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鬼畜眼鏡の小説を一日一話ペースで書いてますv
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※この話は記憶を一部欠落した状態で生活している設定の
ノマと、真実を隠している眼鏡と閉ざされた空間で生きると
いう内容のものです。
 一部ダークな展開や描写を含むのでご了承下さいませ。

忘却の彼方に                         10 11  12 13   14 15
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―あの頃の克哉は、すでに看病疲れとかそういう域に精神が達していたのだろう

 真面目で、他者の事を優先して考えてしまう優しい性格の人間程…
そういう場合、追い詰められてしまうのだ。
 人の事を素直に恨める性格をしていたら。
 本多にとって大切な友人だから、と理性を働かせず…松浦を憎む事が
出来ていたら、もしかしたら…ここまで追い詰められなかったかも知れない。
 胸の中にそのせいで嫌な感情が、吐き出す場所を失ってドロドロと色濃く
息づいてしまっていた。
 そして最も、最悪の形でその負の感情は堰を切って表に出ようとしてしまった。

(ゴメンね…出来るだけ、苦しませないようにするから…。オレ、も…
すぐに後を追うから…許して…。もう、生きている事にも…待つ事にも…
心底、疲れてしまったから…)

 凍りついた冷たい目をして、果物ナイフを右手に持ってゆっくりと本多の
元に歩み寄っていく克哉の姿は尋常ではなかった。
 コツコツ、と靴音が静寂に支配された病室内に響き渡っていく。
 刀身が微かに差し込む月光に照らされて妖しく輝いて…そして克哉は
凶器を振りおろそうとしていった。

「ゴメン…本多…!」

 そして、そのナイフをそう告げながら喉元に目掛けて振りおろそうとした。

『止めろ!』

 瞬間、もう一人の自分の声が頭の中に鮮明に響いていった。
 その声が…ギリギリの処で、克哉を押しとどめていく。
 
「あっ…あぁ…」

 それが、寸での処で克哉の手を止めていった。
 そして…とっさに、自分の左で無理に振りおろしていった刃を
受けて…本多を庇っていった。
 ポタポタ、と本多の胸元を己の血で汚していってしまう。
 けど…その痛みで、克哉は正気を取り戻した。

「オレ、は…何て、事を…。この手で、本多を…自分の恋人を…殺して
しまおうと…する、なんて…」

 そしてたった今、自分がやろうとした事に対して戦慄すら覚えた。
 長期間、身内の介護をする事になったケースの場合…克哉のように
時に介護者の方が追い詰められて凶行に及んでしまう場合は決して
珍しい事ではない。
 真面目な人間程、周囲に対して愚痴を余り零さない良い人と形容
出来る人程…その悲劇が起こってしまう可能性がある。
 適度に周りの人間に甘えて、感情を吐露して整理していく事は…
苦しい時こそ、必要なものなのだ。
 狭すぎる人間関係というのはそういう危うさを持っている事を…
克哉は、知らなかった。
 だから…このような事態を招くまで自分を追い詰めてしまっていた事を…
彼は自覚していなかった。

「…本多、ゴメン…。こんな、オレが…本多の傍にいる資格なんて…
もう、ないよな…。お前をこんな状態にしたキッカケを作った挙句に…
今、一緒に心中に巻き込もうとしたオレなんかが…いて、良い訳ないよな…」

 そしてポロポロと、涙が溢れてくる。
 久しぶりに克哉はこの日、泣いていた。
 日常を変わらず送る事で周囲に心配を掛けまいとしていたから…一人で
ずっとこっそりと後悔に苛まれながら涙を流して耐え続けていた。 
 ギリギリの処で恋人への思いが、克哉に最大の過ちを犯させる事を
止めさせていった。
 だが…克哉は、一瞬でも本気で恋人を殺そうとしてしまった己を恥じた。
 
(離れなきゃ…本多から…もう、オレなんかが傍にいちゃいけない…)

 そして追い詰められた克哉はとっさに、病室を飛び出して…屋上に
向かい始めた。
 本多を守りたいという想いと…楽になりたい、と願う気持ちが…今度は心中
という形ではなく、自殺という形になって表に出ようとしていた。
 本当はこの時、克哉の言葉を本多は聞こえていた。
 そして涙をうっすらと浮かべて…意思表示をしていたのだ。
 言葉という手段で、想いを伝えられなくても…意識を失っていても、
本多はずっと傍らにいる人間達の声は聞こえていたのだ。
 其れを返す事すら出来ない己を、どれだけ悔しくて歯がゆく思っていたのか…
克哉は、気づく事が出来なかった。

―行くな克哉! お前が死んだら…俺は…!

 本多は訴えていた。
 けど…克哉にその必死の叫びは届かなかった。
 溢れんばかりの涙が、その日…本多の目元を伝っていた。
 だがその頃には…克哉は、すでに屋上に辿り着いてしまって…フェンスの
向こうに飛び越えようとしていたのだった。
 落下防止の為に、フェンスはかなり高く設定されていた。
 だが、無理をすれば…多少変形をさせてしまう恐れもあるが、どうにか
よじ登って目的を果たす事が出来そうだった。

―誰か誰か…克哉を助けてくれ! 俺を待っている事で…そんな風に追い詰められて
しまうなら…俺の事なんて、忘れてしまって良い…! 誰か克哉を助けてやってくれ!
あいつが死ぬぐらいなら…どうか、自由に…!

 そして、本多は祈った。
 心から、自分の事よりもただ克哉の事だけを案じて、思い遣った。
 その瞬間…克哉の元に、眼鏡を掛けたもう一人の自分が立っていて…背後から、
克哉の腕を強い力で掴んでいった。

「えっ…?」

 突然、現れた人の気配に克哉は驚きを失っていく。
 しかし戸惑うよりも先に…気づけば、抱きしめられていた。
 その時の…もう一人の自分の顔は見えなかった。
 …だが、眼鏡は…本多の声にならぬ声に呼応して…現れたのだ。

―克哉を守ってやってくれ…

 二年前に…本多が昏睡状態に陥る直前に交わした約束を守るために…。
 どれだけ見て見ぬ振りをしても…佐伯克哉にとって愛しい人間の必死の願いを…
もう一人の克哉が、無視をする事は出来なかったし…このまま見過ごせば、
彼の命もまた…克哉と共に終わるのだから…。

「バカが…こんなに追い詰められるまで…どうして一人で抱え続けた…」

「…どうして、『俺』が…?」

「…お前が自殺なんて、馬鹿な真似をしようとするからだ…。お前が死ねば、
俺も巻き添えを食って一緒に死ぬ事になるからな…。黙っておける訳が
ないだろう…」

「あっ…」

 その時になって、克哉はようやく…自分は一人じゃなかった事に
気づいていった。
 Mr.Rから銀縁眼鏡を貰った当初は認めたくなかったし恐れすら抱いていた。
 けれどこうして抱きしめて貰う事で…初めて、もう一人の自分に抱き締めてもらう事で…
自殺するという事は、彼をも巻き込んでしまうのだという事実に思いいたっていった。

「ごめん、な…」

 それに対して本当に申し訳ないと思って…子供のように克哉は
眼鏡の胸の中で泣きじゃくっていった。
 其れはあまりに弱々しい姿で…見ているだけで、妙に保護欲のようなものを
掻き立てられていった。
 その瞬間に…眼鏡の中に、一つの感情が宿ってしまった事など…きっと
克哉は気づかなかったのだろう。
 ようやく、克哉は人前で泣けた。
 その涙は留まる処を知らなかった。
 そうしている間に…頭の中がグチャグチャになってまともに考える事など
出来なくなった。

 屋上に冷たい夜風が吹きこんでいく中…二人はそうやって抱きあい続けた。
 そうしている内に…何故か、Rの声が鮮明に聞こえていった。

『疲弊して今にも擦り切れそうな貴方の心の再生の機会を与えて差し上げましょう…。
貴方の恋人の本多様は、強く望まれましたから…。自分を忘れてでも良いから、
生きる気力をどうぞ克哉さんに取り戻して欲しいと…。その要望に答えて…ささやかなる
世界を一時、貴方に与えましょう。其れは…やり直す為の、ゆりかごのような世界…。
本多様の思いで満たされた、優しい世界に…貴方を誘いましょう…』

「えっ…?」

 唐突に、克哉は現実から切り離された。
 もう一人の自分の腕の中にいた状態で…急速に、思考が停止していく。
 何も考えらなくなっていく。
 自分の記憶が、奪われていくのを自覚しても…抗う事すら、出来なかった。
 そして…克哉は、恨みも憎しみも一時全てを忘れたのだ。

 ―自分が再生して欲しいと強く願った本多が生み出した世界に招かれる事で…

 それが、忘却の彼方に克哉が知った…真実だった。
 そしてこの世界に来るまでに至る経緯を全て思い出した時…克哉は
現実に戻り、遠くで潮騒の音を微かに聞いていったのだった―


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プロフィール
HN:
香坂
性別:
女性
職業:
派遣社員
趣味:
小説書く事。マッサージ。ゲームを遊ぶ事
自己紹介:
 鬼畜眼鏡にハマり込みました。
 当面は、一日一話ぐらいのペースで
小説を書いていく予定。
 とりあえず読んでくれる人がいるのを
励みに頑張っていきますので宜しくです。
一応2月1日生まれのみずがめ座のB型。相性の判断辺りにでもどうぞv(待てぃ)

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