはお前が
生きてきた軌跡なんだよ…?
 
「っ…!」
 
 その瞬間、不意にもう一人の自分の声が聞こえた。
 
ーどれだけ忌まわしいものでも、消し去りたい思い出でも…それが
今のお前を、いや…『オレ達』を構成するのに欠かせないものなんじゃ、
ないのか…? それを本当に消し去って後悔しないのかよ…?
 
「うるさい、黙れ…!」
 
 頭の中に響いていくもう一人の克哉の声に、低く唸るような声で答えていく。
 だが、その声は決して消えてくれない。
 むしろ大きくなって眼鏡の頭の中に響いていった。
 
ー良いや、黙らないし譲るつもりはない! いい加減に認めろよ!
 失敗したらそれに関係する事柄を全部消し去ってなかった事にするなんて、
立派な事でもなんでもない!はっきり言ってやる。そんなのは子供のする真似だ…!
 
「お前に、何が判る! 何も知らない癖に…! あの痛みを苦しみも…!」
 
―なら、オレに教えろよ! 何も知らない癖にとオレを詰るというなら…オレに
その記憶を、体験を教えてくれよ!知らなきゃ、理解しようがない!
 
「黙れ、お前の理解などオレは欲していない! 戯れ言を言うなっ!」
 
 頭の中に響くもう一人の自分の声に対して、大声で口に出して答えている様は、
端から見たら異様だし、狂人じみた光景だろう。
 だが、お互いに引く様子はない。
 頭の中でそれぞれの意識が対立しあう。
 まさに火花を散らしているという表現が相応しい状態だった。
 克哉は本気の怒りを込めていきながら、少し溜めの時間を使って
きっぱりと告げていく。
 
―オレは誰よりも真剣だよ、『俺』…! ねえ、聞こえているのかよ!
 
「…っ! うるさい、もう何もしゃべるな! 俺に語りかけるなぁ!」
 
 その声が聞こえた瞬間、眼鏡は耐えきれず…手に持っていたアルバムを
地面に派手に叩きつけて、ライターを片手に持って写真を焼却しようとした。
 そして小学校低学年の頃に、運動会で澤村と一緒に笑いあっている所を
撮った一枚に火をつけていく。
 端の方にオレンジ色の炎が近づけて少し経つと…ゆっくりと火が
燃え移って大きくなっていく。
 あっと言う間に炎が大きく広がり、すぐに持っていられなくなる。
 
「あっ…」
 
 フローリングの床の上に、燃え上がっている写真が落ちていく。
 だが、眼鏡は呆然とその様を見つめる事しか出来なかった。近くには
多数のアルバムが点在して、燃え広がるかも知れない。
 だがたった一枚の写真を燃やしただけなのに、心の中に鈍い痛みが走っていく。
 
「何で、俺は…こんな、に…」
 
 忌まわしい過去を示すものを一枚、消しただけだ。
 笑顔を浮かべあっていた自分達の過去の一幕を撮影したものが
跡形もなく炎に飲み込まれていく。
 
―早く消すんだ! アルバムだけじゃなく…この家自体が
このままじゃ焼けてしまうぞ!
 
 もう一人の自分の悲鳴が頭の中に響いていく。
 だが、身体は動かない!
 
―自分の家まで、他のアルバムまで無くすつもりかよ! 自分を
構成している全ての過去を消し去る気なのか!
 
 本気の怒りを込めた、克哉の絶叫が頭の中で反響していく。
そんな事は言われなくたって判っている。
早く動かなければと警鐘が鳴り続けているのに、彼のそんな意思に
反して満足に身体は動いてくれない。
まるで金縛りに遭ってしまったかのように、満足に身体は動かない。
 
「判って…い、る…」
 
  憤りながら、脂汗を浮かべながら眼鏡は呟く。
  その顔は酷く苦しげだった。急速に胸の鼓動が忙しくなり、まるで
不整脈の発作を起こしてしまったかのように不規則で忙しない。
写真の中の澤村の笑顔が燃えて消えようとした瞬間、思い出したくない
光景がフラッシュバックをして脳裏に再生されていく。
 
―其れは泣いて顔をクシャクシャにしている、あの日の澤村の顔だった
脳裏に焼きついて、消えることがなかった記憶。

   自分はまったく知らないまま…相手にあれだけの苦痛を無自覚に
与えていた記憶が、こちらに向けられていた笑顔がいつしか演技に
過ぎなくなっていたことを突きつけられた日の事が…在りし日の無邪気で
心からの笑顔を浮かべている彼の写真が、消失するのをキッカケに思い出してしまう。
   相手を信頼して、ずっと一緒に歩んでいくのだと信じ切っていた頃の
自分の姿が…今見れば痛々しいぐらいだった。
  その痛みが彼の心を蝕んでいく。
  ジワジワジワと広がり、侵食されていくようだった。
  長年、胸に秘め続けていたことでそれは猛毒へと変わり…今の彼の
行動を自由を奪ってしまっていた。
 
―もう良い! オレが出る! このままじゃ全てが消えてしまう!
 
  頭の中にもう一人の魂の叫びが聞こえていく。
  その瞬間に、スっと何かが遠くなるような…そんな気分になった。
   同時に…ブレーカーが落ちたみたいに、眼鏡の意識は唐突に
途切れていったのだった―
 
 これは香坂の近況報告です。
 内容は、本当に最近の状況を軽く説明しているだけです。
 半分日記みたいなもの。

 興味ない方はスルーで。
 読んでやっても良いという方だけ「つづきはこちら」で
お読み下さい(ペコリ)

 本日分(14日分)の掲載は、帰宅後になります。
 これもご了承下さいませ。
※御克ルート前提の、鬼畜眼鏡R内で判明した澤村や 
ノーマル克哉の大学時代の過去が絡む話です。
 RのED後から一年後の春…という設定の話なので
ご了承くださいませ。
 当分、鬼畜眼鏡側はこの連載に専念しますので宜しくです。

 桜の回想  
                    10  
         11  12  13  14 15


―母校の小学校の裏で、Mr.Rに強制的に例の銀縁眼鏡を掛けさせられて、
佐伯克哉は意識を奪われていった。
 そして暫くしてその場に立っていたのは…いつもの穏やかな雰囲気を
纏っている方の彼ではなく…鋭い眼差しを浮かべている、ここ二年ぐらいは
深い意識の底に潜んでいた方の人格が表に出てしまっていた。
 一年ぶりに見る、懐かしい姿にMr.Rは心底満足そうな笑みを浮かべて
彼に語りかけていった。
 
―お久しぶりですね、我が主…
 
 心から陶然となりながら、Mr.Rは眼鏡を掛けて表に出た
意識の方へ声を掛けていった。
 男のいう通り、一年ぶりぐらいに表に出たせいで…最初、これが
自分の身体という気がしなかった。
 
「お前、か…確かに、久しぶりだな…」
 
―私は貴方がこのまま完全に消えてしまうのではないかと…
気が気じゃありませんでした…
 
「…ふん、お前はまだ諦めていなかったのか? 俺はお前の望むような者に
なるつもりなど毛頭ない。いい加減、諦めろ…」
 
―いいえ、貴方という存在の意識がこうしてある限り…貴方が私の望む『王』と
して覚醒する可能性は決してゼロではありません。貴方の意識が…あちらの
克哉さんに完全に呑まれて消えてしまうまでは、私は簡単に諦めるつもりは
ありませんよ…
 
「チッ…好きにしろ…」
 
 そうして、眼鏡を掛けた佐伯克哉は15年ぶりに母校の土を踏んでいく。
 脳裏をよぎるのは、今となっては苦い思い出ばかりだ。
 小学校の高学年を迎えるまでは、自分の周りにはいつだって
多くの人間がいた。
 それが掌を返したように、孤立をするようになったのは小学校5年になった
辺りからだろうか。
 
(陰湿で、卑怯な奴らだったな…あいつら、全員…)
 
 この場にいるだけで溢れてくる、今の彼にとっては屈辱以外の
何物でもない過去。
 今の自分なら、当時与えられた痛みを…苦しみを、決して警察に
捕まるようなヘマはしないで相手に返すことが出来る。
 
(あの当時、この学校に俺と一緒に通っていたあのくだらない奴らは…
今でも大半は、この周辺に住んでいるのか…?)
 
 もう一人の自分のように、彼にはこの地に郷愁の念などまったく感じられない。 
 生きている限り、決して立ち寄りたくなかった忌まわしい場所だった。
 
「…まったく、あのバカが。どうして勝手にこんな場所に一人でやって
来ているんだ…」
 
 苦々しくそう吐き捨てていくと、彼は踏を返してその場を立ち去ろうとした。
 そんな眼鏡の背中に向かって、男が語り掛けてくる。
 
―おやおや、どこに行かれるのですか…? せっかくこうして貴方と私が
初めて出会った場所に…一緒にいるというのに…
 
「…そんなのは俺の勝手だろう。くだらないものを処分してくるだけだ…」
 
―くだらないもの…? あぁ、もう一人の貴方が見ようとしていた貴方の
昔のアルバムですか…?
 
「あぁ、コイツになってからの物までは処分する気はないが…俺が生きていた頃の
はもういらない。あの男に纏わる全てのものは…もう、俺は必要としない…」
 
―本当にそれで後悔しないのですか? その行為は…貴方の生きていた証を
消し去るのと同じ事ですよ…?
 
「…コイツに、あの屈辱的な体験を知られるぐらいなら…そんなものは、
俺はいらない…」
 
 静かに、だがはっきりとした意志を込めて眼鏡は言い切っていった。
 誰の理解も、情も必要としていない…そういったものを全てを
拒絶している態度だった。
 
―嗚呼、貴方は本当にどこまでも孤高の存在ですね。誰からも理解されず、
それを貴方自身も必要としていない。残念ですね…そういった点は確実に、
『王』となる資質を満たしているというのに…
 
「ふん、どれだけお前が望もうと…お前の手に俺が堕ちることはない。
残念だったな…」
 
―えぇ、貴方のような方に無理強いは逆効果ですから。なら私は気持ちが
変わられるまで気長に待ちますよ。私にとってはそれこそ…時間など
無限にあるに等しいですから…
 
「……勝手にしろ」
 
 そうして眼鏡を掛けた克哉は、黒衣の男から背を向けてその場を立ち去っていく。
 
―まずは、実家に戻ってアルバムを燃やそう…
 
 そうして、もう一人の克哉が彼を知ろうとしている事に繋がる物は
全て処分をしておこう。
 人間の記憶は一日に起こった事を意識している範囲では5~10%程度しか
残さないで大半のものは整理される。
 表層意識に残る記憶と、残らない記憶の判別方法の一つに
『今、自分にとって必要な情報かどうか否か』で無意識の内に選別している。
 大半の記憶はそうやって静かに沈んで、ひっそりと奥の方にしまわれていくが…
必要になった時には、その糸口を頼りに引き出される仕組みになっている。
 彼ら二人は、それぞれの領分で…自分が体験した事を記憶しているが、
同じ肉体を共有しているせいで…眼鏡がどれだけ拒んでも、その記憶を
思い出すのに必要なキッカケに触れれば…彼の方にも一部、記憶が流れてしまうのだ。
 眼鏡の方が内側で同じものを見れば、記憶の連鎖反応は発生する。
 その際に…実に不本意だが、同じものをもう一人の自分も見てしまうのだ。
 だから、それを拒否するにはすでに方法は一つしか残されていなかった。
 
―忌まわしい過去に繋がる全ての物を、自分が表に出ている内に消去してしまおう…
 
 消し去りたい過去。
 誰にも掻き回されたくも、触れられたくない記憶。
 それを自分に許可なく知ろうとする者がいるとしたら…例え『オレ』で
あっても容赦する気はなかった。
 自分の汚点を暴こうとする行為は決して許さない。
 それぐらいなら、そんなものは全て無くしてしまった方がよほどマシだった。
 
(俺の弱みを…暴かれたくないものを哀れみや同情で知ろうとするのは…
屈辱だ。それくらいなら、全てを消す…)
 
 幼かった頃、あの男…澤村紀次に繋がる全てを今度こそ変な未練など
一切残さずに消し去ろう。
 そう強い決意を込めて男は、忌々しい思い出ばかりが道溢れるこの地を
後にしようとしていった。
 彼の怒りに満ちた背中を見送っていきながら、黒衣の男は
満足そうに微笑んでいく。
 
―そう、それで宜しいのですよ…貴方こそ孤高である事が相応しい…。
貴方にとって思い出したくもない過去を暴こうとするものに正当な怒りを。
そうやって純粋に憤る貴方は本当に…美しいですよ、我が君を…
 
 だが、陶然と微笑む男に向かって…眼鏡は決して振り返らない。
 そのまま全てを振り切るように真っ直ぐに前を見据えて…彼は
その場を立ち去っていく。
 その背中からは誰からの理解を拒む、頑なな拒絶の色が
色濃く滲んでいたのだった―
※御克ルート前提の、鬼畜眼鏡R内で判明した澤村や 
ノーマル克哉の大学時代の過去が絡む話です。
 RのED後から一年後の春…という設定の話なので
ご了承くださいませ。
 当分、鬼畜眼鏡側はこの連載に専念しますので宜しくです。

 桜の回想  
                    10  
         11  12  13  14

 

 
故郷の町に久しぶりに足を向けて、少しでももう一人の自分の
事を理解したい…その為に中学に入学する以前のことを知りたいと
思い立ち、母校の敷地に15年ぶりに足を踏み入れた克哉を
待ち構えていたのは…謎多き人物であるMr.Rだった。
 
―まさか貴方が、ここに再び来るとはね…予想外でした…
 
 男はいつもと違って…妖しい笑顔ではなく、今日に限っては
どこか不快そうな表情でそう呟いていった。
 それにいつもと瞳も大きく異なっているような気がした。
 今…目の前に立っている男の瞳は冷酷で、感情が殆ど
ないように見受けられた。
 そのおかげで黙って対峙するだけで相当に消耗してしまう。
 だが、それでも克哉は怯むことなく…相手を真摯な瞳で
見つめながら、問いかけていった。
 
「…そんなに、オレが此処に来るのはいけない事だったんですか…?」
 
―えぇ、貴方がもう一人のご自分の存在を守りたいというのならば此処は
いわば…あの方にとっても鬼門。禁断の地に等しい場所です。
ですから…これ以上、余計なことはほじくり返さずこの場から
立ち去ってください…。これは警告です…
 
 いつになく厳しい口調で、男はそう伝えてくる。
 だが、克哉も簡単には引く訳にいかなかった。 
 こうしてこの男が現れたということは、ここに克哉が知りたい事の
糸口が確実にあるのだと教えてくれているようなものだ。
 
(Mr.Rがわざわざここに現れたという事は…逆にここが核心に近いことを
示しているんだ。やっぱり…中学以前の出来事を思い出す為に必要な
パーツは、ここに絶対にあるんだ…
 
 だが確信を深めた瞬間…割れるような頭の痛みを克哉は感じていった。
 
「うっ…ああっ…!」
 
 割れるような頭の痛みが急速に克哉に襲い掛かってくる。思わず
呻き声を上げながら、その場に膝をついていっった。
 
―ほら、見なさい。それはもう一人の貴方が…拒絶している証です。貴方に
これ以上、自分の傷を抉られるような真似を決して…あの方は望んでいないのですよ…
 
「…そ、んな事…言われたって、イヤだ…。ここで、引きたくなんて…ない…ん、だ…」
 
―強情な方ですね。そんな痛みが伴うぐらいにもう一人の貴方はこの地で
起こった出来事を…その体験を貴方だけではない。誰であろうとも…
知られたくないんですよ。その気持ちを貴方は理解出来ないのですか…?
 
「……あいつが、オレに過去を知られたくないと思っている事ぐらいは
…判っている…」
 
―なら引き返しなさい。誰にだって立ち入ってもらいたくない領域というのは
存在します。今の貴方の行為は…あの方の領分を侵す行為に他なりません。
貴方がこれ以上…意地を張るというのならば…私も黙っていませんよ…?
 
「何を、すると言うんですか…?」
 
 いつになく威圧的な口調と態度で、こちらを脅しかけてくるMr.Rを前にして、
克哉は背筋に冷たい汗が伝うのを感じていた。
 けれどこっちだって簡単に引く訳にはいかない。
 そう腹を決めて相手を睨みつけていると…不意に黒衣の男は懐から…
あの、銀縁眼鏡を取り出していった。
 その瞬間、克哉の瞳は見開かれていく。
 
「…っ! その、眼鏡は…!」
 
―はい、そうです。これはもう一人の貴方を…隠された本性を、私の大切な
あの方を解放する為のキーアイテムです。貴方が私の言葉に従わないと
いうのなら、不本意ですが…実力行使をするしかありませんね…
 
 その瞬間、男の酷薄な笑みを目の当たりにして…克哉はゾッとなった。
 コツコツ、と硬質な靴音を立てながらゆっくりと男は近寄ってくる。
 途端に、一つの情景が脳裏に浮かび上がってくる。
 
―桜の下で、15年前に佐伯克哉は間違いなくこの男に出会っている
 
 その記憶のパーツを、克哉は手に入れていく。
 だが、それは全てを思い出す為の鍵の一つを手に入れただけに過ぎなかった。
 克哉は全力で逃げようとした。
 だが、蛇に睨まれた蛙のようにすでに満足に身体を動かす事は出来なかった。
 今までも怪しい男だとは思っていた。
 だが、ここまでこの存在に対して本能的な恐怖を覚えたことがなかった。
 
(今のMr.R…本当に、怖い…!)
 
 両足がまるで地面に縫いつけられてしまったかのように
満足に動かない。
 この男の前から逃げたい、この場を立ち去りたいと強く願っても最早…
身体の自由が利かなくなっていた。
 そして男は克哉のすぐ目の前に立ち、思わず見惚れるぐらいに綺麗な笑みを
浮かべていき…そして。
 
―チェックメイトですね。これ以上、この地で貴方をのさばらせる訳には
いきませんから…
 
 そうして克哉の両耳に、冷たい眼鏡が掛けられていく。
 一年ぶりに意識が遠くなるような感覚を味わう。
 必死になって克哉は抗おうとしたが、それも無意味な努力に終わっていく。
 
(駄目だ、オレはまだ…全てを、手に入れてないのに…)
 
 そうして気力を振り絞って持ちこたえようとしていった。だがそれは無駄だと
嘲笑うように、脳裏に一つの声が響きわたっていく。
 
―無駄な足掻きは止める事だな…
 
(あいつの、「俺」の、声が…聞こえる…)
 
 ゆっくりと自分の内側から、もう一人の自分の意識がせり上がってくるのが判った。
 冷たく、傲慢な響きを伴った彼の声を…克哉は久しぶりに耳にした。
 だが、あの眼鏡を掛けられてしまった克哉には抵抗する術がない。
 自分は結局、この力には勝てないのだろうか…?
 
「悔、し…い…」
 
 恐らく、克哉が求めているものまで後一歩の所まで近づいていた筈なのだ。
 その寸前で押し止められて、克哉は心底口惜しかった。
 己の無力さに、泣きたくなった。
 唇を強く噛みしめて意識を引き留めようと試みていくがそれも徒労に終わっていく。
 そして頬に一筋の涙をそっと伝らせながら…克哉は意識をゆっくりと
手放していったのだった―
 

 本日は会社に出勤中に書いたストックというか
自分のオリジナルを掲載させて頂きます。
 これも持ち込んだ出版社からの感想を頂いた時に、
「親方とか、兄弟子はどうなっているの?」と突っ込まれて
追加した場面です。
 という訳で三話は丸ごと、オール書き下ろし。
 もう一人の兄弟子がどうなっているか…という
話です。
 性格の悪い残酷な魔女(悪役)も出て来ます。

 興味ある方だけどうぞ~。

 過去ログ  

碧の疾風    

※御克ルート前提の、鬼畜眼鏡R内で判明した澤村や 
ノーマル克哉の大学時代の過去が絡む話です。
 RのED後から一年後の春…という設定の話なので
ご了承くださいませ。
 当分、鬼畜眼鏡側はこの連載に専念しますので宜しくです。

 桜の回想  
                    10  
         11  12  13  

―克哉はそうして、桜の満開の時期を迎えるまで]
中学以前の自分を知る旅に出た

 それは帰省という言葉に言い換えることが出来る小さなものであったが…
大学に進学して一人暮らしをして以来…克哉は親にせがまれない
限りは殆ど実家に帰ろうとしていなかった。
 だが自分が知りたいものを得る為には卒業して以来、一度も足を
踏み入れることがなかった小学校に、そして実家にあるアルバムを
見る必要があると克哉は思った。
 御堂にワガママを言ってこの週末は一日、休みを貰った。
  この旅路に御堂は仕事の関係で付き合えなかった。
 桜の咲くく時期、三月末は殆どの企業では決算期だ。
 その時期に休みを一日、強引にもぎ取った関係で御堂の現在の
スケジュールは過密を極めている。
 本来なら、克哉を一日休ませる処ではない。
 それこそ睡眠を惜しんで働かなければ片づかないぐらいの量の
仕事が御堂に今、のし掛かっている。
 だが、それでも愛しい人は…自分が必要だと思うなら早く
足を向けると良い、と言ってくれた。
 最初は克哉も恐縮して断り続けたが…御堂の意志が堅い事を
悟ると、謹んで彼からの好意を受ける事にしたのだ。

(実家に…生まれ故郷に戻ったからといって確実に思い出せる保証
なんてどこにもないけどな…。それでも、オレはお前のことを少しでも
知りたいんだ…)

 久しぶりに故郷の地を、その入り口である駅を出て彼の胸を去来するのは
ある種の不安であり、懐かしさでもあった。
 克也自身にはこの周辺の記憶は中学から高校を卒業するまでの
六年間分しかない。
 それでも実家に向かう途中の光景を眺めている内に郷愁の念が
ジワジワと湧いてくる。
 それ以前の彼にとってはそんな想いも煩わしいものでしかなかったが…
今は少しだけ違って感じられた。

「ここがオレ達の故郷なんだな…」

 そう、今まで自覚していなかった。
 ここは克哉と、もう一人の自分のふるさとである事を。 実家の周辺の
町並みを、そして小学校へと続く通学路を歩いているだけで心がざわめき始める。


―そっちに行くな…

 そして脳裏に時々、もう一人の自分の声が響いていく。
 だが克哉はその声を振り切って足を進めていった。
 東京都内でも、この周辺でも住宅街に限っていえばそこまで大きく
違いがある訳ではない。
 白金みたいな高級住宅街であるなら話は別だが、そうでない限りは
関東圏内である限りは大きく変わる訳ではなかった。
 簡素で平凡な町並み。
 どこにでもありふれている光景。
 だが、今の克哉にはそれがひどく懐かしかった。
 思い出せない筈なのに、克哉は小学校までの道のりを迷わず歩くことが出来た。

「小学校はこっちにある筈だ…」

 そう、記憶を失っていても六年間、通い続けた道だ。
 無意識の状態でも身体はしっかりと覚えていた。
 そして克哉は、最初の目的地にたどり着く。
 普段着の格好のまま…一個人として、母校でもあるう彼の地を―

「ここが、オレが卒業した学校…か…」

 しみじみと実感しながら、校庭と校舎を眺めていく。
 真っ白い校舎は大きくそびえ立ち、校庭の広さもそこそこあった。
 どこにでもあるような、特に大きな特色が感じられる訳でもない学校。
 だが、体育館の周りにすでに蕾をつけ始めた桜の木が密集して
植えられている事が、目を惹いていく。
 その風景を見た瞬間、まるで堰を切ったように頭の中に幾つもの
光景が浮かび上がっていく。

「あっ…ああっ…!」

 桜の木を見た瞬間、閉ざされていた記憶の扉が急に開け放たれていった。
 
―泣いちゃダメだよ。あんな奴らの言う事…君がこれ以上気にする事
はないんだ。あんなくだらない奴の為に傷つく必要はないよ…

ーうん、気にしないよ。俺には…君がいてくれるから。君さえ俺の傍に
いてくれれば…他の奴なんて、いなくたって良いんだ…

 克哉はその時、幻を見た。
 体育館の裏側で、寄り添うように立っている二人の少年の残像を。
 傷ついた少年を、もう一人の少年が宥めていた。
 一人はきっと、あの男性で…必死に泣きたい気持ちを
抑え込んでいる方はきっと…。

―これ以上、踏み込んでくるな…。お前が、それを知ろうとするな。
こんなのは屈辱以外の何物でもない…!

 少年たちのやりとりが脳裏に浮かび上がると同時に、もう一人の
自分の声が鮮明に響き渡った。
 そう、此処こそが始まりの場所に間違いなかった。
 克哉が思い出せなかったあの男性と、もう一人の自分との苦い記憶が
つきまとう場所に違いないのだ…。

―お前は知らなくて、良いんだ…その為に、俺はお前を…

「…ゴメン。きっとこれはお前の領分を侵す行為だって自覚はある…。
けど、それでもオレは知りたいんだ…」

 まだ午前中であるせいか、広い校庭には人影はない。
 けれど目を閉じれば子供たちの喧噪が聞こえてくるようだった。
 大勢の生徒たちがはしゃぎ回る中で…一人でポツンと立っている少年がいる。
 寂しそうで、今にも泣き出しそうなのに…必死になってそれを
堪えている姿が実際に見えるようだった。

ー止めろ、見るな…! そんな情けない姿を暴くなっ…!

 もう一人の自分が頭の中でうるさいぐらいに訴えかけていく。
 けれど克哉は引かなかった。

「………」

 無言のまま、懐かしい筈の風景を眺める。
 だがもう一人の自分が叫べば叫ぶだけ、克哉の胸には懐かしいという
気持ち以上に…苦いものが広がっていく。

「嗚呼…だから思い出せなかったのか…」

 もう一人の自分の抵抗が強ければ強いだけ、それだけ彼は辛くて
屈辱的な記憶をずっと抱え続けてきた証なのだ。
 誰にも語ることなく、理解を求めることもなく…ずっと独りぼっちで
克哉の中で13年も眠り続けて、今でも心の中に潜み続けている。
 けれどいつまでも辛い記憶を一人で抱えている必要などない。
 いい加減、その恨みも憎しみも悲しみも…全てを流して良い筈なのだ。
 
―もう、憎しみを洗い流して良い頃だろう…「俺」…?

 そう問いかけて、克哉は重く閉ざされていた記憶の扉を強引に
開いていこうとした。
 克哉の足はゆっくりと体育館の裏の方へと向かい始めていく。
 きっとあの近くに立てば、何があったのか思い出すキッカケになるだろうと
一種の確信を持って進んでいく。
 だがその手前で、彼の足を阻むように背後から一人の男の声が耳に届いた。

ーやれやれ、困りましたね…貴方がしようとしている事は…あの方の心を
滅ぼす事に等しい行為だという自覚がまったくないんですね…

 不意に、聞き覚えのある声が聞こえていった。
 これは心の中ではなく、現実に聴覚で捉えているものだ。

「っ…! Mr.R…?」

ーお久しぶりですね、佐伯克哉さん…まさか、こんな場所で貴方と
再会する事になるとは…

 いつだってMr.Rが目の前に現れる時には胡散臭い微笑みが称えられていた。
 だが、今…克哉の目の前にいる彼はいつになく不機嫌そうな表情を浮かべていた。
 彼のこんな顔を、克哉は初めてみた。
 同時に確信を深めていく。

―ここには確かに、何かがあるのだと…

 そうして克哉はキュっと唇を噛みしめていきながら
黒衣の男と対峙していく。
 その瞬間、つかの間だけ…あの運命の日の百花繚乱の桜の情景が…
克哉の脳裏に鮮明に浮かんで…すぐに消えていったのだった―

  
 

 ※随分と完結まで間が空いてしまってごめんなさい。
 けど先にこちらの連載を終わらせておきます。
 一つでも書き掛けになっていたシリーズにケリを
つけておきたかったので…。
 後は暫く桜の回想シリーズに専念します。
 今回のCPは御堂×克哉となります。
 テーマは酒、(「BAR」&カクテル)です。
 鬼畜眼鏡Rで、太一×克哉ルートで克哉が軌道が乗るまでアメリカで
BARで働いていたという設定を見て、御堂×克哉でもカクテルやバーを
絡めた話が見たいな~という動機で生まれた話です。
  その点をご了承で、お付き合いして頂ければ幸いです。

 秘められた想い                        10   11

 御堂との熱いセックスを終えて失神した後…気怠い余韻を覚えていきながら
数時間後に目覚めていった。
 ベッドの上にいつの間にか横たえられていた。
 どうやら窓際で睦み合った後…御堂がここまで運んでくれたらしい。
 自分と御堂はほぼ同体格ぐらいだからかつぎ上げるのも容易な
ことではないだろう。
 それでも自分を放り出さずに、ちゃんと暖かい布団の上まで運んでくれた
心遣いに、ささやかな幸福を感じていた。
 チラリと窓の方を見ると、そこの後始末もきちんと済まされていた。
 窓ガラスにべったりと身体をくっつけられて抱かれたせいでこちらの汗や
皮脂とか、精液などがべったりとさっきまでついていた事だろう。
 それが綺麗に拭い取られているのを見て…克哉は顔を真っ赤に染めていった。

(…うわっ! さっきの事…思い返してみると死ぬほど恥ずかしいかも…!)

 先程の御堂との熱い時間をジワジワと思い出して、ボッと火が
点いたように頬が赤く染まっていく。
 あんな風に誰か他の人間に見られるかも…と不安を覚えながら抱かれると、
恥ずかしくて仕方ないのに…身体はひどい快感を覚えていた。
 そんな浅ましい自分を改めて思い知りながら…克哉は窓の向こうに広がる
夜景と、夜空に浮かぶ月を眺めていった。
 青白い月を見ると、ふと…店にいた時に御堂に二杯目に薦めた
カクテルの事を思い出していく。

「ブルームーンに秘められた意味か…我ながら、意地の悪い問題だったよな…
こうして考えてみる、とさ…」

 ふと、BARでの御堂とのやりとりを思い出して克哉は目を細めて
微笑んでいく。
 我ながら随分と意地の悪い問題を出したものだ。
 御堂はワインにはこちらが足下に及ばないくらい造詣も深いがその他の
酒については殆ど知らない。
 逆にこちらは一時、カクテルにハマっていて色々試した時期さえあるのだから、
完全にこちらのフィールドに立って出題したようなものだった。
 100%判る訳がないのを最初から承知の上で、克哉は問いかけたのだ。
 そんな自分に少し苦笑をしたくなった。
 
(孝典さんが判る訳ないよな…リキュール類とかはあの人の専門外
だろうから…。それにカクテル本体じゃなくて、ベースに使われている
酒に込められた意味だからな…俺があの人に捧げたかったのは…)

 けれどだからこそ、御堂の気を一時でも引けたのだろう。
 そしてこちらが望んだ通り、燃えるように熱い時間を与えてくれたのだろう。
 抱かれている瞬間は、いつになく気持ちよくて意識が飛びそうだった。
 どう言い繕っても、こちらが感じ切っていたことなど御堂にはお見通しだろう。
 だから約束は果たさないといけない。
 今、自分の隣で安らかな寝息を立てて眠っているこの人が起きたら…
ブルームーンの中に秘めた自分の想いを、キチンと伝えないといけないだろう。
 その事を考えるだけで、カアっと頬が火照ってしまう。
 我ながら随分と大胆な振る舞いをしたと思う。

(うう…やっぱり思い返すと相当に恥ずかしいよな…。ブルームーンの
ベースに使われているスミレ・リキュール…パルフェ・タムールには
『完全な愛』という名がつけられている事…。そして、オレが孝典さんに
望んでいる事もそれだって言ったら…完璧に、愛の告白だよな…)

 一時、克哉はカクテルにハマった時期…ついでにベースとなる酒の事も
興味深いものはそれなりに調べて知識を得ていた。 
 中でもそのリキュールの名前はひどくキザったらしく思えて…それで克哉の
中には印象深く記憶されていたのだ。
 その完璧な愛を材料に使った定番のカクテルであるブルームーンには
「出来ない相談」という意味がある癖に、原料となっているパルフェタムールには
正反対の意味が含まれているのが面白いと思って…それで覚えていたのだ。

 (昔、その事を知った時はこんな風に利用する日が来るなんて…しかもそんな
相手が自分に出来るなんて想像してもいなかったよなぁ…)

 かつての誰とも交わろうとも、深く関わろうともしなかった頃の自分の姿が
ふと脳裏によぎって、克哉はフっと瞳を細めていく。
 昨日の自分の言動に、居たたまれないぐらいの恥ずかしさを覚えていく反面…
照れくさくて、くすぐったい気持ちが胸の奥から湧き上がってくる。

「完全な、愛か…。これから先もずっと、オレだけが唯一無二の存在でいたい。
貴方にとってオレがそういう存在でありたい…。それが、オレがあの一杯に
込めた想いです…孝典さん…」

 今、完全に御堂が深い眠りに落ちていることを承知の上で…予行練習の
つもりで、克哉は小さく呟いていく。
 眠っているこの人を前にして小声で告げているだけでも耳まで赤く染まってしまう。
 きっと真っ直ぐ紫紺の双眸に見つめられている状態で口にするとしたら、
もしかしたら心臓が破裂しそうになるぐらいにドキドキする事だろう。
 照れを隠す為に、御堂の髪を…生え際を撫ぜていく。
 日中、仕事中は一分の隙もなくに整えられている髪が、激しい行為のせいで
少し乱れているのを見て…克哉の心に愛しさがジワっと込み上げてくる。
 こうして抱き合うようになって、克哉の方が先に目覚めても…安心しきって
無防備な姿を晒してくれるようになったのはいつの頃からだろうか。
 接待を強いられていた頃の御堂は最初は決してこちらに同じベッドで
寝ることも克哉に寝顔を見せることもなかった。 

 大抵はこちらが先に意識を失い、目覚めた時には御堂はすでに
身支度を終えている…毎回、そんな感じだった。
 その時期に比べれば、何て自分たちの関係は変わったのだろうかと嬉しくなる。
 パルフェ・タムール。完全な、揺るぎない愛。
 その名には恐らく、そう名付けた作り手の思いが込められているのだろう。
 かつてこのスミレの薫りがするリキュールは、媚薬として19世紀には
重用されていたという。
 他にも、パルフェタムールには「恋人との甘い時間」や「ケンカした二人を
仲直りさせる」効能があるとされていた。
 この魅惑的な風味のする酒は、人の心を心地よく酔わせる効能があったのだろう。
 恋する人間の気持ちを惹く為の媚薬として、多くの人間がその思いが
成就することを、長く続いてくれるように願いを込めたからこそ…このような
名前がつけられたのだろうか。

(完璧な、愛か…。一体どんなものを差すのだろう…。ささいな事では揺
らがない強固な絆を伴ったものか、生涯愛し合い友に連れ添うことなのか、お
互いに理解しあう姿勢を崩さずにただ一人だけを想うのか…解釈は
人によって沢山あるような気がするな…)

 完全な愛、と一言いってもその望む内容は人によって大きく違ってくるだろう。
 なら自分にとっては、何が完全な愛と差すのだろう。
 それを愛しい人の寝顔を見ながら考えていく。

「オレにとっての完全な、愛…。この人との関係に望んでいることは…」

 そうして柔らかく微笑みながら、御堂の唇に口づけていく。
 心の中に湧き上がるのは浅ましいまでの想い。
 けれど偽りない克哉の赤裸々な望みでもあった。

―貴方の傍に寄り添うのは、生涯オレだけであること…他の誰かに
この人を取られるなんて、この唇と熱がこれ以後、オレ以外の人間に
向けられることなんてイヤだ…

 ただでさえ同性同士の恋というだけで、自分たちの関係は普通の
男女に比べてハードルが高くなっている。
 この先、ずっと寄り添って歩いていける保証などどこにもない。
 だが、命ある限り…どんな事があっても自分は御堂の傍にいたい。
 ずっと一緒に歩いていたい。
 そう、その純粋で強い想いこそが…なかなか克哉が口にすることが
出来ない想いなのだから…。

(…なかなか普段は恥ずかしくて面を向かって言えないけれど孝典さんが
目覚めたら、あのカクテルに隠された意味を教えるのと同時に…オレの
本心をこの人に伝えよう…)

 大切な人に面を向かって、想いを伝えるのは気恥ずかしくてあまり
言う機会はないけれど、この人は自分にとってこれ以上愛する人なんて
この先出来ない、と確信出来るくらいに想っている存在だから。
 愛している人だから。
 だから一杯、特別な意味を込めた酒を捧げるのにかこつけて伝えよう。
 カクテルには制作者や飲む人達の様々な想いや、逸話が同時に存在している。
 普段はあまり意識しない裏に隠された意味や物語。
 それに、そっと自分の気持ちを乗せてこの人に伝えたい。
 克哉はそう想いながら、御堂の寝顔を見守っていく。
 この人が目覚めたらこの想いを早く伝えようと…ワクワクした気持ちを
抱きながら、克哉は穏やかに夜明けの頃を迎えようとしていた。

(貴方は一体、どんな顔をして聞いてくれますか…? 少しは驚いたり、
照れたりしてくれるでしょうか…?)

 その様子を想像して、克哉は幸福そうにクスクスと笑っていく。
 大切な人の体温を感じて寄り添いながら…そっとまどろみに浸りながら、
静かに克哉は御堂が自然と起きてくるその時を待っていった。

―貴方が目覚めたらこの想いを伝えよう。一緒にいる間に育まれて今まで
口に出来ずにいた、この秘められた想いを…

 そう心に決めて、微笑んでいる克哉を…柔らかい朝日が静かに
照らし出して、祝福を与えてくれていたのだった―






 こそっと後書き

 興味ある方だけ、「続きはこちら」をクリックしてお読み下さい
 
 


 

※予定より大幅に掲載遅れてすみません!!
お待たせしました!(つかほぼ二ヶ月空きました…!御免なさい!
やっと再開です。そして絶対近日中に完結させます!)
 今回のCPは御堂×克哉となります。
 テーマは酒、(「BAR」&カクテル)です。
 鬼畜眼鏡Rで、太一×克哉ルートで克哉が軌道が乗るまでアメリカで
BARで働いていたという設定を見て、御堂×克哉でもカクテルやバーを
絡めた話が見たいな~という動機で生まれた話です。
  その点をご了承で、お付き合いして頂ければ幸いです。

 秘められた想い                        10

 ―窓ガラスの向こうには眩いばかりの夜景が広がっていた

 其れはまさに地上の星と呼ぶに相応しい光景。
 克哉は快楽で、意識が朦朧としている中…呆然とそれを眺めていきながら
激しく身体を揺さぶられ続けていた。

「はっ…ぁ…! ああっ…んんっ…!」

 御堂がこちらを突き上げる度に、ガラス戸がガタガタと音を立てて軋んでいく。
 だが、御堂は一切容赦する様子を見せず…克哉の弱い処だけを
的確に突き上げていった。
 もう克哉の感じる場所は、御堂に全て把握されてしまっている。
 何処をどう攻めれば良いのか、どの程度の強弱をつけて刺激を与えれば
良いのか知り尽くされている。
 
「イイ、声だ…やはり、君の声を聞くと…興奮する…」

「んんっ…はっ…!」

 顎を捉えられて、強引に口付けられると…僅かに先程、御堂に薦めた
カクテルの残り香と味のようなものを微かに感じられていった。

(ワイン以外の…アルコールの味と、風味がする…)

 恋人関係になってすでにそれなりに願い年月が過ぎている。
 だから何度も御堂の部屋や、外食先でワインを飲んだ後などに抱かれた
経験はあった。
 アルコールを摂取した直後は、少しだが御堂の体温がいつもより高くなっていて
熱く感じられる。
 だが、それでも…キスした時の味わいがいつもと違ったものになっている
だけで…酷くドキドキした。
 背後から、胸の突起を両方同時に責められていく。
 貫かれる快感と、突起を弄られる刺激が克哉から余裕を奪い去っていく。
 それに冷たいガラスの感触を身体の各所に感じられて、自分の背後に覆い被さって
いる御堂の身体の熱さと酷く対比になっていた。

(ガラスの冷たさと、孝典さんの熱さを交互に感じて…気が、狂いそうだ…!)

 其れにこんな窓際で犯されてしまったらもしかしたら自分の痴態を
誰かに見られてしまうんじゃないかという恐れがジワジワと克哉の心中に
湧き上がっていく。
 背筋がゾっとするぐらい怖い筈なのに、同時にゾクゾクして形容しようがない
快感も生み出していく。

「こんな、場所で…あっ…んんっ! 貴方に、抱かれたら…オレ…
気が、狂って…しまい、んぁ…そ、うです…」

「嗚呼…気が狂ってしまえ…。私に抱かれている間に正気でいられる
方が…許しがたい…」

「そ、んな…はぁぁ…!」

 御堂の攻めは、今夜は少し雄々しく、荒々しかった。
 先程言っていたバーで途中で…悪戯をしてお互いに燻り続けていた
せいかも知れない。
 ただ普通に抱き合うよりも、モヤモヤした感情が行為の前から存在して…
こうして激しいセックスをする事でお互いに相手に叩きつけているようだった。
 それにベッドで抱かれることは数あれど、窓際で立ったまま犯された事など
今までに殆どなかったのだ。
 立位だといつもと違った角度で御堂が中に入ってくるし…刺激されるポイントも
若干違ってくる。
 其れに…ガラスには外に広がる夜景の他に、漆黒の硝子のように
薄っすらとこちらの痴態を映し出していく。
 激しく突き上げられている最中、克哉は薄目で見つめながら…
その乱されている自分の姿に釘付けになってしまっていた。

(硝子に…オレと御堂さんが…映って、いる…。こんな風に乱れて…
いやらしい顔をしているオレと…鋭くて、意地悪な笑みを浮かべている
御堂さんの表情が…しっかりと、見えて、しまう…)

 硝子を通して、御堂と目が合っていく。
 きっと御堂は…この漆黒の硝子が、鏡のように自分たちを映し出すのを
最初から承知の上で…此処で今夜は抱くことを選んだのだろう。

「やっと気づいたか…。そうだ、この硝子を通して…私はずっと
君の感じている顔を見ていた…こうして、バックから抱いていてもな…」

「そ、そんな…止めて、孝典…さん、見ないで…」

「…どうしてだ? こんなにも淫らで可愛らしい顔を浮かべている君を
せっかく見ることが出来るんだ…堪能しなかったら、もったいない…」

「や、お願い…だから…言わない、で…! あぁ!」

 克哉は羞恥で、全ての神経が焼き尽くされそうな想いを抱いていく。
 だが御堂は一切容赦する様子を見せない。
 そうしている内に克哉のペニスが触れられてもいないのに達する
寸前まで張り詰めていく。
 挿入されてからは指一本触れられていないのに…バックからの刺激だけで
先走りを滲ませて、雫をカーペットに滴り落としている。
 その様が硝子に鮮明に浮かび上がっているのに気づいて…克哉は
本気で恥ずかしくなった。

(…オレのモノが…こんなに硬くなっているの…見られて、る…)

 御堂はきっと気づいている。
 食い入るように、視線でこちらを犯していくように…獰猛な瞳を
浮かべていきながら…男は克哉の全てを見つめていた。
 これは、殆ど視姦されているにも等しい状況だった。
 こちらの快楽で悶えている姿を、御堂に翻弄されて半ばおかしく
なりかけているそんな自分の姿を、暴かれてしまう。
 血液が沸騰して、死にそうなくらいなのに…克哉のそんな意思に反して
身体は顕著な反応を示してしまう。
 御堂のペニスを貪欲に締め付けて、絞り出そうと相手の熱を受け入れて
いる箇所が激しく収縮を繰り返していく。
 もう何も考えられない、ただ本能のままに克哉は腰を自ら揺すって
相手の刻むリズムに必死についていく。

「…克哉、自分のモノを…弄って見せろ…乱れて、快楽に従順に
なっている姿を…私に、見せるんだ…」

「はっ…あっ…」

 そして、追い詰められてギリギリになっている最中に…甘やかな
命令が耳元に囁かれる。
 すでに追い詰められてしまった克哉に、その言葉に抗うことは
出来なくなっていた。
 言われるままに素直に…左腕全体で硝子に手を突いて身体を
どうにか支えて…右手をそっと陰茎に絡めていく。
 
「そう、良い子だ…。そして、そのまま…先端部分を弄って…みろ…」

「は、い…貴方の、望む…まま…に…」

 御堂が、更にこちらが乱れる事を望んでいる。
 其れを察して、克哉は従順に聞き遂げ…淫蕩な表情を浮かべながら
バックから貫かれた状態で…自慰を始めていった。
 射精感が猛烈に高まっていく。
 呼吸は一層荒くなり、頭が徐々に真っ白になっていった。
 達したいという欲求が克哉の心の中で大きく膨れ上がって最早
制御しきれない。
 
「はっ…あああっ…も、うダメです…耐え切れ、ない…んぁ…!」

「あぁ、私も…もう! 受け止めて…くれ、克哉…!」

「はい、オレに…貴方を、いっぱい…下さ、い…んあっ!」

 己の身体の奥で御堂が膨張して、苦しいぐらいに圧迫してくる。
 その感覚に耐えた次の瞬間、相手が弾ける気配を感じて…
勢い良く熱い精が注がれていった。
 克哉はその時、意識がフワっと遠くなっていくのを感じた。
 あまりに気持ちが良すぎて…最早自分では身体を支えていることが
不可能になっていく。

(ダメだ…意識が、遠く…)

 そうして、まるでブレーカーが落ちるかのように克哉は失神していった。
 完全に意識が落ちる寸前、克哉は恋人の腕の中に強く抱きしめられて
支えられるのだけは、辛うじて実感することが出来たのだった―
 
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香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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